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2026年7月17日金曜日

【句集歌集逍遙】梶原さい子『震災短歌ノート 東日本大震災ののちに』/佐藤りえ

 「震災短歌ノート」は宮城県に生まれ現在も在住する梶原さい子が「東日本大震災に関わる短歌」についての考察、鑑賞、証言をまとめた本だ。その目的、意義について梶原自身が「はじめに」で触れている。


 東日本大震災後、夥しい数の、震災に関わる短歌が詠まれた。それらの多くは類型的であるとの批判もあった。しかし、なぜ、類型的なのだろう。類型的なことは、いけないことだろうか。その疑問が強く心に残った。むしろ、その共通する要素にこそ、意味があるのではないかと思った。(中略)

 そして、わたし自身も短歌に対して、それまでとは異なる実感を抱いていた。(中略)短歌とは何かということを、身をもって考えざるをえなくなった。


 梶原は高校教諭として勤務していた学校で被災、唐桑町(現・気仙沼市唐桑町)の生家付近も津波にみまわれた。震災の5ヶ月後、所属結社『塔』の有志達と冊子の発行を始めた。誌名は震災からの日にち数で一冊目は「99日目」、2025年には「5133日目」が刊行された。

 本書には同誌からのものを含む短歌作品とエッセイ、論考、自身の講演録、広く震災を詠んだ短歌の鑑賞、岩手・宮城・福島の歌作に関わる人々への聞き書きが収められている。

 四六判、350ページ余のボリュームに、これだけの濃密な内容をまとめあげた、まずはその労を驚きとともに受け止め、労いたい。本書には記録性のほか、大きく三つの特徴がある。


 ひとつは「震災短歌」の鑑賞について。「わかる」「確かに」といった、詠まれた内容、感情について理解、共感を示す評言が頻出する。このことについては、「はじめに」にことわりがある。


ここでの短歌を読む方法は一般的なものではなく、実際の被災の様相や、震災後のその時々の実感に大いに基づいている。


 一般的な読み、とは、作品から情報を読み取り、修辞から表現の完成度を問い、一首がどのように立ち上がっていくかを見ること、だろう。テキストの外の、その背景情報は加味しない。詠まれた題材、経験そのものの珍しさ、新しさではなく、「ことば」でいかに表現されているかを見るべし、と。

 震災短歌に限らず、それが唯一絶対の方法なのだろうか。書かれたことが未知のことであれ、既知のことであれ、連ねた言葉から手がかりを探していくのが誠実な読みだと筆者は思う。表現を高めるという目標は、時に書かれたものを置き去りにしていく。当事者性をどのように読みとして勘案するか、それは個個の作品に沿う――というのは、無責任なことだろうか。共感をもって読解にあたる。その立ち位置で、梶原は震災を詠んだ歌たちに果敢に取り組んでいる。


迫りくる津波見ながら体育館にひたすら走る友らと共に

いわき市 大和田元子

山状に膨らみ迫り来る波に泣きつつ登る高き避難所

八幡平市 及川 棱


 ここで、この動詞が選ばれたことを重く受け止めたい。鳥瞰としての歌とは異なる位置関係の厳しさ。それは、「迫りくる津波見ながら~走る」の「ながら」「泣きつつ登る」の「つつ」という、動作の並行を意味する助詞と取り合わされていることからもよく分かる。津波を見ながら、ひたすら走り、登らねばならない主体。波が身に「迫り来る」ことを強く意識して読みたい。

(第一章「東日本大震災における津波の歌」)


 テレビで津波の映像を見た者、筆者自身もその一人だ。それら映像の、高い位置から見たのではわからない、大きさ、強さ、速さの衝撃、そこに思いを馳せ、共感する。多くの震災短歌が鑑賞されているが、実際本書を読むまでわからなかったこと、わかり得なかったことがたくさんあった。細かなことである。その細かなことに衝撃を受け、言葉を紡いだ人がいる。鑑賞に添えられた補足によって、歌への理解の解像度があがる。感情的に過ぎる評言かもしれない。しかしここでは、歌と評言が呼応している、そう思う。


 ふたつめの特徴は、梶原自身の15年分の「声」がまるごと収録されている点だ。先述したように、梶原は勤務していた高校で震災に遭った。第二章に講演録とエッセイがおさめられているが、15年分、省略も集約もなく、その時々の考え、思いがそれぞれ綴られている。


まさか歌など作れないと思ったのですが、やっぱり何かを書いてみたくなって、懐中電灯の明かりの中でペンを持ってみたら、ばーっと十数首の歌が出てきました。

 書き始める時、とても怖かったんですね。でも、書き出せました。(中略)

 もし、短歌が型を持っていなかったら、詠い出せなかった気がします。一度言葉を発してしまったら、どういうものがどれだけ出てくるかが見えないというのは、とても怖いことだからです。「型」が、その時の気持ちを受け止めてくれたと感じています。

(「講演録 震災と短歌 ――私の場合」2014年10月26日)


⑫ 震災詠はもういいぢやない 座布団の薄きの上に言はれてをりぬ (翌十二月)

 上句は、歌を作っている横浜の人に言われました。その方は、私を心配する意味で「震災詠ばかり作っていると歌が痩せるから。」とおっしゃったのですが、そう思うのか、と思って、ショックでした。と同時に、仕方ない、これしかできないんだから、とも思いました。

(「講演録 震災と短歌 ――私の場合」2014年10月26日)


 みるみるうちに景色も、人々の考えるべきことも変わった。変わらなくてはならなかったこの三年間にあっては、その途中の「いま」は、すぐさま失われてしまった。ものすごい量の情報――抽象的な意味でなく――が、刻々と更新されていく。(中略)「いま」の目盛が細かく刻まれる。だから、その時々に感じる「いま」を、後から、詠うことはとても難しくなった。(中略)「いま」の過ぎるスピードが速すぎて、永遠に失われてしまったものも、確かにあった。

(「三度目の新年」『短歌研究』2014年3月号)


「震災」を詠んで十年。今、感じていることを挙げてみたい。

 一つは、〈震災〉が自分の中にすっかり染み入り、詠むのがいよいよ自然になってきたこと。(中略)二つ目は、それとやや矛盾するかもしれないが、震災を詠むことがつらい時がある。今まではそうでもなかった。震災自体はつらかったが、詠むことをつらいとはあまり感じていなかった。歌は向こうからやってきたし、私がどうこうできるものでもなかった。

(「3666日目 東日本大震災から十年を詠む」2021年7月発行)


 散文の推敲という意味では、重複を整理し、特徴的な部分をまとめ、整えて提出する、ということも考えられる。そうしなかったのは、記録文学としての重要性を梶原本人が痛切に自覚しているからだろう。

 一年後、五年後、十年後と、月日の経過と共に、心情、考え方にも変化がある。混乱しているところもある。葛藤が顕著な文章もある。文章において、同じことを繰り返している部分もある。書かれたものの中には、今はもうない心境もあるだろう。その変化も含め、自分と震災短歌との歴史を「そのまま差し出す」ことの重要さを、つよく挙げたい。


 三つめの特徴は、第四章「聞き書き」に特に顕著に表れている、短歌をつくるとは/読むとはどういうことか、歌人たちの内省が丹念に紡がれているところだ。

 聞き書きの対象者は、家族を津波で失った人、勤務先の生徒、同僚を失った人、郷里を離れ東京に避難した人、とそれぞれ違った立場にある。


短歌も、言霊入るけども、言葉選ばなきゃいけない。その言葉がなかなか出てこなくて苦しむんですけどね。そのとき、言葉の整理と一緒に心の整理もある。

(内海えり子さん(六十七歳)「第四章 聞き書き」)


震災直後はとにかく記録しようと思ってて、でも、それは感情を記録していたのではなかった。それが、三ヶ月経って、短歌を書き始めたのは、やっと感情が零れる時期になったんでしょうか。

(千葉由紀さん 「第四章 聞き書き」)


私、自然を詠うの好きだったんですけど、原発事故後に一番困ったのは、自然への見方が変わったこと。被災地の桜とか見てもあまり綺麗だと思えないんですよね。

(遠藤たか子さん(六十八歳) 「第四章 聞き書き」)


 千葉由紀歌集『境界線』は、第二章の小文「私を作った歌集」で紹介されている。津波被害で教え子を失い、職場が避難所、遺体安置所となった。集中して詠んだ短歌を『境界線』にまとめ、以後は歌作から離れている、という。

 一時的に歌作に没頭するもの、結社に依らない地域の歌会に参加していたが、震災によってコミュニティが維持できなくなったもの、時間をおいて歌作に復帰したもの、さまざまな作歌の場面があり、それぞれが自分と短歌との関わりを振り返っている。第二章の梶原自身の文の中にも、さきに引いたように、書くことそのものへの懐疑、言葉を紡ぐことへの恐れが率直に記されている。書かずにはおれないという面もあれば、書いていいのだろうか、書くのが恐ろしい、葛藤がある。

 それでも定型によって、取り出すのが難しい、輪郭をもたないようなことごとがかたちを得た。定型とはいったい何なのだろうか。

 そして、書かれた作品をどのように読むのか。振り返るよすがとしている者、変化は避けられないというもの、それもさまざまだ。ページを繰りながら、読むということの在り方について、考えは尽きなかった。


  *


 本書は「震災短歌」を包括的にまとめた書ではない。たとえば、震災後もっとも多くメディアに登場した震災短歌の一首である俵万智の「子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え」は収録されていない。震災後いちはやくその名を冠した歌集『震災歌集』を刊行した俳人・長谷川櫂も出てこない。

 本書は著者の梶原が考え、触れ、渉猟した「震災短歌」を現地から世界に向けて放射するものだ。その視点の位置こそが、本書にとっては重要だった。


 そもそも「震災短歌」を包括的に論じるなどということはできるのだろうか。包括――すべてが終わりを告げた時、蓋を開けて振り返る、というのなら、「すべての終わり」とは、福島第一原子力発電所の廃炉が技術的に終わり、二万六千人(2026年2月現在)の避難者たちが避難を終えるときだろう。「すべての終わり」がいつになるのか、今、誰もその答えを持たない。福島第一原子力発電所廃炉の予定は示されつつ、15年を経た現在も、事故炉内部の状況把握も、処理方法の決定も為されてはいない。作業計画は延期に延期を重ね、完了時期の見通しは立っていない。


 私の手元に「短歌で読む昭和感情史」(平凡社新書)という本がある。1979年から80年にかけて刊行された『昭和萬葉集』の編纂に携わった編集者・菅野匡夫が著した、『昭和萬葉集』収録歌のみならず、選にもれた歌も含め、副題の「日本人は戦争をどう生きたのか」を歌によって丹念に辿る内容だ。まえがきにこんな一節が引用されている。


事実はおぼえていても、それがおこったときに、(自分が)どんな感覚や情感をもったか、忘れがちである。(短歌に)書きのこしていけば、(感覚や情感を)あとで想い起こすよすがになる(鶴見和子「わかれみち」―『昭和萬葉集』月報8)。


 どんな感覚や情感をもったか、忘れないこと、思い起こすこと。人の情感に触れること。戦後80年を越え、その重要性がより痛切に実感される時がきている。銃後でも、戦地でも、占領地でも歌は詠まれた。厖大な歌群がその時々の人々の息吹を伝える。

 戦争と災害を同列には語れない。語れないが、長期間、広大な範囲に根本的な変化を来した事象という意味で、「震災短歌」は詠み継がれ、読み継がれていくものだと思う。

「震災短歌ノート」はその厖大な営為を照らす灯台であり、読みすすむ者にとっての杖でもある。その杖は人を支え自らを支え、灯器のひかりは、生きている人、今はもういない人をひとしく照らしている。


よきことを思ひて生きむ傷み負ふ地のうへに死ぬいのちなれども

柏崎驍二

しまおうと思うんですと並びたる五つの位牌を眺めやる父

千葉由紀

夏草が至る所に伸びているそこになくてもいいところまで

井上雅文

この線は常世の国へ繫がりぬ目を閉ぢ語らむ「風の電話」に

大沼智惠子

震災の他でつらかった経験を聞かれて失恋と答えたり

逢坂みずき

冷却水 汚染水 そして処理水と呼び名が変わるとき風は立つ

三浦こうこ

それでも朝は来ることをやめぬ 泥の()るひとつひとつの入り江の奥に

梶原さい子

2026年5月29日金曜日

【句集歌集逍遙】依光陽子『ふ、は鳥に』/佐藤りえ

 「ふ、は鳥に」は依光陽子の第一句集である。通常本の帯というものはカバーのデザインと共に考慮され、縦寸法の半分よりさらに短く、高さ5ないし7センチ程度に収められ、そこに衆目を引く惹句が大きめに、また刺激的な色文字で刷られていたりする。

 本書の帯は縦寸法の半分サイズを超えたいわゆる腰高帯である。カバーのない上製本にとってはカバーめいたものとしても映りつつ、それぞれ明度の違うグレーで構成された表紙と帯。帯には絞られたサイズの文字が配置されており、「渾身の第一句集」とある。渾身の、という言葉はこういう時に使うものだよね、と思う。


章題の一に平成10年の第44回角川俳句賞受賞作の『朗朗』があるが、内容構成は大幅に編集されている。冒頭に置かれた〈江の電に垣して住まふ椿かな〉は選考会で大峯あきらが取り上げた句だ。


大峯 〈江の電に垣して住まふ椿かな〉は実に巧いと思ったけどね。

稲畑 すぐ虚子庵だなと思って。

大峯 僕もそう思った。そういう句、わりと巧いんですよ。

(完全保存版 第60回記念 歴代受賞作品集 角川俳句賞のすべて/2014)


鎌倉・由比ヶ浜の虚子旧居は江ノ電の線路脇に位置し、その垣根は小さな踏切まで続いている。ここ虚子庵に訪う感動をどのように、と考えたとき、説話の語りのような「垣して住まふ」という口調が生まれ、且つ「椿」がじんわりと感慨の受け止め役を果たしている。磨き抜かれた言葉の配置でありながら、実にさりげない。

あったりめぇだろう!という声が聞こえてきそうだが、見て、どのように見えているか、どのように感じたのか、どの部分、どれを、どのように言えるのか。この四人がかりの綾取りのようなものが作句という行為であるなあ、と改めて感じることおびただしい句集である。


