ウエップ俳句152号で、「筑紫磐井の〈新俳句宣言〉にたいして」が特集された。ウエップ俳句15Ⅰ号で筑紫が執筆した「未来俳句宣言――俳句が芸術となるために」に対し、俳人121人に原稿依頼し、諾57、否58、無回答6であり、その回答諾者の発言をすべてまとめたものだ。回答諾の57人の内6割は否定的回答、4割が或る程度共感といったところか。
1.ウエップ俳句152号特集「筑紫磐井の〈新俳句宣言〉にたいして」特集
そもそも、筑紫が「未来俳句宣言」を書いた理由を述べておきたい。今年度、現代俳句協会は会員が大幅な減少を示し、最盛期の9000人から4000人を切る状態となっている(これは他の2協会も同様な状況だ)。そうした中で会長・副会長を中心に改革委員会が設けられ近年にない真剣な議論が行われた。協会としては正しい判断だと思う。その中で、あるメンバーから、現俳協は「俳句自由」を理念にしているが、はたして減少している俳句人口の中で「俳句自由の理念」だけで俳人を呼び込めるかという疑問が出された。分かりやすく言えば「現代俳句協会の俳句はなにでもありです」で血が湧き肉が躍るだろうかという疑問なのだ。考えればこの問題は改革委員の一人一人が考えなければならず、一人一人が回答を提示すべきものだろう。そうした経緯から「未来俳句宣言」を書いたものだ。もちろん、上のアンケート結果から明らかなように、現俳協の内部でもこの宣言に反対している会員も多いが、談論風発が特色の現代俳句協会にあっては性急に何が正しいかの結論を出すことではなく、むしろ論議こそが活発化の源泉のはずである。その意味では現代俳句協会のなかのコップの中の嵐としての提言と考えていた。
ウエップ俳句152号の特集で少し困ったのは、俳壇全体が未来俳句宣言に向かわねばならないか否かという反応を得たことだ。私の未来俳句宣言は、「現代俳句協会のための未来俳句宣言」(誤解を得ないように第一未来俳句宣言とも最近は言っている)であり、前衛俳句をピュアにした「我々は、過去に見たことのない風景を見たい」という姿勢を示す。しかし、俳句に対しては様々な考え方があり、現代俳句協会と対照的な日本伝統俳句協会は花鳥諷詠という理念を持っておりこれを醇化すれば別の未来俳句宣言が見える筈だ。ウエップ俳句153号では「第二未来俳句宣言」を執筆してみた。ここでは、「我々は、過去に見たことのない風景を見たい」ではなく、「如何に卓絶した本質的類想句を見出すか」が求められる。
実は最後の俳句の協会である俳人協会にも未来俳句宣言が可能かを検討中である。うまくまとまれば俳人協会のための「第三未来俳句宣言」を提示してみたいが今のところなかなか難しい。なぜなら現代俳句協会の「前衛」、伝統俳句協会の「花鳥諷詠」に匹敵する俳人協会の理念がよく分からないからである。もしかして俳人協会に未来俳句宣言が不可能なら、俳人協会に未来はないということにもなりかねない。慎重に検討してみたい。
2.坪内稔典氏の批判
この特集で坪内稔典氏は「盤井さん、なんだか変だよ。」を書かれているが、未来俳句宣言批判の中で問題を一番集約している意見と思えたのでこれを取り上げてみたい。批判者の論点がほぼ含まれると思うからである。
その前に言っておくが、私の未来俳句宣言は2部構成となっている。「➀宣言に至る経緯」と「➁宣言集」である。
「➀宣言に至る経緯」はなぜ個別の宣言が出されるかの背景説明であり、一種の総論であり、「俳句の歴史とは、子規の「新俳句」→新傾向→ホトトギス→新興俳句・人間探求派→社会性俳句→前衛俳句→閉塞の時代(前衛と伝統の固定化)であった。新しい時代の精神は常に前の時代の否定から生まれてきた。」という歴史認識と、「我々は、過去に見たことのない風景を見たい」という指針である。現代俳句協会の人々には、こうした歴史認識と方針を持ってほしいと考えている。ウエップ俳句152号の特集では現代俳句協会の人々はこの点について共感して頂いているようで安心している。
「➁宣言集」は➀の経緯を踏まえてどれくらい刺激的で野心的な宣言が出るかのコンテストを募集している。❶【筑紫磐井の宣言】としたのは、もともと以下❷❸❹・・と続くことを期待しての提示である。一例としての私の宣言をあげてみたのであるが、袋だたきになることを覚悟している。しかし大事なのは現代俳句協会会員であれば、❶【筑紫磐井の宣言】に猛烈は反発した、別の❷❸❹が出て来るべきだろう。
