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2016年5月27日金曜日

【書簡】  評論、批評、時評とは何か?、 字余論、 芸術から俳句へ


収納しておきます。 (とりあえず)

  •  字余りを通じて、日本の中心で俳句を叫ぶ中西夕紀×筑紫磐井  掲載は、こちら 
  •  評論・批評・時評とは何か?…堀下翔×筑紫磐井 掲載はこちら
  • 芸術から俳句へ 仮屋賢一×筑紫磐井  掲載は、こちら

2016年2月5日金曜日

「芸術から俳句へ」(仮屋、筑紫そして…) その4 …筑紫磐井・仮屋賢一 



7.筑紫磐井から仮屋賢一へ(仮屋賢一←筑紫磐井)
the letter rom Bansei Tsukushi to Kenichi Kariya

感じとして仮屋さんのお考えはかなり私の考えと近いと思っていますが、あまり鼻からそう思い込むと議論にもなりませんし、むしろ微妙な感覚のずれ、論理の運びの差があるほうが生産的だし、今後の勉強にもなるだろうと思います。

お互いに寛容の一線は譲れないと思いますが、「社会性俳句は俳句か」なんてどうでもいいはずという点について考えてみたいと思います。

たぶん聖人君子、御釈迦様の目から見れば全くそうだと思いますが、こうした論争をしているのは賛成派も反対派も、私も含めて小人ばかりですから、そうした大きな立場に立てない人が論争していると思った方がいいかもしれません。

とはいえ、寛容でない人達の考えも、頭から度し難い因循姑息な人達ばかりではなくて、それぞれの理屈があるのでしょう。せめて善意で考えてみたいと思います。たぶん社会性俳句に否定的な人は、「俳句は美しくあるべきだ」と思っているのではないでしょうか。そこから美しくないものは俳句に入れておきたくないという、至極もっともな考え方であろうと思います。問題は、その「美しい」は主観的な判断ですから、主観的判断から俳句であるかないかを決めていることになります。美しいとは、美の黄金律にかなっているという基準もあるでしょうが、力強いもの、激しいもの、真実をついているもの、情緒ではなくて激情をあたえるもの、あるいは都会的なもの(反田園的なもの)、宗教的なもの、反宗教的なものと拡散して行きます。自己の基準を確立することは作者として大事なことですし、自己の基準で他の作品を批判することも適切なことです。批評行為とはそこに尽きていると思います。「社会性俳句は俳句ではない」と言っても主張としては分かります。問題はかっての俳人協会有志のように、「無季俳句は俳句ではない」と言って教科書出版社に掲載を中止しろと言うようなことが、本当の寛容ではない行為だということです。

私自身、「社会性俳句は俳句ではない」と言っている人達が心から嫌いかと言えばそうではありません。いろいろからかってみたくはなりますが、真面目な態度だからです。

逆説的ですが、むしろ問題は「俳句は何でもアリだ」と言う態度かもしれません。一見真実のようにも思えますし、又私の寛容論にかなっているように見えますが、実は何も語っていないことになります。話し合うべきコアが何も見つからないわけです。若干似ているのが、「俳句って楽しい」と言う言葉です。もちろん楽しくて悪いわけはないですし、大半の人はそう思っているわけですが、しかしそんなことを言われてもどうしようもありません。

本当は、「社会性俳句は俳句ではない」ではなくて、あなたにとって俳句とは何なのかを積極的に語ってもらいたいものです。くれぐれも、「俳句は有季定型の切れ字の入った詩である」なんていう公式見解は言わないでほしいものです(私としては公式ではないと思っていますが)。

各自の独断と偏見の入った俳句観を語ってもらえれば、俳句はもっと面白くも楽しくもなるものだと思います。社会性も独断です、前衛も独断です、新傾向も独断です、子規が行った新俳句(俳句改良、月並批判)さえ独断です、虚子の伝統も間違いなく独断です、客観写生も独断です、抒情派も独断でしょう、芭蕉のわびもさびも明らかに独断です。山本健吉の挨拶も独断です。巨大な俳句と言うジャンルはその中に納まりきれませんから。逆にすべてを飲み込んでいます。だから楽しいのです。

もっとも、俳句は技術を伴いますから、どんな立派な俳句観を持っていても、全然見当違いな作品を提示する人は別の意味で批判されるでしょうが。

   *    *

等と思っていますが、さて、音楽やその他芸術に比べるとどうでしょうか。


8.仮屋賢一から筑紫磐井へ(筑紫磐井←仮屋賢一)
the Letter from Kenichi Kariya  to Bansei Tsukushi 

筑紫さま

「俳句とはこうあるべきもの」という枠組みを先に定めるのではなく、あくまで個々の独断と偏見の集合として(≠最大公約数)俳句は規定されるべきなのでしょうね。俳句に限らず創作活動をする目的にはその対象を規定したいということもあるのでしょう。しかし実作者としては何か規準がほしいわけで、これは独断と偏見でしか選択できないものなのでしょう。

「各自の独断と偏見の入った俳句観を語ってもらえれば、俳句はもっと面白くも楽しくもなる」ということに関してですが、同感です。様々な俳句観が飛び交っていても、俳句という枠があるから秩序が保たれているのでしょう。俳句とは何なのか、実際にはよく分からないけれども、俳句という枠組(名前)があることに甘んじていればよいのです。

