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2024年9月27日金曜日

【加藤知子句集『情死一擲』を読みたい】➀ エロスとタナトスとの狂想曲  藤田踏青

  句集の跋文にて竹岡一郎氏が真摯に正攻法で作品に対峙され、「此の世と彼の世を、・・・あるがままに・・・」と解明されたことで総てが言い尽くされていると思われると共に、それが氏の作者への遺言であるかのようにも思われる。

 私としては作者の〈あとがき〉から逆算的に句集を眺めてみたいと考えた。つまり句集名の『情死一擲』が、映画「華の乱」に触発された〈首筋に情死一擲の白百合〉に拠るという自解からである。此の映画の主人公は波乱に満ちた与謝野晶子であるので、白百合は彼女を暗示していると共に、有島武郎・波多野秋子との情死も重ね合わせていると思う。

 そこにエロスとタナトスとの狂想が認められる。

 エロスを象徴する句としては


   太腿に金の雨降る野のあそび

   引き籠もるとは貞操帯の冷まじき

   生殖器春泥こびりついてをり

   ほと深きところに卍春は傷


 肉体に関する「太腿・生殖器・ほと」などの性の直截的な語彙や、それに関連する「貞操帯」などの語彙への嗜好は作品に頻出している。それらの性・エロスは生への欲動であり、絵画や音楽のように感覚そのものが作品となっているかに。

 生の欲動であるエロスに対して、死の欲動であるタナトスは対立して存在しているのではなく、ここではお互いに抱き合った存在となっている。それは、肉体という概念が人間性全体を覆えない限り、生・エロスと死・タナトスは意識界の外に存在するからであろう。タナトスを象徴する句としては


   冬銀河輪投げのように逝くことも

   華よ血の香りよ虹に髪浸らしめ

   丹塗矢を受け立つ椿流れ着け

   首筋に情死一擲の白百合


 日常的な意識層をかき回すだけの詩への否定が、非日常のタナトスへと色彩的な視線を投げかけているのであろう。


   宇気比にかけ志士冴え返る水鏡

   鏡像は花咲く森の死のむこう

   青葉若葉詩にただようは死ねの声


 神風連への言挙げの作品であるが、作者はそこに西南の役との通底として、文学的な情死・心中を認めている。私はそこに更に秋月の乱を加えたい。というのも、肥後・薩摩・福岡といった九州の〈場〉というものの共通項を考えるからである。それを位置づけるには、存在根拠を述語=場所と無のうちに見出した西田幾太郎の〈場所の論理〉が最適であろう。西田は次の様に述べている。


 「ふつうわれというも物と同じく、種々の性質を含んだ主語的統一と考えられているが、われとは主語的統一ではなくて述語的統一である。一つの点ではなくて、一つの円である。物ではなくて場所である。」(『場所』)


 そしてこの場所が無の場所と呼ばれるのは、それが存在=有の反対の極にあらわれるものだからである、と。つまり、九州の反乱の各場所は主語的な存在感をもち、各反乱の主体はそれによって喚起された述語的存在である、と。また、存在=有への反対の極には「死=無」が当て嵌まるであろう。その九州の歴史意識の流れは、終戦時にマレーシアのジョホールバルで自決した〈日本浪漫派〉の蓮田善明にも受け継がれていたようである。蓮田の詩碑が田原坂に建立されているのも何かの因縁であろうか。

 また、宇気比=祭祈と受取れば、三島由紀夫の恋闕にも連なるものがあろう。

 句集で他に印象に残った作品


   青の世界蝶と小鳥とくちなわと

   黒鍵に触れればほたる舞いあがり

   腿深く螺鈿蒔くようほうたる来い

   向日葵の立ち枯れ仮面舞踏会

   こしょろよこしょろどうしょろか

   夕薄暑どの風向きも異教なる

   白黒の虹なら屋根を飾る猫

   月とるにあばらの骨をそぎ落とす

   DADAや冬瓜つるりと向きを変え

   荒ぶるや我に背もたれ瀑布欲し

   一色ずつ虹をはがせば火傷痕

   この自販機でんでらりゅうばででむしで

   お百度を踏むほど尖る夏薊


 ここまで書いてきて、新聞で神風連資料館の閉鎖を知った。

2021年4月9日金曜日

【加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい】2 鑑賞 句集『たかざれき』  藤田踏青

  著者は『We』共同編集発行人、「豈」「連衆」同人、熊本県現代俳句協会会長等で、これは三冊目の句集である。

 句集題の『たかざれき』とは、石牟礼道子の『苦海浄土』の「高漂浪(たかざれき)」に因んだもの。それは魂が身からさまよい出て諸霊と交わって戻らないさまを言い、巫女的存在の石牟礼自身の事を示唆している。句集に収録された評論〈「高漂浪」する常少女性――石牟礼道子の詩の原点へ〉において著者は「石牟礼は、巫としてことば以前の世界を直感し、自身の身体を借りて湧き上がってくることばを、その口で語り、手を動かして、可視化していった」と述べ、「かなしみに対する憧憬と敬虔な思い」が水俣病に対する告発の姿へと神降りていったと指摘している。

