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2026年9月11日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり56 五十嵐秀彦『無量』 豊里友行

 五十嵐秀彦句集『無量』(2013年、書肆アルス)を何度も読み返す。

 どの俳句からも五十嵐秀彦の北方俳句の味がする。

 選ぶ俳句の多さに内心の嬉しい悲鳴であった。


 黒田杏子先生による五十嵐秀彦第一句集『無量』に寄せてあたたかな賞賛がある。


 「日本中に句友を持ち、老若男女に愛されるゆたかな人間性と作家性」の持ち主である五十嵐秀彦の句集に序文を寄せる機会を得たことを、心から光栄に思う。」(黒田杏子)


 帯文の裏面の文も記しておきたい。


 「おお、しばれるわ」と、五十嵐さんは襟をたてながら小樽の街角へ紛れた。天に無言の銀河が冴えわたるばかり。「毛虫焼く記憶の器官ちりちりと」(銀河)繊細な少年時代の記憶に相違ない。今は、「一代の咎あれば言へ沙羅の花」(一代の咎)と禅問答のような境地に至るも、「魂ひとつ青野に還す血曼荼羅」(無神論)と凍土の闇をのぞかせる。毛細血管に包まれたような五十嵐秀彦の宇宙。さ迷ってもいいだろう。そう、「うららかに行方知れずとなりにけり」(鰐を飼ふ)だからだ。(吉田類)


 「刻降り積もる」(深谷雄大)においても俳句の五十嵐秀彦俳句鑑賞を丁寧に鑑賞されている。


僅か十七音・十三字を以って、これだけのことが言える、俳句という詩形のリゴリズムを示す作である。」(深谷雄大)


 五十嵐秀彦氏による「あとがき」において「無量」について言及があるので記す。


 「無量」といえば仏教用語で「無限」というのとほぼ同じ意味のようですが、しかし私は特に仏教哲学に詳しいわけではありませんので、このふたつの句以上のものを知っているわけでも、言いたいわけでもありません。体の中から生まれてくる言葉たちをなんとか十七音に変換するだけで精一杯でした。一読してわかりにくい、イメージが彷徨うような句ばかりです。しかし、ああ、こんなにも私は「古代」と「現代」を往来したがっているのだ、こんなにも私は「この世」と「あの世」を往来したいのだ、今回そのことに気づかされたのであった。千年、二千年を遡っていくと、そこに未来があるのではないか。「この世」を見つめ続けると、そこに「あの世」の穴が見えるのではないか。言ってしまえば私の俳句はそんな具合に両界を往来しているように思うのでした。そして、言葉を使って何かを構築しようとするような句を作ってみたり、言葉それ自体を壊そうとしてみたり、なかなか定まらない十五年でありましたが、あえてそれはそのまま収載することとしました。


ひとひらは春の月面まで届く

 花のひとひらは、春の月面まで届きますよと解す。

 モノの本質を鷲掴みした俳句が随所に見受けられる。


うしろ手に菫隠してゐたりけり

 物語をうしろ手にクローズ・アップしたことで読み手に無量の物語を拡げている。


氷湖厚くみなぎるもののありけり

 氷湖の厚みより何かみなぎるものを感受する作者のあるがままの鷲掴み方は、ここで選びきれなかった全ての俳句にも感じた。


夕焚火やがて溶けゆく妻の餓ゑ

ほんたうのことは言はぬよ牡蠣啜る

折合ひのつかぬ暗部の四温光

約束のありかに芽吹くふきのたう

茄子漬の昨日に染まる箸の先

面倒なをとことをんな栗を剝く


 夕焼ける焚火の燻る中で妻の声にならない餓えも溶けてゆく。

 本当のことは言わないで牡蠣を啜り合う。

 人間にも自然にも折り合いの付かない暗部の四温光があるらしい。

 約束の在り処に芽吹く蕗の薹。

 茄子漬の「昨日」に染まるが効いた箸の先だ。

 面倒な男と女だけれどもその違いが豊かさなのかもしれない。

 早急に言葉に落とし込もうとするのは、野暮なもんだ。

 この日本列島のどの立ち位置に居てもそれぞれの折々の季節感や個々が感受するあるがままの生き様で詠めるように多様な豊かさを私は夢みてしまう。だから私たちは、もっともっともっと言葉にしがみついて生きていくのかもしれない。


共鳴句もいただきます。


うららかに行方知れずとなりにけり

クレヨンの青だけが無い大西日

夏の蝶地下水脈を知つてゐる

子の尾花われの尾花と歩みゆく

流星の砕けてふきのたうばかり

すがりつくいのちのかたち雪螢

豊饒の雪のほむらとなりにけり

白に白重ぬる雪の音を聴く

かなしみにふれんと雪の穴を掘る

なあ友よこの世だつて存外寒い

指切りをするたび失せし雪をんな

白シャツにくるむ鷗の屍かな

いたしかたなき夕凪をおくりけり


2026年8月21日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり55 黒田杏子句集『八月』(2023年刊、角川書店)

 黒田杏子句集『八月』(2023年刊、角川書店)のページをやっと捲ることができた。

 記憶がさだかでないが月刊誌「太陽」(既に休刊している)で布の特集でエスコート役をされていたのを私の記憶のページめくりながら「生涯のもんぺスーツに芭蕉布も」のように芭蕉布についても紹介されていたと思う。

 ちゃんとお会いしたのは、NHK「俳句王国」(後継番組に『俳句王国がゆく』がある。)の句会で2010年1月の放送用の時だった。兼題「寒月・自由題」で黒田杏子先生の句は、「棲み古りて寒三日月のふたりかな」で本句集『八月』でもたびたび登場する「写真家と俳人の窓流れ星」「ゆつくりといそぐ雑煮椀二つ」のこの黒田勝雄・杏子夫妻である。


あさがほや六十年をふたり棲み

 NHKのテレビ番組の句会で垣間見た二人の句は、黒田杏子先生にとって大切な俳句テーマでもあったようだ。朝顔の蔓は時を巻き上げながらふたりでひとつの人生の六十年を棲みついている擬人化された開花だったのだろう。

 私の写真集の献本のたびに電話越しの返礼でぐいぐい黒田勝雄先生も電話口に押し出されてひと言三言、会話をかわしたことがある。ふたりでひとつの朝顔は鮮やかだった。


花巡るいつぽんの杖ある限り

 黒田杏子先生の代表作「白葱のひかりの棒をいま刻む」を念頭におきながらも、生涯俳人としての鬼気迫る覚悟と達観した花のある俳人だった。

 花を巡るように花のある人生を駆け抜けたのだろう。一本の杖がある限り俳句を作り続けるという意思を意志を遺志を持って俳句を残す。そこに集い豊かな俳句人生を成しているのは、「選句して選句して夏送りけり」、「稲光よき師よき友よき手紙」などに結実していたのだろう。俳句によってより良く生きるその生涯俳人の覚悟は、今もなおその出会いの財産たちに末席に座っていた私も含めて脈々と受け継がれている。


金輪際一歩も引かぬ稲光

小春日と書きて句帳をよろこばす

柚子湯してあしたのことは考へず

もう何も欲しくはなくて花を待つ

花を待つどこへも行かぬ日々重ね

蜆汁ゆつくり老いてゆく愉快

 情感が溢れる詩情のある「金輪際一歩も引かぬ」「句帳をよろこばす」「あしたのことは考へず」「もう何も欲しくはなくて花を待つ」「花を待つどこへも行かぬ日々重ね」「ゆつくり老いてゆく愉快」の素朴ではあるが丁寧に生きる人生の交差点で私も何本もお電話をいただいて交流をさせていただいた同時代でこのような俳人と出会えたことをたいへん光栄に思っています。

 どの俳句にも物の本質を鷲掴みする黒田杏子先生の力量が鮮やかな影像を湧きたたす。

 黒田杏子俳句のすごさは、此処にあると私はひしひしと感じる。

 金子兜太先生亡き後に藍生俳句会に私は身を寄せている際に「金子兜太は、沢山の凡作もあるのよ。(凡句も)沢山あって名句もある。」「あんた、金子兜太に期待されていたのよ。沖縄に骨のある若者が居るって。」。その言葉ひとつひとつにパンチがあるというか。背中を押してくださるように嬉々と叱咤激励の御言葉を惜しげもなくいただきながら電話越しに私は頭を下げていたものだ。


なつかしき十一月の旅鞄

 『証言・昭和の俳句 聞き手・編集=黒田杏子 増補新装版』(2021年刊、コールサック社)、『語る 兜太 わが俳句人生 金子兜太 聞き手=黒田杏子』(2014年刊、岩波書店)など多くの俳句史にのこる貴重な俳人の証言を結実している。それは、十一月の旅鞄に詰め込まれた俳句世界の多くの俳人たちの宝物となっている。


乱れなき光体の列鶴帰る

 一糸乱れない光体としての生命体の列は、もう俳句という詩的言語だ。それは「鶴帰る」という日本の季節の折々の詩的表現が定着した季語だ。


雪雲を潜る大白鳥の列

 雪雲が重奏に唸るように大地に貌を近付けている。その雪雲の風貌に潜り込む大白鳥の列がうっすらと見え隠れしている。鮮明に視覚化されやすい表現力に脱帽です。


東京にゆつくり睡れ都鳥

 東京でゆっくりと睡りなさい。その祈りは、都鳥をも抱擁するようにつつみこむ大都市にもわずかかもしれないが残る生命の森だ。


ふるさとはいまもふるさと曼珠沙華

 何処かで臍の緒の続きのように故郷はいつまでも繋がっている。そこに曼珠沙華の弦がアンテナのように在るようだ。


本郷の坂玉蟲にぶつかりぬ

 「坂玉蟲」は、幕末の会津藩士で開国論者・外交官として活躍した玉蟲左太夫(たまむし さだゆう)を指す言葉ですが、この句でぶつかったのは、玉蟲であるが其処を玉蟲左太夫に出会うとするところに詩情が溢れている。


日の出待つ墨田朝顔愛好会

 「一般社団法人 墨田区観光協会」のホームページによると「向島百花園 大輪朝顔市」があるので其処を俳句的に具体的な「墨田朝顔愛好会」が朝顔市の出番を待ちながら日の出を待つという大変風情ある光景が鮮明に浮き上がってくる。本当にあるんですね。


那珂川に降る春星のかぎりなし

 黒田杏子先生は、東京の本郷で生まれ。父は開業医。1944年栃木県に疎開、高校卒業まで栃木県内で過ごしていたようだ。那珂川(なかがわ)は、栃木県と茨城県を流れる河川で関東地方大3の河川である。この川を前にして春星が限りなく降り注いでいる。見事な情景だ。


全山の葉櫻を打つ雨の音

 すべての山々にある葉櫻を鍵盤のように奏でているのは、雨の音だ。

 その他、共鳴句のいち部もいただきます。

 ありがとうございました。


ゆく年のどの星となく慕はしく

柚子湯して来る年の夢ふたつみつ

語る兜太歌ふ兜太山紅葉

わが道をゆくあらたまの杖いつぽん

日光月光花巡れ花浴びよ

金色の那須野の柚子を湯に放ち

八十の花の記憶の無盡蔵

脊梁山脈みちのくの花の闇

浜木綿の香に鳴りいづる星の数

蕗の薹俳句修行の七十年

原発の國のさみしき夏の果

邯鄲の熄む一瞬の間なりけり

母の日を父とならざる汝と祝ぐ

父の日を母とならざる我と祝ぐ

「語り継ぐ」「こりや楽ぢやねえ」雲の峰

流離(さすら)へとなほ呻吟(さまよ)へ

2026年7月31日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり54 瀬戸内寂聴句集『ひとり』を読む。  豊里友行

