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2021年10月15日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】17 央子と魚  寺澤 始

 篠崎央子さんとは「未来図」終刊以降も「磁石」でご一緒させていただいている。央子さんの句には、彼女でなければ詠むことのできない独特の世界がある。『火の貌』跋文の「いのちの血脈」で角谷昌子さんが指摘しておられるように、央子さんの句の根底には、日本文化に深く根差した土着の共同体意識のようなものが脈々と流れており、「血族」や「血脈」に対する関心が強い。〈開墾の民の血を引く鶏頭花〉などが、その代表的な例で、この〈鶏頭花〉の存在感の大きさといったらない。開墾以降の民の血を積み上げた末に咲いた鶏頭花なのだ。さらに『万葉集』に深い関心を寄せ、研究してきたという央子さんの句は、どこか郷土常陸の風土や自然を感じさせる。まるで東歌を連想させる何とも言えない懐かしさがある。それでいて古典の世界に向かうかといえば、そうでもなく、斬新な句材や取り合わせに果敢に挑んでいく新しさがあり、一緒に句会をしたり吟行に行ったりするたびに驚かされるのである。

 央子さんご自身が「あとがき」で、「幼い頃より動植物が好きだった」と書いておられるが、央子さんの句には生き物を詠んだ句が実に多い。央子さんは、魚釣りが好きだという。吟行で御一緒した際に、少女時代、川で鮠や虹鱒などを釣ったという話を聞いたことがある。そんなことを思い出しながら句集を読んでいくと、魚をモチーフにした句が多いことに気付いた。魚以外にも動物を詠んだ魅力的な句が多いが(〈火の貌のにはとりの鳴く淑気かな〉の句もしかり)、今回は、魚の句に注目して読んでいこうと思う。

   紅葉鮒雨の濃くなり淡くなり

 〈紅葉鮒〉という何とも美しい秋の季語に雨の濃淡を重ねた。雨が濃くなったり淡くなったり、湖の風景はまるで水彩画のようだ。湖の光景が雨や霧を伴いながら、時に遠景を覗かせる。琵琶湖の源五郎鮒には、鮒に恋文を偲ばせたという堅田の漁師、源五郎の伝説があるが、央子さんの句集のうちにこの句が置かれると、ふとそんな伝説を思い起こしてしまう。この雨は姫を恋う源五郎の涙か。

   極月の地球の果ての魚を食ふ

 〈地球の果ての魚〉という表現が何とも壮大だ。今やノルウェーのサーモンであったり、鯖であったり、はたまたモーリタニアの蛸であったりと、食卓には世界の至るところから海産物が届く。それらは冷凍され空輸されてくるのだろうが、冷凍技術の進化も甚だしく、とてもおいしくいただける。〈極月〉は年の極まる十二月。アメ横あたりで、鮮魚を売り買いするような賑わいも想像される。〈地球の果て〉の魚を食べて、地球はやがて新しい年を迎える。そして、こんな句もある。

   初桜くちびる薄き魚を焼く

   年の瀬や目付きの悪しき魚を提げ

 〈初桜〉の句の前で、はたしてこれは何という魚だろうかと考えてしまった。鯵だろうか?あるいは姫鱒?公魚?…いずれにしてもこの二句に共通する面白さは、やはり、草田男俳句の伝統を継ぐ、人間探究派的といったらよいのか、ここに描かれた魚には、まるで人間を見るような視点があるのだ。〈くちびる薄き〉という表現からは、どこかしら薄幸そうな女性の姿が浮かび上がる。何か愛情に恵まれなかったかのような。〈初桜〉という季語がさらにはかなさを、そして美しさを醸し出す。はかなげな運命、そう『源氏物語』でいう「夕顔」のような女をこの句から連想するのだ。先の〈紅葉鮒〉の句にしてもそうだが、土着の伝説であったり、古典文学の世界であったり、そういった世界への広がりを感じさせるところが、央子俳句の魅力でもある。

 次の〈年の瀬や〉の句にしても面白い。〈目付きの悪しき魚〉とは?〈提げ〉というのだからある程度大きな、悪食な肉食魚ではないだろうか。何となく悪い目付きにギョっと睨まれているようで少したじろいだ。しかし、多くの小魚を捕食し尽くしてきたであろう悪しき目付きの魚が、今度は自分の腹に入る。季節は、年の瀬、そんな魚を食べて、また季節は、世界は循環するのだ。この魚も次に生まれる時には目付きのよき魚に生まれてくるかもしれない。唇の薄い魚も、目付きの悪い魚も、そこに業を持った人間の象徴のようなものを感じる。また、それらを包み込むような大きな視点で詠んでいる点も魅力的だ。次の句もその流れで鑑賞すると面白い。

   生ゴミの魚と目の合ふ夜寒かな

 もしかしたら〈目付きの悪しき魚〉のその後の姿なのかもしれない。〈生ゴミ〉となりつつも、そこに命ありしものとの交感があり、魚に見られてぞっとするような感覚を生き生きと詠んでいる。ゴミを単に無機質なものと見ていない。

   回遊魚は海の歯車十二月

 水族館の大きな水槽の前で、回遊する魚を見て思いついた句であろうか。〈海の歯車〉といったところが面白いく斬新な発想だ。鰯のような小さな回遊魚から鮪のような大きな回遊魚まで、広大な海を循環し、食ったり食われたりすることで命は巡っていく。〈十二月〉という季語がやはり、新たな年の循環を連想させる。また、魚の句ではないが、〈東京の空を重しと鳥帰る〉などもやはりそんなことを連想させる句だ。

   緋鯉ゆく恋の勝者とならむため

   身請け待つごと朱を灯し冬の鯉

 最も身近な緋鯉と錦鯉の句。緋鯉の悠々と泳ぐ姿は恋の勝者のように堂々としている。また、〈朱を灯〉す冬の鯉は、美しい着物を羽織った一女性の物語を連想させる。後者の句の前には、〈着ぶくれて遊女になつてみたき夜〉が置かれている。央子俳句にはある種のストーリー性があり、それが句に広がりを与えている。〈伊勢海老の謀叛を起こしさうな髭〉などもその一つであろう。

   海鼠腸やどろりとうねる海のあり

   浅蜊汁星の触れ合ふ音立てて

 〈海鼠腸〉〈浅蜊〉という小さな素材を詠みながらも、イメージは大きな海、大きな空にまで広がる。〈海鼠腸〉に〈どろりとうねる海〉を感じ、カチカチ触れ合う味噌汁の〈浅蜊〉を〈星の触れ合ふ音〉に見立てている。なんと壮大でロマンチックなことか。 

   緋目高をひそやかに飼ひ川の町

   福寿草金魚の墓に群れてをり

 小さな生き物との暮らし。そしてやがて訪れるその死。〈福寿草〉は、その小さな命への畏敬であり、死せるものへのささやかな哀悼である。

   鮎跳ぬる血より濃き香を放ちては

   死ぬ前に教へよ鰻罠の場所

 最も央子さんらしいキーワード「血」、そして「土着性」を存分に感じさせる句である。〈血より濃き香〉という表現が、非常に印象的で力強い。日本の清流に脈々と命を繋いできたその鮎の血と、さらにその生を生々しく実感させるその香。古来「西瓜の匂いのよう」とも言われる鮎のその強い香りが嗅覚を刺激する。脈々と受け継がれてきた血族の血と文化の香とをこれからも保ち続けよと言っているかのようである。そして、それはまさに草田男・秞子という俳句の血脈を受け継ぎながらも、独自の個性を放とうとする央子俳句の本質でもある。〈死ぬ前には鰻罠の場所〉を教えよと。血脈的なもの、土着的なものの伝統を色濃く受け継ぎながらも、央子さんの俳句は、新たな濃き香りを、これからも放ち続けることだろう。


プロフィール
・寺澤 始(てらさわ はじめ) 1970年東京都生まれ。静岡県に育つ。
・所属結社 「磁石」
・俳句歴 2001年「未来図」入会。2016年「未来図新人賞」受賞。2017年「未来図」同人。
     2020年「未来図」終刊につき、「磁石」創刊同人。
・句集 『夜汽車』(2020年 第16回日本詩歌句随筆評論大賞俳句部門「俳句四季賞」受賞)

2021年10月1日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】16 他者理解の糸口  高野麻衣子

  コロナ禍も長引き、句会など直接会える機会も少なくなったため、私もついに始めてみたツイッター。今回のように句集の鑑賞の機会を頂くなど、可能性の広さに驚いています。

 『火の貌』で一番共感した句が、

  森に入るやうに本屋へ雪催

でした。〈森〉は読書好きな人ほど、奥深く感じると思います。〈雪催〉にワクワク感と敏感さが出ています。

 私も読書好き。コロナ禍が終息しましたら、篠崎さんと実際お会いして、句集や読書についてもお話してみたいです。


 主に介護の句を読んでいきます。俳句も、現在働いている介護施設の勤務も続けた年数だけが取り柄ですが、お付き合い頂ければ幸いです。


  熱帯魚眠らぬ父を歩かせて

 父の歩行は時間を問わずまだまだ続きそうですが、静かに見守っている様子が覗えます。

 見える範囲、注意を向ける範囲の低下も心配されるため、安全な環境づくりは大切なことです。躓きそうな物は置いておかない等はもちろんですが、逆にあえて付け足す方法もあります。階段や手すりにシールを貼るなど「目立たせる」ことで注意を向けやすくするのです。

 自由に泳ぐ熱帯魚。グッピーのように設備や水位にも配慮しないと水槽から飛び出してしまう熱帯魚、プレコのように夜行性の熱帯魚もいます。


 「誰かの力」があってこそ認識しやすく安全・安心な環境存続や自由な行動が可能であり続けることができるのですね。この句の「誰かの力」は作者なのです。


  太股も胡瓜も太る介護かな

 胡瓜が太くなったのは時間に追われているからでしょう。太くなった胡瓜ですが、「一緒に太くなった」と共感できる、作者の小さな小さな息抜きスポットのようにも思えました。自嘲気味ですが、この句の太股は筋肉がついたと考えたいです。確かに介護には下半身の筋肉を必要とする動きが多々あります。ユーモアを交えて表現できるのは作者の強さでもあり感性の奥深さでもあるでしょう。


  いくたびも名を問ふ父の夜長かな

 何度名前を問われようとも初めてのように接しなければなりません。もし質問を無視したり否定したりすれば、不安を増幅させてしまいます。

 仮に、

  〈いくたびも名を問ふ父や夜の長き〉

だとしたら、不満をつぶやくようになってしまいますが、掲句は〈父の夜長〉です。父を慮る作者の人柄のよさが句を通してひしひしと伝わってきました。


 以下の句にも注目しました。

  新しき巣箱よ新しき巣箱よ母を引き取る日

  かなかなの風に雨意あり母の鬱

  うなづくも撫づるも介護ちちろ鳴く

  母がため飯食ふ父よ鷹渡る

  はたるぶくろ無口な車椅子揺らす

  紫陽花の浮力の中を松葉杖


 介護は「他者理解」も大切です。作者の介護する父母に対しての他者理解と、読み手の作者に対する他者理解。なぜこの季語なのか。句集を読み進めていくと季語が双方の「他者理解」の糸口のようにも思いました。

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プロフィール

高野麻衣子 

1979年生まれ 福島県出身「澤」同人

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2021年7月9日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】15 恋と出会い  野島正則

  篠崎央子句集『火の貌』との出会いは、「未来図」同人の永田満徳氏が管理者である、フェースブックの「俳句大学」というサークルがきっかけです。

 俳句交流の「場」として、ポスト「結社の時代」を担う俳句界のフロンティアを理念に集い、インターネットで毎日三句の投句を行っているこのサークルの「俳句大学投句欄」の講師として、篠崎央子さんが選評を担当されています。(2021年5月より)

 このサークルが縁で、第44回俳人協新人賞受賞となり、入手困難となっていた、『火の貌』を寄贈していただきました。改めて御礼を申し上げます。


ばい独楽の弾けて恋の始まりぬ

 恋とは、新しい言葉との出会いである。

 あとがきで、著者が書いている。

 俳句を通じて、どのような出会いがあったのか読み解きたいと思いました。

 ばい独楽は、巻き貝の一種、バイで作ったこまを回すとことです。江戸時代のこまは、無性独楽(むしょうごま)といわれ、貝をむちやひもでたたいて回すものでした。江戸時代にはかけ事が盛んになりすぎて禁止されたほどであったという。

 恋の始まりはこのように夢中になってしまうものなのでしょう。思いあたる方は多いでしょう。

キャベツ刻む独身といふ空白に

 キャベツを包丁で千切りするには、キャベツを大きく4等分に切り、それを端から細く切っていく方法と、芯を取った葉を数枚重ね、端から細かく切っていく方法があるようですが、空白から連想するに、4等分にして、芯の部分を空白と感じているように思いました。

 作者はこれまでの、独身というキャベツの芯のように手応えのなかった時間を空白と捉えたのかもしれません。

 当然、いままでの空白を埋めるべく夫のことが頭にあったのでしょう。


エプロンは女の鎧北颪

 わずかな火加減で、旨さ、味付けの勝敗が分かれることもある料理はまさに戦い。ここではもう、妻として、家事を仕切っているように思います。一家の料理人の“戦場”であるキッチンへ足を踏み入れるには、エプロンは鎧。北颪などには負けない、着るだけで気持ちが引き締まるのでしょう。