 因みに取上げられていた石牟礼の短歌と俳句の一部を紹介する。

  われはもよ 不知火をとめ この浜に いのち火焚きて消えつまた燃へつ 

 加藤はこの歌について「いのちの火は焚かれては消え、消えては焚かれて。〈悲しみ〉は美である。これこそがまさに、彼女の詩への衝動。」と読み解いている。それはまた、不知火とは「領(し)らぬ霊(ひ)」の謂いでもあることから、先の諸霊とも重なってくるのが解る。

  祈るべき天とおもえど天の病む

  繋がぬ沖の捨小舟生死の苦海果てもなし

 加藤は、前句の「〈天を病む〉は、人間の絶望的な愛が肉体化した形か、或いは人間の無力感、孤独感、深い悲しみをにじませた措辞か」と捉え、後句の「〈捨小舟〉とは〈うつろ舟〉であるかもしれない。」としてヒルコのマレビトと水俣病患者とを重ねて見つめている。

 そして最終章に「天を仰ぐ時、祈りの中心に自分がいて、母郷でもあり水でもある天と繋がっている事は間違いない。」と述べ、石牟礼と同じ心境・視点に立っている作者の姿をそこに見る事が出来る。

 さて、本題の句を垣間見てみよう。

  音楽じかけのあなたを燃やす菜種梅雨

  口中の闇ざらついて台風来

  鯖雲や体毛あるとこないところ

 三句共に句中に反意というか断絶を包含しているのだが、体感化された対象が肉感にまで昇華され、その認識に妥当性を付与している。日常に非日常を見つめ、見えないものを見つめ、抽象化された具象への展開が説得力を持つ。

  稲光るたび人妻は魚となり

  ひえびえと乳房の方へ向く流砂

  初夢の縄文式の女体かな

 女性独特のエロスを醸し出している作品であるが、そこにはギリシャ的な、透徹した、縄文的な明るい健康的なエロスが見出せる。そしてそれぞれに流線的な描写があることも。

  朝顔の朝を交換する電池

  鶏頭の枯れうるわしき愚連隊

  神口や椿咲く海咲かぬ海

 朝顔も鶏頭も椿も、人間との関係性において、その存在が人間そのものに憑依してゆくような作品である。特に「椿」は「海石榴」とも表示され、それによって「咲かぬ海」の連想へと導かれてゆく。

  憂国の道化師すでに全裸なる

 三島由紀夫を暗示した作品であろう。三島は「〈武〉とは花と散ることであり、〈文〉とは不朽の花を育てることだ。そして不朽の花とはすなわち造化である。」と述べていた。つまり造化とは虚構であり、自らの肉体改造は虚であることを認識していた訳で、その行動を世間が道化とみなすことも解っていた。そして掲句の全裸とは全身全霊という日本的な一回性美学の謂では無いか。今年が三島没後五十年にあたり、この句集の発行日が十一月二十五日(憂国忌)であることも奇縁である。

  すかあとのなかは呪文を書く良夜

  汝は陰(ほと)を神器としたり寒椿

 共に意味深長な句である。すかあとのなかは闇であるが、呪文は本能に寄り添うものであり、それは良夜へと素早く転換することが出来る、とも。そして寒椿は古への道を問うものであるから、奥深い陰を神器とみなすも可能であろう。

  晴れにけり館を出でけりしぐれけり

  海に降る風花ならば抱きしめる

「知覧特攻平和記念館」の前書きのある句である。前句は遺書・遺品などを見た後の心象風景であり、後句は幼い特攻兵らへの母情でもあろうか。先年、私も鹿屋・万世・知覧の特攻基地跡を訪れ、枕崎の岬から南の海を眺めていた。

  女郎蜘蛛湿る障子をそそのかす

  女郎ぐも腹のふくらみ止まず沖

 生殖に対する雌の湿感と胆の太さには、牡はとうてい及びがつかぬようである。女郎蜘蛛に託された女の挑発とも読める。

  夜行列車きれいに蛇の穴渡る

  蟻よりもせつせつ肢体なだれけり

 蛇の穴を抜け出たら何が現われるのだろう。攝津幸彦の「路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな」の句を彷彿とさせる作品である。また、蟻の黒タイツの動きは何故か蠱惑的でもあり、肢体の傾れが鮮明に浮かび上がってくる。。

  青竹に曳かれ狂女か遊行女婦(うかれめ)か

  鳥帰る少女じゅうろくひとばしら

  花ふぶく沖の宮へと虚ろ舟

 「高漂浪」の章にある句であるから、狂女やひとばしらは水銀中毒による被害者であり、それらへの思いが重なる中で、虚ろ舟とはヒルコを乗せて流した舟を示しているのであろう。各句ともに重苦しい内容であるが、「青竹」「鳥帰る」「花ふぶく」にマレビトとしての救いが込められていると想う。

