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2023年4月7日金曜日

西村麒麟のこと(目次)  筑紫磐井

   東京新聞で3月16日から3月31日まで西村麒麟の「私の東京物語」が10回にわたり連載されている。麒麟は新しい主宰誌「麒麟」を創刊するというからその先駆けの連載記事ということであろう。慶賀に堪えない。

 「俳句新空間」でも、かつて長大な麒麟論を連載している。関悦史、堀田季何、村上鞆彦など普通では読みにくい人の麒麟論が書かれており、西村麒麟を理解するには良い手掛かりとなるであろう。また、西村麒麟の御中虫オマージュも貴重な文献である(これはほとんどがフィクションである)。いずれもBLOG「俳句新空間」で検索できる。以下目次を掲げよう。

 新しいところでは2023年3月30日刊、堀切克洋『神保町に銀漢亭があったころ』(北辰社)で西村麒麟の「冬の夜」、西村厚子(麒麟夫人で西村麒麟マネージャー)「実山椒」、筑紫磐井「麒麟がいる」が掲載されている。私の文章については麒麟が「(筑紫の許可を得て西村麒麟補足――)この稿は七割がフィクションです。」と注を加えているが、当時の私にはまざまざと思いだすことばかりで、読者のサービスのために文飾を加えているが本質のウソはないし、まあ3割くらいがフィクションかもしれない。

 ただ、手前味噌かもしれないが、西村麒麟の普及に多少はこのBLOGも役立っているのではないかと思っている。句集を出したBLOG参加者にも検討していただきたい。


●【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む】 インデックス

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む0】 序にかえて … 筑紫磐井 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む1】北斗賞 150句 … 大塚凱 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む2】「喚起する俳人」… 中西 亮太 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む3】麒麟の目 … 久留島元 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む4】「屈折を求める」 … 宮﨑莉々香 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む5】「思ひ出帖」 … 安里琉太 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む6】きりん … 松本てふこ 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む7】西村麒麟「思ひ出帳」を読む … 宮本佳世乃 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む8】火花よりも柿の葉寿司を開きたし ―北斗賞受賞作「思ひ出帳」評 … 青木亮人 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む9】見えてくること、走らされること … 田島健一 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む10】天地併呑  … 橋本 直 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む11】西村麒麟を私は知らない  … 原英 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む12】金沢のこと菊のこと  … 福田若之 》読む

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む13】「結び」及び「最強の1句」  … 筑紫磐井 》読む


●西村麒麟第一句集『鶉』を読む  アーカイブ

【西村麒麟第一句集『鶉』を読む1】2014年2月7日『鶉』序文 筑紫磐井 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む2】2014年2月7日 金平糖 相沢文子 》読む 

【西村麒麟『鶉』を読む3】2014年2月14日 心地よい句集 樋口由紀子 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む4】2014年2月14日 印影の青き麒麟 五十嵐義知 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む5】2014年2月21日 肯うこと ―西村麒麟第一句集『鶉』読後評― 澤田和弥 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む6】2014年2月21日 (一句鑑賞) 鶴と亀 田中亜美 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む7】2014年2月28日 西村麒麟句集『鶉』評 矢野玲奈 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む8】2014年2月28日 へうたんの国は、ありません 久留島元 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む9】2014年3月7日 ラプンツェル塔から降りる(『鶉』感想) 石川美南 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む10】2014年3月7日 麒麟と瓢箪 関悦史 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む11】2014年3月14日 脱力する幸せ 鈴木牛後 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む12】2014年3月14日 「男の子」のマジック・タッチ 佐藤りえ 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む13】2014年3月21日 鶉と麒麟さん  鳥居真里子 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む14】2014年3月21日 西村麒麟句集『鶉』評 堀田季何 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む15】2014年3月28日 『鶉』にみる麒麟スタイル 北川美美 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む16】2014年3月28日 理想郷と原風景 冨田拓也 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む17】2014年4月4日 無題 村上鞆彦 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む18】2014年4月4日 七句プラス1 佐藤弓生 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む19】2014年4月11日 鎧のへうたん 阪西敦子 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む20】2014年4月11日 へうたんの外に出てみれば 近江文代 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む21】2014年4月25日 「鶉」感想 太田うさぎ 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む22】2014年5月2日 短歌・川柳との比較 飯島章友 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む23】2014年5月16日 『鶉』二十句について 西村麒麟 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む24】 2014年5月30日 俳句的自意識 しなだしん 》読む

【西村麒麟『鶉』を読む25】2014年6月13日 幽霊飴 中山奈々 》読む


●アーカイブ 西村麒麟 御中虫コレクション(「詩客」2012.5.25~8.17より)

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」①「ハロー、虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」②「元気かい?虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」③「素敵な説教をしてよ、虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」④「句集読んだよ虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑤「虹が見えるかい?虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑥「おめでとう!虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑦「歌ってよ、虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑧「復活かい?虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑨「ランラララン♪虫さん」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」⑩「愛してるぜ、虫さん!」/西村麒麟 》読む

赤い新撰「麒麟から御中虫への手紙だよ」の真相/筑紫磐井 》読む

2017年11月10日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む13】「結び」及び「最強の1句」/筑紫磐井



 西村麒麟特集を2回編集したことになる。第1回目は『鶉』。第2回目は今回の150句。恐らく近いうちに第3回目の特集をやるかもしれない。私がこうした企画を設定した理由は、結社で恵まれない作家を救済したいと言うことにある。
 もちろん結社に入らない人もいる。結社でなく仲間たちとの同人雑誌をやっている人もいる。それらは当人たちが覚悟の上だし、案外そういう人には多くの仲間がいる。しかし結社に入りながら西村のようにこれだけ恵まれない人は珍しい。もちろん結社で干されているのは自業自得かもしれない。しかし結社にかかわって、それなりに立派な成果を挙げ(多くの若手が渇望する田中裕明賞、北斗賞を受賞し)、なお結社で評価されないという人は珍しい環境にあるとしか言えないだろう。そして、そうした結社に居続けるというのも健気である。
    *
 ただ特集を企画して気づいたことがある。西村は、何のポストも権威もないのに、特に若い作家たちの中心にいるらしい。第1回目も、第2回目も、西村が自分で執筆者を打診し、決定し、原稿を貰っている。私は、企画しただけで何の編集もしていないのである。こうした編集企画力は将来間違いなく役に立つのではないか。
(私は現在、BLOGで「前衛から見た子規」という連載を行っているが、実は子規という人物は小学校時代から雑誌の編集を行っていた。それが中学、高校、大学と続き、最後は、日本新聞社の「小日本」という新聞編集を行うところまで繋がっている。雀百まで踊り忘れず、というが、子規はジャーナリストとなるために生まれてきた人物である。その数あるジャーナリズムの中で、俳句というジャンルが選ばれたのである。)
 当然西村が集めた記事は、彼を中心とした同世代が多い。私のような年配者は殆どいないであろう。そして思うのは、この若い世代の文章が、多彩ではあるものの一つの特色を持っているように思うのである。変わった西村麒麟特集だから、まず、「西村麒麟を論じた特集」を論ずるところから初めてみようか。

 それらは、誠に緻密で西村麒麟という世界――今回で言えば、西村の150句の世界を縦横に分析し、完結した評論としているところである。だから西村麒麟を科学的?に分析しているように見える。その意味では、社会学的な評論といえるかもしれない。しばしば、西村が固執しているテーマや季題が収集され、比較されている。
 ところで、手法が違うと言ってしまえばそれまでだが、例えば、「豈」59号で第3回攝津幸彦記念書を受賞した生駒大祐について私は選後評を書いているのだが、その核心は、30句の中で、

 新潟に近くて雪の群馬かな

を究極の1句として掲げ、これを論じていることにある。他にいい作品があるとか、他の作家と比べてどう優れているかではなくて、生駒の作品からたった一句を選んで鑑賞をしているのである。
 考えてみると私の最初の評論集は飯田龍太を論じた『飯田龍太の彼方へ』(深夜叢書社刊)であるが、ここでは世の常の龍太論のように万遍なく龍太を論じたのではなくて、龍太のたった一句、

 一月の川一月の谷の中

だけを論じて200頁を費やしている。どうもこれが私のやり方であるようだ。
 しかし私は案外これが正統的だと思っている。どんな作家であれ、生涯に詠んだ数千句がすべてのこるわけではない(全集を作るのと評価は別である)。どんな作家であれ、常時人から語られるのは十句ぐらいしかないのではないか。いや、生涯にたった一句が残ればよいのかもしれない。後は、参考として引用される句であろう(須賀田某を悼んだ「生涯にまはり灯籠の句一つ」という素十の句があった。山本健吉は「思いだされない名句というものが何の意味があろう」と、余りにも常識的な、しかし意外に深遠な言葉を残している)。とすれば、評論の一つの意義は、究極の1句を見出すこと、そしてそれが究極である理由を後世に残るように語ることであろうと思っている。
     *
 そういう考え方で、西村の150句「思ひ出帳」を読むと、それらは10句ぐらいに集約され、そしてさらに次の1句に落ちつくように思うのである。

 金魚死後だらだらとある暑さかな

 もちろん究極の一句を探すという同じ方針を採っても、選者によって、全然別の句を選ぶことになる。それが当然だと思う。しかし、この一句を据えて西村を眺めることによって、私の見る西村の姿は急に引き締まる。全体、西村は巧みではあるが、ふざけた句が多い。私が、第1句集を「虚子に一ミリ近づいた男」と表したのはそうした謂いである(この言葉は、西村のキャッチフレーズになるかと期待していたがちっとも流行らなかった)。それが、突然深読みされることにより、別種の俳句、別種の俳人のような相貌をおびてくる。
 元々俳句などは不完全な詩型だから、そのときどき、例えば20代と60代では読み方が全然違ってくる。朝と夜と、疲れたときと休息の取れたときと、ひどいときは食前と食後で好悪は変わってくる。従って、一群の作品も、その中心に置く句によって全体印象はかなり変わってくる。

 まず、この句は、2017年1月発表の自選10句にも選ばれていない。これで安心した。西村は自分の究極の1句を見ぬ抜く目がまだないことになるからだ。 3人の選者の中岡毅雄、田中亜美、立村霜衣のうちこの句を選んだのは立村霜衣だけだった。だが立村が選んだ理由は私と違うようだから、ほぼ私の独断といってよいだろう。
 分り易いのは、比較的多くの論者が評価していた「八月のどんどん過ぎる夏休み」だ(これは自選10句にも入っている)。人気の一句といって良いだろう。決して悪い句ではないが、私が『鶉』評で書いたように飯田龍太の影を負っているようだ。現代作家、特に西村のような作家が飯田龍太の影響を受けることはあまり意外性のない話だ。
「金魚死後」の句はそれがない。いや人の知的創造活動に完全な影響のないはずがないとすれば、辛うじて影響があるとすればもっと根源的なもの――例えば人間探求派に近いものではないかと思う。西村と人間探求派――これは意外だ。しかし、この句にふざけた匂いが見えない理由もそこにある。かつ、そう見た瞬間、日頃のへらへらとした西村の笑顔に隠された本音が見えるように思うのである。
「金魚死後だらだらとある暑さ」はほとんど散文のようであるが、それの持つ思想が、逆に韻律を形成している。そうか、これが西村麒麟であるのだ。
 かつて、一度だけ真面目な顔で話されたことがある(生涯にわたって真面目な顔をされたのはこの時だけだったような気がする)。私や高山れおなが企画した『新撰21』やその続編シリーズで、西村は一度も登場したことがなかった。未だ我々の視野に届かなかった(申し訳ないが「古志」は余り読んでいなかった)のだが、シリーズが回を重ねるたびに置いてきぼりになる焦燥感が生まれたという。これは私たちに対する非難であったかもしれない。しかし一方で、『新撰21』ごとき連中に置いてきぼりを食う作家ではないという自負がにじみ出ていた。それ以来、やや馬鹿にしたような言い方をしつつも、西村を尊敬している。だから西村は永遠に俳句を止めないであろう。またこれだけ干され続けても「古志」を止めないであろう。西村が師事すると言っている長谷川櫂が少しだけ(ほんの少しだけであるが)羨ましくはある。
 つまらない事ながら一言添えれば、北斗賞の選考で西村は誰にも一位に推されていない。選者は3人別々の作家を推している。つまり平均点で西村は受賞したのだ。受賞こそしたがこれは西村にはやや傷つく事実だと思う。しかし気にする必要はない、受賞選評で3人の感想を読むと、どう考えても他の作家に比べて圧倒的に激賞されている。つまり、1位になった瞬間に突然深読みされ、1位にふさわしい作家に見えてくるのである。これは、上述した私の理論が成り立つことを証明するようで、いささか鼻が高い。
     *
 直接関係無いことだが、西村を論じた論についても最後に述べておきたい。ある雑誌の編集者から、現代の若手は同世代の評価を気にし、上の世代の評価には無関心だといわれた。例えば指導者の評価より、同世代の評価に深く傷つくのだそうだ。なるほどもっともと感じた。とすれば私の評など、西村には不要かも知れない。西村麒麟が選んで既に掲載した十二人の評論で十分であるかもしれない。とすれば、書いたものの、役に立たないかもしれない上の世代の評価を、蛇足を承知で加えた事になりかねない。しかし若い世代の時代性にずっぽりはまった評価よりは、五十年後に西村が古稀を迎えたときに本当に納得するのはどちらの論であるかは、必ずしも今即断はできないと思うのである。