 藝術の発展は、それぞれの枠組みの危うさというところから生ずるような気がします。破壊しようとすればすぐに崩れ落ちてしまう。俳句だってそうでしょう。そういった状況下で、積極的に破壊しようとする人がいてもいい、一方で、枠組みが崩れないようにいろいろな方策を打ち出す人もいる。もちろん、保守の人もいたらいい。

 ただ、日本人には破壊というものにあまり馴染みがないのかもしれません。音楽の発展だって、幕末期から明治期にかけて西洋の音楽が入ってくるまでは、枝分かれはあるにせよ、過去の否定から新しいものを生むという流れはなく、今に至る流れをそのまま順方向に発展・展開させてゆくというようなものであったはずです。そもそも、音楽は独立して存在しておらず、宗教的なものあるいはある芸能を形成する一要素としてのものでありました。だから、時代が変われば、新たな芸能が生まれ、それに付随して音楽の需要が変わる。変わったとしても、過去の否定や肯定ということではなく、新たに出現した芸能に対して、音楽の部分部分が相応・不相応という点で判断され、結果的に新たな音楽ができたり展開されたりしてゆくということになったのでしょう。

 西洋のものが流入してきて、ようやく価値観も変わり、堂々と否定することもするようになりましたが、やはり性格上、怖さを拭い去れないのかもしれません。音楽や絵画であれば、取り組む人口も世界規模で多く、言語上の障壁を気にしなくてよい部分も多々あるので(とは言いつつ、「音楽は世界共通語」などという主張は大反対ですが)、自分が破壊しても、誰かが枠組みを守ってくれるだろうという部分があるのでしょう。だから、思い切って破壊できる。一方で、俳句はそういう安心をしづらい部分があるのではないかと思います。本気で破壊しようとしたら、本当に崩れ落ちてしまうのではないか、と。

 杞憂だとは頭でわかっていても、なかなかできないのでしょう。こう言っていて、本当に杞憂なのかな、なんて不安がよぎりもしてしまいますし。そして、そういう不安を蹴散らして破壊をしようとする人がいても、今度は周りが臆病だから、必要以上に批判したり、あるいは無視したり、俳句の枠組みの外に出そうとしたりしてしまうのかもしれません。そういう原因としては、俳句に携わる絶対的な人数が少ない、などといったことが挙げられるのでしょうか。

 俳句は藝術であるくせに、自らの枠組みの危うさを怯えてしまっている。そういう部分があるのかもしれませんね。そして、それが藝術としての弱さにつながっているのではないかな、なんて思ったりもします。弱さ、というのは、展開・発展の可能性を、自ら狭めてしまっているのではないか、というようなところでしょうか。

 もっと、様々な独断と偏見が、いま現在の俳句界に存在するであろう「俳句の評価」という枠組みとは関係ないところで堂々と林立すべきなのです。じゃないと、藝術としての面白さを俳句は捨ててしまうことになるのではないでしょうか。




2015年12月11日金曜日

「芸術から俳句へ」(仮屋、筑紫そして…) その3 …筑紫磐井・仮屋賢一 



5.筑紫磐井から仮屋賢一へ(仮屋賢一←筑紫磐井)
the letter rom Bansei Tsukushi to Kenichi Kariya

お久しぶりです。
既に先行した堀下⇔筑紫対談で、「俳句は文学か否か」の議論があるのでそれと対比しながら考えてみたいと思います。仮屋さんの発言「藝術と呼べるものの範疇は大きいでしょう。こういう意味で、俳句もまた、藝術なのです。」は芸術の範囲を最大限に拡大しているので、おそらく「俳句は文学か否か」の議論と違って真正面からぶつかり合うことはないと思います。ただそれだけでは面白くないので、俳句は文学でないというような主張(第二芸術論)が出た背景を併せて考えてみたいと思います――文字にしてみたらこの主張は二つ意味があることに気付きました。俳句を芸術に入れてあげないといういじめっ子の論理と、俳句は芸術に入って上げないという芸術を見下すお金持ちの論理とですが、今は前者の論理と解釈しておきましょう――。

文学も芸術も、それが近代(啓蒙主義時代といった方が正確でしょうか)になって議論されるようになった頃には、分析的な議論が行われているようです。文学や芸術とは何かという理念の議論もさることながら、文学や芸術を構成する要素ジャンルが列挙され、それを念頭に入れて議論が行われているようです。百科全書派などがその代表でしょう、具体性のない理念の議論はあまり行われていないようです。問題は理念の違いもさることながら、その時代時代の要素ジャンルが異なっていることでしょう。カントやヘーゲルの時代の芸術のジャンルと、現代の芸術のジャンルが異なっていることです。構成するジャンルが異なってくれば、当然のことながら理念も変わります。私は、芸術観・文学観の違いは、ジャンルの違いではないかと思います。