 言及できなかったが、とても気になった句を掲出する。

  植木鉢抱いて肋骨(あばら)を信じてる

  少年と少女がバッタになっちゃった

  銅鏡の縁の日永を倭人伝

  夜をみがくわたしだけの百合の部屋

  満月に杭たてられる青胸乳

  露けきを奏でて杉の切株や

2020年10月16日金曜日

【眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい】 3 夢幻の虹の世界  藤田踏青

  作者は現在「俳句スクエア」「豈」同人。ネットサイト「俳句新空間」「俳句飄遊」などに参加し、ネット中心に表現活動を行っている。
  帯には、「言葉、イメージ、音などの素材を配して、景や文脈などを構成、造形する場であり、極私的なもの」とあり、「ユングの〈箱庭〉の枠内での自己表現に近い」とある。それは佐佐木幸綱の「空間的にいえば、ある断定をもって宇宙全体を表現し、・・・・時間的なことをいえば、現在というものを徹底的に表現することによって、それが永遠に逆転すること」の潔さ、という定型観にも相通じるものがある、と思う。つまり、空間とはイメージ、断定とは言葉、徹底した現在が極私と言えよう。
 コルトレーンの「至上の愛」を参考にしたとある章立てにそって鑑賞してみる。


第一章〈認知〉
   三日待て春泥に息吹きかけて
   牡丹雪ほのぼの耄けてみたいもの


 春泥も牡丹雪もうつろい易い存在。それゆえ作者の自意識が自他ともへと語りかけているのであろう。


   蜉蝣の十万億土をひろびろと
   山襞に鬼らしきもの秋闌ける


 蜉蝣も鬼もある意味で小さな存在である。そうしたものと大きな存在(十万億土、秋)との交錯が安寧をもたらしているかのようである。


   己が影を求めぬものに青鷹


 この句からは芭蕉の「鷹一つ見付けてうれしいらこ崎」の句が想起される。鷹の、しかも青鷹の孤高・孤独感が滲み出ている。


   しののめに凍星ひとつ紺絣


 飯田龍太の「紺絣春月重く出でしかな」の句と対照的な内容でありながら、何故か通底するものがあるようにも思われる作品。


第二章〈決意〉
   幾千代の腐乱の裔や白牡丹
 句作においては攝津幸彦に影響されたとあり、掲句は明らかに幸彦の「幾千代も散るは美し明日は三越」の句を意識していると思われる。腐乱=散る、であるが、掲句の手法は蕪村的であり、幸彦のは諧謔に傾いている。


   意味ならば草かげろうにお聞きなさい
   夕花野いのちの円周率測ろ


 口語調で軽妙な感覚があるが、むしろ無意味の意味を示唆しているのでは。


   首垂れればわが真中より冬の川
   極月の女衒にまぎれ押すものよ


 自己存在を見尽せば、自ずと心底から本質というものが浮かび上がってくるのではないであろうか。たとえそれが認めたくないものであっても。
 

第三章〈追求〉
   左舷より菊の御紋にわたくし風


 戦艦大和、豊後水道通過、の前書きがあり、作者の住む愛媛県がその地に面している。「左舷より」の措辞により、大和を望む位置関係が推し量られる。二年前、私も鹿児島・枕崎の大和慰霊碑から海の彼方を見つめていた。


   白靴の片割れ大正偽浪漫


 まるで土門拳のモノクロ写真の世界を覗くようで、「白靴」の印象の強さと「大正偽浪漫」のイロニーが絶妙。


   月天心アポトーシスの始まりぬ
   補助線を跨ぎこれより枯野人


 両句共に死の様式の一つ(プログラム細胞死)に関連したものであろう。時空間での追求には厳しいものがある。


   階段に魄の陰干し垂れてをり


 この句も幸彦の句「物干しに美しき知事垂れてをり」「階段を濡らして昼が来てゐたり」を意識したものであると思う。しかし掲句には「陰干し」というように、なぜか逆転の発想が込められているように思われる。


   大袈裟なことばかり箱庭の夜


 句集題ともなった「箱庭の夜」であるが、その極私的な様相が大袈裟な、と見事にイロニーに曝かれているようである。
 

第四章〈賛美〉
   夢に来て海馬に坐る春の鬼
   薄化粧の兄引きこもる修司の忌
   虫の闇病む子に火遊び教へませう


 自己の裏返しとしての春の鬼、引きこもりの兄、病む子、といった因縁世界への鋭い視点。いわゆる私小説とは異なった観念の世界の私小説のようである。


   端居して方形の世の恐ろしき
   道をしへ死んでゐることををしへられ


 生きているとは、死ぬこととは、への問いかけのような句である。特に前句の「方形の世」は「箱庭」に通じるものなのではないか。


   冬の虹水脈果つるあたりより
   水音の言葉となりぬ初寝覚


 見ること、聞くこと、感じること、すべては夢幻の如く・・・・。静謐な世界に浸る。

2019年6月1日土曜日

葉月第1句集『子音』を読みたい インデックス



1 無題  藤田踏青  》読む
2 「魔女の途中」 田中葉月を考える  森さかえ  》読む
3 軽やかな感性に寄せて  長谷川隆子  》読む
4 田中葉月句集「子音(しおん)」  矢田わかな  》読む
5 田中葉月への序章   谷口慎也  》読む
6 「詩的言語の行方」   山本則男  》読む
7 生真面目なファンタジー 俳人田中葉月のいま、未来  足立 攝  》読む
8 パパともう一人のわたし  北川美美  》読む



