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2026年7月31日金曜日

【豊里友行句集『赤ん坊オーケストラ』を読みたい】4 豊里友行「赤ん坊オーケストラ」鑑賞  三木基史

 句集『地球のリレー』では、地球上すべての生命が織りなす過去・現在・未来の事象(物語)を、沖縄からの視点と壮大な空想力で描いた句集だと思い込んだ。しかし今作『赤ん坊オーケストラ』を読んで、私の見方は逆だったと気づかされた。物語のすべては沖縄の生命を起点として、時間を超え、空間を超えて、地球上すべての生命に繋がっている、繋げていくべきリレーであった。


 天体が弾む赤ん坊オーケストラ 

 

 あとがきにもあるように、掲句の「赤ん坊」を、沖縄の戦火を逃れた母親世代、すなわち当時赤ん坊として戦場にいた人々だと捉えるなら、それは最も弱く無力でありながら、戦火を生き延びた存在だと言える。ここでの赤ん坊は、人間が極限状況に置かれたときに剥き出しになった生命そのものを象徴し、「オーケストラ」は赤ん坊たちの泣き声を連想させる。しかし、オーケストラが多様な楽器によって成り立つことを思えば、そこに響いているのは単なる泣き声だけではない。笑い声、叫び声、息遣いなど、さまざまな生の気配が含まれているはずだ。一人の体験ではなく、無数の生が重なり合う。その声は整った旋律というより、むしろ不協和音をも含んだものに違いない。その不揃いな響きこそ、当時の人々の現実を表しているのではないか。 


 「天体が弾む」という表現は、生命の躍動であると同時に、宇宙そのものの揺れ。しかし天体は、単に遠い星々を指すのではなく、私たちの世界、運命、歴史の揺れとして響いてくる。地上では砲火が降り、人間の時間は寸断される。にもかかわらず、なお天体は動き続ける。地球は回り続ける。ひとつひとつの命が奇跡のように生き残った、そのような感覚がこの句の奥にはある。 


 戦火を逃れた母親世代の人々は、当時のことを詳細には語れない。しかし、その身体は、家族は、その土地は、当時の何かを抱え続けている。「赤ん坊オーケストラ」とは、言葉を発する以前でも、確かにそこに存在しているという証し。証言になりきらない呻き、家族のなかでも語られなかったこと、それらの総体がオーケストラとなっている。その声は、生き延びた命だけでなく、消えてしまった命の記憶をも含んで天体を弾ませているのかもしれない。赤ん坊は沖縄の歴史から浮かび上がる原像なのだ。個々の声は小さくとも、重なり合えば天体を弾ませるほどの力となって。

2026年2月12日木曜日

豊里友行句集『地球のリレー』を読みたい インデックス


1 地球を想う人   辻村麻乃  》読む
2 豊里友行句集『地球のリレー』   杉山久子  》読む
3 現代川柳に通じる三句   佐藤文香  》読む
5 無題   矢野玲奈  》読む
6 豊里友行「地球のリレー」鑑賞   三木基史  》読む
7 ばちんと弾ける   小野裕三  》読む
8 豊里友行句集『地球のリレー』   栗林浩  》読む
9 「希望」のバトン   宮崎斗士  》読む



2025年2月14日金曜日

【豊里友行句集『地球のリレー』を読みたい】6  豊里友行「地球のリレー」鑑賞  三木基史

  「地球のリレー」とは、地球上の生きものすべてや死者でさえ繋がり合ってリレーとなっている、という意味らしい。確かにこの句集では、地球上すべての生命が織りなす過去・現在・未来の事象(物語)を、沖縄からの視点と壮大な空想力で描いている。


陽炎の十八歳の手榴弾


 戦争の中で青春の儚さを真正面から表現した作品。陽炎が揺らめく不確かな存在を示し、若者の一瞬の輝きと、それが幻であるかのような状況を強く感じさせる。十八歳という年齢は大人への過渡期で、多くの可能性と夢を抱いて生きる時期である。その若く美しい青春が「手榴弾」という生々しい戦争の象徴によって破壊され得る現実を思わせる。


戦中の茶碗に笑顔の兵隊さん


 遺品から戦時中の人々の日常を垣間見た一句か。本来、恐怖や疲労が先立つ戦場において兵士の笑顔は極めて貴重である。どんなに厳しい状況でも、国民の期待と希望が「笑顔の兵隊」として茶碗に描かれていることに着目した作者は、明暗の対比で深く複雑な当時の背景を捉えている。


あああああああああああ蟻は天辺


 冒頭の「あ」の連続が持つインパクトとリズムと響きは読者に強い印象を残す。「あ」は、驚き、感嘆、叫びなど、人間の様々な感情を表しながら、蟻の列の形状を「あ」で表現している。小さな存在が懸命に登り続けて天辺に達した姿を前向きに捉えれば、人間の努力、挑戦、克服の象徴として感じることが出来る。同時に人間の努力、挑戦、克服がいかに小さなものであるかという儚さで捉える読者もいるだろう。言葉の持つ音韻的魅力と意味の深さを巧みに融合させた一句。


