2017年8月4日金曜日

第71号

●更新スケジュール(2017年8月25日)

二十八年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞‼
恩田侑布子句集『夢洗ひ』

第4回攝津幸彦記念賞 》詳細
※※※発表は「豈」「俳句新空間」※※※

各賞発表プレスリリース
豈59号 第3回攝津幸彦記念賞 全受賞作品収録 購入は邑書林まで



平成二十九年 俳句帖毎金00:00更新予定) 
》読む

平成二十九年 花鳥篇

第六(8/4)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子
第五(7/28)田中葉月・花尻万博・羽村美和子・浅沼璞
第四(7/21)林雅樹・内村恭子・ふけとしこ・小野裕三・木村オサム・前北かおる・加藤知子
第三(7/14)池田澄子・堀本 吟・山本敏倖・岸本尚毅・夏木久・中西夕紀・渕上信子
第二(7/7)辻村麻乃・小沢麻結・渡邉美保・神谷波・椿屋実梛・松下カロ・仲寒蟬
第一(6/30)仙田洋子・大井恒行・北川美美・早瀬恵子・杉山久子・曾根毅・坂間恒子


平成二十九年 春興帖
第十(6/23)水岩瞳・北川美美・早瀬恵子・小沢麻結・佐藤りえ・筑紫磐井
第九(6/16)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・真矢ひろみ・西村麒麟・望月士郎
第八(6/9)羽村美和子・渕上信子・関根誠子・岸本尚毅・小野裕三・山本敏倖・五島高資
第七(6/2)前北かおる・神谷波・青木百舌鳥・辻村麻乃・浅沼 璞・中村猛虎
第六(5/26)渡邉美保・ふけとしこ・坂間恒子・椿屋実梛
第五(5/19)内村恭子・仲寒蟬・松下カロ・川嶋健佑
第四(5/12)仙田洋子・木村オサム・小林かんな・池田澄子
第三(5/5)夏木久・網野月を・林雅樹
第二(4/28) 杉山久子・曾根 毅・堀本 吟
第一(4/21) 加藤知子・田中葉月・花尻万博



●新シリーズその1
【西村麒麟特集】北斗賞受賞記念!
受賞作150句について多角的鑑賞を試みる企画
西村麒麟・北斗賞受賞作を読む インデックス  》読む
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む0】 序にかえて …筑紫磐井
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む1】 北斗賞150句 …大塚凱
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む2】「喚起する俳人」…中西亮太
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む3】 麒麟の目 …久留島元
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む4】「屈折を求める」…宮﨑莉々香
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む5】「思ひ出帖」…安里琉太
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む6】きりん…松本てふこ
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む7】西村麒麟「思ひ出帳」を読む…宮本佳世乃  》読む
【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む8】火花よりも柿の葉寿司を開きたし ―北斗賞受賞作「思ひ出帳」評…青木亮人  》読む


●新シリーズその2
【平成俳壇アンケート】
間もなく終焉を迎える平成俳句について考える企画
【平成俳壇アンケート 回答1】 筑紫磐井 …》読む
【平成俳壇アンケート 回答2・3】 島田牙城・北川美美 …》読む
【平成俳壇アンケート 回答4・5】 大井恒行・小野裕三》読む
【平成俳壇アンケート 回答6・7・8】 花尻万博・松下カロ・仲寒蟬》読む
【平成俳壇アンケート 回答9・10・11】 高橋修宏・山本敏倖・中山奈々》読む
【平成俳壇アンケート 回答12】 堀本吟》読む
【平成俳壇アンケート 回答13】 五島高資》読む
【平成俳壇アンケート 回答14】 浅沼 璞》読む


【抜粋】
<「俳句通信WEP」97号> 
新しい詩学のはじまり(8)――伝統的社会性俳句①総論
筑紫磐井 》読む


  • 「俳誌要覧2016」「俳句四季」 の抜粋記事  》見てみる




<WEP俳句通信>





およそ日刊俳句空間  》読む
    …(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々 … 
    • 8月の執筆者 (柳本々々・渡邉美保) 

      俳句空間」を読む  》読む   
      …(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子
       好評‼大井恒行の日々彼是  》読む 




      【評論】
      アベカン俳句の真髄 ー底のない器ー   … 山本敏倖  》読む





      あとがき(筑紫磐井)  》読む



      冊子「俳句新空間 No.7 」発売中!
      No.7より邑書林にて取扱開始いたしました。
      桜色のNo.7


      筑紫磐井 新刊『季語は生きている』発売中!

      実業広報社


      題字 金子兜太

      • 存在者 金子兜太
      • 黒田杏子=編著
      • 特別CD付 
      • 書籍詳細はこちら (藤原書店)
      第5章 昭和を俳句と共に生きてきた
       青春の兜太――「成層圏」の師と仲間たち  坂本宮尾
       兜太の社会性  筑紫磐井


      あとがき/筑紫磐井

      小諸俳句祭の際は私が病気でダウンし、シンポジウムの司会も欠席した。続けてきた連続記録も途絶えてしまったが、何より世話人の本井さんに御迷惑をおかけしたのが申し訳ない。「夏潮」の記念大会のクルージングにはぜひ参加したい。
      さて本号は、【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む】で青木亮人氏の長大な評論を掲載することができた。麒麟人気も高まる中で、そろそろ西村氏の句集の準備も進み始めていると聞いている。
      私の【抜粋】は「俳句通信WEP」の「新しい詩学のはじまり」を転載したが、これはやや古い記事である。しかし内容的に、ちょうど終戦の時期である8月にちなんだものである。
      なお、夏休み時期でもあるので、次号の更新は1週遅れた25日とさせていただきたい。
      自分の失敗を反省するのではないが、くれぐれもお体にはお気を付けください。


      【抜粋】〈「俳句通信WEP」97号〉 新しい詩学のはじまり(8)――伝統的社会性俳句①総論  筑紫磐井



      (前略)
      伝統的社会性俳句作品
      「前衛対伝統」の対峙は、本来ならばお互いが高め合うという創造的要素がありえたにもかかわらず、現実には不幸な結論に導かれているようである。その理由はまたいずれ改めて述べることにしたい。ただそれを前提にする場合、実は《社会性俳句時代》とはこうした「伝統俳句」対「社会性俳句」の二項対立的な図式はなく、一応俳句作家たちの間で共通の批評言語が成立していたことに注意したい。論争はもちろんあったが、――「前衛対伝統」論争のように使っている批評言語や基本的価値観が異なるという論争とは異なり――牧歌的な批評が成り立つ古き佳き、懐かしい時代であった。
       さてそれを検証するためには資料が必要である。➊(「風」同人らの)の社会性俳句と違い、➋の伝統的俳句作家の社会性俳句は間違いなくあったが上述のような理由でそれを列記することはなかなか難しい。唯一それを見ることが出来るのが、角川書店の「俳句」二十九年十一月号の楠本憲吉・松崎鉄之介・森澄雄編「揺れる日本ー戦後俳句二千句集ー」である。当時の主に俳句雑誌に掲載された社会性俳句(厳密にいえば風俗俳句などを含むが、しかし社会性俳句と風俗俳句の差は難しい)二千句が十の大項目、四百の小項目で分類されたデータベースなのである。勿論この選集に対する批判は山ほど出ている。しかし、私が確認したい事実をまがりなりにも検証できる唯一の資料である。戦後俳句史に業績を残した赤城さかえもこの資料に対して決して否定的ではないようだ。むしろこの資料を批判する多くの人たちは、戦後俳句史に予断をもった人たちが多いようである。資料を読む前からこの資料を読むに値しないと主張するのである。
       ここではすべてをあげることが出来ないので、社会性をよく代表すると思われる項目から伝統的俳句作家の作品を選んでみた。終戦から始まり、引き揚げ、講和、新たな戦争(朝鮮戦争)、社会の変容と日本の基地化といった戦後の社会的ドラマが、伝統俳句作家により詠まれたのである。

      [終戦]
      戦争終りただ雷鳴の日なりけり 来し方行方 22 中村草田男
      寸前や法師蝉ふゆるばかりなり    雨覆 22 石田波郷
      忍べとのらす御声のくらし蟬しぐれ 亜浪句集 29 臼田亜浪
      二日月神州せまくなりにけり 俳句研究 21・9 渡辺水巴
      [引揚げ]
      露寒や引揚げてより何殖えし 俳句 28・12 千代田葛彦
      [帰還]
      葱煮るや還りて夢は継ぎがたし      雪櫟 森澄雄
      [帰還者]
      落花はげし戦後北京に在りし女に 浜 28・6 野沢節子
      [未還者]
      夜なべして還らぬ夫のこと言はず ホトトギス 23・3 佐藤裸人
      蟬を聞く戦傷にても子が還らば 曲水 28・6 鈴木頑石
      [遺骨ー遺影ー遺品]
      遺骨戻る炎天高く高く鳶    浜 22・10 齋藤春楓
      秋果盛る灯にさだまりて遺影はや 百戸の谿 22 飯田龍太
      遺骨軽し萌ゆるものなく野に佇てり 石楠 26・7 滝南窓
      [独立]
      向日葵立つ吾等独立全からず 浜 27・11 松崎鉄之介
      [朝鮮動乱ーー戦火]
      戦火避くるすべもがな蝶鉄路越す 浜 25・9 田中灯京 
      嶺輝く七月砲火絶えぬ世か   浜 25・9 金子無患子
      蝉鳴くやすでに好戦めく新聞   浜 25・9 細見三郎 
      いくさやめよ炎天にまた貨車見送る 浜 25・10 杉本寛
      膝さむし戦火忌むこと切なるを 石楠 26・4 大川苞夢  
      戦長し玩具なほ児に吹く麦笛   浜 29・4 渡辺篁
      [平和]
      銀河全し世界血を見ずなりて一年 浜 21・11 森田林泉
      兵役の無き民となり卒業す ホトトギス 22・7 広瀬河太郎
      梨花とおしいさかふこともふたたびなく 浜 25・6 野沢節子
      いくさなきをねがひつかへす夜の餅 青水輪 26 大野林火
      雛の眼はいくさする世を見てをらず 石楠 26・5~6 川本臥風
      菱餅の五彩円かな世はいつ来む 浜 27・7 大嶽禾耕
      [孤児]
      戦災の孤児とおぼしく焚火せる ホトトギス 21・4 太田歳時
      孤児は異人の靴磨きつつ春が来る 曲水 24・3 池上放天
      [混血児]
      混血児(あいのこ)と話してをれば流れ星 万緑 22・1 岡田海市
      桐咲いて混血の子のいつ移りし 浜 28・5 大野林火
      [女性解放]
      をんならに夏官能の詩多し  曲水 26・7 田中了司
      [血を売る]
      いくたびか血を売りて我卒業す ホトトギス 26・5 深山幽谷
      [内灘]
      青野へだて内灘はただ光る砂丘  浜 29・7 大野林火
      [基地]
      我が恋ふる冬嶺紺青に基地の涯 曲水 28・3 青木よしを
      羽蟻たつ基地さかんなりいくさあるな 曲水 29・4 佐藤文六


