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2018年12月28日金曜日

【最終回】思い出すことなど(4)「BLOG俳句空間―戦後俳句を読むー」の創刊 (吉村毬子と小津夜景の記憶)/ 北川美美



現在の俳句新空間の前身「BLOG俳句空間―戦後俳句を読むー」は2013年1月に静かに創刊した。

「詩客」からの引き続きの形で<戦後俳句を読む>を中心にサイトを構築していくイメージでスタートした。作品掲載については考えていなかったということに近く、新年刊行に合わせて新年の句を募集してみようということで筑紫さん企画で<歳旦帖>を掲載。<戦後俳句を読む>の執筆者メンバーや筑紫・北川の呼び掛けで句を募り新年の巻物としてふさわしい雅やかな雰囲気になった。

歳旦帖以外の個人作品を掲載するにあたっては、管理・運営の面で長続きしないのでは、という懸念があり筑紫さんは乗る気ではなかった。刊行記念として当初作品依頼を北川が行ったが(「風狂帖」として句帖にそろえる名称)、やはり筑紫さんの予想通り依頼を続けるには困難が多く頓挫してしまった。ご寄稿いただいた方々にはお礼申し上げる。

ブログはその後、<歳旦帖>を主力作品として継続し、それを紙媒体としたい、という筑紫さんの構想を実行に移した。紙媒体は2013年創刊から5年間が経過し、2018年12月にて10号を迎えた(年二回刊行・購入の場合は邑書林へ)。60名近い参加者の作品集なので自分の作品が目立たないのは嫌だ、と参加を断られるケースもあるのだが(公募はしていない)それはそれなりに、紙媒体にすると多くの作品の中でも際立つ作品、魅かれる作品というのがあり、見る側としては、紙媒体になってからこそ新しい風景が見いだせる刊行物であると思う。 

ブログ(「BLOG俳句空間―戦後俳句を読むー」)が10号を迎えた頃、筑紫さんが俳人協会評論賞(『伝統の探求〈題詠文学論〉』, ウエップ)を受賞され2013年3月5日に授賞式に参加した。筑紫さんの短期句会「題詠句会」のメンバー有志の協力に加え本井英さん、西村麒麟さんの参加もあり二次会として新宿・サムライにて行われた。 

記念句会★ 
サムライでの様子★

そのサムライの会場に参加したのが吉村毬子さん(2017年7月19日没)だ。吉村さんは、北川がすでに開始していた連載「三橋敏雄『真神』を誤読する」に影響され、自分も中村苑子論を書いてみたいと思った、とおっしゃっていた。

中村苑子から直接指導を受けた直弟子で、晩年の苑子がとても気にかけていた逸材だったようだ(福田葉子さん談)。 サムライ以降吉村さんからお便りを頂くようになった。

昨年2017年の吉村さんの訃報から一年以上過ぎ、改めて彼女の作品を再読してみると、詩に憑りつかれ、詩に翻弄され、自ら魑魅魍魎の世界に引き込まれていった感がある。

中村苑子論は掲載の回を重ねていくうち、吉村さん本人から訂正の電話が入るようになり「どうしても電話でなければならない。」と少しずつ狂的になっていった。メール入稿が前提のウェブマガジンなのだが、吉村さんの事情で御自身でテキスト原稿が作成できず、LOTUSはじめ吉村さんをサポートする方々により入稿が成立していた。

彼女自身の入稿はひとりでは出来なかったのだが、彼女はその間に第一句集『手毬唄』を刊行し、鑑賞の執筆依頼を各方面に依頼し、ブログに掲載してほしいと彼女の要望に逐次筑紫さんが対応していた。いうなれば、現在当ブログの句集鑑賞のシリーズは吉村毬子セルフプロデュースがはじまりだったのではないか。大井さんのブログに吉村毬子孤独死、という訃報記事があったのだが、多くの方のサポートを得られた彼女は、決して俳句の面では孤独ではなかったように思う。なので俳句においてはこれからも作品は死なないだろう。

留鳥も移民の耳も芒原 吉村毬子 
『手毬唄』以降 Lotus 2017年発表 



吉村さんの作品傾向は、昭和50年代くらいの情念的ものが漂っていた気がする。考えると、9月28日に急逝した渚ようこ(歌手)もはじまりはポップスだったが次第に情念的な歌に傾倒していった。大本義幸さん(2018年10月18日没)の生前のお手紙に「渚と友達ならばリクエストしてほしいことがある」というのだ。<背徳の昼メロ「雨に咲く花」>を渚にカバーしてほしいと書いてあった。それを渚に告げることも虚しく渚までも天空の人になってしまった。 なにか突然に昭和も平成も一気に幕を下ろした感がある。吉村さん、大本さん、そして友人の渚の逝去を悼む。2018年のこの師走に淋しい感情が込み上げてくる。

死者たちは悲しみを残し、当然、水を打ったように静かだ。時にこの世に佇み、言の葉が水に浮かんでは消える呪術めいたもののように思えてくる。


※吉村毬子さん第一句集『手毬唄』(2014年文学の森)版元で購入可能。(文学の森にて2017年電話確認)。またLOTUS38号では吉村さん追悼特集号が組まれている。情報元:同人誌LOTUSのブログ ★

※大井さんブログでの吉村毬子記事
吉村毬子「水底のものらに抱かれ流し雛」(「LOTUS」第38号より)★吉村毬子 「手毬唄」についての記事 ★

***
吉村毬子さんと同時期に、小津夜景さんとのやりとりがあった。
小津さんは、2016年に第一句集を刊行され、田中裕明賞を受賞。そして今年2018年には漢詩エッセイの書籍が刊行となり、現在俳句総合誌はもちろん新聞、雑誌などで活躍中である。この二人、明暗がこのサイトで分かれたような印象すらある。

小津さんは2014年に豈が募集した攝津幸彦記念賞受賞において準賞を受賞された。賞の主催である豈が年一回ペースの発行のため、当ブログで受賞者の紹介を先行することになり、正賞、準賞の受賞者全員に連絡をとったことがはじまりだった。受賞者の中でとても積極的だったのが当初より小津さんだった。最初にいただいた返信は「作品でお世話になりたい。」とご自身のビジョンを明確に持っていた印象がある。なので関さんなどがいわれてるふわふわした感じということとは少し異なる。

小津さんは、プロフィール(作者紹介として私の担当記事は記載している)に「無所属」と記されていて、それに纏わるエピソードが思い出される。小津さんはすでに活動の場としていた週刊俳句にて「フランス在住の小津さん」と紹介されていた。

