2022年6月17日金曜日

第185号

         次回更新 7/1




第45回現代俳句講座質疑(13) 》読む

★第6回芝不器男俳句新人賞の決定! 》読む

■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和四年春興帖
第一(4/29)仙田洋子・仲寒蟬・坂間恒子
第二(5/6)なつはづき・山本敏倖・杉山久子
第三(5/13)花尻万博・望月士郎・網野月を・曾根毅
第四(5/20)瀬戸優理子・鷲津誠次・木村オサム
第五(5/27)早瀬恵子・岸本尚毅・小林かんな
第六(6/3)眞矢ひろみ・竹岡一郎・ふけとしこ
第七(6/10)ふけとしこ・前北かおる・松下カロ・渡邉美保
第八(6/17)堀本吟・高橋修宏・小沢麻結・浅沼 璞


■ 俳句評論講座  》目次を読む

■ 第25回皐月句会(5月)[速報] 》読む

■大井恒行の日々彼是 随時更新中! 》読む


豈64号 》刊行案内 
俳句新空間第15号 発売中 》お求めは実業公報社まで 

■連載

【抜粋】〈俳句四季6月号〉俳壇観測233 文学者の戦争に対する声明―――文芸家としての共通基盤と俳人

筑紫磐井 》読む

英国Haiku便り[in Japan](31) 小野裕三 》読む

北川美美俳句全集18 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ (22) ふけとしこ 》読む

澤田和弥論集成(第7回) 》読む

句集歌集逍遙 櫂未知子『十七音の旅』/佐藤りえ 》読む

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス
25 紅の蒙古斑/岡本 功 》読む

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス
17 央子と魚/寺澤 始 》読む

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス
18 恋心、あるいは執着について/堀切克洋 》読む

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい インデックス
7 『櫛買ひに』のこと/牛原秀治 》読む

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス
18 『ぴったりの箱』論/夏目るんり 》読む

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい インデックス
11 『眠たい羊』の笑い/小西昭夫 》読む

加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい
2 鑑賞 句集『たかざれき』/藤田踏青 》読む

眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい インデックス
11 鑑賞 眞矢ひろみ句集『箱庭の夜』/池谷洋美 》読む

『永劫の縄梯子』出発点としての零(3)俳句の無限連続 救仁郷由美子 》読む





■Recent entries
葉月第一句集『子音』を読みたい インデックス

佐藤りえ句集『景色』を読みたい インデックス

眠兎第1句集『御意』を読みたい インデックス

麒麟第2句集『鴨』を読みたい インデックス

麻乃第二句集『るん』を読みたい インデックス

前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井 インデックス

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

およそ日刊俳句新空間 》読む
…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …
4月の執筆者(渡邉美保)

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子




筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

【抜粋】〈俳句四季6月号〉俳壇観測233 文学者の戦争に対する声明―――文芸家としての共通基盤と俳人  筑紫磐井

ウクライナ問題

  コロナが一向に収まる気配もない状況の中で、さらに世界は様々な問題を抱えてきている。そうした中でロシアがウクライナに侵攻したというニュースは衝撃だった。国連や世界各国はこの侵攻を非難している。こした中で、日本の文学の世界でもこれに呼応した動きが出ている。


●文芸家

 3月10日に日本ぺンクラプ・日本文藝家協会・日本推理作家協会連名で「ロシアによるウクライナ侵攻に関する共同声明」が各団体理事会および有志による声明文として出されている。

●歌人

 3月17日には現代歌人協会理事有志が「ロシアによるウクライナ侵攻に対するメッセージ」を寄せている。ここでは17人の理事のうち14人が、各人の言葉でメッセージを書いている。

 なおもう一つの大きな歌人団体である歌人クラブは今のところ声明などは出していない。

●俳人

 3月21日、現代俳句協会幹事会が「ロシアのウクライナへの侵攻についての声明」を発表している(その後、理事会・総会の議案説明会で出席の理事のからも賛同)。

 なお俳人協会、日本伝統俳句協会は特に今のところ対応していないようである。


 それぞれ作家たちの良心にかかわる問題であるとともに、果たして文芸家の団体としてどこまで関与するかは難しい問題である。それなりに団体で考えられた結論であろう。

 だから団体ごとに対応は微妙に異なるようで、一応の組織決定となっているもの、有志による声明となっているものと異なる対応がある。いずれも団体の総意でまとめることはできていない。おそらく流動的な状況の中で、団体の総意をまとめることが難しかったためであろうと思う。