図形めくおでんを囲み文学者

 おでんのルーツは室町時代に流行した「豆腐田楽」だという。江戸庶民には、屋台で手軽に食され、やがて煮込みおでんへと進化し、家庭で食べる料理へと変化。おでんは現代の定番料理となったという、いわば食の文化。

 あとがきから推測するに、これは万葉集の研究の著者、古事記の研究の夫とおでん鍋を囲んでの食卓の景でしょう。

花ミモザ夫ていねいに皿洗ふ

 おや、いつの間にか旦那様を台所の手伝いに使うようにまでなったようですね。

花ミモザの花言葉は「真実の愛」

愛情に溢れているようです。

竜となるまで素麺をすすりけり

 「竜」は、古くから信仰の対象だった「蛇」が由来で土の神さまなのだそうです。昔の人は、不幸を蛇に例えたという。「竜」は、その不幸を乗り越えた象徴になっているのだそうです。

 そうめんの起源には、飢饉と疫病に苦しむ民の救済を祈願したところ、神の啓示を得て、肥沃な三輪の里に小麦を撒き、その実りを水車の石臼で粉に挽き、癒しの湧き水でこね延ばして糸状にしたものと伝えられているそうです。

 苦しみを乗り越える竜、家庭内の苦労などからも乗り越えようとしているとみるのは、深読みでしょうか。

太股も胡瓜も太る介護かな

 ギネスブックには何とキュウリが「世界一栄養がない果実」として堂々1位に挙げられているようです。

 現在我々が食している緑色のきゅうりは実は肥大途中の未熟果で、江戸時代末期まではあまり人気のある野菜ではなかったようです。水戸黄門こと徳川光圀は「毒多くして能なし。植えるべからず」とまで言っていたそうです。幕末にきゅうりの品種改良が行われ、成長が早く歯ごたえや味の良いきゅうりが出てきて、人気の野菜となったようです。

 今、私の父が脳梗塞で、母の介護がかかせません。現代社会の一面をみるようです。

二世帯暮らし雑炊に噛む魚の骨

 雑炊の文字は、野菜、魚貝類などを米や穀類に加えて混ぜ合わせ、炊き上げるものの意で寒いときには体を芯から温めてくれる。二世帯暮らしに垣間見るぬくもり、魚の骨からはその反対に冷たさも感じられます。

ごまめみな笑ひ転げて曲がるなり

 正月のおせち料理、祝い肴として欠かせないものの一つであるが、好んで食べることもないようなごまめ。手造でしょうね。弱火で炒ったカタクチイワシの曲がった形に思わず笑みが。明るいお正月となったようです。

相続の灰汁掬ひつつ蕗を煮る

 避けては通れぬ相続の事もさらりと一句に。

 灰汁を使って食品自体がもつ強くてクセのある味を処理したことから、そのような嫌な味やクセそのものも「あく」と呼ぶようになったという。一つ一つ解決して、上品な蕗の味付けとなったことでしょう。

 恋の芽生えから、結婚、夫婦の新しき暮し、二世帯暮らし、夫の親の介護、俳句と共に歩んでいる姿をみたように思います。

 食に注目して、共感した句を付け加えておきます。


第一章  血族の村

ビアガーデンとばされさうなピザの来る

ハンカチを出すたび何かこぼれゆく

洗面器の底に西瓜の種一つ

失敗の多き一日とろろ飯

黄落や乾ききつたるパンを食ふ

漬物の茄子さびてをり神渡し

極月の地球の果ての魚を食ふ

牛乳を一息御慶述べにゆく


第二章  石のこゑ

土筆煮て化粧の仕方忘れたる

桜より淡し魚のソーセージ

きのこみな宙から降つてきたやうな

生ゴミと魚と目の合ふ夜寒かな

天孫の古墳と信じ大根干す

討ち入りの日なり醤油の黒光り

年の瀬や目つきの悪しき魚を提げ

魚屋より潮の匂ひ日脚伸ぶ


第三章 氷菓の痛み

石臼は農婦のまろさ遠蛙

浅蜊汁星の触れ合ふ音立てて

短夜の隙間だらけのクロワッサン

父に似るじやがいも抜かりなく洗ふ

おでん煮る部屋に膨らむ本の嵩

信長の骨はいづこに闇汁会

焼芋を食み考へる人となる

伊勢海老の謀叛を起こしさうな髭


第四章  巻貝の虹

伊達巻きの焦げ目艶めく寒の明

遅き日の団扇にしたき魚を干す

チョコレート舌に溶かしぬ春の闇

魚河岸は赤き肉売る苺売る

ステーキを端より攻めて梅雨に入る

無防備な海に囲まれ冷奴

生命の棲まぬ星あり栗を剥く

ミサイルにまたがれし島いなご食む

珈琲の暗さの質屋漱石忌

密偵の眼して塩鮭届きたる

身の洞へ牡蠣を滑らせ明日は鬱

火の貌のにはとりの鳴く淑気かな

 本句集の出来上がりを楽しみにしておられた鍵和田秞子主宰は、刊行を待たずに急逝されたことがあとがきにあります。天上から見守ってくれていることでしょう。


プロフィール
野島 正則(のじま まさのり)
昭和三十三年 東京都中野区生まれ
昭和六十二年 句作を始める
平成  二年 「沖」入会を経て
平成 二十年 「青垣」入会
平成二十七年 「俳句大学」参加
平成三十一年 第2回俳句大学五島高資特別賞受賞
令和  三年 「平」参加

2021年5月28日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】14 内側の視線と外側の視線  浅川芳直

 角谷昌子氏の跋文は、棟方志功の女人画や縄文のイメージを重ねて本句集を読み解いている。故郷を力強く詠う作風や、叙法の上での力強さも併せて納得の指摘であった。筆者なりにこのイメージを言い換えると、地に根の生えた句、根無し草的ではない句、ということになるのではないかと思う。十七音の中に季題が入っていて、その距離感や言葉の言い回しが面白い、ただそれだけの作品ではない。主体と環境が相互作用する結節点としての一句と言おうか、それゆえに作者の境涯の香りもほのかに漂う作品が並んでいる。

 「根無し草的でない」という印象をもう少し突っ込んでいえば、自らのルーツへの意識が詠み手の輪郭を彫琢しているように思われた。その意識は故郷とそこに累代住まってきた血族、そこから家族、そして命全般へと広がりを見せるようでもあり、著者独自の探究の取り組みが窺われる。つまり「地」と「血」への意識を背景に「命」をとらえてゆく態度である。タイトルとなった〈火の貌のにはとりの鳴く淑気かな〉など、著者の師系を感じさせる生命諷詠の句と言えよう。

 「地」と「血」への意識を背景に「命」をとらえてゆく態度は句集刊行後、俳人協会新人賞受賞第一作「青の続き」(「俳句」2021年4月号、151頁)の第一句、

はうれん草血のざわざわと流れたる

にも作者の個性として保持されているようだ。

 標題について説明しておこう。「内側の視線」という言い方で意図したのは、故郷や先祖に対し、当事者としてずぶずぶ没入してゆくような視線である。一方「外側の視線」という言い方で意図したのは、日本の風土、生命の強さ等々に読み手が期待しがちなものが投影されたような見方である。曖昧な概念対であるが、読者を意識しすぎても、自己表現を意識しすぎても、どちらかに振れ過ぎると平凡あるいは奇怪になりやすいのは衆目一致するところだと思う。

 本稿は句集を内側・外側という二つの視線に着目しながら、印象的に詠まれる「地」と「血」への意識に目を向けたい。

 第一章をはじめ句集前半では「これでもか」というくらい外部の視線を意識した故郷の表象が勝っているようである。

開墾の民の血を引く鶏頭花

血統の細くなりゆく手鞠歌

 いずれも本州の郡部の実感として「いかにも」であると同時に、「まさしく」と共感を呼ぶ句と言えよう。季題もいささか劇的と言えるくらいに効いているが、絶叫というわけではない。読者の目を引く句である。どちらの句も自らの血統を直截に言って季題を配している。一句目の「引く」も二句目の「ゆく」も共に終止形と連体形が同形であり、季語にかかってゆくような感覚も起こさせる。鶏頭の赤に対する血、正月遊びに対する死者の記憶や生者への思いなし、これらはいささかわかりやすいくらい、共感を生む故郷詠だと思う。

 巧みに共感を引き起こす演出は、一歩引いて見ているからこそなせる技であろうか。肌でとらえる思いにならない思いや皮膚の感覚を外部の人にもわかりやすくキャッチーに命題化し、さらに俳句に組み込んでゆく。そのような意味で、「外部の視線」を感じる作品である。

 むろん、内側/外側という区別は絶対のものではない。たとえば

柿若葉先祖に詐欺師ゐるらしき

絡み合ふ神の系図や冬の雷

 「先祖に詐欺師ゐるらしき」「絡み合ふ神の系図」のようなあけすけな詠み方は、対象を卑近なものとして、飾らずに見なければ出てこない。そしてこれら自体は内側の人間の視線でなくては出てこなさそうな言い回しながら、柿若葉のつやつやした輝きも、冬の雷の鋭さも素材をべたつかせない、外部の人が心地よく一句を楽しめるだけの絶妙な配合である。上五の季題が仮に「葉鶏頭」であったらどうだろう。掲句のように昔語りとして「ふうん」と聞くくらいの態度としては読まれないはずだ。二句目の神々の系図の混乱具合にも、冬の雷、重たく降り積もった雪の寒さの中に突如走る雷の音が潔く、いかにも今まで気づかなかったのだ、という気分的な軽さが加わる。古い土地神を祀っている神社には祭神をあとからこじつけた神社も多いが、シニカルな視線もあるようで、「血縁・地縁にずぶずぶに入り込んでいるのではなく、一歩引いた態度をとっていますよ」という読者を引かせすぎない態度が見える。

 「マニュアルの範囲内で少しだけ冒険するのが楽しい」(「俳句」2021年4月号、150頁)と語る著者らしい、わかりやすく、また上手さもあり、共感しやすい作品が多い。

 この印象は、「地」と「血」という作者の好むごつごつしたモチーフの少ない第二章においても同様にある。第二章では、自然観照の深さ、描写の巧みさ、皮膚感覚、あるいはアニミズムなど、ますます俳句らしい妙味において、さまざまな者どもの命を描いている。取材の幅が広がり、技術的に目を引く句が多い。地と血に対する意識は一度背景に消え、のびのびとした魅力のある章だと思う。

石のこゑ木のこゑ蝌蚪の生まるらむ 

東京の空を重しと鳥帰る

溶岩の緻密なる影蠅生まる

さざ波の幾重を抱き白牡丹

破魔弓や我に向かひて波来たる 

 第一句の「こゑ」と第二句の鳥への感情移入、第三句の取り合わせ、第四句は水辺の牡丹か、感覚の冴えに目が覚めるようである。第五句、破魔弓が何か力を持っているかのような一句。

 歴史趣味的な作品として〈菖蒲田の合戦絵巻広がれり〉〈七夕や手擦れ少なき宇治十帖〉、臨場感のある〈ネックレスの不意に重たし夏の鴨〉〈かはほりや鎖骨に闇の落ちてくる〉、言葉の巧みさに唸らせられる〈空つぽになるまで秋の蟬鳴けり〉〈煮大根家は壁から老いにけり〉〈巻き戻る弾力に満ち初暦〉も挙げたい。

 これらの作品も、実体験として読者に読ませる内容ながら、かつ外側の視線に立ってわかりやすく、重くなりすぎずに、その場所や命を詠む……という巧さがある。

 しかし第三章になると、筆者のいう「内側の視線」の傾向が強くなるように思う。〈よなぐもり拷問具めく千歯扱き〉はいささか激しすぎるくらいの眼差し。「後半に進むに連れて草田男帰り」という本書への評を見たが、内側にある詩魂の燃焼が前半に比して強いように感じられる。

夏至の夜の半熟の闇吸ひ眠る 

菜の花の黄は鶏鳴を狂はする

 第一句の「夏至の夜」の艶めかしいほどの迫力、二句目の「菜の花の黄」の眩しすぎるくらいの言い留め。やや主知的とも見える前半に比べ、身体の感覚で摑んだものを思い切り引き絞って放ったような思い切りがある。

 しかし詩魂の内燃といっても、形の上では往年の草田男のような激しさというより、もっと静かな印象である。翻って「地」と「血」という補助線を引いてみると、この変わりようと呼応するように、命、そしてその裏返しの死がしずかに詠まれはじめていることに気づく。

風のごと夫に寄り沿ひ水芭蕉

枯蔦の包む立退き拒否の家

福寿草金魚の墓に群れてをり

 前半の作品と比べてみれば一目瞭然。〈柿若葉先祖に詐欺師ゐるらしき〉のような自らのいのちへの態度は「風のごと」というさらりとしたものに変化し、〈血統の細くなりゆく手鞠歌〉のような嘆きはやさしく〈枯蔦の包〉みこむ。

 このような変化の背景としては介護の経験も大きいのであろうか。

熱帯魚眠らぬ父を歩かせて

芋刺して死を遠ざくる父の箸

松影や破魔矢を挿して車椅子

 第二句〈芋刺して〉にはユーモラスな見立ての中に切迫した父の心、子の心が融けあっているようで、作者の心までも投影した写生句といえよう。句集の一つの到達点であろう。介護を経て、もともとあった「いのち」というテーマの中に「死」もまた意識され、「血」と「地」というモチーフは生と死という大きな背景となって機能しはじめているようだ。