受賞作を先行でブログにて紹介しようとプロフィールをお伺いしたところ(応募時には氏名、年齢、住所、電話番号をお伺いしている。)、小津さんが「無所属」、もうお一人が空欄 という回答だったため質問をしてみた。「慣習的には、生年や出生地、在住地などを書かれる方が多いですが、ご回答のままでよろしいですか。」といま振り返ると野暮な質問をした。もうお一人の方は受賞されたもののご自身のご事情からご自分のことは語りたくないようだった。小津さんからの返信は「他人が言うのは構わないですがフランス在住ということを自分から言うつもりはありません。経歴に住んでいるところを書かなければいけないのでしょうか?」と作家としてのスタイルがすでにあり、妙な言い方になるが、プロっぽい印象があった(俳句はだいたい素人なのか、といわれると実も蓋もないが)。なので、「小津夜景」という筆名以前になんらかの執筆活動されていたのか…、という想像が働かざる負えなかった。もしくは、フランス在住も筆名もすべて架空なのかもという想像も働いた。

住んでいる場所や背景なんて本当はどうでもよくて作品が第一なのだ。しかし俳句は短すぎるので見知らぬ作者はまず背景を知りたくなる。句集を後ろから開くような経験が読者の皆様にもあるのではないだろうか。なので自己紹介として作家のある背景としてのことを書くことが慣習となっているのではないかと思う。小津さんの第一句集に「フランス在住」ということはどこにも記されていなかった。しかし読者やメディアの小津さんへの興味は「フランス在住」ということが強調されていった。

では、小津さんがご自身でフランスと言わないのであればこちらが言うべきなのだろうか、と小津さんの連載が数回始まった頃、面白くもない「ニース風サラダ」の作り方を「あとがき」に書き、お茶を濁したことがある。それを書いた後、ニースは魚介類がもちろんイケるだろうね、と想像し、マルセイユにある魚介スープ専門店chez FonFonとかいうレストランを日本のテレビ番組のレポートで見たことを思い出した。テルミドールのスープだった。2011年に10年ぶりの渡英でのテルミドールスープが忘れられず、テレビで見たchez FonFonの一皿がとてつもなく美味しそうで、そのためだけにソビエトから来たひとりの金髪女性が映っていた。そこで日本で似たスープの缶詰はないのかと探してみたところ阿寒湖のザリガニのスープを探し当て阿寒湖漁業組合に発注した。ザリガニが日本ではテルミドールの代物として扱われていることを欧米人は貧しく思えるのだろうか。どうだザリガニだ、となんだか誇らしかった。

ニース風サラダがどんなものなのかを「あとがき」に書いたのは2014年4月25日のなので、ザリガニスープの缶詰は4年間未開封のままだ。しかし、何故か有効期限が過ぎても捨てられない。多分それは缶詰のテルミドールの絵(それは確かにザリガニが描かれているのだが)と缶全体のデザインが気に入ったのだ。未開封のままシュールストレミングになっているかもしれない。

…とフランス、といってもこれは食だが、時に饒舌になるのはフランスというお国柄が原因なんだろうか。フランスはある意味、人を興奮させるところがある。


現在の小津さんはフランス在住ということをご自身で書かれているようだ。フランスが小津さんの代名詞になっている印象がある。異国で日本語を書くことは大変なのではと思うのだが、塩野七生、岸恵子、石井好子という前例もあり、俳句をきっかけに文化人として活躍される予感もある。

当ブログで小津さんが連載をされた頃から5年以上経過した。

吉村毬子と小津夜景、<戦後俳句を読む>誌上ではクロスしていたことになるが、明暗を分けるこの二人、吉村さんの作品が増えることは当然ありえない。小津さんはこれからも多くの読者を驚かしていくのだろう。

「BLOG俳句空間―戦後俳句を読むー」は、2014年9月に終刊し、翌10月から「BLOG俳句新空間」という名称となった。「BLOG俳句新空間」という名称でのサイトが100号を迎え100号記念だということになる。

この連載は100号に関する長い長い前書であり且つあとがきである。


100号記念として連載にしてほしい、という筑紫さんの依頼により当初1回で終わるはずが(4)までお付き合いいただいた。8年間を思い出しつつ、考えることは多かった。


読者の皆様、参加された皆様、ご協力賜った皆様に感謝いたします。
ありがとうございました。

(了)






2015年7月24日金曜日

【アーカイブ】 小津夜景作品集  THEATRUM MUNDI

「THEATRUM MUNDI」
(blog俳句空間全作品+α/PDF作成:小津夜景)

  • 2013/11/15~2014/09/26に毎週掲載された40作品を小津夜景さんがひとつにまとめ誌上句集としたものです。



  • 2016/07/20 追記  小津さん本人からの希望で「THEATRUM MUNDI」は削除しました。小誌にて発表された40作品はラベル:小津夜景で閲覧可能です。

2015年1月23日金曜日

【鑑賞】 小津夜景「THEATRUM MUNDI」を読む -ことば、記憶、生(死)- / 瀬越悠矢



*頁数は、連載最終回(2014年9月26日)付録「THEATRUM MUNDI」)による。

(2016/07/20 編集部追記:「THEATRUM MUNDI」は小津夜景さん御本人のご依頼によりPDFリンクを外しました。よって本稿の頁数は参照できません。)


ことばが迫ってくる。意味の脱臼をもくろむことばの数々はかろうじて、私たちのなかで、像を結ぶ、あるいは結ばない。ことばの側に立つならばそれは、みずからに共鳴するものが見いだせるか否かのせめぎ合い、ということになる。

万りよくを生かぢりしてしやつくりす(31頁) 
誤字となるすんでの水を抱き寄せぬ(72頁) 
ナフタリンのやうだ二人は抱きあつて(107頁)

詩的言語の一つひとつは、辞書から引き出される単なる素材ではない。そうではなくて、それらは意味に回収されない確たる物質感を備えているために、翻って、機能を果たすが早いか消えてしまう、日常言語の脆弱さの方があらわになる。

あらわれることばは、しかし、必ずしも無署名ではない。そこには、透かし絵のように、なんらかの主観がほの見える。少なくとも、そのように振る舞うものがある。一見すると無愛想なことばのなかで、私たちは、なにものかの内的世界に触れる。

尨毛ただよきことのみを思ひ抱く(6頁) 
いかさま師さまざまの海思ひ出にき(29頁) 
思ひ出すまで邯鄲といふバター飴(103頁)