        *

 ここで俳人関係の声明について考えてみたい。

 現代俳句協会で幹事会声明が出されたのは、俳人協会が創設されたとき、昭和36年12月16日付で出された「現代俳句協会幹事会声明」以来60年ぶりだと思う。この時の内容は、現代俳句協会を非難した中村草田男幹事長への糾弾を主な中身とするものであった。

 少しさかのぼると、昭和35年7月に安保に関する声明が出されているが、この時は「現代俳句協会民主主義を守る会」名で出しており(たぶん「有志」という意味だと思う)、中村草田男以下在京有志66名の連名で出されているようだ。現代俳句協会で出せなかったのは、一部反対の会員がいたためと言われている。

 今回の声明の中で、侵攻の非難、核使用への危惧は他の文芸家たちと共通だが、「私たちはウクライナ、ロシアに俳句を通して多くの友人がおり、今後も絆を大切にしていきたいと思っています」と述べているのは、ウクライナ、ロシアの人々が俳句を通じて交流していることにかんがみたためである。ウクライナ、ロシアのすべての人びとが生命と生活の安全を保障され、不当な差別や迫害を受けることがないことを希求しているのである。


百年前の文学者の活動

 文学者の戦争に対する意見表明は色々な評価があると思うし、歴史的には古くからあり国策を推進することに利用されたこともある。正岡子規も日本主義であった時代であったのだから不思議ではない。ただこうした中でどれほど理性的であり得るのか、だ。

 第一次世界大戦開始時にも、ドイツと英国では文学者たちがそれぞれ自国を支援する声明を発表している。

 1914同9月には「英国の文学者は英国の戦争を擁護する」(British Authors Defend England's War)、10月にはドイツで「93人のマニフェスト」(Manifest der 93)が出されている。英国のそれはコナン・ドイル、ジョン・ゴールズワージー、トーマス・ハーディ、キップリング、H・G・ウェルズが署名し、ドイツのそれは名だたるノーベル賞学者やレントゲン、ヴィルヘルム・ヴントさえ加わっている。時代を代表する知性たちの活動である。

 そうした中で、英国の声明は少し変わっている。こんな一節があるのである。


「我々の多くはドイツに親愛なる友人がいる。我々の多くはドイツの文化を最高の敬意と感謝の気持ちで見ている。しかし、どの国もその文化を他の国に押し付けるための野蛮な力による権利を持っていること・・・を認めることはできない」


 確かにドイツ政府を非難しているが、ドイツ国民とは別だと考えているのである。英国文学者らしいエスプリが見える。

(下略)

      ※詳しくは「俳句四季」6月号をお読み下さい

英国Haiku便り(31)  小野裕三

 ことばの空白地帯

「英語には、肩こりっていう言葉がないんですよ」

 と教えてくれたのは、米国暮らしが長いバイリンガルの日本人青年だ。言葉がないと肩こりという症状すらがそもそも存在しないかのようで、アメリカ人は肩こりになっても気づかない(自覚しない?)、少なくとも痛くなるまではその症状を意識しない、と言う。

 このように、ある言語とある言語は、決してすべてが等しく結ばれてはいない。例えば、英語ではよく使うけど、日本語にはそれに該当する一語がない、という単語がある(reslient、accommodateなどがそうか)。そういう単語は、日本人には覚えにくく、言われてもニュアンスを掴みにくく、自分でも使いづらい。いわばそこに〝ことばの空白地帯〟が露わになる。

 逆も然りで、日本語の側で思いつくのは「お世話になります」「よろしくお願いします」「しょうがない」の三つだ。これらに該当する簡潔な英語の言い回しはない。たぶん、「肩こり」に気づかないみたいに、これらの三つの概念をほとんど使わずに英語圏の社会は回っている。そう思うと、日本の社会は逆にこの三つの概念を潤滑油のようにして回っている気もするのが、興味深い。英語と日本語を通して見える社会の景色はそれぞれ異なる。