東洋の場合はましてその違いが大きいでしょう。堀下さんの対談で取り上げた『文心彫龍』などになると、詩、楽府、賦、頌ぐらいまではいいですが、銘、誄、哀、史伝、諸子、論説、から始まり、詔、檄、表、奏に至ると芸術・文学の価値観がずいぶん違ってくることが分かります。ただそれが文学観(当時は個別ジャンルの名称はあったようですがそれを取りまとめる「文学」と言う概念は確立していなかったように思えます。おそらくそれは西欧においても同様でしょう。詩・悲劇は古く、文学・芸術は新しいのです)として正しいのかどうかは、よく分かりません。相対的なものだからです。

桑原武夫の「第二芸術」は、桑原武夫の考えていた具体的な芸術・文学ジャンルに俳句は入らないという説であり、当時の西洋近代芸術のジャンルと俳句というジャンルに共通性が少ないというものだったのでしょう。それはそれでが正しいものだろうと思います。問題は、芸術の範囲を広げて俳句が入るようにするのか、芸術を近代の理念で限定し俳句を排斥するかと言う態度であります。とはいえ明らかにどちらが間違っているというものでもないように思えます。
そうなると、問題は、いずれにしろ芸術や文学の側の問題と言うことになり、俳句の問題ではないということになります(ただ誰が芸術や文学の範囲を決めるのかよく分かりませんが。俳人もこの問題に投票権はあるのでしょうか)。確かにそうでしょう、芸術や文学が寛容になりさえすれば済むように思われます。

しかしここに一つ問題があります。芸術や文学が寛容になることがあっても、俳句が寛容になることがなければ一方通行になってしまうということです。現代俳句はどんどん不寛容になっているような気がします。俳句は有季定型であり、自由律俳句、無季俳句、川柳とはっきり異なると考える以上、芸術や文学がいかに寛容になっても、俳句が現に芸術や文学になっていく道は閉ざされているような気がしてなりません。伝統だから不寛容でよいというわけではないでしょう。むしろ伝統こそ、それが豊かになるためには寛容である必要があると思います。ですから仮屋さんの言説に、たった一言付け加えるとすれば、「こういう意味で、「寛容であれば」俳句もまた、藝術なのです。」となるのではないかと思えます。

話はやや飛躍しますが、常にそうした図式の中で考えて見る必要がありそうです。私は、俳句はダブルスタンダードが必要だと思います。選択肢が一つになった途端に衰退を始めるからです。前衛と伝統はともども競い合った時代が美しかったと思います。少なくともいろいろな個性が生まれたように思います。現代の俳句が(ジャンルとして)美しくないのはそうした不寛容にあると思います。


   *

ご説の「作者不在の藝術は存在し得ず、藝術は必ず作者の存在する作品でなければならないのです。」は堀下さんの投げかけた問いの一つですが、今回論ずるのは大変なので次に回すことといたしましょう。



6.仮屋賢一から筑紫磐井へ(筑紫磐井←仮屋賢一)
the Letter from Kenichi Kariya  to Bansei Tsukushi 
筑紫さま

いまの俳句が寛容でない、ということ、そしてジャンルとして美しくないということ、とても興味深いお話です。直感的な意見を述べてゆくので、論の欠陥を指摘すればキリが無いとは思いますが、考えてみたいと思います。

現状の俳句の界隈に目を向けると、新たな俳句というものを模索し世に出そうとしている人はいますし、俳句は今でもますます多様になっていこうとしているようにも見えます。もちろん、多様性の成長のスピードは決して速いものではありませんが。しかしやはり、そう見えるだけなのでしょう。よく考えてみれば、却って俳句というジャンルは多様性を失い、幅の狭いものになっている。それは、ジャンルとしての俳句が、多様性を形成していた様々な要素を締め出しにかかっているから、というような印象を受けます。極論(というより暴言)にはなりますが、今でいうところの伝統俳句、自由律俳句、無季俳句、社会性俳句、その他様々なものを含んで、一つの「俳句」というジャンルを形成していたのが、いつの間にか伝統俳句以外が俳句というジャンルから締め出されてしまった。そんなイメージです。現実はそこまで極端ではないとは思いますが、新たに「◯◯俳句」と作り上げられたジャンルがあったとしたら、そのほとんどは、最初から自ら「俳句」と似て非なるものであると自負している嫌いがあるのかもしれません。

話が見えづらくなってきてしまいました。まとめれば、「俳句」というジャンルは自らどんどん狭くなってきていて、一方で「俳句」に近いところであらたにジャンルが立ち上がったとしても、はじめから「俳句」というジャンルの外での動きでしかないという傾向があるのではないかということです。「俳句」がますます不寛容になってゆくことで、「俳句」を寛容なものにできる可能性を持っている人ほど「俳句」の外に出てしまうという悪循環が出来上がっているような気さえいたします。

ジャンルとしての美しさはどこにあるのでしょうか。そのジャンルが今より広く成長する可能性と今より深く成長する可能性のどちらをも十分に秘めていることは、そのジャンルが美しいものであるための必要条件であると思います。そう考えれば、寛容でないことは、広さを制限してしまうことに直結しかねません。だから「俳句」はジャンルとして美しさを欠くことになってしまうのでしょう。

初回の喩え話を持ち出してくることにはなりますが、社会性俳句をヒップホップに喩えるものがありました。この喩えだと、「社会性俳句は俳句か」という問いと「ヒップホップは音楽か」という問いは(このような問いがどのくらい重要な問いであるのかどうかはさておき)お互い対応するでしょう。では果たして、俳句にとっての「社会性俳句は俳句か」と、音楽にとっての「ヒップホップは音楽か」とは、本当に同じようなものなのでしょうか。

