2023年8月25日金曜日

第209号

             次回更新 9/8




救仁郷由美子追悼《追加》①  大井恒行・筑紫磐井 》読む

関東大震災100年に思う  筑紫磐井 》読む


■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和五年花鳥篇
第一(7/14)五島高資・杉山久子・神谷波・ふけとしこ
第二(7/21)山本敏倖・小林かんな・仲寒蟬
第三(7/28)辻村麻乃・竹岡一郎・早瀬恵子・木村オサム
第四(8/12)小野裕三・松下カロ
第五(8/18)望月士郎・曾根 毅・岸本尚毅
第六(8/25)中村猛虎・渡邉美保・なつはづき・小沢麻結


令和五年春興帖
第一(6/9)仙田洋子・大井恒行
第二(6/16)杉山久子・小野裕三・神谷 波・ふけとしこ
第三(6/30)山本敏倖・小林かんな・浜脇不如帰・仲寒蟬
第四(7/7)辻村麻乃・竹岡一郎・早瀬恵子・木村オサム
第五(8/12)望月士郎・浅沼璞・曾根毅・岸本尚毅・中村猛虎・花尻万博
第六(8/18)渡邉美保・なつはづき・小沢麻結・堀本吟・眞矢ひろみ
第七(8/25)鷲津誠次・下坂速穂・岬光世


冬興帖及び歳旦帖の追加(小沢麻結)

■ 俳句評論講座  》目次を読む

■ 第35回皐月句会(4月)[速報] 》読む

■大井恒行の日々彼是 随時更新中!※URL変更 》読む

俳句新空間第17号 発行※NEW!  》お求めは実業公報社まで 

■連載

【渡部有紀子句集『山羊の乳』を読みたい】⑨ 一句鑑賞文 秋谷美春・堀内裕子・千田哲也 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(37) ふけとしこ 》読む

【連載】大関博美『極限状況を刻む俳句 ソ連抑留者・満州引揚げ者の証言に学ぶ』を読む② 》読む

句集歌集逍遙 岡田由季句集『中くらゐの町』/佐藤りえ 》読む

【抜粋】〈俳句四季6月号〉俳壇観測245 黒田杏子 ——俳句に命をかけ、一心不乱に走り回りついに斃れた人

筑紫磐井 》読む

英国Haiku便り[in Japan](38) 小野裕三 》読む

【豊里友行句集『母よ』を読みたい】② 豊里友行句集『母よ』書評 石原昌光 》読む

北川美美俳句全集32 》読む

澤田和弥論集成(第16回) 》読む




■Recent entries

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい インデックス

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい インデックス

加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい

眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい インデックス

葉月第一句集『子音』を読みたい インデックス

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麒麟第2句集『鴨』を読みたい インデックス

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前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井 インデックス

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

およそ日刊俳句新空間 》読む
…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
8月の執筆者(渡邉美保)

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子




筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

関東大震災100年に思う  筑紫磐井

 大正12年(1923年)9月1日に関東大地震が発生した。

 この直後、俳句雑誌ホトトギスも特集を組んでいるが、それは写生文特集であって、俳句については発表されていない。この理由を虚子自ら語っているが、いかにも虚子らしい発言である。


  「此間一寸京都へ行つた時、新聞記者が尋ねて来て、千載一遇の大地震に御逢ひでして、定めて名句が出来ましたらう。と言つた時、私は変な感じがした。第一地震が俳句になるか知らん、と考へた。今迄俳句を考へたこともなかつたが、改めて考へてみてもどうも俳句になりさうに思へなかつた。あの殺風景な大破壊、少しも趣味のない、どこをどう考へても俳句にはなりさうもなかつた。・・・併し、此間出逢つたやうなあの破壊力の強い地震、あんな地震になると短い俳句で何が描かれやう、何が歌へやう、全く殺風景といふ一語に尽きるやうに思ふ。さういふ場合に名句を作るといふやうな芸当は私にはできない。由来大事の場合に句を作るとか歌を読むとかすることはよい加減のものでめ(「あ」の間違い)る。其は俗間に喧喧するには足りやうが、実際碌なものが出来る気づかひはない。「いいへ、句なんか出来ません。」と答へたところが、其記者は物足りなささうな顔をして居つた。新聞記者としては物足りなく感ずるのは尤もである。是非一句名句らしきものを吐いて世間をやんやと喝采せしむべきであつたらう。」