蝶々を捕へし網を軽くねぢる

捕虫網で蝶をつかまえるコツは、網を水平に動かすことである。上からかぶせてとろうとすると、蝶は左右に漏れ逃げてしまう。すくいとるように、横から振り回すのがいい、と、これは人からの聞きかじりである。捕らえた後、地面に網を伏せて網の半分を捻る。つかまえた蝶が逃げ出さないように。もし虫カゴを忘れてきたら、そのまま捻った網で持ち帰る。通気性もあるし、とり逃がす間違いが起きるのを防げる。子どもの頃、そんなことまで考えは及ばず、すぐさま触ろうとして網をひらき、蝶を逃がしたことは一度や二度ではなかった。軽く「ねぢる」、確実さと残酷さが交錯する措辞だ。


船虫の打ち合ふ髭の音やある

年詰まる桜の太きこの町に

一句目。磯でぼうと潮だまりなど眺めていると、足元を船虫がそくそくと忙しそうに行き交う。体長と同じぐらいの長い触角を揺らしながら、皆なにをそんなに急いでいるのか。人間が触角と呼んでいるだけで、あの長い立派なものは髭なのかもしれない。激しく打ち合う、そんな時もあるだろうか。ヒトの耳が感知しない音が潜んでいるかもしれない、「音やある」の問いかけは、機知でありつつもヒトへの自省、見えていても知り得ないことがある、未知への憧憬、そんな気配が漂う。

言えば言うほど野暮な気がするのは否めないが、書評なので書く。ひとことで済ませるなら、面白い。

二句目。一年の終わりが近づく実感を、住み慣れた「桜の太」い町を歩きながら思い返す。桜といえば、のどけからましい春の盛り、花の多寡や花季の長短は話題になるが、幹の太さはどうだろうか。見事な木を指すのにその太さが捉えられていて、大きな木が大事にされてきたのだろうか、などと想像が膨らむ。年末、裸木の前を通りながら、寒いなあ春が待ち遠しいなあ、という気持ちの中に、桜に恃む気持ちが含まれているのかもしれない。


いずれの句も観察の上で渉猟された素材が描写されながら、作者の「ものの見方」をくっきりと内臓し、且つ言葉のあやを巧みにあやつる。何より肝要なのは「言葉のあや」だ。一見目立たぬ、しかし選び抜かれ凝らされた、その工夫こそが言葉をして言葉たらしめるものなのだから。


ふ、は鳥になり昆布干す人が仰ぐ

渡りでなくとも、帰巣する鳥の群れでもいい。ひらがなの「ふ」に見える鳥の編隊が、ぱらりとほどけたのか、空広く拡散する。それを昆布を干す人たちが仰いでいる。昆布の産地は九割方北海道だ。昆布干しときいてすぐさま思い浮かべるのは礼文島あたりの昆布漁。玉砂利のしきつめられた干し場に、手作業で一枚ずつ昆布を干す。屈んで行う大変な作業だ。鳥を仰ぐ人は、仕事の合間、腰を伸ばそうと手を止めたのかもしれない。

「ふ」がひらがなの形を失う景を見ているのは作者でもあり、つまり作者は鳥と昆布干しの作業双方が見える場所にいる。鳥を捕らえていたカメラがぐい、と引き、散り散りになる鳥とそれを見る人の景に、一句のなかで後退、画角がぐっと広くなる。


この広大な感覚をもたらしているのは「鳥になり」という強引な、しかし楽しい断定だ。飛ぶ鳥の形状をひらがなだと感じるのは人間だけだろう。鳥が文字から鳥になる、フワトリニ、「ふわ」の音が不意打ちに、ふわりと、やわらかく来るのにも受け止めへの効果があるのかもしれない。(に、だったらにわとりになる)

むろん鳥ははじめから鳥である。「私」の認識の変化が観察に織り込まれている。ここにあるのは、物の描写のみで繰り出される静物デッサン的な表現――そこにあるのは見ている「私」と「物」のみである――から一歩踏み込んだ、実存的な視点だ。そもそも「写生」は画室から解放され、視点を遊弋させることから始まった。写生が本来持つ偶然性という性格が、修辞により一行内によく整理され、初句から結句へ流れている。

岸本(尚毅) 現場に埋没せずに、現場とは違うところで句を制御している面はありますが、それがあらわに見えないところに彼女の努力がある。ものすごい努力家だと思います。基本的には頭のいい作家だけれども、頭の作家であることを消すに十分な緻密さを持っている。(『俳コレ』合評座談会発言より/「週刊俳句」編集部・2011)

岸本のいう「ものすごい努力」とは、現場に埋没する=見た物を書くことが自明化することを否み、言葉としていかに取り組めるのか、吟味・研究を重ねていることを指すと筆者は思う。三十年弱を研ぎ続けた言葉があふれる、渾身の一冊の正体はそこにある。


涼しさの一篇を読み席を立つ

浚渫船見てゐる昼のビールかな

仏生会猫の器に雨が降る

一歩また草に沈みて露けしや

耕の音なきがらの髯剃るは

沢瀉の水に映りて月の暈

葭切も釣人もこの沼が佳く

うららかにもの食ひながら泣くことも

関数や瓢をなぞる雨の粒

初蝶のあと禿頭をわたす橋

音を送るね草の実入れて封をして

袖長きセーターばかり編んでしまふ

君はもう君の言葉となりて冬

細き窓よりあたたかな木が見えて

(『ふ、は鳥に』左右社/2026) 

2025年2月28日金曜日

【句集歌集逍遙】董振華編『語りたい龍太 伝えたい龍太—20人の証言』/佐藤りえ

 董振華が聞き手となった『語りたい龍太 伝えたい龍太—20人の証言』は、20人の証言・講演によって飯田龍太の姿をあらゆる面から浮かびあがらせる。姉妹編『語りたい兜太 伝えたい兜太 ― 13人の証言』の監修者黒田杏子が著した『証言・昭和の俳句』から続くフォーマット、すなわち、各章冒頭に聞き手の導入言があり、語りの後に聞き手の振り返り、各人が選ぶ龍太20句選、略歴という構成になっている。ガチガチな論文調でなく、あくまで「語り」のスタイルをとっているのが本書の特徴だ。具体的な交流の記述もあるが、作品、作句の考え方に対しての言及が各人の発言においてより多くのウェイトを占めている。

 龍太の活動に対して、作品に対して、何をどのように語るか、は、結果的に己の俳句観を詳らかにすることである。各人の思考、理想を伺わせる発言が興味深いのはもちろんのこと、結社とは何か、伝統俳句とは何か、俳人の来し方とは何か、読みつつ考えさせられるものがあった。


 無粋ながら各人の龍太20句選を統計的に眺めてみた。一番多く引かれたのは「一月の川一月の谷の中」で、20人中15人が挙げている。次に多い「白梅のあと紅梅の深空あり」「どの子にも涼しく風の吹く日かな」「かたつむり甲斐も信濃も雨のなか」が14人。「大寒の一戸もかくれなき故郷」「水澄みて四方に関ある甲斐の国」「紺絣春月重く出でしかな」を11人が挙げている。
 こういった場合の選句はこれぞと思う代表作を挙げる、自分のお気に入りをあげる、人に読ませたい句を挙げる、などさまざまな観点があると思われる。絶対のもの、というのではなかろうが、ある程度各人の「龍太像」を集約したものといっていいのではないか。「どの子にも涼しく風の吹く日かな」以外の選が重なった句は、おおむね風土性の色濃い句が選ばれているように見える。それも、外部から見る「甲斐の国」らしさ、とでもいおうか。ほかに「子の皿に塩ふる音もみどりの夜」を10人、「雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし」を6人が挙げている。こうして並べてみると、いよいよ伝統俳句とだけ紹介するには、ヴァリエティがありすぎるのではないか、とも思う。「一月の川」以外の句も、助詞と語順を繊細に使いこなし、変質的な語法に依らない文体を模索し続けたのではないか。
 本文中でも各人が分析、鑑賞を試みている「一月の川一月の谷の中」が一番多い結果になったが、そこに写生のその先を見るもの、構造を探すもの、哲学を感じるもの、さまざま論じるところがあり、百出する論より、作品が一番単純なのは、やはり面白いことだった。


 また、本書のおもしろさとして、各人のもつ時間をかけあわせた重層性がある。第3章の宇多喜代子が山廬を訪ねたさいの逸話が、第15章の保坂敏子の証言により、その舞台裏が伺える。福田甲子雄を見舞う龍太のエピソードも、幾人もの口により、色濃く甦る。インタビュアーの董氏は黒田杏子の残したこの仕事を引き継ぎ、途絶えかけた企画を昇華させた。金子兜太の弟子筋である氏が、フラットな立場で全員と相対したことが、本書を風通しのよいものとして成立させていよう。大変な労を重ねられたことはあとがきからも伺えた。
「語りたい兜太~」と本書の相違点として、飯田龍太が泉下の人となってからすでに17年、俳句の発表を辞めてから30年以上が経過しており、さらに「語りたい兜太~」における安西篤の位置づけにあたる福田甲子雄、広瀬直人らも既に泉下の住人となっていることがある。証言者20人中、半分以上が生前の龍太と面識がない。龍太と直接関わったエピソードを連ねた本というより、必然的に、龍太の影響がどのように今日に及んでいるのか、それがあぶりだされるものとなっていることも、じわりと感じられた。


 龍太の選が厳しかったこと、「四千名の選句」の物理的、時間的な大変さ、引退を表明した後の龍太の句作についてなど、愛弟子、また飯田秀實氏の語りから「俳句原理主義」とでも呼びたいような龍太の姿が浮かびあがる。大結社というと、あらゆる意味において人が犇めきあい、跳梁跋扈する、ぎゅうぎゅうの世界を思い浮かべがちだ。が、この一書から浮かぶのは、膨大な句稿が山廬に届き、その紙片は静寂の中で、厳しい目をした主宰ひとりが閲する――そういう静かな絵だった。龍太にとってはこの絵こそが結社の、主宰としての核心だったのではないか。
 長谷川櫂が帯文にしるす「失われた「龍太的なもの」」とは何だったのか。あくまで簡略化して記すとすれば、俳句原理主義――そう呼ぶのはいささか憚られる気もするが、そうしたミニマムなものを「維持すること」そのものだったのかな、と、最後の頁を捲りながら考えた。



2024年2月9日金曜日

【句集歌集逍遙】筑紫磐井『戦後俳句史nouveau1945-2023——三協会統合論』/佐藤りえ

本著はこれを読めばすらすらと戦後俳句史がわかる、といった便利なガイドブックのようなものではない。
「はじめに」にあるように通史としての戦後俳句史を試みるものであるが、大きくいくつかの眼目が挙げられる。
・戦後俳句史のはじまりとしての社会性俳句史
・前衛俳句の前史としての後期社会性俳句・新難解俳句
・「新しい伝統」の発端
・協会乱立とジャーナリズム

 まず冒頭、「社会性俳句」が新興俳句の側からではなく、人間探求派を端緒としていることを草田男・楸邨の文章と作品の変遷から探る。桑原武夫「第二芸術」への反駁、戦後を迎えての現実を詠み込む指向のあらわれとして、「社会性俳句とは人間探求派の申し子」である、と断ずる。
「社会性俳句」という用語そのものが広まる契機としては総合誌「俳句」編集長・大野林火の采配が少なからず影響しているが、同人誌「風」との呼応関係など、秀作ありき・作品数ありきといった「運動」ではなかったことが読み取れる(余談になるが「風」のアンケート項目に「どの政党を支持されますか」「天皇制についてどう思われますか」といったものがあることに隔世の感を抱いた。現在こんなことを聞きあう俳句同人誌はあり得るのだろうか)。金子兜太・能村登四郎・沢木欣一らを中心に、主張の変遷、表現傾向の吟味がなされている。
「社会性俳句」が作風・信条・作家性といったものではなく、基地問題・再軍備・失業拡大・社会保障低下・水爆実験などの社会的な問題を、伝統系・新興系などに拘わらず、ひろく詠み込んだ「時代の熱病であった」としている。

 前衛俳句前史としては、新難解俳句、心象俳句が提唱され、「新しい伝統」がカウンターとしてあらわれ、前衛俳句と伝統俳句の二項対立に向かう…という流れが、中心となる人物をピックアップしつつ、膨大な作品の例証を交えて語られている。
 本書の特徴として、クロニクル的に年次をわけ、年次ごとの出来事を順々に述べていく方式がとられていない。従って、読み進めた後に前に戻って確認をする、ポイントとなる語句が後に詳述される、といったところが少なくない。また、登場する俳人の分類も著者ならではの仕分けがされており、章にまたがって登場する人物も多く、行きつ戻りつして読むことが多かった。
 しかしこれは、今日すでに「あるもの」として区分けされている傾向・用語などは、数々の場によって意味を変遷し、作家たちの発言、思考もゆらぎながら継続してきていること、現在形とは「定着しているように見えている」ことにすぎない、そのもののあらわれ――といえるのかもしれない。

 筆者がもっとも気になった「前衛」の扱われ方も、ある徹底によって記述の仕方が周到に分けられていることが、読み進めていくうちに了解できた。第1部第3章「社会性からポスト社会性」以降、いよいよ「前衛俳句」という表記がどのように登場し、拡散していくか、が丹念に検証されているが、ここに「前衛」の用語としての言及はほとんどない。その解説は第3章第5節「批評用語集」で仔細に検討されている。何が気になるのかといえば、当時「前衛」の語はむしろ美術・文学などの表象文化において多大に使用されているはずで、その影響が前衛俳句に皆無なはずはない、という思いがあった。
 ただしここでも著者は「前衛」の解説を、本来の語義(軍事用語)から始め、同時代他ジャンルの動きをアリバイとしてあてがう、といったことはしない。ダダイスム・未来派など、往時既存の潮流を批判を交えながら「おさらい」しつつ、前衛俳句の資料を年次順に提示している。

 第2部は現代俳句協会・俳人協会・伝統俳句協会の成り立ちと、ジャーナリズム(おもに「俳句」編集長秋山巳之流氏)の功罪がややゴシップ調に綴られている。伝統俳句協会成立までの関係者の奔走ぶりなど、知られざるところもあるのかもしれないが、この章は末尾のこの提言が要なのだと思う。

(平成・令和の)無風化は兜太・龍太以降の世代が史観をもっていないことに起因するように思う。(中略)これから必要なのは、戦後派世代の批判であり、兜太、龍太に対する批判だ。

