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2021年10月15日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】25 紅の蒙古斑  岡本 功

  「もうこはんは来るんか?」

 俳句の大会に行くと、よく聞かれる。

 「え? 蒙古斑…ですか?」と最初のうちは頭がこんがらかっていたけれど、最近はすぐに頭の中で翻訳できるようになった。「蒙古斑」ではなく「猛虎はん」とおっしゃっているのである。うち(句会亜流里)の代表は、赤ちゃんの尻にある「蒙古斑」ではなく、「猛虎 たけとらはん」なのである。

 関西の人はタイガースファンが多いので、「猛虎」は「もうこ」以外に変換出来ない人が多い。

 僕が「『もうこ』ではなく『たけとら』と読むんですよ」と、代表の俳号の正しい読み方を伝えると、

 「『けったい』な名前やのぅ、俳句も『けったい』やけど名前も『けったい』や」

と、ほんと、よく言われる。もう慣れた。

 「けったい」と言うのは、標準語で言えば「へんてこ」ってな意味になるのだけれど、この「けったい」って言うのは、悪い意味でつかわれることもあるが、こと俳句においては個性的とか他にはないってな意味が含まれるので、僕は、このけったいな俳号の代表のけったいな名前の句会の末席に名を連ねさせて頂ける事を幸せに思っている。


少年のどこを切っても草いきれ

箱寿司の隙間に夏野広がりぬ

マネキンの手ばかり捨ててありて梅雨

小春日や退屈そうなふくらはぎ


 僕が句会亜流里に入ったのは、ある俳句大会の打ち上げで、猛虎代表に誘われたからだ。僕は他の結社に所属しているのだけれど、代表に「本物の俳句を教えたるから、うちへ来い」と言われたのである。本物の俳句と言う言葉に体がしびれた。

 あの時の代表はかっこよかった。「うちへこい」と言ってくるりと踵を返すと、片手をあげて雑踏へと消えて行った。あの背中に惚れてしまったのである。よし、この人に付いていこう、この人から本物の俳句を学ぼう。そう決めた。平成24年の冬の事である。


時雨るるや机で削る頭蓋骨

秋扇泣いてもいいよと云う形

ポテトチップス振れば真冬の音がする


 自分の所属する句会では、鳴かず飛ばずで地を這っていたけれど、亜流里に行くと、句を採って頂ける。亜流里メンバーと僕と世代が近いうえ、新参者の句は見慣れないので採られやすいのだ。そんなわけで、僕は颯爽と亜流里デビューを果たした。

 ところがだ。僕の句が選ばれると、猛虎代表は「なんやねん、この句、もっと若々しい句を詠めや!」とあきれたように言う。おっ、これは本物の句を教えて頂けるのか、と淡い期待をしていると、他のメンバーからも「詩情がない」「もっと人間の闇を詠め」「甘すぎる」「個性がない」「そこまでして点が欲しいかっ!」など、高得点を得ているにも関わらず、酷評が飛び出す。な、なんなんだ、この句会は…。特選に輝いた作品でさえぼろかすに言われるのである。

 僕の句は、すぐにとられなくなっていった。見飽きられたのだと思う。傷口に塩を塗るように代表が言う。

 「功の句もたいしたことないな…最初は良かったのに、だんだんあかんようになってきた」

 代表は、はっきり物を言う。抜身の真剣の様な人だ。だから、僕は、この人が怖かった。近づくとバッサリ斬られそうな気がした。その反面、良い句に出会うと、顔をくしゃくしゃにして、「おおおおっ! 凄いなこの句!」と大喜びされる。だから、猛虎代表に選句して頂くと、そこには嘘がないので、本当に嬉しい。もちろんその逆で、あかん時は、最悪の気持ちになる…。


ああ言えばこう言い返す通草かな

軍艦島逃げ遅れたる花芒

水撒けば人の形の終戦日

地球に原子炉手に線香花火


 最初は、近づき難い猛虎代表であったが、いつの頃からか、句会の後の飲み会の後に、二人で夜の街へ繰り出すようになった。あ、言いかたがややこしい。句会亜流里と言うのは、句会の後、そのまま飲み会へと変わる。で、この飲み会までを句会と呼んでいる。「いや~、遅れて悪い悪い」なんて言って、飲み会にだけ来るメンバーもいて、句会の親睦を図るために飲み会をしているのか、飲み会の口実に句会をしているのか、いまだにわからない。

 その飲み会付の句会の後、二人で飲みに行くのである。ここで、句会の代表を独占できる。これは、まさに本物の俳句を教わるチャンスだ、と思い。句会の後は時間を空けておくようにした。

 句会の後片付けをしていると、代表が「どう? 今日も行けるか」と聞いてこられる。もちろんです、心の準備はできております。僕は、代表から本物の俳句を教わるためにお供をする。代表との二人飲みは毎月、続いた。が、本物の俳句の奥義は一向に教えてくれなかった。


飛び石の続きは夜の鰯雲

極月の非常階段火の匂い

君の部屋の炬燵の中と云う宇宙

遠雷や乳房悲しき掌の形


 僕は、障害者の暮す施設に勤務しているのだけれど、ある日、代表から電話がかかってきた。僕は、毎月、代表のお供をすることで、代表に対して親しみを覚えるようになっていた。しかし、プライベートで電話がかかってくることはない。あくまで句会の時だけの付き合いである。珍しいな、飲みにでも誘って頂けるのかな、と思いながら電話に出る。

 「功ちゃんの施設に担架あるかな?」

 「担架ですか…ありますけれど」

 「…貸して欲しいんや。実はな、嫁さんが、入院していてな」

 僕は、言葉を失った。奥さんが入院? 担架? 

 「誰にも言うてないんやけどな、嫁さん、癌やねん、もうあかんかもしれへんのや。最後に家に連れて帰ったろうと思うんやけど、病院から連れて帰るのに使わせてもらえへんやろか・・・」

 「はい、使って下さい」

とだけ答えたが、次の言葉が出なかった。


布団より生まれ布団に死んでいく

朧夜の一筆書きのカテーテル

殺してと蛍の夜の喉仏

子宮摘出かざぐるまは回らない


 代表に担架を頼まれ、病院に駆けつけた。時間が遅く、もうロビーも閉まっていた。外から代表に電話を入れる。

 病室から降りて来られた代表は少しやつれたように見えたが、いつもと変わらぬ様子で、開口一番、「なんやその腹」と笑いながら、僕の腹を触った。僕は初心な少女が初めて手を握られ、咄嗟に手を引くように身を引いた。代表は奥様の容体が急変したこと、末期の癌で治療する術がないこと、病棟の看護師からは連れて帰るのは難しいと言われていることなど、ぽつりぽつりと話を始めた。

 奥さんが悪くなって、もう1年経つとおっしゃる。その間も、代表は句会を引っ張り、句会報を落とすことなく出し続け、そして僕を飲みに連れて行って下さっていた。どんな精神力をしているのだろう、本当は辛いのかな、いろんな事を思いながら代表の話に頷いていた。