 俳句では地震を詠むべきではないといっているのである。俳句は詩趣を詠むのであって、事実を詠むものではないと述べている。しかしこれには続きがある。


 「余談は扨置き、其は俳句についていふことで、文章は又別である。土地の震動、家屋の倒壊、大火災、其間を逃れ出でんともがく人間の焦燥狂態其等を描き出すことは文章の擅場であつて、所謂千載の一隅に際会して、何ぞ椽大の筆を振はざるである。写生文家が平生練り来つた写生の伎倆は斯ういふ時にこそ役に立つべきである。かゝる意味で、少々世間の雑誌の震災記事が鼻につき加減であるに拘らず、敢て本誌にも数篇を採録した所以である。尚ほ次号にも普羅句君のをはじめ秀でたものがあれば之を載せ度いと思ふ。」


 虚子自身、その主張通り地震に関する俳句は作っていない。ホトトギスにおける地震に関する俳句の記録は二つしかない。一つは一〇月十四日に開かれたホトトギスの臨時句会である。「秋晴れ」「秋日和」の題で、震災の句も出されているがおよそ緊迫感のない句ばかりである。

 これに対して、永田青嵐が特別作品を発表しており、地震そのものを興味の対象として詠んだもので「震災俳句」と言うにふさわしい。ホトトギス句会の句と比較しても切迫感が表れているので抄録して示す。なぜ青嵐が震災俳句を読んだかと言えば、実は彼は公選の東京市長であり、震災復旧の陣頭指揮をしていたからである。


[ホトトギス大正十三年二月「震災雑詠」より]

    避難者市役所内に充満す。妊婦数名有り。

  市役所の庭に産まれぬ露の秋

    水道の水絶えて避難者皆梨を喰ひて渇を医す。

  梨齧り乍ら生死の巷行く

    市役所の庭にテントを張りて事務を執る。

  秋雨やテントの中の松の幹

    市中を巡視す。

  秋風や家焼けたるに閉す門

    浅草寺

  天の川の下に残れる一寺かな

    本所被服廠の死者三万七千余に及ぶ。

  秋風や顔を背けて人不言

  屍焼く煙や秋の江を隔つ

    馬場先門内

  バラックに人生きて居る野分かな

    江東二区は行衛不明の人多し。

  焼け死にし児とは思へど月の雲

    迷子収容所

  残る児に連れ帰る児に秋の風

    災後人心荒ぶ

  秋の風互に人を怖れけり

  明月に激せる人の瞳かな

   罹災者は多く山の手又は郡部に避難し或は故国に帰る。

  子を連れて寄食する家の柿赤し

    災後失職者多し。

  秋風に人夫の顔の白さかな

    震災を怖れて庭に寝る家多し。

  庭に寝て月孕む雲怖ろしき

  蚊帳釣りて余震侮る女かな

    市中雑観

  行秋や止まりし儘の屋根時計


 ここで内幕話をしておきたい。何故青嵐の連作だけが掲載を許されたのであろう。実この時同時掲載された「震災雑録」に秘密がある。おそらく虚子は、「震災雑詠」に写生文を加えて「震災雑録」とすることをもって青嵐の句の掲載の条件としたのではなかろうか。虚子は、俳句を掲載したのではなく、写生文「震災雑録」を掲載したという整理がついたのであろう。時の東京市長永田青嵐だといって虚子は媚びるようなことはしない。自分の論理を最大限に尊重したのである。