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坪内氏はまず次のように言う。
「「新しい時代の精神は常に前の時代の否定から生まれてきた。」「我々は、過去に見たことのない風景を見たいのだ。」。俳句にかかわってのこうした筑紫盤井さんの発言に賛成です。」
これは私の未来俳句宣言の内の「➀宣言に至る経緯」の部分についての評価である。坪内氏は現代俳句協会会員ではないが比較的近い立場にいた人であり、攝津幸彦、澤好摩と競い合い、その貢献に対して本年度の現代俳句大賞を受賞した先輩である。認識を共同していただけたことが分かり安心した。だが、
「でも「ウェッブ」151号に出た「未来俳句宣言」には反対というか、勝手にどうぞ、という感想です。」
これは私の未来俳句宣言の内の「②宣言集」――特に❶【筑紫磐井の宣言】についての評価である。
「その理由はボクなりにはっきりしています。盤井さんが挙げている未来的な作品のほとんどに共感しないからです。「ある日快晴黒い真珠に比喩を磨き」(兜太)がいいですか。「麿、変?」(れおな)に感動しますか。
藻ねむり
そよ風、そよ死
渾 煌く犠
右は盤井さんの作品ですが、作品以前のメモとしかボクには見えません。一行が「四文字、ないし三文字で十分だ」という盤井さんの未来の俳句には賛同しません。」
もちろん新しい俳句というのは、常に「勝手にどうぞ」というしかないのだ。虚子は、秋櫻子や人間探求派の俳句を「我等の俳句」ではないといって批判した。これは一種の「勝手にどうぞ」だろう。しかし一方で、虚子は「我等の俳句」ではないところで俳句が詠まれることを否定はしていない。富澤赤黄男の「蝶墜ちて大音響の結氷期」を「面白い処があるんぢゃないかといふ気もするね。草田男は理屈つぽい。『蝶墜ちて』は理屈がなくていゝね。」(拙著『虚子は戦後俳句をどう読んだか』参照)という。自らの制作原理と鑑賞原理は少しずれていた方がいいと思う。
兜太やれおな、私の俳句等は認めれらないという多くの人もいることを否定しない。しかしそれは未来が解決すべき問題だと思う。
問題は、そうした結論を出す評価基準についてはある程度客観的な議論をすることが可能と思う。れおなの「麿、変?」や私の「我と無」が作品以前のメモとしか見えないのであれば、およそあらゆる短律が価値が無いことになりかねない。
れおなや筑紫の句が「作品以前のメモとしかボクには見えません」というなら、次の近現代の俳句はこの基準で評価すべきだろう。
咳をしてもひとり 尾崎放哉
月夜の葦が折れとる
分け入っても分け入っても青い山 種田山頭火
うしろすがたのしぐれてゆくか
陽へ病む 大橋裸木
坪内基準でいえば「作品以前のメモとしかボクには見えません」と言わねばならないだろう。実は坪内氏は自由律俳句に対しては批判的だ。
『モーロク俳句ますます盛ん』(岩波書店2009年)では近代俳句史として虚子から戦後までの俳句をわかりやすく解説してくれている。この中で自由律俳句も紹介しているのだが、かなり批判的だ。
「定型句にない魅力を発揮したのは短律であった」と言いつつ、「放哉と山頭火という今日の人気俳人を生み出した自由律だが、実際はこのふたりのほかは、ほとんど忘れられている。」、「おそらく自由律は言葉の作品として自立することが困難になるだろう。」、「結局は定型による表現以上の魅力を引き出すことはできなかったのではないか。」という。最近の若い自由律作家住宅顕信の作品も放哉・山頭火の文体の模倣に過ぎない、という。
もちろん、文学的評価を受けないでは作品は残らない。自由律の作品とてそうなのだが、それはいやになるほど存在する有季定型俳句もそうなのだ。放哉・山頭火以外すぐれた自由律作品がないというなら、自由律作品の中でなぜ放哉・山頭火だけが優れているのかも語らねばならない。なぜ、「定型句にない魅力を発揮したのは短律であった」にもかかわらずその可能性を探求してはいけないのだろうか。
我々はいきあたりばっかりにしか名句と出会うことがないのだ。おそらく短律であれ、長律であれ、定型であれ、形式とは関係なく文学的名作があり得るということだと思う。短律も、長律も、定型も文学的な感興のきっかけにすぎず、その形式にのめり込めるということが大事だ。