「史観をもつ」こと。歴史とは出来事を並べた年表のことをいうのではない。本著がクロニクルでなく、図表・年表をほとんど用いずに、膨大な資料を参照、提示しているのには、これらを「史観をもって吟味せよ」との意思を感じる。

 ところで本著のタイトル「戦後俳句史nouveau1945-2023」は何に対して「nouveau」なのか。戦後俳句史を名詞として扱うなら、この語を最新のもの、という意味として捉えることができる。これは金子兜太の「わが戦後俳句史」(岩波新書)に対しての新しい通史の提唱なのではないか。
 草田男・楸邨から話がはじまるのも、通史としての検討が「新しい伝統」の登場、昭和三十年代後半で途絶えているのも、その意図、理由は明示されているものの、著者の心の中には、この大著をめぐって兜太と対話したかった、そういう思いがあったのではないだろうか。

 そもそも帯文の著者と金子兜太の会話は、著者自身が編集長をつとめた雑誌「兜太」vol.1(2018/藤原書店)に収録されたインタビュー内のものである。そして「兜太」vol.2(2019)巻頭言「兜太と敵対しつつ親愛する」のなかで著者は以下のようにも綴っている。

伝統を理解するためには前衛を知らなければならない、少なくとも昭和四十年代以後の伝統俳句は前衛俳句を理解しなくては本当の価値が分からないのではないか――これは私にとってコペルニクス的転回であった。それ以後、兜太の俳句作法(造形俳句作法というべきだろう)に影響は受けなかったが、兜太の近・現代俳句史観には注目するようになった。兜太の俳句史観は正統的な史観である――というよりは、そもそも兜太以前に「近・現代俳句史観」などは存在せず、誰も示さなかったのだと言うことを確信したのである。(中略)兜太と私は俳句観を共有しているのではない、史観を共有していたのだ。

「戦後俳句史nouveau1945-2023」は「わが戦後俳句史」への40年越しのアンサーなのではないか。そして今度は自らの史観で、本著をひもとき、通史のパズルを解き明かそうとする者が現れることを、著者は待望している。

2023年7月28日金曜日

【句集歌集逍遙】岡田由季句集『中くらゐの町』/佐藤りえ

 岡田由季第二句集「中くらゐの町」は、まずそのタイトルからちょっと驚かされる。「中くらゐの町」。大都市でも、郊外、田舎でもない。「中くらゐ」は規模のことであるけれど、評価のようにも取れる。大きすぎず、小さすぎもせず、中くらい。


 中くらゐの町の大きな秋祭


 その、中くらいの町でも、大きな秋祭りを催すのである。大きな、とは、たとえば町中のひとが集まっているでのはないか、あるいは市外のひとも同じくらいいるのでは?などと、普段感じている規模を超えていることの把握に見える。「大きな秋祭」によって「中くらゐの町」のほどよさがにじみ出て、「中くらゐの町」によって「大きな秋祭」が大きいんだろうな、と思わせる、上下の句で相互作用があるようで、なんだか面白い。

 NHKBSの「にっぽん縦断 こころ旅」を見ていると、日本中に似通った風景があるんだなあ、とつくづく感じる。視聴者からの手紙で指定された目的地へ、火野正平が自転車を漕いで移動するさまを見守るこの番組は、観光案内も、地誌の説明もほとんどない。火野とスタッフが一列縦隊になって進む町並みを、淡々と映して見せる。畑の中の一本道を抜けて小さな小川にかかる橋を渡る。三叉路の細道に入り、路地を抜けると大きな銀杏の立つ稲荷社がある。目的地は大都市ばかりでもなく、民家もあまりないような辺鄙な場所ばかりでもない。映し出されるのはたいがい「中くらいの町」だ。

 写生が十四五本の鶏頭を詠む時、流れゆく大根の葉を詠む時、それがカメラのファインダーなら、標準レンズか、きもち広角気味のレンズで覗いたぐらいの叙景であるだろう。「中くらゐの町」を直に眼前に見るには、見晴台に上がらなければならない。「中くらゐの町」はそうやって眺められたものではなく、そこで過ごした時間の蓄積と肌感によって導かれた「客観」なのだと思う。


 物流の激しくありぬ朧の夜


 ここにも、目には見えないけれど確かにあるものが詠まれている。朧夜、夥しいトラックが物流倉庫を出入りする。「物流」という言葉は物的流動の略語で、生産者から消費者へ生産物を引き渡すことを指していたのが、現在は宅配便やB2Bの倉庫間移動など、配送そのものを指す言葉として捉えられるように変化しつつある。通信販売の多様化、近年のコロナ禍にともなう取引の増加に伴い、話題にのぼることが増えた言葉でもある。九十九神のひしめく島国の隅々へ、トラックが行き交うさまは、式神の伝令を引き合いに出してもいいんじゃないかと、個人的にはそう思う。


 嬉しさの長持ちしたり桜餅


 長持ちする嬉しさ、というものがある。パッと喜び、走り回って誰彼構わず告げたい、というのではなく、あとから思いだし、じんわりありがたく感じるようなもの。桜餅のあえかな感じが、その「嬉しさ」の喜ばしさをほのかに彩っている。


 矢絣の方が妹冬紅葉

 橙の記憶が餅につたはりぬ

 表のみ焚火にあたる男たち

 駅舎にて見せあつてゐる茸かな

 冬の山良書並べしやうにあり


「矢絣の—」の句は谷崎潤一郎「細雪」のような世界を思い描いた。矢絣といえば銘仙の柄だろうか、おきゃんな妹の方が、モダンな着物を身につけているのである。「橙の記憶—」は、橙が蜜柑山の記憶を餅に伝えている、と牧歌的に読むのもいいし、何故鏡餅のてっぺんに橙が置かれているのか、誰もが忘れかけているその仕儀を、橙そのものが餅に伝承している、と捉えるのも楽しい。「表のみ—」「駅舎にて—」「冬の山—」の三句はいずれも季題が良く内面化され、情景がありありと浮かぶ一場面が提示されている。「良書並べしやうに」は景観の見事さが作る言葉ではない。冬山のよさと良書のよさが結びついたときに生まれる措辞である。AIではこうはいかない。


 新しき案山子は犬に吠えられて

 裸木となりても鳥を匿へり

 海に出て川成就する秋の声


 新しい案山子は見慣れぬものとして犬に吠えられ、すっかり葉を落とした樹木はそれでも鳥を匿っている。川の水が海に到ることを「成就」と捉える。こうした見方はアニミズムのようにも見えるが、少し違った視点だと思う。案山子や裸木、川について、それぞれを独自の存在としてみているものの、擬人的に、また霊魂を持つ存在として描いているわけではない。それぞれが「役割」を持っているのだ、我々が思いも寄らぬようなかたちで。「裸木」という、あくまで人間の把握する状態を示すものにも役割があるのだ、とカウンターを浴びせているのではないか。


 内側に座ってみたき夜店かな


 祭りの縁日か、花火大会でもいい。夜店は買う楽しみ、眺める楽しみもありながら、その内側にいて、楽しむ人々を、その場そのものを見てみたい、という願いが描かれている。この大外から俯瞰する感覚、さらに外側から眺めたいという距離感こそが、作者の持つ冷静な視座そのものではないか。叙景と言葉、表現への拘りが掛け合わされた、独自の心地良さがここにはある。


 春寒しくしやくしやに揉む犬の顔

 秋の日や牛牽くやうに犬を牽き

 月の夜のきれいな骨のはづしかた

 青梅雨の麻雀卓の女たち

 切符の穴林檎の傷とともに旅

 観梅へ誘ふ切手の組み合はせ


岡田由季句集『中くらゐの町』(amazon kindle)


2023年3月10日金曜日

句集歌集逍遙 秦夕美句集『雲』/佐藤りえ

秦夕美句集『雲』は作者の最後の句集となった。
本編に入る前に、その一冊前の句集にあたる『金の輪』の話をしよう。

『金の輪』は2022年1月に刊行された秦夕美の第十八句集。題『金の輪』は小川未明の短編から採られたことがあとがきに記されている。長患いから回復した太郎は、金の輪をころがして遊ぶ少年を見かける。その見知らぬ少年に惹かれ、ついに夢の中で一緒に輪転がしに興じる。それから数日後、太郎は七歳で亡くなってしまう。小川未明自身が長男を六歳で失ったことが投影された話であるが、句集『金の輪』も死を色濃く意識した一冊である。

わが死にどころあぢさゐのうすみどり『金の輪』

八月や息するうちを人といふ

木蓮や死装束のとゝのはず

死神の片足ふるゝ雛の家

忌明けてふ風の吹くなり萩桔梗

急逝の小鳥はつかにかわく土

またの世をゆあーんゆあんと雪の橋

己の死に場所を俯瞰しているかのような一句目、呼吸の有無が人とそれ以外を分ける、端的な二項対立としてみせた二句目など、死をタナトスとしてあがめるでもなく、達観したかのようにふるまうでもなく、しかしその気配を確かに感じ取った作品が並ぶ。

こうした直接「死」につながる語彙をもちいた句のみならず、句集全体が死を彩るかのような、いわば最後の祭りめいた作りになっている。単独の句集としてはかなり異例と思われる初句索引と季語索引が巻末に付されている。

その一方、こんな作品も収録されている。

金の輪をくゞる柩や星涼し

薔薇に雨とても死ぬとはおもへない

胎内や渦まき昏るゝ飛花落花

「私何だか死なないような気がするんですよ」は宇野千代の言葉であるが、秦夕美の作品からもいくらかそうした超越的な気配を感じる。句集題『金の輪』を詠み込んだ一句目の柩に悲壮感は見られない。三句目は句集掉尾の一句で、胎内に花吹雪を撒き散らして舞台は暗転する。永劫回帰を象徴するかのような結末である。あとがきは「お世話になった皆さんありがとう」で結ばれ、作者はこの時、本当にこれが最後の句集と思い切っていたのであろう。

その半年後、2022年7月に個人誌「GA」89号が発行された。22×10センチほどの縦長のこの冊子は俳句作品・短歌作品・エッセイが収録されており、ラベル印刷、切手貼りなどにお孫さんの手を借りつつ、年2回こつこつと続けられていた。その最新号のあとがきを読んで筆者は驚いた。さらに句集を出すというのである。作者曰く「漢字一字の句集は持っていない」ので、『雲』という題の本を作ることにしたとのこと。驚きつつ楽しみにしていたこの句集が、まさか作者の訃報の後に届くことになるとは、思ってもいなかった。

句集『雲』は「蒼い雪」「白い月」「赫い花」の三章からなる。雪月花とトリコローレのかけあわせ。『金の輪』で死の討議を経た後、ふっきれたということでもないとは思うが、自在な句が繰り出される。

熟田津は月待つ汝は我待つか

雲呑を落すでもなく秋の川

贅沢は素敵戦後の秋は好き

白露かな土偶の一重瞼かな

魔王よぶあつけらかんと雪がふる

一句目は万葉集の額田王の歌「熟田津に舟乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」から。歌には人々が満ち潮を待つ情景が詠まれているが、句のほうでは土地そのものが月を待ち、「汝」が「我」のことを待っている。対比構造を取ることで、「汝」が「我」を待ちかねているさまがより強調されてみえるが、果たして「汝」とは誰のことなのか。
二句目、三句目は攝津幸彦へのオマージュだろうか。「雲呑は桜の空から来るのであらう」「幾千代も散るは美し明日は三越」が浮かぶ。「贅沢は素敵」が「贅沢は敵だ」を換骨奪胎したフレーズで、脚韻でみちびき出された下の句へと繋がるさまが三越の句を思わせた。

八十島に防空壕の残る秋

余寒なほキーウに杖の影いくつ

昏れゆくやミッドウェーの春の潮

惜春のイラクねむたし星を抱く

戦後なり蜘蛛の囲ゆれてゐるばかり

日の本の雨の桜と赤紙と

日を招きかへす扇か戦時中

零戦の破片とおもふ月日貝

『雲』には戦争にまつわる句が夥しく収録されている。『金の輪』にもいくつかそうした句が見られるが、『雲』にはより明確に、戦争を題材とした句が並ぶ。自身が体験した第二次世界大戦のことだけでなく、二句目・四句目のように、現在進行形の戦闘地域も詠みこまれている。戦後七十有余年、平和などとは寝言であり、蜘蛛の囲のごとくぶらぶらゆれているのが現状だと、作者は暗に言っているのかもしれない。「招きかへす扇」は三橋敏雄「戦争と畳の上の団扇かな」をふまえてのことだろうか。

最後と覚悟した18冊目の句集を経て、いわばカーテンコールの句集を編むとした時、積み残し、ではないが、記しておかねばならぬ、と思ったであろう題材が、戦争だったことが、意外でありつつ、作者の原形質の一端だったのかと、感じ入るところがあった。これも美意識の一端であろうか、直接的に声高に叫ぶのではない、嫌戰が見える。

うるはしく老婆となりぬ七日粥

老いて買ふ夢と台湾バナナかな

背負投げしたき病や諸葛菜

自身の生老病死を率直なかたちであらわすことは作者の美意識からは避けるべきことと感じていたが、集中にはこんな句もあった。表現としてはナマなものとは言いがたいが、さっと差し出される「老い」と「病」の文字は、しかし機知で彩られ、愚痴めいたところがまるでない。なお「GA」89号によると、昨年(2022年)作者は階段から転落し、全治三ヶ月の裂傷を負っている。読み手の側として、旺盛な創作意欲から超人的な体力の持ち主と勝手に推測していた面があった。散文には時折、加齢や病に対する思い、体力増進のための行動などに触れられているところもあったが、自身の身体についての表現にも、言葉に拘り、美意識を貫いた作者らしさが滲んでいると思う。

句集に添えられたふらんす堂社主山岡氏の書面によると、作者は句集の校正刷りを確認したが、完成を待たず鬼籍に入られたとのことだ。生涯現役、という言辞はあまり美しくないが、この語を実現することは、実際にはかなり難しいだろう。作者が最晩年の二年間に二冊の句集を編み、俳人であり続けたことは、驚きに値する。

このまとまりのない文章を直接お見せできないことが残念でならないが、草葉の陰で「甘い」とこぼしてもらえていることをなかば確信して筆を擱く。最後に好きな句を挙げます。