「震災雑録」の一部を抜粋しよう。


[ホトトギス大正十三年二月「震災雑録」(八)]

 江東二区は行衛不明の人が頗る多い、一家族全滅したと思はるゝのも亦少なく無い、山の手の家は倒れ無いのが仕合せ、下町の家は焼け無いのが仕合せ、江東の家は死なないのが仕合せと云はれて居た、其生き残つた人々が毎日幾十組とも無く被服廠跡に来て親や子供の屍体を捜がして居たが黒焦となつた屍は全く何人とも見分けが付かぬ、偶には入歯の様子を見て親だとか子だとか云つて推定するのもあつた、大概一週間も捜がして見て見当らなければ仕方なくあきらめて仕舞つた、燐火深更に焚えて鬼哭啾々、雨の晨月の夕、彷彿として枕頭に立つは誰そ。

  焼け死にし児とは思へど月の雲


[同(十九)]

 人間と云ふ者は非常の時に遇へば極端なる善悪の両面を遺憾なく発揮するものである。人類相愛の至情が極めて美くしく発露するかと見れば更に我利憎悪の醜き方面も亦遠慮なく暴露される。十七世紀の倫敦の大火にも仏人放火の流言があつた、今度も亦鮮人放火の蜚語が伝はつた、浅猿しいものは人間である、人間は到底神様が無くては生きて行かれない。

  秋の風互に人を怖れけり

  明月に激せる人の瞳かな


 読み応えのあるルポルタージュとなっている。


(震災直後の写真を100年ぶりに我が家で見つけたので添付しておきます。当時震災基金募集のため新聞社などが中心となりこうした写真を頒布したもののようです。特に地方からの寄付に期待したようで、生な写真が効果的であったようです。

 祖父の勤めていた日本橋の呉服店では店内で注文を取り写真館が届けたと記録にあります。頒価は1円20銭でした。その呉服店は焼けずに商売を続けたようですが、震災後の不況でしばらくして潰れたようです。)

銀座通り

東京駅付近

小川町

人形町通り

茅場町より日本橋

上野駅

愛宕山か?


【渡部有紀子句集『山羊の乳』を読みたい】⑨ 一句鑑賞文 秋谷美春・堀内裕子・千田哲也

 夜店の灯にはかに玩具走りだす   有紀子

 縁日の参道、境内には様々な露店が軒を連ねるが、中でも玩具を売る店は、いつの時代も子供達の興味の中心であろう。露店で売られる玩具には、普段デパート等では見かけないものも多く、非日常的な感覚を覚えるが、日が暮れて灯が灯りだすと、まるで時間を超越したかのような異郷感も強まってくるから不思議である。

 掲句は、子と一緒に露店を覗く作者だろうか。不思議さと如何わしさが綯交ぜとなった夜店の灯の下で、乗物あるいは動物の玩具の一つが不意に走りだす。瞬間、驚きに満ちた作者の視点は、かつての子供時代へ時を遡り、子の視点と一体化している。夜店の灯は魔法である。

秋谷美春  
(「天為」2023年6月号より転載)


土のこと水のこと聞き苗を買ふ  有紀子

 花屋に勤めていた。花を詠むのも、詠んだ句を観賞するのも好きである。 この句に出会った時の衝撃は忘れられない。句集から、飛び込んできた。いい!大好き!と思った。だって、春に向かって咲く花の、苗を前にしたワクワク感!花好きなら感じられない人はいないでしょう。本人がお店の人に土のことや水のことを胸踊らせて尋ねている姿が浮かんできませんか?(売る側もワクワクです。)  

 土のこと水のこと、この、「のこと」のリフレインもなんだか可愛らしくて。いつも素敵で、お茶目で時に厳しく私達を叱咤激励して下さる先生、これからも楽しみにしております。

堀内裕子  
(「天為」2023年6月号より転載)