2017年10月6日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む12】金沢のこと菊のこと  福田若之



バフィ: あんたはうちらが置かれている状況を何だと思ってるの、ホラー映画にでも出てるつもり?
一同: アハハハ……!
シンディ: マジそれ。で、もしそうだったらさ、あたしの役にはジェニファー・ラブ・「デカパイHuge-tits」みたいなバカがキャスティングされるんだろうねきっと。
グレッグ: そうそう。俺たちの役はみんな、二十代後半とか、三十代前半の奴らが演らされる。 一同: アハハハハハ……!
(キーネン・アイヴォリー・ウェイアンズ監督、『最終絶叫計画』、アメリカ、2000年。文中の「デカパイHuge-tits」は、1997年に28歳で『ラストサマー』の主役の女子高生を演じたジェニファー・ラブ・ヒューイットJennifer Love Hewittのファミリー・ネームのもじり)

と、まあ、こんなふうにホラー映画のパロディ映画の主人公である彼らは笑ってみせるけれど、実際、二十代の後半から三十代の前半にあたるひとびとにあっては、自らの学生時代の思い出の情景が、若づくりした自分たちのいまさらの演技を撮った映画のようにして思い出されてしまうことがないだろうか。

西村麒麟『思ひ出帳』は、そのタイトルどおり、ひとつの思い出から始まる。

月下美人学生服のまま見たり

学生服という記号は、「たり」という過去の助動詞のはたらきによって、即座に思い出として理解される。見たことの思い出。「学生服のまま」という表現には、まるで、もはや学生ではなくなってしまった自分が、そのままの身体で学生時代の思い出のなかへ入ってその当時の自分を演じているかのような不思議さがある。あのころ、自分はまだ学生服を着ていた。学生服のままだった。いま、自分はそれを思い返して、あのころの学生服のまま、いまのこの身体で、もういちどあの月下美人を見てしまったかのようだ。自分は過去の自分を見ている。と同時に、過去の自分として、見られている。こうして、はじまりの一句が作品全体のテーマを導き出す。この作品においては、見ることや見られることがくりかえし意識されるのだ。そのこと自体は、すでに大塚凱「北斗賞 150句」久留島元「麒麟の目」において指摘されていることではあるが、後述するように、僕としては、これを時間の問題に結びつけて考えてみたいと思うのである。

それに先立って、まずは、見られるほうの側からいくつかの句を見ておこう。

喘息の我を見てゐる竹夫人

文鳥に覗かれてゐる花疲れ

こんなふうに、「我」は竹夫人に見られたり、文鳥に覗かれたりする。あらぬものに見られるという感じが、思い出の印象を鮮明なものにしているのだろう。だが、見られるということがはっきりと言われるのは、実のところ、「我」についてではない。

角隠し松の手入に見られつつ

角隠しということは、婚姻の場面だろう。式が執りおこなわれているその神社の境内で、庭師が、松の手入れの仕事のさなかに、自分とは縁のない花嫁のことを見ているのだろうか。すでに引用した「思ひ出帳」のはじまりの句で、見られていたのは月下美人の花だった。その名は、やはり女性を思わせる。男性的な主体が女性的な客体に一方的な視線を注ぐという典型的な構図は、この「思ひ出帳」においてもやはりある程度まで機能しているといわざるをえない。だが、この典型的な構図に混乱を引き起こす一句が、すでに引用した竹夫人の句なのだった。そこでは、ひとがものを見るという構図が転覆されると同時に、視線をめぐる男性と女性の典型的な主客関係が逆転されているのである。

それでは、見ることに話を移そう。しかし、見ることは、すでに大塚凱がそのことを指摘しているとおり、この「思ひ出帳」にあっては必ずしも意図的なことではない。

日射病畝だけ見えてゐたりけり

冬の日や東寺がいつも端に見え

火が見えてそこに主や花の寺

これらの句において起こっていること、それは、見えてから、自分がそれを見ていたことに気づくということだ。要するに、ここには見えることに対する気づくことの遅れがある。だから、見ることは時間的なことがらなのだ。したがって、それは同時に暇というものにも関わっている。

盆棚の桃をうすうす見てゐたり

帰省先の盆棚だろうか、そこに供えられた桃を、うすうす見ている。この暇そのものに、見ることは関わっているのである。

あやめ咲く和服の人と沼を見て

秋風や一日湖を好きに見て

和服の人と見る沼と、ひとりで見る湖との違いは、結局のところ、それを「好きに」見ることができるかどうかなのだろう。視覚の自由は、一日という時間をどうするかの自由にそのまま関わっているのだ。次の句において春の日が詠嘆されるのは、鯉を見ることによってそれが謳歌されているからなのだろう。

春の日や古木の如き鯉を見て

見られるものとしての鯉は、この一句のなかで、古木のように年老いる。それは、次の句に描かれているように、見る主体にあっても同じことだ。

蟷螂枯る草木の露を見上げつつ

草木の露を見上げながら、蟷螂はそのうちに枯れてしまう。露というモチーフが伝統的なものとして想起させるはかなさもまた、この枯れのイメージと無縁ではないのだろう。この「思ひ出帳」において、見ることは、はかないもののはかなさを見てしまうことであり、そのはかなさのなかで自ら衰えていくことでもあるのだ。ふたたび月下美人の花を思い起こそう。それは、夕暮れにひらき、夜明けにはしぼんでしまうはかない花である。書き手は、そうした花のはかなさを、「学生服のまま」というあの回想のさなかにおいて、自らのものとして引き受ける。竹夫人の句における見る主体と見られる客体の反転によって引き起こされた混乱は、実に、このことに関わっている。そのようにして、見ることは、自らの過去がすでに過去であるということの確認に、そのまま通じているのである。

だが、それだけだろうか。違うのだ。「思ひ出帳」において、見ることの時間的なひろがりは、はかなさの自覚とともに、ある不気味な錯覚をもたらすものとして捉えられている。たとえば、次の二句を見てみよう。

秋の昼石が山河に見えるまで

天牛の巨大に見えてきて離す

そう、見ることは対象が巨大化する錯覚を引き起こすのだ。そして、大きすぎる対象は、目によってはもはや捉えることが不可能になる。

目が回るほどに大きな黄菊かな

大きすぎる対象には、目が回ってしまう。だから、そのあふれんばかりの大きさと色彩をもってそれを捉え、かつ捉えそこねながら、あとは詠嘆するほかはないのである。

それにしても、ここで視覚を超越するものとして、なぜ菊のことが語られるのだろうか。麒麟は、彼がウェブマガジン『スピカ』誌上に連載している「きりんのへや」の三百回記念の際に、「好きな百句」のうちの一句として、田中裕明の《渚にて金沢のこと菊のこと》を挙げている。金沢という地名は、「思ひ出帳」のなかに二度書きこまれているのだが、それはいずれも、見ることに関わってのことである。

金沢の雪解け水を見て帰る

金沢の見るべきは見て燗熱し

「思ひ出帳」における金沢は、このとおり、実に視覚的な対象として捉えられている。地名に言及しながら見ることを語っている句としては、ほかにも《栃木かな春の焚火を七つ見て》があるが、栃木の名が書かれるのが一度だけであるのに対して金沢は繰り返し言及されており、さらに、「見るべきは見て」という視覚による全容の把握を思わせる叙述があることからも、やはり特別に視覚的な対象として語られていると考えてよいだろう。裕明の句の渚で語られたふたつのことがらが、「思ひ出帳」においては、見ることの可能性とその限界として立ち現れているのである。

ところで、「金」の一字は、この「思ひ出帳」にあって、「金沢」のほかにはある一語を記すためにしか用いられていない。その一語というのは、「金魚」である。金魚は、まず、次のとおり、見られる対象として立ち現れる。

妻留守の半日ほどや金魚玉

ここでも暇が見ることに関わっている。金魚は、まるで妻の不在を埋め合わせるかのように、見られる対象としてそこにいる。

秋の金魚秋の目高とゐたりけり

金魚は目高とともにある。目高。その目。見るもの。見られるものと見るものは、ひとつの水のなかで暮らしているのである。

そして、「思ひ出帳」は次の三句をもって結びとしている。

少しづつ人を愛する金魚かな

墓石は金魚の墓に重からん

金魚死後だらだらとある暑さかな

いまや、なぜ「思ひ出帳」の結末部分が金魚の死の描写にあてられたのかは明らかだろう。金沢と同様に見られる対象であったはずの金魚は、書き手の見る行為の果てに、少しずつ人を愛するようになって、見る主体と見られる客体の混乱を引き起こすようになる。それと同時に、金魚は、石の山河化や菊の巨大化によって暗示されていた、見ることの限界に到達してしまう。それこそが、膨れあがるはかなさの極限としての計り知れないもの、すなわち、死だったのだ。重たげな墓石は、芭蕉が『おくのほそ道』の旅の途中に金沢で詠んだ《塚も動け我泣声ハ秋の風》を思わせるものでもあるが、それがいまや金魚の姿を隠してしまう。

こうして、あとには暑さが残るばかりなのだ。見ることの喪のために。したがって、この暑さをただひたすらに詠嘆しつくしながら、言葉をかぎりなく失いながら、ここで「思ひ出帳」は閉じられなければならない。西村麒麟という書き手は、きっと、ここから、この思い出を越えてゆくのだろう。

2017年9月22日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む11】西村麒麟を私は知らない 原英



★西村麒麟より★
西村麒麟第二句集の情報

文學の森から出る句集名は『鴨』です。自選であること、序文は無いことの他は、どんな句集になるのか本人にもわかっていません、なんせまだ中身を書いていますから。多分、年末頃に出るんじゃないかな、と思っています。(西村麒麟)



 西村麒麟を私は知らない。会ったことも無ければ、もちろん話したこともない。それでも私の目の前に西村麒麟氏の百五十句があるのだ。
 俳句は主語がなくても作者を示していることがほとんどだ。句に触れることは、その人の五感や想いを疑似体験できることだと思う。
 早速、氏の句に触れていきたい。

秋風やここは手ぶらで過ごす場所
 自宅での句だと思われる。外出時には財布、スマホ、ハンカチやティッシュなど様々な物を持たなくてはならない。「手ぶら」という言葉で自宅にいる安心感がでてくる。

向き合つてけふの食事や小鳥来る
 なんと幸せな句であろうか。反芻していると食器の触れ合う音、他愛のない会話、小鳥の囀りなどいろんな音が聞こえてくる。もし私が結婚するようなことがあれば、このような句を妻に送りたい。

初恋の人が来てゐる初詣
 切ない。初詣で初恋の人を見かけたことを句にしてしまうこと自体切ない。

朝食の筍掘りに付き合へよ
 筍は朝採りが良いと聞く。調理にも手間がかかる筍を朝採りで、しかも朝食用にとなると付き合えと言われても即座にハイとは言えない。ただこの句に対しては素直にうんと頷いてしまいそうになる。

大鯰ぽかりと叩きたき顔の
 あほ。と言いながら空想上の鯰を叩いてしまった。句を読んだ瞬間のことだ。もちろん現実には叩いていない。しかし空想上では鯰を叩かずにはおられない魔力を秘めた句だ。

禁酒して詰まらぬ人として端居
 禁酒という行為がダサいと考える人もいる。命あっての物種。健康第一。たまにはそこからはみ出すことも一興だ。

蓑虫の小さき声を聞きにけり
 「ちちよ、ちちよ」だろうか。私には優しい言葉を囁いていたように思われる。

学校のうさぎに嘘を教へけり
 どのような嘘であったのかはもちろん読み手に委ねられている。学校であることから子供、それも小学生ではないかと考えられる。小学生のつく嘘と言えば「好きじゃないよ」だろうか。他にもいろいろ考えられるがどれであっても緩やかに寂しくなる。