音楽にとっての「ヒップホップは音楽か」という問い、個人個人が考えることについてはとても意味があることだとは思いますが、音楽というジャンルからしたら、この問いはどうでもよいものなのかもしれません。ヒップホップが音楽であろうがなかろうが、どっちでもいいのです。個人がそれぞれ、自分の考えに基づいて、好きに扱えばいいのであって、「音楽」というジャンルの立場からはこの問いに積極的に結論を打ち出そうとはしないでしょう。

俳句にとっても、「社会性俳句は俳句か」なんてどうでもいいはずなのです。個人個人が考えを持てばいいだけで、それを俳句だと思って追究してもいいし、俳句だと思えないから無視してもいい、あるいは俳句にしようと腐心してもよい。それくらいでいいはずなのです。この問いに対する議論をするのは、あくまで個人同士でよいはず。しかし現状は、もっと大きな単位でこの問いに対して議論をしている、そんな気がします。どこからどこまでが俳句なのか、という線引きを積極的にしようとしているのです。結局、筑紫さんの「俳句は有季定型であり、自由律俳句、無季俳句、川柳とはっきり異なると考える」というところでしょう。俳句は今でも、可能性を模索することよりも、自分の領分を確定させることのほうに目が向いているのでしょう。だから、寛容にもなれない。

アイデンティティの確立、という面で音楽と俳句を並べてしまうと、俳句にはだいぶハンディキャップがあるとは思うのですが、それでも、俳句はそんなに頑張らなくてもいいのにな、なんて思ってしまいます。もっとぐちゃぐちゃになって、それを俳句というジャンルは憂うことなく楽しんで見守ればよいのです。ジャンルとしての美しさは、そういったところ泥臭さや混沌といった、美しくないものを内包しているといったところから生まれてくるのではないでしょうか。


2015年10月30日金曜日

「芸術から俳句へ」(仮屋、筑紫そして…) その2 …筑紫磐井・仮屋賢一 



3.筑紫磐井から仮屋賢一へ(仮屋賢一←筑紫磐井)
the letter rom Bansei Tsukushi to Kenichi Kariya

①私の掲げた3句が好きでないと言うこと、至極もっともと思います。そういう回答が来るだろう事を予想して掲げたからです。なぜ、こんなまだるっこしい例のあげ方をしたかといえば、実はこの3句は「海程」秩父俳句道場で金子兜太の特選となっているからです。これを最後にいってちょっと驚いてもらおうと思っていたからです。

別に兜太の選がすべて正しいと言うつもりはありません。実際当日の句会で私はこれらの句を1句もとっていません。たしか、参加した関悦史も北川美美もとっていなかったと思います。仮屋さんの評価に近いというべきでしょう。しかしだからといって兜太の選が間違っているかと言えばそうでもないと思います。むしろ、ここから俳句というものの本質を考えるヒントが生まれるように思うからです。

物事には表があれば裏もあるわけですから、それを一緒に考えておく方が間違いが少ないと思います。例えば「俳句というものの美しさがそこに無いように思える」が仮屋さんのそれの裏の考え方だと思います。どちらかといえば、関悦史も北川美美も、そして私もそれに近いように思います。こうした考え方に対して、(残念ながら具体的な例句をあげられませんでしたが)兜太は月並みだ、どこかですでに何回も詠まれた句だ、と批判していたように思います。

議論の枠組みを確認するために取り出した例なので、ここでは余り厳密に議論する必要はありませんが、こうした対立があることだけは先ず了解しておいた方がいいと思うのです。

②ここにあげた3句は、かってそう呼ばれた「社会性俳句」に近いと思います。金子兜太や「海程」の人たちは、今もってそうした俳句にこだわっていると、冷淡に見ている人も多いはずです。
ただ、かって「海程」以外の人も同様の句を平気で作っていました。

師走の灯資本が掘らす穴の丈    沢木欣一『塩田』 
雉子歩む傍若無人凶作地 
毛布すりきれ戦後十年弥縫的 
基地化後の嬰児か汗に泣きのけぞり 能村登四郎『合掌部落』 
露の日輪戸に立つ母郷死守の旗  
一瞬胸せまりたり悴む顔の囚衣群(習志野刑務所)

実に「美しくない」と思います。余りに露骨すぎます。欣一も登四郎も、その後こうした俳句の詠み方から抜け出したのは賢明と思えるでしょう。しかし、賢明であったはずの彼らが一時的ではあれ、なぜこの時代にあってはこうした句を作っていたかが不思議です。まるで、「俳句は美しくあってはならない」というのが彼らの命題であったかのようです。そして、「俳句は美しくあってはならない」というのが本当に間違いかどうかは、よく考えてみなければなりません。

③実は、こうした1955年頃の社会性俳句が60年後の今日間違っていたとすれば、仮屋さんが現在感じている「俳句は美しくなければならない」も、更に60年後の2075年に誤っている可能性もあるわけです。屁理屈を言っているように聞こえるかも知れませんが、私が言いたいのは1955年頃圧倒的多数の俳人が、俳句はかくあらねばならないと考えていた理由を知らないで批判することは、現在のみを持って正しいとする傲慢な過ちとなり、2075年に批判される原因となっていることではないかということです。