 第四章を見てみよう。介護から看取りへとステージが進み、「血」や「地」の扱い方は前半と比べると、表面上はあっさりながら、内側のセンチメントが滲み出て感動を誘う。

鮎跳ぬる血より濃き香を放ちては 

人の住む限り電線秋桜ほたる

ほたるぶくろ無口な車椅子濡らす

涼しさよ骨砕かれて収めらる

噴水に少し遅れて笑ひけり

血の通ふまで烏瓜持ち歩く

さざなみや凍つる絵の具を絞り出す

 どの句も殊更解釈を重ねるまでもないだろう。〈血の通ふまで烏瓜持ち歩く〉における「血」の温かみ、命への実感。第二章に〈芋の露ゆらして命与へけり〉という句があるが、〈芋の露〉の句の思想性より、人生体験の万感をろ過して気づいたような〈烏瓜〉の句の皮膚感覚に筆者は惹かれる。著者はたびたびさざ波を詠んでいるが、第四章の〈さざなみや凍つる絵の具を絞り出す〉と第二章〈さざ波の幾重を抱き白牡丹〉を比べると、対象を自己へ引き付ける磁力が増し、その分思想や理知の力におんぶしないような作り方に変わっているようで 印象深い。それは、冒頭の私の言葉でいえば、外側の視線ではなく、内側の視線へのコミットメントが強まり、結果的に内側の視点と外側の視点が相即している、ということになる。

くもりなき遺影を抱へ年歩む

今宵もや寝息を吸ひにふくろふ来

火の貌のにはとりの鳴く淑気かな

 掲げた三句は、いわゆる気の利いた、適度にひねった言い回しもある。「くもりなき遺影」「寝息を吸ひに」「火の貌」などである。しかし、当事者でない外側の人を意識して拵えたという感じは一切ない。

 梟の飛来する宵の景色も、初鶏のまとう空気感も、それらに通底するいのちの実感も、読み手が読みたい、聞きたいものである。しかし自利即利他というような、作者のこころがそのまま読者の感動になるような境地に達しつつあるのではないか。

 自分の置かれた環境に共感と愛情をもつことは、それ自体が個性となりうるし、自然界とそれに影響される人間の営みを扱う俳句にとって大切な態度である。しかし、あまりに外からの視線を意識し、風土の上っ面に耽溺しても普遍的な共感は呼ばない。個性や地方色の表出を突き抜けて、小さな個性を脱却にしたところに、その人の作品は完成するのではないか、とぼんやり考えている。そして『火の貌』はそのような関心を共有するすべての者にとって、自身の俳句修行の里程標を示してくれる句集であると思われるのである。


プロフィール

浅川芳直(あさかわよしなお)

・1992年生まれ、宮城県出身。

・「駒草」所属(1998年~)。「むじな」発行人(2017年~)。

・2020年、第8回俳句四季新人賞。

2021年5月14日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】13 『火の貌』小評  北杜 青

  篠崎央子さんとは、毎月一回、土曜の夜の句会をご一緒させていただいています。いつもご主人の冬眞さんとあわただしく入ってこられ、おにぎりを頬張りながら、夢中で出句されています。大変お忙しく、本当に句会が好きな方です。

 筑波嶺の夏蚕ほのかに海の色

私が土曜の句会に参加させていただくようになって間もなくの頃の句です。大変美しい句ですが、同時に古代の神々とつながる山岳信仰の地であり、農蚕発祥の神話も残る筑波という土地の古層から連綿と繋がる人の営みに対する思いを感じます。

央子さんの句は、人事を詠んでも自然を詠んでも単なる写生に終わらない、自然と一体になった人の営みに対する濃密な愛着を感じます。人と隔絶された、眺めるだけの自然ではなく、人々の生活の場としての自然、古くから時に激しく、時にやさしく私たちと対峙してきた自然の中に央子さんの俳句があるのだと感じています。

 秋彼岸きまぐれに伸ぶ波の舌

非常に眼の効いた写生句ですが、同時に波の舌と表現したこと、季語が秋彼岸であることで、何か向こう岸(涅槃)から波の舌が伸びてきているような不思議な感覚が生まれています。

 浅利汁星の触れ合ふ音立てて

生活者としての日常から繊細な感覚で詩情を掬い取った句です。浅利という言葉の姿や音が何故か天空の星々と切っても切れない関係で結ばれていることを納得させられる句です。

 柵を這ふ月のこぼせる捨蚕かな

中七が何とも切なくて、捨蚕をここまで美しく詠んだ句を他に知りません。ここでも自然と人との悠久の営みが詠まれていますが、「月のこぼせる」は、自然ととことん寄り添ってこそ生まれた措辞だと感じます。

『火の貌』は、様々な表情を持った句集ですが、この句に代表される自然と人の営みを詠んだ句から、白洲正子の紀行文集『かくれ里』の世界を感じました。白洲正子は、かくれ里について、「秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、ほんのちょっと街道筋からそれた所に、ひっそりとした真空地帯があり、そういう所を歩くのが、私は好きなのである。」と書いています。央子さんには、まさにこの「ひっそりとした真空地帯」の雰囲気を色濃く宿している句があります。央子さんは、よく自ら吟行を企画されて、ご一緒させていただくことがありますが、同じところを歩いても、出てくる句が纏う雰囲気が他の方とは全く異なります。飯田龍太が言う旅館の裏側ではなく、白洲正子のこの「ほんのちょっと街道筋からそれたひっそりとした真空地帯」の雰囲気がぴったりです。

 指先より魚となりゆく踊かな

 踊りのなかで一番大切なのは手の動きですが、その指先から魚になってゆく、繊細でしなやかな動きが描かれています。また、「の」ではなく「より」であることでやがて踊子の身体が魚になることを予感させ、娯楽としての現代の盆踊の雰囲気を軽々と超え、空也や一遍の念仏踊、さらにそれ以前の郷土信仰のなかの動作としての舞や踊りの雰囲気を纏った句です。

 触れてゐて遠き芒の銀河かな

 満天の星空のもと、作者は、今、たしかに月白に輝く芒に触れていますが、触れることによって限りなく遠いことを感じています。触れることでしか感じられない芒原の遥かさが描かれています。

 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな

 読み終わるのを惜しみつつ開いた最終頁に置かれたこの句は、一集を締めくくるに相応しい一句です。限りなく澄んだ写生の眼によって生み出された上五の表現は、淑気という季語の本意に新たな感覚を加えるものだと感じます。初春の早朝、張り詰めた空気を貫く一番鶏の声は、天の岩屋戸から天照大神を呼び出す常世長鳴鳥の声であり、新たな年を照らす太陽を呼び出す、激しくも厳かな鶏の貌が見えてきます。央子さんの自然に寄り添った写生の先にある表現の自在が遺憾なく発揮された句だと感じました。

 俳人協会新人賞を受賞した央子さんの句集『火の貌』の感想を書かせていただき、大変光栄でした。ありがとうございました。

2021年4月23日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】12 さりげなくラブレター  句集『火の貌』賛  新海あぐり

  この度の俳人協会新人賞おめでとう。受賞を信じていましたが、もしあなたが受賞できないようでしたら、私は俳句からしばらく遠ざかろうと思っていました。思っていた通りの大反響で、たぶんあなた自身、取り上げられたメディア、総合誌、新聞、ブログ、結社誌の把握をしきれていないものと思います。

 鍵和田秞子先生がいないのがなんとも残念ですね。パンデミックでお祝いの会も開けないなんて……。「未来図」では秞子先生から数えて、4人目の大賞になりますね。あなたと会うと「酒を飲むために句会がある」という言葉が蘇ります。ずいぶんと飲んだものです。あなたの世代はロストジェネレーション世代で、バブル世代と大違いで、酷く割を食いましたね。職を求めての苦労が、口に出さないだけに、いつも気になっていました。

 2002(平成14)年に、俳句の先生だった二川仁徳さん(現・「むさし野」主宰)に連れられて少し恥ずかしそうに現れたのを覚えています。まだ27歳? の乙女の風情? 20代でこの詩形にはまってゆくなんて何ということでしょう。

 2004年5月には親しくなったあなたを連れて、石地まゆみさん、小松健一さんと私は、箱根の森岡けいじさんの別荘に招かれ句会を催しましたね。何より驚いたのは私の句集『悲しみの庭』をわざわざ買い求めたと聞いたのは、その夜のことでした。句会が果て、森岡さんが眠り、3時ぐらいに寝始めた小松さんと私は「コラッ。まだ眠るな!」と叩き起こされ、温泉でアルコールを抜きつつ、夜通し酒を飲みましたね。翌朝は筍を掘り、少し寒かった大涌谷などを吟行し、帰りついた新宿で行きつけのボルガに入り、袋回しやりました。

 その翌年でしたか? まだ30歳? で2005年、朝日俳句新人賞奨励賞受賞。私も会場に駆けつけました。壇上のあなたは初々しく、まだ村の子の面影を引き摺っているようでもありました。

狐火の目撃者みな老いにけり

があり、鍵和田先生が「選者の茨木和生さんがこういう句を好きな句なんだわ」といったのが忘れられません。まだ産土の匂いを強く背負っている時間だったのでしょう。

野焼き終へ仁王の如き父の顔

と句集の冒頭にあり

血族の村しづかなり花胡瓜

開墾の民の血を引く鶏頭花

と続く強烈な句群がこの句集の核にあるようです。このぬぐいがたい村落の血はその後も核となり続け、いくつもの名句が現われます。

 都会で学生生活を送りながら、郷里と都会とのギャップにさぞや驚いたことでしょう。若い時に『万葉集』の研究に没頭し、短詩に出会えたがゆえに世界一の大都会を見る目も鋭くなっていたと、推察します。

 朝日俳句新人賞奨励賞受賞の翌、2006年には未来図新人賞。入会からわずか5年目で、その実力を認められ、同人になりましたね。「未来図」の文字通り若手のホープでした。あなたの句に感動したカメラマンの畏友・橋本照嵩さんが突然、あなたを「撮りたい」と、言ってきて、立ち合いに付き合ったのも忘れがたい思い出です。誓子、楸邨、真砂女、兜太など『現代の俳人50人』を撮っている人ですよ。

月赤し都会は捨つるもの多き

パンの黴剥ぎ一行の詩を練りぬ

スカーフのなじまぬ育ち鳳仙花

東京は玻璃の揺りかご花辛夷

なんですね。そんななかでもいくつかの恋に走っていたんですね。

恋の数問はれ銀杏踏みにけり

葉牡丹の紫締まる逢瀬かな

ロスジェネ世代だから詠えた句も痛切に迫ってきます。

枯芝に身を擦る猫や失業す

麦笛に犬の振り向く職探し

着ぶくれて遊女になつてみたき夜

 「枯芝」はまるで捉えようのない会社社会の冷たさを象徴しているようです。「職探し」は自分を否定されるようないくつもの辛い思いを強いられたでしょう。この無念があるいは俳句へ、故郷へ、恋へ向かわせた一因かもしれないと、ふと思います。句会の後の飲みっぷりは豪快でした。酔うとすぐ寝てしまうのですが、しばらくすると回復。再び飲み始める。なかなか見ものでした。そのあとのカラオケでも、俳句同様、驚くべき上達を見せました。ソファの上に立って踊りながら、音痴でも思いっきり歌うのが大事なのでしょう。どんどん上達し周囲を唖然とさせるほど日進月歩? でしたよ。

血の足らぬ日なり椿を見に行かむ

 句会でこれが回ってきたときにはびっくりしました。その後も何度、驚かされ、感動し、“俳句の才能”というものを思い知らされるはめになったことか。都会生活の中で独特の眼差しを持って、見るべきものを新しい視点で詠んでくれました。

栗虫を太らせ借家暮らしかな

 私が2011年『深沢七郎外伝』を出版し、翌年に出版パーティを開いたとき豪勢な花束をあなたから受け取りました。その時衆目の面前で、私の首に抱きついてきました。お酒の勢いもあったのか、びっくりポン。首が折れるかと思いました。

 この頃、冬真さんと恋に陥り始めていましたね。親しい句友と少しハラハラしながら見守りました。ほどなく二人は同棲、結婚に至りました。句会はいつも一緒。仲睦まじく、楽しそうでした。時に起こしたヒステリーも忘れがたいのですが。冬真さんがベテランの俳人でしたから、あなたの句に一層の磨きがかかったのでしょう。ほどなく夫の両親を引き取り、その介護を抱えるというキツイ生活でも「極楽の文学」をいかんなく発揮。

風のごと夫に寄り添ひ水芭蕉

東京の人は土買ふ蜥蜴飼ふ

太股も胡瓜も太る介護かな

 2015年夫君は『時効』という、話題沸騰した第一句集を上梓。その代表句に

〈時効なき父の昭和よ凍てし鶴〉 

があります。お二人はすっかり意気投合、あなたは自身の句集のあとがきで「こんなにも馬が合う夫と巡り逢うなんて、私は、前世でかなり良い仕事をしたのだろう」と、平然と記しましたね。前代未聞の一文です。