呉れるなら猫の写真と冷の酒
 猫であれば写真でいいが、酒は冷酒という実物でなければだめだと言い放っているようだ。確かにうまかったの一言とともに酒の写真を送られたところで返す言葉はない。

 掲句はもちろん一部であり、私の好みでもある。正直ここで全て公開し百五十句の全てを個々の作品として味わうこともできるが、それは大人の事情によりできない。代わりに全体の読後感を述べたいと思う。のんびりとした幸福感だろうか。陰影のためにその他の句が入っていることも見逃せない。

 他の感想としては現代仮名遣いの方が活きる句があるように思った。
 例えば
学校のうさぎに嘘を教へけり
 この句は教えけりだとすると幼さも感じ取られ、今の出来事であると受け取れる。教へけりとすると年配の方の所作に感じる。この句の場合正直どちらであっても面白いと思う。

向き合つてけふの食事や小鳥来る
 旧仮名表記の「けふ」がすでに今日ではない。懐古のニュアンスが生まれているように思う。それでも味わえることは言うまでもないが。

烏の巣けふは烏がゐたりけり
 この句も同様だ。今日は烏がいるのでなく、どこか昔のことを言っているように感じる。

夕立が来さうで来たり走るなり
 来そうで来たという流れが、来さうで来たりとしたことにより緩急がつき、この句は旧仮名が成功しているように思う。

 他にも旧仮名であることをやや疑問に思う句が多々あった。使うならば旧仮名の懐古的なニュアンスを俳句に活かすべきではないだろうか。
 百五十句全体として現仮名か旧仮名に統一する必要があるのだろう。なぜそのような慣習があるのだろうか。旧仮名が似合う句、現かなが似合う句、カタカナが似合う句、英語が似合う句など、句によって表記は変えるべきだと思うのだが如何だろうか。
 表現としておかしいかもしれないが、氏の句は穏やかに光っている。そのような句はなかなかお目にかかれない。その光を旧仮名で縛ってしまっているのは、もったいないと強く思う。
 どのような形であれ氏の句に今後お目にかかれるのを楽しみにしている。

終  


2017年9月8日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む10】天地併呑  橋本 直



★西村麒麟より★
西村麒麟第二句集の情報

文學の森から出る句集名は『鴨』です。自選であること、序文は無いことの他は、どんな句集になるのか本人にもわかっていません、なんせまだ中身を書いていますから。多分、年末頃に出るんじゃないかな、と思っています。(西村麒麟)


 西村麒麟の句は、空を飛ばない。それどころか、地上の移動もない。例えば、

  見まはしてゆけばつめたい木の林     鴇田智哉

ほどに「ゆく」ことすらない。もちろん、言外には移動を必要とする異郷にいたとおぼしき句は詠まれている。

  冬の日や東寺がいつも端に見え
  金沢の雪解け水を見て帰る
  朝鮮の白き山河や冷し酒


 しかし、句の中に移動する主体は現れてこない。基本、動かないで世界を眺める主体がそこにたたずんでいる。言い換えれば、一点にたたずむ主体から見た世界しか描かれていない。それはいったい何を示しているだろう。

 二つの選択肢がある。孫悟空と釈迦を例にとろう。孫悟空は動き回る。体の大きさを自由に変えられるし、宙に浮かんで高速移動も出来る。そうやっていろいろなところを眺め回すことも出来る。一方釈迦は動かない。動かないが、遙か彼方に行ったはずの孫悟空がその手のひらの中を巡っていたに過ぎない、という例の話を敷衍して言えば、きっと釈迦は何処までも座ったまま、移動せず、大きく膨らんでいけるのだ。世界を覆うほどに。

西村麒麟の句は、釈迦のようにたたずむ主体が選ばれている。彼は俳句で世界を呑み込んでゆく人なのかもしれない。伝説の巨大な鯨みたいに。

  浮かんだり沈んだりして鯨かな
  七夕や鯨の海がきらきらと



2017年8月25日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む9】見えてくること、走らされること 田島健一



 俳句を「読む」ことは不思議だ。簡単なようで、簡単ではない。つい、目の前にならんだ作品から統一された作者の意図を読み取ろうとしたり、その顕在内容を分析しすぎて、作者が現実的に書いてしまったものを見落としてしまう。
 俳句を「読む」ということは、作品の顕在内容を復号化することで、その潜在的な内容を見つけ出す行為に他ならないのだが、つい見えやすいところだけを見てしまい、作者のつくった見かけに騙されてしまう。何か奥行きがあるように見える、「読み」の入り口らしき場所は、読者をミスリードする。

 月下美人学生服のまま見たり

 西村麒麟の「思ひ出帳」150句はこの句から始まる。この作品を一読して誰もが気づくのが「見る」という動詞の多さである。この「月下美人」の句を皮切りに、

 日射病畝だけ見えてゐたりけり
 冬の日や東寺がいつも端に見え
 金沢の雪解け水を見て帰る
 盆棚の桃をうすうす見てゐたり
 蟷螂枯る草木の露を見上げつつ
 秋風や一日湖を好きに見て
 栃木かな春の焚火を七つ見て


など「見る」という動詞が多用される。これらはおそらく「読み」のトラップである。これら「見る」を総合的に分析した先に、作者のポジティブな主体は現れない。なぜなら、これらは作者が意図的に並べた顕在内容だからである。
 注目するべきはこれら「見る」に寄りそう、副詞・動詞・名詞たちである。

だけ/いつも/帰る/うすうす/つつ/好きに/七つ。

 これらの言葉たちは「見る」の動詞の傍らで「見る」という語の強度を表現する。それによって「見る」の強度は、それぞれにそれぞれの程度で作者の支配下に置かれる。その支配下で、作者にとっての「見る」はあくまでも限定的な働きに留まろうとする。ここには作者の「見る」ことの美学が顕れているのだ。逆に言えば、そのような作者自身の支配の外に作者の意図する「見る」行為は基本的にはない。「見なければならないものを見る」ことや、何かを「見てしまう」ということは、作者の「見る」美学の外にあるのだ。

 金沢の見るべきは見て燗熱し

 この句のように「見るべき」と作者自身が判断したものを「見る」ことが、作者自身にとっての「見ることの美」なのである。しかし既に述べたように、それはあくまでも作品の顕在内容にすぎない。作者の意図を離れて「見てしまったもの」に注目しなければならない。作者の支配下にない視線。それは例えば次の一句である。

 天牛の巨大に見えてきて離す

 彼はなぜ「離」したのか。それは「見えて」しまったからである。この瞬間、「見る」という行為が、作者の統制下をあふれ出てしている。この「離す」という動詞は、「見えてきて」という動詞の強度を補足するために寄り添っているのではなく、「見えてきて」に反発するように、つい手「離」してしまったのだ。
 見方を変えれば、この「天牛の」の1句の驚きために、それ以外の抑制された「見る」句があると言えるのではないか。 この「驚き」に出会うまで、作者は「見る」という行為を横移動する。その横移動の運動へと作者を駆り立てるのは、おそらく「倦む日常」ではないだろうか。俳句はそこにある。しかし、どこか俳句表現そのものをもてあましている。それがよくわかるのが、数多く登場する「反復表現」である。

 白鳥の看板があり白鳥来
 烏の巣けふは烏がゐたりけり
 蜘蛛の巣に蜘蛛より大きものばかり
 烏の巣烏がとんと収まりぬ
 白玉にひたと触れゐて白玉よ
 鈴虫は鈴虫を踏み茄子を踏み


 これらの反復表現は前述の「見る」の多用と同じく、「思ひ出帳」150句を一読してすぐに目に付く表現的偏りである。ここで問いかけるべきは、「これらの反復表現が何なのか」ではなく、「これらの反復表現は何故なのか」である。既に「見る」の件でも述べたとおり、「倦む日常」の横移動が続いているのである。

 通常、「反復表現」では最初の語と、反復された語の間に差異が生まれ、その差異によって見えている以上のものが浮かび上がる。最初の語と反復された語の間には少なからず時間的な変化が生まれ、それゆえに反復する意味が生まれる。
 しかし、「思ひ出帳」に登場する反復表現は、むしろそうした時間的差異を許さない。最初の語が予測したとおりに、世界は反復されるのだ。「白鳥の看板」があれば、そこには期待通り「白鳥」が来る、「烏の巣」には当然のように「烏」がいる。「蜘蛛の巣」にかかった「大きもの」は、正しく「蜘蛛」と比較される。

 鷽替へて鷽を愛しく思ひけり

 あるべきところにあるべきものがあるということが「愛しく」肯定される。ここにも「見る」の時と同じ様に、作者の「美学」が顕れているのだ。しかしすでに述べたとおり、「見えやすい」ものは、本当の入り口ではない。「見えすぎる」ものは、ポジティブに構成された主体ではない。
 見落としてはならないのは、「思ひ出帳」に登場するこれらの反復表現が150句という連作の中でさらに「反復」されるその「仕方」だ。

 烏の巣けふは烏がゐたりけり
 蜘蛛の巣に蜘蛛より大きものばかり
 烏の巣烏がとんと収まりぬ
 白玉にひたと触れゐて白玉よ


 例えば、これらの句は間に6~7句置いて作品上に登場する。一見、無造作に置かれている句の並びだが、数多い「反復表現」は必ず「間をおいて」表れる。例えば

 朝寝から覚めて疊の大広間
 朝食の筍掘りに付き合へよ


 太陽の大きな土佐や遍路笠
 遍路笠室戸は月を高く揚げ
 遍路笠鈴に心を守られて


 朝鮮の白き山河や冷し酒
 秋の昼石が山河に見えるまで


 盆棚の桃をうすうす見てゐたり
 盆唄に絶頂のあり佃島


 少しづつ人を愛する金魚かな
 墓石は金魚の墓に重からん
 金魚死後だらだらとある暑さかな


 これらの句は、同じ主題を詠んだものとして並べて置かれていることは明らかだ。同じ主題を詠んだ句が並べて置かれる。この並び順には当然そのような作者の意図を読み取るわけだが、逆に、似たような表現が多く登場するにもかかわらず、それらが「間をおいて」並んでいることを、つい我々は「無造作」な並び順だと感じてしまう。

 多くある「見る」を使った句と同様、「反復表現」の句も必ず「間をおいて」並べられている。同じ主題を詠んだ句が、「同じ主題を詠んだこと」が「見えやすい」ように並べてあることを考えれば、「間をおいて」並んでいる「見る」句/「反復表現」の句は、逆にそのような表現的傾向が「見えにくい」ように置かれているとは考えられないか。そして「見えやすい」ものがポジティブに構成された主体でないのであれば、「見えにくい」ものこそが、作者の隠された主体性を表現しているのではないか。おそらく、句の並び順を考えるときに、これらの似通った表現方法の句はできるだけ連続せず離れて置くように、配慮されたのではないだろうか。

 すでに「見る」の句で見たように、作者は「天牛」の句に到達するまで、多くの「倦む日常」を横移動しているわけだが、「見る」句が「間をおいて」置かれていることで、その横移動が「見えにくい」ものとされている。それは、何故か。言うまでもなく、「天牛」の句との「出会い」をあたかも偶然のように装うためだ。
 中学生が好きな異性の通学路でまちぶせしながら、いざその相手が現れると、それがいかにも偶然であったかのように装ってしまう。同じように、「思ひ出帳」150句では、「天牛」の句がもつ「驚き」に出会うために、「倦む日常」を横移動しているという事実は、「見る」という似た構造をもった句が「間をおいて」置かれることで、それが偶然であるかのように作者はふるまう。それが作者の「意図したもの」であったことが「隠されている」のだ。

 では、「反復表現」が「間をおいて」置かれていることは、いったい何を隠しているのだろうか。

 すでに述べたとおり、これらの「反復表現」は「あるべきところにあるべきものがある」ことの肯定、そしてそれが作者の「美学」であることを表している。この「美学」は、作者にとっての「現実」というよりもむしろ一種の「仮想現実」であって、「世界はそのようにできている」というよりも「世界はそのようであるはずだ」という一種のイデオロギーである。言い換えれば、作者の「美学」はある限定された状況においてのみ成立する。
 そしてそのことを、作者自身は感じとっている。
 ゆえに、作者のイデオロギーとして「世界はそのようであるはずだ」というメッセージをのせて反復される。しかし、それはある「限定された状況」であることを作者自身が感じとっているため、作者の思想は薄めたかたちで、つまり「偶然を装い」ながら「間をおいて」作中に並べられたのである。
 では、ここで作者が感じ取っている「限定された状況」とは何か。それは、次の句から読み取れる。