 「家に連れて帰るのどう思う?」

 「連れて帰ってあげるべきです」

 奥様にお会いしたことないけれど、絶対に家で看取るべきだと思った。

 代表の車に担架を積む。代表は僕が車を止めている駐車場まで送って下さり、僕が車に乗り込むまで待っておられた。そんな丁寧に見送られると、なんだかお尻がくすぐったい。

 「じゃあ、今日はありがとうございました」

 代表は敬語でそういうと、車から離れて行った。僕は失礼しますと言い、パワーウィンドウを閉めた。二、三歩歩き出した代表は、振り返ると、深々と頭を下げられた。その凛とした佇まいに僕は圧倒されてしまい、発車することができなかった。


この空の蒼さはどうだ原爆忌

 

 代表は踵を返すと、片手を挙げ、病棟の方へ歩いて行かれた。暗闇に消えていく代表の背中はどこか寂しげだった。最初に句会亜流里に誘われた時に、この背中に惚れたことを思い出した。

 見えなくなるまで、代表の背中を眺めていた。その時、代表が目頭を押さえられた様に見えた。


羅の中より乳房取り出しぬ

秋晴れて支出の旅路を寄り道す


 その後、奥様をご自宅に連れて帰られ、その次の朝、奥様が亡くなられたとご報告を頂いた。

 この度、句会亜流里の中村代表が「紅の挽歌」という句集を出された。読みながら、胸が詰まった。担架を持って行ったあの夜の代表の背中が忘れられない。

 句会亜流里に属して9年目に入るのだけれど、この素敵な…いや、愉快な句会に属していることに誇りを持っている。

 猛虎代表のことを「もうこはん」なんて呼ぶ人はいなくなった。多分、句集の出版で、お名前が浸透したのだと思う。僕の方はと言うと、相変わらず、鳴かず飛ばずの駄句を連発しているのだけれど、いつまでも俳句の赤子の気持ちでいる。僕の尻には亜流里の「もうこはん」がついている、そんな気持ちだ。代表、そして句会亜流里に出会えて本当に良かったと思う・・・


枯野人明日履くための靴磨く


 ん? え? あああああああ~っ、まだ代表から本物の俳句を教わっていなかった~。猛虎代表、いつになったら、本物の俳句を教えてくれるんですか?


へその緒とつながっている春の夢

2021年10月1日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】24 中村猛虎句集『紅の挽歌』 福永虹子(句会亜流里 同人)

  猛虎句集の紅の挽歌 10句選


余命だとおととい来やがれ新走

卵巣のありし辺りの曼殊沙華

この空の蒼さはどうだ原爆忌

ボケットに妻の骨あり春の虹

光らざれば生き永らえし蛍かな

雪ひとひらひとひら分の水となる

遺骨より白き骨壺冬の星

英泉比良坂竜胆を超えるべからず

僕たちは三月十一日の水である


特選は

たんぽぼがよけてくれたので寝転ぶ


 色々悩んだ末にこの句を選ばせていただきました。奥様への挽歌の数々、胸がいっばいになりました。必死に病と闘い、願い叶わず亡くされた後も、ボケットにお骨を忍ばせて生きていかれるなんて、なんと素敏なご夫婦だろうとうらやましく思いました。

 原爆、東日本大震災に寄せる思いの深さにも心打たれました。どれもこれも大好きです


 その中にあって、本句は、哀しみや怒りが直接詠みこまれず、作者の無垢な心が素直に表現された句だと思います。たんぽぼを押しつぶして寝転ぶのを躊躇し、自分がよけたのではなく、たんぼぼがよけてくれたという謙虚さ、木当に心優しい方だと思いました。尾崎放哉の自由律俳句のような雰囲気の中で俳句の伝統を踏まえた素晴らしい句であると思います。


2021年9月17日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】23 中村猛虎句集『紅の挽歌』 河内壮月(句会亜流里 同人)

"紅の挽歌”の選句を送ります。


少年のどこを切っても草いきれ

多動児の重心にある向日葵

この空の蒼さはどうだ原爆忌

開戦日父は螺子売るセールスマン

部屋中に僕の指紋のある寒さ

たましいを集めて春の深海魚

三月十一日に繋がっている黒電話

朧夜の一筆書きのカテーテル

すすきの穂ほらたましいが通った

ポケットに妻の骨あり春の虹


 猛虎氏は、およそ俳句に使われない“名詞”をいとも簡単に、五七五に紡ぐ。本選でも、多動児、 重心、螺子、指紋、たましい、深海魚、黒電話、カテーテルとオンパレードだ。

 いずれの句も意外性とか"よく、気が付くな”とか、感性の素晴らしさを賞賛するばかりだ。

すすきの穂ほらたましいが通った

はすすき、たましい、とくれば、風を足せば普通に一句となりそうだが、“ほら”と口語にすることで、何か爽やかな感がした。平凡に見えるが、広がりのある、不思議な詩情が有る。

2021年8月27日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】22 「紅の挽歌」を読んで「宿命」 井上はるひ

   私は「紅の挽歌」の著者 中村猛虎氏が代表を務める、句会「亜流里」の末席に連ならせ

ていただいています。

 3年前 五・七・五のリズムの乗せて思いを表現できる俳句に惹かれ、ネット検索して

出会ったのが「亜流里」です。

 俳句を詠む人たちの集団ってどんな感じなのだろう?そんなワクワクした気持ちで初めての「亜流里」句会に参加させていただきました。

 緊張のあまり その日の記憶は曖昧なのですが、中村代表に対する第一印象は少し怖い人

でした。それは風貌からくるものではなく観察眼の鋭さを感じたのだと思います。

 回を重ねるごとに中村代表の存在感の大きさと不思議な魅力が会を引っ張っていることを感じました。

 語り口は軽妙なもですが 的確な判断と指示にメンバーは全幅の信頼をおいています。

 強い個性集団「亜流里」の自由な雰囲気を楽しんでいる私にとって、中村代表はつかみどころのない大きさと少年の青さも感じる 今も謎の人です。

「順々に草起きて蛇運びゆき」

「少年の何処を切っても草いきれ」

 この二つの句が同じ頁に並んでいるのを見たとき、句会において一度経験しているにも関わらずゾクゾクしました。草という同じ言葉を使いながらこんなにも訴えかけるものが違う句を作ることができる中村代表に感動しました。

 そして奥様を亡くされた深い悲しみが「紅の挽歌」を生み、天才俳人「中村猛虎」の名を

世に知らしめたことに、宿命すら感じます。

「逝きし君の最後の言葉卒業す」

「ポケットに妻の骨あり春の虹」

 奥様ははかなくも美しい想い出として今も生きているのです。

死は人の心に永遠の命として宿ることを教えてくれた「紅の挽歌」は感受性の鋭さとひらめ

きの言葉に溢れています。

 今 日々新しい句を生み続ける中村代表の活躍を見続けることを幸せだと感じています。


2021年8月13日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】21 中村猛虎句集「紅の挽歌」より20句  中嶋常治(姫路青門会長)

 「モノローグ」 より

秋の虹なんと真白き診断書

寒紅を引きて整う死化粧

鏡台にウイッグ遺る暮の秋

モルヒネの注入ボタン水の秋

 私の義妹も多臓器癌で亡くなった。強い女性で最後まで痛みに耐え、モルヒネを拒否し続けた。しかし亡くなる前の三日ほどは家族との面会も嫌がった。桜の散る頃であった。殆ど意識のない中で何かを語ろうとしていた姿が目に浮かぶ。

