2021年3月12日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】11 私生活を織り込む醍醐味  山田六甲

姫路風羅堂第十二世、句会亜流里代表の第一句集

句集の巻頭

柩を挽いていく人たちがいる
あれは妻の柩だ
死を悼む歌が聞こえる
そう 紅の挽歌が

で始まるこの句集は、
妻の余命宣告「始まり」から「暗転」「希望」
「奇跡」を祈り「終焉」を迎える
そして四十九日の「再生」でモノローグの区切り
妻は享年55歳

「再生」では「さて少しずつ動き出すか」と先へ
進む決意を述べて俳句の日常にもどる

「希望」では
黒いダックスを飼っている
奇形なのか
手足が折れ曲がり、走ることはできない
耳には膿、体は皮膚病で嫌な臭いがする
この犬は神様からの贈り物だ
ドラマの様に妻の代わりに病気を持って
天国に召されるんだ
そんなエンディングを信じて、世話をする

と奇跡が起こるかもしれないと願うがそれは
叶わなかった

さくらさくら造影剤の全身に(始まり)
余命だとおととい来やがれ新走(暗転)
秋の虹なんと真白き診断書(希望)
モルヒネの注入ポタン水の秋(奇跡)
葬りし人の布団を今日も敷く(終焉)

もっともっと、何かしてやれなかったか?
奇跡なんて起こらなかった
黒犬は、今日もひたすらエサを食い続けている、と
このあとは俳句の日常にもどってゆく

久しぶりに姫路に森澄雄·赤尾兜子以来の本格俳人がもどったという印象だ

現代詩と直結した大胆な俳人の作品は

順々に草起きて蛇運びゆく
この空の蒼さはどうだ原爆忌
致死量のシャワーを浴びている女


などが代表句になろう。 草を蛇がなぎ倒していくのだが
進むにつれていかにも草々が蛇を持ち上げ支えて前へ前へと
送って行く祭りの神輿の若人の手のように草が起き上がる光景を
詠んだ見事な主観写生
原爆忌は口語をもって人間の愚かさへ怒りを
ぶちまけるようなリアリティがあるし、女性は溺れるほどに
シャワーを浴びる
 

この句集で俳句の中に私生活を織り込んでいく現代俳句の醍醐味を十分に味わうことができた
 

著者に俳句を勧めたのは元文学の森「俳句界」編集長、現「俳句アトラス」代表 林誠司氏である

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