 〝日本語の力〟といった言い方は美化されがちだが、僕は日本語には、英語にはないひとつの〝悪しき力〟があると思っている。それは、言葉を使うことが常に人間の上下関係を意識させる、ということだ。英語には「ためぐち」という概念がない。英語はいわばすべてが「ためぐち」の言語だからだ。ある翻訳家は、登場人物が「ためぐち」を使われたことへの怒りから話が展開する、という日本の小説を英訳するのにたいへん苦労した、と語っていた。英語圏の大学では、教師も学生同士も、立場や年齢に関係なくみなファーストネームで呼び合い、「先生」「先輩」などとは呼ばない。

 英語の特徴であるフラットさは、社会のフラットさとして現れる。英国の現地小学校の卒業式に出た時に、司会もなく校長先生が自ら「Hi, everyone!」と気軽に会を始めたのに驚いた。日本だと、司会がいて「それでは校長先生のお言葉をいただきます」と恭しく始めるだろう。その現地小学校には「校長室」もなく、校長先生は他の教員と机を並べていた。

 政治の場でも似た風景を見た。英国のジョンソン首相は昨年の一時期、コロナ対策でほぼ毎日夕方にテレビ中継の会見を開き、司会抜きで記者たちと質疑を交わした。一方の日本は、首相会見も司会が恭しい感じで記者会見を進行した。その対比を見ながら、人が使う言語とは、我々が思う以上に、社会の風景や肉体の風景を隅々まで規定するのだと感じた。

※写真はKate Paulさん提供

(『海原』2022年1-2月号より転載)

第45回現代俳句講座質疑(13)

 第45回現代俳句講座「季語は生きている」 筑紫磐井講師/

11月20日(土)ゆいの森あらかわ


(2-5)前衛のまとめ

 以上は、もっぱら新興俳句と前衛俳句という用語の使用開始の時点における違いを眺めて来ました。いわばターミノロジー問題です。ただそのためには、新興俳句と前衛俳句というより、新興と前衛の使用開始時点を眺めてみる必要がある事、俳句だけではなく他のジャンル(短歌や詩、芸術)との比較を眺めてみる事が重要であると思います。それにより新興俳句と前衛俳句の違いと共通点が浮かび上がってくると思うのです。

 そうした意味では、前衛俳句とは何かを閉鎖的に考えても意味がないように思います。堀田氏が言うように、当時の前衛(俳句)はもはや伝統(俳句)である、ということになるのでしょうが、しかし、逆に私が申しあげたように「当時の前衛は今の前衛ではない」と考えた方がいいかもしれません。これは往時の前衛を懐かしむか、前衛の前向きな発展と見るか、郷愁を伴う情緒問題と見るかどうかという違いでしかないかもしれません。

 俳句新空間の本号で小野裕三氏が「ある言語とある言語は、決してすべてが等しく結ばれてはいない。例えば、英語ではよく使うけど、日本語にはそれに該当する一語がない、という単語がある」と体験談を述べていますが、実は新興俳句も前衛俳句も言葉としてはこれに見合う外国語を持っていないのが実態ではないでしょうか。

       

 次は前衛俳句の「内容」を考えてみます。前衛俳句を海外から流入したと考えると、高踏派、象徴派、未来派、ダダイズム、立体派、超現実主義、イマジズム等が前衛と通説では言われています。しかし新興文学についても、矢張り通説ではプロレタリア文学、未来派、表現派、超現実派などと言われています(もちろん人によってその内容はそれぞれ差があるようです。新興芸術派などプロレタリア文学を排除していましたが)。新興俳句と前衛俳句とをこうした定義で区分するっことはなかなか難しいようです。新興俳句と前衛俳句はその歴史性に負っているという事が出来そうです。

 手近な手掛かりになるのは、川柳です。川柳は、他のどの定型短詩よりも早く新興を叫んだのです。新興川柳が生まれてから、新興短歌も、新興俳句も生まれました。新興川柳なかりせば果たして新興短歌・新興俳句も生まれたかどうかわかりません。では前衛は?そもそも前衛川柳という言葉が存在していないようです(小池一博は『はじめまして川柳』で「現代川柳」は「革新川柳」、「前衛川柳」と受け取られていた、と述べていますが、一般的通念となってはいないようです)。前衛詩から前衛短歌が、そして前衛俳句が生まれていますが、とうとう前衛川柳は生まれていないようです。新興、前衛という言葉だけの論争はこんなところも踏まえる必要がありそうです。