職業は主婦なり猫の恋はばむ

春愁の塊として牛眠る

黒葡萄ぶつかりながら生きてをり

瘦身の夫蟷螂に狙はるる

倭の国は葦の小舟や台風圏

脱藩をしさうな松を菰巻に

 「春愁の」「黒葡萄」の句には切ない美しさが。「痩身の夫」をユーモラスに、「倭の国は」は縄文の時代からのこの国のありようを捉えている鋭さがあります。「脱藩」の句は句会で出会い思わず竜馬を思い、ニヤリとしました。どの句にも言えるのは季語の的確な使い方と視点のユニークさだと感心させられます。

 今二人は「未来図」を引き継ぐ形で誕生した俳誌「磁石」の中心になって働いてますね。冬真さんが編集長になり、あなたは会計という重荷を負って頑張っていますね。いつも二人吟行を楽しんでいるようでうらやましい限りです。鍵和田先生の「こんなところで満足していちゃだめよ」の遺言を胸に、今後の俳句界を大いに賑わせて楽しませてくれることを切望してやみません。

 いつも平然として、酒席に付き合ってくれてありがとう。改めて感謝する次第です。新型コロナのパンデミック後の第二句集を楽しみにしています。酒席を用意しておきますね。お元気で。


新海あぐりプロフィール

1952年、長野県佐久生まれ。光文社で「カッパ・ブックス」「月刊宝石」の編集に携わる。1987年より作句開始。藤田湘子の後、鍵和田秞子に師事。俳人協会会員、日本ペンクラブ会員。本名均。著書に『深沢七郎外伝』『司馬遼太郎と詩歌句を歩く』(ともに潮出版社)、『カッパ・ブックスの時代』『満州集団自決』『いのちの旅人』(ともに河出書房新社)『季語うんちく事典』(角川文庫)、句集に『悲しみの庭』(朝日新聞社)がある。

2021年4月9日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい 】11 「湯島句会」から『火の貌』へ ~~篠崎央子さんの句に触れて 片山一行

  神田神保町に「銀漢亭」という〝俳句酒場〟があった。店主は「銀漢」主宰の伊藤伊那男先生。お客の大半は句歴はともかく俳人である。「え、こんな人が!」という著名な俳人も訪れることがあった。

 10年少し前、知人に「一行さんは詩を書いているんだから、面白い店があるよ」と銀漢亭に連れて行かれた。周囲の皆さんから「俳句、おもしろいよ~~。本格的にやってみれば」と誘われるまま、歳時記を買って俳句を始めることになった。

 篠崎央子さんの句に初めて出会ったのは2012年の初めだと思う。場所はこの銀漢亭。『火の貌』の話をする前に、まずこの銀漢亭の話をしておきたい。おそらく央子さんはここで大きく飛躍したはずだから。

 寒林や昔男は笛を吹き 央子

  たぶん、央子さんの句のなかで最初に触れた句である。

 銀漢亭で「湯島句会」という伝説の巨大超結社句会が開かれていた。最初は初心者数人で始めた句会だが、来店される俳人に片っ端から「選だけでも」とお願いして、著名な俳人の選がズラリと並ぶ豪華な句会になっていった。

 人が人を呼ぶように句会は膨れあがり、4年目を超えた頃には出句者は100人近くになっていた。句会当日は狭い店内に、それこそ立錐の余地もなく数十人が集まる。参加結社は延べにして30になった。

 央子さんとお会いしたのは第49回あたり。すでに未来図の同人で、お若いのに「巧いなあ」という堅実な句を詠まれた。何よりも堅実で生活に根ざした句だった。

 歌ふこと鯉にもありぬ花盛り

 舟はいま翼を得たり秋の虹

 声あげて水動きをり薄氷

 これは当時の湯島句会での句。いずれも美しい。

 央子さんは毎回点を集める。当然、披講のときに「篠崎央子!」と名乗ることも多い。すっかり記憶に刷り込まれていった。特選にいただいたこともあった。

 湯島句会は120名を越す投句者にまでなると、運営も大変になる。2013年の夏、第66回で惜しまれながら閉会になった。銀漢亭も、伊那男先生が俳句と居酒屋経営の「二足の草鞋」が厳しくなり、そこへコロナで2020年5月に閉店になった。

 俳人にとってはオアシスのようなところでもあり、道場でもあった。いまは「神保町に銀漢亭かあったころ」というリレーエッセイがネットで連載されている。

「セクト・ポクリット」https://sectpoclit.com/

 私はこの湯島句会と銀漢亭に育てられたと思っている。この店に行けば、誰かしら俳人と出会う。そして俳句に関する話に花が咲く。いまでも閉店を惜しむ人は多い。

 湯島句会からは、多くの若手俳人が輩出された。月野ぽぽなさん、西村麒麟さん、堀切克洋さん……等々。おそらく央子さんもここで鍛えられたはずだ。超結社だけに普段、所属している結社内での句会とはまったく違う句柄の俳句がどんどん出てくる。当然刺激になる。

 選もかなりばらつく。

       *

 7年前に私は故郷の愛媛県松前町に移住した。いまは、湯島句会をモデルに「松前(まさき)ネット句会」というものの世話人のようなことをやっている。まだ30名だが、各結社の同人や編集長クラスがズラリと揃う、超結社のハイレベルな句会だ。

 央子さんともフェイスブックを通じて数年ぶりに連絡が取れるようになり、この句会にお誘いした。興味のある方は以下のアドレスへ。

  ikko_k@nifty.com

(片山一行アドレス)

 湯島句会の最大の特長は、「誰が選んだか分かる句会報」である。普通、5人の選が入れば「5」と点盛りされるが、湯島句会の場合は、例えば私なら「片」、央子さんが選んだのであれば「央」と点盛りされる。いま世話人をしているネット句会でも、このやり方を引き継いでいる。

       *

 さて前置きが長くなった。篠崎央子さんの第一句集『火の貌』である。これまでの実績からすれば遅すぎるぐらいだが、引き込まれた。いきなり最初のページで、

 ぜんまいの開く背中を鳴らしつつ

「ぜんまい」という春の雑草が、詩語として何気なくしかし見事に斡旋される。さらにページをめくると――。

 朧夜の笛の余熱をしまひけり

 砂を食む鳩の目赤き啄木忌

 ペンギンの腹から進む立夏かな

 堅実な客観写生でありながら、読者を唸らせる視点がある。当たり前そうで当たり前ではない句群である。そして、美しい。韻律も爽やかで無意味な破調はない。

 花あやめ髪は水気を吸うてをり

 とくにむずかしい言葉を使っているわけでもない。気を衒ったような表現もない。なのに「当たり前ではない句」に仕上がる。「髪は水気を吸うて」など、その極地の措辞だろう。

 ハンカチを出すたび何かこぼれゆく

 極月の地球の果ての魚を食ふ

 海鼠腸やどろりとうねる海のあり

 血統の細くなりゆく手鞠唄

 こうしてあげていくと切りがないのだが、物語性のある句、平明だが考えさせられる句が多い。そして深い。またニヤッとしてしまうような面白い句も混じっている。

 洗面器の底に西瓜の種ひとつ

この句など、とりたてて何も言っていない。最近は俳句甲子園などの影響もあるのか、ワケの分からない取り合わせの句が目立つが、央子さんの句は取り合わせであっても「ワケが分かる」のだ。意地悪に見れば飛躍がないという人もいるかもしれない。しかし俳句は読者がいる。読者を置き去りにするような飛躍は、なるべくなら避けるべきだと思う。

 その点、央子さんの句は常に読者に寄り添っている。しかも、かすかなユーモアもある。私は俳諧味を出すのが苦手だけに、さりげなく日常を切り取った多くの句は、うらやましくもあった。このユーモアと生活感が、甘くなりがちな抒情性を〝芯〟のあるものにしていると思う。生活感のある抒情性、とでも言えるだろうか。

 だからいずれも、地に足がついた堅実さがある。

 秋暑し黄身の染み出す割れ卵

 秋の蚊の淡きかゆみを古筆展

 黄落や乾ききつたるパンを食ふ

 名刀のかすかなる反り十三夜

 肩触るる距離落椿踏まぬやう

 銀蠅や早送りするラブシーン

 森に入るやうに本屋へ雪催(これは湯島句会で出句された句のはず)

 蛍狩つなぐてのひら濡れ手をり

 緋鯉ゆく恋の勝者とならむため

 ラムネ飲む人魚のゐない水族館

 共通しているのは、対象へのさりげない優しさではないだろうか。きりきりと痛むような句は、まずない。平明で、俳句に対峙する姿勢がまっすぐなのだ。

 ある人に言わせると俳句の神髄は「忠実な客観写生+刺激的だが自然な措辞」だという。まさに央子さんの句が、それである。さらに季語へのリスペクトがある。

    *

 このままだとあと何十行も書いてしまいそうなので(笑)、最後に私なりに10句ほどを選んでみた。

 寒牡丹鬼となるまで生き抜かむ

 溶岩の緻密なる影蠅生る

 通りやんせ蛍袋に夜の来たる

 かはほりや鎖骨に闇の落ちてくる

 空つぽになるまで秋の蟬鳴けり

 しんちぢり人魚の卵かもしれず

 夏至の夜の半熱の闇吸ひ眠る

 露草は足元の草踏まぬ草

 透明になれぬ街なり聖樹の灯

 涼しさよ骨砕かれて収められる

 さざなみや凍つる絵の具を絞り出す

 そして句集のタイトルにもなった一句。

 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな

 「あとがき」でも書かれているように、火の形相をして鳴く「にはとり」。それを「淑気」と取り合わせる見事さ。先にも書いたが、驚くような取り合わせではないのだが、当たり前すぎる取り合わせでもない。このギリギリのところに央子さんの句はある。

 蛇足になるかもしれないが……。

 芋の秋ひげ濃き人を愛しけり

 これは夫君の飯田冬眞さんのことだろう。冬眞さんとも湯島句会でよくお会いした。お二人とも未来図の同人だが、湯島句会あるいは銀漢亭がお二人をさらに結びつけたのかもしれないのであれば、こんなに嬉しいことはない。そして連れ合いのことを大らかに「愛しけり」と詠める央子さんを心から羨ましく思った。

――――

プロフィール

片山一行(かたやまいっこう)

1953年 愛媛県宇和島市生まれ 現在同県・松前町在住 職業:出版企画編集

    松前ネット句会世話人

    「銀漢」「麦」同人

2019年「麦」新人賞

2020年 NHK全国俳句大会・飯田龍太賞選者(宇多喜代子)賞

2021年 NHK全国俳句大会・自由詠 特選(対馬康子)

俳人協会会員、現代俳人協会会員、日本詩人クラブ会員。

著書

『職業としての編集者』(H&I)

『おそらく、海からの風―第一詩集』(早稲田出版)

『あるいは、透明な海へ―第二詩集』(創風社出版)

『たとえば、海峡の向こう―第三詩集』(創風社出版)

2021年3月26日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】10 妖怪側の理屈  小林鮎美

 『火の貌』を読んで最初に感じたのは「著者の篠崎さんは、怖いものがない人なのかも」というものだった。なんだろう、妖怪を見たとしてもそれほど驚かなさそうというか、妖怪側の理屈がわかっていそうな感じがある。

  血の足らぬ日なり椿を見に行かむ

 月経があるせいか、一般に男性より女性のほうが血を見るのに抵抗がないらしい。赤い椿を見ることでそれを吸収し自分のものとするような、妙な強さと怪しさを感じる。

  あかときの夢の断片蝌蚪の紐

 いつか消えゆくおたまじゃくしの尾のように夢の断片をまだ覚えている。「夢」というあちら側の世界に、まだ身体が半分浸かっているような感覚が心地よい。

  洗面器の底に西瓜の種一つ

 小澤實著『名句の所以』でも解説されている句。なぜそんな状況なったのかがわからない(洗面器を食器がわりにしたのか?)のに、一読して景が生々しく思い浮かぶのが不思議でなんだかぞわぞわする。

  子を叱るあの瓢箪に吸はるるぞ

 脅し方に土の匂いがする。これはもう、どちらかというと怪異の側の発言では?