その意味で、欣一も登四郎も兜太も余りに社会性俳句にのめり込みすぎていましたから、冷静な考え方を残していません。ここでこの少し前の石田波郷の考え方に耳を傾けてみましょう。余程俳句固有派であり、古典派に近い波郷ですが彼でさえこんなことを言っています。

「(能村登四郎、藤田湘子をはじめ新人の作品を読んで)、先づその迫力の弱く、読みつつも読者たる僕があまり作者の方へひきよせられないのに不満である。自然を詠はうと社会を表はさうと、そこには常に作者の描き出す「新しい一つの世界」がなければならない。混沌と苦渋の現代に我々が生きてゐる以上、俳句に我々が望むのははげしい自然讃仰か、真摯にして混沌を制する底の生活、人間の現はれである。日常生活に起伏する日常的主観も、之を活かしてわれわれの生き方を示すものでありたいと思ふ。馬酔木の新人諸氏の最近の労作もさういふ方向に向つてゐるものと期待して眺めてゐる。然し実際には主観の脈が浅い皮膚の下に浮いて、よはい、言葉の按配や、知的にも説明的な主観叙述におちいつてゐる。」
(馬酔木昭和二四年八月)

大仰な言葉に驚くでしょう。何を波郷はこんなに焦っているのでしょうか。波郷ほどの指導者ならばもっとゆったりと構えて、美しい傑作を詠ませればいいではないですか。しかし、波郷は馬酔木の端正な美意識に浸ることをよしとしなかったのです。とりわけ能村登四郎には過剰に干渉し、「ぬばたまの黒飴さはに良寛忌」などという美的な世界(秋桜子的美意識といえるでしょう)を捨てさせ、『咀嚼音』の「長靴に腰埋め野分の老教師」のような教師生活の哀歓を詠ませるようにしたのです。その後、社会性俳句に登四郎が一気にのめりこんでしまうのも無理のない指導でした。

    *     *

この原因を探っておくべきでしょう。私は、桑原武夫の「第二芸術」が原因だと思っています。俳句が「第二芸術」だと呼ばれたことに発奮したというのではありません、俳句では現代が詠めないと言われたことに衝撃を受けたのです。現代俳句という言葉は戦前からありましたがある価値観を持って使われたのは戦後、それも「第二芸術」以後だと思います。桑原の「第二芸術」はご丁寧にも「―現代俳句について―」と副題がついていました。そして「第二芸術」以後、熱病のように俳壇に「現代俳句」が流行し出しました。戦後の俳人のあつまりは「現代俳句協会」と名付けられました、こうした動きに一番批判的な山本健吉さえ俳句に関する初めての著書に『現代俳句』と名づけました。そして、桑原の言った「現代俳句」を一番皮相的に理解すると、<「現代俳句」=現代社会を詠む俳句>ということになるでしょう。現代俳句でなければ江戸音曲と同じ第二芸術の道を選ぶしかないと皆が確信したのです。これこそが社会性俳句の始まりだと思います。社会性俳句は、「第二芸術」に始まっているのです。

そしてこれが丸々間違っていたかというと私もそうだという確信がありません。短歌も詩も、こうした桑原武夫の道をある程度たどって進んだと言えるでしょう。俳句だけが置いてきぼりを食らっているのです。もちろん、俳句はその独自の固有性を主張して構いません。しかし、どこか後ろめたい思いもあるのは否めません。



④もう少し別の考え方をたどってみましょう。

高濱虚子の俳句を詠む姿勢は非常にはっきりしていました。一生涯変わることのないものでした。

「季を優位せしむることは伝統俳句の身上である。人間性、社会性に重きを置くことは季と優位を争うことになる。勢い俳句でないものを産むことになる」(「虚子俳話」)

したがって、例えば、俳句で地震については詠むべきではない、ということになります。これは東日本大震災でも、阪神大震災のことではありません。関東大震災のことです。この主張に従って虚子は関東大震災の句を詠みませんでしたし、ホトトギスにもそういう句は掲載させない方針でした(たまたま、東京市長永田青嵐の震災句が載ったのは写生文の付録だったからです)。

永年、虚子のこの科白をぎゃふんと言わせる言葉がほしいと思っていました。しかし俳人の書いたどれを読んでも饒舌で説明的で、余り胸を打つ言葉がありません。さんざん探した挙げ句、全然別ジャンルで、次のような言葉にであいました。これは、イタリアにおけるヴェリズモ(リアリズム文芸運動)で使われる標語ですが、虚子に対比させるのに、私が知る限り最適の言葉であると思います。これほど虚子を的確に否定している言葉は思いつきませんでした。

 「芸術家にとっての原則とは、芸術家もまた人間であり、その人間たちのために芸術家は書くべきであるということなのだ」(ルッジェーロ・レオンカヴァッロ)

 季語等、人間にとってどうでもいいことなのです。いや、人間があってこそ、それに対する第二義、第三義の風景として季語があるばかりなのではないでしょうか。そして、ここに俳句は美しくあってはならないの考えの原点を見るのです。