 もう少し歴史を眺めてみましょう。そもそも、俳句も短歌も日本語で構成されているわけですから、俳句や短歌における「前衛」は日本語で解決できるはずです。

 さかのぼれば、中世は「前衛と伝統」の対立に相当するものが、「新儀非拠」の基準で語られています。藤原定家と六条家をめぐる論争の中で生まれた言葉であり、もともとは定家の歌に対する批判用語として使われたのですが、定家一派が歌壇を圧倒するとともに新しい理念として理解できるようになります。今風の言葉に言い換えれば、「新儀」とは新興、「非拠」とは反伝統と理解できます。こうして中世歌壇は新興反伝統一色になったのです。もちろん中世歌壇が定家以上の成果を生まなかったのは、新興反伝統のせいではなくて、月並みとなった新興反伝統によるものと思われますす。それは、赫々たる成果を上げた新興俳句が沈滞したのと同じ理由だと思います。

         

 ここで2-1に戻っていえば、前衛をだれが親殺ししたかということが大事になります。親殺ししたことによって、新しい運動が生まれるのです。むしろ親殺しされたことが、前衛の名誉となるのです。しかし、前衛の親殺しは(前衛の創始者である)金子兜太がなすべきことではないでしょう。兜太の次の世代こそ、「新俳句――新傾向――新興俳句――前衛俳句」に責任を持つべきでしょう。

 もちろん俳句四季の前衛特集が間違っていったというわけではありません。おそらく、編集者の意図は、私が図示するところ、「新俳句――新傾向――新興俳句――前衛俳句」をもって前衛という考え方を持っていたのだろうと思います。いや、そうした答えを期待しての特集であったと思います。私はかつてこれらをコントロ・コレント(反流・逆流)と呼んでみましたが、こうした反流は必ずあるものなのでしょう。その意味では、前衛は永遠に不滅なのです。その証拠に誰に聞いても、戦後の俳句は伝統と前衛だと言ってきます。


【注】全くの余談となりますが、前衛のまとめの号となるので、前回の記憶術の補足をしておこうと思います。誰も知らない話――私と山口誓子しか関心がない話ではあります。先に記憶術の系譜を、井上円了、渡辺彰平、渡辺剛彰と書いておきました。これを少し解説しておきましょう。

 井上円了は僧籍にありながら哲学を学び東洋大学を創始しました。大学で哲学・倫理学を教授するとともに、哲学の実用に関心が深かったようです。そうした傾向がよく表れたのが、妖怪学講義と記憶術講義(又は失念術講義)で、アカデミックから見たら不思議な研究を行っています。ちなみに妖怪学は、怪しげな怪奇哲学ではなく、世の中の妖怪現象にすべて合理的な解説を施し、そのあとに残った不思議な現象こそが(人間がまだであったことのない新しい)哲学に値すると考えたもののようです。合理的な考えであり、その意味ではカント哲学に近いかもしれません。

 井上円了の記憶術に関しては、

『記憶術講義』明治27年

『新記憶術 : 活用自在』大正6年

があります。

 渡辺彰平は学校にも入らず苦学の末に弁護士となった立志伝中の人で、井上の著書から学んで新しい記憶術を開発しました。生涯の著作は多いのですが、初期のものは記憶術に関するものです。渡辺の記憶術が弁護士の資格試験の受験に相応しあったことを示しているようです。後の渡辺剛彰の記憶術の手法の過半がこの時期に完成していたようです。

『心理応用記憶力発現法』大正12 

『万有記憶論』大正14 

 渡辺剛彰は東大文学部から司法試験に合格し、弁護士の傍ら膨大な記憶術の著作や講演を行い、記憶術の父と言ってもいい人となりました。現在色々行われている●●式記憶術の手法は、渡辺の講習会で記憶術を学んだ人たちが改良した手法だと言われています。主な著書だけでも次の通りあり、『記憶術の実際』は100版を超えるベストセラーとなっています。