なにものかが、なにものかを、〈思う〉。だがなにものが、なにものを、〈思う〉のか。「尨毛」、「いかさま師」、「邯鄲」、「バター飴」が〈思う〉のか、詩人が、あるいは読者が〈思う〉のか。問いが虚しいとすれば、むしろ〈思う〉というはたらきそのものに目を向けてみてはどうだろう。

詩における一人称が三人称に近い価値をもつとすれば、この〈思う〉は、個人的というよりは、集合的な行為かも知れない。主語がしばしば不明瞭な日本の古典も、不思議と違和感なく受けいれられるように、〈わたし〉と〈わたしたち〉はさほど遠くはない。そして、〈わたしたち〉の内的世界は、〈わたしたち〉の記憶と切り離せないはずである。


残虹をまたぐ或る記憶のなかで(15頁) 
八月のくぢらを愛す老嬢よ(22頁) 
酸欠や煮こごりほどの記憶ある(89頁)


「写真は消え、思い出は残ります。」映画『八月の鯨』(1987)のなかでの、ベティ・デイヴィスの台詞。目の不自由なこの姉にとって、記憶は自らが住まうことのできる唯一の場所である。だからこそ彼女は、「わたしの記憶は消えません」、と譲らない。


記憶はまた、死者の記憶でもある。生者はその存在において、死者に負い目がある。生者が死者と出会い得るとすれば、幽霊との対話でない限り、それは生者の記憶のなかでしかないだろう。こうして、私たちは死生の境まで導かれることになる。


昼寝からさめたら、死んだ人が生き返つてゐて、誰かの用意したテーブルがあつて、美味しくて良い香りのするその食事をわらわらとぞんざいに囲む、そんな願ひが叶つたらどんなに素敵だらう。(21頁)

「みんな、グレース・ケリーのこと、ずつと忘れてないんだよ。彼女がお嫁に来る前の晩も、とても静かで寂しい雨が降つてゐた。雨の広場にくると、わたし、今でもその夜の事を思ひ出すんだ」(38頁)

「この墓碑詩は、どうか『辞世の詩』でなく『闘争前夜の総括詩』と呼んで貰ひたい。〔…〕全ての詩人は、まづ墓より始めよ」(65頁)


二つの批判。一つ。ほんとうに記憶は消えないのか。〈わたし(たち)〉とはおそらく、〈わたし(たち)〉の記憶である。それはよい。しかし記憶とはつねに、クロノスの引き裂きに抗する歴史さながら、忘却の危機に曝されているのではないか。〈わたし(たち)〉の存在は、さほど自明でないのではないか。

夜の桃言はで思ふも忘れなむ(7頁) 
忘我ゆゑわれらは空き家ボローニャ風(72頁) 
遠の世を忘れた頃に小鳥来る(101頁)

二つ。そもそも、このような〈わたし(たち)〉を起点とした幽明の境自体、乗り越えられねばならないのではないか。なぜなら、一切の意味の消失のあとには「生も死もなくなる」のだから。「意味を取り去つてなほも構造できると嘯く人は、世界を眺める『私』を取り去るのを忘れてゐる」(41頁)のだから。

ふと意味にとどかざる紙魚匂ひけり(5頁) 
夢は井戸/汲みし昔は/遠けれど(20頁) 
死ぬまでに出アバラヤ記書いてみやう(105頁)

〈わたし(たち)〉なきところに立ちあらわれる、「あるともないとも言へない風体で一切が漂ふ」(41頁)様態こそ、世界劇場(THEATRUM MUNDI)ではないか。しかし、この世界は、あらわれるやいなやその困難を運命づけられている。〈わたし(たち)〉なき世界を白い紙の上に生起させるのは、やはり〈わたし(たち)〉にほかならないからである。たとえ「すべての記憶を真実とみなすことはでき」(104頁)ず、また書いているという状態が、「夢を見てゐるのとまるきり同じ」(105頁)であるとしても。

こうして再び、私たちは眼前のことばに差し戻される。ことばの連続がどこまで俳句的かは、本質的な問題ではない。それは現代芸術の意義を、受容者の喚声や感涙に求めるようなものである。季題や切れ字を含めてあらゆることばが一度相対化されてはじめて、ことばの価値を平等に問うことのできる地平が、十七音のなかに拓かれるのではないか。

掲載週降順という「タイムマシン方式」によって、曰く「野人の句あそび」が「どんな風に蛇行しつつ発展してきたか」(120頁)をたどる。「THEATRUM MUNDI」はそのように、詩人の(あるいは〈わたし(たち)〉の)記憶をたどることばの冒険であり、同時にその相対化である。別言すれば、それは「『ならねばならなかつた現実』から『あるがままの実現』までを馳せくだる眩暈」(50頁)の、ひとつのレッスンである。




【執筆者紹介】

  • 瀬越悠矢(せごし・ゆうや)

1988年兵庫県生まれ。関西俳句会「ふらここ」所属。




2014年9月26日金曜日

【小津夜景作品】 No.40 (最終回)