       俳句として結晶度が高いかといえばそんなことはないし、社会性俳句としても不十分だと思うが、間違いなくいえることは伝統的俳句作家がこうした膨大な社会性俳句をつくってきたことだ。確かに、俳句作家として貪欲に素材を選んだ挙げ句、戦争素材と出会ったということもあるかも知れないが、それでもなにがしか作家の良心が働いていたはずである。そこにこそ、伝統的俳句作家の社会性俳句の価値があると思われる。
       直後の「俳句」一二月号で、戦後派俳人がこの特集に対し座談会を行っている。その中で、「社会性ということに対して俳句は不適格な文芸ではないか」と言う沢木欣一に対し、むしろ森澄雄がそれを否定している。「僕はさういふ結論は出したくないんだ。例へば花鳥諷詠にしろ、長い歴史を経て鍛錬されてゐるわけなんだ。花鳥諷詠だけならば、その技術は相当なところまで行つてゐるんだ。しかし社会を対象にするといふことはいままでやつてこなかつたわけでせう。さういふ点では技術的に貧困なわけだ。だから急に結論は出せないと思ふんだ」「これを基礎にして、もつといい俳句が出きるんぢやないかと思ふんだ」。

      ※詳しくは「俳句通信WEP」97号をお読み下さい。


      【平成俳壇アンケート 第14回】浅沼 璞

      ■浅沼 璞

      1.回答者のお名前( 浅沼 璞 )

      2.平成俳句について

      ①平成を代表する1句をお示しください(うつぶせのプロペラでいく夜の都市/智哉

      ②平成を代表する俳人をお書きください。判断が難しいので2つに分けて結構です。

      ➊大家・中堅( 鴇田智哉 )
      ➋新人(        )

      ③平成を代表する句集・著作をお書きください。( 凧と円柱 )

      ④平成を代表する雑誌をお示しください。( オルガン )

      ⑤平成俳句のいちばん記憶に残る事件を示してください。(没後、攝津幸彦が広く再評価されていること

      ⑥比較のために、俳句と関係のない大事件を示してください。(大事件が日常化していること

      3.俳句一般

      ①時代を問わず最も好きな俳人を上げてください。( 攝津幸彦 )

      ②時代を問わず最も好きな俳句を示してください。( 幾千代も散るは美し明日は三越/幸彦 )

      4.その他
      (自由に、平成俳壇について感想をお書きください)
       結社に拠らない俳人の活躍が気になる。

      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む8】火花よりも柿の葉寿司を開きたし ―北斗賞受賞作「思ひ出帳」評  青木亮人(あおきまこと)


       近現代俳句で「かっこいい」と仰がれたのは、例えば劇薬のように激しく、全身を青白い炎で彩る自我に満ちた作品だった。

        枯園に向ひて硬きカラァ嵌む    山口 誓子
        零の中 爪立ちをして哭いてゐる  富澤赤黄男


       虚ろなまでに自意識に満ちた誓子句、あるいは人間の実存を抉るかのような赤黄男句は、なるほど「近代」の金字塔に違いない。
       次のような句も、史上の傑作と称えられたものだ。

        雪解川名山削る響かな     前田 普羅
        極寒の塵もとゞめず巌ふすま  飯田 蛇笏

       身震いするほどの威容を備えた自然と対峙するような、作者のはりつめた精神の高揚感。それは、連句から独立して十七音のみで屹立せんとした近代俳句を高らかに宣言した逸品であった。

      「近代」に彩られた彼らが手を伸ばし、捕らえようとしたのは、例えば次のような光景だったのかもしれない。

       架空線は相変鋭い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかつた。が、この紫色の火花だけは、――凄まじい空中の火花だけは命と取り換へてもつかまへたかつた。(芥川龍之介「或阿呆の一生」)

       俳人たちの眼には「鋭い火花」が燃えさかり、その火花を一句に宿らせるのがあるべき姿と信じられ、おびただしい実践と失敗が積み重なった末に錬金術のような絶品が生まれた時代が、かつてあったのだ。

       しかし、平成期の西村麒麟氏はもはや「紫色の火花」を一句に招こうとは考えていない。

       というより、火花を素手で掴むには彼はすでに冷静で、自身の丈が分かっているのだし、何より「俳句」を壊すほどの「火花」は不要である。

       面倒で厄介なことなど実社会にいくらもある、そんなことより「俳句」に浸る時ぐらいは「俳句」であり続けたいものだ……それが逃避とともに強い意志として成り立っている、つまり俳人としての価値観になっているところに麒麟氏の独特な佇まいがある。

        *

       西村麒麟氏の作品における「私」の表出は、鋭くはない。柔らかい屈折の末に漂う雰囲気の如きものとして、しかし明確に表現される。それは今回の北斗賞受賞作でも同様だ。

        草相撲代りに行つて負けにけり  麒麟
        冬の雲会社に行かず遠出せず
        (「思ひ出帳」より、以下同)


      「草相撲」に代わりとして出場しつつも、勝てずに負けてしまう「私」。あるいは会社を休むとせずに「行かず」とした上で、しかし遠出もせずに過ごした「私」の頭上には、輪郭を露わにした夏の雲でなく、淡く微妙な「冬の雲」が漂っている。

       明暗が画然と区切られた世界像でなく、「私」が「私」である瞬間を鋭利に切り取るのでもなく、グレーゾーンが曖昧に広がりつつある中に「私」が居ることを、「負けにけり」「行かず遠出せず」と陰翳を帯びた措辞で醸成させようとしたかに感じられる。

       加えて、「~敗北す」云々でなく「~負けに『けり』」と整えることで道化じみたユーモアが詠嘆まじりに漂うことに、そして「~行かず遠出せず」と軽快なリズムを醸すことでとぼけた調子が漂うことに、氏は意識的だ。

        烏の巣けふは烏がゐたりけり    麒麟
        秋風やここは手ぶらで過ごす場所


      「けふは」には「今日以外の「烏の巣」には烏がいなかった」ことを知る「私」が、また「ここは」には「ここ以外は手ぶらで過ごせない場所が広がっている」ことを実感する「私」の存在が強く感じられる。

       同時に、一句は深刻な内容や鋭い認識や観察を刺激的に謳うわけではなく、日常の些事に近い、無内容ともいえる出来事が詠まれたに過ぎない。

       ゆえに「けふ『は』」「ここ『は』」といった「私」の強い判断は、ある種のとぼけた調子によって角が取れ、「私」は何かしら奥歯に物の挟まったような存在として一句の余情に流れこみ、灰色がかった曖昧さで漂うことになる。

       この点、先ほどの「無内容」というのは、往時の「写生」的なまなざしと異なっていよう。

       例えば、「川を見るバナナの皮は手より落ち 高浜虚子」といった現実の偶然性にあえて注目し、その無意味さを興がるまなざしは麒麟氏の作品に現れない。

       また、「昼顔や蘂のまはりのうすぼこり 大木あまり」のように事物の微細な襞を把握するまでに対象に迫るまなざしも、麒麟氏の句には見当たらない。

       氏の句群における「私」はむしろ「俳句」という器に言葉を盛り、一句を整える中で語順やリズムが発生すること自体を愉しむとともに、「俳句」が引きずる俳句史の面影をまといつつ「私」の体験を打ち出す傾向があろう。

        獅子舞が縦に暴れてゐるところ 麒麟
        烏の巣烏がとんと収まりぬ


       例えば、波多野爽波が「鳥の巣に鳥が入つてゆくところ」と詠んだ面影を手繰りよせつつ、またそれゆえに作品上で「縦に暴れてゐる」「とんと」と興がることができることを愉しみ、確認している「私」がいる。

       同時に、「縦に暴れてゐる」ことや「烏がとんと収まりぬ」と実際に体験したのであろう臨場感も漂っており、つまり言葉の世界のみで戯れるのでなく、かといって実体験の生々しい迫力で句を成り立たせるのでもない、両者が何となく混じり、緩やかに絡みつつ定型内に張りきって安らっているところに麒麟氏の特徴の一つがあろう。

       俳句史の面影云々でいえば、次のような句にも見られる。

        白鳥の看板があり白鳥来   麒麟
        一人来てそのまま一人菊供養


       いわゆる「近代」俳句的な感覚からすると、上五から次へと読み進める際に何かしら刺激的な取り合わせを期待したくなるが、麒麟氏は肩すかしをくらわせるように「白鳥来」「そのまま一人」と続けて一句を終わらせてしまうのだ。

       ところで、いささか無造作に「近代」なる感性を使用してきたが、近代俳人の中で麒麟氏の後ろに佇む人士といえば、相生垣瓜人であろうか。

        一枚の冬田を過り惜しみをり 瓜人
        恰もよし牛を椿と共に見る
        隙間風その数条を熟知せり
        楽しげに柚子と湯浴みを共にせり
        子規忌にも一葉忌にも角力見し


       世間の面倒事や濃密な人間関係、また自身の浮沈や心情の吐露云々といったものはなく、また天馬空を駆けるごときの詩情や鮮烈なヴィジョンを打ち出すのでもない、他者を注意深く遠ざけた上で韜晦じみた風雅を嘯く「私」が飄々と姿と見せている。

       麒麟氏の「俳句」のありようはこの瓜人にやや近く、同時に瓜人以上に「俳諧」への憧れを素直に打ち出すところに、なかなか平成的な風雅のありようが感じられる。

       ただ、留意すべきは、麒麟氏の目指す「俳諧」像とは芭蕉や蕪村、一茶よりも、次のような句群をイメージすべきだろう。

        手枕のしびれさすりて団扇かな   九起
        盗ませる葱もつくりて後の月    香以
        向日葵やそれ相応の昼の露     同
        茶をのみに隣までゆく袷かな    香雲
        鶯やだまつて通る豆腐売り     湖水
        何事も明日なり蚊帳に入るからは  梅裡
        ゆつたりとうしろ夜のある牡丹かな 梅理
        鉋屑へらへら燃えて春浅し     萩郎


       彼らは江戸後期から幕末、明治初期に活躍した俳諧宗匠たちで、後に正岡子規に「月並宗匠」と否定された人々だ。

       麒麟氏の「俳諧」的な志向を理解する時、上記の中でも特に香雲や梅裡句のようなユルさをイメージした方がよいのかもしれない。

       同時に、明治初期にこのような句群を詠み続け、俳諧師として収入を得ていた宗匠たちと、平成年間に彼らのようなユルさを意識的に仮構しようとする麒麟氏の認識とは、様相がかなり異なっている。