  花見てふ浮世の風呂に加はりぬ

 浮世の風呂! まあ確かに花見には命の洗濯みたいな面もあるし、あの喧騒は大衆浴場っぽくもあるけれど……。花見を一歩引いて見つつも、しっかり参加しているのが可笑しい。

 〈血族の村しづかなり花胡瓜〉〈血統の細くなりゆく手毬歌〉〈花満ちて死者に無限の夜のありぬ〉などからも思うのだけれど、自分が生まれる前に、世界には長い時間(歴史)があって、とても短い現世があって、その後にまた長い死後があることを、篠崎さんは常に意識している人なのだと思う。いや意識しているというか、そういう感覚が自然に備わっているというか。

 死後の長さのことはともかく、この「生まれる前の長い歴史」の、その先に自分がいるという感覚は、現代では稀有なものだと私は感じている。篠崎さんは昭和50年茨城県生まれで、私は昭和61年群馬県生まれなので、そこまで生育環境が異なっているとは思えないけれど、篠崎さんの持つ「血筋」や「共同体」に対する親しみと執着は、私自身にはないし私と同世代や少し年上の友人からもあまり感じたことがない。

 これは生まれ持っての性質によるところも大きいのかもしれない。「血筋」や「共同体」のようなものを受容し受け継ぐには強さが必要で、句を読んでいると彼女は確かにそれを持っているように感じる。

  絵踏せむアダムのあばらより生まれ

 この覚悟。ちょっと悪意がありそうなところも強かさを感じさせる。

  死ぬ前に教へよ鰻罠の場所

 割とちゃっかりもしている。でも教えてくれるかなぁ……。

  太股も胡瓜も太る介護かな

 介護は力仕事であり精神的にもつらい労働。ユーモアだけでは乗り切れないだろうが、それでもユーモアはあったほうがいいのだろう。ユーモラスでありながら土と汗の匂いがする美しい句だ。

  紫陽花の浮力の中を松葉杖

 言われてみれば紫陽花はまるで浮いているように咲いている。幻想的な光景のなかで、杖をついて進もうとする人間の確かな歩みが胸に迫る。

「血筋」や「共同体」を受け継ぐのに強さが必要なのは、それが論理的なものではないからだ。その核となる人間は、いつ病気になったり死んだりするかわからないし、心はもっと予測がつかない。人間に比べると植物のほうがよっぽど論理的だろう。

 そういう不確実なもの・混沌としたものを受け入れる強さ、器の広さが、最初に私が抱いた「妖怪側の理屈もわかりそう」という印象につながっているのかもしれない。

『火の貌』は、美しいもの、怖いもの、なんだかわからないもの、いろんなものが仲良く入っているにぎやかで楽しい句集である。

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プロフィール
小林 鮎美(こばやし あゆみ)
昭和六十一年 群馬県生まれ。「群青」同人
平成十八年頃 句作をはじめる
平成二十三年 第3回石田波郷新人賞奨励賞
平成二十五年 「群青」創刊号より参加

2021年3月12日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】9 力と色  黒岩徳将

  『火の貌』の序盤の故郷を題材にした句群に、ただならぬ土の香や失われつつある日本の地方への感慨や寂しさを覚えつつも、五感で追体験するには私の経験が不足していることを痛感していた。例えば次のような句である。

白蚊帳に森の匂ひの夜の来たる
子を叱るあの瓢箪に吸はるるぞ
開墾の民の血を引く鶏頭花


 「蚊帳」「瓢箪」「開墾」という言葉に大きな歴史のイメージを被せている。このイメージは私が人生で通ってこなかったものである。瓢箪の句の説話的な趣は、この場面に出会ったことがないのに懐かしい。
 繰り返し読んでいくと、読み手としての私の芯に近い部分と筆者の間にも通い合うところがあるというところがわかってきた。

屈むたび軋むジーパン水引草
やはらかき服を選びぬ野分後
寝不足の口渇きをり花梨の実
かはほりや鎖骨に闇の落ちてくる


 篠崎央子俳句のテーマの一つとしての身体性はおそらくすでに多くの評者に指摘されていることであろう。特に鎖骨の句は、かはほりという季語が過ぎるように置かれることで闇がシャープになった。ジーパンの軋みや口中の質感といったリアルさ(と、それらを支えるための季語との出会いや共振)を自身の身体に領域を限定せず(だから服の質感も身体を通して伝わる)、アンテナを拡張することで次のような句が生まれたのではないだろうか。

ぜんまいの開く背骨を鳴らしつつ
水吸うて布が布巾となる朧


 ぜんまいの背骨という見立てにより、主体とぜんまいの同化を錯覚させる手法はオリジナルではないだろうが、注目すべきは「開く」「つつ」といった、現在を感じさせる進行形の表現である。ぜんまいの開く瞬間を実際に見たかどうかは重要ではない。布巾は濡れることによってこそ布巾としての能力を発揮する。朧から連想される水という要素を布という緩衝材が一句における均衡を保たせるのだが、この湿潤さは主体の体内の水とどこか繋がってはいないだろうか。

夏至の夜の半熟の闇吸ひ眠る

 中盤に出てくるこの句、眼目は長い日照時間を経た夏の闇を「半熟」と把握した感覚であるのは一目瞭然だが、もう少し考え続けてみたい。夜という空間を完成されきっていないと捉えることができたのは、拡張された身体がその感度を高めたからではないかと思わざるを得ない。「鬼の子よ汝が啼けば夜のどつと来る」という、蓑虫という矮小な存在の背後に控える生半可でない夜の句もあったが、夜に対して知覚鋭敏かつ詠み込む角度が多様である。

 こういったエネルギーを蓄えた句があるので、

血族の村しづかなり花胡瓜
蓮見船子を眠らせて戻りけり


といった静寂をテーマにした句も、ただのゼロ状態というよりは、一句の奥に鼓動を感じる。

猿の檻人間の檻夏終はる


の「檻」も、語の持つ閉鎖性にとどまらず嘆きもにじみ出る。

桜より淡し魚のソーセージ
ポタージュの重さ確かむ桜の夜
雪国の空落剝のつづきをり
牛のこゑ吸ひ山茶花の白く散る


 一句における色彩が際立った四句。桜二句は、作者がグラデーションもコントラストも貪欲に描くことの現れである。雪国の句は土着の民なのかエトランゼかで読みは多少変わるかもしれない。「剝落」より「落剝」の方が主体の息遣いが荒くなり、モノトーンの空の印象を強める。牛の句は先述の夏至の句と同じく「吸ひ」が異質であり、「白」が濃い。

ヒステリーは母譲りなり木瓜の花
ステーキを端より攻めて梅雨に入る
黒葡萄ぶつかりながら生きてをり


 一人称の句において、自己の性質の開示に躊躇がない。怒りをあらわにする、肉を積極的に平らげる、コミュニケーションの難しさを葡萄に仮託する……俳句にするという行為の中に登場する人物の性格を俯瞰するという営みが含まれているはずなのだが、客観的にとらえているよりは率直さや不安定さが際立ち、季語との危うい調和が炙り出される。
貪欲さという点では、

花見てふ浮世の風呂に加はりぬ
きのこみな宙から降つてきたやうな


といった、見立てにユーモアの塗された句よりも、

握手してどくだみの香を移したる
洗面器の底に西瓜の種一つ
秋の蠅ヘアスプレーに酔ひたるか
猪が来てゐる音楽の時間
露草は足元の草踏まぬ草


といった驚きが生(なま)の状態で俳句形式という皿に盛り付けられている句に強く惹きつけられた。

自信モテ生キヨ蚯蚓の太りたる
大旦ギターの穴に日の差しぬ
大花火湖国の空をつかみたる
鶏頭や嫁を太らす女系村
とんび舞ふ秋天といふ大き穴
栗虫を太らせ借家暮らしかな
軒氷柱太らせ父の大鼾
大仏の尻より年の暮れにけり
太股も胡瓜も太る介護かな
鶏頭花無言の臓器太りたる
雲はいま天馬になりぬ大旦


 取り沙汰されている「血」というモチーフ以外には、「大」「太」といった語が使われた句が目立った。(このほかに「大根」句も数句ある)。どちらも、物体の状態およびその変化でポエジーを発生させる手法と考えられる。「大」の多用には、些事に拘泥しない姿勢がわかりやすく見て取れる。「大花火」は「大」に対し「つかみたる」という比喩的把握が直線的かつ直截で細工がない。花火が水面で空を摑むのは一瞬である。「とんび」の句は秋という季節の物悲しさが「大き」によって無理なく増幅する。「大仏」の句は「尻」が俗なようで「暮れ」という落ち着きがあり、しみじみとした思いに最終的に着地する。一方、「太」の句は膨張という事象が起こす形状の歪みや不思議さに関心が強そうである。栗虫の句は、一読した時は皮肉、自嘲の句なのかと思ったが、「太らせ」の豪快さに、栗はたくさんあるぞ、借家がなんぼのもんじゃという開き直りを感じる。「鶏頭花」の句は鶏頭を臓器に喩えたと解釈したが、「無言」は異様である。介護の句もあるが、作者にとっての「太」という概念は生のエネルギーを蓄えた結果であり、「太」ることへの感動が言葉という経路を介して読み手に伝わる速さを感じさせてビビッドである。

破魔弓や我に向かひて波来たる
火の貌のにはとりの鳴く淑気かな


 新年の二句。このようなしっかりと腰を落ち着けた句の心持ちで2020年という苦難の年を締め、来年へ向けて前を向いて生きたい。


黒岩徳将(くろいわとくまさ)
一九九〇年神戸市生まれ。「いつき組」所属、「街」同人。
第五・六回石田波郷新人賞奨励賞。第九回北斗賞佳作。

2021年2月26日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】8 自選十句から  涼野海音(「晨」)

 句集を読む際に、まず私自身が共感した句に付箋をつけ、それらの句と作者の自選句を比較することが多い。
 ここでは、句集の帯に記されている自選十句のうち八句を鑑賞したい。

  血族の村しづかなり花胡瓜

 あとがきによれば、作者は茨城県の小さな村で生まれ育ったそうである。「血族」という言葉は生々しい血の色を想起させる。一方で「花胡瓜」は鮮やかな黄色。色彩的な対比が一句の中で見事に決まっている。

  狐火の目撃者みな老いにけり

 「みな」という断定に驚かされた。詩的断定というべきか。
 過去から現在への時間の流れが、一句に凝縮されている。狐火をみた時はみな青年、壮年だった。もしかしたら、その時はその人たちが暮らす土地が繁栄していたかもしれない。
 だが、今は「みな老いにけり」。狐火の目撃者だけでなく、その土地の歴史を知る者も高齢になったのではないか。

  東京の空を重しと鳥帰る

 高村光太郎の詩の一節「智恵子は東京に空が無いという」を思い出した。(『智恵子抄』に収録されている「あどけない話」という詩の一節である)。
 「東京の空を重し」は、大都会の東京の空を感覚的に把握している。「鳥帰る」の鳥がまるで人間のようだ。

  栗虫を太らせ借家暮らしかな

 栗虫をこのように愛らしく詠んだ句が、今まであっただろうか。
 「借家暮らし」の生活感も「栗虫」によく合っている。現代版の虫めづる姫君といったところか。

  筑波嶺の夏蚕ほのかに海の色

 「夏蚕」を「海の色」と言い表したところが新鮮だ。「筑波嶺」と海とはかなり離れている。下五で「海の色」が出て来るとは誰が想像できようか。

  黒葡萄ぶつかりながら生きてをり

 ぶつかりながら生きているのは作者だろう。深読みかもしれないが、この言葉は黒葡萄の弾力をも表わしているようにも読める。つまり「黒葡萄」=「ぶつかりながら」と。

  倭の國は葦の小舟や台風圏

 まるで倭の國全体を俯瞰しているかのようだ。もしかすると天気図を見ている時に、このような発想を得たのかもしれない。
 「葦の小舟」は揺れ動きやすく、漂いやすい。日本という国の現状を風刺しているようにも読める。

  縄文のビーナスに臍山眠る

 縄文のビーナスは、妊婦をかたどった土偶である。その土偶の小さな臍に、目をつけた所が面白い。
 この縄文のビーナスに自己を投影して詠んだか、あるいは誰かに似ている部分を見つけたか。いずれにせよ、土偶に対する愛着が一句全体からにじみ出ている。

プロフィール
・涼野海音(すずのうみね)
・昭和五六年、香川生まれ。高松市在住。
・「晨」所属。
・第四回星野立子新人賞、第五回俳句四季新人賞、第三一回村上鬼城賞「正賞」などを受賞。
・句集『一番線』(文学の森)
・ブログ「涼野海音の俳句部屋」
http://suzunoumine.blog.fc2.com/

2021年2月12日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】7 次のステージのための「火」へ 篠崎央子『火の貌』を読む  なつはづき

 初めてその人に会った時、一番印象に残るのが「顔」だ。
 アメリカで活動する心理学者のアルバート・メラビアン氏によると、人の第一印象は見た目が55%、なのだそうである。いや、9割だ、という意見もあり、とにかく人の印象は見た目による。わたしが篠崎央子さんを見た印象は「おだやか」だった。柔和な表情を浮かべた方だなあ、と思った。しかし、届いた句集のタイトルを見て、どきっとしたのだ。一瞬、ご本人とタイトルが重なり合わなかった。もちろん、第一印象だけで本人を決めつけてはいけない。きっとどこかに「火」を隠しているに違いない。そう思いながら、ページを捲り始めた。

 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな  央子

 タイトルはこの句から取ったものだ。鶏であったか…。
 「朝という刻を告げる鶏は、火のような形相を持つ。」とあとがきで篠崎さんは言う。でも、どうしてもこのタイトルが「鶏の貌」だけではない、そんな気がしていたのである。同あとがきで「『万葉集』が沢山の恋の歌を残しているように、あの頃の私もまた、果敢に恋の句に挑戦していた」とある。そう、恋こそが人の顔を「火の貌」にするに違いない。

 逃水や恋の悩みを聞くラジオ
 雁渡しノートの隅の三行詩
 ばい独楽の弾けて恋の始まりぬ
 恋の数問はれ銀杏踏みにけり
 葉牡丹の紫締まる逢瀬かな
 貝殻のやうな耳ありひめ始


 これらの句は「恋」という文字が出てきたり、一読して恋の句だろうな、という察しが付く句である。ここに彼女の「恋の貌」がある。笑っていたり、泣きべそだったり。しかし恋とは古来隠すものである。隠すからこそ燃える恋もある。