秋繭をおもふ   小津夜景


 一、古き土地より
手つかずの明日に追ひつき枯野かな

秋虹よわれの序文は今日終はる

折るゆめのうつほとなりし春の枝

落葉漕ぐかな隠れ家を思ひながら

椎の実をもぐたび旧きこゑのする

優しい弧あれはさざめくミンクらし

さうと呼ぶのは名ばかりの恋の歌

いきなりは無理よしなびた王冠よ

かけわたすさし枕く肩に木枯らしを

噛みながら時を経しことさへ知らぬ



 二、即興劇

皺をもつ秋のくだもの寄せにけり

きだはしの斜に陽を断つ飾り窓

てのひらや葡萄の葉には具をつつむ

迷ひこむ戸に秋繭のスープかな

食べさしのキッシュ互みに馬肥ゆる

シナモンの突き出る鳩や枯葉床

鵲のついばみ終へて消えた菓子

秋猫のごとくうなじを与へなむ

突如恋、濃いクリームのやうに霧

テーブルは河を名づけるといふこと



 三、カタストロフィと音楽
息をしてゐたのは金魚秋の窓

龍淵の和音は秋をひろふなり

ふつふつと日に啼く秋のがらんだう

点滴の底をしづかな蜻蛉かな

ふと意味にとどかざる紙魚匂ひけり

哭くべき棺あらざる手の桔梗

月代のなにも思うてはをらぬこと

祈りなき弔ひだけがある花野 

ひとあやす楽器のごとく胡桃かな

ねてさめてゆめといふ皺得てにけり



 四、映画のベルが鳴る前に

街なんのそしてある日の黄の余白

ゆるふわや色なき風に疵無数

犬ころよ死ぬはナポリを見てからよ

黒き梨ゆらりゆらりと脱いでをり

不在このふくよかな凹みはどうだ

言語的宵闇白きゴムボール

飽かずきの秋のシネマの波間かな

字幕なき雨がもうすぐやつてくる

秋雨がひとのかたちのざるにふる

尨毛ただよきことのみを思ひ抱く



 五、蜜色の手、おだやかな息

満月をわたしのかほが見にゆきぬ

夜の桃言はで思ふも忘れなむ

虫売りは入れ子の家に入りにけり

永住のやうに夜汽車に月をるらむ

目をさますまでを石榴となり眠る

別のかたちだけど生きてゐますから

手は知らないすでに眠つてゐたからだ

頭の上に住まずなりける月がある

ようこそ外は寒かつたでせう

瞼にもなくどちらからいらしたの



あとがき

それからのひととき秋繭をおもふ













2014年9月19日金曜日

【小津夜景作品】 No.39




西瓜糖ほどの場所、他2つの短編、そしてあとがき。
小津夜景


一、版画の中に部屋がある

秋なれば手は柔らかな肉のもの

黄落の眠りといふを知らざりき

表面のひんやりとして秋の匣

龍淵に潜むドレスは頭から脱ぐ

ババロアの眼よりゆつくり揺れてをり

蚊帳を干す脂肪のついた白い腕

ふとここは寂び果ててゐる日の葡萄

むらぎもに桃をのせたままに歩く

待ちわぶる宵明けて読むカフカかな

小鳥来ていつしかゐなくなつてゐる



二、西瓜糖ほどの場所

庭木戸の方へ涼しき額をやる

古い木の櫂ごとくぐる秋虹は

わたくしは空き家であると名を告げり

さうねとぞ知らず答ふるつゆしぐれ

あかるさや枯れたる壺を手は抱いて

草の穂が惚れあふやうにかゆくなる

話しかけ返事は待たぬのが絮か

空薫きのこゑを日に日にまとひけり

西瓜糖ほどの此処なき眩暈かな

囮鳴くあなたもきつとさうだらう



三、彷徨とおいしいところ

月砕く井戸からそれとなく出たり

わくらばの地にこんもりと秋の舌

馬肥えていつもはしないことをする

おむすびの死角に午后のつぐみかな

白い皿的ななにかの穴に桃

花野より密室的なメニュウなり

つくねんと茸は狩らるるを待つも

雲隠らふカルアミルクよ月天心

忘却は星いつぱいの料理店

いつまでも死体だりんと鳴く虫だ



あとがき

語りそこなつたひとつの手を握る 










2014年9月12日金曜日

【小津夜景作品】 No.38




精巧に造られた朝の歌      小津夜景


ことり来と思はず過ぎてよコーヒのむ

空棚に風の吹いたる目のありぬ

残月や陶器の手ずれひんやりと

きのふより少し古風な木に出会ふ

ありしとも思はぬ本屋けふもあり

桃の毛の生えたるやうな白い紙

しづけさの骨ぞひぐらし坂下りて

かしどりの思惟せる袋小路かな

もう夢に逢ふのとおなじだけ涼し 

秋草やオープン・リールの音がする 












2014年9月5日金曜日

【小津夜景作品】 No.37




アパートメントハウスより    小津夜景

構造をもつこと。それこそが喪失だつた。
わたしはいつか骨のないかたちへと動いてゆくだらう。
しげしげと、文字を見つめ尽くしたあとで。
この盤の音は絶えたり庭たたき

秋の蚊にふと連弾の手を浮かす

みぞをちにひぐらし鳴くをドアに告ぐ

こゑが多すぎて小鳥が来られない

ごくまれにしづかに宵を狩りにゆく

音盤の匂ふはいつのいざよひか

もびいるの泛かぶるかなの月となる

来よやわが秋の閑居をひらくとき

在りし日の風立ち風に袖あるかな

忘れなむたれを棗の実の中で












2014年8月29日金曜日

【小津夜景作品】 No.36




庭を横切る影  小津夜景


けふ還り逢ふとも知らで黴の家 
うつせみの手に阻まれた椅子がある 
あぢさゐのない明るさをひきのばす 
ただあるがままなる貌の日陰かな 
夏はあるかつてあつたといふごとく 
くらげらのこゑを光は書きしるす 
風の死をゆだねられたる腕となる 
消えさうな虹に指紋を凝らしけり 
いつぽんの水母が白き帆を上ぐる 
残虹をまたぐ或る記憶のなかで







【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年8月8日金曜日

【小津夜景作品No.35】




式子内親王に捧ぐオード    小津夜景


あぢさゐの
雨を祀らし
反古の庭

夏痩せて
空約束の
ゆかしけれ

底酔ひの
わが頭に冠る
おほくらげ

青梅や
好きところなく
嫌と申す

物忌んで
逢ふよしもなし
夏の山

独り居や
なまくら趣味の
姫と瓜

狂句癖
ろまんろまんと
暮れにけり

はねあふぎ
しづかなること
凄きかな

炎暑かの
猟奇の琵琶に
隕つるべし
 
金魚玉
水のまなこを
沈めたり

暗殺や
金魚の口は
二度ひらく
 
蟷螂の 
口々に手を
読みあへり

しまうまは
秘伝あやしき
真水飲む
 
喉滴る
山河のごとく
人を恋ひ

恋ひ恋ひて
絶つを忘るや
古鋏

かさぶたの
跡をほのかな
空蟬よ
 
夕立を
摑まへずして
浮く手かな

白玉に
夜半のねざめを
鎖ざすかな

衣更へて
こころ幾重の
遺書ならむ
 
形なく
而して嗚咽
ほととぎす

蟻の塔
思ふ間もなき
うしろかげ
 
閑古鳥
磁石のごとく
あかときよ

夢は井戸
汲みし昔は
遠けれど











2014年8月1日金曜日

【小津夜景作品No.34】



シネマ光ノエマ 小津夜景

昼寝からさめたら、死んだ人が生き返つてゐて、誰かの用意したテ—ブルがあつて、美味しくて良い香りのするその食事をわらわらとぞんざいに囲む、そんな願ひが叶つたらどんなに素敵だらう。

映画を見ると、たまにさう思ふ。

最近もう一度観たいと思つてゐる映画は、九十一歳のリリアン・ギッシュがとある小島の夏の別荘で、少女の頃見た鯨を待ちつづけるといふ話。

台詞が良い。

人生を長過ぎると思つたことは?