白鳥は光ついばみつゝありぬ

寒梅に夢の始末の思案かな

木は立つて人は坐りてお正月

虹の街浮き足立つてゐたりけり

冥府にも北京ダックと夕焼と

風鈴やどくろは舌をもたざりき

平和てふ奥のおくには雲と薔薇

2023年1月20日金曜日

【句集歌集逍遙】二冊の歌集をめぐる思索/佐藤りえ

 2022年に刊行された歌集について、年末年始、よかったなあとふりかえる瞬間があった。尾崎まゆみ『ゴダールの悪夢』、小林久美子『小さな径の画』というヴェテランによる二冊がそれである。

『ゴダールの悪夢』は尾崎まゆみの第七歌集。タイトルにもあるように、イメージの色濃い固有名詞が数多く詠み込まれているが、筆者が着目した点は、一首の中にレイヤーを感じさせる、奥行きのあるうたいぶりだった。

七曜のときのめぐりのなかほどの水曜日みづの羽音が痛い

樹はやはく言葉としての木洩れ日を砂利道にしらしらとこぼして

一首目は週の真ん中に位置する水曜日を、「水」からイマージュを拡げて水鳥の羽音に結び、週半ばの鬱屈を「羽音が痛い」と表しているものと読んだ。

二首目は樹間の木洩れ日が「言葉として」もさしている、と言っている。光の動きを見ながら、これは「木洩れ日だな」と確認する、かそけさを言葉で掬いとっている様子だろうか。

なよたけのとをよる姫のゐるならむ竹の林を電車はすぎて

やさしさはここに来てゐる人といふ象形文字の下の空白

一首目、電車の窓外に竹林を見ている。そのとをよる(しなやかにたわむ)竹に、竹取物語のかぐや姫がいるだろう、とふと夢想する。「なよたけのとをよる」は万葉集の巻二、柿本人麻呂の「秋山のしたへる妹なよ竹のとをよる子らは」を引いている。案外身近な、ささやかな竹林にこそ、かぐや姫がひそんでいるのかもしれない。

二首目、「ここに来ている人」をあらわす象形文字の構成の一部、位置でいうなら下側に空白部分があり、そこを「やさしさ」と感受している。該当する象形文字は未見ながら、一文字か、いくつかの文字の組み合わせかによってあらわされた〈意味〉とは別に、「やさしさ」もそこにあるのだという。絵文字より具体的に、モノへの還元を目的とされた象形文字に、意味以外をじんわりと見出す、そんな書かれ方になっている。

これらの歌に共通するのは、眼前の日常・事象に、言葉への思索が混じり合い、言葉の世界と現実が境界なく表されている点である。日々を過ごしながら、詩歌のフレーズが浮かび、触れたものと言葉の端緒がつながる。そういう瞬間は、よくよく身に覚えのあることだ。現実の世界に、言葉のレイヤーともいうべきものが重ね合わされ、それらを区切りなく表すと、このようになるのではないか。

つま先をたてて歩けば黄泉路への路銀こぼれる音の響いて

微熱もつ水のゆらぎの輪郭をとぢやうとしてグラスに注ぐ

現実世界を空想的に切り取る、といった考え方より、常に言葉への関心が心中に自然とあり、細胞膜から内容物が浸潤するように、言葉が現実に入り交じっている、と思って読んだ方が、作品への接し方として自然なのではないか。

そんなことを思いながら読んだ歌群だった。

『小さな径の画』は小林久美子の第4歌集。20の章を持つ、全篇多行書きの短歌集である。

地名や言語についての単語もいくつか詠み込まれているが、具体的な場所は特定されていない、しかし欧州の寒村を思わせる描写があり、全篇をしずかな村の雰囲気が包んでいる。時事を直接詠み込んだものはないが、現在の北欧とロシアの緊張関係をふまえた上で、喪失の予感、傷みの堆積が下地となっていると考えて差し支えのない、静かに張り詰めた歌群が並んでいる。

計由(キエフ)
その名を口にする
だけでもう貴女が居なく
なりそうになる


予期しないことを迎えて
享け入れる
謐かにひらき閉じる
扉は

多行書きの短歌にもさまざまな傾向があり、素直に五句を句ごとに折るものとするもの、さらにそこに、疑いなく意味のくびれをもつもの、などがどちらかといえば多数派なのではないかと思う。小林のこの歌集はそういった傾向より、自由詩の改行に近い試行がなされているように見える。

多行で書く意味、などという問いかけは、書かれているものに対して大上段に構えた物言いに違いないが、直前にひいた二首にその意味は明らかに見てとれる。

私見によれば、改行には意味がある。まず、改行は一拍子あるいはそれ以上の休止を意味する。次に改行のたびに音はリズムもアリテラシオン(頭韻)もアソナンス(母音の響き合い)も質を変えてよい。意味も跳躍を許される。すなわち、改行は詩に転調、変調、飛躍、回帰を許す。そして、改行は朗読を、ゆるやかにであるが、指示する。特に、長い一行は早く、短い一行はゆっくりという読み方を促す。(「翻訳詩1 散文詩九篇--『カイエ』より〔含 解説〕」中井久夫『現代詩手帖』10/2005)

これらは詩の改行にかんする言葉ではあるが、小林の多行短歌が自由詩の改行をまったく勘案せずにいるとは考えられない。改行によって生ずる間合い、単語・文節との意味のずれ、一首のなかで進むスピードについての思慮が充分に読み取れるからだ。

試みに(とても無粋な試みではあるが)一首目を1行の表記にしてみよう。

計由(キエフ)その名を口にするだけでもう貴女が居なくなりそうになる

「貴女」を失う予感が、性急なモノローグへと変貌を遂げる。特に多行での二連から三連に渡る、二連の末尾が終止形でなくなることで生じる驚きのニュアンスが失われてしまう。

改行は次行へうつる時間の推移も担うものであるから、戸惑い、思考の長さ、といったところもなくなってしまう。

二首目の結句が、音数からいえば途中で(下七の三音目)区切られているところなど、五七五七七の音数を経て、さらに屈折があるわけだ。


雪が覆ってくれるのを
待ちながら
死骸の禽は土を動かず


窓の下 扉(ドア)脇
やはり窓の方
西洋箪笥(チェスト)を人に
搬ばせる午后


こちらの二首も時間の経過を思わせる効果が感じられる。一首目、やや破調にはじまり、真ん中の行にぽつんと置かれた「待ちながら」が、前後の行に挟まれ、ぽつねんとしているように見える。最終行の「しがいのきんはつちをうごかず」は漢字の造形も、イ音とウ音の掛け合わせも、寒々とした効果を挙げていると思う。

二首目、家具を家内でうろうろと移動する、字アキを含む一連と二連に、そのさまよう感じが表れている。視覚的な効果はブックデザインにもあり、マガジン紙のようなニュアンスと色味のある本文紙が、つるっとした書籍用紙より、詩句のもつ陰影をよく支えている。


人を画(か)くあいだ
淋しく包まれる感じを
悦(よろこ)びと呼んでみる


また、この歌集には絵を描く場面が多数えがかれ、その主題が多く「絵を描くということ」であることにも注目した。「描く」というのも、あらためて思えば不思議な行為である。描く人と描かれる人、モノ。「描く」ことを中心に据えて考えると、そこに哲学的なものを見出さずにはいられない。

短歌について、一行書きを常とすれば、表記やルビ、記号といった表象が工夫の対象となる。多行によってもたらされる〈時間〉〈視覚〉を含むこうした試行は、あらためて言葉の吟味、速度、意味と韻律のかけあいなどについて、考えを深めるものがあった。

なにより、この静かな世界を、喧噪に満ちた年末年始に読めた喜びは深かった。

2022年7月15日金曜日

【句集歌集逍遙】ブックデザインから読み解く今日の歌集

 水上バス浅草行き」岡本真帆

持った感触が手になじみのよい本。ザラっとした紙質のカバーに、線画の装画と信号色の構成。ビリビリした線が特に好きなドローイングマニアとしては、この装画はたまらない。装丁・装画を手がける鈴木千佳子さんは亜紀書房の「言の葉の森」(チョン・スユン 吉川凪訳)も担当されている。和歌からイメージを広げた翻訳家のエッセイ、こちらもとてもよい装丁です。

本文の短歌が太ゴシックと太いかな書体の合成フォントで組まれている。漫画でよく使われる組み合わせだが、歌集ではかなり珍しいのではないか。漫画を読み慣れている人にとってはとても読みやすいに違いない。歌集のフォントとしては、だから太め—ウェイト重め—なんだけれど、あまりそういう印象を受けない。短歌の内容(日常の点景として、作りはわりとオーソドックスだと思う)、本体の紙色、紙質との組み合わせ、ページ2首組みの構成などが相まっているのだろう。

 卵かけごはんの世界から人が消えれば卵かけられごはん/岡本真帆

 平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビール これが夏だよ

特筆すべきは装丁、造本の自由さだ。見返しにも短歌とイラストが配され、カバー裏は見出しで埋め尽くされ、帯にも短歌がタイルのように配されている。すみからすみまで「歌集」であろうとしている本。それがなぜだかうるさく感じない。簡潔だからだろうか。南伸坊デザインの椎名誠の本のような簡潔さだ。


柴犬二匹でサイクロン」大前粟生

なにかの粒子が光る赤のぶあつい特殊紙に青の箔押し。この色の組み合わせが既に規格外なのに、さらに見返しが蛍光イエロー、本文紙がかなり薄いコート紙。カバーなし。140ページ以上あるのに束(つか)がたいへん薄い。コート紙は普段カタログなどに使われるつるつるした紙で、単独の歌集の本文紙にこれを使用しているのは極めて稀なんじゃないだろうか(俵万智さんと浅井愼平さんの共著「とれたての短歌です」はフルカラーで写真もふんだんに使用されていたので確かコート紙だったと思うが)。

 お互いにワンパンし合う関係で倒れた場所を花園とせよ/大前粟生

 棺桶に詰められるならパフェに似た佇まいでと約束の夏

勢いのあるタイトルがとてもよい。短歌はわりと修辞がかっちりした、ことばの扱いに長けている人のつくったものだなという印象。本の佇まいと、言葉の強さと、内容の暴力性のかけあわせがなんだかすごい。


鬼と踊る」三田三郎

カバー上部が表紙のデザインで、カバーを剥ぐと続きみたいに表紙が現れる。北欧風な色彩と模様のみの表紙。シンプルなデザインにタイトルはあえての丸ゴシック(ただし、昨今流行中の明朝寄りの丸ゴシ—筑紫丸ゴシック、みたいな—である)の銀箔押し。人を食っているというか、正気なのか狂気なのか、といった作りである。

 あなたとは民事・刑事の双方で最高裁まで愛し合いたい/三田三郎

 生活を組み立てたいが手元にはおがくずみないなパーツしかない

本文書体はゴシック。目次をみているとハードボイルドの短編集か、と思えなくもないような、そうでもないような。かつて「とほほ」と表現されたような自虐的自省とマイルドな毒舌が交錯する、作風と書体が合っている。歌集にゴシック、もこの10年ほどの成果と思う。


たんぽるぽる」雪舟えま

短歌研究社の新しいラインナップ、短歌研究文庫の第一弾。親本は明るいタンポポ柄のカバーを取り外して広げると丸いテーブルクロス(?)ランチョンマット(?)状になるものだったが、その意匠を受け継ぎ、コンパクトなデザインに見事に落とし込んでいる。

 人類へある朝傘が降ってきてみんなとっても似合っているわ/雪舟えま

 ごはんって心で食べるものでしょう? 春風として助手席にのる

筆者は闘う女の子が嫌いではないが、女の子を闘わせがちなことについてはいつも苦い気持ちを抱いている。そこには無言でサクリファイスが求められている気がするからだ。雪舟えまの短歌は闘う意思、みたいなものが漲っている、なんだか応援されている気持ちになるのだが、「応援歌」というより「共闘」といった言葉が浮かぶ。一緒に闘いましょう、みたいな。本書のあとがきにもまさにそうした言葉が並んでいる。

短歌の文庫は歴史があり、既刊の短歌研究文庫、短歌新聞社、不識書院などからも多数の現代短歌歌集、選集が刊行されている。これらは一般的な「文庫」と同体裁のものである(ただし「文庫」に統一された規格があるわけではない。各社の文庫も微妙にサイズが違っている。今手元で実測したところ新潮文庫(152*106)小学館文庫(150*105)河出文庫(148*105)だった。)

この新しい短歌研究文庫は文庫と新書の中間ぐらいのサイズ(170*105)で、手になじみ、読みやすいサイズ感になっている(新書はだいたい173*110ぐらいなので、新書よりほんの少し小さめ)。

かつてネット上で発表されていた「地球の恋人たちの朝食(抄)」も併録されている。日記のような、詩のような、小説の断片のような文章のかずかずが、短歌とともに読めるようになったことも喜ばしい。作者の思考のエッセンスがよりなまな形で表れている。

文庫なのでページの制約もあるわけで、ページ4首組みのレイアウトになっているが、縦長の判型になることで天地の余白も適度にあり、心地よく読める。文庫の場合、ページあたりの収録歌数が多くなることもままあるが、読みやすさ・見やすさを保ってもらえるのはありがたいことだ。

これらカラフルな歌集たちが書店に居並ぶのを見て、とてもうれしい心持ちでいる。ますます手に取りたい書物、物体としての歌集が増えていくのを楽しみにしている。

2022年2月25日金曜日

句集歌集逍遙 櫂未知子『十七音の旅』/佐藤りえ

ウィルス禍によって旅から遠ざかって久しい。どうにも動きが鈍い理由はそればかりでなく、二匹に増えた老猫のことが心配で、なかなか自宅から遠ざかることができない。

そんな折に読む『十七音の旅』はさまざまな思いをかきたててくれた。本書は著者が北海道新聞に連載したエッセイをまとめたもので、先頭から余市・北海道・日本と三つの章立てがなされている(全然関係ないけれどフィッシュマンズの「宇宙 日本 世田谷」を思い出した。構造が逆だけど)。

東西の名句をひきながらの短いエッセイ群のうち、「余市」の章は著者の個人史的な話題が中心で、「北海道」はその名の通り北海道にまつわる話、「日本」の章は国内のあちこちへの旅や移動にまつわることごとが綴られている。季語にこだわりのある著者らしく、ページの欄外下側には引用句の季語と季節がきっちりしるされている(巻末には季語索引も備わっている)。

