2023年1月20日金曜日

第196号

      次回更新 2/3


豈65号 発売中! 》刊行案内

救仁郷由美子追悼③  筑紫磐井 》読む

【募集】第8回攝津幸彦記念賞  》読む

髙鸞石の鏡像を探る試み  竹岡一郎 》読む

■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和四年秋興帖
第一(12/23)浅沼璞・のどか・関根誠子
第二(1/8)杉山久子・小野裕三・松下カロ
第三(1/20)仙田洋子・大井恒行・辻村麻乃


令和四年夏興帖
第一(9/30)早瀬恵子・辻村麻乃・大井恒行・仙田洋子
第二(10/7)池田澄子・加藤知子・杉山久子・坂間恒子・田中葉月
第三(10/14)ふけとしこ・なつはづき・小林かんな・神谷 波
第四(10/21)小沢麻結・小野裕三・曾根 毅・岸本尚毅
第五(10/28)瀬戸優理子・浅沼 璞・関根誠子
第六(11/25)鷲津誠次・木村オサム・青木百舌鳥・望月士郎・浜脇不如帰
第七(12/2)林雅樹・花尻万博・水岩 瞳・眞矢ひろみ・竹岡一郎
第八(12/9)渡邉美保・前北かおる・下坂速穂・岬光世
第九(12/16)依光正樹・依光陽子・佐藤りえ
第十(12/23)筑紫磐井

■ 俳句評論講座  》目次を読む

■ 第31回皐月句会(11月)[速報] 》読む

■大井恒行の日々彼是 随時更新中!※URL変更 》読む

俳句新空間第16号 発行 》お求めは実業公報社まで 

■連載

【抜粋】〈俳句四季12月号〉俳壇観測240 堀田季何はなにを考えているか――有季・無季、結社、協会

筑紫磐井 》読む

英国Haiku便り[in Japan](35) 小野裕三 》読む

北川美美俳句全集29 》読む

句集歌集逍遙 二冊の歌集をめぐる思索/佐藤りえ 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(29) ふけとしこ 》読む

澤田和弥論集成(第16回) 》読む

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス

25 紅の蒙古斑/岡本 功 》読む

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス
17 央子と魚/寺澤 始 》読む

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス
18 恋心、あるいは執着について/堀切克洋 》読む

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい インデックス
7 『櫛買ひに』のこと/牛原秀治 》読む

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス
18 『ぴったりの箱』論/夏目るんり 》読む

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい インデックス
11 『眠たい羊』の笑い/小西昭夫 》読む

加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい
2 鑑賞 句集『たかざれき』/藤田踏青 》読む

眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい インデックス
11 鑑賞 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』/池谷洋美 》読む

『永劫の縄梯子』出発点としての零(3)俳句の無限連続 救仁郷由美子 》読む





■Recent entries
葉月第一句集『子音』を読みたい インデックス

佐藤りえ句集『景色』を読みたい インデックス

眠兎第1句集『御意』を読みたい インデックス

麒麟第2句集『鴨』を読みたい インデックス

麻乃第二句集『るん』を読みたい インデックス

前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井 インデックス

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

およそ日刊俳句新空間 》読む
…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
1月の執筆者(渡邉美保)

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子




筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

【抜粋】〈俳句四季1月号〉俳壇観測240 堀田季何はなにを考えているか――有季・無季、結社、協会  筑紫磐井

 昨年俳壇で最も話題となった人物は、堀田季何であったのではないかと思っている。

 私が堀田と最初に知り合った時、夏石番矢代表の「吟遊」に在籍していた。しかし、次に会った時は小澤實主宰の「澤」に在籍していた。重なっていた時期もあったかもしれない。俳壇の最左翼と最右翼の師系に所属して違和感がないというのは、熾烈な伝統対前衛の対立の時代に初学時代を迎えた私にとって不思議な思いがしたものだが、それはやがて理由が判明する。