 アダムよりエヴァの背高し聖夜劇  有紀子

 そこか。そこなのか…。はっとして、その後ぷぷぷと笑みがこぼれる。

クリスマスの季節に子供の頃、学校や教会で降誕劇に参加したり、子供やお孫さんのを観に行かれたことのある方もいらっしゃるのではないだろうか。神様は駄目と言うのに、アダムより背の高いエヴァ役の子供が、アダムさん、ちょっと来てこの実を食べてみて下さいよ、と恐ろしいことを可愛らしい声で言うのである。

 アダム役とエヴァ役の子供の背の違いに着目するなんて。

 子どもを持つ身として、子どもを詠みたいのだけれど、凡庸になってしまうことが良くある。渡部有紀子の真骨頂をここに垣間見た。  

堀内裕子  


飛び込みし鳥の重さや花万朶   有紀子

 花万朶という美しい季語。柔らかな午後の陽光、枝垂れにはすでに数多の花が付いて、まさに春爛漫。美しくも長閑さに眠気を催したところ…… 突如、飛び込んで来た鳥は目白だろうか。

 大きくない鳥が、枝はずいぶんとたわんだ。そのたわんだ分が、まさにちょうど自分の重さであることが明らかになれば、開ききった花たちは笑うように揺れ、花びらの二、三片がゆっくり落ちていく。

 貴人たちの遊びに入り込んだ田舎武者の無骨さ、あるいは現代的にいうならば、背広姿の男性がランチタイムのカフェに飛び込んでみたら、女子たちでいっぱいの店内、お喋りがいっぱいに咲いていてる。大きな体を小さくしても、似つかわしくない服装、体の大きさの「バツの悪い」さま、クスクスと笑う声…。

 美しくも退屈になりがちな春爛漫の華やかさは、ユーモアをふくんだ一幕によって、新鮮に蘇る。

千田哲也  


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【執筆者プロフィール】
秋谷 美春(あきや みはる)
 昭和59年生まれ。島根県出雲市在住。
 平成28年 天為俳句会入会
 令和4年4月 第6回芝不器男俳句新人賞 一次選考通過
 令和4年9月 天為俳句会同人推薦

堀内 裕子(ほりうち ゆうこ)
 2020年より作句開始。「天為俳句会」会員。神奈川県在住。

千田哲也(ちだ てつや)
 1969年生まれ。鎌倉の「カフェ・エチカ」店主。2021年より作句開始。「カフェ・エチカ俳句の会」および「天為湘南ゲスト句会」にて、俳句を発表中。

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(37)  ふけとしこ

悦子先生

蛇の髭の花庭椅子をちよつと借り

臼の木に残る赤き実はつあきかぜ

礼状へ貰ふ礼状涼新た

長逝の人よ芙蓉はけふも咲き

萩揺れてほろ酔ひ脱輪みな時効


・・・

 以前、何でも貸して、貸してと言って来る人がいた。大根2センチぐらいでいいから、小麦粉盃一杯程でいいから、トイレットペーパーを……、ティーバッグ1つお願い……。日常的にこんなことがあった。

 ある時意を決して(オーバーだが)彼女に言った。「貸してっていつもあれこれ持って行くけど、あなたから返して貰ったことが無いよね?」

「え? 返して貰おうと思って貸してくれてたの?」

 これにはちょっと吃驚。いくら小さな物でも借りた物は借りた物だろう。

 今回〈蛇の髭の花庭椅子をちよつと借り〉を書いたことから思い出したことなのである。この物を借りることもそうだけれど、以前〈山荘へ水借りに寄る云々〉という拙句に対して「おかしいよ、どうやって水を返すの」とメールをくれた人があった。考えてしまった。ペン貸して、だったら返せる。傘貸して、これも返せる。知恵を貸して、返せるか? 確かに水を貸して、というのはおかしいかも知れない。実際にあの時は庭先で手を洗わせて貰っただけだったのだけれど、お手洗いなども借りるということがある。使わせて頂きます、というのが本当なのだとしても。

