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2025年7月25日金曜日

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり33 『凧と円柱』(鴇田智哉・2014年刊・ふらんす堂)を再読する。 豊里友行

  鴇田智哉(ときたともや)さんは、2009年に大変な話題となった新人発掘のアンソロジー『新撰21』のひとりで私も御一緒させていただいた。俳人としての作品の面白みが定評だったと記憶している。

 この本句集『凧と円柱』は、第6回 田中裕明賞(2015年)受賞作品。

 その帯文より。

 この句集はいわば、心の編年体による。(あとがき)

 編年体(へんねんたい)とは、「史実の展開や人物の事績を時を追って記す年代記であり、歴史叙述の形式としてはもっとも伝統的、かつ普遍的なもの。」のこと。

 俳人・鴇田智哉さんの俳句は、自らの感性を見い出していく丁寧な生きた証だ。

 俳句らしさというよりも鴇田智哉という感性のダイヤモンドを発掘している。

 それは、鴇田智哉の軌跡、人生の足跡でもある。


うすぐらいバスは鯨を食べにゆく

 薄暗いバスは排水口のような夕日に吸い込まれていく。

 そんなバスの席か吊り皮に揺られながら酒の席へ向かう途中なのだろう。

 わくわくしながら今日の宴の鯨を想像して胸の海原を躍らせている。


いちじくを食べた子供の匂ひとか

 果実のようにぶら下がる子どもは、なにやら今日は無花果(いちじく)の匂いがするとか。

 日々の子どもとの距離とか俳句の日記には、創作も記憶のダイヤリーも自由奔放に見出されていく。


日陰からおたまじやくしの溢れくる

 日陰でないと干からびてしまうほど自然は誕生も死もシビアに選択されていく。観察眼の裏打ちされた俳句が土台にあり、そこから鴇田智哉の感性のダイヤモンドが見い出されている。それは、1句1句の良し悪しではなく鴇田智哉さんの生きる道程に印された俳句の足跡なのである。生きものの生死のように丁寧に生きる己の感性の化け物を見い出している。


黄揚羽の刻み込まれてゐる林

 黄揚羽が林に刻み込まれていると感受する詩眼は、この日々の己の感性の化け物を丁寧に記していこうとする鍛錬の賜物だ。


水ぬるむ腕に金具が嵌めてある

 洗顔のためか。腕時計を外しているのだが、水温むの季語も活かされつつ現代感覚の丁寧な日常の所作に詩眼を見い出していく鴇田智哉の感性には、瞠目させられしっぱなしである。


人参を並べておけば分かるなり

 人参を並べておけばわかるだろうか。市場や村の無人販売などの人参には、本当は、「それぞれに人のルートがあるのよっ」て市場んちゅは云う。人のルートって?「それぞれお客さんがね。通る道があるのよ。」無人販売で何なにのバッチャマ、ジッチャマの顔が浮かぶ。そんな丁寧な生き方を現代人は、忘れがちで丁寧に生きることさえ忘れがちだ。


前触れが葱の花よりただよへり

塊として菜の花にうづくまる

まつくらな家にとんぼの呑み込まる

 前触れを感受する丁寧さは、私は自戒を込めて丁寧に生きるのを連呼する。その前触れを感受すべき詩眼のアンテナを広げたい。葱の花や菜の花、蜻蛉を鴇田智哉さんの人生は、どのように俳句化されているのか。その記録でもあり記憶でもある鴇田智哉の人生がこの句集の此処には、確かに在るのだ。