       多くの若者が「鋭い火花」を目指し、刺激的で目立つ趣向や表現を獲得しようとする中、氏は早い段階から上記のような意味でのユルさを心がけてきた。それは今回の受賞句群でものびのびと展開されている。

        太陽の大きな土佐や遍路笠  麒麟
        目が回るほどに大きな黄菊かな
        山椒魚そろそろ月の出る頃か
        電球の音がちりちり蚊帳の上
        夕立が来さうで来たり走るなり


       これら意識的なユルさと氏の俳句愛はおそらく重なっており、そこに西村麒麟という俳人の独特さがある。

       その俳句愛とは「俳句」に浸るというより、「俳諧じみた俳句に浸る」という行為に浸る、といえばいいだろうか。あるいは、次のようにいいかえてもよいかもしれない。

       社会の煩わしさから逃れるために、あるいはその煩わしさとさりげなく対峙するために、麒麟氏は実社会への柔らかい抵抗と「俳句」へのゆるやかな没入とを試みる。

       無論、その時は様々な存念や屈託を抱えた「私」を明瞭にしつつも、韜晦じみた柔らかさでユーモアとペーソスをまとわせることに氏はやぶさかでない。

        みかん剥く二つ目はより完璧に  麒麟
        勢ひがまづは大切飾海老
        学校のうさぎに嘘を教へけり


       これらの句に漂う微量のペーソスには、「俳句」の外に弾き出された「私」が残余のように彷徨うかのようだ。

       その「私」を飼い慣らしつつ「俳句」に浸ろうとする際、季語はいきいきと「私」を「俳句」の入口へいざない、俗世を何気なく遮断しつつ「俳句」の世界へと深く没入させるだろう。

        妻留守の半日ほどや金魚玉   麒麟
        端居して平家の魂と苦労話
        金沢の見るべきは見て燗熱し
        鯖鮓や机上をざつと片付けて


       これらの句群に漂う祝祭への予感と微かな終焉の先取りが何によってもたらされているか、麒麟氏は明確に意識している。全ては「俳句」からの恩寵であることを、氏は熟知しているのだ。

      「俳句」の恩寵に意識的であることは、「俳句」に安住することと同義ではない。明治初期の宗匠たちは「俳句らしさ」に安住した俳人だったが、平成期の麒麟氏は汗水垂らして俳句らしさを準備しつつ、「俳句」に何事か恩寵が到来するのを待ち受けているのだ。

       微妙に右往左往しながらこの世を生きる「私」をネタにしつつ、ほどよい距離でとぼけたユーモアとひそやかなペーソスを漂わせて一句に昇華しようとするも、やはり拭い去ることのできない「この私」と生涯付き合っていかねばならないことを受け入れようとするひそやかな照れと、やはりそんな「私」が好きだったりすることの表明、そしてそれらをほどよいバランスで示してくれる、俳句という詩型と先人の句群への愛。

       そこに「紫色の火花」(芥川)のような鮮烈さはないが(というより不要)、なかなか腰の据わった信念であり、数多の試行錯誤を経て自身の頭で考え、自らの肌で実感せねばな確信を抱きえない種類の愛であろう。

       同時に、現代においてそれを実践するとなれば、「火花」を希求し続ける俳人への強烈かつ冷ややかなアンチとなるはずだ。

       このように思いを巡らせた時、次のような句は彼らしい存念に満ちた、かっこいいネオ「俳句」といえる。特に上五のとぼけた味わいからは、氏の腰の据え方が感じられよう。

        鯖かなと柿の葉寿司を開きをり  麒麟

         *

       ネットサイトの文章としてはいささか長くなった。最後に、麒麟氏の第一句集『鶉』を紹介した拙文(「現代詩手帖」俳句月評欄)を掲げつつ、このあたりで筆を擱きたい。


      “かつての「あんかるわ」を読むと、「昭和」が文字通り遠くなったことがしみじみと感じられる。

       例えば、第二号(昭和三十七年十月)の後記(北川透)を見てみよう。

      「一九六〇年以降の重苦しい固定した時間のなかにいて、自分を失わないでいることは、大変なことである。どこかを突き動かし、どこかを破ろうとすれば、おびただしい血を流さねばならない。
       動かないで、口を閉じていれば、化石のような存在になってしまう。動乱の時期には何かに身をゆだねることで、自分を守ることができるかも知れないが、固定した日常性の壁の厚みのなかでは、どのような権威を身にまとってみようとも、何ら、自らを証することはできない。
       このような時には、精神の鎖国制度を打破するために執拗な努力を重ねる以外ないであろう。
       ぼくらが、今、表現に執着する意味の主な一つは、そこにある。ぼくらはしたたか傷つかねばならない」。

       戦後という間延びした「日常」に埋もれることなく「自分を失わないでいる」ためには血を流し、傷付きつつ努力を続けることで「精神の鎖国制度」を打破するしかないと拳を握りしめる姿は、平成年間においては郷愁とともに現れる幻影に近くなった。

       崩落のはるかな響きを聞き届けつつ無表情に小さなディスプレイをタップし続ける私たちは、むしろ「固定した日常性」と「鎖国」に浸りつつ甘やかで索漠とした快楽に身を委ねるのみだ。

       しかし、それは忌避すべきことなのだろうか。

       私たちは天才ではありえない。取るにたらない喜びや不満を味わいつつ、小さな幸せや不幸せが交互に訪れる市井の日々を何とか生きる他ない凡人がささやかに何かを表現したいと願った時、慈しむべき詩形として昔から連綿と愛でられたのは俳句であった。

       この「鎖国」(北村)としての俳句を愛する俳人といえば、西村麒麟(一九八三~)であろう。

       結社「古志」に入会し(長谷川櫂主宰時代)、若手俳人の登竜門といえる石田波郷新人賞や田中裕明賞等を受賞した彼の作風は、暮らしの平凡さを慈しみつつ飄々とした俳諧味を漂わせており、第一句集『鶉』(私家版、二〇一四)には次のような句が散見される。


        絵が好きで一人が好きや鳳仙花   麒麟
        手をついて針よと探す冬至かな
        絵屏風に田畑があつて良き暮らし
        雨もまた良しうなぎ屋の二階より


       少なくともこれらの句に「血」や「傷」は姿を見せず、市井の暮らしに自足する姿が柔らかい諧謔味とともに示されるのみだ。

        美しく菊咲かせたりだんご屋に  麒麟
        秋惜しむ贔屓の店を増やしつつ
        来なければ気になる猫や暮の秋
        春風や一本の旗高らかに   (以上、『鶉』)


       これらの句には平々凡々たる暮らしぶりのみ強調されているが、それは西村のさりげない信念でもある。

       文学に携わるひとときぐらいは「血」や「傷」を忘れたい、伸びやかで屈託のない日常を背伸びせずに味わいたいものだ……それを衒いなく主張し、しかも評価されるところに西村麒麟の本領があろう。それもまた、平成文学の姿に他なるまい。


        嫁がゐて四月で全く言ふ事無し  麒麟 (『鶉』) ”

      (青木亮人「古き良き「月並」」、「現代詩手帖」2015年2月号)

      2017年7月21日金曜日

      第70号

      ●更新スケジュール(2017年8月4日)

      二十八年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞‼
      恩田侑布子句集『夢洗ひ』

      第4回攝津幸彦記念賞 》詳細
      ※※※発表は「豈」「俳句新空間」※※※

      各賞発表プレスリリース
      豈59号 第3回攝津幸彦記念賞 全受賞作品収録 購入は邑書林まで



      平成二十九年 俳句帖毎金00:00更新予定) 
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      平成二十九年 花鳥篇

      第五(7/28)田中葉月・花尻万博・羽村美和子・浅沼璞
      第四(7/21)林雅樹・内村恭子・ふけとしこ・小野裕三・木村オサム・前北かおる・加藤知子
      第三(7/14)池田澄子・堀本 吟・山本敏倖・岸本尚毅・夏木久・中西夕紀・渕上信子
      第二(7/7)辻村麻乃・小沢麻結・渡邉美保・神谷波・椿屋実梛・松下カロ・仲寒蟬
      第一(6/30)仙田洋子・大井恒行・北川美美・早瀬恵子・杉山久子・曾根毅・坂間恒子


      平成二十九年 春興帖
      第十(6/23)水岩瞳・北川美美・早瀬恵子・小沢麻結・佐藤りえ・筑紫磐井
      第九(6/16)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・真矢ひろみ・西村麒麟・望月士郎
      第八(6/9)羽村美和子・渕上信子・関根誠子・岸本尚毅・小野裕三・山本敏倖・五島高資
      第七(6/2)前北かおる・神谷波・青木百舌鳥・辻村麻乃・浅沼 璞・中村猛虎
      第六(5/26)渡邉美保・ふけとしこ・坂間恒子・椿屋実梛
      第五(5/19)内村恭子・仲寒蟬・松下カロ・川嶋健佑
      第四(5/12)仙田洋子・木村オサム・小林かんな・池田澄子
      第三(5/5)夏木久・網野月を・林雅樹
      第二(4/28) 杉山久子・曾根 毅・堀本 吟
      第一(4/21) 加藤知子・田中葉月・花尻万博



      ●新シリーズその1
      【西村麒麟特集】北斗賞受賞記念!
      受賞作150句について多角的鑑賞を試みる企画
      西村麒麟・北斗賞受賞作を読む インデックス  》読む
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む0】 序にかえて …筑紫磐井
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む1】 北斗賞150句 …大塚凱
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む2】「喚起する俳人」…中西亮太
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む3】 麒麟の目 …久留島元
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む4】「屈折を求める」…宮﨑莉々香
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む5】「思ひ出帖」…安里琉太
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む6】きりん…松本てふこ
      【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む7】西村麒麟「思ひ出帳」を読む…宮本佳世乃  》読む

      ●新シリーズその2
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      間もなく終焉を迎える平成俳句について考える企画
      【平成俳壇アンケート 回答1】 筑紫磐井 …》読む
      【平成俳壇アンケート 回答2・3】 島田牙城・北川美美 …》読む
      【平成俳壇アンケート 回答4・5】 大井恒行・小野裕三》読む
      【平成俳壇アンケート 回答6・7・8】 花尻万博・松下カロ・仲寒蟬》読む
      【平成俳壇アンケート 回答9・10・11】 高橋修宏・山本敏倖・中山奈々》読む
      【平成俳壇アンケート 回答12】 堀本吟》読む
      【平成俳壇アンケート 回答13】 五島高資》読む


      【抜粋】
      <俳句四季8月号> 
      新壇観測175/現代俳句協会の創設  ——協会の復興と分裂をたどる
      筑紫磐井 》読む


      • 「俳誌要覧2016」「俳句四季」 の抜粋記事  》見てみる




      <WEP俳句通信>





      およそ日刊俳句空間  》読む
        …(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々 … 
        • 7月の執筆者 (柳本々々・渡邉美保) 

          俳句空間」を読む  》読む   
          …(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子
           好評‼大井恒行の日々彼是  》読む 




          【評論】
          アベカン俳句の真髄 ー底のない器ー   … 山本敏倖  》読む





          あとがき(筑紫磐井)  》読む



          冊子「俳句新空間 No.7 」発売中!
          No.7より邑書林にて取扱開始いたしました。
          桜色のNo.7


          筑紫磐井 新刊『季語は生きている』発売中!