 冬田の中でゴルフクラブを振っていた人があった。あれだって田圃を借りたってことになるのでは? だんだん分からなくなってきた。

 気に入りのワンピースがあった。それをクリーニングを失敗したといって、二度と着られない状態で返されたことがあった。しつこさに負けて貸した私が悪かったのだけれど、本当に好きな洋服だったから、思い出しても悔しい。

 お人好しにも程があるとはこのことだった。          

 (2023・8)

救仁郷由美子追悼・追加➀  大井恒行・筑紫磐井

  救仁郷由美子全句集のため、私(筑紫)の手元資料でまとめていたが、さらに大井恒行氏に琴座の不足資料を集めていただいたので追加として掲載する。

 これらは「豈」66号でまとめて掲載したいと思う。


●琴座 昭和62(1987)年1月号・422号

以下、耕衣選会員欄「琴座集」より

黒髪のむかしコスモス咲きにけり

火祭や少年固き頬もてり

風吹けり街を移せる酒瓶よ

温もりを肩にふれさす神無月


●琴座 昭和62年2月・423号

子の咳にめざめし部屋に(あかり)あり

大晦日吾子の泣きたる険しさよ

日溜りの白き冬薔薇恋しかり

吾子たちの裸足は白し霜柱


●琴座 昭和62年3月・424号

うたたねに冬日浴びたる黒表紙


●琴座 昭和62年4月・425号

暗闇のシグナル今は昔かな

老夫婦重なる手と手風の春

去年の傷赤き瑕瑾は風に病む


●琴座 昭和63年2月・434号

木々生きしなお緩慢に刻印(こくしる)

木々朽ちて死骸斜めにたたずあり

暗き島ひそひそと声連座する


●琴座 昭和63年3月・435号

寒風に赤き糸干す部落あり

降誕祭ぼんやり街が見えている

凍夜なりあえぬあえずと影を踏む

地球にて折笠美秋自転せり


●琴座 昭和63年4月・436号

まなざしはいのちを愛でる屠殺人

芽ぶくいま親のなき子の処女懐胎

 野原にて乞食のすする白き麺


●琴座 昭和63年5月・437号

地を這いて遊びし吾子に花なずな

確執は振りほどけども菜種梅雨

春の雪あすこすみか隠しおる


●昭和63年6月・438号

五月いま植物園を棲家とす

桜道呼べど応えぬソフト帽

満天星の花は静穏落涙せり

縁側に花瓜草と足の裏


●琴座 昭和63年7月・439号

黒猫は(から)の巣箱を追憶す

満月と黒き猫とが影をうむ

恋猫よ仮の宿での宙ぶらり

緊密に恋猫一夜を鳴きとおす


●琴座 昭和63年8月・440号

六月に逝くは船長の喉仏

悲しみ故ふたつながらも分かちえぬ

黄水仙ナルシスいまも花弁なり

五月死す薔薇の深紅とアフロディテ

土に臥すゴッホの頭上鶫飛ぶ


●琴座 昭和63年9月・441号

昼下がり抜歯サディズムと思いけり

人肌のとどかぬ温み記憶せり

半島に灯火反映す黙すひと

鳳仙花朝鮮咲きし子守歌


●琴座 昭和63年10月・442号

すだれさげ戦争語る八月よ

盆が来て母の笑顔は遠かりし


●琴座 昭和63年11,12月合併 443号

まどろみて昭和ののちの首都の雨

野に死して怒れる喉に痛みあり


●琴座 昭和64年1月・444号

生臭い肩先の冷えとけぬ日々

夢盗人泥地の海に潜んでる

夕映えに夢をかぞえて貼りつけし

何は無しプルトニウムと地獄絵師


●平成元年2月・445号

乾いた空眠れぬ夜明けの呼吸する

玄米の一膳飯と暮らす仲

宙返りの風のたまりに狐鳴く


●琴座 平成元年3月・446号

年越しに年男年取りて待つ忘却

老醜はスタンプなりし詩人を愛す

冬富士の見やる乞食も重ね着し

暖冬も飢えをかかえて眠る山羊

子は眠る明日は幾重も与えたし


●琴座 平成元年4月・447号

空虚空間白い光・は埋めがたし

座蒲団に(ヨル)もろともに沈殿す

人生きて言語の呪縛刺繍哉

夢を喰い東西南北走りゆく

裸身ただ私のために号泣す


●平成元年9月(452号)