2018年12月28日金曜日

〈新連載〉【葉月第1句集『子音』を読みたい】1 無題  藤田踏青

  ――句集『子音』 田中葉月・著 発行所・ふらんす堂――

 作者は現代俳句協会会員・九州俳句作家協会会員・「豈」同人で、この句集が第一句集となる。あとがきに「世界最短詩とも言われる俳句とは何だろう。私にとって俳句とは心をキャンパスにして描く絵のようなもの。まだまだ思うに任せないのが現実だが、なぜか大抵言葉が遅れてくるような気がする。その奇妙な時間のずれが不思議な感覚となって快い。」とあり、その時間のずれが新鮮な世界の表出となっている。
 構成は春夏秋冬の原則に則っており、季節それぞれに洒落たカラー名が付与されている。

(SPRING BLUE)より
  回転ドア春愁ぽとり産み落とす
  春の日をあつめて痒しマンホール

 回転ドアやマンホールに情意を託した手法である。しかも春愁を産み落とすという行為や、春の日に痒みを覚えるといった、シュールな皮膚感覚は女性ならではのものなのではないであろうか。

  大陸のゆつくりうごく春のキリン
 ゆっくりうごくのは大陸であり、春のキリンという二重構造の作品。そう言った意味から、前意からは壮大な大陸移動説といった時空間が、後意からは系統発生といった形態の進化の歴史も窺える。

  ふらここの響くは子音ばかりなり
 ふらここという言葉から子音から紫苑や師恩を思い浮かべた。紫苑からはかつての女学生時代の思い出などを、師恩からは子音と母音との関係から学窓への視線と受け取ったのだが。

(SUMMER ORANGE)より
  夏の月梯子掛けても知らぬふり
  とりあへずグッドデザイン大賞天道虫

 両句共に無感覚の感動のような表情をしている。そして夏の月と梯子、グッドデザイン大賞と天道虫との取り合せは意表を突いており、ウイットのきいた句である。

  虹生まるわが体内の自由席
 この自由席は未来や希望を含んだ自由な生き方のベクトルを示しているのでは無いであろうか。まさに「虹」はその先にある憧れの対象のようにも思われる。

  青い鳥そつと来て去るハンモック
 誰しもにとって、青い鳥とは日常に於ける不在の象徴のようなものであろう。誰もいないハンモックが静かに揺れている様(さま)に何故か優しさと淋しさとが入り混じっている感覚が認められる。

(FALL GOLD)より
  銃口は風の隙間に鶏頭花
  半音のかすかにずれる鰯雲

 鶏頭花も鰯雲も、その存在感は風の隙間や空のかすかなずれに脅かされているようだ。そして鶏頭花はその朱色が血に見まごう故に銃口に対峙されているのであろう。また、空の無音の中にもかすかな半音がずれの擦過音のごとく感じ取られたのでもあろう。

  南瓜煮るふつつかものにございます
  ポニーテール爽やかに影きりにけり

 時にこのようなライトヴァース的な作品に出会い、微笑まれる。南瓜を煮る行為は単なる田舎的な謂いではなく、凡人としての優しさを示唆してもいる。そしてポニーテールが風では無く影をきる、という所作の潔さも爽快感を際立たせている。

(WINTER BLACK)より
  この辺り鳥獣戯画のクリスマス
  葱白し七つの大罪ほぼ犯し

 イロニーな視点を持った句柄である。聖なるクリスマスが鳥獣戯画的な遊びとなってしまっている現代風俗への揶揄。そして葱という一般の人間を暗示する存在も元々は白い面を持っていたにも関わらず、誰しも七つの大罪を避けることが出来ないという現実への自悔など、人間苦のような表情を包含している作品である。

  マスクしてみな美しき手術台
 マスクや手術台に対してのこの様な感覚、視点は新鮮である。全てを委ねる相手・対象はみな美しく見える存在なのであろう。

  風花す銀紙ほどのやさしさに
 風花は雪片ゆえに儚い存在なのだが、そのキラキラした光景を「銀紙ほどの」と表現した現代感覚に魅入りる。そしてその箔の薄さがやさしさにも通じている。
 素材という対象に新しさを求めるのではなく、感覚の世界に新しさを求めた句集であると感じた。

2013年9月13日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:「人」】/藤田踏青

旅で心に人がいて急ぐ

今回のテーマ「人」という概念は大きく拡がり過ぎて捉えにくいものがある。例えば「人」という概念の内包は人としての特徴(理性的あるいは社会的動物など)であり、外延はあらゆる人々である、というように説明もなされている。しかし個体をとらえる概念(個体概念・単独概念)もある、とも。それらは人類、人格、貴方、他人、世人など色々に分類もされるであろう。そうした中で掲句の「人」は特別な関係にある人を示唆しているのであろう。旅中で気にかかる人への思いがつのり、急いでいる様子として受け取れようか。

昭和30年の作(注①)であり、前書きに<日本海沿岸>とあるので、海に沿って走る車中での思いかもしれない。三・四・五・三の中での盛りあがるリズムが心の起伏をなぞっているようにも思われる。掲句に続いて<直江津海岸>と場所を示したのが下記の句である。

冬海の美しさ たまに旅の人とおる       昭和30年作   注① 
海にかがやきおちる雪を私す          昭和30年作   注①

上句によって冬の日本海での旅中吟である事が解る。両句から直江津海岸に降り立って冬の海に対峙している作者の姿が想像され、物悲しくもある風景であるが「雪を私す」る充実感も味わっているようにも受け取れる。前句がその人に会う前だとすると後句は会った後と考えれば連作としての心の移りも感じられるのではないか。