さはやかに人のかたちにくり抜かる

 最後の句は、私なりに鑑賞してみるとアイスクリームのスプーンにくり抜かれる人のかたちが表出していると捉えてみた。そんな面白みが楽しい。

 鴇田智哉の俳句日記は、描く。

 それらの俳句たちは、鴇田智哉に棲む感性の化け物の目撃者なのだ。

 松尾芭蕉の旅を書に綴るように今後も鴇田智哉の句集に潜む感性の化け物がどのように詩眼を開花させていくのか楽しみにしている。


 下記も共鳴句をいただきます。

かまきりの眼のそらに面したる

どこまでの木目のつづく春の家

三つほど悪い茸の出てゐたる

マフラーのとけて水かげろふの街

囀の奥へと腕を引つぱらる

いつぽんの秋刀魚ののびてゐる光

こほろぎの声と写真にをさまりぬ

はだいろのとけこんでゐる竹の春

息をのむエレベーターといふあそび

2015年10月30日金曜日

「凧と円柱」による認識論  3   竹岡一郎

《びーぐる28号(2015.7、発行・澪標)より転載》



作者は見る事の疑いから始まり、あらゆる輪郭を疑い、人間も含めた様々な事象を干渉させ合い、溶かし合い、存在しつつ不在であるという認識へと読者を導いてきたのだが、それは決して虚無主義のなせる技ではあるまい。むしろ正しく観ようとすれば、こういう認識の過程は避けられないという事実を、様々に展開していったのだと思われる。その証明として、最後の「7」という章の二句の解析を試みたい。

すると地のまぢかに虻の浮び出づ     「Ⅲ」

「すると」とは、今まで模索してきた認識の果てに突然、と解する。虻とは、その小さく鋭く激しい翅音が眼目であろう。その翅音が、まだ肉体を持っている作者の、二本の脚で立っている地の間近に浮かぶ。それは啓示のようである。川端茅舎の「花杏受胎告知の翅音びび」を思う。そして、最後の句が現れる。

7は今ひらくか波の糸つらなる      「Ⅲ」

まず思うのは、次の一節であった。「彼はそこで、すべてを常に七と三とのめでたい数で所有していた高貴な一族が、その紋章である星の光芒の十六の数に負けて、ついに亡び去った遠い昔の遺跡が今も残っているのを見たであろう。」(リルケ「マルテの手記」望月市恵訳、岩波文庫)

3が堅固なバランスによる豊饒であるなら、7は不安定なる聖性であろう。古今東西、7は聖性を表わす数字として良く用いられてきた。聖性の抽象化といっても良い。掲句はアラビア数字で表記する事により、より抽象性を高めている。

もう一つ思い当たるのが、チベットの死者の書に記される「守護神を溶かす瞑想」である。要約すれば、次のようになる。信仰する守護神を、それが単なる見かけであって存在していないかのように、瞑想する。次に、視覚化された守護神を、先ずはその四肢より溶かし、遂にはその像(イメージ)を溶かし尽くし無くしてしまい、清澄なる虚空の状態、それがなにものであるかとは考えられぬ状態に瞑想者自身を置き、その状態を保持した後に、再び守護神について瞑想し、再び清澄なる光について瞑想する。その二つを交互に行なった後、瞑想者自身の知性を、先に守護神に対して試みたのと同じように四肢から溶かしてゆく。

死者の書に試みられるのは、聖性をあたう限り正しく客観的に、まっさらな状態で認識しようとする技法である。掲句もまた、同様な試みではあるまいか。なぜなら、「光」または「虚空」とでも記せば、どうしても意味が付き、思い入れが生じ、つまりは聖性と認識者との間の夾雑物は避けられない。

「7」、即ち聖性が「今」、即ち、過去でも未来でもない一点の状態で「開く」、つまり溶け広がり、啓示される。同時に、「波の糸つらなる」という認識が顕われる。全ては「波動でもあり粒子のつながった状態である糸でもあるもの」が連なっている、と認識されている。ここに作者が可能な限り正しく世界を認識しようとした一つの結果を見出すのだ。しかし、作者がこの結果に決して満足していないのは、「か」という疑問に示されていよう。ここで、この句集の冒頭に置かれている句を挙げるなら、

いきものは凧からのびてくる糸か      「Ⅰ」

この句から「凧」を除外すれば、「いきものはのびてくる糸か」となる。句集の掉尾の句との相違は、糸がまだ「波の糸」とは認識されていない事だ。空に不安定に浮かぶ凧という物体が何を表わすかは、読者によって様々に受け取れるだろう。「凧からのびてくる糸」から出発して、自らをも含めたあらゆる存在の認識を検証し、検証すればするほど朧になってゆく認識に耐えて、掉尾の句に至る。この句集を、私は、あまりに純粋に世界を認識しようとする苦闘と読む。