「遠い日の憧憬」 より

少年のどこを切っても草いきれ

この空の蒼さはどうだ原爆忌

部屋中に僕に指紋のある寒さ

春月へ飛び立つ角度人力車

右利きの案山子が圧倒的多数

 案山子を見て右利きか左利きかは判らない。案山子を作る人は多分大方が右利きであることから、 案山子も右利きが多いだろうと作者は推測した。大雑把にして繊細な発想と表現が詠われている

「家族の欠片」 より

卵子まで泳ぎ着けない十二月

 少子化に関連して、最近精子の少ない男性が増加しているという。昔は「三年子なきは…」などと女性に不妊の責任を押し付けたが、男性にも責任があったことになる。原因は男性の女性化かストレスなのかは分らない、要は鳥取県の人口程が毎年減少していると言う事

亡き父の基盤の沈む冬畳

犬ふぐり母は呪文で傷治す

夏帽の少年走る走る走る

「左手の記憶」 より

ひとりずつカブセルにいて花の雨

秋給生涯抱きし女の数

  作者の願望であろうか、それとも…。抱きたいと思う女性はいても実現するにはためらいがある。不倫のニュースがテレビを賑わす昨今。行動には制約がある。しかし気持は分る

キウイに種あり人の妻といる

桃を剥く背中にたくさんの卸

「さよならの残像」 より

水撒けば人の形の終戦日

「前世の遺言」 より

父の日の父はりがねむしの孤独

ポケットに妻の骨あり春の虹

 ポケットの中に小さなカプセルに入った妻の骨が納められている。「生涯おまえだけ」 という意思が感じられる。春の虹もロマンチックでよい

2021年7月23日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】20 中村猛虎句集『紅の挽歌』 中野はつえ(青門同人)

いつもお引き立てをいただき、ありがとうございます。厚く御礼申上げます。

此の度の中村様の句集「紅の挽歌」一読させて頂き、島肌がたち、涙が止まりませんでした。

と申しますのも我が家の主人と一ヶ月ほどお早い旅立ちでいらっしゃいます著者の一句一句が我がことのように切なく辛いです。

私などは沢木欣一、細見綾子の両師より「即仏具象」とたたき込まれて四十年余経て来た者には、実に斬新で且つ繊細な感覚でとらえていらつしゃる。

その間を行き来しながら言葉を紡ぐ作者の視点は縦横無尽です。

俳句アトラス社 林誠司様がお書きのように天才でいらつしゃるのかも

目からうろこでございます。

何かしら「紅の挽歌」に酔うたような感じてございます。

自分でも何を書いたのやらお恥ずかしい事です。

何卒お許し下さいませ。また折角ご指名頂きましたのに、大変遅くなりました事深くお詫び申しあげます

どうぞコロナも第二波でございます、くれぐれもお身おいとい下さいましてご活躍のことお祈り申し上げます


中野はつえ 猛虎句集 紅の挽歌 選

白息を見続けている告知かな

余命だとおととい来やがれ新走

秋の虹なんと真白き診断書

厚岸の秋刀魚喰らいて昏睡す

寒紅を引きて整う死化粧

葬りし人の布団を今日も敷く

鏡台にウィッグ残る暮れの秋

亡き人の香水廃番となりぬ

初盆や万年筆の重くなる

手鏡を通り抜けたる螢の火

羅の中より乳房取り出しぬ

月天心胎児は逆さまに眠る

着膨れてオスの役目の終わりけり

冬日向死んだふりでもしてみるか


霜柱人は殺める言葉持つ

看護婦の囲みの真中桜餅

桜貝女の骨の柔らかき

鏡から出てこぬ妻よ啄木鳥よ

三合を過ぎて秋思の丸くなる

息吹けば息の形の葛湯かな

白木の祭壇崩せば残る冬座敷

2021年7月9日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】19 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで 辛口十句選 内海海童

水撒けば人の形の終戦日

 さきの大戦で炎に焼かれ水を求めて亡くなった方が、まだ水を求めてさまよっているのでしょうか、合掌。

 お酒の瓶に俳句を刻む、手刻み俳句ボトルはこの句から始まりました。


斬られ役ずっと見ている秋の空

 斬られ役は、主役の立ち回りの邪魔にならないよう上手く倒れなければなりませんが、背中から斬られてしまうとうつ伏せに倒れるよりありません。


花の名は知らねど真白終戦日

 十八番の終戦日シリーズですが、「ねど」の発見で素晴らしく文学的です。この路線を続けていれば、今頃俳句界を席巻していたのにとても残念です。


唇を這わせて進む大枯野

 少し白髪の交る陰丘にそろりそろりと唇を這わせる描写など、日活作品から着想を得た想像句にしてはよく描写できていると思います


生物学上の父よ梟よ

 何かのきっかけで戸籍謄本でも見てしまったのでしょうか、逞しく育って欲しいもの。会う機会があれば過去のお年玉を請求するのも手です


犬ふぐり母は呪文で傷治す

 ポンキッキで『ママの右手は魔法の手』という歌がありました。料理洗濯スイスイと魔法のようにこなすママ、なぎらけんいちが歌ってました


三合を過ぎて秋思の丸くなる

 コップ酒三杯立て続けでは更に角が立ちますが、ちびりちびりとやることで、まん丸なほんとのところに辿りつくという事かもしれません


極月や人焼く時の匂いして

 街中でふいに嗅ぐ覚えのある匂い、嗚呼あの時もこんな匂いだったと感傷的になりますが、そこは人気のベルギーワッフルのお店です


葬りし人の布団を今日も敷く

 押し入れにしまう際自分のを上にすればいいのにと思ってしまいますが、独り寝がまだ慣れないのだなと鑑賞するのが人というものです


ポケットに妻の骨あり春の虹

 持っているとすればどの部分か、小指の先であればロマンティックですが、まさか大腿骨ではないでしょうね

2021年6月25日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】18 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで  谷原恵理子

  二年ほど前から亜流里の句会に参加させていただいている。

 伝統俳句から出発した私にも、中村さんの俳句は手強いながら、とても惹きつけられる詩情があり、この「紅の挽歌」を私なりに読んでいきたいと思う。

 全体として、心をぐっと掴まれる句と、人を食ったような句、眩しさを遮断し醒めた目で詠んだ句。人生に立ちはだかる句、虚無感を飼いならそうとする意思。絶望に近くいる人が再生していく時間。そういうものが込められていた句集だった。 

 私が最初に衝撃を受けた句。 

余命だとおととい来やがれ新走 

 おととい来やがれと啖呵を切っているが、しかしこの句は祈りなのである。不幸を寄せつけまいと、近づいてくる死に向かい立ち塞がる。夫としての気概と愛を感じさせる。人は魔を祓う時に酒を用いる。自分自身が新走を飲み、死の気配に立ち塞がり祓わんとする。新走の威を借り結界を作るのだ。立ち塞がる作者の深い祈りが、乱暴な怒りとも言える啖呵に隠されて、悲しみの深さを伝えるのである。