 瀬戸内寂聴句集『ひとり』(2017年刊、深夜叢書社、第6回星野立子賞受賞作)を何度も読み込む。

 帯文の裏面を引いておく。あと本句集には、瀬戸内寂聴さんのエッセーも収録されている。

「・・・・・・生ぜしもひとりなり、死するも独(ひとり)なり、されば人と共に住するも独なり、そひはつべき人なき故なり」という一遍の言葉が、人間の孤独の本性をすべて言い表していると思った。「おのづからあひあふときもわかれてもひとりはいつもひとりなりけり」という一遍の歌は、私の護符であった。ふりかえってみれば、私の書いてきたものは、はからずも、一遍のこの言葉やこの歌のこころを。ただ追い需め、なぞっていたのではあるまいか。(『瀬戸内寂聴全集 第十七巻』解説より引用)


ぼうたんのうたげはをんなばかりなり

 牡丹(ぼたん)・ぼうたん。この大形の花は気品があり、中国では「花王」と言われる。

その牡丹の宴(うたげ)があるという。

 をんなは、古語で女。成人した女性を指す。または、妻。恋人である女を指す。

優雅な牡丹の宴は、優艶な女性たちだけの焔(ほむら)のようだ。

 瀬戸内寂聴の小説の代表作のひとつ、『現代語訳 源氏物語』に匹敵するほどの俳句作品のひとつだ。


小さき破戒ゆるされてゐる柚子湯かな

 柚子湯とは、柚子(ゆず)を浮かべた風呂のこと。

 冬至の季節の身体をいたわる生活の知恵で江戸時代には命に関わる寒さによる危険をしのぐための生きる術として現代の生活にも残る風習だ。

 その柚子湯の湯船の海原を小さな破戒を許されていると把握する慧眼の秀句だ。


身ほとりのものの芽ばかり数へをり

 「身のほとり(身ほとり)」は、自分自身にもっとも親(ちか)しいヒト・モノ・コトの総称のこと。

 ものの芽は、春の季語で春のもろもろの草木の芽のこと。

 身ほとりの春の息吹を数えている丁寧な生き方は、「はるさめかなみだかあてなにじみをり」「子を捨てしわれに母の日喪のごとく」「ひと言に傷つけられしからすうり」「生かされて今あふ幸や石蕗(つわ)の花」など人生と自己に向き合いながら瀬戸内寂聴文学を貫き通す道のりの新境地だったのかもしれない。


ろまんちつく街道旅の涯に野火

反戦の怒濤のうねり梅開く

待ち待ちし軀の中まで天の川

 ロマンチック街道とは、ドイツにあるヴュルツブルクからフュッセンまでの約400kmの人気の観光街道のルートのこと。野火(のび)は、野焼きの火のこと。野山の不審火。また野の火事。ロマンチック街道の旅の涯に作者は、野焼きの火の燻るような文学の火種を得ていたのかもしれない。

 下五の「梅開く」に金子兜太先生の俳句「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」を連想させる。金子兜太先生の揮毫された反戦のプラカードが怒濤のうねりのようだった。俳句と社会をどう繋げていけばいいのか。いまだ私の課題のひとつをこの句は、想起させる。

 待ち待ちしの心境と軀(からだ)の中まで天の川が注ぎ込まれる詩的な感受性も良い。


共鳴句をいただきます。


紅葉燃ゆ旅立つ朝の空(くう)や寂

すててこそ虹たつ今朝のかぎりなく

ひとり居の尼のうなじや虫しぐれ

寂庵に誰のひとすぢ木の葉髪

おもひ出せぬ夢もどかしく蕗(ふき)の薹(たう)

菜の花や神の渡りし海昏く

をとめらの足首繊し青き踏む

煩悩もあはあはとなり春愁

春逝くや鳥もけものもさぶしかろ

神の留守森羅万象透きとほり

ほたる抱くほたるぶくろのその薄さ

星ほどの小さき椿に囁かれ

むかしむかしみそかごとありさくらもち

独りとはかくもすがしき雪こんこん

湯豆腐や天変地異は鍋の外

御山(おんやま)のひとりに深き花の闇

2026年7月17日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり53 中村草田男(「日本の詩歌19」の1章分、1976年2月刊、中公文庫)を何度も読み込む。 豊里友行

 中村草田男(なかむら くさたお、1901年〈明治34年〉‐1983年〈昭和58年〉)の家族への眼差しが私は好きだ。

万緑の中や吾子の歯生え初(そ)むる

あかんぼの舌の強さや飛び飛ぶ雪

子を抱く林檎と乳房相抗ふ

 万緑(ばんりょく)とは、眼に見える風景がどちらを向いても植物の満面の緑に満ち溢れていること。

 中村草田男の伝えたいことへの言葉の探求力が凄まじい。それは言葉として形になっていない裏側の試行錯誤自体は眼に見えないのだが形になった言葉から積み上げられ言葉の創意工夫と鍛錬がアキレス腱のように言葉の弾力性を持って感じ取れる。

 生命の源である命の水に育まれて緑の生命力が眼の中いっぱいに緑で埋め尽くされる。そこに吾が子の歯が生え始めるという命の息吹と躍動感が比喩で視覚化しながら吾が子の生命の息吹の感動を詠う。

 もともとは、王安石の「石榴詩」「万緑叢中紅一点、動人春色 不須多」が出典、中村草田男のこの句によって新季語になったとされている。

 吾子(あこ)への愛しみは、他の句、あかんぼの舌の強さや母の乳房と子の弾力を生命力のある力強い比喩「飛ぶ飛ぶ雪」「林檎と乳房抗ふ」で言葉の力を宿している。


降る雪や明治は遠くなりにけり

 静かに降りしきる雪の中に明治は遠のいていく。生きるとは現在進行形で今という時が立ち止まることもなく過去という化石化していくことを思い知らされる。


玫瑰や今も沖には未来あり

 中国植物名(漢名)は、玫瑰(まいかい)。ここでは、バラ科の「ハマナス」という野ばらの蕾のことを指す。今という時の化石化は、この玫瑰(はまなす)の蕾が呼ぶ未来の開花を待ちわびる。その胸の内の切り拓かれた沖には、未来があるという。


葡萄食ふ一語一語の如くにて

 葡萄を食うその唇からは、吸い込まれていく葡萄が口内で果肉や種に体内の細胞分裂するように分離し、甘未の宇宙を漂う。その比喩としてこの俳人は一語一語のようにと喩える。この比喩の的確さは、徹底的な観察眼の鍛錬と口中で何百回、何千回、何万回と言葉を咀嚼しながら一語一語を磨き上げてきたであろう中村草田男俳句のいただきなのだ。

秋の航一大紺円盤の中

曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり

瑠璃蜥蜴故郷焼けて海残りぬ

白鳥といふ一巨花を水に置く

ラグビーの暮色はなほも凝りつ散りつ

 秋の大海へ航海の帆を燈す。その一大紺の海と空の鬩ぎ合う時を円盤の中というダイナミックな比喩で中村草田男は、把握し直す。

 曼珠沙華に落暉(夕日)がごうごうと蘂を広げる。その曼珠沙華と落暉のダイナミックな融合に唸る。

 瑠璃蜥蜴は中村草田男の心境なのかもしれない。故郷は戦火に焼かれ海だけ残る。そこには、瑠璃蜥蜴の色と海の色が対比され生命力が浮き立つ。戦火によって焦土と化したその地には、人も自然もあらゆる万物を含めた命がそれでもきらきらと時の流れの中で立ち止ることなく歩み続ける。そんなこれまで確固としてあった価値が敗戦を境に戦死者と生き残った者たちと共に壊れ覆され、そして新たな価値が造られて来たのだ。

 白鳥の着水を一つの巨大な花に喩えた名句だ。これらの比喩の醍醐味は、様々な俳人たちへとどのようにこの世界を表現するかをひとつの指針として指し示す。中村草田男俳句は、これまでもこれからも多大な影響力を持ち続ける。

 夕焼けの暮色につつまれるラグビーの練習風景だろうか。その夕焼けの中をラガー等は、

 激しくぶつかり合いながらスクラムを組み合いながら凝縮し、夕焼ける汗粒をきらきらと散らす。


 共鳴句をいただきます。

大学生おほかた貧し雁帰る

冬蒲団妻のかほりは子のかほり

息の白さ豊かさ子等に及ばざる

父となりしか蜥蜴とともに立ち止る

蟾蜍長子家去る由もなし

海鳴りや落ちてゐるなる蟹の爪

軍隊の近づく音や秋風裡

オリオンと店の林檎が帰路の栄

白樺はもとより明し月の羊歯

妻二タ夜あらず二タ夜の天の川

蒲公英のかたさや海の日も一輪

玉虫の飛んで眉濃き島の娘(こ)なり

すでに古し田植の頃の蹄のあと

耕せばうごき憩へばしづかな土

ラグビーや青雲一抹あれば足る

銀河依然芽のまま萎えし病の芽

雪中梅この旅白くなりにけり

たべ物の切口ならび夜の深雪

つばめの歌結尾一音はじけたり

稲妻の何撃つとなく楽器店

2026年6月26日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり52  『Goldfish’s Sigh』(杉田菜穂句集、2021年刊、Red Moon Press)を再読する。

  洋書コーナーにある海外向け絵葉書book風の装丁ですが、俳句と英訳がさらに格調高くエスコートしていて素敵な句集になっている。この句集の装丁が、杉田菜穂俳句世界へいざなってくれている。

 どの俳句にも人生スケッチブックに描かれた鮮やかな彩りを添えて弛みのない人生の弦を奏でる。

 私の俳句鑑賞をいれるのが、ヤボったいくらい。

 丁寧に生きている俳句の詠み方も私も見習いたい共鳴句が沢山ある。

 一句一句を絵画のように眺めて欲しい。

 俳句がしずかにモノやコトの本質(核心)に迫る。

 お見事お見事お見事。

 こんな句集が、欲しかった。

 句集の裾野を拡げる名作です。


畑の香残る菜の花スパゲッティ

 菜の花のスパゲッティをいただきます。そういえば、私は、昨年2025年に、俳人で写真家として沖縄戦の経路を追体験するため沖縄戦の凄惨さの縮図のような伊江島の取材に当たっていた。そこで出会った友人たちで伊江島の食事処でささやかな交流会をする。その際に伊江島の菜の花を磨り潰して練り込んだ蕎麦をいただいた。私の歩け歩け(ウォーキング)でもいつもの畑の菜の花がほのかに香るだが食したことはなかった。季節を彩る贅沢な食事の一品である。この杉田菜穂の俳句には、日常の俳句日誌が丁寧に織り込まれている。


黒板は深海の色風光る

 教室の黒板を深海の色と感受し、血潮を注ぎ込む。この句集の丁寧な詠みっぷりは、青春歌のように噛み締めて生きている杉田菜穂俳句のきらきら感が詰め込まれた人生の宝箱みたい。

 五感(視覚・聴覚・臭覚・味覚・触角)を丁寧に感受して詩眼で捉えて昇華されている。


タイヤにも春の空気を入れにけり

ごきぶりを捕らへし迄の一部始終

農学部棟まで続く春の泥

モネの色遣ひと思ふ夕焼雲

手袋を外して触るる樹氷かな


 自転車のタイヤでしょうか。柔らかな春を感受しながら春の空気をタイヤに入れる。

 かくかくしかじか俳句の清少納言は、油虫と格闘する学生らを遠巻きにその魔物のごときものを捕らえる一部始終を眺めておりました。

 農学部棟まで続くその道程には、春の泥があるというきらきら感を俳句に素直に綴る。

 夕焼雲の色遣いをモネの色と感受する感性に脱帽。

 五感を総動員して世界を甘受する。しかし樹氷を手で触るのは、危ないと感じる私はいくじのないものだ。

 輝ける日々の杉田菜穂俳句たちよ。俳句日記が人生を彩りながら豊かな人生をこれからも素敵な俳句で綴って欲しい。

 共鳴句を下記にいただきます。


幸せに気づく幸せさくらんぼ

どこまでも行ける切符や夏の旅

青春の真っ只中の夏帽子

嬉しくて嬉しくて踏む薄氷

ふらここにある思ひ出を揺らしけり

着ぶくれて地球大事にする話

クリスマスツリーの電気消す係

髪を切るのは風の盆終へてから

羅を着て朝までを語りけり

涼しさよポニーテールにしてよりの

虫籠がソファーになかつたら不在

涙出るほどよ姉妹の初笑

いつまでもどこまでも雪かと思ふ

2026年6月12日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり51 句集『此処』(池田澄子、2020年刊、朔出版)を再読する。豊里友行