夕暮れと犬の瞳が静止する

底辺の身すぎ世すぎに夢を張る

錠音の恋しき夜やこがねむし

少年のゴム長靴と積乱雲

死二カケコオロギ靴ノナカニ居ル


●平成元年10月(435号)

人肌が交じり合う丘祝祭す

靴底の律動(リズム)に生きる(カラー)たち

ダンシング食物たちのつつましさ

猫を抱く肥大する感触遊ぶ疲れ

待つ忘る夜の呼吸が深くなる


●平成2年2月・456号

琴座集

二ツ影一筋の道シリウスよ

カシオペアと語る道元案内人

うろうろと夕ぐれ時の冬木立

不可解な横着貼ってすれ違い


●平成2年 3月・457号 

這賊集

つれそうてきたゆめかいな暖かですか

瑠璃色の更紗持ちたるつたなき指

美しき瞳を結ぶ金星食

二つ影ひとすじの道シリウスよ

カシオペア語った道元案内人


●平成2年4月・458号

這賊集

湯ぶねに浮かぶ記憶の父の薬指

甲ぬぐ無言の昼のねぎぼうず

来ん春と首都は煙りてかゆの朝

国境に足踏み夢踏み影を踏む

ダダダダだ直接性を生きた兄

琴座集

大寒と靴下の穴板を踏む

窓ごしの沈丁花揺れ遠かりし

ねぎ切ってツグミ啼く朝恋うるひと

生活句句苦と笑いて逆さ富士


●平成2年5月・459号

這賊集

    折笠美秋の死

美秋亡く地上の朝は寒風や

ひとりゆく美秋の(くち)の赤き血よ

肩の影肉体に棲むしかないよ

呼べ呼べ言の葉震え涅槃へ届く

情を切った包丁転がる夏座敷

琴座集

空間と時の座標に友すわる

校庭の空は真空ボール蹴る

雛供に父の消した春がすみ

銀河よ死の灰積もる青き空

死滅の影に何億年と自浄せる


●平成2年6月・460号

(きびす)きびきびぐるり回って遠くの列車

山査子をおしえてくれる日約束げんまん

まっすぐに運命線たどる朝

五月雨に黒猫消えて抱くものなし

青葉若葉ただすみれ色のパラソル振る


●平成2年9月・463号 

這賊集

四ツ頃のマダラガガンボ厠の死

日輪に無知なることを愛されて

野に転びてゆきあいの空眺めし裸軀

黒繻子と黒子沈めし真夏日よ

大星雲讃歌に寝入る宇宙かな

琴座集

月蝕に意味づけですよ鳴くふくろう

地底都市冷シ冷シテ福笑イ

白々ト見入ル極楽地獄哉

向日葵畑まどろみて眩暈少年兵


●平成2年10月・464号 

「這賊集」(これより這賊集のみ)

アメリカンポップスに各駅停車見送る朝

ガラス箱無機質となる薔薇職人

夕日照る日螺旋階段に見つけた真理

夏の少年よ自転車の影弧を描く

世紀末時計の針はゆるり落下


●平成2年11.12月・465号

日没に私は羊はぐれけり

父は亡く独楽描きて盆の月

中秋にヒトガヒトデアル白キ団子

彼岸中日参る墓なき人外地(じんがいち)

脳髄に届かぬ私信無明かな


●平成3年1月・466号

(平成2年度同人自選欄作品3句)