鴉と人間と別々に考え 砂丘続く        昭和31年作    注① 
人間笑う以前カラスぎょうさん笑う       昭和38年作    注①

前句の人間は作者自身を示唆しており、生きてゆくという事への意味付けや目的の差を鴉という存在を通して再認識しているのではないか。後句の人間は作者とも考えられるが、むしろ一般世人と考えれば現在の浅はかな滑稽な人間社会への痛烈なアイロニーとして響いて来るように思えるのだが。

人間だ 骨が裏返されいちにんぶん       平成6年作     注②

ここでの人間は人格を中心にした存在であるはずの人が死という瞬間から、火葬場に於いてまるで物体の如く取り扱われる現実が提出されている。その事は「いちにんぶん」という数量化と、そのひらがな表現によるひらひらとした薄い存在感にも象徴されている。この事から、果して鴉と人間とどれ程違う存在であるのか、と考え込んでしまうのだが。


注① 「ケイノスケ句抄」 層雲社 昭和61年刊
注② 「層雲自由律2000年句集」 層雲自由律の会 平成12年刊

2013年8月16日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:「黒」】/藤田踏青

黒く見えるのは咽喉に軍歌がねじれたまま

第3回の折に、「圭之介にとって『黒』は氏の芸術の源泉であり、詩的認識の根源でもある。」、「形象化された『黒』の切断面は、氏自身をも傷つけているのだが、結局は真の『黒』そのものに収斂されてゆく。つまり、氏の意識の統一こそは『黒』なのである。」と述べたが、それはそのまま掲句(昭和60年作・注①)にも当てはまるであろう。

掲句は懐旧としての軍歌であろうが、門司港で兵士を満載にした輸送船を見送る際に岸壁から旗を振りながら唄った軍歌と、船上から聞こえて来る軍歌が今もねじれた存在として圭之介の中に蟠っているのであろう。時代というものと夜の海と記憶とが内視鏡によって再確認されたかのように「黒」に収斂されるような感覚が伴なってくる。

闇ノ方カラ舌タラシコツコツ砲車ガ        平成6年作     注②
この句では現在と過去とが交叉した時空間に不吉な時代の響きを感じ取ったものであろう。そして闇からヌッと出現した舌は貪欲な拡がりつつある支配思想を暗喩しているのかもしれない。更に漢字とカタカナの表現のみが鋭くチクチクと痛みを伴って来る感覚をもたらしてもいる。

黒い手袋黒く置いてある 月           昭和31年作    注① 
蝶の黒い落ちている事実             昭和32年作    注①
画家としての圭之介がそのデッサン力を詩的認識へと導いた作品。「黒い手袋」も「黒い落ちている事実」も共に死を暗示させており、月と事実とは現実への凝視でもあろう。それらをもとに次の様な詩も残している。少し長いが引用してみよう。

<黒の装い>                  昭和35年作     注③ 
庭の椅子の少年の不幸な過去/庭の椅子の神父の白いカラー/神父のメガネのつるはやや朱い 
黒の手袋/記号/秋の秩序 
神父の黒の装い/白の陶器の太陽/園丁(えんてい)がその周りの枝を切り払った 
落葉/黒ノデッサン/黙って神父が通りすぎる 
白の花べん 凝視/更に凝視/更に――― 
太陽の背後(うしろ)は黒い/花や木や 山や川や 犬 鳥/あらゆるものが停っている
海の日影の黒/黒の日影の海/小さく白の汽船
 
月から落ちて来てかがやく砂/砂が消した朱い絵の絵硝子/不在の神父の白の食器 
赤の/黒の/白の/紫の/懺悔/その間を梨色の風が吹きぬける 
ガラスの手袋/ガラスの手袋の破片/ガラスの手袋の破片で書く詩(うた)
やはり圭之介は黒に拘りつつ傷つきながら詩(うた)を書いていたのだ。

注① 「ケイノスケ句抄」  層雲社 昭和61年刊
注② 「層雲自由律90年作品史」 層雲自由律の会 平成16年刊
注③ 「近木圭之介詩抄」  私家版 昭和60年刊

2013年7月26日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:「赤」】/藤田踏青

背骨ニ刻ム 炎ノ文字群レルホド    注①


平成7年の作品であり、この時に起こった阪神淡路大震災に関連したものであろう。1月17日早朝、震度七の当時戦後最大の大地震であった。死者64百名余、負傷者437百名余、全半壊家屋249千棟以上、被害総額は約10兆円の大惨事であった。私もこの時に被災し、家が傾く程であったのでその時の恐怖感は今でも覚えている。

掲句の炎は神戸の街を焼き尽くす紅蓮の炎であろうか。それを成すすべも無く見つめるしかない後ろ姿が想像される。そしてその背中ではなく、背骨に刻み込むほどの悲哀をギリギリとかみしめ、次々に襲い来る炎の群れ様を、漢字とカタカナのみで鋭角に表現している。同時期には次の様な作品も発表されている。