  先ずは、「後記」より。

 八歳の夏、かの戦争で父を奪われ、人は死ぬ、死は絶対であると知って以来、此の世の景の儚さを忘れることができない体質になったようだ。偶々人に生まれ多くの人に出会い、その先にある別れの怖ろしさに、一瞬の現象をも含め様々の出会いを深く意識し、別れを怖れる自分をも眺めながら生きてきたようだ。二〇〇一年に師が逝き同じ年に育ての父が、そして母、そして夫が逝った。逆縁は許さぬと夫々に申し付けてあるので、あとは自分の死だけである。

 自分の死は怖くない。


 帯文の俳句と言葉も。


次の世は雑木山にて芽吹きたし


少なくとも

ペンを持っているときの

私の大小の悦びや嘆きは、

此の世に在る

万物の思いの一つ

であった。(池田澄子)


 私は、丁寧に生きるこの俳人を見習いたい。

 だが私は、この俳人の覚悟など知るよしもなく此の世を右往左往している。


あっ彼は此の世に居ないんだった葉ざくら

たいがいのことはひとごと秋の風

牡丹雪大人ですから黙ってます


 池田澄子俳句の心の機微の共鳴句をいただきます。

 料理の俳句にも丁寧に生きる所作がうかがえる。

 若手俳人に影響力のある口語俳句の先駆け的な存在なので強いて俳句鑑賞をいれずに俳句そのものを味わってほしい。


松過ぎの餃子の正しい包み方

心血の注ぎ疲れや千枚漬

湯に放つ刹那春菜のうれしそう

細切りの海苔を散らせばこぼれて春

啓蟄の稲荷寿司から紅生姜

わが死後の皿に汚れてパセリなど

ごーやーちゃんぷるーときどき人が泣く

雑煮用鶏を解凍しつつ寝る

饅頭に濃き焼印の端午かな

自ずから熟れて傷んで匂って桃

遠来の洋梨嗅いで供えて撮る

一月一日喪中の瓶詰のイクラ

切山椒いろとりどりや悲喜こもごも


 私も池田澄子さんのように丁寧に生きて俳句を綴りたい。


よい風や人生の次は土筆がいい

桜さくら指輪は指に飽きたでしょ

きりたんぽいのちあるものさびしがり

決心はゆらぐし柚子は黄色さすし

ねぇあなた嗚呼どうしよう桜咲く

心配に濃淡のあり夕ざくら

偲ぶひと多くて困る青葉かな

生き了るときに春ならこの口紅


 池田澄子さんの俳句魂は今なお、青葉である。

 食が細いと俳句は呟いてったっけ。

 食べて食べて俳句をもっともっともっと創造して欲しい。

 これからも池田澄子さんには、長生きしてもらって池田澄子俳句に唸らせられつつ、私は私らしく丁寧に生きる俳人の姿勢を見習いたい。


【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり21 池田澄子『池田澄子句集』

https://sengohaiku.blogspot.com/2025/01/hanameguri021.html


【読み切り】「青蛙まづは懺悔より頭垂れ」(池田澄子句集『此処』)豊里友行(2020年6月26日金曜日)

https://sengohaiku.blogspot.com/2020/06/139-003.html


2026年5月15日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり50 『針突』大城あつこ句集(2016年刊、現代俳句の展開Ⅱ‐9)を再読する。

 先ずは、帯文を記して置く。


ひまわりの芯の昏さに突き当たる

あのひまわりの中にゴッホの狂気や苦悩を

見ていたのかも知れない (岸本マチ子「序にかえて」より)


 それでは句集『針突(はじち)』を私なりに句集鑑賞して行こう。

ものの芽に一斉送信しています

 ものの芽とは、春のもろもろの草木の芽のことで春の季語。

 一斉送信は、同じメッセージを複数の宛先へ同時に配信する仕組みや手法。

 郵便物やインターネットのメールなど「一斉送信する」で御馴染みでしょう。

 ものの芽の春の息吹を一斉送信すると詩的言語に昇華した点が斬新。

 そこには、作者が春の歓喜を享受しながら他者にも大城あつこ俳句の大らかさで繋げている。

 大城あつこさんは、旧・那覇市農連市場(現在・のうれんプラザ)で商いをしていて写真家の私も撮影のためちょくちょくその現場でお会いすることがあった。

 午前0時から商いの準備をしているお母(かー)や姉(ねー)さんたち(沖縄では愛称も込めてそう呼んでいる)が居る。

 そこのベンチに腰掛けて夜明けまでこの市場模様を観察するのですが、午後2時には、商いをする人たちや農家の人など、野菜などを配達する人や八百屋さんの仕入れに来るお客さん、観光客の見学など雑踏の市場もMAXの賑わい。

 ・・・・そんな中で私は、眠気に襲われてベンチで眠りっぱなしで起きると夜が明けていて、それでもくたくたになっていて市場の食堂で味噌汁(沖縄ではご飯付き)の朝食を食べてバスに乗り込み最終後部座席で眠りながら沖縄市の家路を走る。

 とても那覇市農連市場のお母や姉さんたち夜明け通しの市場の逞しくしなやかな90歳を余る看板娘たちもいてひょろひょろモヤシのような写真家の私は、写真1枚も撮らずに根を上げていたことも多々あった。


人が好きおしゃべり大好きさくらんぼ

 市場で働く作者も逞しくしなやかな市場の姉さんのひとり。人が好きでお喋りも大好き。

 もちろん手ばかりのようなサクランボのような匙加減で。


銀色がやけに明るい秋刀魚たち

 秋刀魚の生き生きとした色艶をよく観察していて脱帽。


待つことの楽しみを知る冬木の芽

 市場には、お客さんの通るルートがあるようだ。目当てのお店に品物を買いに行くルート。そこには商品プラスαのお喋りと笑い声が付いてくる。まるで冬木の芽が凛と芽吹いているようにそんな風にお客様をお待ちしています。


無防備な三尺寝の男風みどり

 男より女は強い?!市場の男性の中には、夜が明けて市場の配達も終えたのだろう。無防備な三尺寝の男も見受けられた。爽やかな風みどりが吹いて市場自体の胎児のようだった。市場の記録と記憶を俳句に落とし込んでいて愛おしい。


嘘ついた舌でころがす金平糖

 市場のお母や姉さんたちの話術は、「嘘も方言」な人間関係の潤滑油の嘘も匙加減にあるのでしょうか。その商魂たくましい舌は市場でも売ってる金平糖の飴玉を転がす。でも「誠(まくとぅ)そーけぇーなんくるないさ」(誠に生きていれば、どうにか良い方向に向かうものさ的な意味)が胸をちくりと突きささるみたいね。嘘も良い嘘、悪い嘘があるさぁ~ね。


そこらじゅう不平不満だ流れ星

 市場の女性に限りませんが、逞しくしなやかな女性の多い職場ですので、裏表までは男性陣が踏み込んで見通せませんが、そこら中に不平不満の流れ星も零れ落ちているのかもしれません。恨みつらみも流れ星のようには、笑い飛ばせません。愚痴も零せる相手が有っての花です。


はむえっぐばななすむうじいふらんすぱん

 市場の食堂のものをティクアウトで食事していたり、ハムエッグとバナナスムウージー、フランスパンなども職場の腹ごしらえにしていたり。


私だって今まっさかり萩ききょう

 市場の女性たちは、当時でもだいぶ平均年齢が高かった。市場で働く女性のいじらしさでしょうか。今が一番、人生を謳歌しております。萩桔梗も花瓶に活けてみましょうね。


さくらさくら口角あげて笑う人

 桜のリフレインが効いている。口角あげて笑う人、つまりは営業スマイルかしら。大城あつこさんも笑顔の似合う市場の朗らかな女性のひとりでしたね。


好き嫌いはっきりくっきり唐辛子

 好き嫌いも大切な自己防衛です。時には、唐辛子のように。


曼珠沙華かなしいほどに母に似て

 父に似てくる。母に似てくる。この句にも俳句によるモノゴトの本質を捉える力がある。

沖縄を代表する詩人のひとり、山之口獏さんの詩「喪のある景色」を彷彿とさせる。


檸檬キュンもうあの日には戻れない

ふらここを漕いで望郷つのらせる

 檸檬を切るとスパークするように胸がキュンとなるよね。

 「ふらここ」は、ブランコの別名。ブランコを漕ぎながらその鎖は、望郷の故郷までは、飛んでいけない。

 今の場所には、今の場所でしか咲かない大切な花が廻るように季節をめぐらせる。

 望郷をつのらせながらも大切な人生の道のりを大城あつこさんも俳人としても歩む。


 共鳴句を下記に記しておきます。

 ありがとう。ありがとう。ありがとう。


球児等のはじける青さ春近し

啓蟄やもじもじどきどき出番待つ

花曇一抱えほどの更年期

白玉をこねて辻褄あわせている

産声はあるふぁべっとの泡立草

芭蕉布や針突(ハジチ)の過去もつむぎおり

はらわたまで透かされそうな良夜です

闇また闇過疎という地にふる銀河

瓶詰めの春愁ひとつもてあます

未来図に憂国こぼす鉦叩

サフランに染まりだんだん消える過去

今生のたてがみにひく寒紅よ

冬銀河踏み外したいこともある

春愁は眉間にそっと入りこむ

埋火や捨てられぬもの二つ三つ

その先は聞きたくないの一人静

胸中に蛍火ほどの未練あり

身のどこかがんじがらめの八月尽

矛先をやんわりかわす女郎花

白桃をすすり故郷かがやかす

強情をまあるくまるく大根煮る

ひまわりの芯の昏さに突きあたる

からたちの棘一本が抜けぬまま

檸檬嚙むあの一言を悔いており

鬼の子になって哭きたい瞬間もある

心太一途さどっと崩れゆく

土塊を素足で踏めば発光す

臆病者ほたる袋に身を隠す

少女達いつも多感ですいとぴい

いびつなる国の形や万愚節

割りきれぬものはさておき髪洗う

春菜ゆで普通がいちばんと思える日

狂うなら紫陽花群れる雨の中

新樹光指の先までときめかす

倦怠を立夏の海に放り出す

琴線にふれられて落つ寒椿

大花野おんな三人姦しい

解決はさらけだすこと冬木立

火種いま沸点の島蝉しぐれ

春愁の棲みついている駅もある

ものの芽のわたくしという意思表示

十薬の闇の部分を食べつくす

鬼灯をならして結論先のばし

匙加減はかりかねてる秋思かな

白菜をざっくり切ってさしすせそ

冬銀河ふみだす勇気ほしいだけ

見つめられくすぐったがる冬菫

ときめきがそこらじゅうに桜騒

奥の手を蛍袋より取り出せり

いちにちを何事もなく草の花

寒卵よせばいいのに老婆心

みぞおちのあたりにいつしか春愁

春疾風ビニールハウスに尾をたらす

身を縛るもの脱ぎすぎて野に遊ぶ

ふうせんの予感の先にぽるとがる

人の世の摩擦さまざま草いきれ

生き方を自ら決めた蛍の夜

満月や地球に数多あるふしぎ

身支度を一途にととのえ山笑う

身の程は知ってるつもり蝸牛

おしゃべりはすべってころんで百日紅

天高し新郎新婦のこころ意気

軽口のつもりが皮肉唐辛子

淋しさの鱗粉こぼす冬銀河

ミニトマト引きたて役をふと忘れ

献血も趣味のうちですほうれん草


2026年5月1日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり49 『飯蛸の眼球』後藤貴子句集(2010年刊、風の花冠文庫)を再読する。