「余市」の章では著者の家族のこと、幼少期の思い出なども披瀝されているが、それはとりもなおさず昭和史としても機能している。昭和がすでにふたつまえの和暦であることを思うと、当然のことながら時間はどんどん過ぎていくのだなあ、ということをいたく感じる。単なるノスタルジーと呼ぶには、どうだろうか、昭和35年生まれの著者の綴る昭和は、カラー映像やカラー写真で記録されはじめた時代だ。記録というよりは記憶と、まだ言えるのではないか。それでも北海道、また余市ならではの行事や地誌を読んでいると、あこがれのような思いを抱いてしまうのは、筆者が内地の人間だからかもしれない。

本書のもうひとつの大きな特徴は、著者の参加する蝦夷句会や北海道俳句年鑑からなど、北海道の作者の作品が多数ひかれていること。


拓銀もディスコも遠しラムネ吹く 大澤久子

春北風の先兵は槍利尻富士 源鬼彦

雪の汽車吹雪の汽車とすれ違ふ  鈴木牛後


文中の引用句から、北海道関係のものをひいた。北海道拓殖銀行、その名はバブルの轟音をともなって記憶に留められている。利尻山が利尻富士とも呼ばれることは近年のテレビ番組「グレートトラバース」で知った。遠く住まう者にとっては暢気な話題だが、地元の人にとっては槍のように鋭い風が春を知らせる場所でもある。筆者もディーゼル車の運行区間に住んでいたので鉄道といえば「汽車」だった。しかし吹雪の汽車、と呼べるようなものはなかなかお目にかかれるものではない。雪というアイコンは今日も北海道らしさが最もよく表れる素材かもしれない。

1ページずつのエッセイは小気味よい文章でどんどん読みすすめてしまう。俳句プロパーにとっては北海道と東京をどんどん行き来する著者のバイタリティを楽しむ本であり、一般の読者にとっては、名句の読み方と俳句周りの話題を肩肘張らずに摂取できる良書である。思えば初学の頃、こうして俳句を紹介する本や、さまざまな文にひかれた俳句から俳人を知るきっかけを得たものだった。こうして知り得た句はなかなか忘れがたいものだ。

カバー写真の木造駅を眺めていたら、やはり旅に出たくなった。まずは今猛威を振るっている感染症の流行が落ち着くことが先だけれど、その後、できれば分身の術など身につけて、文中に登場する神威岬や小樽を訪ねたい。

『十七音の旅』(北海道新聞社/2021)

2022年1月14日金曜日

句集歌集逍遙 池田澄子『本当は逢いたし』/佐藤りえ

  池田澄子といえば多くのひとが思い当たるであろう一句、「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」は平成元年発行の句集『空の庭』におさめられている。30年以上前の作品が今日の読者たちにも、とりわけ若者たちにも人気を博しているのは、結句「生まれたの」の口語が持つやわらかさだけでなく、輪廻転生という普遍的な句材を、しょうがないわよね、とでもいうように受容してみせる、格式張らない軽やかさに秘密があるように思う。

 そんな俳人・池田澄子のエッセイ集がでた。2011年からの十年間、新聞、俳句総合誌、上野のれん会の発行する雑誌「うえの」などに発表された60余編がまとめられている。多岐に渡る内容のなか、通奏低音として流れているのは、生と死が渾然一体となった「此処」を見つめ続けている視点である。

 池田の父君は第二次世界大戦の従軍先で戦病死している。この『本当は逢いたし』には、亡き父がさまざまなかたちで登場する。「いくら書いても気が済まない」(「八月」)のだ。師・三橋敏雄もたびたび登場する。人が死んだ後は無だとわかっているけれど、先生は大気に拡がったかのように、作品を書く自分を見ているのだという。ほかにもたくさんの人びとが登場する。戦争未亡人となった母、弟妹、孫、句友…。生まれ育った新潟のことや戦時下の女たちのやりとりなど、思い出が色濃い。

 生死は人間のことばかりではない。蚊や螢や猫、目白や鴉や、みめぐりの植物たちにも思いが到る。それら人間以外の存在の命にも、等しく思いが致されている。こう書くと何やら説法めいた大仰な命のドラマが繰り広げられているような誤解が生まれそうだ。そのようなことはなく、2~5ページのそれぞれの文は、池田の俳句同様に、格式張らない軽やかさで編まれている。

秋の蚊はしぶとい。一度近付くとなかなか傍を離れない。飛ぶというより浮かんでいるようで、ふわりふわりとしながら、共に今、この世に生きているのですヨー、と彼女は囁く。(「生き合う」)

 軽やかでありつつ、此の世という場所が本来「生」と「死」がまじりあったものだということを、本書はさりげなく伝えている。人は死んだら無だと思う、でも「彼岸」はあるだろうか、そこで亡き人が、痛みや苦しみから解放されていたらいいな、と思う。でも、自分が死んだら、そこには行かれないということも、わかっている。こうした大人の屈託が、ウェットでなく届けられるのは見事なことだろう。

 さまざまな人の思い出、今ある思い、「思っている」ということそのものが綴られていく。亡き人は書いているかぎり此処にある、という強い思いが溢れていて、胸を打たれる。行く川の流れは絶えずして、ではないが、現在が過去と未来のグラデーションの中に流動的に位置していることを、作者は強く意識している。

 そして、そうした思考を支えているのが俳句、ひいては言葉への弛まざる思いだ。天候、気候、人事、諸事から季語、ことばへと関心はひろがり、ことばのあらわすものごとと体感の齟齬を考える。書くということが、無数の書かざることの上にある。俳人池田澄子の創作の秘密がぽろぽろとはさみこまれている。なにをしていてもことばに思いが到る。実はこの一冊は、俳人の日々の思考を辿る書でもある。

 あれこれ書いたその上で、ファンが池田澄子を好きになってしまうのは、きっとこんなところなのだろうと思う。

 しっかりしなければならない。でも、キーッとせず、ほわーっと生きていたいのだ。(「その気になれば」)

 ほわーっとしながら、小さな、些細なものから、遠く広いことまで思いを馳せる。通年で折々開きたい一冊である。

『本当は逢いたし』(日本経済新聞出版/2021)

2020年11月13日金曜日

【句集歌集逍遙】なかはられいこ『脱衣場のアリス』 佐藤りえ

 なかはられいこの第二句集『脱衣場のアリス』電子書籍版が「毎週web句会」内の川柳本アーカイブで公開された。
このページでは現在入手が困難となっている川柳句集、川柳誌が無料で公開されている。

『脱衣場のアリス』は筆者がほぼはじめてふれた川柳句集である。
この前年刊行された「現代川柳の精鋭たち」(北宋社)で筆者ははじめて現代川柳の諸相に相対し、多くの現代川柳作家が、巷間に目にするサラ川、企業の募集する○○川柳といったものとはまったく違った川柳を展開していることを知った。

前段で「ほぼはじめて」と断ったのは、『脱衣場のアリス』以前に一冊だけ川柳句集を読んでいたからである。それが時実新子『有夫恋』(1987年刊行)だった。句集のなかはら自身の経歴にもあるように、『有夫恋』をきっかけに川柳をはじめた女性たちが多数存在した。刊行当時中学生だった筆者は、刊行から数年を経た書店の店頭でこの本を目にした。ヒットは長く、新刊の期間をとうに過ぎても、『有夫恋』は書店に置かれていた。朝日新聞社から刊行された単行本のサブタイトルは「おっとあるおんなのこい」。既婚女性の恋情を激しく表現する句群である。

 包丁で指切るほどに逢いたいか

 力の限り男を屠る鐘を打つ

 手が好きでやがてすべてが好きになる

 愛咬やはるかはるかにさくら散る

 美しい眼だよ 悪事を知り尽くし

一読、こんなに感情をあらわにしてよいものか、と吃驚した。学校の授業で当時教わった短歌・俳句にも個人の感情が盛り込まれていないわけではないが、これほどまでに感情が句の中心に据えられ、措辞がほとんど感情のためにのみ扱われているような句というものは見たことがなかった。
強烈な印象を持ったが、当時の筆者にとってはそれは熱すぎる鉄のようなもので、扱いかねるものだった。

前置きが長くなった。そうして次にめぐりあったのが『脱衣場のアリス』である。この句集を読んで、『有夫恋』とはまたまったく違った衝撃を受けた。すなわち、こんなに自由に、こんなにいろいろなことが詠めるんだ、詠んでいいんだ、という衝撃である。

まず書名の『脱衣場のアリス』である。アリスがルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』のことを指し示しているのは言うまでもない。この書名はたんにアリスの意匠―少女であるとか、おとぎ話めいているとか、カラフルであるとか―を借りているのではなく、『不思議の国のアリス』自体が本来持っている反措定的、批判的、風刺的性格の側をむしろ纏っている。教条的なものを読むことをなかば強いられていた当時のこどもたちを、作者、大人と対等の読者として扱った、児童文学の嚆矢でもある「アリス」。言葉遊びやナンセンスをふんだんに用いて、楽しく、かつ既存の制度を鋭く批判する姿勢は…とこう書くと、これは川柳の紹介ではないか、という気さえしてくる。

 雪降れば一時完成するパズル

 白い雲見てるトイレの窓あけて

 ぼくたちは心理テストの中の樹だ

 鳩尾にこつんとあたる久米宏

 なんとなく生きればいいの窓の雪

 よろしくね これが廃船これが楡

 一度だけ使った闇をお返しします

 記録には飛べない鳥として残る

一句目、ジグソーパズルのことと読んだ。すべてのピースを嵌めても、接着しない限り、壊してしまえばパズルは永遠に未完成だ。組み上げただけのこれは「一時完成」なのだった。二句目、景色を眺めるのにもっともふさわしくないであろう「トイレの窓」から自由の象徴のような白い雲を見ている。この窓に比肩するものは独房の窓、といったところだろうか。三句目、心理試験の一環であるバウム・テストを想起した。被験者に真っ白な紙を渡し、1本の樹を描いてください、というもの。精神科医は描かれた絵から被験者の内面を読み解く。「ぼくたち」はそこに描かれた樹そのものなのだ、という。次元の錯乱が起きている。末尾の「飛べない鳥」は、ぱっと考えただけでもペンギンとかダチョウとか、さまざま思いつく。かれらには無情な「飛べない鳥」というカテゴリーが用意されている。その他大勢の鳥が飛べるから、である。鳥以外の何者かが飛べない鳥として(より不条理に)記録される、という読みも成立しそうだが、実在する飛べない鳥たちへの愛惜の念と受け止めた。本来その差異には優劣も善悪もない。

このように、なかはらの作品には批評的、先鋭的な点があるものの、平易な語の選択、斡旋によって構成された措辞がしかつめらしい先入観を抱かせず、読み下しながら「えっ?!」と相手を驚かし振り返らせる、入りのよさがある。そして描かれるものは微細で、微妙で、人に話すのをためらってしまうようなごく小さなひっかかりにまで及んでいる。喜怒哀楽のどれにも分類不能な、淡い輪郭の感触、きけば「ああ、それ!」と思い当たるけれど、説明するのが難しいこと。一瞬生じて、自分でも忘れてしまいそうなこと。

もうひとつなかはらの作品を読んでかなりびっくりしたのは、連作的な性格を帯びた川柳がある、ということだった。同じ定型である俳句と川柳は、その短さゆえに一句の独立性が高く、連作としてある範囲をさししめすことにどちらかといえば不向きな詩型である。そもそも俳句は時間の経過を追った日記的なものや、春夏秋冬の部立て、制作順による構成が句集のセオリーであるがため、一定の数の作品をまとめて、ある意図、価値を示すことは容易ではないし、試みられている数も少ない。

ここでは句集の「#2 いただいた箱はからっぽでした、おかあさん。」を読みたい。

 オッペルの象が出ていく春の家

 ただいまと帰る真夏の井戸の底

 足首をゆるくつないで眷属よ

 とうさんを撃たずに過ぎてゆく景色

 かあさんがなんども生き返る沼地

 遠くから人面魚が来るなぐさめに

 家族が眠る水底の景色みたい

 おとうとがいないか探る茶わん蒸し

 またママがぼくの毛布の端を踏む

なかはらの作品に限らず、川柳には接頭辞、接尾辞をもちいた語が頻出する。「おかあさま」「お葬式」「お隣」「父さん」といった具合に。

 節穴から覗くとお手本に見える  倉本朝世

 土下座した折れ線グラフのご両親  丸山進

 おふとんをかぶせて浅く埋めておく  八上桐子

これらは短歌、俳句ではまずお目にかからない語形だ。接頭辞、接尾辞には単に音感を整えるという効果以上のものがある。

世界大百科事典第二版(平凡社)の「接頭語」の解説には「接頭語をつけると、もとの単語は独立性を失い、連声(れんじよう)が行われることもあり、アクセントが変わることが多い。結合してできた語形、派生語は、まったく1個の単語として働き、その品詞性はもとの単語に従う。」とある。たとえば「母」を「おかあさま」と書くことにより、私の母、の「私の」を含む個人的な気配が消失し、総体的な「母」概念へとアクセスしてゆく道すじが見えてくる。韻文はおおむね個人の体験、感情、思考を出発点、契機として世界を切り取って見せるが、川柳の接頭辞、接尾辞を駆使した表現は、個人的な領域から、一気に概念の側まで手を突っ込んでみせる局面がある。「かあさん」「とうさん」も呼びかけの際にもちいる語形で、文章上ではくだけた印象と同時に他人行儀さが滲み出る表現である。これは文章が、ことわりがない限り書いた主体本人のことを語っていると見なす性格上、「かあさん」「とうさん」といった語りでは自己の内面で父と母が客体化している=内面化していないように見えるからである。

この連に出てくる「家」は水の中にあるのではないか?と思う。井戸の底、沼地、水底といった場所にまつわる語がひんぱんに用いられているからだ。水中なので、なぐさめに来るのも人ではなく人面魚なのだろう。