ありませんね。一度も。死ぬまでが寿命ですから。



1

八月のくぢらを愛す老嬢よ

銀の蝿過ぎにしみづの影絵かな

杯翳る指紋は歳をとらずして

箱庭の時とは俘虜のこゑなるか

ひぐらしの今し風化をいふ伽藍

青嵐もの問ふために戸を開ける

来たりしよ肩重りかに蝉しぐれ

百年を醒む十薬の香を曵いて

2

すだれほど青き午睡を返されむ

古日傘ほのめき勇魚いづこかや

ならはしのごと中庭に麦酒注ぐ

喉ごしの水母を夢むシャンデリア

さぼてんは酢ゆき魚に添はせたも

ほろほろとはらわた崩ゆる夏の月

頤を形見とおもふ枇杷に寄す

こときれむ火を惜しまざる蛍かな

3

今朝ぞ呼ぶ老嬢を卯の花として

水盤やほんのりぬくき髪を梳く

紫陽花を嗅ぐたびしんと死喩の旅

籐まくら遠くて近きもの思ふ

閑古鳥いまも来よやと啼くらしも

日の泡は更へし衣のうつほにぞ

かつてこの入江に虹といふ軋み

青岬いさなを永久に枕くといふ







【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年7月25日金曜日

【小津夜景作品No.33】



他人の巣    小津夜景



帰り道、車内でわたしたちが交した会話は、とても他愛ないものだつた/その人は新しいレコードを買つたから近いうちに聴きにおいでと言つた/わたしが「うん」と言へずにゐると、その人は話の中にさりげなく別の人物をまぜた/八月になつたら、あの人も誘つてみんなで旅行に行かう/今、北欧行きの飛行機が安くなつてるから白夜でも見に/その人物の名を聞いて、わたしはやつと普段の調子で会話するきつかけをつかんだ/白夜?/それ夏至の頃でせう?/そんなてきたうな台詞に騙されて、あの人が旅行に行くわけないと思ふよ/さうか/でも僕はあの人が嫌がる顔を見るのが好きだし、さうなつたら却つて嬉しいかもね/無理にでも連れて行くさ/さう言ふとその人はこちらを向くのを止めた/そしてほんの少し車の速度を上げた/前方にあいまいな闇が力なく迫り、切られるハンドルの大きさだけ、視界はその安定を奪はれてゐるやうだつた/しばらくして、白つぽい樹林の光景が左右にあらはれると、わたしたちはヌガーを思はせるその柔らかな檻のなかへゆつくり車ごとのめり込んでいつた/ときをり訪れるなだらかなカーブだけが、変容のないこの空間が時間に生け捕られてゐる感覚を、誰にともなく示してゐた。

ひるねより目覚めてからだ薄くなる

過ぎゆきしはづを緑雨の重さかな

南風よふくれつつらの帆の寛容よ

夏帽子ねざめのやうに酔ひなして

日時計の黴をぬぐうて旅立てり

なつぞらよとろむぼおんの灰に充ち

飲み干せばまぼろしと砂日傘かな

風鈴の手を眠りへとさしまねく

ゆふだちやまつしろな鋏を下ろす

白き夜のここは他人の巣なりけり






【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年7月18日金曜日

【小津夜景作品No.32】




オンフルールの海の歌   小津夜景

『空想家』とはとてもきちんとした良い人たちのこと。 
さう言つたのはわたしの大好きな人。海鳥の伯父さんをもつ音楽家だ。 
先日わたしはひさしぶりにその人の家に行き、グランドピアノよりも巨きい梨のかたちをした堕天使と話した(この堕天使は梨のくせに人語を解するのである)。 
音楽家は留守なのです、とすまなさうにする梨の堕天使にわたしはポワレではなくカルヴァドスを勧め(梨は共食ひをしないらしい)一緒に窓から海を眺めた。 
自由。自由。自由。自由。自由。 
それ以外何の思ふことがあるだらう? 
まだ頭の黒いカモメの子供たちが、空を泳いでゐるかと思ふと、たちまち波間に落ちる。パラグライダーの真似をして遊んでゐるのだ。 
突然、梨の堕天使が、阿呆らしくなるほど感情を込めて語り出した。 
タコは隠れ家にゐる。
タコはカニと戯れる。
タコはカニを追ひかける。
タコはカニを変なところに呑み込んでしまふ。
取り乱して足をもつらせる。
調子を戻さうと、タコは塩水を一杯飲む。
この飲み物はとてもいいんだ、飲むと気分も変はるから。 
……ださうです。わたしは笑つてまた窓の外を見る。さうして出来た海の歌。


まほろばのくらげや気まま離れ島

なつぎぬのたましひ帆にも空回る

びいどろよひとがさかなとよぶものは

みなみかぜして埋葬はまたたくま

いかさま師さまざまの海思ひ出にき

木霊なりあらゆる意味でうみねこが

まひまひを食らうて待ちわびて睡魔

雨だれがまもなく(今)と言ふだらう

サビシカルマンバウ夕立トロピカル

真夜中の島さかさまに浮いてこい





【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年7月11日金曜日

【小津夜景作品No.31】





梨のかたちの空をとぶ   小津夜景

第一楽章 まはりの声をよく聴いて
いきあたりばつたりに壁ぬけてをり
宙吊りのバナナを自我と名づけたり
くらげらの皿まつくらの気がしたり
あまりりす暴れてヴィオラあとずさり
古渡りのゼリーを恋ふる死角かな
白玉のころりと身代はりであるか


第二楽章 とてもみづみづしく
さつきからレム睡眠にかはほりが
パラフィンの舞ふたび梨のかたちせり
かたつむりすぎてもぬけのみづたまり
ゆふさりをあつめてさやうならやもり
ところてんまとふ眠りはけふかぎり
梅雨走りなみだぐもりのソナタかな


第三楽章 犬のやうにぶよぶよに
墓掘りのをどりとみゆるしたたりぬ
怪奇船グラジオラスを素通りす
ゆけむりの人らと少しかにばりぬ
枇杷いつからうすくらがりの尻なのか
陵墓みなリングと化すやむらまつり
瓜もみ果てこくりと首をくくりけり