 飯蛸の眼球饐える地球かな

 饐(す)えるとは、飲食物が腐ってすっぱくなること。その飯蛸(いいだこ)の眼球が饐えるのと地球を結び付けたことに地球を消耗し尽そうとする人類への警鐘を鳴らす。全人類に告ぐ。日常の俎板から地球を救え。


音一つ逃げダリ展に巨眼あり

 何の音かは、此処では描かれていません。なんらかの大音響なのでしょうか。その音がひとつ逃げてダリ展に巨眼があるという。それは、シュルレアリスム絵画を代表する画家の一人・サルバドール・ダリの展覧会。そのダリ展に大きな眼球が浮いているようなシュルレアリスム絵画が俳句によって描かれているようだ。俳句1句が、絵画の世界を鑑賞者側に提示しているようだ。貴方ならどのようなこの句からどのような絵を創造できるでしょうか。


つる薔薇の櫂を四海の墓碑とせん

 つる薔薇の連なりは、舟を漕ぐ櫂のようにも見えてくる。

 四海とは、( 四方の海のうちの意から ) 国内。くにじゅう。また、世界。世の中。天下を指す。

 ここでは、国じゅうの墓碑としてつる薔薇の櫂を漕ぎ出す。

 新たな水平線の向こうへの航海の出帆へと俳句鑑賞者を誘(いざな)う。


蒼穹の水ももらさぬ子宮かな

白い魔女花野で何を産み落とす

少し欠け胎内を出るアキアカネ

春はあけぼの身に幾百の生理の日


 全体的に詩的飛翔と官能的な女性の「性」を自覚的に萌芽させている。

 水惑星である地球の蒼穹の水が体内を廻りめぐりながらそれらの水ももらさない子宮が銀河系に創出される。

 白い魔女が花野で何かを産み落とすという。その何かを想像を思い廻らしながらも地球の自転のような女性のわが身を解くように俳句の詩的空間を創出する。

 胎内を出るという生命の創出を少し欠けると捉えている。これは、母体として母と胎内の胎児が一体であることから生命の誕生を欠けると捉えた慧眼。

アキアカネとは、トンボ科アカネ属に分類されるトンボの一種で俗称でいうと赤とんぼのこと。

 そのアキアカネが一対を成す交わいのアキアカネの波をひとつ創出する。それは、欠けると捉えた生命のめぐりめぐる感じを私の中では、まるで蜻蛉の波が綾なす大海のように連想させる。

 女性の生理の日をこのように詠まれた俳句を私は、他の俳句で知らない。春はあけぼの。その季節の中に幾度もめぐりくる女性の性をしっかりと詠える時代が到来していることを再読で気づかされる。

 この句集は、観察眼による裏打ちされている。

 飯蛸の眼球は、地球の痛みに共振しながら女性の胎内の細胞の廻るめく地球の自転の眼のような新たな詩性の萌芽を宿す。


 共鳴句もいただきます。ありがとう。ありがとう。ありがとう。


晴れ着脱ぐ天に花粉をまきながら

汝と湖(うみ)の鎖骨はねじれの位置にある

表に月裏に毛の浮く水鏡

愛されて純物質がほとばしる

汝が抜ける積乱雲の浮き具合

真鍮の男根につくひかりごけ 

湯気の立つ血は血でくるむ空母かな

蛇の森かの日の愛ののがれゆく

ヒトという火種の憤怒試験管

切り株やイヴとアダムと欠け茶碗

航海術忘れつがいの水鳥よ

荒淫のごとく鳳仙花の爆ぜる

山に脈はあるか瀕死の鷹の群れ

さびしさよ鉄階舐めてのぼる鮭

わが子孫選ばん星の瓦礫より

AIDS死や玩具の電池熱すぎる

白芙蓉すでに晩年かもしれず

プラタナスそれぞれ涙器ひとつずつ

決して怒らぬダリアよ内出血せしか

仮想戦死して蝮草になりすます

抗わぬ姿勢の支那の甘藍よ

老い鮫のおもちゃはすべて陽に落とせ

花茣蓙(ござ)の鯖の寝ている心音よ

全部摘み全部捨てたるあやめぐさ

遊ぶため崩れ酒場の盛塩よ

花婿はナズナに憑かれすきとおる

こんにゃく村山ふところで割れた人  


2026年4月17日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり48 句集「一人十色」(梅沢富美男 著、夏井いつき 監修、2023年刊、ヨシモトブックス)  豊里友行

 ひょんなことからバラエティ番組で俳句を語ることになった。夜7時のゴールデンタイムで、ダウンタウンの浜ちゃんが司会をする番組となればバラエティ中のバラエティといってもいい色合いの番組(『プレバド!!』全国TBS系隔週木曜日)。そんな番組で、なぜ俳句?とも思いはしたが、我が俳句集団『いつき組』の使命は「俳句の種まき運動」!100年俳句計画の志を掲げて活動に邁進することが、我々組員の喜びである。(「超辛口先生の赤ペン俳句教室」(夏井いつき著)のあとがきよりより)


 句集「一人十色」(梅沢富美男 著、夏井いつき 監修、2023年刊、ヨシモトブックス)は、第一編「傑作五十句」、第二編「梅沢富美男の歴史」などが収められている。

 その中の対談「梅沢富美男×夏井いつき」にて俳人としての梅沢富美男の成長も言葉に表出している。


 「番組から最初のオファーをいただいた時は、どうやって俳句を作ればよいのかまったくわからない状態でした。季語を選んではめ込むらしいぞ、とその程度の知識。あまりにもわからないことばかりだから、まずは本を買って読んでみようと思ったんです。ただ、ページをめくってみたものの、難しくて理解できないことも多くて。でも俳句は舞台のセリフでよく使われる七五調のリズムだとわかったので、「もしかしたら詠めるかもしれないな」とも思い、軽い気持ちでスタートしたんです。」

「夏井先生は俳句のことしか頭にない人なんですよね。俳句に関するお仕事だったらどこへでも飛んで行く。そんな姿を見て、俳句の種を蒔くお手伝いとして、私が俳句を学んでいくことで、その種をもっと蒔いていけるなら、頑張っていきたいですね。」(どちらも梅沢富美男さんの言葉)


 ナイターの売り子一段飛ばし来る

 プロ野球観戦の球場は、大入りでナイターの灯る活気。その観客席の賑わいの中で忙しく売り子は、お客さんが呼ぶ手の降る方へ階段の一段をひとつをぴょんっとジャンプして飛び歩く。この階段の一段を飛ばす所作にナイターの賑わいを喚起している。俳句の座だけでは分からない誰も気にとめないナイターの野球場の売り子を題材に秀句ができるのも乙なものですね。


 旱星ラジオは余震しらせをり

 旱星は、夏の季語でひでり続きの夜に見える星のこと。その星が揺れるように見えた。ラジオからは、余震を知らせるニュースが流れている。地震災害の多い日本列島で日常の生活の茶の間からも現代社会を詠める良い例ですね。


 セルフレジだけのコンビニ花曇

 花曇は、春の季語で桜の咲く四月頃の曇りの天気をいう。コンビニの店員の居ないセルフレジでバーコードをスキャンして読み取って買い物をしていく。そのセルフレジだけのコンビニがあることに花曇のなにやら桜色の浮き立つ心だけではないそこはかとないさみしさもある。現代社会を言葉になる寸前の何かを捉えた現代批評の芽もある。また「水玉の模様クロックスの日焼」「暮れてゆく秋の飴色セロテープ」「春の雪なほ現役の鯨尺」「春愁をくしやと丸めて可燃ごみ」など梅沢富美男句集には、日常の何気ない題材が俳句化されているのも特徴のひとつで俳句の題材を拡張している。


 南国の果実色してハンディファン

 ハンディファンは、手で持って使う携帯型小扇風機(ポータブルファン、モバイル扇風機ともいう)のこと。地球温暖化の昨今、暑い日は気温30度越えで地域によっては屋外にでるのを控えるよう注意を促す放送が流れる。ここでは南国の果実が、夏の季語とも読める。この南国の果実色の比喩が大変な効果を上げている。この小型扇風機を顔に押し当てるようにして街中の若者たちが蠢めいている。現代諷詠としても御見事な秀句だ。

 俳句の座は松尾芭蕉の時代から令和のテレビで茶の間までわかして夏井いつき先生と梅沢富美男さんたちの俳句の掛け合いで賑わう。夏井いつき先生の云う「俳句の種まき運動」が俳句の座の拡張につながっていることは、梅沢富美男俳句の「一人十色」にも顕著にうかがえる。


【参考資料】

「超辛口先生の赤ペン俳句教室」(夏井いつき、2014年刊、朝日新聞社)

2026年3月27日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり47 中村安伸『虎の夜食』(2016年12月刊、邑書林)を再読する。豊里友行

 中村安伸さんとは、2009年に大変な話題となった新人発掘のアンソロジー『新撰21』(邑書林)のひとりで私も御一緒させていただいた。

 帯文を先ず御紹介しますね。


モダンの風、

華麗のち不穏、

時々笑い、

沿岸部は一時

艶っぽいでしょう。

〈京寒し金閣薪にくべてなほ〉

〈物容るゝ壜も物言ふ壜も夏〉

――― この人の背中を見ながら

僕は俳句を作ってました。(千野帽子)


 本句集は、詩と俳句の饗宴が艶やかだ。

 あとがきより抜粋する。


 「私にとっての俳句は、鷹狩の鷹のように、無意識の空間へ放つたびに、なにやら得体の知れない、しかし、確かに自分の一部であると感じさせられるなにものかを、摑んで戻ってきてくれるパートナー」とある。


 詩と俳句の全体でとても美味しいポエジーの夜食でした。

 たはけものの降臨を待つ機械都市

 戯け者(たわけもの)は、「ばかげたことをする」「ふざける」などを意味する「戯け」からきている。

 ある機械都市は、もう人間の労働など要らない未来都市X年だ。

 その機械的な都市でたんたんと与えられる快適・便利・迅速なぴかぴかきらきらるんるんな機械都市に君臨するのを待つ者がいるという。それは、もしかしたらあのアニメ『北斗の拳』のアニソンに流れてくる曲、トム・キャット「ラブソング」なんかみたいに愛なんて馬鹿げた膨大なエネルギーを費やす人類の代物じゃないか。わたくし、機械ロボット・トヨコップも愛を謳いたい。ピーマンみたいにフロピーディスクのスペックはスカスカだけど人間の心が詩にして歌にしているあの地球の音符である愛という生きる喜びを謳う世界を待ちわびているのだ。


 崩々とふくろふ愛し合ふ樹海

 たとえ世界の秩序が崩れ始めていようとも梟(ふくろう)の愛し合う樹海が月や星屑の散りばめられた新たな秩序を生み出し育んでいる。


 聖夜わが領土は半円のケーキ

 聖夜にジングルベルがこの街を占領する頃に我が領土は、半円のクリスマスケーキなのでしょうね。ステキなクリスマスを。この虚構文学的な大量生産される前衛的な自由奔放なポエジーの怪物は、愛というひとりでは解けない人類の方程式を導きだしたのでしょう。この私的なポエジーをもっと探求していくとさらなる新境地があるのかもしれませんね。


 これはたぶん光をつくる春の遊び

 ひとつしか席のない向日葵の店

 東京を包む大きな雪催

 重力を脱ぐとき叫ぶ巨象かな

 任天堂の歌留多で倒す恋敵

 私たちは、光りをつくることのできる地球(星)に生きていてそれを春の遊びという。

 ひとつしかない席ですが、村や町、この島の向日葵の店にてユンタクハンタク(お喋り)をしながら向日葵の種は、シーブン(オマケ)で持っていきなさい。そうすると向日葵の店の愛を込めて。