月烈烈断水ノ街。犬帰ル     平成7年作     注① 
肉が骨が無防備 冬銀河     平成7年作     注②

前句には震災後の人気(ひとけ)も水もない街を、帰巣本能に導かれた一匹の犬が月に煌々と照らされながら帰って行くシーンが描かれている。ここでも漢字とカタカナのみの表現で、しかも「烈烈」という月光が照らし出す厳しい現状を直視している。また句中に挿入された句点は上句、下句の二つの存在の対比を強調するためのものとも考えられる。

後句の肉と骨が意味するものは人間そのものの原形であり、大自然の力の前では全く無力の存在であるとの謂いであり、冬銀河はその更に大いなる存在として提示されている。

カラクリ 背骨カラゼロガデテ来タ    平成7年作
背骨から出て来たのはゼロのみである。つまり何も無い、空なのである。意思としてのカラクリが空虚であるという深い絶望感がそこに漂っているような。

今回の東日本大震災の惨状に思いを馳せつつ、阪神淡路大震災を回想している私がいる。


注① 「層雲自由律2000年句集」 層雲自由律の会 平成12年刊
注② 「層雲自由律90年作品史」  層雲自由律の会 平成16年刊

2013年6月21日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:青】 / 藤田踏青

自画像は未完である海きようも碧く

昭和32年の作品である(注①)。圭之介は画家でもあったのでこの自画像は現実に制作中のものであったものかも知れないし、ふとその制作過程で疲れた眼を関門海峡に向けた際の光景とも考えられる。そして「碧」とは濃青緑色というふかいあお色を指しており、その海の碧さが自画像の陰翳の深さへも反映されているとも。しかしこの自画像はやはり心象的なものではないか。その方が「未完」という言葉の重みが認識され、海の碧と対置された存在になるであろうから。その事は既出(第6回「色」)の下記の句からも類推されよう。

自画像青い絵の具で蝶は塗りこめておく     昭和41年作   注①

「青い」とは若さ、未熟という意も含んでおり、それ故この自画像もある意味で「未完」という意を包含しているのであろう。そして掲句は心酔していたコクトーの下記の詩に触発されて書かれたものかもしれない。

<自画像>抜  コクトー  堀口大學訳
神秘の事故、天の誤算、
僕がそれを利用したのは事実だ。
それが僕の詩の全部だ、つまり僕は
不可視<君らにとっての不可視>を敷写するわけだ。
僕は言った、《声を立てても無駄だ、手をあげろー!》
非情な衣裳で仮装した犯罪に向って。
死の手管は裏切りが僕に知らせる。
僕の青インクを彼らに注ぎ込んで
幽霊どもを忽ち青い樹木に変えてみせた。

「青」をコクトーは積極的にインクで、圭之介はやや消極的に絵の具で不可視のものへ塗り込め、それを自画像と一体化していったように思われる。

砲口に道化 地球は限りなく青くはない     昭和59年作   注①

この場合の「青」は心理的な透明感を示唆しており、道化は地球の危うさをイロニーに暗示しているかのように見える。

島に寄る航路の女青い夕映えをもつ      昭和40年作   注①

この島は小さな島かもしれない。舷側に佇む女のドラマが抱え込んでいる青い夕映えとは何であろう。ランボーも「夏の夕ぐれ青い頃」(堀口大學・訳:注②)や「蒼き夏の夜や」(永井荷風・訳:注②)とボヘミアンを詠っていたが、何故かその女も同じような思いに浸っていたのではなかろうか。

注① :「ケイノスケ句抄」  層雲社 昭和61年刊
注② :ランボー <感触> 堀口大學・訳 新潮文庫
        <そぞろあるき> 永井荷風・訳 『珊瑚集』文春文庫

2013年5月3日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:「白」】/藤田踏青

指折れば指が足りない 白日の地表

平成14年の圭之介90歳の作品である。白日とはくもりの無い太陽との謂いもあるが、この場合は真昼、白昼の意味であろう。その眩しい様な白々とした地表に自己の影と指の影を落としている様がみてとれる。指を折る行為とは再確認の行為と受け取れるので、その指を折っても十指でも足りない対象とは、己の人生における悔悟の数々かもしれない。それ故に白日の空白感が大きく広がり、迫ってくるような感となっている。白とは太陽の光線を一様に反射する事によって見える色であり、反映そのものの白日の地表には己というものが何も書かれていない故に晩年における白とは空虚そのものを代弁しているかのようである。

木枯期 白い空想が枝の中でふ化した     昭和55年作   注
枝の中という事で白い空想を単純に雪への連想と受け取ってはなるまい。それを到来するべき春に生まれ出ずる様々な命の形態とも考えられるが、厳冬期において来るべき時節にふ化させるべき自己の内部で育んできた空想も示唆しているように思われる。木枯期という不思議な表現は人生におけるまさにその時期を暗示しているのであろうから。

陰画白くかさなる心を印画にする         昭和40年作   注
陰画とは実物と明暗が逆になっている画像を言い、所謂ネガである。反対に印画とは陽画とも言い、ポジを指している。つまり陰画をプリント過程を経ると印画(陽画)になる。

掲句はそういった意味で、何重にも白く陰画に刷り込んだ作者の心というそのものを逆転することによって明らかにする意思を示したものなのではないか。見える白と見えない白とは人間にとっては永劫回帰のようなものかもしれない。