第四楽章 ロマンスへもどる
竹夫人あめかんむりをはづしけり
いなびかり去りてしづかなそらがたり
ふいにないものねだりして不死男忌か
あつさりとみなおきざりよみなみかぜ
リヴィエラやさそりのやうなゆびきりや
虹ゆつくりしかばねかんむりをかぶる


アンコール 素を出して
万りよくを生かぢりしてしやつくりす






【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年7月4日金曜日

【小津夜景作品No.30】 ミショーの紙魚の、やうなデッサン。 小津夜景





ミショーの紙魚の、やうなデッサン。 小津夜景


アンリ・ミショーの栞をもらつた。
 
なにかのオマケでその人がもらつたものを、わたしにくれたのだ。うれしい。 
アカとエンヂの血痕みたいなのが、手漉きの紙にべつたりと張りついてゐる。 
普段は紙魚にしか見えないのが、必要な際はじわりと意味として浮き上がつてきさうな、ふしぎな含みのある絵だ。 
ああ、いつもことばのことを考えてゐる人の絵だな、とおもつた。

カヤックのほね鳴りゐたり野の部屋で

涼しきに吹かれその手はしりぞきぬ

かまきりをしづかな息は折り畳む

硝子藻を夜もすがら食すしろきもの

風凪げばあゆのあそびも萎えにけり

なつくさをながめてわれはうりぽつむ

ときぞらを斜す交ひ染みぬほうたるの

なつよどみうはずみのみがうつそみたり

ささめごとささやかならで泉割る

これは箱庭をひらいた手にすぎぬ




【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年6月27日金曜日

 【小津夜景作品No.29】   廃墟と宇宙    小津夜景



   廃墟と宇宙   小津夜景


 わたしは軽トラックに乗ると、鼻歌を歌ひつつ無断でそれを発車させた。月下に静まり返る住宅街を抜け、原生林ばかりの郊外を過ぎて海へ出ると、そこには緩やかな海岸線に沿ふやうに、炭坑用臨港鉄道のブロードゲージが続いてゐて、その脇には海底の石炭を掘り出した際の、白ズリの山の裾野があつた。わたしは軽トラックを降りてブロードゲージをまたぎ、白い石灰岩が偽りの天然と化したズリ山の端をおもむろに踏みしめた。それがゴミだといふことを確かめるために。
 踏んだ瞬間、山がまがひものであることはすぐ分かつた。けれどもなんとなく、ゴミで山をつくるといふ営みが、人間の労働に不可欠の、手すさびとしての創意であるやうな気分にもなつた。この「巧まざる賜物」は、労働といふ自己疎外によつて生み出されたからこそ、こんなにも真つ白に、無意味に輝いてゐるに違ひない。ああ。なんて背理的なオリジナリティに満ちた夜なんだらう……。
 わたしはさう感動しつつ、目の前のゴミを、固有のリアルさをもつ建造物であるとみなして静かに登り始めた。
 白ズリの、そのざらついた肌合ひは力強い活力に満ち、その肌に埋もれたシェルフミンは儚く侘しげで、生きたまま化石となつた海の生き物の、そのおびただしい死骸の上に立つていま月を仰いでゐるわたしは、この覚醒しきつた空間とあの目に見えない時間の両腕に抱かれ(あるいはそんな時空の狭間に見捨てられ)まるで廃墟を制した天使か蛆のやうだつた。
 ともあれ今宵のわたしは、廃墟のまぼろしが、完全なる現実感を備へた建造物に欠くべからざるものだといふ真理を、はつきりと学んだのだ。


ジェラートの燃えて宇宙が永き午后

義髪なるモナリザ蛆を笑まひけり

白玉に化けて迷子の祖父無傷

ニッキ水灰の情事を聴いてをり

ゆすらうめあまたの死後の重さかな

シーシュポス裸のランチ食しにけり

みなつきの月ぞはじめて吸血す

真夜中の通り魔パインアップルは

我が名よぶ遥かデモクリトス水着

金平糖こぼし地球を去りゆかむ




【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年6月20日金曜日

 【小津夜景作品No.28】   雨の思ひ出 小津夜景

             雨の思ひ出    小津夜景
 
 昨夜、友人のダンスを見た。
 この季節になると、この友人はモナコの大聖堂でダンスを踊る。私はそれを、別のモナコ系の友人と連れ出つて、毎年のこのこ見にゆくのである。
 クルマを降りると、夜のモナコは煙のやうな小雨だつた。開演まで少し時間があつたので、私たちは城の広場で待つことにした。
 人の気配がない。見回してみると、観光客が数組。私たちは丁度高台になつてゐる広場の端から、町と海を眺めた。
「なんだかさみしいね」
「うん」
「雨のモナコつて、いつもこんな感じ?」
「さうだね。特に夜は」
 一緒に来た友人はさう答へながら、向かうの谷や、すぐ真下の住宅街を指差して、うちの家族はあの谷に十四世紀から住んでるんだよ、とか、あ、あそこ私の生まれた病院だ、とか教へてくれる。
「へえ。さういへば、シャルレーヌ妃がご懐妊だよね? モナコの人たち、喜んでるんぢやない?」
 私がこんな世間話を口にすると、友人は少し思案するやうな顔つきになり、
「んん」
と唸つた。一般に、モナコ人の王室に対する心情は、さう単純ではないもののやうである。私はその事を思ひ出し、すぐこの話を引つ込めた。
 もうすぐダンスの開演時間だ。私たちは大聖堂へ移動することにする。歩き出すとき、友人が、言つた。
「みんな、グレース・ケリーのこと、ずつと忘れてないんだよ。彼女がお嫁に来る前の晩も、とても静かで寂しい雨が降つてゐた。雨の広場にくると、わたし、今でもその夜の事を思ひ出すんだ」