『記憶術の実際 : 早く覚えて忘れぬ法』1961 

『英語の記憶術』1961 

『記憶する技術』1966 

『新しい記憶術 : 電話番号から司法試験まで』1970 

     ・・・・

『大学受験の記憶術』1982

『即戦力をつくる記憶術』1987

『一発逆転ワタナベ式記憶術』1996


 このように、現代の記憶術は渡辺父子が開発したものですが、この親子は双生児のような人生を送っています。二人は近代詩吟の祖と言われる木村岳風に師事し、渡辺彰平(雅号を詩吟学院時代は岳神、吟道学院時代を龍神)は岳風の創始した日本詩吟学院の後継者として理事長を務め、その後日本吟道学院を創設し初代理事長となり、渡辺剛彰(岳神→吟神)が二代目を継いでいます。弁護士、記憶術、詩吟と多くの分野で父子協業している稀有な例であります。あるいは、弁護術、記憶術、詩吟の発声法が共通するところがあるのかもしれません。

第25回皐月句会(5月)[速報]

投句〆切5/11 (水) 

選句〆切5/21 (土) 


(5点句以上)

8点句

箱庭の白沙微かな熱を持つ(渡部有紀子)

【評】 「微かな熱」がいい。──仙田洋子

【評】 箱庭の池のほとりにまいてある人工の白沙が熱を持つ、とは!?。夏の季語だから不思議はないのだが、考えてもみなかった。「縮み志向の日本人」(李御寧)で読んだときにも、日本人の静謐好みはあっても、「熱」については言及がなかったように思う。ともかく、自分の生きる場所は、ほんとうはこの箱庭ではないのだろうか?と不安になる。この「かすかな熱」とは、私から奪われてゆく体温のような・・。という存在の場所についての倒錯した感覚が表現されている。──堀本吟


先生に立ち向かひたる水着の子(西村麒麟)


ゆっくりと雨が壊してゆく浮巣(松下カロ)


7点句

和弥の忌こゑ無き金魚の唇うごく(渡部有紀子)

【評】 痛ましい・・・・・・──仙田洋子

【評】 澤田和弥の忌日は五月十三日。平成27年35歳で亡くなったから、今年は7周忌になる。生きていれば42歳、それでも若すぎる。夭折作家リストには入らないかもしれない(田中裕明のような根強いファンがいるわけではないから)が、何人かの人には忘れがたい印象を残している。寡黙となった和弥に金魚は語り掛ける。──筑紫磐井

【評】 声なく唇を動かしていることは金魚の常の状態なのだが、若くして逝った澤田和弥さんの忌日にそれを見るとき、どうしようもない無常観に襲われる。──依光陽子


たんぽぽのわた吹いている測量士(望月士郎)


6点句

人多く動き出したり芝桜(辻村麻乃)

【評】 この季語の、群がり咲く様相から齎される量感といったものを、人間に重ね合せてある処、上品な手際です。──平野山斗士


前髪の崩れて亀の鳴いている(中村猛虎)


5点句

一切の助動詞を消し五月晴(山本敏倖)


すこし毛が生えて赤銅色の蠅(岸本尚毅)

【評】 わかります。気持ち悪いものをついじっと見てしまう。──渕上信子

【評】 蠅という「キタナイ」と思われているものを、顕微鏡で観察するように、こんなていねいに描写するなんて!「蠅愛」を感じ、「虫愛」の強い私としては大いに共感。──仲寒蟬


(選評若干)

薫風を返す奥の間の障壁画 1点 仲寒蟬

【評】 奥の間に装飾性に富んだ豪華な作の障壁画。薫風を返すという現象が、その障壁画の画力、奥行き、芸術性を感覚させます。──山本敏倖


夏大根頷くだけの夫と食ぶ 2点 辻村麻乃

【評】 壮年初老とこの人は夏大根が好物だった。そして自身もちょっと辛口の人だった。でも今は違う、ただそれだけのことを詠んでいるようでいて空おそろしいところのある作品に思えた。──妹尾健太郎


暗黒のカーネーションを母に賜ふ 3点 筑紫磐井

【評】 母に「賜ふ」という表現から、厳しく緊張感のある母子関係であることが読み取れる。その母親に「暗黒」の(暗い赤色だろうが)カーネーションを選ぶところに、束縛され支配されてきた苦しみや感謝と共にほんの少しの恨みなど作者自身にも整理のつかない感情が渦巻いているのだろう。──辻村麻乃


逝く春やこの羽衣は燃えないゴミ 2点 真矢ひろみ

【評】 天女を天へ帰したくなくて処分しようとした羽衣が燃えないゴミであり、捨てる機会を逃してしまったような一句。女性の服は燃えないゴミに分別される場合が多いです。また、棺桶に入れる物も燃えないと入れられません。〈羽衣〉の発想が素敵です。──篠崎央子