 始まりの衝撃はあまりに痛ましく、冷徹にその情景を伝えるが、

 詠んだすぐ後から、傷口から滴るものが読み手を巻き込んでいく。


 さくらさくら造影剤の全身に

白息を見続けている告知かな

モルヒネの注入ボタン水の秋

葬りし人の布団を今日も敷く


 句集の中に散りばめられる死生感。

 重く沈み、虚無感が漂う。しかしながらその虚無感を飼いならそうとする生への意思。

 あちら側とこちら側。

 揺れ動く地点。時間と色彩と季節を超えていく句を追ってみたい。

 

早逝の残像として熱帯魚


 儚い命がひらひらと輝く。中村さんは命の儚さを鮮やかな色彩の熱帯魚の姿に思う。こんなにも赤く青くいきいきと泳ぐ熱帯魚たち。

 命はさまざまな明るい色を纏い、作者の目を射る。思い出のいきいきとした欠片たちが早逝の妻の残像となり、水の中を揺蕩う。

 

春の昼妻のかたちの妻といる

亡き人の香水廃盤となりぬ


 時間は過ぎていく。作者は花野に立つ時にゼロの地点に帰るようだ。

 花野はいつも、時空を超えて死のイメージと共に、再生への入り口でもあるようだ。どちらへ進むのか、問い続けるのだ。

 

どこまでが花野どこからが父親

存在を組み立て直す大花野

箱寿司の隙間に夏野広がりぬ

百合折らん死ぬのはたった一度きり

 

 死の匂いがあるが、方向は生へと向かう。

 ゼロからプラス 1へ。

  少しはぐらかされたような句もある中、自然の中で、透き通るような視線を持つ句にも注目したい。


順々に草起きて蛇運びゆく

 

 蛇は滑るように草の上をゆく。この写生は視点を逆転させている。

 草起きてと擬人化して、神を祀るごとくしずしずと草たちが意思を持って蛇を運んでゆくのだ。草が起き上がり運ぶ蛇は、神格化され神々しい。主語を草に変えて揺るぎない目で蛇の動きを捉え、自然への畏敬を感じさせる一句と言える。

 

冬すみれ死にたくなったらロイヤルホスト


 一人でいる一人。

 大勢の人中の一人。

 前者は音の無い世界。

 後者は人が生きて喋って食べ物を咀嚼する音が聞こえる世界。

 誰一人知る人がいなかったとしても、生きて音を立てて動く人がいる空間で、ふと死にたくなった自分を繋ぎ留めることができるのだ。

 友達でも、まして知り合いでもなかったとしても、人は人に力をもらい助けられる瞬間がある。

 冬すみれのように凛と、小さくても生きている鮮やかな意思がある。

 作者はそんなふうにロイヤルホストの小さな一角に席を得て、この一日を生きる。

 

 全体を通して絶望を俳句というものは救う力があるのか、と思いながら読んだ。救うのかどうかわからないが、刻まれた命は、白いページに色彩を残し、日を重ねていくと、いつか抗っていても、明るい日の色を見てしまう自分がいるのだ。


冬の日を丸めて母の背に入れる

銭湯に手書きの星取表立夏

ポケットに妻の骨あり春の虹

2021年6月11日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】17 「紅の挽歌」読後評  滝川直広(藍生、いぶき)

  題名に「挽歌」という語がある通り、この句集は亡き妻に捧げられた追悼句集だ。しかも、句集の構成は独特で、亡妻の発病から死去、初盆までを「記録」した俳句を「モノローグ」という一章を立てて冒頭に配置している。妻の追悼というメンタリティから発したこの句集には、死から生、性、肉体への関心を示した句が多いことが一つの特徴といえる。それらの句を「モノローグ」以外から抜いてみる。

 【死】

  秋晴れて死出の旅路を寄り道す

  冬すみれ死にたくなったらロイヤルホスト

  子供はね死ねないんだよ冬ひなた

  布団より生まれ布団に死んでいく

  殺してと螢の夜の喉仏

  魂の重さ二g曼珠沙華

  死に場所を探し続ける石鹼玉

  寒紅やいつか死にたる赤子生む

  百合折らん死ぬのはたった一度きり

  ポケットに妻の骨あり春の虹

 【生】

  月天心胎児は逆さまに眠る

  朧夜の肩より生まれ出る胎児

  妹と朧を母の産み落とす

 【性】

  遠火事や右の卵子が今死んだ

  卵子まで泳ぎ着けない十二月

  ひとつずつ歳とる卵子花疲れ

  キスをして夜の向日葵に見られたり

  テトリスのような情事や春の月

  秋袷生涯抱きし女の数

  短夜の妊娠中のラブドール

  男根を祀る神社に色鳥来

 【肉体】

  羅の中より乳房取り出しぬ

  天高しふぐりはいつも鉛直に

  小春日や退屈そうなふくらはぎ

  梟や喪服の中にある乳房

  遠雷や乳房悲しき掌の形

  星涼し臓器は左右非対称

  春月や抱かれてあやふやなフォルム

  子宮摘出かざぐるまは回らない

  喉仏二回動いて桜桃

  心臓の少し壊死して葛湯吹く

  喉仏探して迷い込む枯野

  傷口のゆっくり開く春の夕

  春の雪溶かす人体積もる人体

  押し潰せそうな四月の喉仏

  古団扇定年の日のふぐり垂れ

  鬼灯を鳴らす子宮のない女


 ざっと挙げただけでもこれだけある。【肉体】に入りそうな句はこれの倍ほどあったが、冗長になるので割愛した。挙げなかった句の中には読みようによってはどれかに入りそうボーダーラインの句もあったが、やはり省略した。

 挙げた中では「喉仏」を詠んだ句が四句ある。闘病中の細君があまりの激痛に「殺して」と口走ったと「モノローグ」に書かれていることから、作者には忘れられない人体の一パーツになったのだろう。【死】に挙げた「殺してと螢の夜の喉仏」は上記の場面を詠んだと思われる。

 こんなことまで句に詠むのは俳人の性と言ってしまえば簡単であるが、しかし目の前で愛する人間が苦しみ、半ば壊れそうになっている状況を詠むのは、傍が思うほど簡単、楽なことではないだろう。むしろ、句に詠まないと作者は作者自身を保てなかったのではないか。どこかでこの恐ろしいと言ってもよい状況を客観的に見る自分を担保しておかないと、裏返して言えば、妻の心配だけしている時間ばかりの時分では病魔と闘う妻を支えられなかったのだ。


 しかし、この句集の真骨頂はこのような句よりも、作者独特の観点が光る作品にあると思っている。

  新涼の死亡診断書に割り印

   診断書というものが改めて事務的な書類だということを感じさせる

  少年の何処を切っても草いきれ

   思春期の青臭さが感じられる

  白菜の葉と葉の隙間の不信感

   そりゃ白菜の葉に隙間があれば不信

  雪ひとひらひとひら分の水となる

   思いがけない叙情。

  三月十一日に繋がっている黒電話

   3.11と黒電話に共通する非日常。

  不と思と議切れば海鼠の如くなる

   発想の冴え。高尚な軽み

  たんぽぽがよけてくれたので寝転ぶ

  光らざれば生き永らえし螢かな

   命を見つめる作者の姿が切ない。

  存在を組み立て直す大花野

   枯野でなく花野であるところが非凡な感性。

  雪のない街へ線路は続きをり

   「雪のある」ではないところが作者らしい。


 この句集は亡妻の追悼に重点がおかれているが、次の句集こそ、俳人中村猛虎の本質が十全に発揮された句集となるに違いない。

2021年5月28日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】16 句集 紅の挽歌について 永禮能孚