支配者オッペルの横暴に堪えかねた象が家をでていくところからはじまるこの連は、「家族」にからめとられ、水中で酸素不足に喘ぐようにもがく心情が多面的に綴られている、と読んだ。三句目、足首をつなぐといえば、奴隷の足枷がまっさきに思い浮かぶ。「ゆるくつないで」の表記、語感はギリギリとしめつけてくるような激烈な痛みを思わせはしないが、逃げられなさの表現としてみると、深く重いものがある。登場人物は「とうさん」「かあさん」「おとうと」の3名で、一句目の出ていってしまった「象」はおとうとのことなのではないか、と、茶わん蒸しをさぐる場面にさしかかって、そう思う。末尾の「毛布の端を踏む」は漫画「ピーナッツ」のライナスの毛布を想起させる。常に持ち歩く毛布がないとパニックになってしまう、チャーリーブラウンの親友ライナス。ママはそれを知っていながら毛布を踏みつけてしまうのだ。少し戻って五句目、「なんども生き返る沼地」も強烈な表現だ。かあさんを心の中で何度殺しても生き返ってしまう、ということだろうか。「沼地」がまた絶妙におそろしい。ネガティブな生命力、という言葉が成立するものかどうか、そうした不滅の母と足首がゆるくつながっているのかと思うと、絶望してしまいそうになる。

具体的な事件や憎しみといったことは登場しないこの連が、しかし連作的な性格を帯びている、と言えるのは、個々の句がさきに述べた総体的な概念へのアクセスを果たしているからだ。家族が複数の人間のまとまりである以上、誰か一人の意図通りに動くものでもなければ、解決しないものがあっても、解決しないままにうねうねとそのまとまりは継続していく。家族というものの「うねうね」を遠景、近景おりまぜて多面的にとらえたこの連は、読者の持つ「家族」概念と触れあい、ゆすぶるものだ。すぐれた作品というのは、読者の概念をうねうねと慰撫してくれるものなのだなと思った。

『脱衣場のアリス』は刊行から19年が経過している。今日の川柳の現状を、筆者はつぶさには眺めていないが、それでも多くの新しい書き手たちが、さらに新しい表現の可能性を模索して、賑々しくにぎわっているのが伝わってくる。今年は『金曜日の川柳』(樋口由紀子)『はじめまして現代川柳』(小池正博)という二冊のアンソロジー、鑑賞本も刊行された。かつての筆者のように、まったく未知の読者が扉を叩く、その扉がさらに現れた一年だった。

『脱衣場のアリス』は、そんな現代川柳の新しい時代の幕開けとなった一冊に違いない。今からでもぜんぜん遅くはない、未見の方はぜひ読んでみてください。筆者の拙い評文で混乱した読者は、巻末の「なかはられいこと川柳の現在」座談会を参照いただきたい。短歌と川柳の雄がざくざく語った、この項も今日貴重な資料といえよう。

以下、ほかに好きな作品を挙げます。

 えんぴつは書きたい鳥は生まれたい

 持っててと言われて持っているナイフ

 帝国の逆襲がある試着室

 ホチキスでぺちぺち綴じる波頭

 主義なんてないから船に乗るんだよ

 朝焼けのすかいらーくで気体になるの

 曲がりたい泣きたい中央分離帯

2020年3月27日金曜日

【句集歌集逍遙】樋口由紀子『金曜日の川柳』 佐藤りえ

「金曜日の川柳」はウェブマガジン『週刊俳句』の別館『ウラハイ』に連載されている(2020年3月現在も継続中)。気鋭の川柳作家が作品評を書き下ろし、それをほぼ毎週読めるというなんとも贅沢なコンテンツだ。こうして一冊の本に纏まるのを、筆者は楽しみに待っていた。

筆者は川柳に疎い。川柳について何かを書こうと思うと、冷たい汗が背中をつたう。韻文に関してのさして多くもない経験を持ちだして、どうにかこうにかその場をしのいでみるものの、それが「間に合った」のか、深いところまで手が届いているのか、心許なく、足元がおぼつかない。かように川柳の庭は広大で、迷子になること夥しい。

「金曜日の川柳」はそんな心許ない読者の手をひいて、ほどよい速度で導いてくれる。著者の樋口由紀子さんは『容顔』『めるくまーる』などの句集で現代川柳の一角を(なかなかの強度で)掌打する第一人者である(集中にご自身の句も一句ひかれているが、ほかに「ラムネ壜牛乳壜と割っていく『容顔』」「半身は肉買うために立っている『容顔』」「どう向きを変えても高遠に当たる『めるくまーる』」「わたくしをひっくりかえしてみてください『めるくまーる』」などの作品がある)。
収録作は現代の作家による作品を中心にしたとあるが、明治の作家から平成後期の句集まで、多岐多彩な作品が揃っている。
解説文は文字通り解説であることもあれば、樋口さん自身のつぶやきめいていることもある。1ページの下半分ほどにまとめられたごく短い文章には、作品を読み解く楽しさと川柳史のエッセンスが一体となって詰まっている。

 こんな手をしてると猫が見せにくる  筒井祥文
 徘徊と言うな宇宙を散歩中  野沢省悟
 人間を取ればおしゃれな地球なり  白石維想楼

穿ち・軽み・おかしみをさりげなく差し出している三句をひいた。猫の所作を人間側のいいように解釈してみせて、猫愛がだだもれの一句目、「徘徊」のスケールをさっと差し替えて壮大な行動としてみせた二句目、地球にごみごみとくっついた、食物連鎖の頂点、などと嘯く生物を取り去ったら「おしゃれ」じゃないか、という三句目。価値観や通念を覆し、あっけらかんとしている、これも川柳の特徴の一に数えられよう。

 犬小屋の中に入ってゆく鎖  徳永政二  
 五十歳でしたつづいて天気予報  杉野草兵

鎖でつながれた飼い犬が犬小屋に入っていく瞬間、たしかに鎖も犬につられていく。シュルレアリスム絵画のように犬の姿がことばの上で省略された描写の一句。次の句はテレビのニュース番組の進みようをそのまま書き起こしたかのような筆致である。訃報なのか犯罪のニュースなのか、人の年齢を告げたその口が即座に天気の話題に変わる。
この世の姿をありのままにうつしとる、と考えれば、このようなかたちの「写生」も可能なはずである。

 すっぽりと包めば怖いことはない  但見石花菜
 つぶ餡のままで消えようかと思う  谷口義
 世界からサランラップが剥がせない  川合大祐

現代川柳において筆者が最も突出している傾向にあるとおもう句群をひいた。これらの句が俳句の会に提出されたなら、具体性に欠けるだの、わけがわからないだのと言われてしまうかもしれない。表現なのだから「何」を伝えるか、それを明確にせよ、とせまられ、あれを消して季語を入れろ、だの、これをはしょってモノを示せ、だのとバッドサジェストを受ける情景が目に浮かぶ。
しかしこうした句に「説明」を求めるのはとても愚かなことだ。俳句の範疇では表現するのが(自律的に)憚られている「ある感じ」、それを平易な語によってあらわしている、このような句に目を見張らされる。

 開脚の踵にあたるお母さま  なかはられいこ

川柳のもうひとつ大きな特徴として、接頭辞の使用が挙げられる。筆者個人にとってはとても気になる関心事だ(集中にはほかにも「美りっ美りっ美りっ お言葉が裂けている/中西軒わ」「革命を考えているおばあさん/鈴木節子」「赤紙が来るかも知れぬお味噌汁/須田尚美」などの句が見える)。「お母さま」と接頭辞をもたらされた表現により、母は抽象化した存在となり、踵を押さえたりぶつかったりする現実の肉体は後退し、概念的な固まりとして「あたる」モノになっている。このような接頭辞の用法は川柳と俳句の守備範囲―表現指向を大きく分ける指標といえるのではないか。

もう少し、川柳と俳句の対比としていくつかの句を見ていきたい。掲出句の俳句のほう(1字下げ・赤色文字)は本書に掲載されていない、筆者がこの稿のために引いたものである。

 なんぼでもあるぞと滝の水は落ち  前田伍健
  滝の上に水現れて落ちにけり  後藤夜半

どちらも滝を詠んだ句であるが、滝自身が自らの水量を誇るように詠んだ前田と、水を「流れる」ものでなく「現れる」ものだ、と主観的な物理として詠んだ後藤の違いは、ジャンルの違いというだけでなくおもしろい。

 恋人の膝は檸檬のまるさかな  橘高薫風
  恋ふたつレモンはうまく切れません  松本恭子

こちらでは恋人の膝のまるさをいとおしく描写した橘高に対して、松本の句のほうが恋情を間接的に言うかたちとなっている。檸檬の「まるさ」も、「うまく切れない」ことも、ある程度幅のある表現であるにもかかわらず、松本の句は季語として機能する「レモン」によって爽やかさを読後に残し、橘高の句は視覚的なやわからさのみを残す。

 夜桜を見てきて誰も寄せつけず  渡辺康子
  花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ  杉田久女

夜桜を見てきた高揚をうたった渡辺の句と、花見から帰った倦怠をあらわした杉田の句。いずれも人を厭う感じをもたらすが、「寄せつけず」の動的な結句と、「まつはる」のアンニュイな感覚が、真逆の方向性を感じさせる。

この一冊からひしひしと伝わるのは、川柳というジャンルが歴史だの伝統だのというものの上に胡座をかくことなく、作家じしんが自分の居場所を明確にせんとタコ(土固めの道具)をどすんどすんしている姿だ。
川柳の多様性は今日もあたらしい句を生み続けている。わけのわからぬ飴糸のようなものをどんどん巻き込みながら、常識だの見識だのに流されることなく、そのアメーバはことばによってのみ存在しうる。どうです、この無統制な感じ、わくわくするじゃないですか。
本書は章立てが花鳥風月、春夏秋冬といった分け方をされていない。ゆるやかな傾向や共通性により句が少しずつまとめられている。月曜日に「月曜日」の項目を読むのもよいし、目次をひらいて目に止まった章(小章のタイトルもとてもいい)を見るのもいいと思う。
かたくるしいことでなく、しかししっかりと川柳のふところをのぞかせてくれる――そんな好著がこちらである。
(「金曜日の川柳」左右社・2020年3月)


2020年1月10日金曜日

【句集歌集逍遙】秦夕美・藤原月彦『夕月譜』/佐藤りえ

「夕月譜」は昨年11月にふらんす堂より刊行された。元になったのは昭和59年から63年まで、筆者である秦夕美、藤原月彦両氏が発行していた同人誌「巫朱華(プシュケー)」である。
 あとがきで秦自身が明かしているように、赤尾兜子主宰の「渦」で両氏は出会い、師亡き後、この超絶的共同制作をはじめたという。

「夕月譜」は約20センチ四方の一折り糸綴じの書物で、綴じ糸が本の背で結ばれ、ごく薄い不織布が遊び紙として用いられた典雅な外観をしている。
 超絶的、とは用いられた折句等のルールの厳しさゆえに冠する言葉であるが、技法そのものも作品といえる点からすれば、あまり詳細に内容を記してしまうのは無粋なことであるかもしれない。この稿ではいくつかの作品の紹介を試みたい。

「月光泥梨――雨月物語抄」はタイトルどおり「雨月物語」を題材とした13句。1句目は頭文字、2句目は頭から二字目、というように「月」の文字(そこのみゴチック書体が使用されている)が一句に1文字読み込まれ、13句全体で左下がりのたすき掛け状に並ぶ趣向となっている。「弓張月化鳥をまねく魔道かな」(「白峰」)「湖底にもあをき月射す夢の鯉」(「夢応の鯉魚」)「修羅関白殿風雅に月の宴かな」(「仏法僧」)など、「雨月物語」の各話を明確に下敷きとしながら、それぞれの句に必須の「月」は有機的に詠み込まれ、統一された世界観、緊張感のなかに夢幻の「月」を浮かび上がらせている。

「定家曼荼羅」は31句の俳句に、藤原定家の新古今和歌集収録歌「春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空」を句の頭に、「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」を句の掉尾に読み込んだ沓冠の連作。「春の夜の~」は1句目から、「見渡せば~」は31句目からスタートしている。つまり、それぞれの句の最初と最後の音はあらかじめ組み合わせが決まった状態で作句していったことになる。5句目と8句目は頭も掉尾も「の」である。5句目が「呪はしき綺語の華咲く紫野」、8句目が「野火の香の紅旗征戎化野(あだしの)の」。23句目と24句目はいずれも先頭が「る」、掉尾が「も」である(23句「類鳥の遥かに遠き羽撃きも」24句「累世を歌よむ家の哀れやも」)。制約の厳しさもさることながら、艶然たる語彙と古語によって紡がれた退廃的な世界が、定家の本義を異界から照射するような、奇観ともいうべき景色を見せている。

 ほか、芭蕉の「白芥子に羽もぐ蝶の形見哉」と雪月花を詠み込んだ「乱蝶――好色五人女」(この連作が集中最も難易度の高い超絶技巧を見せている)、杜牧の「山行」の折句「妖妃伝」など、めくるめく言語世界が閉じ込められたこの一冊は、しかし「どの句をどちらがつくっていたのか、完全に思い出せなくなっている」と藤原はあとがきにしたためている。「これは当時の秦夕美と藤原月彦の言葉に対する美意識が、一ミリのずれもなく一致していたことの証左だろう。」(同あとがきより)。互いの詩的世界が一致し、渾然一体となってしまう、そのような経験があるということに、驚きと同時に幾分かの羨望を抱く。

 言語遊戯的技巧は今日の言語表現—とくに短詩—の領域において、関心を持たれづらくなっているのではないか、と筆者は感じている。言葉の扱い方の巧緻より、直截な物言いであること、卑近な素材であること、とっつきやすいことなどが尊ばれているようにも感じる。
 しかし言語による表現が「伝わる」ことを目的の一に数えるのだとしたら、そこに技巧は不可欠なものに違いない。技巧が言語のためにのみ発揮されるようなこれら作品の軌跡も、言語表現の豊穣の一角を確かに担い、醸成しているはずだ。
 天上の遊戯ともいえるこれら作品が作られた奇蹟があったこと、それをふたつ後の元号となった今、一冊の書物として手に取れるのは実に喜ばしいことだ。言葉の奥義に触れたいという欲望のある向きには一読をお薦めしたい。

夕月譜(ふらんす堂)2019年11月11日刊

2019年12月13日金曜日

句集歌集逍遙 バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記/佐藤りえ

本書は春陽堂書店のホームページで1年間連載された『今日のもともと予報』をもとにした、柳本々々さんの川柳と短文、安福望さんのイラストレーションからなる本である。ちなみに現在おなじ春陽堂書店のホームページで「週刊もともと予報」が連載されている。

副題が「もともとの川柳日記」ということで、ページ(または見開き)ごとに冒頭に川柳が1句、それに続いて日記本文としての短文が続き、安福さんのイラストレーションが伴っている。文章の長さはまちまちで、20文字足らずのこともあれば、600字を超えているところもある。日記の内容は「したこと」や「考えたこと」「思い出したこと」「ひとから聞いたこと」など多岐にわたる。その日の出来事、というより、柳本さんの脳内で絶えず流れている川から、その日にひょいと掬われた水なのだろう、と思う。