 虫の夜の舌荒るるまで飴を舐め

 わたしにはどうしても「恋の句」としか思えなかった。だからご本人に「恋の句では?」と書いて送った。返事に「恋の句と解釈して下さったのは、はづきさんが初めてです。」と・・・。他の方はそうは見えなかったようだ。
 いったいどれだけの飴を舐めたのだろう。飴と言う小さなもの。恐らくそれは短い言葉なのかもしれないし、恋している相手のちょっとした仕草なのかもしれない。そういうものをひとつひとつ思い出し、反芻し、溶けてなくなるまでかみしめる。そしてそれが終わるとまた別の「飴」を取り出し、ああでもないこうでもない、と思いながら味わい尽くす。いくら舐めても何かが足りない、どこかが満たされない。少しの幸せを少しずつかみしめているうちに、だんだんと心が麻痺する。荒れてくる。疑いも生じてくる。そんな秋の夜。そう思ったら、「実物の飴」なんて舐めていない気にすらなる。
 
 肩触るる距離落椿踏まぬやう
 ネックレスの不意に重たし夏の鴨
 ハンカチを出すたび何かこぼれゆく

 
 ハンカチを出す、とは単に手を洗った後だとか汗を拭うため、という現実的な所作の事ではない気がする。デートでの食事の時に膝に広げるために出すハンカチ、相手の頬を拭いてあげるために出したハンカチ…各シチュエーションでハンカチを出す度に、何かがこぼれてしまう。自分の思い、秘めた恋心がぽろりと溢れ出すのである。

 あひづちを少し変へたる野菊かな

 素朴で愛らしい笑顔を持つ篠崎さんが、ふっと相手への相槌を変える。思わせぶりな口調なのかもしれない。そっけないのかもしれないし、妙に艶っぽい口調かもしれない。とまれ、相手に「あれ?」と思わせるテクニックを使う。もう純情なだけの少女の口調ではない。

 こうやって恋の句を句集の中から探す作業をしていて、ふと気が付く。ある一定の時期を境に、はたと「いわゆる恋の句」が見当たらなくなる。句順が制作順に並んでいるかどうかは定かではないが、どうやら「夫」が句に登場した頃から少し様相が変わってくる。

 浅利汁星の触れ合ふ音たてて
 風のごと夫に寄り添ひ水芭蕉
 花ミモザ夫ていねいに皿洗ふ


 ミモザの花は明るい花を空いっぱいに咲かせる。それは包容力の表れでもある。夫の事を「お腹を壊す時も歯痛になる時期も一緒。こんなにも馬が合う夫と巡り逢うなんて、私は、前世でかなり良い仕事をしたのだろう。」と述べている。ていねいにお皿を洗うのは夫であり、篠崎さんだ。そこに家族の平和がある。
 すばらしき伴侶を得、身を焦がすような恋心の句はもう作らなくなってしまったのか、否、視点を変えて恋の句は続いていく。

 初雪の裾より濡るる恋の絵馬
 狐啼く春画の唇の燃えてをり
 職業は主婦なり猫の恋はばむ


 当然、この絵馬を書いたのは篠崎さんではない。誰か解らぬ人の絵馬にそっと心を寄せたり、春画の半開きの唇を見て恋の不確かさに眉を顰めたり、貞淑な妻が自由奔放な猫の恋を嗜めたり、形を変えて句の中に恋は残り続ける。恋を傍観するものの貌として。
 傍観者の恋の句が出てきたころから、介護の句が見られるようになる。

 新しき巣箱よ母を引き取る日
 熱帯魚眠らぬ父を歩かせて
 かなかなの風に雨意あり母の鬱
 いくたびも名を問ふ父の夜長かな
 魚の皮残す家族よ秋の虹


 義理の父母の介護である。恐らく自分の家族との違いに戸惑い、苦労もあっただろう。夫をはじめこの血族は魚の皮を残すのである。ああそうか、皮って食べないのだな、皿に残った皮を眺めながら、皮を残さない自分の皿を見る。ささやかな疎外感。秋の虹のようにすぐに消えてしまうのだけれど。
 
 うなづくも撫づるも介護ちちろ鳴く
 父に似るじやがいも抜かりなく洗ふ
 母がため飯食ふ父よ鷹渡る


 それでも愛情を持ち、ご両親に接していたのだろう。そこには力強く献身的に介護をする篠崎さんの貌が見て取れる。家族に対する湧き上がるような気持ちがあっての事である。望郷の念があったであろう両親の為に、丁寧にじゃがいもを洗う。きっと北海道産のじゃがいもであろう。何を作って差し上げたのか。

 篠崎さんの様々な「貌」を句集から見て取って、タイトルになったあの一句をもう一度ここで読み直してみる。「朝という刻を告げる鶏は、火のような形相を持つ。」朝とは時間的な事のみではなく、次のステージの始まり、とも思える。その時その時の新しい局面、それに向かっていくときの貌、それが「火」なのだろう。恋もそう、夫婦の新しき暮しもそう、夫の親の介護もそう、ひとつひとつのステージに全力で取り組むときのその貌こそが「火」なのだ。体の中から湧き上がるその熱き思いが顔に現れる。
 第一句集を上梓し、次のステップへ向かう篠崎さん。一月の終りにこの『火の貌』で俳人協会新人賞を受賞されたというニュースが飛び込んできた。心から御礼を申し上げたい。
この句集を手にした時に感じた「ただならぬパワー」が確信に変わった瞬間でもあった。この受賞をきっかけに恐らく一段とギアを上げて来るに違いない。次はどんな「火の貌」で俳句を作って行かれるのか、楽しみで仕方ない。

 寒牡丹鬼となるまで生き抜かむ  央子

なつはづき
横浜市在住
「青山俳句工場05」「豈」所属 超結社「朱夏句会」代表
第36回現代俳句新人賞 第5回攝津幸彦記念賞準賞
『ぴったりの箱』朔出版(令和2年6月刊行)

2021年2月1日月曜日

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス


1 句集『火の貌』に潜むもの   小滝 肇  》読む
2 縄文のビーナス   中村かりん  》読む
3 恋と血と   吉田林檎  》読む
4 恋は続く   足立枝里  》読む
5 篠崎央子句集『火の貌』を読む その場所/視座   田島健一  》読む
6 あるいは「時間の花」について   鈴木大輔  》読む
7 次のステージのための「火」へ 篠崎央子『火の貌』を読む   なつはづき  》読む
8 自選十句から   涼野海音  》読む
9 力と色   黒岩徳将  》読む
10 妖怪側の理屈   小林鮎美  》読む
11 「湯島句会」から『火の貌』へ ~~篠崎央子さんの句に触れて   片山一行  》読む
12 さりげなくラブレター  句集『火の貌』賛   新海あぐり  》読む
13 『火の貌』小評   北杜 青  》読む
14 内側の視線と外側の視線   浅川芳直  》読む
15 恋と出会い   野島正則  》読む
16 他者理解の糸口   高野麻衣子  》読む
17 央子と魚   寺澤 始  》読む


Fragments de poteries de la culture Jômon (exposition Fukami, Paris)

2021年1月29日金曜日

【告知】篠崎央子氏が句集『火の貌』で俳人協会新人賞を受賞しました!

令和2年度俳人協会四賞が以下の通り決定しました。
第60回俳人協会賞
  野中 亮介 『つむぎうた』(ふらんす堂)
第44回俳人協会新人賞
  安里 琉太 『式 日』(左右社)
  篠崎 央子 『火の貌』(ふらんす堂)
第35回俳人協会評論賞
  井上 弘美 『読む力』(角川文化振興財団) 
  南 うみを 『神蔵器の俳句世界』(ウエップ) 
第35回俳人協会評論新人賞
  該当なし

 篠崎央子氏は現在BLOG「俳句新空間」で「『火の貌』を読みたい」を連載しています。
心よりお喜び申し上げます。

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】6 あるいは「時間の花」について  鈴木大輔

※『火の貌』はこの度俳人協会新人賞を受賞しました

   魚の皮残す家族よ秋の虹

 食というのは、その人が生まれ育った家庭環境やその家族の歴史や文化を色濃く反映しているものだと思う。毎日欠かすことなく繰り返される食事を通じて人間の心身は文字通り形作られていく。作者篠崎央子氏自身による句集のあとがきに、

 夫と一緒に暮らし始めて二年後に北海道で暮らしていた夫の父母を引き取り、在宅介護をすることとなった。フルタイムで働き、俳句の原稿を書きながらの介護は、苦しくも楽しかった。

と、ある。よって、この句で「家族よ」と、呼びかけている「家族」とは「夫の父母」を含めた、篠崎氏にとって新しい「家族」であることが推測される。「在宅介護」が必要な義両親の嚥下を助けるために、あえて「魚の皮」は「残」されたのか、それとも、元々「夫」の「家族」は「魚の皮」を残す食文化の中で生きてきたのか、そこはわからないが、一方の篠崎氏は「魚の皮」を「残」さない「家族」のなかで育ってきたのであろう。そういった差異がなければ詠まれることのない句である。親しい人との生活のなかで感じる小さな差異に、小さいからこそ埋めてはいけないような、小さいけれども到底埋められそうもなく感じるような、そんな他者との差異を知ってこそ、人はそこに自分自身だけが持つ色彩を見つけるのであろう。氏は「秋の虹」にいったいいくつの色彩を見出したのであろうか。

 実際、篠崎央子第一句集『火の貌』は絵画的な色彩感覚に満ちた句集である。

  血族の村しづかなり花胡瓜
  開墾の民の血を引く鶏頭花
  鮎跳ぬる血より濃き香を放ちては
  血の足らぬ日なり椿を見に行かむ
  血の通ふまで烏瓜持ち歩く
  火の貌のにはとりの鳴く淑気かな

 
 赤色は人間のいのちにとって、もっとも根源的な、それでいて、だからこそというべきか致命的なものにもなりかねない色だ。句集『火の貌』には、タイトルの「火の貌」も含めて、「血族」、「血」、「火」など根源的な赤色を連想させる言葉があまた散りばめられている。「花胡瓜」は黄色い花だが花弁はそう大きいものではなく、花自体は「胡瓜」の葉や茎の緑色に埋もれてそっと咲いている印象がある。「花胡瓜」の咲く「万緑」の季節に、「血族」という「血」の、赤色のメタファーを「しづか」に対比させることで、一句のなかに赤と緑という補色の関係にある二つのイメージが拮抗し、さながらフォービスムの絵画を前にしているようである。ここに〈さざなみや凍つる絵の具を絞り出す〉という句まで加わると、これはもうフォービストのアトリエにまで迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。そして、床に散らばっているマゼンタやヴァーミリオン、カドミウムレッドの「絞り出」された「絵の具」のチューブを幻視して気が付く。これはひとつのたたかいなのだ、と。
 句集『火の貌』は俳人篠崎央子氏の魂の色彩を写した画集であると同時に、現代という時代を生きる一人の人間の、たたかいの手記でもあるのだ。

 では、いったい氏は何とたたかっているのか。「血」が「足らぬ」という作者の叫びにも似た思いは、いかような「日」々のなかで発せられたものであったのだろうか。

  東京の空を重しと鳥帰る
  東京は玻璃の揺りかご花辛夷
  新社員昼餉の風に透けてゆく
  透明になれる街なり聖樹の灯

 モノトーンの、あるいは透明な、都市の描写は「血族の村」の「絞り出」されたままの「絵の具」の荒々しい原色の風景とは対極にあるような静かな都市の景である。ほとんど色彩を持たないこの都市の景に、作者は「血の通」わぬものというイメージを与えたかったのだろうか。「血より濃き香」を「放」つ故郷の「村」と「血の通」わぬ「透明」な「東京」。この鋭い対比に、作者は何を託そうとしたのだろうか。。
 「東京」の灰色の「空」は「重」く、それでいて、都市自体は「玻璃」のように「透明」で、そこにいる人々も「風に」「透けてゆく」ほど「透明」で、この「街」にいれば、クリスマスに「聖樹」のきらびやかなイルミネーションを見上げていれば、私自身も「透明になれ」てしまう。でも、私は本当に「透明にな」りたかったのだろうか。いや、「透明にな」りたいはずがない。私は「血より濃き香」を知っているのだ。それは、生活の為に削られるべきでない、本当の〈いのち〉の色彩とでも呼ぶべきものなのだ。
 新自由主義の時代の「東京」のようなメトロポリスでは、人々は自らが持っていた〈いのち〉の色彩を知らぬ間に失くしてしまっているのかもしれない。それは、ミヒャエル・エンデの『モモ』のなかで、人々が〈灰色の男たち〉に自分たちの〈時間〉をすっかり盗まれてしまっているのに、そのことに誰も気が付くものがいないのと同じように。篠崎央子氏のたたかいは、人々の盗まれた〈時間〉を取り戻すべくひとり〈灰色の男たち〉に立ち向かった〈モモ〉のそれとよく似ている。人間にとって〈時間〉と〈いのち〉とは同義の言葉なのだから。

  石のこゑ木のこゑ蝌蚪の生まるらむ
  あかときの夢の断片蝌蚪の紐


 〈モモ〉は不思議な亀〈カシオペイア〉に導かれて〈時間の国〉へ行った。どこに行くにも入り口は必要なのだ。篠崎氏は「石のこゑ」や「木のこゑ」に耳を澄ます。そこには無機物や植物の深い眠りが流れており、そのまどろみの浅瀬に「蝌蚪」の「生ま」れる場所がある。そして、その透き通った川底の、ずっと底のほうに、今とはちがう時代の「血族の村」が「しづか」に沈んでいるのを見つける。