関悦史の句集をひもとくに、それは奇妙な年代記のような渾沌であり、固体性に溢れている。この度の鴇田の句集をひもとくに、それは肉体も場所も年代もみな輪郭を失くし、気体と化しゆき、ついには聖性を希求する。互いに対極に坐すような二つの句集が、三年の時を経て、共に田中裕明賞に並んだのは、この賞から俳壇が変わる兆しのように思う。


(了)

2015年10月16日金曜日

「凧と円柱」による認識論  2    竹岡一郎

《びーぐる28号(2015.7、発行・澪標)より転載》



  或る夜の守宮と影をかさねたる        「Ⅰ」 
菜の花と合はさるやうに擦れちがふ      「Ⅱ」 
あふむけに泳げばうすれはじめたる      「Ⅰ」

守宮とも菜の花とも重なり合わさる体は、例えば空という果ての無いものを仰ぎつつ泳げば、いとも簡単に拡散し、薄れ始める。これは他の人々を見る時も同様である。


おぼろなる襞が子供のかほへ入る      「Ⅰ」 
さはやかに人のかたちにくり抜かる     「Ⅲ」 
輪郭がとんで石灰山にひと         「Ⅲ」

うねっている場の雰囲気は、襞として子供の顔に入る。秋の涼しさに人は、赤外線スコープで見た時に体温の塊でしかないように、形だけがくり抜かれる。白い石灰の山に有れば簡単に輪郭が飛んでしまう。

そうなると、次の句群は、当たり前の事が、まるで奇跡的な一時的なものであるかのように認識されていることになる。

春風の止んであたまが上にある        「Ⅲ」 
コスモスに触れてゐる間は部屋がある     「Ⅲ」

頭が上に有る事、部屋がある事、これは当たり前のことだ。だが、再び風が吹けば、頭が上に有るかどうか、コスモスから身を放したら部屋は存続するのかどうか。

己が体も、体を囲む外界も、ぼんやりと輪郭の無いものへと変化してゆく感覚。しかし、句集を読む限り、そこには苦痛も恐怖も無い。敢えて一句挙げるなら、ここに咳の句がある。

あかるみに鳥の貌ある咳のあと        「Ⅰ」

放哉の「咳をしても一人」とは対極にあるように見える。それでも咳とは体にとって一種苦痛であって、人が苦痛によって体の機能を再認識するのであれば、咳は己が呼吸を認識させる。呼吸する体を認識した後に、明るみの鳥の貌を認識する。

ここは何処だらうか海苔が干してある     「Ⅰ」
この奇妙に明るい、懐かしい喪失感。海苔が干してあるのは、恐らく世界の果てで、しかし、懐かしい。いや、世界なんてものがあるのかどうか、そもそも疑わしい。分っているのは海苔が干してある事だけだ。「海苔干す」という春の季語から、俳人は春の明るい浜辺を想像するのだが、それは季語という猶予が仮に与えられ、その猶予に縋って読みたくなるだけのことだ。実景には、浜辺も陽光も無いのではないかという不穏が隠されている。

たてものの消えて見学団が来る        「Ⅱ」

これはいわき市吟行の句である。かつて「いわきへ」なる合同句集に、この句を見た。見学団は建物の流された後を見に来たのだが、ここに醸される荒涼とした明るさは何であろうか。戦時中、「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。」と、太宰治は「右大臣実朝」に書いた。その太宰の観じた明るさと同様のものを感じる。(そういう匂いのアカルサは、そもそもこの句集の最初から繰り返し綴られている。)

鳴りわたる時報に葛のはびこれり     「Ⅱ」 
終りめく数字が月の電柱に        「Ⅱ」
時報が何のために鳴るのかわからなく思えてくるのは、葛が傍若無人にはびこっているからだ。月下の電柱に有るのは只の数字だが、それが終末へのカウントダウンを表わしているように思えてくる。それら世界の崩壊を匂わせる雰囲気に対して、圧倒的に傍観者である作者である。

上着きてゐても木の葉のあふれ出す    「Ⅲ」 
うぐひすを滑らかなるはヘルメット    「Ⅲ」
このような穏やかであると同時に吹っ飛んだ叙情性は、一旦、己が体も含めた世界の輪郭を疑い切った後に、生まれて来るものだろう。認識のずれ、それはこれらのたった一字の助詞のずらし方(一句目の「も」、二句目の「を」)から見られるように、実に僅かな角度のずれなのだ。この二句において、ずれは存在の位置関係だけに留まらず、存在するものの構造自体に及んでいる。人間は日常においては、角度の微調整を絶えず無意識に行う事によって、認識の断絶を何とか回避しているのかもしれぬ。だから、その微調整を敢えて外すことが、遂には自らの存在を追いつめてしまう事は、次の掲句に表わされるように、作者にも良く分かっている筈だ。