そうした多岐にわたる話題、というか考えのなかに、これまた多岐にわたることごとが引用されてあらわれる。カフカ『審判』。フランソワーズ・ポンポン。浅沼璞。漱石。ベンヤミン。レムの『ソラリス』。映画『クレイマー・クレイマー』。ヒエロニムス・ボス。モリアーティー教授。チェーホフ『ワーニャおじさん』。
引用されるのはその日の本題となったことの背景だったり、きっかけだったりするものだ。

「もともとの川柳日記」は、日々を割り当てられた短いエッセイというのでなく、これはやはり日記だろう。肉体を以てしたことのみが日に記すべきことであるはずがなく、繰り返しになるが、脳内で絶えず流れている川から汲みうるその日の水が、ここには脈々と記されているのだろう。

短文そのものが詩のような箇所も随所にみられる。

わたしは、またうそをつきそうになる。
うそはつきたくなかったから、わたしは、
星ひろう。なんでもひろわないでねときみにいわれる。「はい」とこたえる。
(9/11)

ひらがなの多い表記を読み違えないよう、拾うように読んでいくと、「なんでもひろわないでね」が窘めを含意しているように見える。「なんでもひろわないでね」を「なんでもない」に見間違えそうになる。たどたどしく読んでいく時間感覚が、直前の「星ひろう」「「はい」とこたえる」のさっぱりした時間感覚と拍子が違って、時計が狂ったような異次元感覚を味わう。

安福望さんのイラストレーションが本書を絶妙に彩っている。イラストレーションは全ページに添えられている。単純にその物量にも驚く。
安福さんの絵は鉛筆のような軽快なタッチの明確な線と、透明水彩や色鉛筆の、透明度の高い色彩が特徴的だ。線は明確なのにフォルムがどこか曖昧でおもしろい。熊、栗鼠、人間、猫、なにかを被った生き物っぽいものなどが、広大な色彩のなかに、わりあい小さくあらわれることが多い。

透明水彩は発色が美しく、明度の高い色や淡彩が幅広い表現を生み出すものであるが、同時に色面にムラができやすく、筆触のあとが残りやすい。そうしたムラ、にじみが画面にいろどりと生き生きした感じを与えているのが興味深い。

人生の間隙を突いて読むのによい本、と直感する。
ちょうどこの年の瀬、クリスマスをひかえて、また、クリスマスを越えて、年の瀬をかみしめて読むのに適していると思います。
最後に好きな句をいくつかひきます。

あまいだめなにんげん
(苺のにおいがしてる)  (8/3)
へー魂にも歯があるんだ  (10/3)
秋のポテトサラダ女の子が好きな女の子  (11/14)
春という汚い手書きで始まる詩  (3/1)

(春陽堂書店)2019年8月28日刊

2019年11月8日金曜日

句集歌集逍遙 今泉康弘『人それを俳句と呼ぶ—新興俳句から高柳重信へ—』/佐藤りえ

「人それを俳句と呼ぶ」は今泉康弘のはじめての評論集である。視覚芸術と俳句との関係を論じた文章を中心に、新興俳句をさまざまな角度から検討する著書となっている。
各章で中心的に扱われる俳人、対比される事象は異なるものの、読んでいくと各章が相互に関連し、響き合うことがわかってくる。

「青い街」は松本竣介の絵画作品と渡邊白泉の俳句に共通する「街」概念の変遷を見ながら、「客観写生」の理念からは否定された、美術鑑賞という近代的行為から俳句を詠むことにスポットを当て、さらに社会批評を詠み込む点において、美術と俳句の状況、表出する表現の差異を調べた。

「地獄絵の賦」では前記の美術鑑賞とは違い、宗教と地域性によってもたらされる「地獄絵」の経験がいかなる影響を与えたか、俳人のみならず斎藤茂吉、寺山修司、太宰治らを挙げ、表現の源泉をさぐった。ここで斎藤茂吉の「実相観入」が話題に登る。本書の随所にあらわれる虚子の「写生」との違いが露わになり、子規を慕った茂吉と虚子との論のねじれが感じられる。

「月下の伯爵」では高柳重信の句集『伯爵領』へのリラダンの影響を丁寧に検証した。『伯爵領』はリラダン「未来のイヴ」を明確に引用し、句集を一冊の架空の空間として構成している。こうした手法は文学としては極めてオーソドックスな手法と思われるものの、俳句としては異端であることがあらためて提示されている。古典を参照し変奏する、そうしたことを捨て、自分の眼前をのみ見よ、とした子規の短歌革新運動、写生の提唱とは真逆の価値観である。

本書の最もヘヴィーな章、「『密告』前後譚」では『密告』刊行から西東三鬼の名誉回復裁判までの各人の動静が時系列にまとめられている。この章は特に今日現在、一読に値すると思う。表現規制、検閲、統制といったものは、対岸の火事でも絵空事でもない。

こうして読み進めていくにつれ、前章のことが想起されたり、ほかのページのことが思い出されるように一冊が有機的に作用するのは、ひとえに著者・今泉の透徹した俳句観によるものである。

同時代の表現は本来相互に影響し作用しあうものであり、こうした視点から俳句を見つめ直すことはむしろ当たり前なのではないか、と筆者は思うものである。このような本、論がこれからも書き継がれ、広く読み継がれていくことを願ってやまない。

(沖積舎)2019年10月10日刊

2019年6月14日金曜日

句集歌集逍遙 木下龍也・岡野大嗣『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』/佐藤りえ

帯には「ゆらぐ青春」とある。
本書はふたりの歌人、木下龍也・岡野大嗣の共著で、全編が短歌で編まれているので「歌集」といっていいのだろうか。もうひとつ帯に、「男子高校生ふたりの七日間をふたりの歌人が短歌で描いた物語、二一七首のミステリー」とある。歌物語というのもなにか違う気がするが、とにかくこの本は「ふたりでひとつの短歌作品を作った」ものになる。
幾人かの作品を収録したアンソロジーでもなく、ふたりが個々に作った作品を持ち寄ったのでもない。ページ二首組みのレイアウト、作者の別は歌の頭の位置で判別する。天付きなのが木下、二字下げが岡野。

こうした「合作」のような短歌作品はわりあい珍しい。過去には穂村弘・東直子の「回転ドアは、順番に」がある(与謝野晶子・山川登美子・増田雅子の「恋衣」は共著であり合作ではない)。「回転ドア—」の作者の別は文字色で分けられていた。頭の位置で区別する、というのは簡潔でよいなと思った。

7月1日からいちにちずつ、日付が章題となっており、7日が4日の前に来て、6日で終わる、七章構成になっている。この作品はミステリーと題されているが、ト書きが歌になっているわけではないので、ふたりの高校生の内省やモノローグ、状況描写みたいなもの(として書かれた歌)から事件を推測して読むことになる。

主人公(といっていいのか、歌人が主格として扱っている人物)ふたりはどうやら友人のようで、お互いをパーソナルスペースに立ち入らせるほどに大事に思っている、らしい。部分的にはBLのように読むことも可能に思えたが、それは主題ではなさそうだ。

 公園でたまに見かけるおじさんよ昨日の夢で殺してごめん(木下)
 なんつうかまああれだなあ信長はよくあと三十年も生きたな(岡野)
 ぼくはまたひかりのほうへ走りだすあのかみなりに当たりたくって(木下)
 目のまえを過ぎゆく人のそれぞれに続きがあることのおそろしさ(岡野)

全編が生にたいする倦みと停滞感、刹那主義的な死生観に彩られ、しかしそれがかえって青春ぽく見えてしまう、といったら軽視しているみたいに聞こえてしまいそうだ。そうではなくて、毎日「死にたい死にたい」と言いながら生きながらえてしまう——というような、「緩慢に生き残っている」状況をも冷静に、確実に、さっくり掬いあげ、歌にしている。48歳で落命した信長を引き合いに出したり、雷に打たれたいと願う、その途方もなさは、無力感の裏返しとして、実にくっきりとした輪郭をもっている。輪郭のはっきりした無力感なんて、地獄のようではないか。

どう書いてもネタバレになってしまいそうだが、章の順序が日付通りでないことにはたぶん意味がある。その意味を想像してみて、悲しさを感じたら、たぶんあなたの読後感は私のそれと似ている。
ふたりは7月7日に来てほしくなかったのだ。6日のままでいたかった。その理由は、読んでいくと、うっすらわかると思う。

 玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ(岡野)

この歌は本の題名であり、99ページの、7月5日の章の巻頭歌である。玄関の覗き穴から差してくる光、とは、マンション、アパートなどのドアが思い浮かべられる。硝子が嵌められた引き戸など、玄関そのものが明るい場所では(仮に覗き穴があったとして)、穴から「光が差して」くるほどの明暗の落差がないからだ。
室内が暗ければ暗いほど、その光は薄明光線のような効果を生む。ひとすじの光として存在したはずなんだ、なのに——。
「なのに」の次にはいろいろな感情が入るだろう。前述した輪郭のはっきりした無力感も、きっと入る。

 電波ひろえないラジオになりきれば午後の授業はきれいなノイズ(岡野)
 消しゴムにきみの名を書く(ミニチュアの墓石のようだ)ぼくの名も書く(木下)
 卓上の『カラマーゾフの兄弟』を試し読みして去ってゆく風(木下)
 神は僕たちが生まれて死ぬまでをニコニコ動画みたいに観てる(岡野)

しかしなんといっても、この一冊を強固に支えているのは、ふたりの歌人のガチな描写力である。勉強に、あるいはクラス全体についていけない自分を「電波ひろえないラジオ」に喩え、消しゴムを小さな墓石に見立て、本をめくる動きを風の試し読みと感じ、神の視座をニコ動と言ってのける。言葉にゆるみがなく、埋め合わせのような部分もなく、描写と内容と定型がぴったり寄り添っている。

読みやすさのあまり見逃してしまいそうだが、絶妙な緊張感によって一行一行が作りこまれている。ハードな内容にリアリティと重厚感を与えているのは、まぎれもなくふたりの歌人の技量による。
ミステリとしては謎解きが困難なものになるかもしれないが、短歌の本として、ひとつの新しい在り方をしめしていると思う。

2019年2月22日金曜日

句集歌集逍遙 山田耕司句集『不純』高山れおな句集『冬の旅、夏の夢』/佐藤りえ

『不純』は山田耕司の第二句集。装幀は山口晃の挿画を画面いっぱいに使い、そこにピンクの箔文字で題名と著者名があしらわれている。浮世絵のタッチで現在の風俗に江戸~明治などの事物をまぜこぜにして描く、画家の真骨頂ともいえる構図が、この句集にぴたりとはまっている。

それにしても、これほど「裸」という文字が目にとびこんでくる句集は他にないのではないか。実際は「裸」という言葉そのものが詠み込まれた句は数句なのだが、あまりに濃厚なその気配が一集全体を桃色に染め上げている。

眼の球は濡れつつ裸ふきのたう
秋すだれまぶたは割れて目は濡れて

あまた詠み込まれた人体の部位。句に人体を詠み込むということは、人体を新たに参照している、ということでもある。古来より人は星々と人体の照応を試みてみたりなどしてきた。(印刷博物館で「天文学と印刷」を観覧して只今かぶれております)「からだ」を参照し、認識を更新する試みがここでもなされている。眼球はいつもむきだしであること、しかもまぶたという割れた(とじたりひらいたりする)場所からのぞいているということ、こうした事実を言葉でもって赤裸々にしてしまうこと。説明をすればするほどただいけないことを書いているような気がしてきた。

服を着て逢ふほかはなし宵桜

なぜ人は服を着なければならないのか、宗教的、衛生学、犯罪学、羞恥心、公共の概念などを抜きにして真面目に語り仰せるひとはなかなかいないだろう。仕方が無い、服を着ていこう。こんなによい宵桜だというのに。

このレヂと決め長ネギを立てなほす

「からだ関係」外で特に好きな一句。スーパーで会計を待っている景だろうか。どこも同じように混んでいるのだろう、とりあえずこの列に並び続けることを決めた。ネギを「立てなほす」というのが、泣かせる。ちいさな決意の塔として、剣としてそびえるのだ、長ネギは。

焚き火より手が出てをりぬ火に戻す

いわゆる「物の怪」のひとつになるだろうか。火から出ている手を火に戻す。残酷さとやさしさがないまぜになったような描写に思えるのは、簡潔さのせいだろうか。

卵黄は背泳ぎなりや春深空

生卵をなにか平らな場所(バットか、フライパンの中央か)に割り入れた景と思う。卵黄はたしかに中央に浮き上がっていて、卵白はその下と周囲を占めている。卵黄がその中を泳いでいるとは、なんたるあえかな見方だろう。おおっぴらには言わないが、あっちこっちの句からして、全裸を推奨しているとしか思えない、そんな著作のうちに、このような繊細な句がひそんでいることは、かえって不可逆的なことに思えて仕方がない。

以下、好きな句を挙げます。

座布団は全裸に狭しほととぎす
股をくぐれ花の萩野をゆくと思へ
人出づるこの毛皮より湯槽より
跳び箱よ虹は橋ではなかつたよ
春それは麦わらを挿す穴ではない
恋おとろへ柚子に湯舟の広きこと
まんなかに狼を吊る人の秋
冬の日やもの食ふときに箸は濡れ
榾は火を豪雨は街を得たりけり



『冬の旅、夏の夢』は高山れおなの第四句集。Ⅰ部は旅吟からなる。

これがまあコンスタンティノポリスの夕焼なる

コンスタンティノポリスは現在のイスタンブール、かつての東ローマ帝国の首都「コンスタンティノープル」のラテン語名。1453年、オスマン帝国による陥落を迎えるまで一千年以上の長きに渡り栄華を誇る、難攻不落の都市だった。掲句ではイスタンブールの地に立って、その東ローマ帝国の夕景を偲び、かつ一茶の「これがまあ終の住処か雪五尺」の感慨―陥落都市の寂寞と、華やかな江戸を去り、揉め事の待つ郷里に決着する失意―が重ね合わせられている。
このように、旅吟の其処此処に時間と空間を超えた感興が呼び覚まされ、詠み込まれ、眼前の景を借景として、重層的に参照されていくさまが愉しい。