林根は未央の体内へ降下せり

月蝕に意味づけですよ鳴くふくろう

日輪に無知なることを愛される

這賊集

瘋癲と芋の葉落とす秋の空

枯れ草やおいてけぼりの緋の輪舞

松葉杖ゆうらりゆれて地を叩く

悔し涙お手てつないで暮れ初む

松の木に半分の背丈車椅子


桜茶や一期一会の湯気にあう

盲て後薔薇数本の恋慕かな

無月哉月光水系ヲ直下セリ

口径に煮え立つスープ月下なり


●平成3年2月・467号

水魂に三日雨降り行方しらず

いきうるもゆくも天啓霜月夜

雑踏に失くした刻の玻璃絵かな

神無月の蚊のスローテンポの飛翔なり

振り向いた指切りげんまん新月や


●平成3年3月・468号

透いた月失くした日輪格子窓

戦争が遠く並んだ炬燵あり

世紀末うかれごころよ地獄絵図

命・生・物見守る岸辺無音絶叫

反戦は戦争の尻尾雪野原


●平成3年4月・469号

殺戮サ無防備ノ肩春ノ月

少年ノ一筋ノ放尿大西日

昔黒い畦道をぶらさがった片腕

東方に土地肌の山の山火事

ナーバスに航海者油まみれの朝


●平成3年5.6月・470号

脳髄が雑念に縛られるや静止駒

昼寝覚黒塗りの皿の桜餅

皆みんな東西南北忘却日

肩連ね詐欺師蔑む贋金作り

緑の西天使に成りそこねた婆ひとり


●平成3年7月・471号

青キャベツに問うチェルノブイリの不明確

放射能検知器の針振れ(クウ)無常

陽は透けり汚染未だに手配中

五感感知不能成麦畑

相生の萌ゆる時空や墓にて十四(トセ)


●平成4年1、2月(474号)

(平成4年より、隔月刊、耕衣、左大腿骨骨折により、平成4年10月~12月休刊)

夕闇に白色つみつつ暮れる雪山

夢巡る凍土深く種子の内包

萩の野に生酔無死の小屋一軒

身の丈の花と遊びし泣き虫子

満月に解決不能はびこれり


●平成4年5、6月・476号

青空の真大の記憶石仏

杏咲く歴史が問いかける私事

バロックの気取りに嵌まるコーヒーの香

向きなおって日本茶すするおとし穴

地球自浄三億年後の春夏秋冬


●平成4年9、10月・478号

青海が死刑執行行使する

水包む少年のうつぶせのゆらめき

少年ノ死沖縄二波ヲ打ツ

脳髄よ少年の死を生きる罪科

生誕の災禍を担う青い女


●平成4年11、12月・479号

昨日の続き今日であることの一番星

ミルクに溺れるアリ飲んだアフリカ

紺青の森失ないて後止血

ふとった春毛虫が残す脂道

月明りにポロンと自刃転がせり


●平成5年1、2月・480号

白布巾尻切れとんぼの枕元

月は黒い鳳仙花の黒い泥

ぼったりと土に包まる核の冬

川面写る手と手といろはにほへとかな

毒・毒・と夢の手ざわり死線越ゆ


●平成5年3,4月・481号

うそ話千夜続いて首括る縄

手懸りは白い光と日々が過ぎ

直線に肉体の痛み梅の花

舟形の月おとぎばなしへ北半球


●琴座 平成7年11・12月(496号)

日輪と根っこ野仏眺めたり (訂正)


冬興帖及び歳旦帖の追加(小沢麻結分)

 冬興帖及び歳旦帖への追加を次の通りいたします。冊子「俳句新空間」にも追加させていただきます。


小沢麻結

【冬興帖】

大根干す雨降山の晴れ渡り

猫島と呼ぶほどに猫小春風

冬の湖透けて緑のプランクトン


【歳旦帖】

ものかげを出でものかげへ初鴉

初仕事バスを待つ空明けはなれ

寅治朗よりとや解く懸想文