 夕立が来さうで来たり走るなり

 ここでは「来る」という動詞が反復される。言うまでもなく、そこには「あるべきところ(夕立が来さう)に、あるべきもの(夕立)が、ある(来たり)」という姿をしている。しかし、この句が例えば

 烏の巣けふは烏がゐたりけり

 などと決定的に異なるのは、下五の「走るなり」だ。もし「烏の巣」句と同じように「夕立」の句を構成するなら、例えば

 夕立が来さうでつひに来たりけり

でよいのである。

 夕立が来さうで来たり走るなり

は中七に切れがあり、その前後で主語が変化する。「夕立が来さうで来たり」の主語は「夕立」、「走るなり」の主語は明記されていないが「作中主体(作者自身)」である。つまり、作者にとって「そのようであるはず」の世界は、そこに作者自身が主体的に関わった途端、走り出さねばならなくということなのだ。
 言い換えれば、世界は「あるべきところにあるべきものがある」というかたちで、正しく美しく規則的に構成されている。ただし、それは「私」が世界に含まれない、という「限定された状況」でのみ成立する。しかし、現実の世界は「私」を含みこんで成り立っている。「私」がその世界に含まれるということは、そこで私自身の意図に関わらず「走らされて」しまう、ということだ。
 正しく美しい日常世界は、主体的な「私」の中に勝手に大量に流れ込んできて、私を私のままに捨て置いてはくれない。
「夕立」の句における「走るなり」は、さきほどの「天牛」の句の「離す」にも通じる。

 天牛の巨大に見えてきて離す

あらためて言うまでもなく、

 天牛の巨大に見えてきたりけり

ではないのだ。「離す」によって主体は世界と関わる。「見てきて」と「離す」の間には、主体の世界との関わり方について大きな断絶があるのだ。そして、それこそが「反復表現」が「間をおいて」並べられたことによって、作者の「美学」の裏側に隠し置かれた作者自身の「現実」の問題なのである。

 西村麒麟の「思ひ出帳」150句は予定調和された、ひとつの傾向に彩られたフラットな作品では、決して無い。この作品から、作者自身が「何者」であるかを決められるような、静まりかえった作品ではないのだ。作者自身は、自分の「美学」と「現実」のあいだで行きづまり、うろつき、ときおり「走らされ」ながら、作者自身の世界にわずかな変化をもたらしつつある。 「あるべきところにあるべきものがある」という作者の「美学」が内包する、作者自身が「走らされる現実」が、いままさに作者自身の思いもかけない「驚き」へと抜け出るための、新しい方法へ繋がってゆく予兆なのではないだろうか。


2017年8月4日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む8】火花よりも柿の葉寿司を開きたし ―北斗賞受賞作「思ひ出帳」評  青木亮人(あおきまこと)


 近現代俳句で「かっこいい」と仰がれたのは、例えば劇薬のように激しく、全身を青白い炎で彩る自我に満ちた作品だった。

  枯園に向ひて硬きカラァ嵌む    山口 誓子
  零の中 爪立ちをして哭いてゐる  富澤赤黄男


 虚ろなまでに自意識に満ちた誓子句、あるいは人間の実存を抉るかのような赤黄男句は、なるほど「近代」の金字塔に違いない。
 次のような句も、史上の傑作と称えられたものだ。

  雪解川名山削る響かな     前田 普羅
  極寒の塵もとゞめず巌ふすま  飯田 蛇笏

 身震いするほどの威容を備えた自然と対峙するような、作者のはりつめた精神の高揚感。それは、連句から独立して十七音のみで屹立せんとした近代俳句を高らかに宣言した逸品であった。

「近代」に彩られた彼らが手を伸ばし、捕らえようとしたのは、例えば次のような光景だったのかもしれない。

 架空線は相変鋭い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかつた。が、この紫色の火花だけは、――凄まじい空中の火花だけは命と取り換へてもつかまへたかつた。(芥川龍之介「或阿呆の一生」)

 俳人たちの眼には「鋭い火花」が燃えさかり、その火花を一句に宿らせるのがあるべき姿と信じられ、おびただしい実践と失敗が積み重なった末に錬金術のような絶品が生まれた時代が、かつてあったのだ。

 しかし、平成期の西村麒麟氏はもはや「紫色の火花」を一句に招こうとは考えていない。

 というより、火花を素手で掴むには彼はすでに冷静で、自身の丈が分かっているのだし、何より「俳句」を壊すほどの「火花」は不要である。

 面倒で厄介なことなど実社会にいくらもある、そんなことより「俳句」に浸る時ぐらいは「俳句」であり続けたいものだ……それが逃避とともに強い意志として成り立っている、つまり俳人としての価値観になっているところに麒麟氏の独特な佇まいがある。

  *

 西村麒麟氏の作品における「私」の表出は、鋭くはない。柔らかい屈折の末に漂う雰囲気の如きものとして、しかし明確に表現される。それは今回の北斗賞受賞作でも同様だ。

  草相撲代りに行つて負けにけり  麒麟
  冬の雲会社に行かず遠出せず
  (「思ひ出帳」より、以下同)


「草相撲」に代わりとして出場しつつも、勝てずに負けてしまう「私」。あるいは会社を休むとせずに「行かず」とした上で、しかし遠出もせずに過ごした「私」の頭上には、輪郭を露わにした夏の雲でなく、淡く微妙な「冬の雲」が漂っている。

 明暗が画然と区切られた世界像でなく、「私」が「私」である瞬間を鋭利に切り取るのでもなく、グレーゾーンが曖昧に広がりつつある中に「私」が居ることを、「負けにけり」「行かず遠出せず」と陰翳を帯びた措辞で醸成させようとしたかに感じられる。

 加えて、「~敗北す」云々でなく「~負けに『けり』」と整えることで道化じみたユーモアが詠嘆まじりに漂うことに、そして「~行かず遠出せず」と軽快なリズムを醸すことでとぼけた調子が漂うことに、氏は意識的だ。

  烏の巣けふは烏がゐたりけり    麒麟
  秋風やここは手ぶらで過ごす場所


「けふは」には「今日以外の「烏の巣」には烏がいなかった」ことを知る「私」が、また「ここは」には「ここ以外は手ぶらで過ごせない場所が広がっている」ことを実感する「私」の存在が強く感じられる。

 同時に、一句は深刻な内容や鋭い認識や観察を刺激的に謳うわけではなく、日常の些事に近い、無内容ともいえる出来事が詠まれたに過ぎない。

 ゆえに「けふ『は』」「ここ『は』」といった「私」の強い判断は、ある種のとぼけた調子によって角が取れ、「私」は何かしら奥歯に物の挟まったような存在として一句の余情に流れこみ、灰色がかった曖昧さで漂うことになる。

 この点、先ほどの「無内容」というのは、往時の「写生」的なまなざしと異なっていよう。

 例えば、「川を見るバナナの皮は手より落ち 高浜虚子」といった現実の偶然性にあえて注目し、その無意味さを興がるまなざしは麒麟氏の作品に現れない。

 また、「昼顔や蘂のまはりのうすぼこり 大木あまり」のように事物の微細な襞を把握するまでに対象に迫るまなざしも、麒麟氏の句には見当たらない。

 氏の句群における「私」はむしろ「俳句」という器に言葉を盛り、一句を整える中で語順やリズムが発生すること自体を愉しむとともに、「俳句」が引きずる俳句史の面影をまといつつ「私」の体験を打ち出す傾向があろう。

  獅子舞が縦に暴れてゐるところ 麒麟
  烏の巣烏がとんと収まりぬ


 例えば、波多野爽波が「鳥の巣に鳥が入つてゆくところ」と詠んだ面影を手繰りよせつつ、またそれゆえに作品上で「縦に暴れてゐる」「とんと」と興がることができることを愉しみ、確認している「私」がいる。

 同時に、「縦に暴れてゐる」ことや「烏がとんと収まりぬ」と実際に体験したのであろう臨場感も漂っており、つまり言葉の世界のみで戯れるのでなく、かといって実体験の生々しい迫力で句を成り立たせるのでもない、両者が何となく混じり、緩やかに絡みつつ定型内に張りきって安らっているところに麒麟氏の特徴の一つがあろう。

 俳句史の面影云々でいえば、次のような句にも見られる。

  白鳥の看板があり白鳥来   麒麟
  一人来てそのまま一人菊供養


 いわゆる「近代」俳句的な感覚からすると、上五から次へと読み進める際に何かしら刺激的な取り合わせを期待したくなるが、麒麟氏は肩すかしをくらわせるように「白鳥来」「そのまま一人」と続けて一句を終わらせてしまうのだ。

 ところで、いささか無造作に「近代」なる感性を使用してきたが、近代俳人の中で麒麟氏の後ろに佇む人士といえば、相生垣瓜人であろうか。

  一枚の冬田を過り惜しみをり 瓜人
  恰もよし牛を椿と共に見る
  隙間風その数条を熟知せり
  楽しげに柚子と湯浴みを共にせり
  子規忌にも一葉忌にも角力見し


 世間の面倒事や濃密な人間関係、また自身の浮沈や心情の吐露云々といったものはなく、また天馬空を駆けるごときの詩情や鮮烈なヴィジョンを打ち出すのでもない、他者を注意深く遠ざけた上で韜晦じみた風雅を嘯く「私」が飄々と姿と見せている。

 麒麟氏の「俳句」のありようはこの瓜人にやや近く、同時に瓜人以上に「俳諧」への憧れを素直に打ち出すところに、なかなか平成的な風雅のありようが感じられる。

 ただ、留意すべきは、麒麟氏の目指す「俳諧」像とは芭蕉や蕪村、一茶よりも、次のような句群をイメージすべきだろう。

  手枕のしびれさすりて団扇かな   九起
  盗ませる葱もつくりて後の月    香以
  向日葵やそれ相応の昼の露     同
  茶をのみに隣までゆく袷かな    香雲
  鶯やだまつて通る豆腐売り     湖水
  何事も明日なり蚊帳に入るからは  梅裡
  ゆつたりとうしろ夜のある牡丹かな 梅理
  鉋屑へらへら燃えて春浅し     萩郎


 彼らは江戸後期から幕末、明治初期に活躍した俳諧宗匠たちで、後に正岡子規に「月並宗匠」と否定された人々だ。

 麒麟氏の「俳諧」的な志向を理解する時、上記の中でも特に香雲や梅裡句のようなユルさをイメージした方がよいのかもしれない。

 同時に、明治初期にこのような句群を詠み続け、俳諧師として収入を得ていた宗匠たちと、平成年間に彼らのようなユルさを意識的に仮構しようとする麒麟氏の認識とは、様相がかなり異なっている。

 多くの若者が「鋭い火花」を目指し、刺激的で目立つ趣向や表現を獲得しようとする中、氏は早い段階から上記のような意味でのユルさを心がけてきた。それは今回の受賞句群でものびのびと展開されている。

  太陽の大きな土佐や遍路笠  麒麟
  目が回るほどに大きな黄菊かな
  山椒魚そろそろ月の出る頃か
  電球の音がちりちり蚊帳の上
  夕立が来さうで来たり走るなり


 これら意識的なユルさと氏の俳句愛はおそらく重なっており、そこに西村麒麟という俳人の独特さがある。

 その俳句愛とは「俳句」に浸るというより、「俳諧じみた俳句に浸る」という行為に浸る、といえばいいだろうか。あるいは、次のようにいいかえてもよいかもしれない。

 社会の煩わしさから逃れるために、あるいはその煩わしさとさりげなく対峙するために、麒麟氏は実社会への柔らかい抵抗と「俳句」へのゆるやかな没入とを試みる。

 無論、その時は様々な存念や屈託を抱えた「私」を明瞭にしつつも、韜晦じみた柔らかさでユーモアとペーソスをまとわせることに氏はやぶさかでない。

  みかん剥く二つ目はより完璧に  麒麟
  勢ひがまづは大切飾海老
  学校のうさぎに嘘を教へけり


 これらの句に漂う微量のペーソスには、「俳句」の外に弾き出された「私」が残余のように彷徨うかのようだ。

 その「私」を飼い慣らしつつ「俳句」に浸ろうとする際、季語はいきいきと「私」を「俳句」の入口へいざない、俗世を何気なく遮断しつつ「俳句」の世界へと深く没入させるだろう。

  妻留守の半日ほどや金魚玉   麒麟
  端居して平家の魂と苦労話
  金沢の見るべきは見て燗熱し
  鯖鮓や机上をざつと片付けて


 これらの句群に漂う祝祭への予感と微かな終焉の先取りが何によってもたらされているか、麒麟氏は明確に意識している。全ては「俳句」からの恩寵であることを、氏は熟知しているのだ。