          実業広報社


          題字 金子兜太

          • 存在者 金子兜太
          • 黒田杏子=編著
          • 特別CD付 
          • 書籍詳細はこちら (藤原書店)
          第5章 昭和を俳句と共に生きてきた
           青春の兜太――「成層圏」の師と仲間たち  坂本宮尾
           兜太の社会性  筑紫磐井


          【抜粋】〈「俳句四季」8月号〉俳壇観測175/現代俳句協会の創設 ――協会の復興と分裂をたどる  筑紫磐井



          協会を創設した世代
          現代俳句協会がこの秋で七〇周年を迎える。私なりに協会の活動を中心に戦後俳句史を振り返ってみたいと思う。
          昭和二二年九月、現俳協は俳人の生活の安定などの目的で創立された。創設時の会員(いわば原始会員)は次の三八名だった。名簿はよく知られているがこの時の会員の年齢は余り知られていない。見てみると興味深い。

          安住敦(40)、有馬登良夫(36)、井本農一(34)、石田波郷(34)、石塚友二(41)、大野林火(43)、加藤楸邨(42)、神田秀夫(34)、川島彷徨子(37)、孝橋謙二(39)、西東三鬼(47)、志摩芳次郎(39)、篠原梵(37)、杉浦正一郎(36)、高屋窓秋(37)、滝春一(46)、富澤赤黄男(45)、中島斌雄(39)、永田耕衣(47)、中村草田男(46)、中村汀女(47)、西島麦南(52)、橋本多佳子(48 )、橋本夢道(44)、日野草城(46)、東京三(46)、平畑静塔(42)、藤田初巳(42)、松本たかし(41)、三谷昭(36)、八木絵馬(37)、山口誓子(46)、山本健吉(40)、横山白虹(48)、渡辺白泉(34)、池内友次郎(41)、栗林一石路(53)、石橋辰之助(38)

          壮観な顔ぶれだが、このうち四〇代が21人、三〇代が15人であり、当時の俳句がいかに若かったかが分かる。都市伝説によれば、誓子と草田男の年齢(46歳)で足切りをしたとされている(『現代俳句協会五〇年史』)が、しかし一方で、麦南、一石路のような五〇代もいるし、二三年には後藤夜半(53)さえ入会している。じつは入会資格の実体は、①旧世代の虚子、蛇笏、そして(誓子以外の)4Sを排除し、新興俳句・人間探究派を中心とする、②波郷以下の戦後世代を排除する、の二基準が働いていたと思われる。当時の社会状況であるレッドパージを知れば容易にこれは想像できる。
           創設時の協会の主要な活動は、機関誌「俳句と芸術」の発行(桃蹊書房)、幹事会(代表は、波郷→不死男→登良夫→不死男と推移)、茅舎賞の設定とその選考であったが、二三年こそ活発だったが、二四年からは沈滞化する。例えば桃蹊書房の倒産で「俳句と芸術」は休刊、茅舎賞は三年間中断した。

          協会を復興した世代
           こうした停滞の中で、主要幹事たちは入会資格の下限(②)を取り払うことにした。選挙の結果、二七年は16人中3人、二八年は50名中22名が三〇代会員となった(一部年齢不詳者あり)。会員総数一〇〇名のうち三〇代の会員は次の通りとなる(ぎりぎりの能村登四郎、古沢太穂を入れてもいいだろう)。

          【二七年入会】角川源義(35)、伊丹三樹彦(32)、沢木欣一(33)[数字は入会時の年齢]
          【二八年入会】石原八束(34)、飯田龍太(33)、小寺正三(39)、金子兜太(34)、桂信子(39)、楠本憲吉(31)、香西照雄(36)、小西甚一(38)、佐藤鬼房(34)、島崎千秋(32)、清水基吉(35)、杉山岳陽(39 )、鈴木六林男(34)、田川飛旅子(39)、高島茂(33)、高柳重信(30)、土岐錬太郎(33)、西垣脩(34)、野見山朱鳥(36)、原子公平(34)、目迫秩父(37)、森澄雄(34) 

          この名簿を見れば、戦後派世代の陣容がほぼ出揃ったことが分かる。と同時に、二四年~二七年を「沈滞の時代」と呼ぶとすれば、戦後派世代が揃う二八年は現代俳句協会の「復興の時代」といってよかった。
          (中略)
              *     *
           既に歴史的事実であるからこれを批判しようとは思わない。世代がそれぞれの論理を持っていることは当然であるからだ。しかし驚くのは、現俳協の創立時が四〇代・三〇代の作家、彼らを脅かす次の後続の世代も三〇代で構成されていたことだ。
           昨年俳句年鑑でこの世代を担当したのでその名簿を眺めてみたが、協会創立世代の年齢(四〇代)の作家は山田耕司、山根真矢、津川絵里子、五島高資、高山れおなといった顔ぶれに当たる。これを狙撃する世代(三〇代)が阪西敦子、大高翔、北大路翼、村上鞆彦、大谷弘至、高柳克弘となるのだろうか(これ以上の世代はパージされていた)。果たして現在の彼らにあんな元気はあるのだろうか。

          ※詳しくは「俳句四季」8月号をご覧ください。


          【平成俳壇アンケート 第13回】五島高資

          ■五島高資

          1.回答者のお名前( 五島高資

          2.平成俳句について

          ①平成を代表する1句をお示しください( よく眠る夢の枯野が青むまで 金子兜太

          ②平成を代表する俳人をお書きください。判断が難しいので2つに分けて結構です。

          ➊大家・中堅( 金子兜太
          ➋新人( 関悦史

          ③平成を代表する句集・著作をお書きください。
                ( 筑紫磐井 著 『21世紀俳句時評』

          ④平成を代表する雑誌をお示しください。(        )

          ⑤平成俳句のいちばん記憶に残る事件を示してください。(        )

          ⑥比較のために、俳句と関係のない大事件を示してください。(        )

          3.俳句一般

          ①時代を問わず最も好きな俳人を上げてください。( 松尾芭蕉

          ②時代を問わず最も好きな俳句を示してください。( 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

          4.その他
          (自由に、平成俳壇について感想をお書きください)



          【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む7】西村麒麟「思ひ出帳」を読む 宮本佳世乃



          麒麟さんと会うのはだいたい酒席だ。そこで見る彼は、どこか飄々としていながら、正直そうな印象だ。裏表がなさそうというか、計算がうまくなさそうといった感じ。
          この150句を読んだとき、だいたいが、昼寝をしているか、飲んでいるか、食べているか、ぼうっとしているか、のどれかに当てはまることに気づいた。平和な、長閑な世界に「ある」句だ。
          たとえば、

          鱧食うて昼寝の床に戻るのみ
          朝寝から覚めて畳の大広間
          ゆく秋や畳の上に昼寝して
          少し寝る夏座布団を腹に当て
          腸捻転元に戻してから昼寝


          鱧を食べたがその後は眠るのみ。眠るのは、地平と続いている疊で、広がりがある。
          甚平とかゆったりしているものを着ているに違いない。腸捻転は痛いんだけれども、すぐに元どおり(ちょっと嘘)。といった具合。なんなんだ、この余裕は。
          でも、眠っているわけではない。
          なにかあったらさっと起きられるように、ちょっとだけ横になる。

          きっと、ちょっとだけ寝るのは、飲んでいるからだろう。

          朝鮮の白き山河や冷し酒
          秋の昼石が山河に見えるまで
          火男をやり終へて飲む秋の酒
          呉れるなら猫の写真と冷の酒
          金沢の見るべきは見て燗熱し


          ビールとかワインではなく、酒である。しかもどの酒もおいしそうだ。

          なぜ、ちょっとだけ横になったり、酒を飲むのがよさそうなのか。
          それは、「ちょっとよさげな日常を切り取った一コマ」に見えるからだと思う。日常的な言葉を使いながら、生活に関係することを描きながら、じつは、その「日常的」なものは普段、もっというと一年のうちのほとんどの「日常」ではないのではないか。
          出かけたとき、旅をしているとき、帰省しているとき、休日、など、自分がリラックスしているときの風景は、ある意味格別で、ひとつひとつが「(良い)思い出」として記憶される。この150句のタイトル「思ひ出帳」にもあらわれているとおり、これらの作品は、スケッチの連続、なのかもしれない。

          集中には、このような句もある。

          踊子の妻が流れて行きにけり

          何をぬけぬけと、と思うけれども、ここに書かれていることは、けっこう恐ろしい。どこを流れているかは書かれていないけれど、自分は流れないし、助けないのだから。

          友達が滑つて行きぬスキー場

          これも、自分はゲレンデにいなさそうだ。

          喘息の我を見ている竹夫人

          苦しいけれど、自分以外誰もいない。そして我を見ているのは、俯瞰したところにいる我。

          文鳥に覗かれてゐる花疲れ

          文鳥には、疲れているのが分かる。むしろ、覗かれなければ、分からない。

          蟋蟀の影より黒くゐたりけり

          黒くゐるのは。
          これらは、「ちょっとよさげな日常」ではない。少し冷めた眼で世の中を見ている。「ちょっとよさげな日常」は、普段は手が届きそうなところにありながら、もう一歩のところで届かない。
          俳句を書くときに、平和な、長閑な世界に「ある」ことを望みながら、一方で、現実を踏みしめている句がある。そんなところが、正直さにつながっていくのだと思う。

          麒麟さんの句の真骨頂は、飄々とした明るさ、そして愛らしさだろう。
          このような句を見るたびに、昼酒を飲み、昼寝をしたくなるのだから、かなわない。

          白鳥の看板があり白鳥来
          穭田の千葉が広々ありにけり
          夕立が来さうで来たり走るなり
          烏の巣けふは烏がゐたりけり
          秋の金魚秋の目高とゐたりけり
          虚子とその仲間のやうに梅探る



