収納しておきます。 (とりあえず)
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白扇やあるかなきかの水の色 長谷川櫂
白扇やあるかなきかの水の色
―――あるかなきかの水の色
――――――――――水の色
――――――――――――色
――――――――――音
いろ 青木此君楼
炎天に傾くボトルシップかな
春コート着て淋しいと誰に言おう
白椿人は静かに会釈をし
柊や 街
祀られ鬼
言の間虎落笛する
よい句はよい人からのみ生れる(よい人とは必ずしも道徳的人物を意味しない)、人間として磨かれ練られてゐなければならない。
作りつゝ味はひつゝ、――制作と鑑賞とは両翼の如し。
句は飽くまで推敲すべし、一句に拘泥するは非。
古池や蛙とびこむ水の音
―――蛙とびこむ水の音
――――――――水の音
――――――――――音
芭蕉翁は聴覚型の詩人、音の世界
この声も山寺宏一かき氷 黒岩徳将
夏休み終わる!象に踏まれに行こう! 山本たくや
不揃いのビー玉背の順にして、夏。 舩井春奈
①50行全体で1つの作品と見る。長編詩であり、長編小説である。「融合」でしょうか。
②かつての連作と言う形式で、1行は1句であるが、なお全体として1つの作品として鑑賞すべきもの。
③それぞればらばらの1句(1作品)である。
陽に病む 大橋裸木のような作品です。先日、船団のシンポジウムに参加し、坪内、仁平氏と語りあいましたが、坪内氏の話では、青木此君楼には次のような作品があるそうです。
いろ 青木此君楼世界最短とはこの作品のことを言うのでしょう。裸木や此君楼には、形式を突き詰めていった末の美意識と言うよりは、世界最短の詩としてのジャンルを確立させたいという意識が強かったのではないかと思われます。
塀低き田舎の家や葉鶏頭
鶏頭に車引入るゝごみや哉
鶏頭の花にとまりしばつたかな
朝顔の枯れし垣根や葉鶏頭
葉鶏頭(かまつか)の錦を照す夕日哉
鶏頭や二度の野分に恙なし
萩刈て鶏頭の庭となりにけり
誰か植えしともなき路次の鶏頭や
鶏頭の十四五本もありぬべし
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり
瓶にさす藤の花ぶさ一房はかさねし書の上に垂れたり
藤なみの花をし見れば奈良のみかど京のみかどの昔こひしも
藤なみの花をし見れば紫の絵の具取り出で写さんと思ふ
藤なみの花の紫絵にかかばこき紫にかくべかりけり
瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の牀に春暮れんとす
去年の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひいでつも
くれなゐの牡丹の花にさきだちて藤の紫咲きいでにけり
この藤は早く咲きたり亀井戸の藤咲かまくは十日まり後
八入折の酒にひたせばしをれたる藤なみの花よみがへり咲く
行春やほのぼののこる浄土の図
行春の光背のみぞ照り給ふ
金色の仏ぞおはす蕨かな
行春やほのぼののこる浄土の図
行春のただ照り給ふ厨子の中
とある門くづれて居るに馬酔木かな
蟷螂の蜂を待つなる社殿かな
蟷螂の鋏ゆるめず蜂を食む○
蜂舐る舌やすめずに蟷螂(いぼむしり)○
かりかりと蟷螂蜂の貌を食む○
蟷螂が曳きずる翅の襤褸かな○
「五句を限度とするホトトギスの雑詠欄に投吟する場合には、その規約に基づいて、一聯数句の連作俳句を、一聯五句の連作俳句に構成し直さねばならない。連作俳句が、相互に、緊密に、腕を組んでいるスクラムは、必ずしも絶対のものではない。(ラグビーのスクラムが、セヴン式にもなり、エイト式にもなるのと同断である。)/このことは、制度上寔に遺憾であるが、已むを得ないことである。」
「「五句中一句だけを削られる」ということは、その作者が未熟であった為に然るのであって、それは作者が当然負うべき譴責である。/然しながら、そのことはただちに連作俳句そのものの受けた致命傷ではない。それは単に連作俳句に於ける「個」の蒙った致命傷であるに過ぎない。/脆弱な「個」の上に、構成された連作俳句がたちどころに崩壊することは何等不思議な現象ではない。/私は連作俳句が「全」としてそっくりそのまま認められんことを理想とする。/ところが、その理想が常に必ずしも、容易くかなえられないのは、単なる雑詠の五句が、五句とも入選することの困難であることからしても、凡そ察知せらるることである。/問題は一に「個」の完成に繋ってゐる。」
鴨 南北(こゑする)
比喩、花か
柊や 街
祀られ鬼
言の間虎落笛する
鬼と災ふ
出口 街の川