エザーンに鷗(かまめ)たちたつ明易き
  ※イスラムの礼拝の呼びかけをアザーンと云ふ。
   トルコ語にてはエザーンとなる。

早朝の礼拝に鷗をみる図となるが、鳥と「明易き」の取り合わせから落語の「明烏」を彷彿とさせられる一句。支配者、言語、宗教も一様でなく、混濁を経たであろう地の「信じる人」の姿と「明烏」の主人公・時次郎を二重写しに見てしまうのは深読みであろうが、踏み込んでみたくなるものがある。

こうした詠みぶりが誓子の『黄旗』、青邨の『雪国』を参照している、とは著者自身が句集刊行の折に版元の句集紹介で明かしているところである。なるほど、

碧き眼の露西亞乗務員の眼に枯野  誓子『黄旗』
火酒は水かと澄めり氷る夜を
青高粱(あをきび)は夜を朝としぬ展望車  青邨『雪国』
樽前に日は落ちてゆく花野かな

「枯野」を季感としてのみでなく、「文化の挿入」のように呼び寄せる点、屈折しながら格助詞で終わる文体、「夜を朝としぬ」から「夏や春」のような急激に反転する展開の仕方など、照応を見たい点が散見する。
以下、旅吟から好きな句を挙げます。

毛皮着て王いき〳〵と醜けれ「ふらんす物語」
最高の無法の蝶を見しはうつゝ「富士山記」
〈あはれにすごげ〉須磨のガストといふ処「Family Vacation」
宇宙劇寒暮口あけ仰ぎしは「ローマにて」
寺々や殉教(マルチル)〳〵寒夕焼
孵りたる赤さに一の鳥居秋「はるひ、かすがを」
秋冷の起伏を呼べり飛火野と

Ⅱ章は日常詠。以下に好きな句を挙げます。

ルンバはたらく地球は冬で昼の雨
そのこゝろ歌に残りて実朝忌
唐津これ陽炎容るゝうつはもの
ひねもすの春愁のガムみどりいろ
はつなつの皿に映りて生き急ぐ
我が汗の月並臭を好(ハオ)と思ふ
秋のうみゝひらいて皆さまよへり


『不純』(左右社)2018年7月31日刊
『冬の旅、夏の夢』(朔出版)2018年12月7日刊

2018年12月28日金曜日

句集歌集逍遙 『兜太 TOTA』vol.1/佐藤りえ

2018年最後の回は雑誌『兜太 TOTA』の寸感としたい。先日行われた「兜太と未来は行くのための研究フォーラム」も拝聴したが、パネリスト各人の発言がどれも充実し、大きなテーブルに大皿料理がどんどん並ぶ、といったなかなか凄まじい様相を呈していた。「兜太」を媒介として諸問題が噴出した、という感もあった。
今回は『兜太 TOTA』から特に筆者の興味の惹かれた項目をピックアップして記すこととする。

*金子兜太 生インタビュー(1)
黒田杏子・井口時男・坂本宮尾・筑紫磐井に藤原書店社長・藤原良雄を加えた5人が聞き手となり、熊谷の兜太邸「熊猫荘」で行われたインタビューの書き起こし。
生育歴順となる俳句初心の「成層圏」の話題に始まり、戦争、石田波郷について、秩父についてなど多岐にわたる話題が取り上げられている。
内容については既に世に出ているトピックもあるが、村上一郎の話題や、トラック島での俳句のその後、波郷・草田男についてなどを本人の肉声として読むことであらためて感興があった。“ドストエフスキーと柔道”は何か象徴的なエピソードとも思える。

*誰にも見えなかった近・現代俳句史——虚子の時代と兜太の時代/筑紫磐井
近・現代俳句史を方法論の推移を中心にひもとく文章。
「配合論」と「音調論」、「配合法」と「思案法」、「諷詠派」と「表現派」、「詞」の詩学と「辞」の詩学、そして「造形俳句論」に至る兜太の思考を整理していく。
ホトトギスを中心に据えた「人のながれ」による歴史ではない、方法論の反駁に焦点をあてた整理は、今後の昭和・平成の俳論・方法論の再検証にとっても重要な視点である。
歴史とは現在からの絶えざる問い直しであり、こうした視点がその新たな呼び水となるのではないだろうか。

*兜太と珊太郎——月光仮面のように/坂本宮尾
兜太が「成層圏」に参加するきっかけとなった人物・出口珊太郎についての項。
本稿に詳しいが、出口珊太郎は星新一の父・星一の庶子として生まれ、旧制水戸高校で兜太と出会う。
「成層圏」初期の事情、成層圏東京句会のことなど、珊太郎自身の句をまじえ、背景が丁寧且つ精緻に綴られている。この文章を読んで筆者はすっかり出口珊太郎のファンになってしまった。
戦前戦中の青年が俳句に関わるということ、その実態を鮮やかな筆致が描き出していて大変興味深いものである。もっと長い尺で読みたい一文だった。


『兜太 TOTA』vol.1(藤原書店)2018年9月刊

2018年12月7日金曜日

句集歌集逍遙 竹岡一郎『けものの苗』/佐藤りえ

『けものの苗』は竹岡一郎氏の第三句集。装画および挿画のクリーチャーたちはご息女の手によるものという。これら名も無き正体不明な多彩な生き物たちが、句集全体をふさわしく彩っている。

話を少し脇道へ遣るとして、映画「ブレードランナー」的な、繁栄栄華の後に待っているのは清潔な、完璧に整理・管理された世界ではなく、猥雑で雑多な「ゴミ溜め」のような世界である、という近未来感は二〇世紀的な感覚であり、またモダニズムの徒花としての指向、終末感覚だったと個人的に思っている。
「けものの苗」の世界はそういった混沌に近しくありながら、土俗的な事象も取り込まれ、さらに有機物と無機物の別もなく、生死の境界、彼岸と此岸の境界、神とそれ以外の境界すら曖昧な、全方向での総力戦と呼びたい様相を呈している。

 咒を誦(ず)せば磯巾着の絞まり出す「蛭の履歴」
 洞窟や太き触手の元気な朱夏「無垢といふこと」
 北極を溶かし続くは鯤(こん)の息「無垢といふこと」
 澪照らし合ふや鵜舟とうつほ舟「バチあたり兄さん」
 大蟹が自重に砕けつつ這へる「なべてあの世の僕の梨」


一句目は陰陽師や術者のようなものを思い浮かべればよいのだろうか。文言を唱えられ苦悶するのは磯巾着である。二句目、夏天のもと、洞窟からなにかの触手が溢れんばかりに湧き蠢いている。とても元気なのだという。三句目、「鯤」は古代中国の想像上の大魚。北方の海に生息するとされる、その息が氷河を溶かしている。四句目、「うつほ舟」は丸木をくりぬいて作られた舟のことをいうが、多くは女性が乗せて流された舟として古典に登場するものである。そんな舟と鵜飼いの舟が互いの水脈を手燭で照らし合うという、かなしく、且つコケティッシュな情景だ。五句目、大きさゆえに重力に逆らえず自壊しながら這う蟹。生き物と呼ぶには酷いところを簡潔に書いている。

皆それぞれの暴力性にさらされながら、必死に生きている。必死というほかない描写の連続に目眩が誘われるが、どうにもこれは遠い世界のことを言っているのでもなく、想像に遊んでいるのでもない。アニミズムと締めくくってしまうのは、それも違う気がする。ここでいう「世界全体」には河童、人魚、狐などのあやかしから戦争も兵器も議事堂も、地獄などの他界も平等に含まれ、渾然としているのだろう、というよりほかはない。

 僕なる黝(くろ)い穴へ白鳥矢継ぎ早「極私的十三歳」
 喉に狐火つまらせ今日もまだ人だ


そんな無常の世間において、「僕」はどうやら「黝い穴」や狐の子(「狐わらし」という章がある)など、末端、異端として存在しているものとして自覚されている。掲句二句目など、人でいることの韜晦がにじんでいる。この世の現状はある種「人間至上主義」とも呼べる状態だと筆者は思うのだが、「僕」はそうした驕りからは遠い、どちらかといえば無力な存在として提示されているのが興味深い。

 雷を共に怖がるひと欲しい「ラヴラヴフランケンシュタイン」
 まづ臠(ししむら)つぎに霊(たま)容れ冷蔵庫
 極北に空く冷蔵庫 次の進化


フランケンシュタインを主題とした章から引いた。一句目、つねに怖がられる存在であるフランケンシュタインの、切ない内面が吐露されている。二句目、死体を材料として作られたため、腐敗を忌避するためには冷蔵庫に保管されなければならない。地面の下と冷蔵庫、温度はともかく、より冷えているのはどちらだろうか。三句目はフランケンシュタインが逃亡した「空の冷蔵庫」に続き「次の進化」が提示されている。人造人間がさらに進化したとして、それはどんなものになるだろう。

 殴られすぎて音楽になる雪か「極私的十三歳」

集中から、筆者がもっとも好きな句をひいた。「殴られすぎて」、拳をふるわれる回数が多くて、殴打音がリズミカルだった、というふうに句意を取ることも可能であるが(その場合結句の「雪」が俳句的な「私」の代替物とも読めるが)、「私」が雪に降り込められているさまと読むと、途端に花鳥諷詠となり、実体を排した句として読むと、強固な前衛句として「立つ」ものである。

作者はあとがきを「(前略)その惨たらしさを焼き尽くし、なつかしさを遠く離れ、生き変わり死に変わりを超えて、立ちたい。」と締めくくっている。集中には見事に「立つ」句があらわれている。唯一無二の錬成を繰り広げる作者の立句を、今後も注視していきたい。


 月の裏では王たちを氷責
 長夜の手招き遮断機が上がらない
 夕虹も腕もねぢられるためにあつた
 木耳のはばたく音に囲まるる
 革命は蛸である神はまだ無い
 鮫の背骨が折れてることは言はないで
 天井に包丁吊つて冴えて安心
 すき焼きに戦後の夢が煮詰まりぬ
 吹き飛ばされた四肢べつべつに花へ這ふ
 心臓がとろけて桜しか見えぬ
 舟として地獄に灯る夏布団
 春昼をさまよふロバのパン屋かな



『けものの苗』ふらんす堂/2018年10月刊

2018年11月23日金曜日

句集歌集逍遙 樋口由紀子『めるくまーる』/佐藤りえ


樋口由紀子さんの川柳句集『めるくまーる』は『容顔』以来19年ぶりの第三句集。
『容顔』は怪しくも美しいカバーが想起させる鈍錆の世界を湛えていた。『めるくまーる』ではまた違った世界が繰り広げられている。

 どのパンを咥えて現れでてくるか

「パンを咥える」という事柄から思うのは、少女漫画における主人公少女と恋の相手の出会いのシーンにまつわる言説だった。「パンを咥えて「いっけなーい、遅刻遅刻」と慌てて登校する少女が、曲がり角で不注意ゆえに人とぶつかり、その相手に抱き起こされ、一目惚れしてしまう」というのがあらましだが、この言説は複数の情報が長い時間を経て組み合わされ、またギャグとして共有されているうちに、真に存在したように誤解されているものである。
現在では存在しないことを念頭に「遅刻する食パン少女」というアイコンが消費されつつある。
長々と綴ってしまったが、この一句を読むにあたり、どうしても食パン少女が脳内に走り出でてしまう。こういう読み方がよいのかどうかは留保したい。が、曲がり角の向こう側で、やがてぶつかる相手が「今日はどんなパンか」と待ち構えていると思うと、独特の興趣がある。

 勝ち負けでいうなら月は赤いはず

一読「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの/池田澄子」を思い出してしまうのは、「勝ち負け」という判断が含まれていること、勝ち負けから起承転結の結へと展開を見せること、前半と後半に論理的な因果関係がないにも関わらず、助詞で結ばれ、順接の関係があるように見えていること――などが要件として挙げられる。
その上で、掲句ではさらに結句が「赤いはず」になっている。断定していない。赤いのが勝ちなのか、負けなのか、も明示されていない。これだけ不確定要素が多い一行なのに、読後にもやもやや不安が残されない。なんだか狐につままれたようである。

 今家に卵は何個あるでしょう
 なにもない部屋に卵を置いてくる

卵の登場する句を並べてみた。この二句は句集では隣り合って配置されているわけではない。
どちらも句切れをほとんど感じさせない、という点が共通しているが、一句目は話し言葉であり、二句目は書き言葉である。「卵」を何かの暗喩として読むことを一切拒んでいるかのような、するりとした容貌と、読みやすく、且つ一分の隙もない構成に、しばし唖然とする。こういった句に出会うと、意識を一時停止させられてしまう。この一時停止は他所ではなかなか味わえない感覚で、勿論厭うべきものではない。

 どう向きを変えても高遠に当たる

「高遠」は長野県の高遠町のことだろうか。疑問形になってしまうのは、そういう地名が実在しているとして、この句に書かれている「高遠」そのものとイコールであるとはかぎらない、とどこか脅迫的に私がそう思ってしまうから、である。
それがどこにあるか、が問題ではないのだ。「どう向きを変えても当たってしまう」ことが問題なのだ。物理の神様に聞いてみたい、どうしたら高遠に当たらないようにできるのですか、と。
しかも、「向き」である。力加減や投擲する方法(いや、そもそも「投げる」とすら書かれていないのだから、投擲とも限らないのだが)が問題ではない。
そして、「高遠」も問題を抱えているのだ。ここでは高遠の広さすら無効化されてしまっている。どう変えても当たる、つまり高遠のどこにいても「当たる」可能性がある、ということだ。なんというスカッドなのか。危険きわまりない。

かように、あらゆる社会通念、社会常識的な理を瞬時にはなれて、言葉に没入していく、あるいは、言葉がそうした「雑音」を遮断してくれる。シャープで、濃厚な句集だった。

 短いならば短いように舟に積む

 布団から人が出てきて集まった

 アフリカのダンスをしよう鳥が来る

 暗がりに連れていったら泣く日本

 ゆっくりと春の小川がでたらめに

 字幕には「魚の臭いのする両手」

 わたくしをひっくりかえしてみてください

 綿菓子は顔隠すのにちょうどいい

 60と61の違いなど

 いつだって反対側を開けられる

 缶の蓋見つからなくて美しい

 空箱はすぐに燃えるしすぐに泣く



『めるくまーる』ふらんす堂 2018年11月刊