句集を頂いた。

中村猛虎句集「紅の挽歌」。

強そうなお名前。でも「挽歌」なんだ(実は、お名前の由来や、題字のわけなどについては、句集を直接頂いた保田紺屋さんからお聞きしていたが、手に取って、改めて「なるほど」と思う。

著者は、名うての阪神ファンで、数年前最愛の奥様をなくされた。まだ五四歳だった。句集の大きさは、A六判、1.5cmくらい。扱いやすいというか読みやすそうな本だ。

表紙やパラパラとめくったときのちょっと風変わりな印象から、「綱」のみなさんに紹介しておきたいと思う。

最初のページを開く。

モノローグ「長いお別れ」は死を悼む四行詩。

次ページの「始まり」に俳句が三句。

白息を見続けている告知かな

ああ、あの空気。経験あるものは即座に想い起こす。あたりが、急に、白黒写真に代わってしまうような瞬間である。

当事者は、金縛りにあったように、身動き一つできず、ただ医師の吐く白息を見続けるしかない。

次のページから、「暗転」「希望」「奇跡」と三句ずつ続く。「暗転」の一句

余命だとおととい来やがれ新走

「脊髄に転移したって?なぜ..」と独語しながら読み進む。


ほんの一時、激痛から解放される。

よくなるかも 一抹の「希望」が..。癌の激痛に翻弄されながら、本人も介護者も「奇跡」を願う。

モルヒネの注入ボタン水の秋

そして「終罵」。この項だけ九句仕立てになっている。

三句挙げておく。

葬りし人の布団を今日も敷く

鏡台にウイッグ遺る暮の秋

木枯しの底に透明な棺

立ち上がれないほど、運命に弄ばれながら、命あるものは、力を振り紋って、なお、生きてかなければならない。「再生」である。

初盆や万年筆の重くなる

ここまでで、約二十頁。ああ疲れた。

しかし、この「心地よさ」は何だろう。

人が亡くなったというのに、〈さわやかな空気〉が伝わってくるとは。


私は慌てて考え直す。

一つには、句と短文の構成によって、著者のひたむきな愛情が充分伝わってくること。今一つは、俳句という短い記述様式が悲しみや心の迷いなどもすばっと表現してしまうからではないか。

「挽歌」など、ほとんど読んだことはないのだが、病状や死の有様など、詳しく書けば良いというものでもあるまい。ご本人がいくら悲しくても、そもまま書くだけでは不十分という気がする。読者にも息継ぎの場が必要なのである。

「紅の挽歌」は、稀な成功例ではないかと思う。

それ以後は、挽歌から離れて、題字に従って、句が並んでいる。ありふれた句ではない。

紙面が尽きてしまった。思わず大きくうなずける句。笑い出してしまいそうな句、ユニークな句がたくさんある。ぜひ紹介したいが、次機を待ちたい。

中村猛虎さまありがとうございました

2021年5月14日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】15 中村猛虎句集『紅の挽歌』 鈴木三山(滝 同人)

 滝の成田主宰から薦められた句集の中に中村猛虎氏の名前があった。実は彼とはロマネコンティ俳句ソシエテというところの同人仲間である。

 因みにロマネコンティは誌上句会を主とする超結社の全国的会員の集まりである。私自身は平成十五年頃に入会したが、お陰で北海道から九州まで各地の俳人と知り合いになることが出来て実に良かったと思っている。

 前置きが長くなってしまったが、猛虎さんの句集『紅の挽歌』の紹介に入ろうと思う。


 冒頭に彼の妻の死が述べられている。

平成二十九年八月に脳腫癌を宣告されてからわずかニカ月余りで、十月九日に五十五歳の生涯を閉じてしまうという衝撃的な書き出しである。振り返ってみれば、ロマネコンティ誌上でもそれまでに思いもよらなかった哀切な何が何か月か続いたことがあった。直接的に妻が死んだと詠まないので、最初は気づかなかったが、そのことに気づいた時は思わず目頭が熱くなったことを記憶している。

痙攣の指を零れる秋の砂

遺骨より白き骨壷冬の星

葬りし人の布団を今日も敷く

早逝の残像として熱帯魚」

鏡台にウィッグ遺る暮の秋

月射して影絵の狼妻を喰らう

亡き人の香水廃番となりぬ


 改めて衷心より哀悼を捧げたい。

 話は変わるが、彼は平成十七年地元姫路において句会「亜流里」を立ち上げ、活発に俳句と取り組む中で、松尾芭蕉が「おくの細道」で使ったとされる蓑と笠が残されているのを知り、奉納されていたという「風羅堂」の再建運動を始めたのである。そのことは新聞などにも掲載され話題となった。ともあれ彼の作品は恐らく初心の頃から優れていたような気がする。次に若干紹介したい。


順々に草起きて蛇運びゆく

この空の蒼さはどうだ原爆忌

どこまでが花野どこからが父親

部屋中に僕の指紋のある寒さ

僕たちは三月十一日の水である

ポケットに妻の骨あり春の虹


 余りにも淡々としているゆえに却って哀切さが迫って来る思いがするのである。彼の作品は実に多様でかつ諧謔味に溢れている。きっと最愛の妻の死を乗り越えられ有望な俳人として今後を大いに期待されるところであり、末長い交誼を願うところ大である。

2021年4月23日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】14 生と死と  林 誠司

 いつだったか猛虎氏より久しぶりに連絡があり、(たしか同人誌「豈」だったと思うが…)「自分の作品が載っているので見て欲しい」と言われた。早速読んでみると、癌と闘う奥様の深刻な病状を詠んだ句が並んでいてびっくりした。

  余命だとおととい来やがれ新走

 長年の友でありながら、全くそのことを知らなかった自分を恥じ、彼の悲しみを考え、私も胸が痛んだ。しかし、一方で、妻の余命宣告に「おととい来やがれ」と啖呵を切った俳人もおそらくいまい、と驚いた。この自由で、率直で、柔軟な表現はやはり彼の魅力だ。

  卵巣のありし辺りの曼殊沙華

  脊椎の中の空洞獺祭忌

  秋の虹なんと真白き診断書

  モルヒネの注入ボタン水の秋

 これらの句からも壮絶な闘病の様子が想像出来る。彼の願いも叶わず、二〇一七年一〇月九日の朝、奥様は天に召された。

 遺骨より白き骨壺冬の星

 葬りし人の布団を今日も敷く

 鏡台にウィッグ残る暮の秋

 猛虎氏は二〇〇五年に句会「亜流里」を創設、そのリーダーとして、地元の句会仲間とともに研鑽し、地元姫路の俳句の発展に貢献してきた。勝手な想像だが、今回、その彼が句集刊行を決めたのはやはり奥様の死が大きなきっかけとなったのではないか。猛虎氏の第一句集『紅の挽歌』は大きな評判を呼び、地元では読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、神戸新聞とメジャーな新聞全てに写真付き、インタビュー付きで大きく掲載された。これは快挙と言っていい。彼の作品の優秀さももちろんあるが〝早逝の妻への挽歌〟というのがマスコミに受けたのだろう。