 東京を包む大きな雪催。ふっと読書にふけていると雪景色にしてしまいそうな言葉の芯には、ポエジーが燈る。

 巨象の叫びを重力を脱ぐという比喩に込めたところが秀句。

 任天堂のテレビゲームの歌留多取りで倒すよ。恋敵。君の前では、強い僕でいたいよ。


 大量生産されていくポエジーの泉を止めることなく汲み続けて俳句の器に載せ続けてほしい。

 精神のポエジーの翼を自由自在に詩の世界と往還しながら大量の俳句の創造が展開される。

 この俳句集では、俳句の器にページの句数の緩急をつけながらも俳句1句に込めた熱量が時々、すごい世界観で迫りくる。


 共鳴句を頂きます。素敵な俳句をありがとう。ありがとう。ありがとう。


百色の絵具を混ぜて春の泥

夏草を科学忍者は軽く踏み

ある街をいつも想へり鉄線花

葉桜や詩歌の国に終電車

俳句想へば卵生まれる野分かな

夏来る乳房は光それとも色

星を踏む所作くりかへす立稽古

五月闇とは畳まれし帆のやうに

対抗馬つぎつぎ跳んで闇鍋へ

迷惑な翼を描かれ寒卵

まづ蝶を散らせて淡い艦隊よ

綿虫やここへおいでと言はれたやう

行春や機械孔雀の眼に運河

猫といふ受話器を膝に山眠る

夏雲に猫を産み出す力あり

コスモスは咲いてゐないと兵士のやう

鳥帰る東京液化そして気化

若草や壺割るやうに名を告げし

妹(いも)まるく眠り珈琲豆に溝

日盛の愛をパズルを組み立てる

約束を初期化してゆく初夏の指

肉体の古都肉体の遠花火

泣き叫ぶをみなのほかは冬晴れ

よきパズル解くかに虎の夜食かな

美しい僕が咥へてゐる死鼠

天に尻向けて焦土のぬひぐるみ

寒卵地球ふたつに割れる歌

空は蜥蜴の色に原爆を落とす日

歩き出す椅子歩き出さない冬の猫

漏電や蓮の上なるユーラシア

でうす様 自転してゐる花の庭


2026年3月13日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり46 末吉發・著『どこにも仏桑華』を再読する。   豊里友行

 (2015年12月刊、俳句と写真集の私家版)


 沖縄で最大規模の展覧会「沖展」の写真部門会員。

 ニッコールクラブ沖縄支部があった頃の同志でもあった。

 訃報を聞かされたのは亡くなってだいぶ経ってからだった。

 沖縄戦体験者の芯の強い方だった。

 末吉さんとは、俳句の話を電話越しに何度か語り合う。

 同じテーマで共通の物語が多くある沖縄戦の俳句においては、とても影響を受けていた。

 人生の大先輩に最後の挨拶もできないのは心苦しい。

 共鳴句を俳句鑑賞しながらお別れの言葉にしたい。


  「はじめに」にある文章を引いておく。

 

南部の悲惨な戦闘に思いを致すとき、ヤンバルの山の中で一発も撃たず沖縄戦を終えた者が戦を語るのは憚られるものがありますが、友人知人はじめ多くの人々の死を悼む意を込めて上梓することにしました。


どこからも骨が出てどこにも仏桑華


 第8回沖縄忌俳句大会(主催・県現代俳句協会)の大賞に選ばれた作品。

 遺骨収集の骨が今も島中の様々な場所から掘り出される。

 それと同じように仏桑華が青空を泳ぎ出すようにどこにも咲いていると感じる戦争体験者の視座がある。1928年伊是名村生まれで90代まで御存命だった。

 俳句も写真も1点1点の明確な視点で切り取られ作品化されていた。

 この俳句に添えられた言葉「帰らぬ遺骨を思う人たちには生きている限り戦後は終らない。」と結ばれている。


大方は戦を知らぬ夏帽子

碑のナベ、カメ、ウシや蝶の昼

石ひろい骨ひろいして藷の花

一発も撃たぬ戦歴梅雨明けぬ

ああ大き母の乳房沖縄忌


 ニッコールクラブ沖縄支部でも故・山田實先生らと同じく90代まで写真活動も続けていた。「挨拶をしなさい」と会釈でダメかなっと私は、思いながらも挨拶をし直す。

 大方は戦を知らない夏帽子なのである。俳句や写真への自身の真摯な姿勢は、他者にも厳しい語り口でもあったが、そこが末吉さんの見所だった。

 沖縄県糸満市摩文仁にある平和の礎は、戦没者の追悼と平和祈念を込めた「去る沖縄戦などで亡くなられた国内外の20万人余のすべての人々に追悼の意を表し、御霊を慰めるとともに、今日、平和を享受できる幸せと平和の尊さを再確認し、世界の恒久平和を祈念する。」(沖縄県HPより)ものである。

 その碑の名前に「ナベ、カメ、ウシ」の戦没者名がある。俳句に添えられた言葉は、撮影日誌でもあり、「春の一日、あの世の使いと言われるハーベールー(蝶)が碑の上を飛んで行った。」と結ぶ。同じように平和の礎を歩くが、沖縄戦体験者の末吉發俳句には、いつも軽く持ち上げられない石のような重みがあった。

 戦争体験者の話によると畑仕事に二つの笊を持っていき、骨と弾を入れていたと訊いたことがある。末吉さんとの藷(いも)の花談義が懐かしい。

 一発も撃たぬ戦歴に戦友たちへの語り切れない“うむいの花”がある。

 母の乳房(にゅうぼう)の句に添えられた言葉「母は四十二才、戦災で死んだ。粗末な着物の懐に乳房を揺らしながら子供の世話や家事に走り回っていた。戦時中の食糧難で大家族の明日の米をいつも心配していた。母を思い出すとき思い詰めたような暗い顔が目に浮かぶ。」がある。

 これから戦争を知らない大方の私たちは、戦争体験者の俳句や言葉からどれだけの戦争に抗える思いを萌芽させていけばいいのだろう。

 丁寧に読み解く言葉に込められた思いは、必ず未来の希望の光りを紡ぎだせると信じて私は、私なりのやり方で俳句と写真を紡いでいる。


 共鳴句をいただきます。末吉發さんありがとうございました。


祈るより叫びたき日のでいご散る

呆気なく将軍死んでちちろ虫

夏草や勝って来るぞと魚雷錆ぶ

「デテコイ」の声や灼光浴びしこと

こばていし広がり広がり遺族老ゆ

総理来て椅子きしませて帰る夏

海焼けて戦争ごっこをはじめるか

不発弾遺骨遺品月桃垂る

歌わねば石になるべし鳳仙花

地に還るものを隠して野朝顔

あかしょうびんきておりなにからはなそうか

敗戦の記憶足裏に灼くる島

2026年2月27日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり45 句集『途中下車』(西村小市・2022年刊・つむじ書房)を再読する。  豊里友行

  西村小市俳句の良さは、気の置けない普段着の俳句である。


 平凡でいいではないか柏餅

 自分をなだめるようにも読める俳句で好感を持てる。

 平凡でいることと柏餅。

 それは、御茶をすすりながら承認欲求を満たしきれないモヤモヤもありつつも平凡だからこそ柏餅の持ち味を活かせるのかもしれないと私もよく味わいたい俳句だ。


 春愁や山口百恵のプロマイド

 この蜂は高倉健の面構え

 俳句で俗っぽさを出せるのは、西村小市俳句の普段着で春の愁いを青春切符だったであろう山口百恵のプロマイドに溜息をついたりできること。

 蜂(はち)の貌(かお)から高倉健の面構えを見い出す。

 この素直に生活空間の現象を俳句に取り込めるのは、平凡でいいではないかと嘆きつつも非凡である。

 自分の持ち味をじっくりと活かす丁寧な生き方が、句集『乱雑な部屋』(西村小市)にあったし、今回の句集『途中下車』(西村小市)にもある。


 秋高し下駄を履いてるケニヤ人

 下駄の分だけ秋は高く感じれるのは、日本文化の良いところかな。

 と思いきや下駄の主は、ケニヤ人だった。

 この意外な取り合わせ。

 素直に普段着の日常を俳句の器に掬い取ることこそ西村小市俳句の真骨頂ではないだろうか。


 三塁のベースの上にいる飛蝗

 俳句という五七五の器に盛るのは、一億総俳句時代のこんな時代だからこそ花鳥諷詠や季語に囚われ過ぎないでいると同じ季語や題材をどう切り口の違いを見出だせるか。

 いっそのこと西村小市俳句のように潔く同じ俳句や題材を違う切り口で詠んでみるのは、いかがだろうか。

 野球俳句と云えば、野球場の球児や大谷選手を詠みたいものだが、誰もいない球場をうろつく。

 1塁を回った。

 2塁を回った。

 3塁を回ろうとしてハッとすると西村小市俳句の飛蝗(バッタ)がいた。

  たぶん私の知る限り野球俳句でこのように野球を詠わずに、だが野球場の日常を俳句化している俳人は、西村小市しか私は、知らない。

 そのままっそのままっそのままの普段着で新たな俳句世界を切り拓く西村小市俳句の世界は、あかるい。

 何故なら俳句らしい俳句でなく西村小市にとって西村小市らしい俳句を綴るということは、俳人・西村小市俳句の道のり、生き様、そのものではないか。

1生涯に1句集を俳句世界のために捧げるよりも生きる糧として普段着の俳句交流にこのような冊子句集が、俳句の開花を彩ってくれる時代が近い未来に到来してくれるのかもしれない。


 共鳴句もいただきます。俳句の未来を照らし出す句集を私も待ちわびています。

 ありがとう。ありがとう。ありがとう。


翳りたるところに集う目高かな

春の風できちゃったのか三人目

花曇りあと十年は生きたいな

蓑虫の揺れて地球は廻ってる

今日もまた同じ作業か心太

十九歳桃にかすかな指の跡

小鳥来る横浜地方気象台

独立をめざし戦う霜柱


【参考リンク】

【読み切り】俳句日記の普段着で生きている ~句集『乱雑な部屋』(西村小市)~豊里友行

https://sengohaiku.blogspot.com/2020/08/blog-post.html


2026年2月13日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり44 句集『草の罠』(水野真由美・2022年刊・風の花冠文庫)を再読する。 豊里友行

  この句集『草の罠』を読みながら俳句の姿勢が私も似た試行錯誤をしていて背中の掻き切れないむず痒さのようなものを感じてしまう。


 水野真由美さんは、略歴によると85年、金子兜太に師事。その後、「俳句空間」新人賞準賞、海程新人賞、海原賞を受賞されている。

 俳句誌「未定」、「吟遊」にも参加したことがあるようだ。

 2001年、俳句誌「鬣TATEGAMI」を林桂、佐藤清美らと創刊。

 句集『陸封譚』(七月堂)により第六回中新田俳句大賞受賞など。

 現代俳句協会会員、「海原」同人、「鬣TATEGAMI」編集人。

「最短という定型から詩としか呼びようがない一つの世界が立ち現れることが不思議で俳句を読み続け、やがて書くようになったことを思い出す。」(「あとがき」より)

 コロナ禍で俳人たちは、さまざまな思いを綴る術を試行錯誤していた。

 水野真由美さんの人生の出会いの財産が、この句集でも俳句に織り成されている。

 俳句に限りませんが、私は私の感性のアンテナにひっかかる詩魂の弦を弾く。

 それは、私が見た俳句の面白味を見出していくことで私独自の選句眼が養われていくと感じている。


夏野へとピアノを運び出す男

 ちょうど私の写真事務所のある沖縄市コザ銀天街にピアニストがいた。

 彼がピアノを弾くために有志によってピアノをコザ銀天街の酒場や広場へ運び出す。

 玩具のミニチュアのピアノと違って本物のピアノの移動は男数名でも力技の大仕事だ。

 そんな風景をみたことがあるだけに「夏野へとピアノを運び出す男」の俳句は、新たな俳句の予感を感じさせてくれる。

 最短という定型の俳句から詩や小説が生まれるくらいの物語を「想像する・創造する」くらいの俳句読者へのその余地がこの俳句には、存分にある。

 夏野でピアノを聴いてみたい。

 そんな豪華な夢を奏でることができるなら実は、とても夢を叶える為の縁の下の力持ちの男たちの努力がある。

 それを水野真由美さんは、俳人としてしっかりと見逃さないで俳句にした慧眼だ。


毀れゆくものは毀れて草の花

 「毀れる」は、この場合、「こぼれる」でも「こわれる」でもどちらでも面白い俳句だ。

 「こぼれる」は、欠けたりくずれたりして、完全な姿を失う。「こはれる」は、そこなわれて、そのものの働きをしなくなる。

 私は、左手の人差し指を取材現場の事故でいちぶ潰したことがある。

 運よく骨ではなく指の肉だけ削いだだけで済んだが、その毀れた指は完璧に完治することはなく肉のえぐれた分は、終始、指の周囲の皮膚をひっぱっているみたいな違和感を持つ。人間は、欠けてくずれたら完全なものでなくなる。しかし水野真由美俳句は、流れゆく時の中で「毀れゆくものは毀れて草の花」とあるがまま俳句に思いを託している。