 堀田のものの考え方がよくわかったのは、二〇一八年十一月十七日兜太シンポジウム(「兜太と未来俳句のための研究フォーラム」)を開催したとき、何人かのパネラーにいくつかのテーマで基調講演を依頼した。この時のテーマに俳句の国際化の問題があり、堀田氏には「世界の兜太」の題でやや卑俗なテーマとなるが俳人(具体的には兜太)がノーベル賞を取るための条件を語ってもらった。実に該博な知識を持ち、多くの体験を通した条件をあげてくれた。結論は、➀作品を選ぶこと、➁優れた翻訳をすること、③そうした翻訳を大量に流通させること、④媒体を選ぶこと、⑤読者のレベルを上げること、などだ。面白かったのは➀で、日本ではどんなに優れた俳句でも外国人に伝達不能な俳句は紹介を断念した方がいいという、確かに考えればもっともだが、言われてみると実にドライで面白い。また➁では兜太の翻訳された俳句がいかにいい加減かを例を挙げて紹介する。

      *

 さて、堀田の俳句活動だが、堀田季何には3冊の句集があるが、それぞれに意味深長な句集であった。

➀『人類の午後』(二〇二一年八月邑書林刊)

 昨年度の芸術選奨文部大臣新人賞、現代俳句協会賞を受賞した句集である。社会詠的な素材も多くあるが、かなり野心的な俳句を詠んでいた堀田にしてみると、私にしてみれば穏やかな句集というのが印象的だった。


 自爆せし直前仔猫撫でてゐし

 花降るや死の灰ほどのしづけさに

 ぐわんじつの防彈ガラスよくはじく

 にせものの太陽のぼるあたたかし

 とりあへず踏む何の繪かわからねど


➁『星貌』(二〇二一年八月邑書林刊)

 『人類の午後』と全く同じ年月日、同じ出版社から出ている句集である。そして、『人類の午後』と対照的に、全編無季俳句である。不定型・自由律さえ混じっている。


 棄てられてミルクは季語の匂いかな

 永遠は何千年も笑っている

 黒い聖句は腐らずに発火する

 弦かきならしかならしかなしなしし

 宇宙の中心で凍っている夢は誰のもの


③『亜剌比亜』(二〇一六年春Qindeel社刊)

 前出『星貌』の後半には付録として『亜剌比亜』が納められている。これはアラブ首長国連邦で行った吟行作品で、すべては超季もしくは無季の作品であるという。アラブ首長国連邦の出版社から出された日英亜対訳句集である。


 あせるまじ砂漠はどこも道である

 何事も神の手のうち冗談も

 音は空間音楽は時間 薔薇

 右方から書きぬ預言も睦言も

 月の色さしてあらびあ真珠かな


 堀田の句の作り方は通常無季と有季の両方作っているが、それを句集を出すときに有季句集と無季句集の二つに分けるのだ。上に見たように、同日付で同じ出版社から有季の『人類の午後』、無季の『星貌』を出した。たぶん本質的には、第一句集『亜剌比亜』が超季・無季の作品集であることからも無季作家と言ってよいだろう(超季とは、吟行したアラビアでは日本の季語を使っても日本の季節感はないからである)。その意味では、非常に戦略的である。可能性としては俳人協会賞と現代俳句賞、両方を取れる可能性もあるくらいだ。また、堀田の句集の取り上げ方によって、批評家の見識が問われることになるという意味で非常に面白いものとなっている。

 (以下略)

【募集】第8回攝津幸彦記念賞(5月13日改定:選者名公表)

 

●内容

未発表作品30句(川柳・自由律・多行句も可)

●締め切り 令和5年5月末日(水)

●書式  応募は郵便に限り、封筒に「攝津幸彦記念賞応募」と記し、原稿(A4原稿用紙)には氏名・年齢・住所・電話番号を明記してください(原稿は返却しません)。

●選考委員 大井恒行・筑紫磐井・なつはづき・羽村美和子

●発表 「豈」66号

●送付先  〒 183-0052 府中市新町 2−9− 40 大井恒行 宛


英国Haiku便り [in Japan] (35)  小野裕三

 日英仏独伊語での詩の質感

 ある縁があって、海外(北米)のhaikuイベントで俳句を展示してほしい、と招待された。新作のhaikuを作るのが条件だ。

 ピアニストの帰国静かに木の葉雨

 A pianist returns to her mother country —

 Silently

 Winter leaves fall like rain

 という句を作り、提出の事前にロンドン在住の日本人の友人にも見てもらった。その彼女に、「この句は日本語よりも英語で読んだほうがよく感じる」と指摘され、僕自身もうすうすそう思っていたのでどきりとした。英訳では、aかthe、hisかher、などを選択せねばならず、日本語よりも像が明確化する。「静かに」はquietlyやcalmlyなどの訳語も思い当たるが、silentlyを選び取ることでニュアンスが決まる。要は英語化によって句の細部がより精緻化する。俳句のように短い詩には、それが決定的な違いになる。