注:「ケイノスケ句抄」 層雲社 昭和61年刊

2013年4月12日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:少数】 / 藤田踏青

独活(うど)が洗われてこんばん四五本しろい  注①

戦前の昭和16年の作であるが、圭之介が信州佐久に住む「層雲」同人の関口江畔・父草親子の居を訪れた時のものである。独活は山地に自生するウコギ科の多年草で、軟白の若芽は歯触りが良く芳香があり、生のまま酢の物や和え物にして食べる。信州の山家らしい初夏のもてなしであろう。流しに置かれた独活の白さが鮮明な印象を与える。その衒いのない快いもてなしと関口親子の人柄故にでもあろうか、圭之介は旅の途中に佐久の近くへ来れば必ず立ち寄ったようである。

(昭和9年12月・信州佐久に関口江畔老を訪ね三泊)         注①
雪からふき出る浅間の煙よやって来ました
では ホヤの底に灯をねじ入れて おやすみなさい
 
(昭和11年1月・再び関口居)
冬も全くわらじにひえる道となって追分です
鴉はカアとしか鳴けない七曲りを曲って行く
 
(昭和14年1月・三たび関口居)
塗箸そばをかく
浅間のふもと人の住む灯のみえて月の夜
 
(昭和16年5月・父草居)
家があって見えてきて逢いに行く
木が花をもち子供が花をもち
梨の花の暮れる時らんぷのホヤみがいている
門 おばあさんのランプの灯が揺れるともう一度さよなら


掲句と同じ訪問時の作品であり、関口一家のほのぼのとした雰囲気と当時の生活環境が感じ取れよう。佐久への来訪はまだまだ続く。

(昭和21年2月・父草居)
浅間のけむりを壁の向う らんぷ吊して
 
(昭和29年5月・父草居)
口に山独活のほろ苦さもよし佐久はよし
夏の朝起きて老人さて九十とは見えず   (関口江畔老)
 
(昭和38年4月・父草居)
やや浅間に傾きおる月のこんや君の家
唐松の林余程みどりを増すとき通る
 
(昭和49年2月・父草居へ)
逢いたい 横がおに笛吹川くもる
いつ来てもここに坐ることのお久しぶり
 
(昭和49年6月・父草居)
佐久の郭公ここに君あれば我また来(きた)る


関口父草は江畔の三男で「層雲」の有力同人であり、その作品には次の様なものがある。

月夜のまがるところをまがり盲(めしい)                  注②
重い荷を下した空がある
冬の夜おしかたまつていねて貧しさ言わず
一草一仏とおもう花の白さよ

また昭和11年には種田山頭火が佐久の関口江畔・父草居を訪れ、歓待されている。その日の山頭火の日記には次の様に記されている。

「江畔老の家庭はまた何といふなごやかさであろう。父草君が是非々々といって按摩して下さる、恐れ入りました」                     注③
此の時の事を父草も句に残している。

夜の雨おとのそれから肩をもみしな    父草           注④
その信濃路で山頭火は名句を残していった。

あるけばかつこういそげばかつこう    山頭火          注③


注① 「ケイノスケ句抄」 層雲社 昭和61年刊
注② 「自由律俳句作品集」上田都史・永田龍太郎編 永田書房 昭和54年刊
注③ 「種田山頭火」 村上護 ミネルヴァ書房 平成18年刊
注④ 「父子草」 関口父草 層雲社 平成3年刊
(この句集の題名は、かつて信濃路に脚を踏み入れた山頭火が数日間この地に脚を休めたことから、関口江畔、父草親子に親しみを込めて付けた名に由来するものとか)

2013年3月15日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:多】/藤田踏青

風が無数の風の中から私を吹く              昭和58年作   (注①)
風は肌で感じるもの故、表現上で数値化することは難しく、拡大解釈の上で「無数」もテーマ「多数」の意に沿っているとして選句したものである。掲句の場合、風を集合としての総体として捉え、その中から一つの風が私の存在を選択した、という風に受け取れる。無色透明な風の中に潜んでいるもの、そして私に送ってきたそのメッセージとは何?それは私という存在が置かれた空間なのか、時間なのか、時代なのか、社会なのか。様々に想像されるが、感覚というものそれ自体が持つ受動性と曖昧性が刺激となる主体を限定することが出来ない故の読みの拡散とも言えようか。それが短詩型の持つ背景の大きさと限界とにもなってはいるのだが。掲句がプロローグであるとするなら、次の様な詩へと流れてゆくのではないであろうか。

<冬の風景の中で>                            (注②)
私は前にすすむ
影が私をうしろに引く
私はうしろに倒れようとする
私は冬の風景の中の一本の樹となる

一つの風が私を選んで吹き、一つの影が私をうしろに引き、そして私は一本の樹となる。そう考えると私という一個の存在の周りの風景が見えて来るのだが。

キャベツ畑真青なゼロが並んでいる            昭和58年作   (注①)

掲句と同年の作であるが、ゼロとは明らかにキャベツの形態を示したものである。そのゼロが並んでいることが多数に繋がって行き、イロニーな表情を示しているのが面白い。

月の夜 蝶のむれ月から出てくる             昭和23年作   (注①)
冬木の黒い集合体 月を出していた            昭和40年作   (注①)