          (編集者より。本BLOGの読者の中で、西村麒麟論を書いてみたいという方は、西村麒麟あてご連絡を頂きたい。未公開の150句をお送りするので読んだうえ評論を送っていただければありがたい。)宛先:kirin.nishimura.819★gmail.com(★を@に打ち換えてください)


          2017年7月7日金曜日

          第69号

          ●更新スケジュール(2017年7月21日)

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          平成二十九年 花鳥篇

          第四(7/21)林雅樹・内村恭子・ふけとしこ・小野裕三・木村オサム・前北かおる・加藤知子
          第三(7/14)池田澄子・堀本 吟・山本敏倖・岸本尚毅・夏木久・中西夕紀・渕上信子
          第二(7/7)辻村麻乃・小沢麻結・渡邉美保・神谷波・椿屋実梛・松下カロ・仲寒蟬
          第一(6/30)仙田洋子・大井恒行・北川美美・早瀬恵子・杉山久子・曾根毅・坂間恒子


          平成二十九年 春興帖
          第十(6/23)水岩瞳・北川美美・早瀬恵子・小沢麻結・佐藤りえ・筑紫磐井
          第九(6/16)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・真矢ひろみ・西村麒麟・望月士郎
          第八(6/9)羽村美和子・渕上信子・関根誠子・岸本尚毅・小野裕三・山本敏倖・五島高資
          第七(6/2)前北かおる・神谷波・青木百舌鳥・辻村麻乃・浅沼 璞・中村猛虎
          第六(5/26)渡邉美保・ふけとしこ・坂間恒子・椿屋実梛
          第五(5/19)内村恭子・仲寒蟬・松下カロ・川嶋健佑
          第四(5/12)仙田洋子・木村オサム・小林かんな・池田澄子
          第三(5/5)夏木久・網野月を・林雅樹
          第二(4/28) 杉山久子・曾根 毅・堀本 吟
          第一(4/21) 加藤知子・田中葉月・花尻万博



          ●新シリーズその1
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          受賞作150句について多角的鑑賞を試みる企画
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            • 7月の執筆者 (柳本々々・渡邉美保) 

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              …(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子
               好評‼大井恒行の日々彼是  》読む 




              【評論】
              アベカン俳句の真髄 ー底のない器ー   … 山本敏倖  》読む





              あとがき(筑紫磐井)  》読む



              冊子「俳句新空間 No.7 」発売中!
              No.7より邑書林にて取扱開始いたしました。
              桜色のNo.7


              筑紫磐井 新刊『季語は生きている』発売中!

              実業広報社


              題字 金子兜太

              • 存在者 金子兜太
              • 黒田杏子=編著
              • 特別CD付 
              • 書籍詳細はこちら (藤原書店)
              第5章 昭和を俳句と共に生きてきた
               青春の兜太――「成層圏」の師と仲間たち  坂本宮尾
               兜太の社会性  筑紫磐井


              【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む6】きりん 松本てふこ



               一緒にいる時は真面目な話をするよりも、楽しくふざけながら酒を飲んでいることが多い友達の西村麒麟から、彼の作品に関して熱い文章を書いてくれと頼まれた。
               西村麒麟は「スピカ」での「きりんのへや」、もしくは代表句から、酒を愛しのんべんだらりと暮らす隠者のようなイメージを俳壇で持たれているように思う。それは決して間違いではない。だがしかしそうした面はあくまで彼の一面でしかない。
               彼と酒を飲んでいて、時々俳句の話になる。自分がつまらないと思う俳句や俳人の話題になると彼は、急に冷え冷えとした眼になる。口調も一気に冷たくなる。なんとまあ、分かりやすい。私はそういう時の彼の眼が正直ちょっと怖い。だがそこで妙に怯えるのも格好悪いので、何も気にしていませんよという顔で変わらず酒を飲むことにしている。
               
               筑紫磐井は麒麟を「若くして老成、誰とでもつきあえるがしかし結構シニカル、自分を主張しないが独自の個性、という不思議な作家」と『俳句年鑑』で評していた。「思ひ出帳」150句を読むと確かにそうだな、と彼の言葉に納得する部分もあればそうでもない部分もある。そういうことをつらつらと書いていこうと思う。

                踊子の妻が流れて行きにけり
                夏蝶と遊ぶや妻とその母と

               麒麟の詠む妻の句はいい。たぶん、妻を詠む彼のまなざしがいいのだと思う。
               私は世の中の詩歌の中で夫が妻を、妻が夫を詠む際に多くみられる、過剰にべたついたりもたれ合ったり、何かを期待する姿勢を情愛と勘違いして陶酔している態度が非常に嫌いなのだが、麒麟の句にはそういう態度がさほど見られない。
               なんというか、何か美味しいものが目の前にあれば分け合って食べ、美しいものが現れれば共に眺め、妻にそれ以上のことを求めていないのだ。
               毎日の暮らしの中では何かを期待せざるを得ないからこそ、せめて詩歌の世界では、配偶者には何も期待せずにただ共に在りたい。
               夏蝶の句を〈妻とその母と遊ぶや夏の蝶〉と試しに変えてみたら夏蝶も妻もその母も、存在感が一気に平板になり凡庸な句になって非常に面白かった。

                少し待つ秋の日傘を預かりて
               
               この句にも妻らしき、近しい異性の気配が濃厚だ。一番使われる季節である夏でも、春日傘でもない、秋の日傘を預かっているというところに、預けたものと預けられたもの、ふたりの歳月がにじむ。人によっては手持ち無沙汰としか思えない時間を麒麟は、「少し」というありふれた言葉を使ってなんとも豊かに詠む。

                向き合つてけふの食事や小鳥来る
                目が回るほどに大きな黄菊かな
                呉れるなら猫の写真と冷の酒

               麒麟の句を読んでいて不安になることがあまりない。なんとも平和なのだ。今日の食事を向かい合ってとる一家(お、ここにも分け合う存在としての妻の気配)、「目が回るほど大きい」なんていう比喩の大いなるバカバカしさ、猫の写真と冷酒って何やら昔の文士気取りではないか、などなど。そういえば、麒麟は昔のものが好きである。

                俊成は好きな翁や夕焚火

               何かへの好き嫌いを語る時、麒麟は「僕は(それが)好き」と「は」に割と力を込めて言う。この句の「は」にも、その強さの片鱗がある。愛をシンプルに語ることの伸びやかさと、夕暮れ時の焚火の優しい炎。

                梨食うて夜空を広く思ひけり

               梨の句でこういう視点の句はあまりないように思う。すずしい食感が夜空を押し広げていくような、彼の句では珍しいファンタジックな発想が楽しい。

               …とまあ、好きな句についてまずは語ってみたが、この「思ひ出帳」150句に対して疑問点もある。大塚凱も指摘していたが、同一単語のリフレインの句が多く見られ、句群そのものをやや単調に見せている。大塚が指摘していない句にもリフレインを使用したものがあり、いくらなんでもちょっと多いなあと思う。表現の引き出しが少ない作家ではないはずだが、やや提出を焦ったのかなとも邪推してしまう。
               あと、「こういう句を面白いと思うの?残念だな、ちょっとビールでも飲みながらゆっくり話し合おうか?」という気持ちになる句もあった。

                初恋の人が来てゐる初詣

               「ありふれたノスタルジーをちょっとずらすのが西村麒麟なんじゃないのか!! これじゃまんまベッタベタド直球ノスタルジーじゃないか!!! コラー!!!!」という気分になった。
               そういえば、何句か金魚にまつわる句があり、妻の句と同じくらいあるな、と印象に残った。恋愛めいた感情の揺らぎと喪失感が句群にアクセントをもたらしていて、ちょっとにやにやしてしまった。 

                妻留守の半日ほどや金魚玉
                秋の金魚秋の目高とゐたりけり
                少しづつ人を愛する金魚かな
                墓石は金魚の墓に重からん
                金魚死後だらだらとある暑さかな


              【平成俳壇アンケート 第12回】堀本 吟

              ■堀本 吟

              1.回答者のお名前(堀本 吟

              2.平成俳句について

              ①平成を代表する1句をお示しください

              被災地とおなじ春寒いや違ふ 仲 寒蟬
                       『巨石文明』角川21世紀俳句叢書・平成26年1月15日
               
              ②平成を代表する俳人をお書きください。判断が難しいので2つに分けて結構です。

              ➊大家・中堅
              故和田悟朗 今いる場所を「地球」とみなし、そこから宇宙へと想像力の振幅たしかめている。そのような思考を俳句表現の領域とした。
              ➋新人(関悦史—言葉が世界を創ることを信じ、あらかじめ想像上の無国籍の壁をたてて、そこを往還する。間取りが広いゆえに上記の大家と同様必ずしも上手くない。が、それで良い。

              ③平成を代表する句集・著作をお書きください。

              関悦史評論集『俳句という他界』邑書林

              ④平成を代表する雑誌をお示しください。(「俳句空間—豈」と「俳句新空間」

              ⑤平成俳句のいちばん記憶に残る事件を示してください。

              攝津幸彦の死—非政治の位置から今日的課題を詠い上げることに絶妙な技術を見せた

              ⑥比較のために、俳句と関係のない大事件を示してください。

               (天災と人災の避けがたい交通を示した、津波およびそれを原因とする福島原発事故

              3.俳句一般

              ①時代を問わず最も好きな俳人を上げてください。(故津田清子

              ②時代を問わず最も好きな俳句を示してください。

              砂漠の木百里四方に友はなし 津田清子『無方』

              4.その他(自由に、平成俳壇について感想をお書きください)

              一挙にあげるわけにはゆかないので、一項目だけ書く事にする。

              ★ 短詩型文学にあっても、国境、時間、季節 言語の世界のバリアフリーを想像力によって実現し、その位置から「固有」の大事さをしめす、往還自在の道を開いて欲しい。

                 昭和衰へ馬の音する夕べかな      三橋敏雄
                   『真神』 昭和48年 端渓社
                 湯豆腐よ昭和もすでに過去のごと
                 長き昭和にあきて又もやぞうに喰ふ
                 高価数の子長き昭和にあきあきす   波止影夫
                   『波止影夫全句集』昭和57年6月15日、文琳社

               三橋敏雄とっては、昭和という時代は、自分の作家成立の起点、青春の昂揚感の時代として受け止められたのではないだろうか。多くの場合おめでたいハレの意味を含む漢字が使われるので、掲出の句のように、内容とのギャップが逆に成功している、このように日本人には元号的発想が染み付いてきている。
               波止影夫の掲出句は、昭和五十二。三、四、五年のいずれかの正月の句、我々が戦後七十年というときに同じような「飽き飽きした」感想を持つと同様に、昭和五十年代に早くもこのような感想を述べた俳人もいた。これらの俳句は、西暦年ではなく元号思考法が生理のように染み付いた者にしか絶対に書けない。
               「昭和」という不可思議な年号が戦後もつづいていて、途中から神が人になったことに日本国民として納得を迫られる。新興俳句のパイオニアであり京大俳句事件をくぐったこの俳人は、その問題を昭和後半(一九七〇年代後半)の四十年閒に突きつけられてきたのである。このような傾向はきっと波止影夫のみではないだろう。