 もちろんこの考え方に与しない人はたくさんいるでしょうが、おそらく生身を持つ人間としてどちらが正しいかと問われれば、私はレオンカヴァッロの方にやや軍配を上げざるを得ないだろうと思います。それは、まさしく、私たちが「生身」を持っているからです。生まれた後、入学・卒業・恋愛・結婚・ことによると自殺未遂・ことによると覚醒剤による逮捕・就職・中傷・昇進・左遷・(親・妻・子との)死別・離婚・子供の独立・ことによると破産・リストラ・親の介護、とお決まりのコースをたどった挙げ句(多分仮屋さんの生涯の大半がこれであげられると思いますが)、老い、病み、死んでゆく存在として考えた場合、「人間たちのために芸術家は書くべきである」、という発想はより普遍的だと思います。虚子の考えは、ごく限られた時代、生活、職業、趣味においてのみ普遍性を持つものでしかないと言えそうです。もちろんだからといて虚子のそれを否定はしません。しかし、虚子の思想を地球の津々浦々、あらゆる芸術にまで拡大するのはやめてほしいものです。


⑤さてここまで、長い仕掛けをしてきたのはここでやっと仮屋さんの音楽に近づいたかな、と思ったからです。いうまでもなくレオンカヴァッロは音楽家であり、オペラ「道化師」で有名です。この科白もその中で出てくるものです。といっても、私自身は、同じ運動を展開したマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」しか見ていません。つまらないオペラがこんな面白いのかと唯一感動した作品です(まあ、音楽にはそれくらい私は迂遠だと思ってください。仮屋さんには縁なき衆生です)。ヴェリズモ運動の最大の成功作であり、「人間たちのための芸術」はなるほどこんなものかと納得したのです。もっと別の結論の運び方があるはずでこんな落ちとしまって恐縮ですが、要は「俳句は美しくあってはならない」も一つの思想(成功しているかどうかは別として)ではあるように思うのですが如何でしょうか。


(以上はご質問の前半への回答です。ただ余りに長くなって疲れてきたのでここら辺で今回は打ち切ります。もしつづきが書けるようでしたら次回続けましょう)


4.仮屋賢一から筑紫磐井へ(筑紫磐井←仮屋賢一)
the Letter from Kenichi Kariya  to Bansei Tsukushi 

筑紫さま

仮屋です。大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

>「俳句は美しくあってはならない」も一つの思想(成功しているかどうかは別として)ではあるように思うのですが如何でしょうか。

今回はこれの自分なりの答えを探すことに費やそうと思います。

まず、俳句が藝術であるのかどうか。いきなり大きすぎる話題ですみません。結論から言うと、俳句は藝術だと思いますし、藝術でなければならないという考えなのですが、それを主張するには、そもそも僕にとって藝術とは何かというところから始めなければなりません。

藝術とは何か。

藝術であるための条件として、まずは、それが人間の積極的な営為によって生み出されたものであることが必要だと思います。

手つかずの自然、鬱蒼と茂る木々の中に堂々と落ちる滝は、藝術的な美しさを持っていたとしても、それ自体は藝術ではありません。ただ、それを何らかの形で表現したものは、藝術と呼ばれ得るでしょう。人間というフィルタを通す必要があるのです。

また、うっかり中身をバラまいてしまった絵の具や、落として割ってしまったお皿。人間の営為の結果ではあるのですが、これだけでは藝術と呼べません。人間がこれを藝術だと捉えて(=人間の積極的な営為)こそ、はじめて藝術となり得るのです。

つまり、作者不在の藝術は存在し得ず、藝術は必ず作者の存在する作品でなければならないのです。


次に、感情的な部分で他者に作用し得るということ。そして、そういう狙いをもって作者が制作したものであること。

そういう意味で藝術は意図的なものです。また、理性的なことばで語り尽くせてしまう感動は、真に感情的な部分の感動ではないといえます。なかなかそこの判別をすることは難しいのは事実ですが。少なくとも、どんなことばでも言い表すことのできないもの、というものは藝術には存在し得るはずです。

さきほどから、「〜し得る」と可能性でしかお話ししていない部分があるのですが、藝術は普遍的である必要がないと思っているからです。

作曲家、アルノルト・シェーンベルクのことばに、「もしも藝術ならそれは万人のためのもではなく、もしも万人のためのものならそれは藝術ではない」ということばがあります。(とはいえ、彼のほかのことばを見るに、藝術は独りよがりであっていいなどとは全く思っていないようです。)

極論をいえば、藝術は自分以外のたった一人だけを真に感動させる(ここでの感動は、心に何らかの作用を与えた、くらいの意味です。決して大げさなものではありません)ためだけのものであってもよいのです。狙ったその人が感動するかどうかは別にして。狙いとは別の他の人が感動したっていい。

ただ、自分の作品のうちの感動ではある必要があるます。ある画家が、誰かのために絵を描いた。その様子を見て、周囲が心打たれた。これは、絵画作品に対する感動ではなく、行為に対する感動で、また別物です。ここの峻別はしっかりしておかねばなりません。

これだけの条件をみたしていれば、僕の中ではまず、藝術と呼んで良いと思っております。いろいろ書いていますが、案外、藝術と呼べるものの範疇は大きいでしょう。こういう意味で、俳句もまた、藝術なのです。第二藝術と呼ばれようと、関係はありません。僕の中では「第二藝術⊂藝術」なのですから。