前句は月が蝶のむれを出す主体となっており、妖しい雰囲気を漂わせている。それに比べ後句は月が冬木の黒い集合体から出てくる客体として置かれており、コントラストの激しさが印象的な作品である。


(注)①「ケイノスケ句抄」  層雲社  昭和61年刊
  ②「近木圭之介詩抄」  私家版  昭和60年刊

2013年2月22日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:二】/藤田踏青

コップ二つの等しい液体   昭和28年作(注)
今回のテーマ「二」の概念に関しては次の様に分類されるのではないか。

A:二・物の数
B:両:同じようなものが二つ向き合って一対となる
C:双:二つそろって一対となる
D:再:二度すること

掲句はこの場合Bの範疇に入るのではないか。つまり「コップ二つ」が示唆するものは向き合った二人の存在であろうと。そしてその場面設定が男と女、男と男等によってその展開は異なって行くであろうが、今その沈黙からドラマがまさに始まろうとしているかの如くに。更に「等しい液体」の傾き加減によっては二人の立場に軽重が生じ、その関係性のベクトルの多様化にも連なってゆくと。単なる物体の客観写生だが語られざるドラマが秘められているようである。この範疇に入ると思われるのが下記の句にもある。
半端な時間の椅子二つあつての話    昭和42年作   (注)
「椅子二つ」が前句の「コップ二つ」に照応しており、この句もその場面に二人の存在を暗示している。ただこの句の場合「半端な時間」という措辞により、話の結論は出ないままに終わりそうであるが。

Aの範疇の句では下記のようなものがある。
二羽の黒い鳥が的確に空間    昭和28年作   (注)
貝 だから黙って 二ついる    昭和42年作   (注)
前句は「的確に」とあるように空に鮮明な二つの黒鳥を印し、後句は時間の中での二つの貝の沈黙を強く印象付けている。それが一つでは無く二つである事によって客観的に納得させる強さをもたらしているのであるが、それ等は相対峙するものでは無く、並列的に置かれているだけである。
Cの範疇に入ると思われる句は下記のようなものである。
菰から足が二本 死という    昭和28年作   (注)
死 二枚のはね残して去る    昭和53年作   (注)
たまたま「死」という共通の主題であるが、「足が二本」も「二枚のはね」も共にそろった一対であることによってその主体の存在感を強く打ち出す効果があり、その事によって一つの「死」の意味が更に深められるものと考える。

Dの範疇の句としては下記のものがある。
楽書の顔の前一日二度とおる    昭和24年作   (注)
たまたま行きがけに見た楽書の顔だが、印象に残っていたのであろう。帰りがけには何かを探る様にしみじみと眺めつつ通る様子がみてとれる。楽書の顔の人物とそれを描いた人物との関係を色々と想像しつつ。

「二」とは「一」に「一」を積み重ねた以上のものを含んでいるようでもある。
(注)「ケイノスケ句抄」 層雲社 昭和61年刊

2013年1月25日金曜日

近木圭之介の句【テーマ:一】/藤田踏青

心にはいつも一匹の蝶と空間

昭和39年作   (注①)


一匹の蝶はある種の安らぎであり、空間とは心の果てしない様を象徴しているのであろうか。また蝶と空間とは個と全とが相対した形で存在している人間そのものを指している様にも思われる。しかし空間に限界を認めるのが人間本来の姿であるらしく、ここに掲句を暗示するような詩が残されている。

<S刑務所に沿いて>              昭和27年作   (注②)
赤い煉瓦塀が青空をたち切っている
それは白い道に沿ってつづいている
外からは 内が見えず
内からは 外が見えず
嘗って 心の交流はないものにおもわれた
と 日を浴びた黄ろい蝶が一匹
ひらひらと塀を越えていった
それは 心あたたまる一瞬であった

この詩でもそうであるが、一匹の蝶は空間内にありながら空間を越えた接点として存在している。そしていつしか作者自身が蝶そのものに変容してゆくかの如くに。しかしそこには厳しい現実が立ちはだかっているのも確かであり、次の様な句も並列されている。

蝶の一匹が吹かれているゆえに断崖         昭和39年作   (注①)

その蝶は己自身であり、現実世界への認識と共に存在自体の切羽詰まった表情がみてとれる。また画家でもある圭之介の自己への視点は、一匹の蝶から一本の木へも移行してゆく。

描きたいのは一本の哀しい木 その内部       昭和58年作   (注①)

一本の木を哀しいとみる視点、そしてその内部という自己省察にまで至る要因は何であろうか。それを示唆するものが下記の詩である。

<パレットナイフ23 Ⅳ>                     (注③)
やがて一夜の樹木から脱け出すものは
(私)に眠っていた黄土色の毒
いま宴の一つもありはしない宇宙へと・・・

私という存在を閉じ込めていた樹木という境界は、ある意味で人間の生そのものに伴う毒を保管するパンドラの箱であったのかもしれない。それを開いてしまった後の世界は宴の一つもありはしない宇宙へと溶解してゆくのであろうか。何故かそこにジャン・コクトーの世界を垣間見るのだが。

(注)①「ケイノスケ句抄」 層雲社 昭和61年刊
   ②「近木圭之介詩抄」 私家版 昭和60年刊
   ③「近木圭之介詩画集」層雲自由律の会 平成17年刊