霧のマンホールに乗つてゐてひとり    「Ⅲ」
マンホールと「ひとり」以外は全て霧なのだ。霧が晴れるまで、其処から動けない。動けば、霧の深淵に落ちるかもしれず、或いは自分が霧と化すかもしれぬ。

断面があらはれてきて冬に入る      「Ⅲ」 
靴ふたつその上にたちあがる冬      「Ⅲ」 
シーソーを冬の装置としてをがむ     「Ⅲ」
この孤独な、危うい釣り合いの上に立っている三句が、いずれも「冬」の句である事には理由があるだろう。「存在の寒さ」或いは「輪郭の揺らぐ世界の厳しい面」を「冬」に託しているなら、シーソーを拝む作者の姿は切実である。シーソーは物体のシーソーというよりは二元論的な釣り合いである。

ここで句集の終わりも近く、或る激しさを覗かせる句を挙げよう。激しさといっても、作者の性格上、真綿でくるんだような刃であるが、現実という甚だ頼りない認識が破綻を生じた瞬間、とでも言おうか。

絵がひらたく剝がれ吹雪の谷へ入る    「Ⅲ」

剝がれるのが積雪の破綻であるなら、絵と吹雪の谷は「剝がれ」において同一化する。吹雪の谷が剝がれるのが雪崩の相であるなら、絵は雪崩の如く剝がれ、吹雪の谷はやがて雪崩を起すであろう。

うすぐらいバスは鯨を食べにゆく     「Ⅲ」

薄暗いバスの中がまるで鯨の体内に呑まれたようであれば、バスと鯨は同一化する。バスが鯨を食べる理由を考えれば、食べる、とは同一化の暗喩であるか。

虹あとの通路めまぐるしく変る      「Ⅲ」

虹の仕組みが浮遊する水滴の反射であるなら、「めまぐるしく」とは反射の暗喩であり、通路は、消えた虹の仕組みを引き継いで虹と同一化する。

ゐるはずの人の名前に秋が来る      「Ⅲ」

体や顔や声ではなく、名前という言霊でしか、他者に認識され得ない人間は、もしかすると霊だけではないのか。秋が滅びの始まりの異名であるなら、ここにおいて肉体による認識は滅びはじめるのか。


(続く)

2015年10月2日金曜日

「凧と円柱」による認識論  1        竹岡一郎

《びーぐる28号(2015.7、発行・澪標)より転載》



今年の田中裕明賞は、鴇田智哉の「凧と円柱」であった。

今、俳壇で最も可能性を持つ賞が田中裕明賞であろう。選考委員は石田郷子、小川軽舟、岸本尚毅、四ツ谷龍。第一回目からの受賞者を挙げると、高柳克弘、関悦史、津川絵里子、榮猿丸、西村麒麟と錚々たる作家が並ぶ。第二回目が該当者無しというのも、選考の厳しさを示している。

この賞の面白い処は、毎回小冊子が出て、選考会、記念吟行会、授賞式の有様が手に取るようにわかる事だ。特に、選考会の経過を冊子にして後世に残すという事は、主催・ふらんす堂に、余程の矜持が無いと出来ない。

一つ残念なのは、賞の応募規定が満四十五歳までということで、これは四十五歳にして逝った田中裕明を顕彰して設けられた賞だから仕方ない。しかし、年齢制限を付けることで、若い作家をより積極的に世に出したいという姿勢は、充分肯える。俳壇には、若い自由な血が、もっと行き渡るべきだからだ。

過去の受賞句集の中でも、伝説と化すのは、関悦史の「六十億本の回転する曲がつた棒」であろう。関の句集は、代表句「人類に空爆のある雑煮かな」と、祖母の介護を詠った「介護」及び震災体験を詠った「うるはしき日々」ばかりが喧伝されるが、他の章にも瞠目すべき句が山のように有る。次に、そのごく一部を挙げる。