              ★ だから、いま、磐井さんが「西暦年号」ではなく「平成」「昭和」という「元号」、そして「俳句空間」とか、「俳句世界」ではなく「俳壇」・・、とくくったことについても、便宜的な意味としては、わかるのである。私だって、その瞬間に、この言い方のほうがいいのではないか、というような追認をしたくなるぐらいだ。
               しかし、この時代の途中から、神から人への役割の変質をきたした昭和の天皇の複雑な役割とは違う意味の厄介さがともなうのが、最初から「象徴」であった平成の天皇の元号である。「象徴」という地位は神よりももっと抽象的な理解のむづかしい概念だ、どのようにして平成という時代の文化的な本質に迫りうるのだろうか?そういう位置を得て、役割を課せられた。「平成」が、生理とならないうえに、まだ本体が亡くならないうちに、変わるというのは、やっぱりなにか落ち着かない。ましてそれを俳句史の時代区分の原理に考えてしまうことは、俳句論や俳句史に関する大事な視点を落としてしまうようにも思う。
               俳句人があえて言う時には、歳時記が与える固定観念と同様に、こういうナショナルな元号のくくりかたが俳句史の区分に影響することにもなるので、ここで、早くも伝統の継承、世代交代のスタイルが出来てしまうのである。無批判追随であるとともに、思考内部に撞着を引き起こす。この辺の思考法の固定化は、俳句史の方法を考える場合には、かなり怖いところである。

              ★ 今一句、元号を使用して、私にはさもあるべし、と納得できる俳句を挙げておく。

                阿部定に時雨はなやぐ昭和かな  筑紫磐井

               この句は、「昭和」という時代とその時期の一事件(昭和十一年)を、風俗であるとともに当時の集合的な時代精神のブラックホールを象徴的に捉えたものである。これは、戦前の「昭和」について「平成」に詠んだからこそ成立した俳句である。
               懐古的な詩として美しく、また、一種の美として現代に引っ張ってき言葉の牽引力を見せる。この句が象徴的だという意味は、阿部定は、まさに、権力(男性)の喩であるところの根源的な一本を切り取って、微笑して逮捕されたからである。
               同時代の歌人が、既に、この事件に目を止めている。

                阿部定の切り取りしものの調書をば見るべくもなし常の市民我は
                おこなひの変態を知らぬげに彼女静かにわらひて立てり   齋藤茂吉『朝の蛍』
                 (るび、変態→ ヘルベルヂオ)

               記憶が薄れて、間違っているかもしれないが、だいたいこういう茂吉の短歌である。
               大正後半から昭和初期へわたる文化風潮がいわゆる「モダニズム」のそれであった。時代の不調和を予感して、暗く派手派手しくひらいた世相の内実を、汲み取っている。

              ★ 等々、私にとっては「俳句の時空間」は「俳壇」のことではない。また、「明治、大正、昭和、平成」、そして来るべき「新元号」は決して、自分の創作の存念を投じる時代的な規定ではない。区分は重要な精神的転換をすくい上げる言葉でなければならない。
               このへんのズレをするどく意識させてくれる議論と実作品が欲しいものである。
               また、こういうふうに、定形の呪縛を無化してゆく言葉の流れを期待したい。
               その結節点をどのようにしめすのか?私は、一度、「列島大災害起源元年」というように考えたことがある。とくにつよく主張しようとも思わぬが、「災害」を中心に見るのもひとつの尺度ではあろう。
               今回、予測される天皇退位と改元こそは、「平成」という歴史的元号が、この間におきた事件を絡み合って、反語として詠まれ読まれる、そういう俳句の時代をも予測させる。(吟)


              2017年6月23日金曜日

              第68号

              ●更新スケジュール(2017年7月7日)

              二十八年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞‼
              恩田侑布子句集『夢洗ひ』

              第4回攝津幸彦記念賞 》詳細
              ※※※発表は「豈」「俳句新空間」※※※

              各賞発表プレスリリース
              豈59号 第3回攝津幸彦記念賞 全受賞作品収録 購入は邑書林まで



              平成二十九年 俳句帖毎金00:00更新予定) 
              》読む

              平成二十九年 花鳥篇

              第二(7/7)辻村麻乃・小沢麻結・渡邉美保・神谷波・椿屋実梛・松下カロ・仲寒蟬
              第一(6/30)仙田洋子・大井恒行・北川美美・早瀬恵子・杉山久子・曾根毅・坂間恒子


              平成二十九年 春興帖
              第十(6/23)水岩瞳・北川美美・早瀬恵子・小沢麻結・佐藤りえ・筑紫磐井
              第九(6/16)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子・真矢ひろみ・西村麒麟・望月士郎
              第八(6/9)羽村美和子・渕上信子・関根誠子・岸本尚毅・小野裕三・山本敏倖・五島高資
              第七(6/2)前北かおる・神谷波・青木百舌鳥・辻村麻乃・浅沼 璞・中村猛虎
              第六(5/26)渡邉美保・ふけとしこ・坂間恒子・椿屋実梛
              第五(5/19)内村恭子・仲寒蟬・松下カロ・川嶋健佑
              第四(5/12)仙田洋子・木村オサム・小林かんな・池田澄子
              第三(5/5)夏木久・網野月を・林雅樹
              第二(4/28) 杉山久子・曾根 毅・堀本 吟
              第一(4/21) 加藤知子・田中葉月・花尻万博



              ●新シリーズその1
              【西村麒麟特集】北斗賞受賞記念!
              受賞作150句について多角的鑑賞を試みる企画
              西村麒麟・北斗賞受賞作を読む インデックス  》読む
              【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む0】 序にかえて …筑紫磐井
              【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む1】 北斗賞150句 …大塚凱
              【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む2】「喚起する俳人」…中西亮太
              【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む3】 麒麟の目 …久留島元
              【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む4】「屈折を求める」…宮﨑莉々香
              【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む5】「思ひ出帖」…安里琉太  》読む

              ●新シリーズその2
              【平成俳壇アンケート】
              間もなく終焉を迎える平成俳句について考える企画
              【平成俳壇アンケート 回答1】 筑紫磐井 …》読む
              【平成俳壇アンケート 回答2・3】 島田牙城・北川美美 …》読む
              【平成俳壇アンケート 回答4・5】 大井恒行・小野裕三》読む
              【平成俳壇アンケート 回答6・7・8】 花尻万博・松下カロ・仲寒蟬》読む
              【平成俳壇アンケート 回答9・10・11】 高橋修宏・山本敏倖・中山奈々》読む

              【抜粋】
              <俳句四季7月号> 
              新壇観測174/創刊する雑誌・終刊する雑誌――雑誌は住所である。
              筑紫磐井 》読む


              • 「俳誌要覧2016」「俳句四季」 の抜粋記事  》見てみる




              <WEP俳句通信>





              およそ日刊俳句空間  》読む
                …(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々 … 
                • 6月の執筆者 (柳本々々・渡邉美保) 

                  俳句空間」を読む  》読む   
                  …(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子
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                  【評論】
                  アベカン俳句の真髄 ー底のない器ー   … 山本敏倖  》読む





                  あとがき(筑紫磐井)  》読む



                  冊子「俳句新空間 No.7 」発売中!
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                  筑紫磐井 新刊『季語は生きている』発売中!

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                  題字 金子兜太

                  • 存在者 金子兜太
                  • 黒田杏子=編著
                  • 特別CD付 
                  • 書籍詳細はこちら (藤原書店)
                  第5章 昭和を俳句と共に生きてきた
                   青春の兜太――「成層圏」の師と仲間たち  坂本宮尾
                   兜太の社会性  筑紫磐井



                  第68号 あとがき(攝津幸彦・西郷竹彦) 筑紫磐井



                   既に大井恒行氏が「日日彼是」で紹介しているので繰り返しになるが、大阪俳句史研究会編の『大阪の俳人たち7』(2017年6月和泉書院刊)が刊行された。1985年から継続して出ている近・現代俳句の研究書は、全国的にも珍しいだろう。松瀬青々や鈴鹿野風呂、岡本圭岳、後藤夜半、五十嵐播水、阿波野青畝、西東三鬼など関西独特の個性を発揮する作家たちを論じており、第7巻まで62人が取り上げられている。ともかく前衛だ、伝統だという派閥分けをしないのが気持ちよい。初期は上に掲げた比較的メジャーな作家が多かったが、後半にいたって名前だけは知っているが、作品も殆ど知らないという作家も殖えてきた。第七巻には、巻頭に高浜虚子を据えているものの、尾崎放哉、橋本多佳子、桂信子、森澄雄は現代でもメジャーな作家だが、川西和露、浅井啼魚、小寺正三は知る人が知る作家たちかも知れない。こうした作家を顕彰しようというのも、とかくメジャーに傾きやすいジャーナリズムに反抗する関西らしい研究会だ。
                   三〇年も続けていると代替わりも進み、大阪俳人を論じていた人たちがいつか論じられるべき世代になっているのも興味深い。堀葦男は既に第七号で取り上げられているが、後藤比奈夫、森田峠、鈴木六林男、和田悟朗などは次の号あたりにも論じられるべき人たちであろう。
                   そして、この巻で、攝津幸彦が登場している。バックナンバーを点検してみると、攝津の没年以降になくなった人たちが取り上げられていなくはないが、生年で言えば一番若いのが攝津になる。戦後生まれの始めての作家の登場だからだ。攝津幸彦がもう歴史になったというのは感慨深いものがある。「大阪の俳人たち」で取り上げるのだから攝津が大阪にいた時期――東京に出て旭通信社に入社する前の学生時代(関西学院大学)の話が中心となる。そしてこれを語るにうってつけの伊丹啓子が語っているのである。恐らく、豈の同人では、大本義幸以外の誰も知らない攝津幸彦の相貌である。もちろん、豈の攝津の回想号などで、伊丹はしばしば攝津の若い頃を語ってくれているが、こうした歴史の中で語られる攝津の姿は初めてなのではないか。
                   と同時に、攝津が歴史の中に組み込まれたと言うことは、同世代の我々も歴史の中に組み込まれつつあるということを厭でも感じないわけにはいかない。私の記憶を紡ぎながら、歴史というものが音を立てて流れて行くのを感じるのである。
                     *     *
                   6月12日、文芸教育学者の西郷竹彦氏が亡くなられた。97歳であった。東京帝国大学応用物理学科に学び、召集されて朝鮮平壌航空隊に配属、ソ連の捕虜となり、モスクワ東洋大学日本学部講師となり、日本文学を教える。昭和24年帰国、最晩年まで、文芸学、文芸教育の研究と実践に努めた。文芸教育研究協議会(文芸研)を創設し会長を務めたから、西郷文芸学に心酔している国語教師も多いことと思う。
                  私の知るもっとも最近の著書が、