 生きているすべての生命は、あるがまま草の花のように毀れていくだろうし、毀れても生きていけるだけ生きていくだけの草の花の生命力を躍動させるべきなのだ。そんな気持ちにさせてくれる水野真由美俳句のたくましさを感じる。

 だけれども私たちの愛しむべき生命は、たとえ草の花でさえ生きものであることを忘れてはいけない。この句集には、惜別の俳句の多さが、俳句を高見へ登らせることよりも水野真由美俳句の人生の出会いの財産として生きた証となっていることを特記しておきたい。


木の実落つわたしの村の酔つ払ひ

 木の実が落ちる。ガクンっと私の村の酔っ払いの首も墜ちるようにグデンッとなる。そんな俳人の眼が私の村のメインストリートにある酔っ払いの人生をあたたかく描き出す。何でもない風景として見えても、それが永遠ではない。

  水野真由美さんは、彼女なりのやり方で俳句をまるで写真家がカメラによって時代に焼き付けようとするように俳句にその一瞬に封じ込めてしまう。


綠夜すでに溢れし海や古代文字

 綠の字は、緑(みどり)。この緑夜(りょくや)は、夏の季語。「新緑」の傍題である。 青葉の美しい夜のこと。

 青葉の美しい夜は、月の光の届かない暗緑もあれば、月光がつつみ込む薄緑や街のネオンに染まる赤い緑もある。「すでに」と場が急展開して溢れんばかりの海原が立ち現れる。そこには、現代社会に生きる我らが生きた証を残そうと文学の世界を描くように、いにしえの人びとの古代文字も生き生きと海原の波を一枚いちまい立ち現すのである。


葱のごとく人ら抜かれてゆきしかな

 現代社会は、どうやら人間たちも葱を抜くように消費しているのかもしれない。人間性の希薄さを水野真由美俳句は、ずばり云い切る。


いくさ来る見えないいくさの来る枯野

 戦がやって来ると云う。しかし、その戦は私たちには、見えないままやって来ていると感知する。そこには、枯野が拡がっていてあっという間に戦は、枯野を焼きつくす恐れがある。無関心の廃退によって大衆の枯野が戦を呼び込んでいるのかもしれない。


 水野真由美俳句の試行錯誤は、俳句の未だ俳人たちの足を踏みいれてたことのない領域を果敢に開拓し始めている。

 今回の私の水野真由美俳句のチョイスは、その新たな俳句の試行錯誤にスポットライトを当てるように俳句鑑賞してみました。

 素晴らしい俳人の俳句との出会いは、嬉しいものです。

 ありがとう。ありがとう。ありがとう。


2026年1月30日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり43『蜂の巣マシンガン』竹岡一郎第一句集(2011年刊、ふらんす堂)を再読する。 豊里友行

  この-BLOG俳句新空間-で刺激を受けていた俳人のひとりだった。

 鬼籍に入られて長らく歳月が過ぎても俳句の感動は、鮮やかに蘇ってくる。

 「-BLOG俳句新空間-」や「びーぐる32号」の俳句時評(竹岡一郎)で私の第2句集『地球の音符』の評論「赤ン坊(アカングワ)のために」には、今もって指針になる。今、私の第7句集は、竹岡さんこの「赤ん坊のために」を軸に命を守り育てるテーマで句集編集に取り組んでいる。

 竹岡一郎さんの俳句は、観察眼と詩的把握、大胆な詩的題材をおおらかに詠いあげている。

 観察眼に裏打ちされた感性が光る句。

絨毯を深々と刺すハイヒール

凍鶴の灯れるごとくゆらめけり

原爆忌水面に鯉の口あまた

雪仰ぐ飼育係も雌の鰐も

老い枯れし手が白桃を剥いでゐる


 独特な把握が魅了で詩的把握力が光る句。

松虫の籠かかげ見る貴船かな

遊星の一塵として着ぶくれぬ

野の果は荒るる海なり鬼やらひ

風船のたましいひ入りて上がりけり

虹の根に死者の家ある遠野かな

浜木綿や風吹かば死者還り来む

手毬唄とも南朝の嘆きとも

蟇言霊呑んで太りけり

揚雲雀太陽に裁かれんとす

蛆も輝け神の創れる生なれば

あの雲は龍のぬけがら草ひばり

もろこしを剥げば即ち光の束


 私は、俳人それぞれの俳句哲学があるべきだと想う。

 竹岡一郎氏の俳句には、俳句哲学や生き様の美学がある。

 小川軽舟氏をして「よろしい、それがあなたの美しい人生だ。」と言わしめる。

 現代社会のサバイバルを生き抜く俳人の生きた証に魅了された。


 他の共鳴句もいただきます。ありがとうございました。合掌。


 今生は道頓堀に虫売りぬ

 地獄より来て灼くる血をもてあます

 トランクはヴィトン家出は雁の頃

 抱き合ふ我ら即ち鬼火とも

 バンジーが好き同棲の昔より

 靖国は悔し尊しちちろ止まず

 蜂の巣の俺人生はマシンガン

 愛だの恋だの蛇口十(とを)ほど休暇明

 稲妻となつてお前を喜ばさう


【関連リンク】

-BLOG俳句新空間- : 【読みきり】「たとえ僕らの骨が諸刃の刃だとしても ~竹岡一郎句集「けものの苗」を読んで~」豊里友行(2018年12月28日金曜日)

-BLOG俳句新空間-  びーぐる32号俳句時評(竹岡一郎) 

「赤ン坊(アカングワ)のために」(2016年11月11日金曜日)

http://sengohaiku.blogspot.jp/2016/11/ichiro.html


2026年1月9日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり42 句集『うさぎの話』(栗林浩、2019年刊、角川書店)を再読する。  豊里友行

 目と耳を置いて消えたる雪うさぎ

 この場合の「雪うさぎ」は、雪を兎(うさぎ)の形にして固めた雪像のこと。雪を溶かしてしまう太陽の陽射しだろうか。雪の兎像は、目と耳の他は、消えてしまう。それは、観察眼と雪解けの移ろいをしっかりと眼差していなければ、このような言葉の発見は、できただろうか。この雪うさぎは、地球の自転の何処かで子らの賑わいと一緒に佇んでいるのだろう。


くしやくしやと蝶一斉に羽化したる

 蛹より蝶の羽化し始める。くしゃくしゃの蝶の羽が一斉に羽化する様は、まるで芸術の絵画を見ているようだ。その時を言葉にとどめることで俳句という詩もまた芸術を喚起する。


鯨啼く夜間飛行の瞬きに

 一枚の絵画を読み解くように咀嚼してみる。気球のような夜間飛行の鯨が啼く。それは、眠りの瞬きの一瞬の物語。この一句に小説や絵画のひとつの物語が凝縮されているようだ。


すかすかな原爆ドーム秋の風

 原爆ドームの剥き出しの骨組みや構造物をすかすかと感受させる秋の風。

 だが原発を売り歩いて来た我が国の快適便利な核の世の責務は、すかすかな原爆ドームと感じさせるほど空虚さを私たちにも感じさせてしまう。


鰭酒や栃木の雨の話など

 鰭(ひれ)酒は、日本酒の飲み方のひとつ。河豚(ふぐ)や鯛(たい)など食用魚をあぶり焼いて、燗酒に入れたもの。最初に切り落とした鰭を干して強火であぶり、コップなどに入れ、これに熱燗(あつかん)の酒を注ぐ。栃木の雨の話題が風土性を増す。俳人の座で多方面に活躍する俳句評論家との話は尽きないことだろう。


追い越せぬものに逃水わが言語

 追いかけても逃水は、追い越せない。

 作者は、ずっと自身の我が言語を追い越せない黄昏に佇んでいるのだろうか。



フラミンゴの檻の中まで雪が降る

冷気立ちずらり尾鰭のなき鮪

おほかたの土偶はをんな蕎麦の花

プール出るときの地球の重さかな

くちびるといふ春愁の出口かな

脱ぎ捨てて脱藩のごと蛇の衣

 フラミンゴのいる檻にもまた天より雪は降り注ぐ。これら栗林浩俳句の中にそこはかとない感情が、まるで試験管の中で化学反応するように生じる。

 冷気が立ちずらりと尾鰭のない鮪が、市場の競りに並ぶ。その市場の活気をも喚起している。

 大方の土偶を女と言いきることと蕎麦の花の逞しく可憐さに思いは託されている。

 プールの水中では感じなかった地球の重力を切り取った絶妙さ。

 唇を春愁の出口でもあると感じとる趣きが堪らない。

 蛇の衣を脱藩のように抜き捨てる覚悟まで感じ取れて脱帽。

 これらモノの本質を掴み取った俳句が、栗林浩俳句の俳句の面白み。その感じ方に豊かな趣きがある。

 共鳴句もいただきます。


白靴のジゼルとなりて跳んでこよ

星みがく係がいいと卒園す

船虫の楚歌に奔れる兵のごと

犬ふぐりここもローマに続くのか

銅鏡はいつも裏みせ鳥曇

砂時計反へし夜長のダージリン

十能の熾火の匂ひ雪くるか


2025年12月26日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり41 句集『はばたき』  豊里友行

  句集『はばたき』(仙田洋子、2019年刊、角川書店)の共鳴句の(目印に)付箋紙が沢山貼られているので私の蔵書の森で眼に止まったので再読している。

冬銀河かくもしづかに子の宿る

百年は生きよみどりご春の月

 仙田洋子俳句の子への眼差しが私は好きだ。

 私もいつかこんな子への眼差しで俳句を創れたらと思いつつもこのような名作の実感を持って作品創造することは、もう私には出来ないのかもしれないと不安が過るのを掻き消すように今の私は、途方に暮れる。私は、俳句と写真の道にまっしぐらに突き進む。私の場合、写真家というのは、職業というよりも生き様という心境で写真作品を創造するために人生を惜しみなく注ぎ込んできた。沖縄の不条理に鼈(スッポン)のように喰らい付いてきたつもりだが、己の人生を振り返るとこのくらいで自分自身が幸せに生きることも大切にすべきだと考えがおよぶ。私を尊べないで誰もが本当のより良く生きる道が、導き出せるだろうか。それは、オセロのように沖縄での私の逆境をひっくり返せるほど写真家ひとりの力を過信できない。私の写真家としての軌道修正は、だいぶ長い月日を費やす。とはいえ私にとって俳句と写真は、より良く生きる糧だ。そこから私なりの沖縄からより良く生きる道を切り拓きたい。

 だいぶ私の自戒が前置きとしては脱線気味に長くなりましたが、仙田洋子俳句の子への眼差しは、この「百年は生きよ」と我が子へ願う命の俳句は、人間の根源的な尊厳の輝きを成している。学ぶ点の多い人生の先輩俳人のひとりから私なりの人生の軌道修正を奏功させたい。

さびしさを知り初めし子も手毬つく

マフラーを殺むるごとく巻いてやる

朴落葉どの子の顔を隠さうか

草餅をけんくわの子らに一つづつ

わが腕を逃れ少年泳ぎけり

凱旋のごとく水着を干しにけり

子供らとしやがんで蟻の国に入る

 親と子の絆(きずな)は、私には想像の域を出ません。だけれども母から観て淋しさを知り始めている子の手毬は、どのように鳴り響いていたのだろう。冒頭で紹介した「冬銀河かくもしづかに子の宿る」「百年は生きよみどりご春の月」など連続テレビのような仙田洋子俳句の物語だ。