  青胡桃決起せし日は遥かなる
  蜂起する民よ土筆は袴着て
  籠城の山へぶつかる青田風
  筑波嶺の夏蚕ほのかに海の色
  切腹の相して蟇の控へをり
  幕末の土蔵を喰らひ蔦紅葉
  脱藩をしさうな松を菰巻に

  
 あとがきによれば、篠崎氏は、〈茨城県つくば市の片隅にある小さな村で育った〉のだという。とすれば、「幕末」に「筑波嶺」にて「蜂起」し、その後、悲劇的な運命を辿らざるを得なかった水戸天狗党の乱の話も、幼い頃から繰り返し聞いて育ったことだろう。さかのぼれば篠崎氏の「血族」のなかにも天狗党の乱に関わった者が少なからずいたのかもしれない。これは「血族」の記憶であり、その土地に深く浸み込んだ土地の記憶なのであろう。日本が近代の夜明けを迎える、そのほんの少しだけ前の、夜明け前の群青の空気のなかを、夜明けを待ちきれなかった人々が躍動している。しかし、体制に反旗をひるがえした者たちは、ある者は「切腹」させられ、ある者は捕らえられ真っ暗な「土蔵」に閉じ込められてしまった。その人たちはとうに死んでしまっていて、一瞬の、その魂の光芒だけを残して歴史の古層へと吸い込まれていってしまったのだけれど、作者にはいまなお、その人たちの流している真っ赤な「血」が見えるのだろう。だからこそ手当てをするように「松」に優しく「菰」を「巻」いてやるのだ。遠い歴史の地層に、今も流れるおびただしい「血」を悼みながら。
 それにしても「血」とはいったいなんなのだろうか。句集全体に最初から最後まで通奏低音のように流れるこの鮮烈な赤さ。それは篠崎央子氏にとって、どういったものであるのか。「血」とは「詩」のことなのか。それとも「詩」を欲して止まないやはり「血」そのもののことなのか。

  有給休暇鴨の横顔流れゆく
  欠勤の背に増やしたる赤とんぼ
  時給得る足の踏みゆく雪の蒼


 「有給休暇」も「欠勤」も「時給」も普段何気なく使っているこれらの言葉たちはみな、その言葉を使うことによって、人間が本来自分のものとして持っていた〈時間〉を何の躊躇いもなく、自分でないものたちに明け渡してしまう言葉だ。それぞれの人の心のなかにあった〈時間〉は均され、切り刻まれて、最終的には必ずお金に換算されてしまう。お金に換算されない〈時間〉は無駄なものとされてしまう。篠崎央子氏は、この現代社会のイデオロギーとも言える、人間の〈いのち〉を均し「透明」にしていく言葉たちに生身の身体を包囲されながらも、その無機質な言葉にさえ俳句という「血を通」わせようとしている。これが、氏のたたかいの本質である。そして、戦線は今日も開かれているのだ。

  寒牡丹鬼となるまで生き抜かむ

鈴木大輔 
昭和五十八年  静岡県生まれ。
平成二十二年 「松の花」入会 
令和元年    松の花新人賞 

2021年1月8日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】5 篠崎央子句集『火の貌』を読む その場所/視座  田島健一

 句集にタイトルがあるのは、不思議です。
 篠崎央子句集『火の貌』は、このタイトルこそ読まれるべきです。

 ひとつの視点。

 句集の帯に書かれた、角谷昌子さんの跋文。

「央子さんは、中村草田男、鍵和田秞子のいのちを詠み、俳句の可能性を探るという志をしっかりと継いでいよう。」(P210)

 このような〈師系〉というものが、この句集に関わっているということ。それは決して曖昧なものではありません。
 
 動もすると、この跋文の「いのちを詠み、俳句の可能性を探る志」という言葉は、具体的なイメージを結ばないままに読み流されてしまう可能性があるのではないか、と危惧します。

 この言葉は、句集『火の貌』を読むことで、具現化されるものです。句集を読む好奇心の眼が、その先にある〈主体〉に出会うために必要な道しるべになるでしょう。

 このことは、中村草田男の第二句集『火の島』、鍵和田秞子の最晩年の第十句集『火は禱り』、そして篠崎央子氏の『火の貌』。この師系で〈火〉のモチーフがまるで聖火のように受け継がれていることに現れています。これは、おそらく偶然ではないでしょう。

 この草田男の師系で受け継がれる〈火〉とは何か。それについて論じるのは俳句史家の仕事として、ここでは一旦、措いておきます。

 逆にこれは、句集『火の貌』を読むためには、この『火の貌』というタイトルこそを読むべきだ、ということを示しているとは言えないでしょうか。

 『火の貌』こそが、この句集を読むための亀裂なのです。

 つぎなる視点。

 この亀裂となる『火の貌』を「読む」というのは、いったいどういうことなのでしょうか。この「読む」という語が、何かの「解釈」を行うことを意味するのだとすれば、ここに何か「解釈」すべきものがあるのでしょうか。

 著者によるあとがきによれば、この『火の貌』というタイトルは、集中の一句

 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな    (P200)

 に拠ったということです。

 「朝という刻を告げる鶏は、火のような形相を持つ。鍵和田秞子師もまた、火のような情熱を持ち、私達の俳句を明日へと導いてくれている。師の燃え上がる俳句精神に接した弟子の一人としてこれからも邁進してゆきたい。」(本書「あとがき」より)

 集中の一句に含まれる語が、その集全体をつかさどる「タイトル」として昇華するとき、そこでは何が起きるのでしょうか。

 特にこの『火の貌』の「貌」という語は、句中の「鶏」のものから、より大きな、こちらを見つめ返してくる「貌」として、この句集全体を象徴し始めます。これは、人間的な「顔」ではなく、動物的とも言えるような「貌」です。

 問題となるのは、この『火の貌』は、〈どこから〉見つめ返しているのか、ということです。

 これこそが『火の貌』を、「火のような形相」という一句の分析的な意味から、この句集が〈表現し得なかった意味〉として、逆説的にこの句集の性格を決定しているのではないかと考えます。

 では、それはいったい〈どこから〉なのでしょうか。

 その場所を示す、ひとつ目の視座。

 残雪や鱗を持たぬ身の渇き(P144)

 言うまでもなく掲句における「鱗」は一度も現実化したことのない、作者個人の自己認識のための補助線に過ぎません。

 「鱗を持たぬ身」は、そうした自己を生まれつき「鱗」が欠落している主体として認識することで、逆説的に「鱗を持ちえた身体」という主体の〈ゼロ〉ベースを規定しています。

 この句が書かれた動機があるとすれば、この主体の〈ゼロ〉ベースを提示することだとは言えないでしょうか。
 
 かはほりや鎖骨に闇の落ちてくる(P64)
 己が色まだ知らずしてかへるの子(P152)
 指先より魚となりゆく踊かな(P175)


 これらの句にも見られるように、句集『火の貌』における主体は、このニュートラルな〈ゼロ〉ベースからの欠落や差異として把握されます。

 蚊に刺されたる膝裏のまだ若き(P64)

 この句は無垢で傷のない「膝裏」を〈ゼロ〉ベースとして、それが「蚊に刺された」ことで、「まだ若き」と言わざるを得ない何かが作者の内面に生まれたとしか言いようがありません。

 「蚊に刺された」ことが、なぜ「膝裏」の「若さ」を喚起するのでしょうか。
 
 この「若さ」が喚起される原因の分析はここでは措きます。

 ここで言いたいことは、〈ゼロ〉ベースを基準とした、ニュートラルなものとして想定された主体が、そこに止まることのできない欠落あるいは過剰の方向へと引き裂かれつつある、ということです。

 それが、この句集の性質のひとつの側面を定めています。
 
 一つ触れておくと

 ヒステリーは母譲りなり木瓜の花(P52)

の句は、こうした句集の性質に、作者なりの根拠(物語)を与えているとは言えないでしょうか。

 この「母譲り」が示すように、角谷昌子さんが跋文で触れている「血族」という主題が、この句集に与えられたひとつ目の視座を根拠づけることで、〈ゼロ〉ベースの欠落や過剰から主体を守っている、とも言えるでしょう。
 
 ふたつ目の視座。
 
 さらにこの句集は、ひとつ目の視座とは反対方向へ向かうもうひとつの視座があるのではないかと考えています。

 エプロンは女の鎧北颪(    P88)

 この句では〈ゼロ〉の主体は、社会的要請としての「エプロン」という「鎧」で覆われています。「鎧」という武具で象徴されるように、この社会的主体は「闘う主体」です。

 この主体は、いったい何と「闘う」のでしょうか。

 どくだみ干す二人の主婦の眠る家(P111)
 無花果を夫に食はせて深眠り(P126)
 職業は主婦なり猫の恋はばむ(P143)
 流灯会女は家を二つ負ふ(P175)

 
 ここで主体は「主婦」であり「妻」であり「女」として振る舞います。

 ただし、この主体が闘う相手は、社会的要請そのものではありません。

 そうではなく、まさに主体を反対方向へ引き裂こうとする、〈ゼロ〉の主体からの欠落や過剰こそが、その闘争相手だとは言えないでしょうか。

 そして言うまでもなく、〈ゼロ〉の主体を覆う社会的要請は、句集中の「介護」の句として結実しています。

 太股も胡瓜も太る介護かな(P117)
 熱帯魚眠らぬ父を歩かせて(P118)
 うなづくも撫づるも介護ちちろ鳴く(P122)
 芋刺して死を遠ざくる父の箸(P124)

 
 この〈ゼロ〉の主体からの欠落/過剰(ひとつ目の視座)と、それが纏う社会的要請(ふたつ目の視座)によって引き裂かれていること──その引き裂かれた場所にこそ、句集タイトル『火の貌』が顕現しているのではないでしょうか。

 これはつまり、草田男のことばを引用すれば、

 「創作の振子というものはたえず作者の内輪で創作の各瞬間に、俳句の「私」という固有性のほうへいき、また俳句の「公」の務めというほうへいくというふうに、一作一作のなかで振幅豊かにたえず動きつづけてゆく、そうして振子の根っこのところに「時」を示す円盤の針があって「時代の俳句はかくのごとく一秒一秒タクタク生きて動いているぞ」という成果を示すようなものにならなければいけないのであります。」(中村草田男『俳句と人生』─「俳句の「私」と「公」」)

ということになるでしょう。

 句集のタイトルの元となった

 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな    (P200)

の句のふたつ後、句集『火の貌』の末尾の句、

 寒牡丹鬼となるまで生き抜かむ(P201)

この句が草田男の意志を継ぐ意志ように見えるのは、この『火の貌』の位置に由来するのだと思います。

 最後に、個人的な感想を付け加えれば、この句集は前述の「寒牡丹」の句で完結したように見えますが、むしろ次の句によって、『火の貌』の彼方への志向性を残しているのではないかと感じました。
 
 死ぬ前に教へよ鰻罠の場所(P166)

 この「鰻罠の場所」こそが、〈ゼロ〉の主体が、文字どおり〈ゼロ〉に戻る場所──その欠落を満たし、句集『火の貌』を生んだ起点となる倫理的な場所だと思うからです。

了 

プロフィール
・名前(ふりがな):田島健一(たじま・けんいち)
・生年、出身地:一九七三年生・東京都
・所属結社:炎環
・俳句歴:平成元年「炎環」入会。現在同人。同人誌「豆の木」「オルガン」参加
・句集:『ただならぬぽ』(2017年)

2020年12月25日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】4 恋は続く 足立枝里

 央子さんと知り合ったのは、ルート17という超結社の句会だった。まだお互いに三十代で、にぎやかに句会をし、その後の飲み会では「句集を出すか結婚か、どちらが早いだろう」などと適齢期らしい話題で、盛り上がっていた楽しい時期であった。

東京の空を重しと鳥帰る
栗虫を太らせ借家暮らしかな
黒葡萄ぶつかりながら生きてをり
キャベツ刻む独身といふ空白に
葉牡丹の紫締まる逢瀬かな


 何回か句会を重ねると、彼女の句以外のことも見えてくる。大学時代に「万葉集」を研究し、短歌もたしなむ。句会で恋の句が多く出されていたが、私は故郷を詠んだ句にはあまりお目にかかっていなかった。「火の貌」で、央子さんの知らなかった一面を見たような気がする。

血族の村しづかなり花胡瓜
祖母の魂いま雲となり夏蚕邑
ほうたるや米磨がぬ日は子に戻り
海鼠腸やどろりとうねる海のあり
火の貌のにはとりの鳴く淑気かな


 そしていつの間にか(笑)結婚をし、ご夫婦で俳句と介護をされていた。

職業は主婦なり猫の恋はばむ
太股も胡瓜も太る介護かな
痩身の夫蟷螂に狙はるる
うなづくも撫づるも介護ちちろ鳴く
くもりなき遺影を抱へ年歩む


 彼女は何事も正面から受け止めて、自分のものにしているように見える。まるで一途な恋である。

 家族に、俳句に、縁のある土地に、央子さんの恋はまだまだ続いてゆくだろう。
 コロナの影響もあり、最近お会いしていないが、これからも是非ときめく句を見せていただきたい。句会をご一緒したい。

 「火の貌」の上梓おめでとうございます。

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プロフィール
足立 枝里(あだち えり)
昭和四十一年 東京生まれ。「鴻」同人
平成十八年  「鴻」 入会
平成二十五年 鴻新人賞 受賞
句集『春の雲』