 そんな折、イギリス人の友人が最近書いた本(*1)を読み、ある指摘に注目した。彼女自身が数か国語に堪能なのだが、同じ詩をフランス語、ドイツ語、イタリア語に訳した時にその質感が変わる、というのだ。いわく、概して詩としてはフランス語のものが一番すばらしく、音韻の精妙さは「心がことばを理解する前に、口が言葉と逃げ去ってしまう」ようだと言う。一方でドイツ語は「感覚や難しい感情を捉える」のに長ける。イタリア語は「もっとも音楽的」で「リリシズムへの欲求」がもっとも満たされる、と。

 その比較があまりにも冴えていて頷けたので、彼女に連絡を取り会話してみた。一般論として、言語ごとに持つ質感が違うという捉え方自体は、決して奇異な発想ではないはずだ、と彼女は言う。「じゃあ、英語の特質は?」と訊くと、「同義語が多い」のが長所だが、フランス語ほど「母音の押韻」が多くないのは短所だとか。同義語の多さゆえに、英語の語彙は他国語と比較しても豊かで、それは詩には当然有利に働く。同じ意味の中でよりよい音やリズムの単語を選び取れるし、異質な文化圏から来た単語も英語には多いため、異質な響きを持つ単語も選択できる。一方で、彼女は英語の短所として「時制」の構造から来る単調さやアクセントの不一貫性などを挙げ、それが逆に英語詩のルールを形作ったと指摘する。

 そんな説明に感嘆しつつ、あることに思い当たる。日本語の詩に特徴があるとすれば、音ではなく「文字」の多様さではないか。日本語では、同じ意味と発音でも、例えば「なく」「ナク」「泣く」「哭く」などと書き分けうる。英語の同義語の多さが豊かな音楽性を詩に生むように、漢字、日本語の文字の多様さは、詩に独特の視覚性を生むとしたら——。彼女とのこの議論は話題に尽きそうにない。


*1 Gertrude Gibbons, The Silent Violinist, Troubador, 2021

(『海原』2022年6月号より転載)

【句集歌集逍遙】二冊の歌集をめぐる思索/佐藤りえ

 2022年に刊行された歌集について、年末年始、よかったなあとふりかえる瞬間があった。尾崎まゆみ『ゴダールの悪夢』、小林久美子『小さな径の画』というヴェテランによる二冊がそれである。

『ゴダールの悪夢』は尾崎まゆみの第七歌集。タイトルにもあるように、イメージの色濃い固有名詞が数多く詠み込まれているが、筆者が着目した点は、一首の中にレイヤーを感じさせる、奥行きのあるうたいぶりだった。

七曜のときのめぐりのなかほどの水曜日みづの羽音が痛い

樹はやはく言葉としての木洩れ日を砂利道にしらしらとこぼして

一首目は週の真ん中に位置する水曜日を、「水」からイマージュを拡げて水鳥の羽音に結び、週半ばの鬱屈を「羽音が痛い」と表しているものと読んだ。

二首目は樹間の木洩れ日が「言葉として」もさしている、と言っている。光の動きを見ながら、これは「木洩れ日だな」と確認する、かそけさを言葉で掬いとっている様子だろうか。

なよたけのとをよる姫のゐるならむ竹の林を電車はすぎて

やさしさはここに来てゐる人といふ象形文字の下の空白

一首目、電車の窓外に竹林を見ている。そのとをよる(しなやかにたわむ)竹に、竹取物語のかぐや姫がいるだろう、とふと夢想する。「なよたけのとをよる」は万葉集の巻二、柿本人麻呂の「秋山のしたへる妹なよ竹のとをよる子らは」を引いている。案外身近な、ささやかな竹林にこそ、かぐや姫がひそんでいるのかもしれない。