少女らの脂とおもふ祭かな          
 「日本景」  
「名指サレタ婦人ハ紀元前カラ難所デアツタ」 
 「マクデブルクの館」  
天使とも蛆ともつかぬものきたる   
 「襞」  
「正義」超えつつ菌(きのこ)となつて増えゆくや
「ゴルディアスの結び目」  
羽化(ウクワ)シケル人(ヒト)ノハゲシク折(ヲ)レユクナリ
「百人斬首」  
うすらひやさはられてゐるうらおもて
 「発熱」
 
滴りて無限にのぼりゆくならん
 「歴史」


関は社会詠の作家と思われがちだが、実はかくのごとく、詩として奇跡的な跳躍を遂げた句も多い。かつてこれほどの振幅で句集を展開した俳人はいなかったと思う。師もなく結社にも属さず、ネットから出現したという点でも、象徴的な作家である。関の句集が出たのは、奇しくも大震災があった年だ。その年に、俳人の有り方を揺さぶる句集が出たのは、感慨深い。

前置きが長くなったが、この度の受賞作、鴇田智哉の「凧と円柱」である。この句集は、三つの章に分かれている。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと、特に題も無い章だが、あとがきによると、「承は、尾のつづき。/転は、天災の痕跡。/起は、それからの響き。」とある。Ⅱが大震災の頃の句であると読めるが、一筋縄でいかないのは、「句はどれも、それが生まれた年によってでなく、心における前後に照らされて、配置された。」と記されている事だ。その後で、「ときに心は、未来の出来事を先に見ることでさえ、ある。」と。ここで作者が密かに志すのは、四次元的な認識であることが推測される。あとがきの掉尾、「この句集はいわば、心の編年体による。」を解析するに、時間とは一般に遡行することが出来ないが、物質から始まって空間、場の解体に至れば、時間もまた解体することが出来るかもしれぬという意味か。

 句を見てゆくと、先ず目に付くのが、自らの視覚による認識への懐疑だ。

ぼんやりと金魚の滲む坂のうへ        「Ⅰ」 
めまとひを帯びたる橋にさしかかる      「Ⅰ」 
ががんぼの古い形が目に残る         「Ⅰ」

滲む金魚、「めまとい」という文字通り視覚を妨げる虫の群を帯びた橋、絶えず動いているために今の形状がはっきりとしないががんぼ、これらは今見える物への疑問であろう。そこから、認識するための眼球と、認識を遮る瞼への拘りが表される。

まなうらが赤くて鳥の巣の見ゆる       「Ⅰ」 
風下にうすい瞼はありにけり         「Ⅱ」 
草木枯れまぶたの裏を目がうごく       「Ⅱ」 
まなざしの球体となり霧をゆく        「Ⅲ」 
まばたくと手の影が野を触れまはる      「Ⅲ」
人間の文化は、その九割が視覚的文化であると聞く。だからこそ、その視覚を疑い出すと、人間は恐らく、認識というものが根本から崩れ出す。

どこまでの木目のつづく春の家         「Ⅰ」
「どこまでも」なら、単に家の形容に留まるが、「どこまで」のあとを「の」で以てずらすことにより、木目はその家の領域を超えて、風景の中をどこまで続いてゆくか、わからなくなる。「の」の一字によって、家と外界の境界が不明瞭になってゆく。繰り返し読む内に、先ず風景の中に木目ありきであり、その木目の途中に家が現れるような観さえ生じてくるのだ。(今、私は繰り返し読むと言った。この句集全体が、繰り返し読まねば真価がわからない句に満ちている。一度読んだだけでは、誠に淡いイメージであるが、何度か読み直す内に、或る明るい深淵が現れ出すとでも言おうか。)

そこにゐる蜻蛉に位置の入れかはる      「Ⅰ」
「蜻蛉と」でも「蜻蛉の」でもない。「に」は意志的な方向性を表わすと読むが、入れかわるものは何なのか、明示されていない以上、作者と蜻蛉の位置が入れ替わると読まざるを得ない。これは単純に場所が入れかわるのではなく、蜻蛉と自分の存在の輪郭が不明瞭になるのだ。それは、世界の諸々のものと自分或いは人間というものとの境界が不明瞭になるという事だ。 
    
(続く)