 以前、ある表彰式を取材した時、歌人の永田和宏氏がスピーチし「われわれはなぜ挽歌を詠むのか」と自身に、参加者に問うように言ったことを鮮烈に覚えている。彼の意識には、先年亡くなられた歌人であり、夫人の河野裕子さんが念頭にある。俳人・森澄雄も亡くなった奥様へ「百句」を供養として作ることを自らに課していた。俳句では「追悼句」ということになるが、「追悼句」もまた「挽歌」だ。永田氏が「われわれ」と言ったのは、彼の勝手な思い込みではない。『万葉集』以来、相聞歌と挽歌は詩歌の二つの大きな柱である。「われわれはなぜ挽歌を詠むのか」。この問いに対して、彼が今後、作品でどんな答えを見せるのか。

 今回の『紅の挽歌』鑑賞だが、私はこの句集の跋文を執筆し、彼の作品の全体の魅力や才能についてはすでに書いている。よって、ここでは微細なことに触れてみる。一句、気になる句があるのだ。

  この空の蒼さはどうだ原爆忌

 この句は新聞や結社誌でも多く取り上げられた、彼の代表句の一つ。この句をどう鑑賞すべきだろう、という意識が私の中になんとなくある。『紅の挽歌』には、

  原爆忌絵の具混ぜれば黒になる

  ステージに空き椅子ひとつ原爆忌

もあり、「原爆忌」は彼にとって詠まずにはいられないものがあるらしい。「どうだ」という口語的表現が率直に鑑賞者の胸に迫って来る。口語表現の持つ〝率直さ〟がこの句を輝かせているのだ。で…、この句は原爆で亡くなった人を悼んでいる句だろうか、原爆、ひいては戦争の悲惨さ、愚かさを訴えている句だろうか、そして反戦の句だろうか。そういう部分がないわけではないが、私には、彼の言いたいことはそこではないような感じがする。私なりに鑑賞すれば、この句のテーマは「隣り合わせの生と死」なのだ。何万もの人間の命が一瞬で消えてしまうという事実の不可解さ…、不可解という表現が適切かはわからないが、この句は何万もの命が一瞬で青空の中へ消えてしまったかのような不可思議さがある。奥様への哀切な挽歌の影に隠れてしまいがちだが、『紅の挽歌』には「生」と「死」が隣り合っている、個人や身近な人のことだけではなく、一般的な「生」と「死」を意識した作品が実に多いのだ。

  順々に草起きて蛇運びゆく

にも「生」「死」が隣り合っている。「草」も「蛇」も「生」そのものだが、その草と蛇が描き出す風景はまるで葬送風景だ。前に挙げた〈葬りし人の布団を今日も敷く〉も生と死が綯い交ぜになっている。

 今は俳句に限らず、全てが健康志向の時代で、死を本気で見つめている人は病人だけである。その病人も見つめているのはおのれの死であり、死とは何か、という問題に迫るものではない。俳句も今は生きる活力を詠った、瑞々しいものが好まれる。しかし「エロスとタナトス」を持ち出すまでもなく、「生」と「死」は一体であり、生きる活力とは、「死」を排除したものではなく、「死」を意識した上でのものであってこそ本当と言える。

 死にたての君に手向けの西瓜切る

 僕たちは三月十一日の水である

 「西瓜」が生であり、「水」が生である。現代俳句に今、こういう意識はほとんどない。これは深見けん二さんから聞いた話だが、季題とは極端に言えば生から死への移り変わりであり、例えば、季題「枯菊」を詠む場合、秋に華々しく咲き誇っていた「菊」の残像がなければならない、と聞いた。このように「生」「死」との関係性を見つめることは伝統俳句とか新興俳句とか前衛俳句とかではなく、全てを超越する問題だ。

 そういう意味では彼は本物の詩人であり、今後を期待出来る貴重な俳人と言える。神戸新聞で山田六甲氏は彼を「森澄雄、赤尾兜子以来の姫路の本格俳人」と評していた。彼の作品の魅力は技量ではなく、句の奥底に潜む詩の意識にある、と言える。そこを発展させ、現代俳句の一端を担ってほしい。

2021年4月9日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい 】13 中村猛虎句集『紅の挽歌』  杉原青二(句会亜流里 同人)

  猛虎句集の紅の挽歌 よみました。


余命だとおととい来やがれ新走

卵巣のありし辺りの曼殊沙華

新涼の死亡診断書に割り印

少年のどこを切っても草いきれ

月天心胎児は逆さまに眠る

たましいを集めて春の深海魚

冬すみれ死にたくなったらロイヤルホスト

缶蹴りの鬼のままにて卒業す

ひとりずつカブセルにいて花の雨

心臓の少し壊死して葛湯吹く


 昔、猛虎氏にどのようにして句を作るのか尋ねたことがあります。

 そのとき、見せてくれた数枚のペーパーには、季語のない、句になる前の言葉が順不同に書き付けられていました。


 会話、生活、仕事、体験等から得られたと思われる言葉、本、 雑誌、映画、旅行等から閃いたと思われる言葉です。

 これに二物衝撃の季語をつけていくと言っていました。

 また、句は1年間寝かしてから世にだすとも。


 猛虎氏は直情怪行型の天才ですが、地道な取材を積み重ね、季語の組み合わせを試行錯誤し、最適の句を見つけていく「言葉のエンジニア」でもあります。 技術者の努力が句集に結実したことをともに喜びたいです。

 小さい引出しから季語を頼りに句を作っている自分に少し反省しています。

2021年3月26日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】12 中村猛虎第一句集『紅の挽歌』  大井恒行

  跋文は林誠司「天賦の才」、その冒頭に、

 猛虎氏に俳句を奨めたのは私である。二十代の頃、勤務していた会社の同年代の人たちを誘い、句会を始めた。私だけが経験者だったので、当然、自分がリーダーになるつもりでいたが、彼はほぼすべての句会で最高点という活躍を見せた。大胆さと繊細さが入り交じる、詩情ありユーモアありの多彩な作品で、俳句的手垢が全くないのに、不思議と深みのある詩情を持っていた。

 と記されている。また、著者「あとがき」には、

 (前略)姫路には、松尾芭蕉が「おくのほそ道」道中で使ったとされる蓑と笠が残されている。納められていた風羅堂は明治期に焼却処分され、芭蕉翁を第一世とする堂号は長らく途絶えていたが、縁あってニ〇一一年秋、六十九年振りに風羅堂十二世として名跡を私が継がせていただくこととなった。

 とある。しかし、なにより本集は、「早逝の妻に捧ぐ」一本なのだ。それは巻頭にモノローグを据えていることからも明白であろう。

始まり

  2017年8月、妻が脳腫瘍からの髄液播種で余命宣告を受けた

  残された時間は6週間 まだ54歳

  始まりは1年前の「おなかが痛い」だった

  診断結果は卵巣がん ステージ3、試験開腹したが癒着がひどく、

  ガン切除断念、薬での治療がはじまった

   さくらさくら造影剤の全身に   (中略)


奇跡

  癌の激痛と闘う妻、医療麻薬でも痛みは治まらない

  「殺して」と口走る妻

  緩和ケアの医者も俺も絶望的に無力だ 

  もちろん殺してもやれない

  ところが、9月、嘘のように痛みが引き、リハビリ室まで歩く練習まで始めた

  やっぱり治るんだ、犬をもっと大事にするんだ


終焉

  だが、容態は急変

  わずか3週間で、動くことができなくなった

  最期は自宅で、と連れ帰った日の明け方、安心したのか、

  天国に旅立ってしまった。

  10月9日午前6時3分、享年55逝く

   

  もっともっと、何かしてやれなかったか?