そもそも片言性が最もふさわしいのは短律にほかならないのではないか。「咳をしてもひとり」はまさに片言性そのものだ。坪内氏の片言性に私が共感を持っていたのもそうした理由だったかあらである。
3.坪内稔典氏のモーロク俳句宣言
坪内氏の最近の過激な発言は『老いの俳句』(ウエップ2023年刊)でますます推し進められている。発端は、次の句である。
天の川わたるお多福豆一列 加藤楸邨
坪内氏は「この句に私は電撃的と言ってよいくらいに感動したのである」と述べている。天の川にお多福豆一列とは、「常識を逸脱、或いは大きく超えている。これはモーロクして常識的脈絡を逸れたものの表現だ、と私は思った。」。片言俳句論から始まった稔典俳句からは、このモーロク俳句が導き出される必然性はある。私も共感するが、ただ私は、俳句における独自性として〈日本の詩学における西洋的論理主義の否定〉としてとらえなおしてみるべきだと思っている。「片言俳句論」は許容できるが、「モーロク俳句」はそのネーミングから誤っていると思われる。なぜならいわゆる坪内氏の「モーロク俳句」は年齢とは無関係に存在し得るからである。
あさきゆめみしはごまの花なのか 阿部完市
あるはんぶらつく移動祝日の晴ればれ 加藤郁乎
麿、変 高山れおな
これを坪内氏なら「モーロク俳句」というのではないか。しかし彼らはモーロクしていない。まだ意欲満々で、意識的に反骨の塊で俳句を詠んでいるだけなのだ。
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坪内氏の「モーロク俳句」を読むためには「坪内氏のモーロク俳句宣言」を想定した方がいいであろう。『老いの俳句』で坪内氏は次のように述べる。まさに「モーロク俳句宣言」である。
【坪内氏のモーロク俳句宣言】
「自分へ向かっての発言でもあるのだが、俳人、まして老人は、尋常はだめ、従順もだめ、古びてももちろんだめ。単純にいえば、ハチャメチャに言葉を使うべきなのだ。できるだろうか、そのような言葉使いが。権威とか気高い精神、あるいは悟りや諦念、そうしたものを破壊して乱雑や混迷や混沌の言葉に触れる。それができたら、もしかしたら老人も俳句を生かすかもしれない。
・できるだけ口語を使う。
・仮名遣いを現代仮名遣いにする。
・カタカナ語、流行語などを積極的に用いる。
・取り合わせで句を作る。
これは私が自分に課している作り方。このような作り方を通して現在の流動する日本語
に触れたいのだが、実際はなかなか難しい。次はその試行の一句。
この朱欒ギリシャの村の道端だ」
このように述べている。「片言俳句論」以来論理は一貫している。しかし、その上で坪内氏は「お多福豆の句を何度も話題にしたが、モーロク俳句という見方は一向に広がらない。」「みなさん、大口を開いて笑うが、でも、笑うだけで終わってしまう。」「モーロク俳句の意義や可能性を言えば言うほど、仲間というか友達がいなくなるのだ。」と述べる。やはり過激な宣言者は常に寂しいのだ。
このモーロク俳句宣言を私の宣言と比較してほしい。方向性はかなり違うが、言葉にこだわった宣言(ハチャメチャに言葉を使う)、年齢と関係のない宣言、俳壇からほとんど受け入れられず模倣者も現れないという点では非常によく似ている。
【筑紫磐井の未来俳句宣言】
「詩、とりわけ俳句は――
①一行があまりにも長い。四文字、ないし三文字で十分だ。文法は要らぬ、名詞・動詞だけで辛うじて伝達はできる。文語・詩語、誤字・誤用の駆使も一行を更に短くする。
②一行の中でたやすく(部分的)類想が発生する。だから全体の模倣だけでなく極微の模倣も否定せよ。
③隣る二行は連想を結合する。行の谷間を極大にせよ、
④一行ですべてを述べ、全体の構想を断ち切ろう。偶然がいつか全体を語るはずだ。」
三、未来俳句宣言の最終の目的
こう見れば、未来俳句宣言の最終目的が見える筈である。それは「文学はどこまで短くなることが出来るのか」である。ことは俳句をはるかに超えている。我々は、世界で最も短い詩(俳句・haiku)を通じて文学の根源にたどり着く入口に来ている。私たちが問うのは、極限まで短くなることにより文学は何を失うのか、何を獲得するのか、である。