2020年11月27日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】3 恋と血と 吉田林檎

  集名を知った時、作者は「未来図」の系譜をただ継ぐのではなく全身全霊で背負っていく覚悟があるのではないかと感じた。中村草田男の「炎熱」、そして何より前年に刊行された鍵和田秞子の遺句集『火は禱り』の連想を免れることはできない。 “央子さんは、中村草田男、鍵和田秞子のいのちを詠み、俳句の可能性を探るという志をしっかりと継いでいよう”という角谷昌子氏の帯文(跋文抜粋)がその印象を決定的なものにしている。

 この句集は「恋」と「血」という二つの要素が随所に配されており、読み終えてやはり師系を形だけではなく魂からも継ぎつつあると確信した。「恋」や「血」といったパワーワードは安易に使うと作家の品位に関わることもあるが、一貫したテーマとして提示されるとむしろ説得力となるのも発見であった。なお、「あとがき」などには年代順に編んだとの明記がないが内容から推測して年代順であろうという前提のもとに記している。

 第一章のタイトルは「血族の村」。筆者が感じた「背負っていく覚悟」を持った生き方はこの村で形成されたものである。良くも悪くも「血族」「血統」が作者を支配していたことが窺える。

 血族の村しづかなり花胡瓜
 開墾の民の血を引く鶏頭花
 血統の細くなりゆく手鞠唄
 血の足らぬ日なり椿を見に行かむ


 「幼い頃より動植物が好きだった」(あとがきより)という作者が一族に流れる血を思う時、そこには草木がある。大地がある。「しづか」さを「花胡瓜」に感じ取り、「開墾」の遺伝子的記憶は「鶏頭花」に託されている。そして草木がないところに血統は「細くなりゆ」き、血が足りなければ椿で補充する(椿の句のみ第二章)。植物の赤い成分を吸い取って血に変えているようにも思える把握だが、そこに虚構的破綻がないのは全て確かな季語に裏打ちされているからだ。季語の中でも確実に映像を結ぶ植物である点に実感があり、説得力がある。

 熱い血の流れる作者は恋への傾倒も尋常ではなかったことが現れている。

 逃水や恋の悩みを聞くラジオ

 法師蟬恋のまじなひ唱へをり

 ばい独楽の弾けて恋の始まりぬ

 緋鯉ゆく恋の勝者とならむため

 職業は主婦なり猫の恋はばむ

 恋に恋する少女が恋の勝者となり結婚、主婦として猫の恋をはばむまでの道のりが綴られていることがわかるが、この合間にも〈猫じやらし振りて男をはぐらかす〉〈注連綯ひて男の愚痴を聞き流す〉〈違ふ神信ずる夫婦蚊遣焚く〉と、妻としての余裕が垣間見える。〈よそ者として草むらに花火待つ〉のように結婚の小さな屈託も感じられないわけではないが、血族から受け付いた血は強く生きる知恵に満ちている。

 筆者の主観ではあるが「恋」や「愛」にまつわる句と「血」や「血族」にまつわる句を抜き出してみたところ、いずれも34句だった。第一章はいずれも12句。第二章は恋の句が13句、血の句が7句。「未婚」から「恋の勝者」となり、恐らくは結婚するまでの時期のようである。作句の数からも血族より恋を優先する時期であったことが浮かび上がる。多くの人が通る道筋で、心の動きを素直に句にしてきた結果といえよう。
 第三章は恋の句が6句、血の句が4句。〈無花果を夫に食はせて深眠り〉があり、新婚生活の幸せを享受しながらも忙しい日々を過ごしていることが窺える。そして第四章は恋の句が3句、血の句が11句。全体の構成の中では第四章が118句と最も多くの句が収録されていてこの比率である。それは介護が必要な義理のご両親をお迎えした時期とも重なる。恋する娘が結婚を経て義理のご両親との暮らしを営んでいくなかで「血縁」への視点が増えたゆえであろう。

 以上家族と作者との関わりにおける句を綴ったが、作者自身の内面が浮かび上がる句にも触れておきたい。

 筆箱に人のペンあり夏の風邪
 なびくこといつしか忘れ枯尾花
 竜となるまで素麺をすすりけり
 化粧して人形となる月夜かな


 各章から1句ずつ挙げた。自分の筆箱に「人のペン」があることに違和感を持った作者。強い自我を感じさせる。その違和感が彼女を文学の道に導いたのであろう。文学に勤しんでいるある日、「なびくこと」を忘れた枯尾花に出会う。枯尾花ですらなびくことを忘れるのだ。ましてや人間だって、というメッセージを受け取ったに違いない。ありのままの自分で思い切り生きることにした作者は素麺をすするにも「竜となるまで」思い切りやってのける。自分らしく生きることで身につけた強さだ。その強さがあるからこそ化粧する違和感を「人形となる」ことで自分の中の辻褄を合わせる技を身につけることができた。読めば読むほど作者の強さを感じさせる。

 篠崎央子さんとは銀漢亭の句会で出会った。その頃は同じ時期に句集を出版することが予定されており、「同期だね」などと話していたが、その後進捗がなかったのでどうなったのだろう?と思っていたら鍵和田秞子さんの訃報が飛び込んできた。それが全ての事情を語っていた。一度話しただけなのにこの親近感はどこから来るのか少々不思議だったが、彼女の熱き血潮が私にまで伝わってきたためなのだとこの句集を読んで納得した。大学では『万葉集』を研究されていたとのことだが、彼女の句風には知識を駆使して表面をなぞるようなところがなく、魂の発露として俳句を必要としていることが感じられる。全身俳人ともいうべき央子さんの生き方を私は応援したい。

 炎熱や勝利の如き地の明るさ    草田男
 火は禱り阿蘇の末黒野はるけしや   秞子
 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな   央子



吉田林檎(よしだりんご)1971年東京都出身。『知音』同人。
第3回星野立子新人賞/第5回青炎賞(知音新人賞)/
第16回日本詩歌句随筆評論大賞 俳句部門 奨励賞
俳人協会会員/句集『スカラ座』

2020年11月13日金曜日

連載【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】2 縄文のビーナス  中村かりん

    縄文のビーナスに臍山眠る

 今年刊行された篠崎央子さんの句集『火の貌』の中の一句である。央子俳句を語ろうと思った時、真っ先に浮かんだのがこの「縄文のビーナス」の句である。縄文時代のでっぷりとした土偶の女をビーナスに見立てる事のできる央子さんの眼差しにまず脱帽した。またそこに臍を発見したことにより土偶の女性性が生々しく迫ってくるのである。どんな季語をつけてくるかと身構えていると「山眠る」とすとんと落とされる。大きな季語は土偶の眠っていた土、時間、空間をも内包し太古の時代へと思いを飛ばすことが出来るのである。
 さて、央子俳句といえば身体の軋みをダイレクトに伝える作品も多い。

   ぜんまいの開く背骨を鳴らしつつ
   血の足らぬ日なり椿を見に行かむ
   かはほりや鎖骨に闇の落ちてくる
   残雪や鱗を持たぬ身の渇き
   血の通ふまで烏瓜持ち歩く

 骨、血といった痛みを連想させる言葉の数々は、ともすれば痛々しい句となってしまう。しかしここでは上手く飛躍し幻想的な世界を幻視させてくれる道具となる。固く固く閉ぢふんわりと綿に包まれたぜんまいの渦の開く瞬間の音。献血をするかの如く椿を見て赤を足す。鎖骨には闇が溜まるのではなく落ちてくる。身が乾くのは鱗がないから。まるで昔は鱗を持っていたかのような馴染んだ表現である。そして烏瓜の句。あの真っ赤な烏瓜は持ち歩いている間に血が通ってしまうのではないか。そういったあり得ない恐れすらも美しく句として昇華してしまうのが央子俳句なのである。あの吟行の間、幼子の様に喜んで持ち歩いていらっしゃった烏瓜でそんな恐ろしいことを考えていたとは衝撃である。恐ろしくて今後も央子俳句から目が離せないのである。次回作までもう一度句集『火の貌』を読み返し、じっくり堪能してみたい。恐ろしい発見がまだまだあるに違いない。


中村かりん なかむらかりん
昭和四十四年 熊本県生まれ。
平成九年   「未来図」入会 
平成二十八年 未来図新人賞
平成二十九年 未来図同人
令和二年   『未来図』終刊と同時に俳号を「中村かりん」に。
       「稲俳句会」入会。同人。
句集『ドロップ缶』(中村ひろ子名義)にて第22回自費出版文化賞詩歌部門特別賞受賞。

2020年10月30日金曜日

新連載【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】1 句集『火の貌』に潜むもの  小滝 肇

  よく見知っている方と思っても、著作や句集を拝読して改めてその人となりを知る事も多い。篠崎央子さんには句会で知遇を得て、夫君の冬眞さんも含めご一緒させて頂く機会も多かった筈だが、句集『火の貌』には私にとって未知の央子さんがあまた潜んでいた。

  ストローを噛んで三十路や梅雨晴間

 作者の未婚の頃の句であろうか、独身を謳歌され楽しかろう年代の、ちょっぴり切なさも含んだ感情をストローを噛む行為に託された。

  伝票のうつすらと濡れ鱧料理

 京都の妙喜庵待庵は安土桃山時代の茶室建築で、二畳台目とよばれる極小の空間ではすべてのエレメントがそれは慎重に配置され、利休の朝顔の逸話のように花一輪でとてつもない無限が演出されたりもする。十七文字の詩である俳句もそれに似ていて、その短さゆえに言葉は極めて慎重に選択そして配置され、さまざまな世界観が読み手に提供される。掲句、伝票と鱧料理しか登場しない。何処で誰と、どんな流れで鱧を食し、どのような経緯で伝票が濡れるに至ったか―の物語はその余白にあり、読み手に委ねられている。万葉集を学び、恋の句を作らんと俳句の世界の門戸を叩かれたという作者を思うと、しっとりと濡れた伝票に情感ゆたかな物語を想像してしまうが、真実は定かでない。非凡な表現力の一句。

  冬銀河少女は家出繰り返す

 ブルーハーツの曲では、このままじゃいけないって事に少年は気づいてしまう。多感な頃の感性を喪うかどうかは年齢の問題ではなく、その人の人となりによるのではないか。冬銀河が作者の中の少女を目覚めさせる。季語が美しく、また普遍性を感じる句。

  肩触るる距離落椿踏まぬやう

 なんと愛らしい景。鼓動の急に速くなる、ときめきとも呼ばれるあの感覚が「落椿」の季語の力で美しい詩に昇華された。

  猫じやらし振りて男をはぐらかす

 この猫じゃらし、いつも作者のバッグに入っていて、さぞたくさんの人がはぐらかされた事だろう。今も持っていないか、夫君の点検が必要ではないか。ユーモアであればと願う一句。

  浅蜊汁星の触れ合ふ音立てて

 浅蜊汁の貝殻のぶつかる音は星の触れ合いによるものであったか。浅蜊汁を食すたび思い出しそうな一句。

  あかときの夢の断片蝌蚪の紐

 上五・中七までの美しい言葉の流れが、下五で一気に艶めかしさを帯びる。展開力の一句。

  新しき巣箱よ母を引き取る日

 これまでとはまったく違った毎日が待っているという予感が、新しい巣箱に満ちている。
巣箱よ、の「よ」がずしりと響く。

  ほうたるや米磨がぬ日は子に戻り

 蛍が作者を日常から子供の世界へ呼び戻す。中七「米磨がぬ日は」がとても効果的。

  二世帯暮らし雑炊に噛む魚の骨

 あとがきに一時期夫君の両親と暮らされた、とあるが、そんな生活に慣れつつも微妙に生ずる心の起伏を魚の骨に滲ませ繊細。

  透明になれる街なり聖樹の灯

 周囲の人から持たれる関心も自分の周囲への関心も薄いまま暮らせる街―東京。「透明になれる街」とはなんと適格な表現だろう、聖樹の灯が賑わいの街を映して美しい。

  水吸うて布が布巾となる朧

 布巾は水を吸ってこそ布巾で、乾いていればただの布―というのは主観かもしれぬが、そこにこそ詩がある。生活の匂いに「朧」という湿り気のある季語がよく呼応する。

  蟻地獄もがいても空あるばかり

 蟻地獄をみるといつも安部公房の「砂の女」の事を思う。穴底の生活者は空をみて、自由に動き回る日々を思うが易々とは抜け出せない。蟻地獄も元は人間だったのかもしれない。

  おはじきも白粉花も姉のもの

 美しいもの、好きなものをみな独り占めにしてしまう姉。少女の憧憬と嫉妬の混ざった感情が微笑ましく、また怖くもある一句。

  縄文のビーナスに臍山眠る

 縄文のビーナスとは、丸みを帯びた体型の女性を象った土偶のことと思われる。臍は人が母から生まれた証であり、土偶の力強い曲線美とともに、女性の生命力を象徴する。句集『火の貌』は作者が少女から大人の女性、そして妻となりつつも童心を喪わずなおかつ逞しさを備えてゆく物語。ビーナスはご本人であり、臍は俳句であろう。この臍がなくならない限り、また新しい、美しい物語を作者は紡いでゆかれるに違いないのである。

 小滝 肇 昭和三十年広島市生まれ
      平成十六年俳誌「春耕」入会
      春耕同人、銀漢創刊同人を経て
      現在無所属
      第一句集『凡そ君と』