鬼の衣冷た
塔婆、ビル日向
鉄の霊区まち
鬼 八方向交差点
街に鬼
吾の手か手袋の中動き出す
これは何なのだろうか。少しきつい言い方だが、どこが途切れかもわからずだらだらと続き、しかも行間の緊張も弱い。俳人が見ればまた違うのだろうが、正直なところ「あくまで定型を外れた」としか私には読めない。
「音」から出発させて、「古池や蛙とびこむ水の音」へたどりつく道筋を花尻は示してみよ、と言っているのです。
粉雪が女言葉のように舞い 加納綾子26
春霞こだまですらも飛ばす駅 二木千里26
ヤドカリのように引っ越しする元彼
犯人は死んだ蛙の大合唱 山本たくや27
麦青む時間にそっと電話して 山本皓平28
カーナビの指示は直進夏つばめ 藤田亜未30
コンビニに新作の菓子春の雪
目の前に生えているのが曼珠沙華 久留島元31
若葉嵐落書きの中にわたくし 舩井春奈35
黄落の風船もらう子の多さ 藤田俊35
本屋に向かう少し汗ばんでいる 河野祐子36
さみどりの朝サイダーのはじける日
嘘なんて百万回の稲光 中谷仁美36
初雪やオランウータン嫁入りす 工藤恵41
何時までも山椒魚を見る女 塩見恵介44
この国に何にもしない俺の汗
さっきまでのキスの相手は秋の人 朝倉晴美46
木の実降る狐の面の子等の背に 黒岩徳将25
さくらんぼ咎あるごとく変声期 羽田大佑27
地球温まっているか蠅生る 若狭昭宏30
旧家とは大きいばかり目借時 山澤香奈32
鐘涼し城は星型にして未完 森川大和33
子雀のもうゐぬ風のポプラかな 涼野海音34
あたたかや人去ればまたひとりなる
人波に逆らひて行く暑さかな 杉田菜穂35
内容 未発表作品30句(川柳・自由律・多行も可)
締切 平成27年10月末日
送り先 183-0052 東京都府中市新町2-9-40 大井恒行 宛
応募 郵便に限り、封筒に「攝津幸彦記念賞応募」と記し、原稿には、氏名、年齢、住所、電話番号を明記。(原稿の返却はしません)。
①本当のルビ:間(あひ)・夜(よ)・市(いち)・舐(ねぶ)り・生米(きごめ)・洗魚(あらひ)
②アイロニカルなルビ:霊区(まち)・旧都(とうきょう)・寒霞(おに)・鬼(かみ)・室(ひと)
③ルビか否かわからないもの:虎落笛(こゑする)・沈黙(こゑする)・南北(こゑする)・水鳴り(こゑする)・神楽ふ(こゑする)
鴨 南北(こゑする)
小火と蛾
比喩、花か
古池や蛙とびこむ水の音
・・・蛙とびこむ水の音
・・・・・・・・水の音
・・・・・・・・・・音
二人して打ち上げ花火見てた写真 川嶋ぱんだ(1993年生・「船団」)「俳句新空間」(平成二十六年夏興帖・第五)2014.9.26
山笑ふせーのであける恋みくじ 山下舞子(1994年生)「週刊俳句」2014.4.27
小憩に外す軍手や鳥帰る 森直樹(1994年生・「鷹」)「鷹」2014.5
恋という仮説どんぐり転がりぬ 安岡麻佑(1995年生)「週刊俳句」2014.4.27
手繋げば手の甲寒し藍の花 小鳥遊栄樹(1995年生・「若太陽」「里」「群青」)『海を捨つる』(私家版句集)2015
思うほど眼球軟らかく春雷 沙汰柳蛮辞郎(1995年生)「俳句新空間」(平成二十六年花鳥篇・第七)2014.7.11
ふらここや後ろが冬で前が春 大池莉奈(1995年生)「石田波郷俳句大会第6回作品集」2014
みづうみの底に日当たる涼しさよ 浅津大雅(1996年生)「俳句新空間」(平成二十六年夏興帖・第七)2014.10.10
かたづけて舞台小さし花のなか 辻本鷹之(1996年生・「銀化」)「銀化」2015.5
釣り上げし鱸は銃の重さかな 下楠絵里(1997年生)「WHAT Vol.3」2015
綿虫や何人もゐて寝しづまる 今泉礼奈(1994年生・「南風」)「俳句」2015.1
最果てに風売る店や昼寝の国 平井湊(1994年生・「群青」)「群青」2014.9
花ぐもり鯉やはらかく衝突す 高瀬早紀(1994年生)「週刊俳句」2014.12.7
冬厨明かりが灯るまでの二秒 副島亜樹(1994年生・「群青」)「群青」2014.3
復活祭家族写真は残すべし 大藤聖菜(1994生)「星果てる光Ⅱ」2014
冬うららどこにでもある諏訪神社 青木ともじ(1994年生・「群青」)「群青」2015.3
紫陽花や指紋を遺す触りかた 島津雅子(1994年生)twitter
泣き声が白梅よりもずっと先 葛城蓮士(1994年生)「俳句ポスト365」2015.1.22
名月や銀の波立つ山の湖 赤石昇太郎(1994年生)「早大俳研第十集」2014
夕映となるぎりぎりをスキー跳ぶ 東影喜子(1995年生・「群青」)「早大俳研第十集」2014