とんだ雨なり婚礼の羅を穿ち

夏雲を追ひたて盲目の姉妹

睡蓮のねぐらよ壺をかくまふは

茂り男が庭に掻きつづける楽碑

空虚五度鳴りわうごんの祭かな

リュートただよへり水母の日記のごと

没年はありや幾多の箱庭に

まくなぎはけむりと返しさし枕ける

果てしなき流れの果てのまくはうり

ゆきなさい海星に生まれたのだから





【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年6月13日金曜日

【小津夜景作品No.27】    天蓋に埋もれる家(後)   小津夜景



天蓋に埋もれる家(後)     小津夜景
この家はあやふやなどころか、否応なくの感触で私に押しつけられゐる/どこかから来た訳でもなく、なにをした訳でもなく、ふと気づいたら嵌まり込んでゐたこの家に、私は約束を待ちつづける人みたいに閉ぢ込められてゐる/それがどんなに残酷な意味をもつてゐるのか、あなたに想像できる?/私だつて、意味を取り去ること自体を疑つてゐるのではないし、この本の『問ひを問ふ』といふ態度までを嫌つてゐるのでもない/ただどうせなら、来たるべき実現を目指すのでなく、過ぎ去つた実現を見た方がいいのにと感じてしまふだけ/もちろん問ひを問うて大いなる問ひへとのぼりつめれば、その果てには恍惚といふ恩寵がある/そして実際この本は死の側から生を照らし、死を以てなす生の実現に次元をたがへる恍惚をおぼえたがつてゐる/どうして/どうしてだらう/ねえどうしてなんだらうね/次元をたがへてしまえば、そこで問ひは終はつてしまふといふのに/私、そんな風に問ひを終へて平気でゐられる訳は、きつと『大いなる問ひに至る』といふ目的を見い出した時点で、もうその人の実存が探す必要なんてない、絶対に疑ひないものとなつてゐたからなんだと思ふな/だつて目的は、生の結末を生きえない人間にとつて、カタルシスの先取りを意味してゐるんだもの/でもほんとは、生を垣間みるためには問ひを終はらせてはいけない/世界を浄化してはいけない/内部の現実を外部の実現と接続させてはいけない/ここにある、私の実現の意志とは無関係にある生、この『ならねばならなかつた現実』こそが、私になにかを問はせることを忘れてはいけない/さう思はない?/で、結局ね、私がこの家を出てゆくことはないわけ/いくら他人が私の話を制して『恍惚という術を排除して、人は決して生きられない。恍惚を知れば、あなたはその瞬間、それまであなたのゐた場所から追はれることになる』と言はうと、私は自分がこの場所から脱出して、死んだり生きたりする日が来るとは、もう全然思つてないのよ/え?/もつと分かりやすく?/こんなかんたんな話なのに/あのね、私はこの本を書いた人ともイエスともまるでちがふの/私は彼らみたいに『あるがままの現実』を蔑んだりできないし、彼らの夢見るやうな、現実と実現とを高みでひとつに交へる恍惚にも興味がない/でもね、だからつて私が『魂の脱離』の問題を無視してるなんて思はないでね/だつて私は『あるがままの現実』から『ならねばならない実現』までを駆けあがる恍惚のかはりに『ならねばならなかつた現実』から『あるがままの実現』までを馳せくだる眩暈を知つてゐる/私にはそんな自由だけがある/そして生死が非対称であることは、そんな『ならずもの』になる自由の可能性とあからさまに関はつている/現実を問ひつづけて、実存の翳を彷徨つてゐるときこそ、私は「私」の仮面をそつとはづした『あるがままにある』『なにものでもない』人でなしとして、ひそかに実現されてゐるのよ/……/……わかつた?/ああ、よかつた!/それでね/もう予想がついてるかもしれないけど実は/実は私はこの家の幽霊なの/広すぎるやうな、狭すぎるやうな、すべてを呑んでしまつたやうな、じぶんの重さで天蓋に減り込んでしまつたやうなこの家の幽霊なの/ここがすべてを呑み込むせいで、私は世界の外をうしなひ、私は孤独な世界になつた/けれど、どこまでも開かれた袋小路にゐる私には、もはや出てゆく場所がない/そして人でなしといふのはさうしたもの/ところで/それがどれだけ恐ろしい意味をもつてゐるのか、あなたに想像できる?

 Pour de l’eau.
あまがへる眉間にあふれやまず咳

 La personne s’apporte comme une molécule.
ぼんのくぼ親は代々落ち蛇で

 sans bruit.
蛸運ぶはづが手中にわが首が

 Supporte bien la vide de l’univers.
かはほりのながれの果てに額を出る

 Personne qui ne vient que de moi.
空井戸と書いたまなこを生け捕りぬ
 
D’une plaie à la reproduction.
ここはまだすこしすずしい指がとぶ

L’espace est tout petit.
カフカ忌の耳のやうなる門がある

 Et immense,
シャーベットしやぶる舌みな抜けてゆく

  Avec un sorbet,
とどめを ろめろの髪にかをるめろん

 devant le visage vers quelque part.
パセリかと刎ねたらなにものでもない顔だ





【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年6月6日金曜日

【小津夜景作品No.26】  天蓋に埋もれる家(中) 小津夜景

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(デザイン/レイアウト:小津夜景)






  


   天蓋に埋もれる家(中) 小津夜景


そして結局ね、作者はこんな賢い地点に到るのよ/《この真つ赤な皮をむくには、リンゴを切らうとしてはいけない。かうナイフの根元を果柄にあて、それを中心にして、なめらかにリンゴの方を回すのだ。リンゴの全面を覆ふ真つ赤な皮がたえず細い帯となつて、ナイフの刃から生まれ出てくるやうに見えるだらう。されば、わたしはリンゴの白い果肉であるところの領域を得ようとして、むしろ真つ赤な皮に覆はれてあるところの領域をつくらうとしてゐるので、これら二つの領域をなす境界は、白い果肉であるところの領域に属し、外部と呼ばれるところのものと看做すことができるだらう。してみれば、白い果肉に属する境界は、幽明の境に準へてもいいのではあるまいか。 
 きみはまだ小さくなにも知らなかつたらう。わたしが愛するきみたちのもとを去らなければならなかつたのは、なにものもその意味を取り去らなければ、構造することができないとしたことが許されなかつたのだ。そして、構造しなければ意味をなすことができないとしたことが許されなかったのだ。おそらく、ガリレイが審問にかけられたのも、これだつたのであらう。なぜなら、彼等には意味を取り去ることは不敬であり、かうして得られた構造によつて、新しい意味を見いださうとすることは恐れであつたからだ。だが、いつたい、わたしはだれにたいして、なにをなし得たといふのであらう。わたしはただこのむかれ行くリンゴの真つ赤な皮のやうに、ひつそりとこの生を狭めて行くばかりではないか。 
 しかし、このやうにして狭められて行くのも、じつはたへず死によつて彫塑され、実現されやうとしているといへなくもない。してみれば、実現とは死であるのか。ここに生がつねに問はねばならぬ問ひがあるのだ。なぜなら、現実は実現されることによつて、はじめて実存するところのものとなるのだから。だが、もしこの問ひをむなしとして、問ふことを放棄すれば、わたしはただあるがままにすぎないものとなつて、なにものでもないものになつてしまふだらう。ちやうど、このリンゴの白い果肉をあの世に譬へ、幽明の境ともいふべき境界がこれに属するといっても、それはわたしが否応もなく広がつて迫つてくる白い果肉を得ようとして、生になぞらへた真つ赤な皮を時間の刃で剥かうとするかぎりのことである。むくことをやめれば、境界はそのいづれの領域に属するといふことができず、したがつて白い果肉も真つ赤な皮も、もはやいづれが内部とも外部ともいはれず、ただあるがままにあるにすぎないものとなつて、なにものでもないものになつてしまふやうに。 
 しかし問ふことを放棄しなければ、どうであらう。実現されていく空間はつねに境界より一次元高い。たとへば、一次元空間をなさしめる境界が0次元空間であり、二次元空間をなさしめる境界が一次元空間であり、三次元空間をなさしめる境界が二次元空間であるやうに。しからば一次元空間にすぎなかつた幽明境に実現されたにすぎなかつた今までの生が失はれたのではなく、更に次元を高められた幽明境とする高次元空間に蘇つたのではなからうか。ここに恍惚の可能性がある。ピラトがイエスに問ふたのもここである。 
 イエスは答へなかつた。イエスにとつて答へとは、問ひを問うて大いなる問ひに至ることでなければならぬ。それはあたかもわたしが、リンゴの真つ赤な皮をむき終はつた瞬間に似てゐるといへるであらう》/どう?/私の世界とはずいぶん違ふ/広くて見えないやうな、狭くて息もできないやうな、まるで天蓋にめり込んでしまつたやうな、この家とは。 