  奇跡なんて起こらなかった

  黒犬は、今日もひたすらエサを食い続けている  (中略)


   寒紅を引きて整う死化粧

   極月や人焼く時の匂いして

   木枯しの底に透明な柩

 

  ともあれ、他に、本集より、いくつか愚生好みの句を挙げておこう。

   この空の蒼さはどうだ原爆忌       猛虎

   霜柱人は殺める言葉持つ

   冬の日をまるめて母の背に入れる

   母の日の大丈夫大丈夫大丈夫

   ひとりずつカプセルにいて花の雨  

   僕たちは三月十一日の水である

   シュレッダーにかけてもかけても凩

   余命だとおととい来やがれ新走


2021年3月12日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】11 私生活を織り込む醍醐味  山田六甲

姫路風羅堂第十二世、句会亜流里代表の第一句集

句集の巻頭

柩を挽いていく人たちがいる
あれは妻の柩だ
死を悼む歌が聞こえる
そう 紅の挽歌が

で始まるこの句集は、
妻の余命宣告「始まり」から「暗転」「希望」
「奇跡」を祈り「終焉」を迎える
そして四十九日の「再生」でモノローグの区切り
妻は享年55歳

「再生」では「さて少しずつ動き出すか」と先へ
進む決意を述べて俳句の日常にもどる

「希望」では
黒いダックスを飼っている
奇形なのか
手足が折れ曲がり、走ることはできない
耳には膿、体は皮膚病で嫌な臭いがする
この犬は神様からの贈り物だ
ドラマの様に妻の代わりに病気を持って
天国に召されるんだ
そんなエンディングを信じて、世話をする

と奇跡が起こるかもしれないと願うがそれは
叶わなかった

さくらさくら造影剤の全身に(始まり)
余命だとおととい来やがれ新走(暗転)
秋の虹なんと真白き診断書(希望)
モルヒネの注入ポタン水の秋(奇跡)
葬りし人の布団を今日も敷く(終焉)

もっともっと、何かしてやれなかったか?
奇跡なんて起こらなかった
黒犬は、今日もひたすらエサを食い続けている、と
このあとは俳句の日常にもどってゆく

久しぶりに姫路に森澄雄·赤尾兜子以来の本格俳人がもどったという印象だ

現代詩と直結した大胆な俳人の作品は

順々に草起きて蛇運びゆく
この空の蒼さはどうだ原爆忌
致死量のシャワーを浴びている女


などが代表句になろう。 草を蛇がなぎ倒していくのだが
進むにつれていかにも草々が蛇を持ち上げ支えて前へ前へと
送って行く祭りの神輿の若人の手のように草が起き上がる光景を
詠んだ見事な主観写生
原爆忌は口語をもって人間の愚かさへ怒りを
ぶちまけるようなリアリティがあるし、女性は溺れるほどに
シャワーを浴びる
 

この句集で俳句の中に私生活を織り込んでいく現代俳句の醍醐味を十分に味わうことができた
 

著者に俳句を勧めたのは元文学の森「俳句界」編集長、現「俳句アトラス」代表 林誠司氏である

2021年2月26日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】10 心地よい裏切り感  佐藤日田路(句会亜流里 同人)

 句会亜流里結成時に俳句を始めて15年、常に俳句とともに亜流里代表中村猛虎と私はいた。私は、彼の一番のフアンと自負している。

 今回は、彼の句集から、「父」の句に絞り、取り上げることにする。父母を一度も詠んだことがない俳人は希有であろう。「父母」は、現実世界と同じく俳句にとっても欠かせない存在である。それ自体詩性を帯びたタームである。しかし、困ったときの「父母」頼みにもなりがちで、類句類想・月並俳句に陥りやすい句材ともいえる。

  本句集での使用例は、「父」の句が6句、「父母」の句が1句、「母」の句は1句である。

 生物学上の父よ梟よ

 句会で、この句に出逢ったとたん、彼の句だと思った。15年も一緒にやっているとそうなる。「やられた!クソッ!」と小さく叫ぶ。そしてシブシブ採る。なお、彼は私の句と分かると、好い句だと評価しても十中八九は採らない。あとでこっそり「あの句はよかった」と耳打ちしてくる。

 検索したわけではないが、「生物学上の父」を用いた類例句は無いだろう。独特のフレーズだ。本来「父」は、生物学上の遺伝関係を指す言葉である。が、あえて「生物学上の父」と使われてみると新たな化学反応が生ずる。「養親」「名付け親」古くは「烏帽子親」などもあるにはある。しかし、ここでは、そうした意味的な説明を狙ってはいない。「父は父で、あるにはあるが」という父との距離感がグサリと心臓に届く。
 上中を跨ぐ一挙12音の破調をどうまとめるかは難しいところだ。彼は「梟よ」と5音で見事合計17音で納めた。重い12音がここで軽く裏切られることになる。ただ、梟には知恵のイメージ、父のイメージを含んでいる。とすれば、近すぎか?それとも、冷たい父との距離感を冬の季語しかも「生物」である梟でバランスをとったのか?

 言葉には、すべて質量と引力がある。付きすぎても離れすぎても、衝突するか、またはバラバラになる。この句は、地球と月のようにすくなくとも数億年の間、互いの引力で引き合うことだろう。技法的には、「よ」と連続した呼びかけで韻を踏んだのも好ましい。
 
 父の日の父はひたすら螺子を巻く
 アル中で死んだ親父の部屋に蟻
 開戦日父は螺子売るセールスマン


  父母俳句のほとんどは、郷愁、愛情、感謝に充ち満ちており、まして父母が亡くなると、哀しみ、喪失感を全面に共感を求める句になりがちである。世の中には、幸せな親子関係を築けた人々が圧倒的に多いのだろう。それは社会にとっても、当人にとっても好いことに違いない。しかし、古くはバット父親殺人事件に始まり、親子間の哀しい関係の報道も珍しくない。彼らは、大きな声で主張したり理解を求めないだけで、親子関係の闇に悩んでいる。現代社会では、決して少数とは言えないのかもしれない。

  俳句は、詩である。詩は美しいものと決めつける人々がいる。しかし、私は、真実に根ざした共感、命の叫び、肉感や鼓動を表現するものもまた詩であると考える。俳句を通じて自らのこころの真実を捌く戦列に私も続きたい。

 亡き父の碁盤の沈む冬畳

 もちろん、彼は、物の情感に感情を移入させた正当な俳句も作る。新たな地平は、しっかりとしたデッサン力を基礎に開きうるのではないか。

2021年2月12日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】9 中村猛虎句集選評  太田よを子(「朱愚」代表)

