2022年7月15日金曜日

【句集歌集逍遙】ブックデザインから読み解く今日の歌集

 水上バス浅草行き」岡本真帆

持った感触が手になじみのよい本。ザラっとした紙質のカバーに、線画の装画と信号色の構成。ビリビリした線が特に好きなドローイングマニアとしては、この装画はたまらない。装丁・装画を手がける鈴木千佳子さんは亜紀書房の「言の葉の森」(チョン・スユン 吉川凪訳)も担当されている。和歌からイメージを広げた翻訳家のエッセイ、こちらもとてもよい装丁です。

本文の短歌が太ゴシックと太いかな書体の合成フォントで組まれている。漫画でよく使われる組み合わせだが、歌集ではかなり珍しいのではないか。漫画を読み慣れている人にとってはとても読みやすいに違いない。歌集のフォントとしては、だから太め—ウェイト重め—なんだけれど、あまりそういう印象を受けない。短歌の内容(日常の点景として、作りはわりとオーソドックスだと思う)、本体の紙色、紙質との組み合わせ、ページ2首組みの構成などが相まっているのだろう。

 卵かけごはんの世界から人が消えれば卵かけられごはん/岡本真帆

 平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビール これが夏だよ

特筆すべきは装丁、造本の自由さだ。見返しにも短歌とイラストが配され、カバー裏は見出しで埋め尽くされ、帯にも短歌がタイルのように配されている。すみからすみまで「歌集」であろうとしている本。それがなぜだかうるさく感じない。簡潔だからだろうか。南伸坊デザインの椎名誠の本のような簡潔さだ。


柴犬二匹でサイクロン」大前粟生

なにかの粒子が光る赤のぶあつい特殊紙に青の箔押し。この色の組み合わせが既に規格外なのに、さらに見返しが蛍光イエロー、本文紙がかなり薄いコート紙。カバーなし。140ページ以上あるのに束(つか)がたいへん薄い。コート紙は普段カタログなどに使われるつるつるした紙で、単独の歌集の本文紙にこれを使用しているのは極めて稀なんじゃないだろうか(俵万智さんと浅井愼平さんの共著「とれたての短歌です」はフルカラーで写真もふんだんに使用されていたので確かコート紙だったと思うが)。

 お互いにワンパンし合う関係で倒れた場所を花園とせよ/大前粟生

 棺桶に詰められるならパフェに似た佇まいでと約束の夏

勢いのあるタイトルがとてもよい。短歌はわりと修辞がかっちりした、ことばの扱いに長けている人のつくったものだなという印象。本の佇まいと、言葉の強さと、内容の暴力性のかけあわせがなんだかすごい。


鬼と踊る」三田三郎

カバー上部が表紙のデザインで、カバーを剥ぐと続きみたいに表紙が現れる。北欧風な色彩と模様のみの表紙。シンプルなデザインにタイトルはあえての丸ゴシック(ただし、昨今流行中の明朝寄りの丸ゴシ—筑紫丸ゴシック、みたいな—である)の銀箔押し。人を食っているというか、正気なのか狂気なのか、といった作りである。

 あなたとは民事・刑事の双方で最高裁まで愛し合いたい/三田三郎

 生活を組み立てたいが手元にはおがくずみないなパーツしかない

本文書体はゴシック。目次をみているとハードボイルドの短編集か、と思えなくもないような、そうでもないような。かつて「とほほ」と表現されたような自虐的自省とマイルドな毒舌が交錯する、作風と書体が合っている。歌集にゴシック、もこの10年ほどの成果と思う。


たんぽるぽる」雪舟えま

短歌研究社の新しいラインナップ、短歌研究文庫の第一弾。親本は明るいタンポポ柄のカバーを取り外して広げると丸いテーブルクロス(?)ランチョンマット(?)状になるものだったが、その意匠を受け継ぎ、コンパクトなデザインに見事に落とし込んでいる。

 人類へある朝傘が降ってきてみんなとっても似合っているわ/雪舟えま

 ごはんって心で食べるものでしょう? 春風として助手席にのる

筆者は闘う女の子が嫌いではないが、女の子を闘わせがちなことについてはいつも苦い気持ちを抱いている。そこには無言でサクリファイスが求められている気がするからだ。雪舟えまの短歌は闘う意思、みたいなものが漲っている、なんだか応援されている気持ちになるのだが、「応援歌」というより「共闘」といった言葉が浮かぶ。一緒に闘いましょう、みたいな。本書のあとがきにもまさにそうした言葉が並んでいる。

短歌の文庫は歴史があり、既刊の短歌研究文庫、短歌新聞社、不識書院などからも多数の現代短歌歌集、選集が刊行されている。これらは一般的な「文庫」と同体裁のものである(ただし「文庫」に統一された規格があるわけではない。各社の文庫も微妙にサイズが違っている。今手元で実測したところ新潮文庫(152*106)小学館文庫(150*105)河出文庫(148*105)だった。)

この新しい短歌研究文庫は文庫と新書の中間ぐらいのサイズ(170*105)で、手になじみ、読みやすいサイズ感になっている(新書はだいたい173*110ぐらいなので、新書よりほんの少し小さめ)。

かつてネット上で発表されていた「地球の恋人たちの朝食(抄)」も併録されている。日記のような、詩のような、小説の断片のような文章のかずかずが、短歌とともに読めるようになったことも喜ばしい。作者の思考のエッセンスがよりなまな形で表れている。

文庫なのでページの制約もあるわけで、ページ4首組みのレイアウトになっているが、縦長の判型になることで天地の余白も適度にあり、心地よく読める。文庫の場合、ページあたりの収録歌数が多くなることもままあるが、読みやすさ・見やすさを保ってもらえるのはありがたいことだ。

これらカラフルな歌集たちが書店に居並ぶのを見て、とてもうれしい心持ちでいる。ますます手に取りたい書物、物体としての歌集が増えていくのを楽しみにしている。

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