 マフラーで殺すことはないにしろ愛情いっぱいにぎゅっと巻く。

 子どもたちを平等に見つつも朴落葉で我が子の顔を隠してみたいし、草餅を喧嘩した子に一つ一つあげながら我が子とも仲良くしてねと願う。

 母の腕を離れて泳げる少年の巣立ちもちょっとさみしくもある。

 その少年の成長は、凱旋の水着を干すようでもある。

 子どもらとしゃがんで蟻の目線に入るくらいの蟻の国を眺める時間が愛おしい。


 「こぼれ落ちさうにふらここ漕ぐ子かな」「木登りの子らつぎつぎと夏を告ぐ」「小さき子の手を引いていく秋しぐれ」「茎立や子らも背伸びをしてゐたる」「初夢の中までついて来し子かな」「自転車をどつと投げ出し黄水仙」「たんぽぽを摘みためて母訪ねけり」「子の沈みそうな夏野や子の手引く」「ラケットを振りて夏雲湧きたたす」「子と走り出せば光りぬ雲の峰」「子供らのまだ跳ねてゐる秋の暮」「雀の子一直線に跳ねて来ぬ」「うすものやくるみ殺すといふことも」「くすぐつてあやしてからすうりの花」「夏雲やみんなで腹筋して帰る」「抱擁を蛇に見られてゐはせぬか」「叱りてもついて来るなり蟇」「香水の減るよりも疾く子の育ち」「流木を重ねて夏の砦とす」「船虫を取り放題と言はれても」「さみしげな子にくれてやる梅もどき」など仙田洋子さんのかけ替えのない仙田洋子俳句日記には、輝ける俳句たちが、俳句にたずさわっていたからこそ人生の形に鮮やかに記憶される。

そのあとは煮込んでしまふ茄子の馬

 もちろん俳人・仙田洋子さんといえば、家族俳句以外にも名句は多い。

 「茄子の馬」の季語は、祖先の霊がこの馬に乗って訪れ、また帰るとされる。茄子や瓜を使って作られたこれらの精霊馬は、先祖を敬う気持ちを表現する重要な文化的象徴でもある。・・・・そのあとは、煮込んで食べる辺りも第一線の女流俳人といいたいが、男性も料理はしないとね。見習いたい。あやかりたい。

母の日の母デパートに溢れをり

 母の日の母がデパートに溢れているという現代社会をユーモラスに斬新にでも心温まる俳句作品にする。このような名句も見逃せない。


 その他の共鳴句も下記にいただきます。ありがとう。ありがとう。ありがとう。

豆撒の父の白髪かがやけり

恋猫にシャネルの五番かけてやる

鷹鳩と化して大いに恋をせよ

鍵盤を踏んで仔猫の来たりけり

色を問ふ暇なかりしよ蝶二つ

火のつきしごとくに蝶や山開

のうぜんの一花一花をもてあそぶ

大空に紺を加へし帰燕かな

真葛原ひとめぐりして恋さます

瀧凍てて亡骸のごとありにけり

父母の老いては鴨のごと歩む

雛の目のだんだん怖くなつてきぬ

鳥雲に母おとろふるはやさかな

やはらかく書くよくさもちさくらもち

獅子頭振りて山河を呼び覚ます

手毬つくだんだんはやくおそろしく

恋せよと恋せよと芥子そよぎけり

大干潟まぶたのごとく灼かれをり

白鷺が花瓶のやうに立つてゐる

鴨の子の機械仕掛けのごと潜る

ビーチパラソル開いて海をよろこばす

墓洗ふあたま洗つてあげるやうに

焼芋のやうな熱さでお慕ひす

蟇穴を出て笑はれてゐたりけり

春の月ビオラかかへてゆく夫よ

幼年やうつとりと蟻おぼれさせ

出目金と秋のあはれを分かちあふ

はなむけに風船葛でもくれよ

鰯雲恋告げられてひろがりぬ

鷹のまだあどけなき貌してゐたる

切山椒無口になりし子とつまむ

少女らにもてあそばれて白兎

慰むるためにたんぽぽ摘んでゐる

柚子のみなしづかにまはる柚子湯かな

声変りせし子と食へり牡丹鍋

あちこちに産卵されて山笑ふ

木の芽風われも芽吹いていくことよ

黒揚羽迅し思春期始まれり

未来すぐ来るよ七五三の子よ

はばたきに耳すましゐる冬至かな

まわり道して蠟梅のそばにゐる

毛糸編むさびしさ編んでゆくやうに

鳥交る天神さまをはばからず

スニーカーてんでんばらばらに脱いで春

好きなだけ蝶々とまれ花衣

父の日の父よ黙つて飯を食ふ


【参考資料】

「俳句αあるふぁ」2016‐17年12‐1月号の特集「仙田洋子の世界 自選二百句」

2025年12月12日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり 40 『芭蕉三百句』(山本健吉著、1988年刊、河出文庫)を再読する。 豊里友行

 私たちは、松尾芭蕉【まつお ばしょう、寛永21年(1644年)〈月日不明〉- 元禄7年10月12日〈1694年11月28日〉】(ウィキペディアより)が大好きだ。

 和歌の余興の言捨ての滑稽から始まり、滑稽や諧謔を主としていた俳諧を、蕉風と呼ばれる句風との頂(いただき)を確立し、今現在の俳句の祖として海外でも「Haiku」として世界的にも親しまれる。俳句する私も一番、影響を受けている俳人なのだが、俳句鑑賞や論評も沢山あるので私の句集鑑賞としては、のけていたのだが、此処が私の原点になる頂(いただき)であることは間違いないので私なりの俳句鑑賞をしてみたい。

 野ざらしを心に風のしむ身哉 

 旅に病(やん)で夢は枯野をかけ廻(めぐ)る

 せっかくなので沖縄の俳人なりの沖縄の地を舞台に俳句鑑賞を展開してみたい。

 私の俳句鑑賞は、俳句を“なぞる”のではなくもっと自由に鑑賞していきたい。

 野ざらしの野に晒されるままに朽ち果てて骨になる心境とは、なんだろう。その心には、野ざらしの風が染み入るほどの覚悟がある。

 松尾芭蕉は、生涯、俳諧という場(座)で生きた俳人なのだろう。その座において生きながらも芭蕉の心境は、我が身が野ざらしの骨となり、風雨に晒されようとも俳句の独自性を確立させる覚悟を持ち続けた。その覚悟は、後の俳句する人たちの作句にも多大な影響を与え続けている。

 俳諧の座の仲間たちとの交流の旅も病に伏す中で芭蕉の生涯を貫いた夢は、枯野を駆け廻り続けるだけの俳句の熱量だ。

 松尾芭蕉の生きた当時のおおよそ1644年から1694年ごろにかけて和歌の57577の韻律から俳句の575への独立は、今日の私たちが、俳句鑑賞する上でも色褪せることの無い俳句の魂を燈し続けている。

 古池や蛙(かはづ)飛(とび)こむ水のをと

 蛙が飛び込むその瞬間だ。

 古池の水面を割るような水の音が、鳴り響く。

 河の流れのような和歌の作風とは、芭蕉の魂は、何かが違うのだ。

 575の短い韻律には、芭蕉にとっても俳句の宝箱である人生の様々な俳諧の座の心遣いや出会い、風流な季節が織り成す地球の贈り物がある。それら出会いの財産は、芭蕉の心の水面にも沢山たくさん飛び込んで来たのだろう。蛙は、芭蕉の覚悟と俳句への飛翔だ。

 閑(しづか)さや岩にしみ入(いる)蟬の声

 芭蕉もたぶん作句においては、没頭の日々を過ごしてきたのだろう。蟬の声は降りしきる旅の途中なのだが、この時代には、蟬時雨なんて季語もありません。通常ならば降りし切る蟬の声は、暑さと心の喧騒を巻き散らしているはずなのだ。芭蕉の575への没頭ぶりは、まっしぐらに俳句の独自性を確立させるべく俳句1句1句への松尾芭蕉の俳句哲学の物語が展開されていく。閑(しづか)さは、岩に染み込んでいく。芭蕉の俳句への没頭と心の安息は、作句の喜びと自己に向き合い生涯を俳句に捧げた1句1句から垣間見える。

 荒海や佐渡(さど)によこたふ天(あまの)河(がは)

 この俳句を1枚の絵画を愛でるように鑑賞してみよう。

 荒ぶる海は、吼える。佐渡に添い寝するように天河を横たえる。

 「荒海」「佐渡」「天河」の三つの事象が俳句の器へ怒濤のパッションで雪崩れ込み、ピカソの絵画の情熱の断層のように造形力で盛り込まれる。

 夏草や兵(つはもの)共(ども)がゆめの跡

 塚も動け我泣(わがなく)こゑは秋の風

 むざんやな甲(かぶと)の下(した)のきりぎりす

 乱世の世も続くというのに行く道の夏草には、ちらほら野ざらしの髑髏の兵士たちが点在する。その兵士の夢の跡を見出す俳人もまた「夏草」や「きりぎりす」の生命力から生きることに向き合い、戦没者の遺品となる甲(かぶと)や俳友の死と向き合いながら俳句物語を紡ぐ。


 こつこつとですが、俳句の歴史上の俳句集成からも句集鑑賞をしていきたいと思います。

 共鳴句をいただきます。

海くれて鴨(かも)のこゑほのかに白し 

山路(やまぢ)来て何やらゆかしすみれ草 

蓑(みの)虫(むし)の音を聞に来(コ)よ艸の庵(いほ)

旅人と我(わが)名(な)呼ばれん初しぐれ

かたつぶり角(つの)ふりわけよ須磨明石

おもしろうてやがてかなしき鵜(う)舟(ぶね)哉

冬籠りまたよりそはん此(この)はしら

草の戸も住(すみ)替(かは)る代(よ)ぞひなの家

行(ゆく)はるや鳥啼(とりなき)うをの目は泪(なみだ)

あらたうと青葉若葉の日の光

木啄(きつつき)も庵(いほ)はやぶらず夏木立

風流のはじめや奥の田植うた

五月雨(さみだれ)のふり残してや光(ひかり)堂(だう)

蚤(のみ)虱(しらみ)馬の尿(しと)する枕もと

凉さを我(わが)宿(やど)にしてねまる也

さみだれを集(あつめ)て早し最上川

暑き日を海にいれたり最上川

猪(ゐのしし)もともに吹(ふか)るゝ野分(のわき)哉

鎖(ぢやう)あけて月さし入(いれ)よ浮(うき)み堂

有明(ありあけ)もみそかにちかし餅(もち)の音

秋深き隣は何をする人ぞ

2025年11月21日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり39 句集『残像』(山口優夢、2011年刊、角川学芸出版)を再読する。 豊里友行

  山口優夢(やまぐち ゆうむ)さんとは、2009年に大変な話題となった新人発掘のアンソロジー『新撰21』(邑書林)のひとりで私も御一緒させていただいた。

 優夢さんは、2003年の第6回俳句甲子園個人最優秀賞受賞や2010年の第56回角川俳句賞受賞など既に確固たる俳人の地位と名声を得ている若手俳人のひとりだ。

帯文を記して置く。 

先に『抒情なき世代』という評論集を出している山口優夢だが、自身はその世代に包括されると思っていないかのような書き振りで対峙している。しかし、山口の句さえ既に私共が考えてきた“抒情”とある処では完全に訣別し、変貌し、食み出し始めている。こんな処に詩因があったかと思うこと屢々。旧態然とした抒情では括れない、私など逆立ちしても書き得なかった世界を難無く書き留めているのだ。(中原道夫)


小鳥来る三億年の地層かな

 第6回俳句甲子園個人最優秀賞受賞(2003年)の俳句は、優れた秀作であることは周知のことだろう。

 「小鳥来る」の秋の季語を三億年という膨大な歳月の地層を組み合わせることで季節がめぐりめぐって三億年の地層を堆積していく時間の間も「小鳥来る」という自然の営みが絶え間なく紡がれていることを意識化してくれている。