  コロナコロナのこんな時期に、おもしろい句集を頂きました。
 「おもしろい」と言ったのは、言葉遣いも表現の仕方も感覚も独特で、でも難解ではなく共感できて、すっすっと読んでいけたからです

 私の気に入った句を書き抜きます。
 「妻」を詠んだ一連は、一句一句読んで、私も一喜一憂しました。これ等が句集の冒頭にあったので、私は、この句集にぐっと惹きつけられました。

痙攣の指を零れる秋の砂
白息を見続けている告知かな
病室のベッドの高さに冬の水
寒紅を引きて整う死化粧
遺骨より白き骨壷冬の星
葬りし人の布団を今日も敷く

 自然を描写した旬にも惹かれました。

雪ひとひらひとひら分の水となる
 美しい描写です

産土の闇深くなる星祭
 伝統的な俳譜の世界。

春の水君の形に拡がりぬ
 いろいろなところに妻の面影が

子をくれてやろうか夏の星たちよ
 得意な気持を表現

刃物研ぐ音を吸い込む秋の雨
 神経がいたくなるほどの鋭さに惹かれる。

白魚は水の塊かも知れぬ

すすきの穂ほら魂が通った
 すすきのあの揺れ方は

蛍龍車の揺るる度に燃ゆ
 描写が効いている

納得の音の出るまで枯葉踏む

 「ぎょっ」とした句もありましたが、素敵な句だと思いました。
 初めにぎょつとした分だけ、私の心に深く刻まれました。

順々に草起きて蛇運び行く
 動きがあって爽やかな草原の情景

井戸掘れば現れる骨秋の暮
 妻恋の句

 次の繊細さも好きです

墨を擦る月冴える夜に墨を擦る

少年は夏の硝子でできている
 少年や少女を美しく表現していて好きです。

向日葵に見つめられていて童貞
俯きしままぶらんこの少年よ
少しずつ君が芙蓉になっていく
ラフランス少女は三度羽化をする


 優しい句があります

三月の流木のそばにいてやる

 戦争と平和を語った句では

この空の蒼さはどうだ原爆忌
ビリーホリディに針を落として敗戦日


 ありがとうございました。楽しんで読みました。
 今後もご活躍のほど期待しています

2021年1月29日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】8 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで 辻村麻乃(『篠』主宰)

「紅の挽歌」を読ませていただきました
奥様のことは少しお聞きしておりましたが
句集の巻頭から 看病され送られたときの壮絶さは
命を失うことの苦しさなどがひしひしと伝わって
参りました

自分が選した句を見ておりますと
「母」の句を多く選んでいたことに気づきました

また、

手鏡を通り抜けたる螢の火
月天心胎児は逆さまに眠る
ハムスター回り続ける寒夜かな


の世界観、好きです
ありがとうございました

(篠 主宰 辻村麻乃)

中村猛虎句集『紅の挽歌』 感銘句

「モノローグ~永いお別れ」より
白息を見続けている告知かな
余命だとおととい来やがれ新走
厚岸の秋刀魚喰らいて昏睡す
鏡台にウィッグ遺る暮の秋
新盆や萬年筆の重くなる


「遠い日の憧憬」より
少年の何処を切っても草いきれ
手鏡を通り抜けたる螢の火
月天心胎児は逆さまに眠る
スプーンの曲線眠くなる小春
朧夜の肩より生まれ出る胎児


「家族の欠片」より
卵子まで泳ぎ着けない十二月
腕時計外せば飛べる春の空
母の日の大丈夫大丈夫大丈夫
ハムスター回り続ける寒夜かな


「左手の記憶」より
布団より生まれ布団に死んでいく
母の日の母に花まる書いてもらう
息吸わば吐かねばならぬ桜桃忌
死にたての君に手向けの西瓜切る


「さよならの残骸」
水紋の前へ前へと水馬
白玉を詰め込む母の口の中


「前世の遺言」より
致死量のシャワーを浴びている女
独り居の部屋を西日に明け渡す
女から紐の出ていて曼珠沙華
ポケットに妻の骨あり春の虹


2021年1月8日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】7 中村猛虎句集『紅の挽歌』 松原君代(ロマネコンテ理事)

ボケットに妻の骨あり春の虹

 何も申し上げることが出来ず心よりお悼み申し上げます
ロマネコンテの大会で語り、飲み、楽しく歌った日
あの無邪気だった日がつい昨日のことのように思えますのに、もう何年の月日が流れたのでしょうか
元号も平成から令和に変わりました。
 そんな中、この度の「紅の挽歌」という真の魂の句の数々に触れてまさに感動の渦の中にいます。
 命の儚さとその永遠を想っています。

 最愛の奥様への愛の絶唱はびんびんと心の琴線を弾き、慟哭しています。

順々に草起きて蛇運びゆく
卵巣のありし辺りの曼珠沙華
逝きし君の最期の言葉卒業す
手鏡を通り抜けたる蛍の火
この空の蒼さはどうだ原爆忌
天の川賢治の電柱歩きゆく
雪ひとひらひとひら分の水となる
蕗味噌やだんだん土に還る君
春の昼妻のかたちの妻といる
蛍を放つ男の懐に
水仙や少年鏡ばかり見て
殺してと蛍の夜の喉仏
へその錯とつながっている春の夢
ボケットに妻の骨あり春の虹


 ずっとずっと永遠の奥様とご一緒なのだと感動の渦の中で筆をおきます
珠玉の魂の俳句に出達わせて下さいまして本当にありがとうございました。


2021年1月1日金曜日

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス


1 中村猛虎第1句集「紅の晩歌」を読んで   原英俊  》読む
2 「紅の挽歌」を読む   矢作十志夫  》読む
3 中村猛虎句集『紅の挽歌』   栗林浩  》読む
4 無題   ほなが 穂心  》読む
5 「紅の挽歌」より10句選評   小川蝸歩  》読む
6 中村猛虎句集選評   草深昌子  》読む
7 中村猛虎句集『紅の挽歌』   松原君代  》読む
8 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで   辻村麻乃  》読む
9 中村猛虎句集選評   太田よを子  》読む
10 心地よい裏切り感   佐藤日田路  》読む
11 私生活を織り込む醍醐味   山田六甲  》読む
12 中村猛虎第一句集『紅の挽歌』   大井恒行  》読む
13 中村猛虎句集『紅の挽歌』   杉原青二  》読む
14 生と死と   林 誠司  》読む
15 中村猛虎句集『紅の挽歌』   鈴木三山  》読む
16 句集 紅の挽歌について   永禮能孚  》読む
17 「紅の挽歌」読後評   滝川直広  》読む
18 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで   谷原恵理子  》読む
19 中村猛虎「紅の挽歌」を読んで 辛口十句選   内海海童  》読む
20 中村猛虎句集『紅の挽歌』   中野はつえ  》読む
21 中村猛虎句集「紅の挽歌」より20句   中嶋常治  》読む
22 「紅の挽歌」を読んで「宿命」   井上はるひ  》読む
23 中村猛虎句集『紅の挽歌』   河内壮月  》読む
24 中村猛虎句集『紅の挽歌』   福永虹子  》読む
25 紅の蒙古斑   岡本 功  》読む