さて、俳句は藝術です。そして、もう一つ。俳句は、藝術それ以上でも以下でもありません。
その前に、誤解があってはいけないのですが、「藝術は他の誰かのために作られるものでなくてはならない」ということではありません。とはいえ、いくら他人を排除したとしても、大きな意味でどこかに「自分のため」という部分は残るでしょうから、そういう意味では「藝術は人間(たち)のため」ということになるのだろうとは思います。

僕の藝術の定義、どこにも「美しさ」という概念はでてきません。「俳句は美しくなくてはならない」は、俳句の定義でもアイデンティティでもなんでもないのです。では、「俳句は美しくなくてはならない」とはなにか。それは、単に個人がそういう立ち位置にいるだけのことです。それが常識的な認識になっているのだとしたら、多数派であるのか、影響力のある人がそう言っただけであるのかのどちらかでしょう。俳句は美しくなくてよいのです。藝術は美しくなくてもよいのですから、当然です。だとしたら、「俳句は美しくあってはならない」というのも十分認められるべき立場でしょう。これは、僕が個人的に認める・認めないというのとは全く別問題であることはお分かりいただけると思います。

そもそも、この世界、美しくないものは、淘汰されがちです。俳句も、美しいから生き延びているのでしょう。だからといって、美しくないものを積極的に排除する必要はない。そんなことは自然に任せればよいのです。自然の摂理に抗うことは、人間に与えられた権利なのではないでしょうか。ただ、安直な反抗というだけでは、特に面白いものでもないのですが。

人間、藝術にはどこか安心を求めてしまっている嫌いがあるのかもしれません。ただでさえ、この社会、不安でいっぱいなのに、藝術にまでその不安を不安のままで持ち込みたくないと思ってしまうのは当然のことでしょう。だから駆逐されがちなのかもしれませんが、それは人間が勝手に藝術にそれを求めているだけのことであって、藝術がすなわちそういうものであるということにはならないのではないでしょうか。

……と、俳句について書いているようなつもりで、実は「そういう曲があったな」と思いながら書いているのであります。音楽と俳句は、形式のまるで違うものですから、表現できるものも全く異なるものでしょう。忌避されがちなそれらの表現、音楽はうまく作品として体をなしていると思うのですが、それほどの力が、俳句にはあるのでしょうか。純粋な、疑問です。

2015年10月2日金曜日

「芸術から俳句へ――仮屋、筑紫そして・・・」 その1 /筑紫磐井・仮屋賢一



北川編集長と仮屋賢一氏との間で音楽をめぐってのメールのやり取りがしばらくあり、ccで私にも送られてきていた。なかなか面白くはあるが俳句の話は近付いてきそうで近付いてこない。縄跳びの「おはいんなさい」ではないがやっと私の飛び込めそうな波がやってきたので、勇を鼓して先ずは飛び込んでみた。うまくつながるかどうかは分からないし、話題が本当に俳句に戻ってくるかもよく分らないが、少しやり取りがたまったので掲載してみることにした。ご覧いただきたい。



1.筑紫磐井から仮屋賢一へ(仮屋賢一←筑紫磐井)
the letter rom Bansei Tsukushi to Kenichi Kariya


北川さんと音楽の話でずっと盛り上がっている中で、なかなか割り込めませんでした。話の中の曲名はほとんど理解できず。

ただ、最終的には俳句の話に戻るだろうと思っていましたが、なかなか話題は尽きないようです。
全然音楽になじみがないのですが、先日、金子兜太の秩父俳句道場(4月4日~5日)に行ったおり、自分のBLOGを読んでほしいといった人がいて覗いてみると私の品評をしていましたがその中で、音楽にたとえてくれていました。

筑紫氏の気概は、当然ながら氏をして俳句を侵害するものと戦わせる。それが例えば川名氏だ。 
極めて乱暴にたとえれば、ヒップホップは音楽じゃない、演歌は嫌いだ、と言うクラシックや現代音楽好きの川名氏に対して、ヒップホップだって玉石混淆かもしれないが音楽のひとつだろうし、演歌だって演歌という楽しみ方やファンや伝統があって、そんなふうに切って捨てるものではあるまい、と言う筑紫氏がいる。そして筑紫氏の方は音楽が人をして感動させるのは何だろうか。そもそも音楽とはなんだろうか、という方に関心があるのだと思う。たぶん。以上あくまでもたとえ話。 
俳句/音楽、ヒップホップ/社会性俳句、演歌/花鳥諷詠。

なるほど私は演歌に近いのかと納得した次第。確かに、音楽(俳句)ありきではなくて、音楽(俳句)が人を感動させるのは何だろうか。そもそも音楽(俳句)とはなんだろうか、という方に関心があるというのは間違いありません。

とここまで書いて、先が進みません。このまま金子兜太の話題で続けさせて頂きます。ヒップホップにたとえられた社会性俳句ですが、秩父俳句道場(詳しくは北川さんが記録を書いてくれると思いますが)では、如何にも社会性俳句の創始者らしく、意気軒昂たるものがありました。ちょうど東京新聞で「平和の俳句」と題して毎日、いとうせいこうと反戦俳句の選をやったりしていますが、秩父俳句道場の句会でもこんな句を取っていました。