                  『宮澤賢治『風の又三郎』現幻二相ゆらぎの世界』2016.2

                  であるから、本当になくなる直前まで研究を進められていたことがよく分かるであろう。骨折をされて体の自由がきかなくなったという話を電話で伺っていたのだが、その間も著作活動は止まなかった。
                   西郷氏の俳句との関係は、詩歌三部作というべき次の著作によく現われている。

                  『増補合本 名句の美学』2010.7
                  『増補 名詩の美学』2011.8
                  『啄木名歌の美学』2012
                  12

                   文芸教育の中でもっとも難解だったのが俳句の解釈であったようだ。教育現場でどのように答えるかは教師ですら簡単にはいかない。
                   『名句の美学』時代は坪内稔典氏と交流があったらしいが、残念ながら私はこの頃はまだ西郷氏とは面識がなかった。色々お話をさせていただいたのは、その後のことである。『名句の美学』の書評を文芸教育研究協議会の雑誌に掲載させていただいたのがきっかけであるが、こんなことを言っては失礼だが、私の書いた『定型詩学の原理』に通うものがあるような気がして面白く批評させていただいた。こんなご縁で、90歳をこえられた西郷氏が、たった一人で日本全国を講演して回る隙間で辛うじて時間を作っていただき、早朝、上野駅で落ちあった。恋人と会ったような気分であったが、恋人とのデートよりはかなり辛い思いをした。目当ての喫茶店に行ったところたまたま休日で、やむを得ず屋外の吹きっさらしで堅い椅子に座り、延々と話をさせていただいたのは痛烈な思い出である。流石極寒のロシア暮らしが長かった方だと感心した。
                   それが縁で、三部作の最後の『啄木名歌の美学』の原稿を読ませていただき色々意見を言わせていただいた。この本の末尾には、

                  「・・・定型詩に詳しく、かつ実作者であられる畏友筑紫磐井氏に、原稿に目を通していただき、過ちや不適切な表現などについてチェックしていただきました。この場を借りて厚くお礼を申し上げます。」

                  とあるが、読み返すと何を申し上げたか今でも冷や汗が出る。ただ、氏の啄木の研究を通じて私自身、多行(3行)の論理というものを少し学ぶことが出来たのはうれしいことであった。
                   一方で、私の本(『伝統の探求』)にも推薦文をお願いしたいと申し上げたところ、

                  「伝統と前衛を矛盾・対立とする俳壇の混迷を「題詠」に視座を据え縦横に論断する本書は、偏向させた二元的世界観に対するアンチテーゼであり、啄木の一元二面観や賢治の順違二面論に通底する革命的主張と言わざるをえない。」

                  と書いていただいた。私の本は決してこんなに激しくはないのだが、むしろ西郷氏の思いがほとばしった言葉と言うべきであったろう。
                   西郷氏の二面ゆらぎの理論を私がよく理解できたかは疑問だが、アカデミックで閉鎖的な理論から、総合的な文芸学への氏のまなざしだけは共感することができたように思う。俳句はどんな作者でもなくなってしまえば読者にまかせるしかない。その意味では忘却を免れるのは偶然にすぎない。しかし、西郷氏の文芸学は、どこかの教室の隅で営々と紡ぎ続けられて行くのではないか。ご冥福をお祈りする。


                  ●【抜粋】〈俳句四季」7月号〉俳壇観測174/創刊する雑誌・終刊する雑誌――雑誌は住所である。   筑紫磐井



                   私たちは、俳句を耳で覚えて伝えるだけでなく、活字で伝えてもいる。間違いなくそうした目的にかなっているものが句集・雑誌である。俳人たちを後世に伝えるのは句集である、一方、遠方の仲間にそれを伝えるのは雑誌である。雑誌や句集の動向に我々は無関心でいられないのである。

                  「奎」創刊
                   雑誌は日々更新して行く。創刊号も来月は、第二号となって、いつの間にか歴史を重ねる。その意味で、もっとも新しい俳句同人誌「奎」が関西から出たので紹介しよう。二八年一二月に第〇(ゼロ)号、二九年三月に創刊号を発行したのだから湯気の出るようなホットな雑誌だ。関西といえば、坪内稔典「船団」系の二〇代・三〇代の若手を中心に『関西俳句なう』(二七年刊)が出たが、それと重複はないから関西にも沢山の若手がいることが分かる。
                   第〇(ゼロ)号は八名、創刊号はそれに新規二九名を加えているから飛躍的な伸びといってよい。ただ、圧倒的に二〇代が多いかと思ったが、六〇代、七〇代も混ざっている。老人ばかりの雑誌が若手を求めているのは何となく厭らしさを感じるが、若い世代中心の雑誌に高齢者が入るのはむしろその智恵と経験を買われているようで健全である。
                   最近の若い世代は、松山俳句甲子園にみな出ているかと思ったが、この雑誌は、確かに甲子園出身者もいるが、大学俳句会の「ふらここ」の経験者が圧倒的に多かった。正・副編集長もそうである。いろいろな場から若い作家は生まれるのだ。
                   体制は、銀化同人小池康生(六三歳)が代表、仮屋賢一(二五歳)、野住朋可(同)が正・副編集長を勤めている。老青協調体制だ。
                   創刊号は稲畑汀子の巻頭インタビューで飾る。角川の俳句の創刊号(昭和二七年六月号)には高浜虚子が「登山する健脚なれど心せよ」を寄せたと言うが、それにちなんだのだろうか。この雑誌の向う方向も見えるようだ(若手の雑誌「クプラス」とも「オルガン」とも全く違う方向を向いているようである)。

                   稲畑「お二人とも自然体でいい感じだから・・・(仮屋・安岡に)いい俳人になんなさいよ」——(仮屋・安岡(二三歳))「ありがとうございます」——(仮屋)「いい俳人ってどのような俳人とお考えでしょう?」稲畑「いい俳人って言うのはあとからついてくるもの。一生懸命俳句作って、一生懸命自然を知って、ときどき自然とケンカして、時々自然と仲良くして、そしたら、いつの間にか作品がついてくんのよ。」

                   この素直なやりとりは、決して東京・関東の若手には見られないものである。東京・関東の若手はもっと理屈っぽいだろう。
                   創刊号から、作品を若干紹介しておく。

                  春寒や足りない分の切手貼る  小池康生
                  雪解や最後の僧は門を閉じ   仮屋賢一
                  鳥籠に寝床ひとつや木の芽雨  野住朋可
                  春愁の愛の一字に纏めらる   安岡麻佑
                  お向ひは一家で夜逃げ鳳仙花  玉貴らら
                  恋猫と音楽が傷ついてゐる   野名紅里
                  ずれながらつながるずれてゆく余寒 〃
                  如月や白身魚をメインとす   牧萌子
                  一拍をおいて閉まる戸落椿    〃

                  (以下略)

                  ※詳しくは「俳句四季」7月号をご覧ください。


                  【平成俳壇アンケート 第9・10・11回】高橋修宏・山本敏倖・中山奈々


                  ■高橋修宏

                  1.回答者のお名前(高橋修宏

                  2.平成俳句について

                  ①平成を代表する1句をお示しください(皇(すべ)る手

                  ②平成を代表する俳人をお書きください。判断が難しいので2つに分けて結構です。

                  ➊大家・中堅(筑紫磐井
                  ➋新人(関悦史

                  ③平成を代表する句集・著作をお書きください。(  )

                  ④平成を代表する雑誌をお示しください。(  )

                  ⑤平成俳句のいちばん記憶に残る事件を示してください。(ネットと若い世代の胎頭

                  ⑥比較のために、俳句と関係のない大事件を示してください。(東日本大震災

                  3.俳句一般

                  ①時代を問わず最も好きな俳人を上げてください。(鈴木六林男

                  ②時代を問わず最も好きな俳句を示してください。(ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき(安井浩司) 
                  4.その他
                  (自由に、平成俳壇について感想をお書きください)


                  ■山本敏倖

                  1.回答者のお名前(山本敏倖

                  2.平成俳句について

                  ①平成を代表する1句をお示しください(しもやけしもやけまつさかさまである

                  ②平成を代表する俳人をお書きください。判断が難しいので2つに分けて結構です。

                  ➊大家・中堅(阿部完市
                  ➋新人(中村安伸

                  ③平成を代表する句集・著作をお書きください。(地動説・阿部完市

                  ④平成を代表する雑誌をお示しください。(  )

                  ⑤平成俳句のいちばん記憶に残る事件を示してください。(夏井いつきの登場

                  ⑥比較のために、俳句と関係のない大事件を示してください。(東日本大震災

                  3.俳句一般

                  ①時代を問わず最も好きな俳人を上げてください。( 橋 閒石 )

                  ②時代を問わず最も好きな俳句を示してください。(蝶堕ちて大音響の結氷期

                  4.その他
                   平成の上半期は、全体にのっぺらぼう的で、印象は薄い。しかし東日本大震災以後はその強烈なカウンターパンチにより、言葉自身の存在価値そのものを根本から見直さざるを得ない状況に陥り、深刻である。俳句もまた例外ではない。時事はあまり好きではないが、時事を通り越した天変地異は、通常の思考を変更せざるを得ない。不謹慎な言い方ではあるが、俳人にとってはある意味チャンスなのかもしれない。ピンチはチャンス。


                  ■中山奈々

                  1.回答者の名前(中山奈々

                  2.平成俳句について

                  ①平成を代表する1句をお示しください(なし。あと少し平成が続くので誰かが忘れ形見のように一句を残す。29年間を無視するように。それまでは決められない。

                  ②平成を代表する俳人をお書きください。判断が難しいので2つに分けて結構です。

                  ➊大家・中堅(森賀まり
                  ➋新人(大塚凱

                  ③平成を代表する句集・著作をお書きください。(佐藤文香『君に目があり見開かれ』

                  ④平成を代表する雑誌をお示しください。(「群青」

                  ⑤平成俳句のいちばん記憶に残る事件を示してください。(「俳句甲子園」

                  ⑥比較のために、俳句と関係のない大事件を示してください。(サリン事件

                  3.俳句一般

                  ①時代を問わず最も好きな俳人を上げてください。(江國滋

                  ②時代を問わず最も好きな俳句を示してください。(大学も葵祭のきのふけふ 田中裕明

                  4.その他
                  評論の書き手が増えてきた。良くも悪くも。

                  【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む5】「思ひ出帖」安里琉太



                   筑紫磐井氏は、2017年度版の『俳句年鑑』、「年代別二〇一六年の収穫―三〇代」の中で、西村麒麟氏を次の様に評している。

                   若くして老成、誰とでもつきあえるがしかし結構シニカル、自分を主張しないが独自の個性、という不思議な作家である。将来の俳壇の法王を虎視眈々と狙っている。(※1)