柚子風呂の君には柚子の集まりぬ 玉城涼(1995年生・「群青」)「群青」2015.3
大陸へ向かふ飛行機夏兆す 兼信沙也加(1995年生)「週刊俳句」2014.12.7
紙風船しわを増やさぬやう受くる 林楓(1995年生)「早大俳研第十集」2014
柄のみで決むるパンツや春隣 魔王(1995年生・「いつき組」)ブログ「烏と魔王の夏休み」2015.8.2
エンドロールのはやさで降つてゐる雪よ 大塚凱(1995年生「群青」)「群青」2015.3
誰もゐない楽しき家や冬の鵙 杉山葵(1995年生)「俳句ポスト365」2014.11.6
名を知らぬ名曲にふれ風薫る 谷村康太(1995年生)「早大俳研第十集」2014
五円では叶わぬ願い秋の暮 町田佳奈子(1996年生)「早大俳研第十集」2014
声透明桜吹雪の向かうから 永山智郎(1997年生・「群青」)「俳句」2015.1
風船に父の息ありもてあそび 坂入菜月(1996年生)twitter
量子力学袋の中に玉虫ゐ 青本瑞季(1996年生・「里」「群青」)「里」2015.6
雨の学祭花をつけない木ばかり太い 青本柚紀(1996年生・「里」「群青」)「週刊俳句」2015.7.26
うららかやかがみこむ足の折れているところなど 宮崎玲奈(1996年生・「円錐」「群青」「蝶」)「群青」2015.6
芹の根を離れぬみづの昏さかな 安里琉太(1994年生・「銀化」「群青」・沖縄)「銀化」2015.1
天才の生まれる朝へ田水張る 工藤玲音(1994年生・「樹氷」・宮城)「学生俳句チャンピオン決定戦2015」NHK(しこく8)2015.6.5放送
つばくらの影落ちにけり母子手帳 樫本由貴(1994年生・広島)広島大学俳句サークル・H2Oブログ2015.7.6
夏シャツや天守見上げて風の吹く 崇徳(1994年生・広島)広島大学俳句サークルH2Oブログ2015.5.19
滝に触るるやうにフライパン洗ふ 宗政みつき(1994年生・愛媛)「星果てる光Ⅱ」2014
黄昏や菜の花の波堆し 田中枢(1995年生・「itak」・北海道)「現代俳句」2014.10
空へ宇宙へ「ひまわり」は飛ぶ雲の峰 羽倉紫羽(1995年生・愛媛)「俳句王国がゆく」NHKEテレ2015.6.21放送
はつ夏のみづを怖るる子猿かな 小川朱棕(1996年生・愛媛)愛大俳句研究会twitter
少年の声の実れる踊りかな 福岡日向子(1996年生・愛媛)「俳句王国がゆく」NHKEテレ2015.6.21放送
鳥はみづになる春の月のめざめ 脇々(1996年生・愛媛)「WHAT Vol.3」2015
風薫る写生の画用紙のましろ 初号機(1996年生・愛媛)愛大俳句研究会twitter
佐保姫は二軒隣の眼鏡の子
黄落や千変万化して故郷
冬の夜の玉座のごとき女医の椅子
人間に涙のかたち日記買ふ 「若狭」より
菜の花のひかりは雨となりにけり
春夕焼文藝上の死は早し 「週刊俳句」角川俳句賞落選句より
復職はしますが春の夢ですが
女見る目なしさくらは咲けばよし
しがみつく 堀下翔
熊ん蜂二匹や花を同じうす
亀の鳴く八方に水ありにけり
一面に蝌蚪をりすべて見失ふ
ある葉桜の立つてゐる日蔭かな
黒揚羽とほくに見えて奥に消ゆ
よく蛇行するひまはりの小道かな
となり合ふカンナ互ひの影かくす
濡れてをる石榴やあれはさつきの雨
(お話は長くなりますので、ここで休憩。続きは次回をご覧ください)
俳諧はほとんど言葉すこし虚子 磐井
山々かすみいりあひの
鐘はなりつつ野の牛は
徐々に歩み帰り行く
耕す人もうちつかれ
やうやく去りて余ほとり
たそがれ時に残りけり
(下略)
かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを
わたしは毎日バックナンバー(堀下註――週刊俳句の)を読み進めているのですが(そのあいだに『週刊俳句』はわたしをおいて未来にどんどんすすんでいくのですが)、週刊なのにこんなにも長く続けておられるのがすごいなあと率直におもうのです。わたしが図書館で閉館まで毎日本を読んでいたときも、寝込んでなにもせずにつっぷしていたときも、ふらふらとチョコレートをかたてに夜の街を遊び回っていたときも、終電のおわってしまった駅の階段ですやすやしていたときも、『週刊俳句』はずっとそしらぬ顔で続いていたのだなあとおもうと、ほんとうにすごいことだって素直におもうんです。(『あとがき全集。』2015/02/18 21:07更新分〈【お知らせ】「夢八夜 第三夜 本屋で鮫じゃんか」『アパートメント』〉)
寒星の眞只中にいま息す 相馬遷子