「俳句」の恩寵に意識的であることは、「俳句」に安住することと同義ではない。明治初期の宗匠たちは「俳句らしさ」に安住した俳人だったが、平成期の麒麟氏は汗水垂らして俳句らしさを準備しつつ、「俳句」に何事か恩寵が到来するのを待ち受けているのだ。

 微妙に右往左往しながらこの世を生きる「私」をネタにしつつ、ほどよい距離でとぼけたユーモアとひそやかなペーソスを漂わせて一句に昇華しようとするも、やはり拭い去ることのできない「この私」と生涯付き合っていかねばならないことを受け入れようとするひそやかな照れと、やはりそんな「私」が好きだったりすることの表明、そしてそれらをほどよいバランスで示してくれる、俳句という詩型と先人の句群への愛。

 そこに「紫色の火花」(芥川)のような鮮烈さはないが(というより不要)、なかなか腰の据わった信念であり、数多の試行錯誤を経て自身の頭で考え、自らの肌で実感せねばな確信を抱きえない種類の愛であろう。

 同時に、現代においてそれを実践するとなれば、「火花」を希求し続ける俳人への強烈かつ冷ややかなアンチとなるはずだ。

 このように思いを巡らせた時、次のような句は彼らしい存念に満ちた、かっこいいネオ「俳句」といえる。特に上五のとぼけた味わいからは、氏の腰の据え方が感じられよう。

  鯖かなと柿の葉寿司を開きをり  麒麟

   *

 ネットサイトの文章としてはいささか長くなった。最後に、麒麟氏の第一句集『鶉』を紹介した拙文(「現代詩手帖」俳句月評欄)を掲げつつ、このあたりで筆を擱きたい。


“かつての「あんかるわ」を読むと、「昭和」が文字通り遠くなったことがしみじみと感じられる。

 例えば、第二号(昭和三十七年十月)の後記(北川透)を見てみよう。

「一九六〇年以降の重苦しい固定した時間のなかにいて、自分を失わないでいることは、大変なことである。どこかを突き動かし、どこかを破ろうとすれば、おびただしい血を流さねばならない。
 動かないで、口を閉じていれば、化石のような存在になってしまう。動乱の時期には何かに身をゆだねることで、自分を守ることができるかも知れないが、固定した日常性の壁の厚みのなかでは、どのような権威を身にまとってみようとも、何ら、自らを証することはできない。
 このような時には、精神の鎖国制度を打破するために執拗な努力を重ねる以外ないであろう。
 ぼくらが、今、表現に執着する意味の主な一つは、そこにある。ぼくらはしたたか傷つかねばならない」。

 戦後という間延びした「日常」に埋もれることなく「自分を失わないでいる」ためには血を流し、傷付きつつ努力を続けることで「精神の鎖国制度」を打破するしかないと拳を握りしめる姿は、平成年間においては郷愁とともに現れる幻影に近くなった。

 崩落のはるかな響きを聞き届けつつ無表情に小さなディスプレイをタップし続ける私たちは、むしろ「固定した日常性」と「鎖国」に浸りつつ甘やかで索漠とした快楽に身を委ねるのみだ。

 しかし、それは忌避すべきことなのだろうか。

 私たちは天才ではありえない。取るにたらない喜びや不満を味わいつつ、小さな幸せや不幸せが交互に訪れる市井の日々を何とか生きる他ない凡人がささやかに何かを表現したいと願った時、慈しむべき詩形として昔から連綿と愛でられたのは俳句であった。

 この「鎖国」(北村)としての俳句を愛する俳人といえば、西村麒麟(一九八三~)であろう。

 結社「古志」に入会し(長谷川櫂主宰時代)、若手俳人の登竜門といえる石田波郷新人賞や田中裕明賞等を受賞した彼の作風は、暮らしの平凡さを慈しみつつ飄々とした俳諧味を漂わせており、第一句集『鶉』(私家版、二〇一四)には次のような句が散見される。


  絵が好きで一人が好きや鳳仙花   麒麟
  手をついて針よと探す冬至かな
  絵屏風に田畑があつて良き暮らし
  雨もまた良しうなぎ屋の二階より


 少なくともこれらの句に「血」や「傷」は姿を見せず、市井の暮らしに自足する姿が柔らかい諧謔味とともに示されるのみだ。

  美しく菊咲かせたりだんご屋に  麒麟
  秋惜しむ贔屓の店を増やしつつ
  来なければ気になる猫や暮の秋
  春風や一本の旗高らかに   (以上、『鶉』)


 これらの句には平々凡々たる暮らしぶりのみ強調されているが、それは西村のさりげない信念でもある。

 文学に携わるひとときぐらいは「血」や「傷」を忘れたい、伸びやかで屈託のない日常を背伸びせずに味わいたいものだ……それを衒いなく主張し、しかも評価されるところに西村麒麟の本領があろう。それもまた、平成文学の姿に他なるまい。


  嫁がゐて四月で全く言ふ事無し  麒麟 (『鶉』) ”

(青木亮人「古き良き「月並」」、「現代詩手帖」2015年2月号)

2017年7月21日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む7】西村麒麟「思ひ出帳」を読む 宮本佳世乃



麒麟さんと会うのはだいたい酒席だ。そこで見る彼は、どこか飄々としていながら、正直そうな印象だ。裏表がなさそうというか、計算がうまくなさそうといった感じ。
この150句を読んだとき、だいたいが、昼寝をしているか、飲んでいるか、食べているか、ぼうっとしているか、のどれかに当てはまることに気づいた。平和な、長閑な世界に「ある」句だ。
たとえば、

鱧食うて昼寝の床に戻るのみ
朝寝から覚めて畳の大広間
ゆく秋や畳の上に昼寝して
少し寝る夏座布団を腹に当て
腸捻転元に戻してから昼寝


鱧を食べたがその後は眠るのみ。眠るのは、地平と続いている疊で、広がりがある。
甚平とかゆったりしているものを着ているに違いない。腸捻転は痛いんだけれども、すぐに元どおり(ちょっと嘘)。といった具合。なんなんだ、この余裕は。
でも、眠っているわけではない。
なにかあったらさっと起きられるように、ちょっとだけ横になる。

きっと、ちょっとだけ寝るのは、飲んでいるからだろう。

朝鮮の白き山河や冷し酒
秋の昼石が山河に見えるまで
火男をやり終へて飲む秋の酒
呉れるなら猫の写真と冷の酒
金沢の見るべきは見て燗熱し


ビールとかワインではなく、酒である。しかもどの酒もおいしそうだ。

なぜ、ちょっとだけ横になったり、酒を飲むのがよさそうなのか。
それは、「ちょっとよさげな日常を切り取った一コマ」に見えるからだと思う。日常的な言葉を使いながら、生活に関係することを描きながら、じつは、その「日常的」なものは普段、もっというと一年のうちのほとんどの「日常」ではないのではないか。
出かけたとき、旅をしているとき、帰省しているとき、休日、など、自分がリラックスしているときの風景は、ある意味格別で、ひとつひとつが「(良い)思い出」として記憶される。この150句のタイトル「思ひ出帳」にもあらわれているとおり、これらの作品は、スケッチの連続、なのかもしれない。

集中には、このような句もある。

踊子の妻が流れて行きにけり

何をぬけぬけと、と思うけれども、ここに書かれていることは、けっこう恐ろしい。どこを流れているかは書かれていないけれど、自分は流れないし、助けないのだから。

友達が滑つて行きぬスキー場

これも、自分はゲレンデにいなさそうだ。

喘息の我を見ている竹夫人

苦しいけれど、自分以外誰もいない。そして我を見ているのは、俯瞰したところにいる我。

文鳥に覗かれてゐる花疲れ

文鳥には、疲れているのが分かる。むしろ、覗かれなければ、分からない。

蟋蟀の影より黒くゐたりけり

黒くゐるのは。
これらは、「ちょっとよさげな日常」ではない。少し冷めた眼で世の中を見ている。「ちょっとよさげな日常」は、普段は手が届きそうなところにありながら、もう一歩のところで届かない。
俳句を書くときに、平和な、長閑な世界に「ある」ことを望みながら、一方で、現実を踏みしめている句がある。そんなところが、正直さにつながっていくのだと思う。

麒麟さんの句の真骨頂は、飄々とした明るさ、そして愛らしさだろう。
このような句を見るたびに、昼酒を飲み、昼寝をしたくなるのだから、かなわない。

白鳥の看板があり白鳥来
穭田の千葉が広々ありにけり
夕立が来さうで来たり走るなり
烏の巣けふは烏がゐたりけり
秋の金魚秋の目高とゐたりけり
虚子とその仲間のやうに梅探る



(編集者より。本BLOGの読者の中で、西村麒麟論を書いてみたいという方は、西村麒麟あてご連絡を頂きたい。未公開の150句をお送りするので読んだうえ評論を送っていただければありがたい。)宛先:kirin.nishimura.819★gmail.com(★を@に打ち換えてください)


2017年7月7日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む6】きりん 松本てふこ



 一緒にいる時は真面目な話をするよりも、楽しくふざけながら酒を飲んでいることが多い友達の西村麒麟から、彼の作品に関して熱い文章を書いてくれと頼まれた。
 西村麒麟は「スピカ」での「きりんのへや」、もしくは代表句から、酒を愛しのんべんだらりと暮らす隠者のようなイメージを俳壇で持たれているように思う。それは決して間違いではない。だがしかしそうした面はあくまで彼の一面でしかない。
 彼と酒を飲んでいて、時々俳句の話になる。自分がつまらないと思う俳句や俳人の話題になると彼は、急に冷え冷えとした眼になる。口調も一気に冷たくなる。なんとまあ、分かりやすい。私はそういう時の彼の眼が正直ちょっと怖い。だがそこで妙に怯えるのも格好悪いので、何も気にしていませんよという顔で変わらず酒を飲むことにしている。
 
 筑紫磐井は麒麟を「若くして老成、誰とでもつきあえるがしかし結構シニカル、自分を主張しないが独自の個性、という不思議な作家」と『俳句年鑑』で評していた。「思ひ出帳」150句を読むと確かにそうだな、と彼の言葉に納得する部分もあればそうでもない部分もある。そういうことをつらつらと書いていこうと思う。

  踊子の妻が流れて行きにけり
  夏蝶と遊ぶや妻とその母と

 麒麟の詠む妻の句はいい。たぶん、妻を詠む彼のまなざしがいいのだと思う。
 私は世の中の詩歌の中で夫が妻を、妻が夫を詠む際に多くみられる、過剰にべたついたりもたれ合ったり、何かを期待する姿勢を情愛と勘違いして陶酔している態度が非常に嫌いなのだが、麒麟の句にはそういう態度がさほど見られない。
 なんというか、何か美味しいものが目の前にあれば分け合って食べ、美しいものが現れれば共に眺め、妻にそれ以上のことを求めていないのだ。
 毎日の暮らしの中では何かを期待せざるを得ないからこそ、せめて詩歌の世界では、配偶者には何も期待せずにただ共に在りたい。
 夏蝶の句を〈妻とその母と遊ぶや夏の蝶〉と試しに変えてみたら夏蝶も妻もその母も、存在感が一気に平板になり凡庸な句になって非常に面白かった。

  少し待つ秋の日傘を預かりて
 
 この句にも妻らしき、近しい異性の気配が濃厚だ。一番使われる季節である夏でも、春日傘でもない、秋の日傘を預かっているというところに、預けたものと預けられたもの、ふたりの歳月がにじむ。人によっては手持ち無沙汰としか思えない時間を麒麟は、「少し」というありふれた言葉を使ってなんとも豊かに詠む。

  向き合つてけふの食事や小鳥来る
  目が回るほどに大きな黄菊かな
  呉れるなら猫の写真と冷の酒

 麒麟の句を読んでいて不安になることがあまりない。なんとも平和なのだ。今日の食事を向かい合ってとる一家(お、ここにも分け合う存在としての妻の気配)、「目が回るほど大きい」なんていう比喩の大いなるバカバカしさ、猫の写真と冷酒って何やら昔の文士気取りではないか、などなど。そういえば、麒麟は昔のものが好きである。

  俊成は好きな翁や夕焚火

 何かへの好き嫌いを語る時、麒麟は「僕は(それが)好き」と「は」に割と力を込めて言う。この句の「は」にも、その強さの片鱗がある。愛をシンプルに語ることの伸びやかさと、夕暮れ時の焚火の優しい炎。