                   「俳壇なんて曖昧模糊とした不可思議なものを、如何に牛耳るのか、大げさだなぁ」と思いはしたのだが、それがどうしてはっきり否定出来ないのである。というのも、俳句賞が作品の優劣以上に、日々いくつも誕生し氾濫する俳句作品の中から「読まれうるべき作品」を掴みださんと作用しているのであれば、麒麟氏の受賞歴は、その「読まれうるべき作品」として何度も読まれてきたことを査証してやまないのである。「第一回石田波郷新人賞」、「第五回田中裕明賞」、そして今回の「第七回北斗賞」という具合で、そのどれもが注目されている賞であることなど言うまでもない。
                   早速、今回の受賞作である150句「思ひ出帖」の作品をいくつか鑑賞していきたい。

                    鯖鮓や机上をざつと片付けて
                    「机上」の落ち着かない感じから「ざつと」が気持ち良い。鯖鮓が食べたくなる。

                    鱧食うて昼寝の床に戻るのみ
                    ついでに昼風呂、昼酒もついて。こんな暮らしがしてみたい。

                    初雀鈴の如きが七八羽
                    周りが逆に静かに思えてくる不思議。

                    大鯰ぽかりと叩きたき顔の
                    大きいと苦労するのね。

                    あやめ咲く和服の人と沼を見て
                    あやめ、和服。そのあと沼ときて驚く。

                    呉れるなら猫の写真と冷の酒
                    「冷し酒」じゃなくって「冷の酒」ってのが粋なんですよ、はい。

                    草市や早めに夜の来る町に
                    そうそう。いつ来ても、やけに早いの。

                    盆棚の桃をうすうす見てゐたり
                    ずっと見てると怖くなってくる。

                    水浅きところに魚や夕焚火
                    火に照らされて、ちらちら光る。

                    早蕨を映す鏡としてありぬ
                    これ好きな句です。

                    蛤の水から遠く来たりけり
                    あの水も今はどうしているのやら。

                    天牛の巨大に見えてきて離す
                    字ずらも相まって、くわばらくわばら。

                    花鋏いくつもありぬ梅雨の宿
                    こんなにあっても使うものは使う。

                    少し寝る夏座布団を腹に当て
                    ひんやりして気持ちいい。

                    扇風機襖を開けて運びしは
                    さあ、どいたどいた。なんていうほど人もいない。

                   150句のうちの好きな句のいくつかを読んでみたが、あらためて思ったことは、麒麟氏の俳句を長々と論じる難しさと、そのように鑑賞されることの珍しさである。麒麟氏の俳句の読まれ方は一文から三文ほどが多く、webマガジン『スピカ』にて氏が長く連載している「きりんの部屋」さながらであると印象している。私は、こうした氏の俳句の読み方と氏の俳句の読まれ方の一貫した点に、強い特異性を感じる。それは、作品の観点が「上手下手」というより「好き嫌い」にあり、抒情というより情緒の側から呼びかけを行っているからではないかと、今しがた「150句のうちの好きな句を…」と書いたあたりで思い立ったのである。
                   だから、どれこれの句を取り上げて突いたところで、一句ずつとその連なりに立ち上がる情緒の前では大した批判にならないし、一方で「批評」らしきものを正面切って行おうとするとヤボに見えるのではないかと、寧ろ手前が危惧することになる。そうしたうえで、氏への俳句は、一度読み手の懐に潜り込むと、好きな俳句とそうでもない句という基準の上で、しかしはっきりとポジティブな印象に近づく力学を働かせているのではないか、などと陰謀論に憑りつかれたように書くこの批判めいた文章も、やはり氏の俳句にまで到達しないのであった。
                   ただ、そうした一句一句の単位と違い、句集全体となるところで、仙境的な世界の色を強めている点も着目すべき点だろう。以下は、第一句集『鶉』が発刊されたときの特集で書かれたものだ。

                  ・【西村麒麟『鶉』を読む8】へうたんの国は、ありません/久留島元
                  https://sengohaiku.blogspot.jp/2014/02/kirin4kurusima.html

                  ・【西村麒麟『鶉』を読む16】理想郷と原風景/冨田拓也
                  https://sengohaiku.blogspot.jp/2014/03/kirin8.1.html

                   こうした文章になされた「ユートピア的な場所」からは、師の長谷川櫂氏を彷彿とせざるを得ない。それは、『震災句集』(中央公論新社.2012)への批判によって顕在化した印象のあるそれである。

                   長谷川櫂は俗とリアルとの最終的な和睦を信じて疑わず、それこそが『震災歌集』『震災句集』を生み出した。しかし、それらが結果として行き着くのは、むしろリアルから遠い場所にある俗っぽい楽園に他ならない。それどころか、俗とリアルとの根源的な親和性が最後まで疑われなかったからこそ、まさしくその幻想から、作品は完全なファンタジーとしてかたちを得たのだ。(※2)

                   ここで言われる「リアル」と「現実」という言葉の違いに留意しつつ、句集の上に俗っぽい楽園が創出される点においては、『鶉』は非常に良く似ている。それでも両氏が、決定的に違うのは俗の質であろう。前者の句が、俳句という地点に回帰してゆくのに対し、後者の句は「私」に回帰するところにある。
                   冨田氏の指摘する通り『鶉』において、麒麟氏の「ユートピア的な場所」は故郷の「尾道」とよく似たように書かれる。麒麟氏の楽園、言わば「ユートピア的な場所」は、俳句的な美学が保全される閉ざされた空間とは対照的な、故郷やあらゆる土地と地続き、或いはパラレルにある楽園なのである。
                   
                   満員電車の中では、できるだけ楽しい、愉快な事を考え、空想の世界に遊ぶようにしています。地獄のような環境で、これでもかと地獄の句を作ると言うのは僕には向きません。僕は耐えに耐え、ポッキリ折れるまで我慢するタイプですので、そういう俳句の作り方をしていると、そのうち病気になり、倒れ、不幸になるでしょう。電車の窓から少しだけ外の景色が見えます。空や雲や川が見えます。僕はそこで遊んでいる空想に耽ります。外を見る事すらできず、地獄の亡者のようなおじさんの顔しか見えないときは、目を閉じて空想を広げて遊びます。もし僕が俊寛だったら、清盛が釣りをするとしたら、蕪村の絵と鉄斎とどっちの絵に住みついたら楽しいだろうか。明日遣唐使に任命されたらどうしよう。休日には近所を散歩することが多いので、その時に見た事を思い出すのも僕の遊びの一つです。(※3)

                   裕明賞受賞に際した麒麟氏の文章を引用したが、ここで言われる遊びは、受賞作「思ひ出帖」にも顕著であった。

                    俊成は好きな翁や夕焚火
                    朧夜の敦盛として笛を吹く
                    虚子とその仲間のやうに梅探る
                    起し絵の清水一角雪を踏み
                    丈草と過ごす夜長を楽しみに
                    端居して平家の魂と苦労話


                   麒麟氏の俳句との向き合い方は、虚子の「極楽の文学」を思う。そういう点で、あくまで地獄を対置した麒麟氏の楽園は、「秋晴や会ひたき人に会ひに行く」、「この人と遊んで楽し走り蕎麦」などの「私」と対象とにおいて関係が紡がれる慈愛に満ちた広がりを持って編まれる。この地平において、今一度『鶉』と「思ひ出帖」とを読み比べたい。まず、楽園と地続き、或いはパラレルにある地名を並べてみたい。

                    大久保は鉦叩などゐて楽し     『鶉』
                    深空よりあきつの湧ける信濃かな
                    いきいきと秋の燕や伊勢うどん
                    ユトリロに見せたき夜の銀座かな
                    上野には象を残して神の旅
                    人知れず冬の淡海を飲み干さん
                    鎌倉に来て不確かな夜着の中
                    初晴や西国は山愛らしく
                    燕来る縦に大きな信濃かな
                    かたつむり東京白き雨の中
                    若竹の北鎌倉も雨ならん
                    東京へ再び青き山抜けて
                    夕焼雲尾道は今鐘の中


                  『鶉』では、地名が一句の中心にある場合が多かった印象だが、「思ひ出帖」では、地名と季語との出会いから句が広がりへ向かう印象がある。以下、「思い出帖」から抜粋。

                    賀状書く京の住所をつらつらと    「思ひ出帖」
                    涅槃して干物の国の駿河かな
                    東京を灯して東をどりかな
                    秋風に押されて伊勢へ参らんと
                    穭田の千葉が広々ありにけり
                    金沢の雪解け水を見て帰る
                    太陽の大きな土佐や遍路笠
                    遍路笠室戸は月を高く揚げ
                    朝鮮の白き山河や冷し酒
                    盆唄に絶頂のあり佃島
                    金沢の見るべきは見て燗熱し
                    栃木かな春の焚火を七つ見て


                   改めて『鶉』を読み直してみると「嫁がゐて四月で全く言ふ事無し」のような愛妻句がポジティブな位置にある一方で、「金魚」はすこし寂しく書かれる。ただ、「思ひ出帖」においては、その愛妻句と金魚とが一緒になる句がある。

                    なつかざる秋の金魚となりにけり  『鶉』
                    いつまでも死なぬ金魚と思ひしが


                    妻留守の半日ほどや金魚玉     「思ひ出帖」
                    秋の金魚秋の目高とゐたりけり
                    少しづつ人を愛する金魚かな
                    墓石は金魚の墓に重からん
                    金魚死後だらだらとある暑さかな


                   ここに、慈愛によって対象との関係が紡がれ広がってゆく麒麟氏の楽園の一抹を見る事が出来る。今後も広がる楽園を楽しみに、私もまた地獄の満員電車のなかで、麒麟氏の楽園を開いて遊ぶのである。

                  (※1)筑紫磐井「年代別二〇一六年の収穫―三〇代」『俳句年鑑2017年版』、KADOKAWA、2016年108頁。
                  (※2)福田若之「楽園世界の構築原理 長谷川櫂の一貫性」『クプラス 第一号』、クプラスの会、2014年、102頁。
                  (※3)西村麒麟「受賞記念特別寄稿 ぼんやりと幸福な」『ふらんす堂通信141』、ふらんす堂、2014年。