二首目、「ここに来ている人」をあらわす象形文字の構成の一部、位置でいうなら下側に空白部分があり、そこを「やさしさ」と感受している。該当する象形文字は未見ながら、一文字か、いくつかの文字の組み合わせかによってあらわされた〈意味〉とは別に、「やさしさ」もそこにあるのだという。絵文字より具体的に、モノへの還元を目的とされた象形文字に、意味以外をじんわりと見出す、そんな書かれ方になっている。

これらの歌に共通するのは、眼前の日常・事象に、言葉への思索が混じり合い、言葉の世界と現実が境界なく表されている点である。日々を過ごしながら、詩歌のフレーズが浮かび、触れたものと言葉の端緒がつながる。そういう瞬間は、よくよく身に覚えのあることだ。現実の世界に、言葉のレイヤーともいうべきものが重ね合わされ、それらを区切りなく表すと、このようになるのではないか。

つま先をたてて歩けば黄泉路への路銀こぼれる音の響いて

微熱もつ水のゆらぎの輪郭をとぢやうとしてグラスに注ぐ

現実世界を空想的に切り取る、といった考え方より、常に言葉への関心が心中に自然とあり、細胞膜から内容物が浸潤するように、言葉が現実に入り交じっている、と思って読んだ方が、作品への接し方として自然なのではないか。

そんなことを思いながら読んだ歌群だった。

『小さな径の画』は小林久美子の第4歌集。20の章を持つ、全篇多行書きの短歌集である。

地名や言語についての単語もいくつか詠み込まれているが、具体的な場所は特定されていない、しかし欧州の寒村を思わせる描写があり、全篇をしずかな村の雰囲気が包んでいる。時事を直接詠み込んだものはないが、現在の北欧とロシアの緊張関係をふまえた上で、喪失の予感、傷みの堆積が下地となっていると考えて差し支えのない、静かに張り詰めた歌群が並んでいる。

計由(キエフ)
その名を口にする
だけでもう貴女が居なく
なりそうになる


予期しないことを迎えて
享け入れる
謐かにひらき閉じる
扉は

多行書きの短歌にもさまざまな傾向があり、素直に五句を句ごとに折るものとするもの、さらにそこに、疑いなく意味のくびれをもつもの、などがどちらかといえば多数派なのではないかと思う。小林のこの歌集はそういった傾向より、自由詩の改行に近い試行がなされているように見える。

多行で書く意味、などという問いかけは、書かれているものに対して大上段に構えた物言いに違いないが、直前にひいた二首にその意味は明らかに見てとれる。

私見によれば、改行には意味がある。まず、改行は一拍子あるいはそれ以上の休止を意味する。次に改行のたびに音はリズムもアリテラシオン(頭韻)もアソナンス(母音の響き合い)も質を変えてよい。意味も跳躍を許される。すなわち、改行は詩に転調、変調、飛躍、回帰を許す。そして、改行は朗読を、ゆるやかにであるが、指示する。特に、長い一行は早く、短い一行はゆっくりという読み方を促す。(「翻訳詩1 散文詩九篇--『カイエ』より〔含 解説〕」中井久夫『現代詩手帖』10/2005)

これらは詩の改行にかんする言葉ではあるが、小林の多行短歌が自由詩の改行をまったく勘案せずにいるとは考えられない。改行によって生ずる間合い、単語・文節との意味のずれ、一首のなかで進むスピードについての思慮が充分に読み取れるからだ。

試みに(とても無粋な試みではあるが)一首目を1行の表記にしてみよう。

計由(キエフ)その名を口にするだけでもう貴女が居なくなりそうになる

「貴女」を失う予感が、性急なモノローグへと変貌を遂げる。特に多行での二連から三連に渡る、二連の末尾が終止形でなくなることで生じる驚きのニュアンスが失われてしまう。

改行は次行へうつる時間の推移も担うものであるから、戸惑い、思考の長さ、といったところもなくなってしまう。

二首目の結句が、音数からいえば途中で(下七の三音目)区切られているところなど、五七五七七の音数を経て、さらに屈折があるわけだ。


雪が覆ってくれるのを
待ちながら
死骸の禽は土を動かず


窓の下 扉(ドア)脇
やはり窓の方
西洋箪笥(チェスト)を人に
搬ばせる午后


こちらの二首も時間の経過を思わせる効果が感じられる。一首目、やや破調にはじまり、真ん中の行にぽつんと置かれた「待ちながら」が、前後の行に挟まれ、ぽつねんとしているように見える。最終行の「しがいのきんはつちをうごかず」は漢字の造形も、イ音とウ音の掛け合わせも、寒々とした効果を挙げていると思う。