  梨食うて夜空を広く思ひけり

 梨の句でこういう視点の句はあまりないように思う。すずしい食感が夜空を押し広げていくような、彼の句では珍しいファンタジックな発想が楽しい。

 …とまあ、好きな句についてまずは語ってみたが、この「思ひ出帳」150句に対して疑問点もある。大塚凱も指摘していたが、同一単語のリフレインの句が多く見られ、句群そのものをやや単調に見せている。大塚が指摘していない句にもリフレインを使用したものがあり、いくらなんでもちょっと多いなあと思う。表現の引き出しが少ない作家ではないはずだが、やや提出を焦ったのかなとも邪推してしまう。
 あと、「こういう句を面白いと思うの?残念だな、ちょっとビールでも飲みながらゆっくり話し合おうか?」という気持ちになる句もあった。

  初恋の人が来てゐる初詣

 「ありふれたノスタルジーをちょっとずらすのが西村麒麟なんじゃないのか!! これじゃまんまベッタベタド直球ノスタルジーじゃないか!!! コラー!!!!」という気分になった。
 そういえば、何句か金魚にまつわる句があり、妻の句と同じくらいあるな、と印象に残った。恋愛めいた感情の揺らぎと喪失感が句群にアクセントをもたらしていて、ちょっとにやにやしてしまった。 

  妻留守の半日ほどや金魚玉
  秋の金魚秋の目高とゐたりけり
  少しづつ人を愛する金魚かな
  墓石は金魚の墓に重からん
  金魚死後だらだらとある暑さかな


2017年6月23日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む5】「思ひ出帖」安里琉太



 筑紫磐井氏は、2017年度版の『俳句年鑑』、「年代別二〇一六年の収穫―三〇代」の中で、西村麒麟氏を次の様に評している。

 若くして老成、誰とでもつきあえるがしかし結構シニカル、自分を主張しないが独自の個性、という不思議な作家である。将来の俳壇の法王を虎視眈々と狙っている。(※1)

 「俳壇なんて曖昧模糊とした不可思議なものを、如何に牛耳るのか、大げさだなぁ」と思いはしたのだが、それがどうしてはっきり否定出来ないのである。というのも、俳句賞が作品の優劣以上に、日々いくつも誕生し氾濫する俳句作品の中から「読まれうるべき作品」を掴みださんと作用しているのであれば、麒麟氏の受賞歴は、その「読まれうるべき作品」として何度も読まれてきたことを査証してやまないのである。「第一回石田波郷新人賞」、「第五回田中裕明賞」、そして今回の「第七回北斗賞」という具合で、そのどれもが注目されている賞であることなど言うまでもない。
 早速、今回の受賞作である150句「思ひ出帖」の作品をいくつか鑑賞していきたい。

  鯖鮓や机上をざつと片付けて
  「机上」の落ち着かない感じから「ざつと」が気持ち良い。鯖鮓が食べたくなる。

  鱧食うて昼寝の床に戻るのみ
  ついでに昼風呂、昼酒もついて。こんな暮らしがしてみたい。

  初雀鈴の如きが七八羽
  周りが逆に静かに思えてくる不思議。

  大鯰ぽかりと叩きたき顔の
  大きいと苦労するのね。

  あやめ咲く和服の人と沼を見て
  あやめ、和服。そのあと沼ときて驚く。

  呉れるなら猫の写真と冷の酒
  「冷し酒」じゃなくって「冷の酒」ってのが粋なんですよ、はい。

  草市や早めに夜の来る町に
  そうそう。いつ来ても、やけに早いの。

  盆棚の桃をうすうす見てゐたり
  ずっと見てると怖くなってくる。

  水浅きところに魚や夕焚火
  火に照らされて、ちらちら光る。

  早蕨を映す鏡としてありぬ
  これ好きな句です。

  蛤の水から遠く来たりけり
  あの水も今はどうしているのやら。

  天牛の巨大に見えてきて離す
  字ずらも相まって、くわばらくわばら。

  花鋏いくつもありぬ梅雨の宿
  こんなにあっても使うものは使う。

  少し寝る夏座布団を腹に当て
  ひんやりして気持ちいい。

  扇風機襖を開けて運びしは
  さあ、どいたどいた。なんていうほど人もいない。

 150句のうちの好きな句のいくつかを読んでみたが、あらためて思ったことは、麒麟氏の俳句を長々と論じる難しさと、そのように鑑賞されることの珍しさである。麒麟氏の俳句の読まれ方は一文から三文ほどが多く、webマガジン『スピカ』にて氏が長く連載している「きりんの部屋」さながらであると印象している。私は、こうした氏の俳句の読み方と氏の俳句の読まれ方の一貫した点に、強い特異性を感じる。それは、作品の観点が「上手下手」というより「好き嫌い」にあり、抒情というより情緒の側から呼びかけを行っているからではないかと、今しがた「150句のうちの好きな句を…」と書いたあたりで思い立ったのである。
 だから、どれこれの句を取り上げて突いたところで、一句ずつとその連なりに立ち上がる情緒の前では大した批判にならないし、一方で「批評」らしきものを正面切って行おうとするとヤボに見えるのではないかと、寧ろ手前が危惧することになる。そうしたうえで、氏への俳句は、一度読み手の懐に潜り込むと、好きな俳句とそうでもない句という基準の上で、しかしはっきりとポジティブな印象に近づく力学を働かせているのではないか、などと陰謀論に憑りつかれたように書くこの批判めいた文章も、やはり氏の俳句にまで到達しないのであった。
 ただ、そうした一句一句の単位と違い、句集全体となるところで、仙境的な世界の色を強めている点も着目すべき点だろう。以下は、第一句集『鶉』が発刊されたときの特集で書かれたものだ。

・【西村麒麟『鶉』を読む8】へうたんの国は、ありません/久留島元
https://sengohaiku.blogspot.jp/2014/02/kirin4kurusima.html

・【西村麒麟『鶉』を読む16】理想郷と原風景/冨田拓也
https://sengohaiku.blogspot.jp/2014/03/kirin8.1.html

 こうした文章になされた「ユートピア的な場所」からは、師の長谷川櫂氏を彷彿とせざるを得ない。それは、『震災句集』(中央公論新社.2012)への批判によって顕在化した印象のあるそれである。

 長谷川櫂は俗とリアルとの最終的な和睦を信じて疑わず、それこそが『震災歌集』『震災句集』を生み出した。しかし、それらが結果として行き着くのは、むしろリアルから遠い場所にある俗っぽい楽園に他ならない。それどころか、俗とリアルとの根源的な親和性が最後まで疑われなかったからこそ、まさしくその幻想から、作品は完全なファンタジーとしてかたちを得たのだ。(※2)

 ここで言われる「リアル」と「現実」という言葉の違いに留意しつつ、句集の上に俗っぽい楽園が創出される点においては、『鶉』は非常に良く似ている。それでも両氏が、決定的に違うのは俗の質であろう。前者の句が、俳句という地点に回帰してゆくのに対し、後者の句は「私」に回帰するところにある。
 冨田氏の指摘する通り『鶉』において、麒麟氏の「ユートピア的な場所」は故郷の「尾道」とよく似たように書かれる。麒麟氏の楽園、言わば「ユートピア的な場所」は、俳句的な美学が保全される閉ざされた空間とは対照的な、故郷やあらゆる土地と地続き、或いはパラレルにある楽園なのである。
 
 満員電車の中では、できるだけ楽しい、愉快な事を考え、空想の世界に遊ぶようにしています。地獄のような環境で、これでもかと地獄の句を作ると言うのは僕には向きません。僕は耐えに耐え、ポッキリ折れるまで我慢するタイプですので、そういう俳句の作り方をしていると、そのうち病気になり、倒れ、不幸になるでしょう。電車の窓から少しだけ外の景色が見えます。空や雲や川が見えます。僕はそこで遊んでいる空想に耽ります。外を見る事すらできず、地獄の亡者のようなおじさんの顔しか見えないときは、目を閉じて空想を広げて遊びます。もし僕が俊寛だったら、清盛が釣りをするとしたら、蕪村の絵と鉄斎とどっちの絵に住みついたら楽しいだろうか。明日遣唐使に任命されたらどうしよう。休日には近所を散歩することが多いので、その時に見た事を思い出すのも僕の遊びの一つです。(※3)

 裕明賞受賞に際した麒麟氏の文章を引用したが、ここで言われる遊びは、受賞作「思ひ出帖」にも顕著であった。

  俊成は好きな翁や夕焚火
  朧夜の敦盛として笛を吹く
  虚子とその仲間のやうに梅探る
  起し絵の清水一角雪を踏み
  丈草と過ごす夜長を楽しみに
  端居して平家の魂と苦労話


 麒麟氏の俳句との向き合い方は、虚子の「極楽の文学」を思う。そういう点で、あくまで地獄を対置した麒麟氏の楽園は、「秋晴や会ひたき人に会ひに行く」、「この人と遊んで楽し走り蕎麦」などの「私」と対象とにおいて関係が紡がれる慈愛に満ちた広がりを持って編まれる。この地平において、今一度『鶉』と「思ひ出帖」とを読み比べたい。まず、楽園と地続き、或いはパラレルにある地名を並べてみたい。

  大久保は鉦叩などゐて楽し     『鶉』
  深空よりあきつの湧ける信濃かな
  いきいきと秋の燕や伊勢うどん
  ユトリロに見せたき夜の銀座かな
  上野には象を残して神の旅
  人知れず冬の淡海を飲み干さん
  鎌倉に来て不確かな夜着の中
  初晴や西国は山愛らしく
  燕来る縦に大きな信濃かな
  かたつむり東京白き雨の中
  若竹の北鎌倉も雨ならん
  東京へ再び青き山抜けて
  夕焼雲尾道は今鐘の中


『鶉』では、地名が一句の中心にある場合が多かった印象だが、「思ひ出帖」では、地名と季語との出会いから句が広がりへ向かう印象がある。以下、「思い出帖」から抜粋。

  賀状書く京の住所をつらつらと    「思ひ出帖」
  涅槃して干物の国の駿河かな
  東京を灯して東をどりかな
  秋風に押されて伊勢へ参らんと
  穭田の千葉が広々ありにけり
  金沢の雪解け水を見て帰る
  太陽の大きな土佐や遍路笠
  遍路笠室戸は月を高く揚げ
  朝鮮の白き山河や冷し酒
  盆唄に絶頂のあり佃島
  金沢の見るべきは見て燗熱し
  栃木かな春の焚火を七つ見て


 改めて『鶉』を読み直してみると「嫁がゐて四月で全く言ふ事無し」のような愛妻句がポジティブな位置にある一方で、「金魚」はすこし寂しく書かれる。ただ、「思ひ出帖」においては、その愛妻句と金魚とが一緒になる句がある。

  なつかざる秋の金魚となりにけり  『鶉』
  いつまでも死なぬ金魚と思ひしが


  妻留守の半日ほどや金魚玉     「思ひ出帖」
  秋の金魚秋の目高とゐたりけり
  少しづつ人を愛する金魚かな
  墓石は金魚の墓に重からん
  金魚死後だらだらとある暑さかな


 ここに、慈愛によって対象との関係が紡がれ広がってゆく麒麟氏の楽園の一抹を見る事が出来る。今後も広がる楽園を楽しみに、私もまた地獄の満員電車のなかで、麒麟氏の楽園を開いて遊ぶのである。

(※1)筑紫磐井「年代別二〇一六年の収穫―三〇代」『俳句年鑑2017年版』、KADOKAWA、2016年108頁。
(※2)福田若之「楽園世界の構築原理 長谷川櫂の一貫性」『クプラス 第一号』、クプラスの会、2014年、102頁。
(※3)西村麒麟「受賞記念特別寄稿 ぼんやりと幸福な」『ふらんす堂通信141』、ふらんす堂、2014年。


2017年6月9日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む4】「屈折を求める」 宮﨑莉々香



 西村俳句はわかりやすく読みやすい。このわかりやすさこそが多くの人に読まれている理由ではないだろうか。難しいことばを使わずすらっと言いのける点は、俳句ウェブマガジン「スピカ」の西村の連載シリーズ「きりんの部屋(ホントキリン)」において西村が俳句を読む時のスピード感を大切にしているのと結びつくだろう。難しいことなどは考えずすらすらと読んで欲しいという思いが彼の俳句観を形作っているのかもしれない。
 私が彼の一五〇句に目を通した第一印象も圧倒的な読みやすさだった。読み流せるということはどれも一定レベルのうまさがなければならず、いわゆるこれはムリがあるでしょうというものが少ない。だから西村の俳句はうまいのだと言える。しかし、私はただうまい俳句が見たい訳ではない。一五〇句はうまい俳句があることにより一捻りされたものが引き立つ構造で出来ているのだが、その一捻りされたものを私はもっと見たいのだ。だから私は西村の簡単にうまい俳句は評価しないが、考えられたうまい俳句を評価する。私の言う考えられたうまい句とは以下のようなものである。順々に書いていく。