 本当に若くして俳句に愛されている俳人のひとりだ。

 それは、俳句の形式に落とし込むコツとでもいいましょうか。兎にも角にも巧い。


淡雪や博物館に美しい骨

 淡雪が音もなく降りし切るのに気付く。そっと眼をやった外界には、雪が降り始めていたのだろうか。博物館の中にいることで意識の外にあった淡雪が硝子越しに足早に降っているのだ。それも一瞥の一瞬のことでまた博物館のガラスケースに収められた美しい骨に魅入られる。俳句という身近な制約の中でここまで的確な言葉の組み合わせ、取り合わせがなされていることこそ俳句に愛されているということなのだろう。

 「鳴り出して電話になりぬ春の闇」「戦争の次は花見のニュースなり」「大広間へと手花火を取りに行く」といった日常の事象や所作にいたるまで俳句化されて秀句が量産されている。はっと俳句の面白味に驚かされていくのが、心地よい。


銀杏や二十歳は笑はれてばかり

 また若くして俳句に愛されていることで青春詠にも顕著に飾る事無く自己を投影していることも見所だ。銀杏(ぎんなん)は、秋の食べ物としても知られていますよね。ほろ苦い風味と晩秋の季節を織り交ぜながらも二十歳の自己を笑われてばかりとほろ苦さもお道化て見せる。快闊な好青年ぶりがうかがえる。「未来おそろしおでんの玉子つかみがたし」「秋雨を見てゐるコインランドリー」「夏風邪のからだすみずみまで夕焼」「ぶらんこをくしやくしやにして遊ぶなり」「梅日和近所の映るワイドショー」「卒業や二人で運ぶ洗濯機」「野遊びのつづきのやうに結婚す」など爽やかな青春詠から大人びていく人間的な成長過程の歩みを俳句に愛されながら突き進んでいる。


月の出の商店街の桜餅

心臓はひかりを知らず雪解川

問診は祭のことに及びけり

投函のたびにポストへ光入る

 物に語らせることの巧みさも。真実を踏まえて俳句化することの出来る力量も。お医者さんとの問診のやり取りが、祭りに及ぶところの面白味も。日常の所作のなかにあるポストの投函に光を見出すことも。俳句ひとつひとつに俳句に愛さているんだなと感じられるほど面白い俳句が沢山ある。若くして俳人として華々しく確固たる俳句の形式を確立されていて、その俳句が賞賛を得ている。その俳句に愛されていることに飽くことなく我が道をいくことが、これからも俳句に愛される俳人の道のりなのかもしれない。


 他にも共鳴句をいただきます。素晴らしい俳句の数々をありがとうございます。


あぢさゐはすべて残像ではないか

火に触れしものは火になる敗戦日

芝居小屋からうつくしき火事になる

雨は芙蓉をやさしき指のごと伝ふ

眼球のごとく濡れたる花氷

鍵束のごとく冷えたるすすきかな

冬帽子星に遠近ありにけり

しらうをも市場も濡れてゐたりけり

2025年10月24日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり38  『夢洗ひ』恩田侑布子句集(2016年刊、角川書店)を再読する 豊里友行

 ころがりし桃の中から東歌

 東歌(あずまうた)は、東国地方の歌の意で、『万葉集』巻14と『古今集』巻20の「東歌」という標題のもとに収められた和歌の総称。

 転がり踊るような桃の様から東歌を萌芽させていく。

 恩田侑布子俳句の本句集『夢洗ひ』全体に拡張高く醸し出されている。


長城に白シャツを上げ授乳せり

 中国では万里の長城が規模的にも歴史的にも圧倒的に巨大で、単に長城と言えば万里の長城のことを指す。この中華人民共和国に存在する城壁の遺跡。その一部はユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。

 この長城の光景のひとつとして白シャツを上げ授乳する母と子がいたのだろう。

 このような旅(吟行)において優れた俳句を成せるのも特筆すべき恩田侑布子俳句の力量で海外詠の俳句に描かれた長城の日常は、すこしずつ移ろい変わりゆく伝統的な風景と変遷においてひょっとしたらもう見ることのできないこの時代の牧歌的に包み込む旧き良き時代として顧みられるかもしれない。


ひたす手に揺るる近江の春夕焼

 「破魔矢抱くわが光陰の芯なれと」「夕焼のほかは背負はず猿田彦」「たをやかに湯舟に待てり菖蒲の刃」「酢牡蠣吸ふ天(てん)の沼(ぬ)矛(ぼこ)のひとしづく」「空渡れよと破魔弓を授かりぬ」など本句集に内包する神々のなす術とさえ感じられるほど拡張高さを持たせた俳句の技量も恩田侑布子俳句の見せ方が、楽曲のように通底しながら川のように流れているからだ。

 近江国(おうみのくに)は、かつての令制国のひとつ。現在の滋賀県全域にあたる。近江といえば、淡水湖。特に,琵琶湖のことを差している。この琵琶湖が丸ごと夕焼けてしまう。そこに手を浸すと水面をゆがめながらゆらゆら指先が魚の泳ぐように揺れている。

 俳句1句が、1枚の芸術的な絵画のように萌芽し、創造されている。


こないとこでなにいうてんねん冬の沼

コピー機の照らす一隅秋(あき)黴(つい)雨(り)

緩和ケア病棟下の青蜥蜴

わが視野の外から外へ冬かもめ


 女性のパンチの効いた関西弁でんな。冬の沼まで、かの男性は、ロマンティクに吼えろ的なドラマを思い描いていたのかもしれません。そこがボケとツッコミになってしまうのも沼るあなただからかもしれない。

 コピー機が稲光の閃光のように隅まで照らし切る。そこにもひとつの物語を創出する。

 癌病棟の緩和ケアの会話は、此処では一切、聴こえてこない。その病棟の外壁に青蜥蜴がサバイバルに生きている。モノに語らせた秀句。

 私の視界の外から外へ冬の鷗(かもめ)は、飛び交う。俳人の五感と想像力は、鷗の声の切れから風を切って飛び交う羽音からさまざまな物語を喚起されるのだろう。恩田侑布子俳句の術は、その想像力から描き出され、丁寧ないにしえのひと葉ひと葉を風に舞わせるように思い描き、現代社会の物語までも多様に創出している。


その他、共鳴句もいただきます。

一人とは冬晴に抱き取られたる

葛湯吹くいづこ向きても神のをり

告げざる愛地にこぼしつつ泉汲む

脚入るるときやはらかし茄子の馬

親と子のえにしを雪に晒しけり

容れてもらふ冬木の洞(ほら)の大いなる

吊し柿こんな終りもあるかしら

冬耕の股座(またぐら)に日のありにけり

缶蹴りの鬼の片足夕ざくら

あめつちは一枚貝よ大昼寝

藤房のつめたさ何も願はざる

驟雨いま葉音となれり吾(あ)も茂る

風狂をわれと競へや山蚕蛾

子かまきり早や草色に身をあづけ

深泥池(みぞろがいけ)に精霊ばつた貌小(ち)さし

どろ沼の肌理こまやかに冬来る

蟷螂の卵塊を抱き枯れゐたり

2025年10月10日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり37 金子兜太句集『日常』  豊里友行

 句集『日常』(金子兜太、2009年5月刊、ふらんす堂)を何度も読み返す。

 先ずは、帯文を引いておく。

 この日常に即する生活姿勢によって、踏みしめる足下の土が更にしたたかに身にしみてもきた。郷里秩父への思いも行き来も深まる。徒に構えず生生しく有ること、その宜しさを思うようになる。文人面は嫌。一茶の「荒凡夫」でゆきたい。その「愚」を美に転じていた〈生きもの感覚〉を育ててゆきたいとも願う。アニミズムということを本気で思っている。(あとがき)


長寿の母うんこのようにわれを産みぬ

 金子兜太の母は、「うんこのように」の強烈な比喩で彼を産むとある。

 己の誕生を長寿の母を眺めつつ自己や母の死が身近な生活空間にある中で俳句に詠まれる。

 これまでの金子兜太先生のパンチの効いた俳句たちに何処か通底している。

 そして兜太先生の晩年の〈生きもの感覚〉やアニミズムについて思考を深化させ続けたのは、誕生とも死とも向き合うその真摯な俳人の姿勢にあるのではないか。


合歓の花君と別れてうろつくよ

 「手術待つ妻に海上の海月」「癌と同居の妻よ太平洋は秋」「病いに耐えて妻の眼澄みて蔓うめもどき」など妻・金子皆子氏との惜別までも俳句に感情を託していく。


いのち確かに老白梅の全身見ゆ

 「シャワーの湯を体にぶつけ冷(すさ)まじや」「荒星に和む眼(まなこ)の友ら老ゆ」「男根は落鮎のごと垂れにけり」「秋遍路尿瓶を手放すことはない」「バナナ一本の朝食や霧の家」「一人寝に鶴瓶落しの湖(うみ)がある」「寒鯉にかこまれている宵寝かな」「おたまじやくし見ていて眼科医と話す」「ぽしやぽしやと尿瓶を洗う地上かな」など金子兜太先生自身の老いも包み隠さず俳句に生き様を刻み込んでいく。その生き様さえも生きもの感覚の延長線上にあったのだろう。


左義長や武器という武器焼いてしまえ

 社会性俳句の旗手であった金子兜太の態度は、「いのち」に向き合うことだったのかもしれない。命を傷つけ、奪う。そんな武器への戦争への怒りの炎は、その武器を焼いてしまうことにまで言及されていく。

 2015年5月に安全保障関連法案が国会に提出された(同年9月に成立)。その抗議のスローガンは、澤地久枝氏によって考案され、揮毫を金子兜太に依頼された。それぞれの運動の抗議の場でこのプラカードが、躍り狂うようにさえ見えた。社会性俳句への議論は、たとえ議論しつくされたとしても私にとって結論よりもこれから私がどう生きて行くか。私なりの態度を俳句で打ち出していく指針にもなる。

 「父の好戦いまも許さず夏を生く」「新月に浴後の軀一つ曝す」なども金子兜太の社会への態度や葛藤が俳句に刻まれている。


 「海程」会員時代に出会ったこれまでの私なりの俳句への態度は、金子兜太先生たち俳句に人生をかけて刻み込んだ俳人としての態度から、やはりこれからも学び続けることになるだろう。

 共鳴句を下記にいただきます。


秋高し仏頂面も俳諧なり

とりとめなし無住寺のごきぶり

奥山の岩の匂いの無常感

みどりごのちんぼこつまむ夏の父

ここ青島鯨吹く潮(しお)わらに及ぶ

炎昼の茶昆白骨となり現(あ)れしよ

熊飢えたり飢え知らぬ子ら野をゆけり

冬眠も成らずや眼光のみの蛇

母の歯か椿の下の霜柱

東京駅怒鳴る男と寒卵

野に眠る陽炎とともにいる時間

心太真つ暗闇を帰り来て

霧の海ひつそりと春情の野生馬

いのちと言えば若き雄鹿のふぐり楽し

人々に蜩落ちてばたばたす

朴咲けり朝から旧き戀歌ばかり

柿若葉海光とどく頭(ず)や虚し

ごうと黒南風禿頭ほどほどの湿り

頂上はさびしからずや岩ひばり

蟬がこんなに出て寺を猪(しし)歩く

夏の鹿夕日が月のごと赫く

露舐める蜂よじつくりと生きんか

虚も実も限(きり)無(な)く食べて秋なり

山楝蛇の見事なとぐろ昼寝覚

人の子が見ている牛蛙泳ぐよ

ビル街に白木槿フリーターのように

一日中光り貪り夜長かな

梨の花麻痺で曲がつた顔曝す

言霊の脊梁山脈のさくら

源流や子が泣き蚕眠りおり

山霧の触覚もあり螢狩

青胡桃逢いたい人がやつて来る

誕生も死も区切りでないジユゴン泳ぐ