 Cela est plus haut que le ciel.
万緑のうすい閾をはづしけり

 Il est versé sur la terre comme du sirop.
あしゆびに時空は剖く扇かな

 Je me fige comme l’agar-agar.
まなざしはゼリーぢーつとしてゐると

 En saisissant sans aucune façon.
窓がらすはつなつの喪をかがやかす

 Ma connaissance est juste pure.
恋びとよあなたのうしろ山が鯖

 Je descends vers une place d’autre.
マトリーショカ蒸し暑かれば空とせよ

 Je vois un feu,
手花火のふつと黙しをなすところ

 En me demandant alors que le silence s’impose.
神を折る蛆の次元に沿ふやうに

 Je vois un boomerang,
あまとぶや軽業死してかぶとむし

 L’eau d’amour étrangère.
余花の雨アンドロメダのベランダで





【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年5月30日金曜日

【小津夜景作品No.25】  天蓋に埋もれる家(前)   小津夜景

 (デザイン/レイアウト:小津夜景)








        天蓋に埋もれる家(前)   小津夜景


やつと『意味の変容』を読んだわ/沢山の命題を糸のやうに繋いで小説にしちやつた本/《外部の実現が内部の現実と接続する時これをリアリズムといふ》《矛盾は常に無矛盾であらうとする方向をもつ》《まずその意味を取り去らなければ対応するものとすることができない。対応するものとすることができなければ構造することができず、構造することができなければ、いかなるものもその意味をもつことができない》/こんな感じの命題が次々出てくる/で、最後はかうした命題から導いた作者の生死観を披露してお終ひ/すごく面白かつた/ただ私、作者が生と死を対称に見たがる点はどうしても納得が行かない/生きてることと死んでることつて全然そんな関係ぢやないと思つてたから/それらの境目が綺麗な矛盾を描くかにみえたとしても、二つの対応を暗に目論む本人が、実際とはほど遠い、それこそ自分に都合の良い意味をそこに押しつけたせゐなんだし/え?/『もしそれらの意味を一度全部とつぱらつてしまつたとしたらどうなるか』つて?/その場合は当然生も死もなくなる/あるともないとも言へない風体で一切が漂ふだけよ/違ふ?/生死から意味を取り去つてしまへばもはや構造することはできない/より厳密に言へば、二度と再び構造を生きることはできない/意味を取り去つてなほも構造できると嘯く人は、世界を眺める『私』を取り去るのを忘れてゐる/生死の意味を対称な規則へとこつそり改竄するために、わざとそれを忘れてゐる/でも生死の境がなくなつた後も、その生死に囲はれてのみ生成する筈の『私』といふ条件だけは平然と残してゐられるなんて、さういふ無神経な賢さつて、とても胡散臭いと思ふの。


Je me séquestre dans une chaleur,
石兵を抱けば羽交ひに地のほてり

 Comme une courgette dans une boîte noire.
甘瓜のをとめがちなる巻き髭ぞ

 Qui parle, en flottant.
みなみかぜ奪はれてゐる象耳が

 Parle, en incinérant,
ひむかしに花炎ゆ炎ゆのかむいかな

 S’il me plaît la ruine.
くらげみな廃墟とならむ夢のあと

Des poissons flottants,
たましひに飽きて金魚をたゆたはす

Comme écriture fraîche, difficile à brûler.
ジギタリス焚けり宇宙の偽書足りず

 Gratter,
消印にかはほりほどの紆余あらむ

 Sans dénouer des cordons,
紐すこしほつれて黴の訳詩集

 Dans un papier blanc florentin.
梅雨やふいれんつえふつくらと幽閉す






【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。





2014年5月23日金曜日

【小津夜景作品No.24】   ハラペーニョで人類を    小津夜景


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(デザイン/レイアウト:小津夜景)








     ハラペーニョで人類を    小津夜景


珈琲を漉そうわずかに陽を混ぜて

触診のラジオはいつも嗄れている

パティオふぬけて犬のこじんまり

親しみのある謎である郵便夫

静かだな服ぬいでもの食う部屋は

ありくいは白昼ゆめを吐くらしい

とびとびの音盤火星年代記

ハラペーニョ煮て人類を略奪す

おんぼろのロボットあわれ能面に

パロールが犬を愛して獰猛にクール

蛸足をふと奥の手と捉えたる

あしのうらぽかんと眠るとき他人

ぞわぞわと梢は揺れて ん 斬られた

すこやかな没我に火薬庫の匂い

風死にそうよカフェインが多すぎる

飲み干せば風もいまわをうごかない

陽を爆ぜてからっぽのカップだ

読むだろう まさかりで窓を開いて

どこまでも棒立ちの散歩者になる

絶海へつづくゼブラゾーンが眩しい






【作者略歴】
  • 小津夜景(おづ・やけい)

     1973生れ。無所属。