  舌の上にどんどん積もる風邪薬
  紫の一つ一つが鳥兜
  秋の昼石が山河に見えるまで
  冬の雲会社に行かず遠出せず  
  少し渦巻いて大きな春の川

どんどん積もる、というと普通は雪を思うが同じ白でも風邪薬なのだという笑い。紫としてぼんやり認識していた鳥兜が最後に現れる点。遠出せずの裏切り。「少し渦・巻いて」と五七五のリズムで読めるが、文字として見た際に「少し渦巻いて」と見える点。中でも以下に挙げる俳句が面白い。

  小さくて白磁の馬や春を待つ
  春の日や古木の如き鯉を見て
  鳥好きの亡き先生や冬の柿
  早蕨を映す鏡としてありぬ

 白磁の馬と春を待の取り合わせはやや近い気もするが、ただ単に小さき白磁の馬と言っていない点がいい。次句は、ただ単なる鯉でない「古木の如き鯉」だからこそ春の日とうまく関わっている。「冬の」は亡き先生と響き合っており且つ、鳥と柿における秋の感覚をふわりと持ち去っている。先生が亡くなられたこともただ単に深刻な俳句としない点も西村俳句の特徴の一つかもしれない。西村の俳句はどの俳句も基本的にあかるい。最後の句が私は一番いいと感じている。鏡の用途は自分を映すことであるがそうではなく早蕨を映すものとしてあるのだという。景としては見えるのだがどこか違う世界を描いているような点に惹かれる。
 私が言う西村の、考えられたうまい俳句の「考えられた」とは逆説または屈折がある点であり、うまい、というのはきちんと実体としてわかる点である。そうであることをそうであるというのではなく、そうであることとそうであることの間にそうでないことを加えることで見え方を変化させているのだ。私が言う屈折は西村俳句の特徴の一つであるリフレインの使用にも見られる。二つに分けて俳句を挙げる。

① 烏の巣けふは烏がゐたりけり
  一人来てそのまま一人菊供養
  散りやすく散りゆく彼岸桜かな

② ヨット部のヨット何度も倒れをり
  秋の金魚秋の目高とゐたりけり
  烏の巣烏がとんと収まりぬ

 ①における西村のリフレインはかなり効いているだろう。例えば一句目は「けふは」によって昨日もしくはそれ以前は烏ではなかったのだという屈折が生まれる。烏がいなかったと知っていた上で今を書いており、単なる写生に収まっていない面白さがある。二句目においても一人が来ると二人以上の人数になるという常識を「一人来て」からの全体描写に移行するのではなく対象の一人に焦点を絞り続けることで裏切っている。三句目はややわかりやすい点もあるかもしれないが「やすく・ゆく」の音の効果でリフレインを支えている。「散りやすく・散りゆく」と繰り返す中で「散り」の共通点とは異なる「ゆく」の音が少し浮いて聞こえる点が面白い。このような裏切りの一手間によってリフレインは効果的に働いていると言えるだろう。一方②は①とは異なりこれまでのリフレイン俳句の順当な書かれ方に沿っている。だからこそ私はこれらが面白くない。
 きっと西村は〈水出せば水に集まる朧かな〉のようなうまい俳句が書けてしまうのだと思う。けれど私が評価するべきなのはうまさの点ではないと考えている。俳句のルールに純粋に従っている俳句表現をなぞらえただけのただうまい俳句でなく、うまくて面白い俳句を私たちは評価していくべきだと思うし、そのような俳句を西村に求めたい。
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 ここからはあとがき的に、少しだけきりんさんとのご縁について話したい。私は高知出身できりんさんは大学生時代に高知に住まわれていた縁で高校生の時に第一句集の『鶉』を送っていただいた。だから私はきりんさんの句の〈太陽の大きな土佐や遍路笠〉がわかってしまうし、この句を見ると懐かしくなってしまう。ああ、高知って、土佐鶴のCMとかでもこんな感じだよねって言いたくなる。だから私がこの句をいいと思うのはもしかすると私が高知をわかっているからかもしれないのだ。懐かしい気持ちになってしまうのもきっとわかっているせいなのだ。きりんさんの150句に一回だけ使われていた「太陽」という言葉がずっと私の中に残っている。この句は私の不純な読みのためにあとがきとして書かせていただきたい。

2017年5月26日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む3】麒麟の目/久留島元


よく「見ている」作家である。

 踊子の妻が流れて行きにけり
 友達が滑つて行きぬスキー場
 春風や蛸捕る舟が次々と

また、よく「見られている」作家である。

 文鳥に覗かれてゐる花疲れ
 角隠し松の手入に見られつつ
 喘息の我を見てゐる竹夫人

傍観者然たるその視線は、祭りの中を流れていく「妻」と、蛸を捕る海上の「舟」を、まるで同じように、淡々と眺めている。優しいような、おかしいような、しかしそこに「作者」は入り込まない。「踊子」の輪に入ることもないし、「スキー」に加わることもない。(もちろん作品内の話題である)観察に徹した主体は、低温とも感じられる。
その視点は自分自身にも向けられ、ときとして「文鳥」や「松」「竹夫人」などの人外に憑依して「我」を見つめる。
しかもその目にうつる「我」は、どうも必ず弱っている。
弱々しく、他と交じることができない「我」が、「妻」を見、「友達」を見、そして「文鳥」や「竹夫人」に見られている。
相変わらず淡々としているが、案外、自意識過剰なのかもしれぬ。
とはいえ弱々しい姿に似合わず、図太く、日常の幸せを謳歌しているらしい風もある。


 大鯰ぽかりと叩きたき顔の
 山椒魚そろそろ月の出る頃か
 鈴虫を褒め合つてゐる新居かな

その日常は、ほとんど桃源郷といってよい。
思わず叩いてみたくなるほどの「大鯰」、月の出を待つ「山椒魚」、あまり日常に見られぬ生物たちと、作者は楽しげな友だちづきあいをしているようだ。特に大鯰の句など、つきすぎでそのままなのだが、昭和漫画的な間抜けなオノマトペでふてぶてしさがよく出ている。
そしてなにより、言い争いもせず「鈴虫」の声を褒め合う新居の、なんと平和で楽しげなことか。私は作者の、衒いのない日常賛歌が好きである。
ほかにも日常の豊かさを垣間見せる句は多い。


 鯖鮓や机上をざつと片付けて
 夕立が来さうで来たり走るなり
 筋肉を綺麗に伸ばす冬休み

ささいな、まったくささいな日常であるが、「鯖鮓」や「夕立」などのいたって日常的な季語を喜ぶことのできる余裕が、とても豊かでうらやましい。ちょっとした体操を「綺麗」ととらえることができるおおらかさは、他の追随を許さない作者の手練であろう。

 みかん剥く二つ目はより完璧に
 寒鯛のどこを切つても美しき
 太陽の大きな土佐や遍路笠

無内容の、驚きのない日常を、驚きと喜び、余裕に変えられる。いささかの時代錯誤さえ感じさせる、江戸趣味的な道具立て、舞台設定も、やはり桃源郷のような夢を見させてくれる。時代劇的な、一種の郷愁をともなった理想郷である。
虚子や井月など、古今の俳句・俳諧作品に親炙する、作者ならではの技術であると思う。
ただし、作者の世界が、そうした俳句の培ってきた「技術」の延長上にのみ現れるのだとしたら、特筆すべき作家ではなくただ技巧が賞讃されて終わるだろう。 作者の本質は、こうした明るく楽しげな日常賛歌に底流する、辛さ、息苦しさにある。
先に見えた弱々しさもそのひとつだが、今回の句群では病を思わせる句が多い。


 舌の上にどんどん積もる風邪薬
 腸捻転元に戻してから昼寝

粉薬の質感を伝えて余りある、とても苦そうな、飲みにくそうな句。だが飲まねば治らぬ。治れば日常に戻ることできる。「腸捻転」でさえ、戻れば「昼寝」にはいることができる。生き辛いことを、辛いと語る句はない。日常に復する、日常を楽しむ句が、同時にとても生き辛い日常を抱え込んでいるのだ。

 鳥好きの亡き先生や冬の柿
 金魚死後だらだらとある暑さかな

生き辛い日常は、常に「死」に囲まれているからでもある。
生きていることを「綺麗」と呼べるのは、「亡き先生」を思う作者だからであり、
人外の目に成り代わることができるのは生物の「死後」を見据える作者だからである。


 鮟鱇の死後がずるずるありにけり

恐らくこのあと作者は「鮟鱇」の鍋を、美味いとむさぼり喰い、酒を飲んで酔っ払うのであるが、その食事が殺されて「ずるずる」と引きずられた鮟鱇であることを、つまらない理屈をこねることなく、日常の淡々のなかで受け止められる作者なのである。
作者の日常賛歌が「桃源郷」であって、先行する世代の「日常詠」と決定的に異なるのは、作者が決定的に生き辛さを抱えており、郷愁と諦観のなかで仮構された理想郷だからだろう。
作者の直面する生き辛さ、息苦しさは、とても普遍的な、それこそ生老病死の四苦に通じるようなとても普遍的な苦しさである。
だが、きわめて現代的な、人とうまく混じれない、ささいなきっかけで心に疵を作ってしまう、ナイーブな青年像をも垣間見せる。
だからこそ彼の日常詠は美しく、また古典に消費されない特異な個性を光らせるのだ。


 向き合つてけふの食事や小鳥来る


(編集者より。前前号で、「西村麒麟北斗賞受賞評論公募!」として、「本BLOGの読者の中で、西村麒麟論を書いてみたいという方は、本BLOGの編集部ないし西村麒麟自身にご連絡を頂きたい。未公開の150句をお送りするので読んだうえ評論を送っていただければありがたい。」と申し上げたが、事故があり編集部では取り次がないので直接西村麒麟にご連絡ください。kirin.nishimura.819@gmail.com)

2017年5月5日金曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む2】「喚起する俳人」/中西 亮太


 麒麟さん。僕が東京に来て二年間、俳句関係で一番親しくしてくださった人だ。この度、麒麟さんの北斗賞受賞作「思ひ出帳」を拝読する機会をいただいた。「おもいっきり、好きに書いてくれたら嬉しい」と言ってくださった麒麟さんの胸をお借りして、ラーナーlearnerの視点から作品を鑑賞したい。
結論から言うと、「喚起すること」の意味を考えさせられた。「思ひ出帳」は麒麟さんの体験・感性に根ざしている(ように見える)し、時としてそれを直接的に表明する句もある。句が提供する景色や物語は、(フランスポストモダン風に言えば解釈は他者の手に渡ってしまうのかもしれないが、)固有の作家が他者に喚起するものなのである。

  夕方の空まだ青し夕爾の忌

ここでは「まだ」に着目したい。僕が想像する夕方は(一般的だと信じるが、)「16時~17時くらい」「太陽が沈み初めて、オレンジ色になっている時」などである。「夕方の」句はこの想像とのギャップを「まだ」で捉えようとしている。夕方なのに「まだ」、夕爾っぽく叙情的な句を作りたいのに「まだ」、なのである。この「まだ」は麒麟さんの心情が吐露された言葉ではないだろうか。焦点は夕方の青い空であるが、それを見る麒麟さんがはっきりと浮かぶ。
描かれる人間(麒麟さんだろう)の心情を汲み取ることで鑑賞を楽しむことができる句が受賞作にはふんだんに盛り込まれている。いや、すべての句がそうした視点から楽しむことができると言っても過言ではない。

  雪の日や大きな傘を持たされて

  焚火して宇宙の隅にゐたりけり

  秋の庭どこへも行かぬ人として

これらの句は「ポジティブな諦観」を表明するものとして解釈できないだろうか。「傘を持たされているけれど/隅にいるけれど/どこにも行かないけれど、それもまたいいでしょ?」と言うような。
しかし(/やはり?)、そんな人間も時としてダークな部分を見せてしまう。

  学校のうさぎに嘘を教えけり

句が解釈される時、もはや句は作者のものではなくなってしまう。これはある種の必然である。となれば、その必然を逆手にとって「俳句は他者に読まれるもの」と想定する必要があるのではないか。もし俳句が他者に読まれることを内包するものだとしたら、麒麟さんの句のように何かを喚起する句であるべきなのではないか。他者に景色や物語を喚起することが作家である俳人の役割であり、喚起されたもので他者を楽しませることができるのならば、それが「良い句」の(一)条件なのではないだろうか。
僕は他者に何を喚起することができるだろうか。そういうことを頭の片隅に置いておきたい。
 麒麟さん、北斗賞受賞おめでとうございます。また、いろいろ教えてください。