琉球弧を描く春の猫の尻尾


 琉球弧は日本の南西諸島の連なりを意味するだけでなく、その豊かな自然環境を読者に想像させる。「春の猫の尻尾」の動きが、まるで琉球弧を描いているかのように感じたのは、作者にとって琉球弧を形成する地域が、読者にとって猫ほどの身近な距離感であることを暗に示している。春の猫の尻尾の柔らかい動きのように、この地域が穏やかであってほしいという作者の願いが感じ取れる。


宇宙史のX光年の蛙とぶ


 宇宙史という広大な時空を縦軸、X光年という途方もない距離(時間)を横軸が背景。蛙という小さく身近で現実的な生き物が「とぶ」という瞬間的な動作を切り取ることで、人間のひとつひとつの行為の小ささや存在の儚さを象徴的に表している。


(現代俳句協会 会員)

2018年8月25日土曜日

【新連載・黄土眠兎特集】眠兎第1句集『御意』を読みたい12 仲間たちへ  三木基史

御降や靑竹に汲む京の酒
鳥の巣や図面にはなき隱し部屋


  藤田湘子は一流志向だった。当然のごとく「鷹」は一流の俳句結社でなければならなかった。「鷹」の目指す一流の俳句結社とはどのようなものか。そのヒントを小川軽舟の言葉の中に求めた。すると、二つの手掛かりを見つけた。韻律として格調の高い作品を生み出す作者を育てる場であること、そして結社として幅広い許容力を持つことだ。

まだ熱き灰の上にも雪降れり
アマリリス御意とメールを返しおく
押し黙る子を抱きしめよ月今宵
大年の花屋は水を流しけり


 P.F.ドラッカーのマネジメント理論ではパラレルキャリアの重要性が説かれている。個人が特定の組織に過度に依存せず、組織外でも活動すること(パラレルキャリア)によって、そこで得た経験が個人の人生を豊かにし、結果的に主たる組織にも還元される効果があるのだとか。黄土眠兎にとって「里」というやんちゃな遊び場はパラレルキャリアそのもの。そんな彼女の存在は「鷹」の許容範囲を広げ、一流の結社たらしめることに僅かでも寄与しているのではないだろうか。

紙漉の男の名刺厚きかな
昨日より足跡多き結氷湖
オリーブの花咲く店のAランチ
蜘蛛の囲にかかつてばかりゐる人よ
わが影に西瓜の種を吐き捨てぬ


 著者はとても身近な仲間たちを読者と想定して「御意」をまとめている。師の選を追求して極めるほどの気負いは無さそうだ。俳句創作の心構えのひとつでもある「ものをよく見る姿勢」というよりも、小さなことが気になって(見つけて)しまう損な性格のように感じられた。これは気配りの延長。

髪洗ふ今日は根つから楽天家
大陸横断鉄道渾身の星月夜
あつぱれや古道具屋の熊の皮
でこぽんのでこぽん頭から剝きぬ


 句集前半の作品からどことなく漂う危うさは、後半に向けて力強く変化してゆく。紡ぎだす言葉は月曜日の朝の気だるさも金曜日の夜の解放感も内包しながら、定型の中で縦横無尽に飛び跳ねる楽しさを覚えた兎。どのような表現も、どのようなこだわりも受け入れてくれる仲間たちへの「御意」なのだ。その他の共鳴句も挙げておきたい。

初刷は十のニュースを以て足る
子の息を吸ふ窓ガラス冬満月
冬帽を被り棺の底なりき
紙飛行機雛のまへを折り返す
かごめかごめ櫻吹雪が人さらふ
菜の花が八百屋に咲いてしまいけり
丸洗ひされ猫の子は家猫に
夏兆す木工ボンド透明に
さばさばと芽の輪潜りてゆきにけり
くわりんの実まだ少年に拾はれず
船旅に地酒一本鬼貫忌
円窓に月を呼び込むための椅子


2013年4月5日金曜日

【俳句作品】 東京メトロ  /  三木基史

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          東京メトロ           三木基史

東京の地下を抜け出す春日傘

耳打ちや紋白蝶の翅ひらく

その中のひとつは眩暈マメノハナ

恋猫の一瞬加速して消える

越えられぬ壁の手前の石鹸玉

連綿と続く数式ミモザ咲く

誰とでも分かち合いたき花の昼

髪切ってアスパラガスに塩を振る

欲しかったものはサファイア朝寝妻

ぶらんこを降りて青空買いに行く


【略歴】
三木基史(みきもとし) 1974年生まれ 
所属:「樫」 森田智子に師事
現代俳句協会会員