ニューギニアの抜け殻の伯父空が流れる 
逃水や武器開発と在庫一掃 
価値観が津波のように震災忌

仮屋さんどう思われますか。

そういえば私の学生時代は岡林信康「友よ」西岡たかしの五つの赤い風船「遠い世界に」などがよく歌われましたが、これなど社会性歌謡でしょうか。社会性歌謡が楽曲と歌詞で成り立っているのに対し、俳句は楽曲に相当するものが見えないので、もろにメッセージだけで勝負するようになってしまって点が、衰退した理由かもしれません。しかし作者として黙ってはいられないという思いは誰も否定できるものではありません。俳句ではないと言われても。





※左の画像は更に傍線部をクリックするとYoutubeに移動します。
※動画をご覧になる場合は音声が出ます。(念のため)




2.仮屋賢一から筑紫磐井へ(筑紫磐井←仮屋賢一)
the Letter from Kenichi Kariya  to Bansei Tsukushi 


筑紫さま

仮屋です。
返信をお待たせしてしまい大変申し訳ありません。

さて、呈示してくださった俳句についての話です。

ニューギニアの抜け殻の伯父空が流れる 
逃水や武器開発と在庫一掃 
価値観が津波のように震災忌

こういった類の俳句ですか。

少なくとも、自分が普段親しんでいる俳句とは異なった読後感があります。

強い主張を持った言葉が使われているように思えます。

そして、それらの言葉が自身の字義以上の世界観を孕んだ言葉として、作品を作り上げているというのも確かだと感じます。

それは、散文にはない、詩、特に俳句の特有の力によるところも大きいと思います。

俳句という詩型の力(議論の余地は大いにありますが、ここでは控えることとします)を得て成り立っている作品、という意味では、これらも俳句と言うことができるでしょう。

しかし。
ここからは多分に主観の話になるのですが、美しくないのです。
俳句というものの美しさがそこに無いように思えるのです。

ここでの美しさ、とは表面的なものではありません。

景色の美しさ、調べの美しさ、余韻の美しさ、機知に富む美しさ、「美しくない」という美しさ、ほんとうに様々な「美しさ」があると思いますが、挙げられた俳句は、それらの美しさとは全く無縁の世界にあるように思えてなりません。

多分、挙げられた作品のようなものは、俳句という形によって多くの力を与えることができるものの、俳句という形によって「美しさ」を与えることができないのではないか、と思うわけです。

僕にとって、このような俳句は、俳句であることを認めたくないものです。

ただ、同時に、単なる短詩ではなく、「否定されるべき俳句」として存在していなければならないものでもあります。

「こんなものは俳句ではない」と否定されるために、俳句という世界の枠内に存在していてほしいもの、といったところでしょうか。

ところで、確かに、このような俳句には衰退を感じますが、社会性歌謡はそれほどでもありませんね。

>社会性歌謡が楽曲と歌詞で成り立っているのに対し、俳句は楽曲に相当するものが見えないので、もろにメッセージだけで勝負する

考えようによっては、「社会性歌謡」は狡いわけです。
だって、楽曲さえ良ければ、あるいは歌詞さえよければ、あとはもう片方が大して悪くないというだけで、そこそこの世間的評価を貰えてしまう可能性があるわけですから。

メロディがとても良いから、という理由で、歌詞は大して気に留めていない、
あるいは、歌詞がとってもいいから、メロディはありふれた感じがあるけれども、なんてこと、珍しくは無いと思います。

一方俳句は、そうでない。
「楽曲に相当するものが見えないので、もろにメッセージだけで勝負する」とおっしゃいましたが、それは違うかな、とは思いますが。

口に出してみた時の音、抑揚、リズム感、それらは十分、楽曲に相当していると思います。

寧ろ、歌謡曲が必ずしも音楽としての評価尺度で評価されていないのに対し、俳句は音楽としての評価尺度できちんと評価されているからこそ、厳しいのではないか、と。

たとえば、フレーズ感、リズム感、それらがしっかりと内容とマッチしているか。

社会性歌謡を鑑賞するときよりも寧ろ、俳句を鑑賞するときの方が、より高い頻度で気にされるのではないかと思います。

もちろん、名実ともに傑作は存在すると思いますが、それは歌謡曲も俳句も同じくらいの割合なのではないでしょうか。

これらの題材は成功に導くのが難しい。費用対効果が悪い。だから、衰退する。

ただ、歌謡曲に関しては、正しく評価されづらい、だから、衰退していないように振舞っている。
衰退すべきなのに、衰退していない。

たったそれだけのことではないでしょうか。

歌謡曲だって、もともとの歌の作る方法と同じように、詞があって、そこから自然に紡ぎだされる旋律やリズム(日本語の発音、内容と結びついた抑揚・表現など)をもとに作曲してゆく。

そうあるべきだと思いますね。



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  • 仮屋賢一(かりや・けんいち)

1992年京都府生まれ。「天下分け目の~」の枕詞で有名な天王山の麓に在住。関西俳句会「ふらここ」代表。作曲の会「Shining」会員。
現在、【およそ日刊・俳句新空間】で「貯金箱を割る日」と題した日替わり鑑賞執筆中。