二首目、家具を家内でうろうろと移動する、字アキを含む一連と二連に、そのさまよう感じが表れている。視覚的な効果はブックデザインにもあり、マガジン紙のようなニュアンスと色味のある本文紙が、つるっとした書籍用紙より、詩句のもつ陰影をよく支えている。


人を画(か)くあいだ
淋しく包まれる感じを
悦(よろこ)びと呼んでみる


また、この歌集には絵を描く場面が多数えがかれ、その主題が多く「絵を描くということ」であることにも注目した。「描く」というのも、あらためて思えば不思議な行為である。描く人と描かれる人、モノ。「描く」ことを中心に据えて考えると、そこに哲学的なものを見出さずにはいられない。

短歌について、一行書きを常とすれば、表記やルビ、記号といった表象が工夫の対象となる。多行によってもたらされる〈時間〉〈視覚〉を含むこうした試行は、あらためて言葉の吟味、速度、意味と韻律のかけあいなどについて、考えを深めるものがあった。

なにより、この静かな世界を、喧噪に満ちた年末年始に読めた喜びは深かった。

救仁郷由美子追悼③  筑紫磐井

  「琴座」同人となっても救仁郷由美子(大井ゆみこ)は毎号作品を発表しているわけではない。追悼作品集ではあるが、とびとびの作品しか掲載していないのはこのような理由である。また、私の手元にも「琴座」のバックナンバーがすべてあるわけではないので益々不完全ではある。しかし、いずれ救仁郷由美子作品集を豈でまとめたいと考えているので、それまでの努力として「俳句新空間」を活用したいと考えているのである。ご容赦いただきたい。


●「琴座」6年1・2月 486号

             大 井 ゆみこ

夏みかん食べ頃でした兄は逝き

過去は過去にコーヒー飲む老木の椅子

からまりし銀の指輪にからすうり

青ざめた空か気候となった街

うそばっかりふった七味の色模様


●「琴座」6年3・4月 487号

             大 井 ゆみこ

正面を見つめなおして寒桜

天地爆風水草振れて個体は死

四肢泥土零れては涙朝霧となる

すでに青空重金属に犯されし

日の丸や上目使いの晴れ晴れ日


●「琴座」6年5・6月 488号

            大 井 ゆみこ

ほら貝と同じくらいに陽ざし浴び

愛しき手ざわり冥府の五月かな

わたくしにはよろしき朝と尾長鳴く

寝台と物語りにくるまれて休日

薔薇聖水全身にそうひとり言


●「琴座」6年7・8月 489号

            大 井 ゆみこ

垂直に流るる現世死の水平線

現世の縦線死の横線と交わる日

死して天心を真空せし身体

無辺の闇夜の淵をくぐる鳥

晦日来る人生ひとつひねりましよう


●「琴座」7年3・4月 492号

            大 井 ゆみこ

一本の白髪と我が陽だまりに

冬に座すひざの硬さよ青畳

嗚きガラス六差路ぐるりと日を仰ぐ

あやとりにかくれたのです幸不幸

チカチカとあの銀紙の星の過去


北川美美俳句全集29

3年前はこんな元気であった。筑紫の本とは『虚子は戦後俳句をどう読んだか』である。

****************************

2019/01/15 (火) 21:58

年末の紀伊国屋書店新宿の俳句コーナーです。 遠縁の小林祥次郎の新刊(季語をさかのぼる)と筑紫さんの書籍が並んでいたの撮影してみました。



第31回皐月句会(11月)

投句〆切11/15 (火) 0:00

選句〆切11/25 (金) 0:00


(5点句以上)

8点句

文化の日隣の庭も少し掃き(渕上信子)

【評】 「少し」が惜しいところか。──依光正樹


6点句

冬の蠅砥石に翅を光らせて(岸本尚毅)