春ゆうやけ原風景の犬ふりむく 1点 望月士郎

【評】 見えるような見えないような「原風景」だが、言葉の生み出した不思議な世界に惹かれた。──仙田洋子


青葉風天使の嘔吐つづきけり 2点 田中葉月

【評】 青葉風と天使の嘔吐。不協和音のようだが、惹かれる。それにしても、天使の嘔吐って何だろう。──仙田洋子


不正義でも平和がいいとつばくらめ 1点 水岩瞳

【評】 そうかも。「正義のための戦争」よりはましかも。──渕上信子


弁論部顔一杯に汗をかき 3点 西村麒麟

【評】 熱弁をふるう姿が見えてきました。青春を感じます。──前北かおる


桜餅買ひに出掛けて柏餅 3点 渕上信子

【評】 季語を大胆に二つ使って、ユーモラス。でも、こういうことって、ありますよね。──水岩瞳

【評】 そういうことがあるということ。──依光正樹


葉桜や小さき灯の保安室 2点 内村恭子

【評】 葉陰にひっそりと、安心のあかり。桜の名所のようでもあるし、大学の構内なんて絵も浮かびます。──佐藤りえ


北川美美俳句全集18

面114号「黙礼や」2011年12月1日


愛(け)しけやし椿一枝にみられたり

黙礼やすずなすずしろ苦き草

天地のあいだ縮まりあら霰

青嵐人の妻には近づかぬ

新緑のお宮見下ろす大野歯科

抱かれ癖ある人形を見てしまう

荒梅雨や傘のさせない路地に入る

号泣のあと濡れてゐる女かな

階段の下は奈落や明け易し

紫黄忌のすこしこぼれる昼の酒


面115号「日暮まで」2013年4月1日


夏野から去年の返事を待ちわびる

光茫の夏野に誰も入るまじ

夏の野に赤い眼をした犬をみた

濁流や夏野の脇をとおりけり

割れたての石の息吸う夏野かな

父に似た夏野に寝転ぶ日暮まで

夏野にて空の淋しさ見ていたり

やわらかき夏野に鎖あずけおく

夏の野のうねりにおろす櫂ひとつ

水のある星が生まれて夏野あり


面116号44句「或る向日葵と」2013年12月1日


青林檎そこにも夜がきていたり

満月に少しほぐしておく卵

人の高さに赤蜻蛉群れそわか

少女らの中に美少女金木犀

まぼろしの大樹をのぼる蔦かずら

(まぼろしの船が出てゆく芒原)

出生祝に卵一箱とあり寒露

氷柱から氷柱の伸びて信濃かな

一卓は飲食のため寒稽古

穴釣や箱椅子に座す箱男

寒鯉の骨まで太つてしまいけり

東京に住む家が欲しポンカン買う

金曜の静かな町の棕櫚の花

蒲公英の絮に四隅をあてはめる

濃紫陽花紺屋の脇の用水路

よもすがら浮こう浮こうと水中花

蓮浮葉それぞれ濡れていたるかな

母という人と居るなり半夏生

産卵し後は死ぬのみ澤の蟹

枇杷の実の突かれながら熟れるかな

蜘蛛ひとつ回りつづける糸の先

水中の女掻き分け瓢箪忌

スリットは腰まで裂けて紫黄の忌

ある径の或る向日葵と凸面鏡

馬頭観音にダリア大小立ちて咲く

同じ団扇持ちて集合改札口

幽霊も頬かむりして踊りの輪

さびしいとさびしい幽霊ついてくる

鶏(にわとり)を乳白色に煮て白露

霊柩車先頭にして急ぐ秋

極楽にこぼれてゆけり露の玉

片しぐれウェールズより異母姉来

柿熟し静かに耐える空気かな

鹿革は江戸好みなる温め酒

抜歯するほかに手はなし秋の暮

初鏡母が後ろに立つている

鶴の羽休めるごとく初浅間

割つて出る魑魅言霊寒卵

一斗缶叩き眞神を呼び起こす

白泉忌砂浜消失していたり

薪あらば鉈置いてあり霜夜なり

暗渠より出てくる水も春の水

松葉雲蘭膝つきて愛でにけり

瑛九の旧居訪ねる春の暮

結婚という潔白やマグノリア

紫陽花を猫だと思う猫である