(編集者より。前号で、「西村麒麟北斗賞受賞評論公募!」として、「本BLOGの読者の中で、西村麒麟論を書いてみたいという方は、本BLOGの編集部ないし西村麒麟自身にご連絡を頂きたい。未公開の150句をお送りするので読んだうえ評論を送っていただければありがたい。」と申し上げたが、事故があり編集部では取り次がないので直接西村麒麟にご連絡ください。)

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む】 インデックス




【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む0】 序にかえて … 筑紫磐井
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む1】北斗賞 150句 … 大塚凱
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む2】「喚起する俳人」… 中西 亮太
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む3】麒麟の目 … 久留島元
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む4】「屈折を求める」 … 宮﨑莉々香
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む5】「思ひ出帖」 … 安里琉太
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む6】きりん … 松本てふこ
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む7】西村麒麟「思ひ出帳」を読む … 宮本佳世乃
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む8】火花よりも柿の葉寿司を開きたし ―北斗賞受賞作「思ひ出帳」評 … 青木亮人
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む9】見えてくること、走らされること … 田島健一
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む10】天地併呑  … 橋本 直
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む11】西村麒麟を私は知らない  … 原英
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む12】金沢のこと菊のこと  … 福田若之
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【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む13】「結び」及び「最強の1句」  … 筑紫磐井
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2017年4月16日日曜日

【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む1】  北斗賞 150句  / 大塚凱



どこか、なんとなく、ぼんやりと、うすうす、他人事。そんな印象を受ける。この作品の大きな魅力を挙げるとすれば、それは“他人事感”である。

 なぜ僕は、他人事らしさを感じたのだろうか。もちろんそうではない句もある。しかし、ひとつの作品群や連作(本作品は「一五〇句作品」であって「一五〇句連作」ではないが、作中には連作かのように感じられる部分がある)を読んで「何か」を確かに感じるのであれば、最大公約数としての傾向、あるいは抽象される方法論、のようなものが存在しているということだろう。作品評においては、一句一句の良し悪しについての(特に良い点についての)“選評”という形式になりがちだと思われるので、価値判断というよりは、「他人事の文体」とは何か、について考えたい。断っておくべきことは、本稿の目的は俳句を「西村麒麟の俳句」とその補集合の境界を探るものではなく、あくまで「西村麒麟の俳句」がどのような傾向の基に成り立っているかを考え、その手法を示唆することにある。

 俳句が一般に、作者・作中主体の一人称のもと書かれると想定すると、当然ながら「主体が一人称のもとで自己/他者を描写する」という構造が生ずる。その際、一人称が前提であるとすれば、その作中の事象は描写という行為に先立つ、と錯覚される。したがって、一人称で表現を行うということは、すなわち、前述の時差をもって「事象がその眼前に生じた主体」と「事象を表現した主体」が分化することを導くかのように感じられる。そもそも、このような前提において、俳句は「どこか他人事」になりうる構造を秘めている。
 しかし、すべての俳句がそうであるとは到底感じられない。可能性は可能性であって、存在を実証するものではない。とすると、殊に西村麒麟の句を「どこか他人事」たらしめている手法が存在するはずである。


  日射病畝だけ見えてゐたりけり 
  踊子の妻が流れて行きにけり 
  文鳥に覗かれてゐる花疲れ

 一つには、「見える/見られる」という距離感の効果があるだろう。「見える/見られる」という関係は、「嗅覚」「聴覚」「触覚」といった他の身体感覚よりも主体と客体の間に隔たりがあるように感覚されるのではないだろうか。それはつまり、比較的身体性の薄い知覚であるということだ。これは、視覚による知覚が文芸における表現の前提になっているように直感されることと関連するかもしれない。「景」という一種の用語は、俳句の視覚性を示唆している。大切なのは、「見える/見られる」という関係は主体的な関係性ではないということだ。対照的に「見る」という行為は、たとえその契機が外発的であったとしても、主体的な関わり方であると考えられる。西村麒麟の表現においては、あくまでも主体的ではないような関わり方で作中の事象を表現している。


  春の日や古木の如き鯉を見て

 当該句は「見て」と表現しているものの、多くの読者の解釈は「(意識的に)鯉を見てしまう」というよりも、「鯉が見えている」という「景」を想像するのではないだろうか。そう想起させるのは「春の日」という季語の関わり方に因るかもしれないが、そのような全体において、これは「見える」という関係性である。このように、西村麒麟作品の他人事らしさの一部は、一人称の構造を前提としながらも「見える/見られる」という主体的でない表現を手法としていることに因ると考えられる。

 また、敢えて描写に踏み込まないという表現傾向も指摘されうる。 

  水中を脅かしたる夏の雨 
  寒鯛のどこを切つても美しき 
  散りやすく散りゆく彼岸桜かな

 一句目、後藤比奈夫の〈夏潮に雨は一粒づつ刺さる〉と比較すれば、描写の「踏み込まなさ」は明らかである。続く句における「美しき」も描写といえば描写だが、踏み込んではいない。ここを「美しき」で止めている書き癖。「散りやすく」という抑え方も同様である。やや言い方に語弊があるが、低密度な描写とも言えるだろうか(低密度であることが落ち度である、と言っているものではない。その句におけるバランスが重要である)。

  目が回るほどに大きな黄菊かな
 

 となると、一歩踏み込んだように感じられるが、あまりこのような身体性への志向は強くない。

 加えて、殊に僕が興味深かったのは、オノマトペやそれに準ずる和語的な副詞には「抜け感」を演出する副次的な効果があるのではないだろうか、ということである。以前、僕は副詞について「意味上の効果」とともに、韻律にゆとりを与えるという副次的な効果について書いた(「長い午後 郡山淳一について」, 週刊俳句, 第四九七号, 二〇一六年一〇月三〇日)が、それに加えて前述の効果の指摘できよう。オノマトペは音韻とそれによるイメージによって、用言をもちいた描写の代替となる。それは、確かに「音韻のゆとり」と「描写の踏み込まなさ」の恩寵であろう。


  盆棚の桃をうすうす見てゐたり 
  しろしろと頭の小さき茸かな 
  八月のどんどん過ぎる夏休み 
  大鯰ぽかりと叩きたき顔の 
  鮟鱇の死後がずるずるありにけり

 このようにして副詞のゆるやかさを援用し「抜け感」を獲得しているが、西村麒麟の作風の基にあるのは、むしろ「意味」からの要請である。実景の範疇で「意味」と「調子」の均衡を図ろうとするとき、まして一物で仕立てる場合、同一語や近接した単語のリフレインという手法へ走ることとなる。「見える/見られる」という関係性のもとで表現を構築する場合、一句の口誦性を非意味な押韻などで演出することはその実景という“制限”のもとで困難となる。この制限のもとでは、音韻のうえで隣接した言葉は意味としても隣接する傾向が強くなり、口誦性を付与する手段としては同一単語のリフレインが現実的な手段となるであろう。

  青々と黒々と川秋の風 
  桃買つて林檎を買つて善光寺 
  紫の一つ一つが鳥兜 
  秋の金魚秋の目高とゐたりけり
  白鳥の看板があり白鳥来 
  烏の巣けふは烏がゐたりけり 
  烏の巣烏がとんと収まりぬ 
  蛍の逃げ出せさうな蛍籠

 本作品には、このような手法に基づく俳句が多い。実際に、前掲の一句目から四句目までは作中で隣接しており、後ろの四句のようにやや類型化した発想を感じざるをえない。これは一句一句の水準の高低の問題ではなく、複数句作品あるいは連作としての問題、ひいては作家としての問題である。

 ここからは僕の価値判断と希望的観測を含む評となるが、「意味」への意識は、叙述における「因果」となってしまってはいけない。

  小さくて白磁の馬や春を待つ
 
  夕立が来さうで来たり走るなり 

 決して不用意な句であるとは感じないが、これまでの取り合わせ例が蓄積された現代においては、「小さく」「白磁」「馬」「春を待つ」の間の関係性がやや透けて見えてしまうのではないか。因果への安住を打破したところに、西村麒麟としての次の一手があるような心地がする。

  早蕨を映す鏡としてありぬ 
  水出せば水に集まる朧かな

 たとえば、僕はこれらの句に、これから、を感じる。その「他人事っぽさ」がより高い次元へ昇華した一例であると思う。次なる句集が、さてどのような次元へ踏み込むのか、僕には興味がある。でも、麒麟さんはジゲンとかショウカとか、考えている僕をちょっと滑稽に思ってるタイプだろうけど。



【西村麒麟・北斗賞受賞作を読む 0】 序にかえて / 筑紫磐井



西村麒麟が田中裕明賞に次いで、文學の森の北斗賞を受賞した。

北斗賞は不思議な賞で受賞後に句集を出版してくれる、受賞者にとってありがたい賞なのだが、句集が出版されるまではどのような作品が受賞したのか全く分からない。受賞作品を読んだのは選者ばかりなので、その選考結果によりうっすらとイメージを想像できるが、どんな素晴らしい作品かわからないのである。

そこで、西村麒麟に作品150句を提供してもらって受賞を祝する鑑賞を掲載しようというものである。

多くの若手世代を輩出した『新撰21』だが、はっきり言って、麒麟にとって、『新撰21』はネガティブな意味で刺激になっている。

自分と同世代が、『新撰21』『超新撰21』『俳句なう』で麒麟を追い抜くように次々登場し、マスコミに取り上げられているのを鬱屈した思いで眺めていたと語っている。
(優れている人とそうでない人との違いと別に)光が当たる人と当たらない人が出てくることはやむを得ないことだと割り切っているが、『新撰21』のそうした功罪は間違いなくあるのであり、その責任の一端は私や高山にある。そうした問題に忸怩たるものを感ずるところがあったから、高山れおなは乗り気でなかったのも関わらず、『新撰21』のあとの『超新撰21』の刊行には、自己負担があるにもかかわらず私は賛成したのである。しかしこれは、ごく小さな自己満足にすぎないかもしれない。

逆説的なのだが、『新撰21』が出たために俳句をやめた若手もいたかもしれないし、間違いなく西村麒麟はそれを逆境と感じたのである。

しかし私はこんな風にも感じている。天才は、我々が手を貸してやる必要などない。どんな悪環境だろうと、そこから伸びだしてしまうからこそ天才だろう。手を貸すというのはむしろ天才の邪魔をする悪魔の手立てだと思っている。その意味では、『新撰21』が出た悪環境の中で『新撰21』と無関係に登場し、脚光を浴びることこそ天才の一つの証拠だと思う。御中虫と西村麒麟はそんな存在だろうと思う。

何しろ句集を出しても、田中裕明賞を受賞しても、北斗賞を受賞しても彼の属している結社は、特集も、お祝いもしてくれないらしいのである。これは彼の属している結社を批判しているのではない。小さな賞を取ったからと言って手のひらを反すような厚遇をする結社に比べれば見識のある結社というべきだろう。

さはさりながら、『新撰21』で鬱屈している麒麟が、田中裕明賞を受賞しても、北斗賞を受賞しても鬱屈しているのは今後の成長のためにもいいことだが、「俳句新空間」としては少しおせっかいをしてみることとした。その第1句集に長大な特集をしたように、今回の受賞でも特集を組んでみようというのである。
豈も俳句新空間も、世に恵まれない天才たちのためにある雑誌である。雑草のように踏み虐げられている草こそ我々の花園に咲くのがふさわしい。今回またシリーズで西村麒麟特集を送るゆえんである。

西村麒麟北斗賞受賞評論公募!

高邁な理想から始めた連載であるが、西村麒麟も私と同様あまり友達が多くないらしい。

第1句集の特集と、今回の特集でほぼ友人リストを使い切ってしまったようだ。本人の希望もあり、公募という不思議な方式を取ることとした。

本BLOGの読者の中で、西村麒麟論を書いてみたいという方は、本BLOGの編集部ないし西村麒麟自身にご連絡を頂きたい。未公開の150句をお送りするので読んだうえ評論を送っていただければありがたい。

もちろん読んだうえであまり大したことがないということで中止しても差し支えない。
これを御縁に西村麒麟とのネットワークに参加していただきたいと思う。


                         筑紫磐井


2017.4.30 追記
前号で、「西村麒麟北斗賞受賞評論公募!」として、「本BLOGの読者の中で、西村麒麟論を書いてみたいという方は、本BLOGの編集部ないし西村麒麟自身にご連絡を頂きたい。未公開の150句をお送りするので読んだうえ評論を送っていただければありがたい。」と申し上げたが、編集部では取り次がないこととしたので直接西村麒麟にご連絡をお願いしたい。