【評】 炊事場に蝿が入ってくるのは迷惑であるが、一瞬止まった砥石にいる冬の蝿を思わず観察してしまった作者がいる。その翅の光からこれも我と同じ生き物なのだとわかる。──辻村麻乃


親指が剝いてゆきたる蜜柑かな(依光陽子)

【評】 親指「が」、で面白くなった句。──仙田洋子

【評】 只事と言わば言え、蜜柑の皮をむくのは間違いなく親指の役目。──仲寒蟬

【評】 剝いてくれた、わけではないと解します、そして自分の指にも非ず。他人の行動を眺めての事でしょう。剝きながら用事を思い出しでもしたか。中途半端に置き去りにされた蜜柑を思い描きます。──平野山斗士


5点句

木の実降る耳をはみ出す耳飾り(小林かんな)


U字溝使うてドヤ街の焚火(内村恭子)

【評】 こういう光景は見たことないが、言われると如何にもありそうで臨場感があふれている。──仲寒蟬


柴犬が来るのがわかる枯葉道(佐藤りえ)

【評】 柴と犬種を特定したところがミソ 笑──真矢ひろみ


あやまちのやう人参の置かれけり(田中葉月)

【評】 例えば大根がずらりと並んだ縁側に1本置かれた人参。これは何かの間違いなのか、天の配剤なのか。──仲寒蟬

【評】 「人参」は、あやまちで間違ってここに置かれた、と書かれているがこう書かれてしまったからには、何が何でもこの位置は正しい。──堀本吟


ドローンを叩き落として神の旅(仲寒蟬)

【評】 ドローン何するものぞ、と神。現代的な素材をうまく取り入れましたね。──仙田洋子

【評】 「叩き落として」とは穏やかではありませんが、其処は人間の作った人工物の領域ではなかったのでしょうか。空を飛ぶにもルールがあるようです。──小沢麻結

【評】 釈迦掌上ならば小うるさく追い払われてしまうかもしれませんね。──佐藤りえ


鯛焼にむつと唇ありにけり(西村麒麟)

【評】 「むつと」がいいですね。──仙田洋子

【評】 よく見ればその通りである。本物と見まごう「鯛」焼きのなまなましさ。これをみつけはじめて言った者の勝ちである。──堀本吟


立冬の妻の逆立ち受けそこね(飯田冬眞)

【評】 この後この夫婦はどうなったのだろうか、恐ろしくて知りたくもないが。正に立冬、冬の始まり。──仲寒蟬


選評若干)

ソシラドと続く調べや紅葉散る 2点 松代忠博

【評】 何処からか、おそらくピアノだろう、ドレミファの音が響いて来る。ドレミファはイメージさせながら、ソシラドへ続く、そんな一空間の、一光景の、一瞬間に紅葉が散る。──山本敏倖


葬列しぐれて逆走の老ひとり 3点 真矢ひろみ

【評】 逆走と言われるとつい高速道での車の逆走を思うが、これは葬列の向きと反対方向へ進む老人だろう。でもなぜ??──仲寒蟬


手で顔を覆ふ焚火の男かな 2点 岸本尚毅

【評】 何も言っていないのだけれど、この男、あはれ。──仙田洋子


月射してパントマイムの溶け始む 3点 中村猛虎

【評】 〈溶け始む〉と捉えたところに惹かれました。月に溶かされたかのようです。──篠崎央子


師を偲び物理に遠く林檎食む 3点 内村恭子

【評】 有馬先生のお弟子さんを連想しました。物理学の研究はやめて久しいけれど俳句は続けている・・──渕上信子


をかしくてたまらぬ猫と冬ごもり 1点 筑紫磐井

【評】 「をかしくてたまらぬ猫」とはどんな猫だろう。あれこれ想像しつつ、そんな猫と一緒だったら楽しい冬ごもりなんだろうなあ。──依光陽子


返り花誰にも見えぬボクがいる 3点 山本敏倖

【評】 孤独の極みの透明人間願望。──仙田洋子


白ひげは広重ですか秋の空 3点 妹尾健太郎

【評】 アハハ!──渕上信子

【評】 秋空になびくすじ雲の細いうごきなどを眺めて、こんな風に東海道を旅した絵師の姿に想像を広げ・・思わず二度読みをしてしまうトクな作品である。──堀本吟