2021年10月15日金曜日

【中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい】25 紅の蒙古斑  岡本 功

  「もうこはんは来るんか?」

 俳句の大会に行くと、よく聞かれる。

 「え? 蒙古斑…ですか?」と最初のうちは頭がこんがらかっていたけれど、最近はすぐに頭の中で翻訳できるようになった。「蒙古斑」ではなく「猛虎はん」とおっしゃっているのである。うち(句会亜流里)の代表は、赤ちゃんの尻にある「蒙古斑」ではなく、「猛虎 たけとらはん」なのである。

 関西の人はタイガースファンが多いので、「猛虎」は「もうこ」以外に変換出来ない人が多い。

 僕が「『もうこ』ではなく『たけとら』と読むんですよ」と、代表の俳号の正しい読み方を伝えると、

 「『けったい』な名前やのぅ、俳句も『けったい』やけど名前も『けったい』や」

と、ほんと、よく言われる。もう慣れた。

 「けったい」と言うのは、標準語で言えば「へんてこ」ってな意味になるのだけれど、この「けったい」って言うのは、悪い意味でつかわれることもあるが、こと俳句においては個性的とか他にはないってな意味が含まれるので、僕は、このけったいな俳号の代表のけったいな名前の句会の末席に名を連ねさせて頂ける事を幸せに思っている。


少年のどこを切っても草いきれ

箱寿司の隙間に夏野広がりぬ

マネキンの手ばかり捨ててありて梅雨

小春日や退屈そうなふくらはぎ


 僕が句会亜流里に入ったのは、ある俳句大会の打ち上げで、猛虎代表に誘われたからだ。僕は他の結社に所属しているのだけれど、代表に「本物の俳句を教えたるから、うちへ来い」と言われたのである。本物の俳句と言う言葉に体がしびれた。

 あの時の代表はかっこよかった。「うちへこい」と言ってくるりと踵を返すと、片手をあげて雑踏へと消えて行った。あの背中に惚れてしまったのである。よし、この人に付いていこう、この人から本物の俳句を学ぼう。そう決めた。平成24年の冬の事である。


時雨るるや机で削る頭蓋骨

秋扇泣いてもいいよと云う形

ポテトチップス振れば真冬の音がする


 自分の所属する句会では、鳴かず飛ばずで地を這っていたけれど、亜流里に行くと、句を採って頂ける。亜流里メンバーと僕と世代が近いうえ、新参者の句は見慣れないので採られやすいのだ。そんなわけで、僕は颯爽と亜流里デビューを果たした。

 ところがだ。僕の句が選ばれると、猛虎代表は「なんやねん、この句、もっと若々しい句を詠めや!」とあきれたように言う。おっ、これは本物の句を教えて頂けるのか、と淡い期待をしていると、他のメンバーからも「詩情がない」「もっと人間の闇を詠め」「甘すぎる」「個性がない」「そこまでして点が欲しいかっ!」など、高得点を得ているにも関わらず、酷評が飛び出す。な、なんなんだ、この句会は…。特選に輝いた作品でさえぼろかすに言われるのである。

 僕の句は、すぐにとられなくなっていった。見飽きられたのだと思う。傷口に塩を塗るように代表が言う。

 「功の句もたいしたことないな…最初は良かったのに、だんだんあかんようになってきた」

 代表は、はっきり物を言う。抜身の真剣の様な人だ。だから、僕は、この人が怖かった。近づくとバッサリ斬られそうな気がした。その反面、良い句に出会うと、顔をくしゃくしゃにして、「おおおおっ! 凄いなこの句!」と大喜びされる。だから、猛虎代表に選句して頂くと、そこには嘘がないので、本当に嬉しい。もちろんその逆で、あかん時は、最悪の気持ちになる…。


ああ言えばこう言い返す通草かな

軍艦島逃げ遅れたる花芒

水撒けば人の形の終戦日

地球に原子炉手に線香花火


 最初は、近づき難い猛虎代表であったが、いつの頃からか、句会の後の飲み会の後に、二人で夜の街へ繰り出すようになった。あ、言いかたがややこしい。句会亜流里と言うのは、句会の後、そのまま飲み会へと変わる。で、この飲み会までを句会と呼んでいる。「いや~、遅れて悪い悪い」なんて言って、飲み会にだけ来るメンバーもいて、句会の親睦を図るために飲み会をしているのか、飲み会の口実に句会をしているのか、いまだにわからない。

 その飲み会付の句会の後、二人で飲みに行くのである。ここで、句会の代表を独占できる。これは、まさに本物の俳句を教わるチャンスだ、と思い。句会の後は時間を空けておくようにした。

 句会の後片付けをしていると、代表が「どう? 今日も行けるか」と聞いてこられる。もちろんです、心の準備はできております。僕は、代表から本物の俳句を教わるためにお供をする。代表との二人飲みは毎月、続いた。が、本物の俳句の奥義は一向に教えてくれなかった。


飛び石の続きは夜の鰯雲

極月の非常階段火の匂い

君の部屋の炬燵の中と云う宇宙

遠雷や乳房悲しき掌の形


 僕は、障害者の暮す施設に勤務しているのだけれど、ある日、代表から電話がかかってきた。僕は、毎月、代表のお供をすることで、代表に対して親しみを覚えるようになっていた。しかし、プライベートで電話がかかってくることはない。あくまで句会の時だけの付き合いである。珍しいな、飲みにでも誘って頂けるのかな、と思いながら電話に出る。

 「功ちゃんの施設に担架あるかな?」

 「担架ですか…ありますけれど」

 「…貸して欲しいんや。実はな、嫁さんが、入院していてな」

 僕は、言葉を失った。奥さんが入院? 担架? 

 「誰にも言うてないんやけどな、嫁さん、癌やねん、もうあかんかもしれへんのや。最後に家に連れて帰ったろうと思うんやけど、病院から連れて帰るのに使わせてもらえへんやろか・・・」

 「はい、使って下さい」

とだけ答えたが、次の言葉が出なかった。


布団より生まれ布団に死んでいく

朧夜の一筆書きのカテーテル

殺してと蛍の夜の喉仏

子宮摘出かざぐるまは回らない


 代表に担架を頼まれ、病院に駆けつけた。時間が遅く、もうロビーも閉まっていた。外から代表に電話を入れる。

 病室から降りて来られた代表は少しやつれたように見えたが、いつもと変わらぬ様子で、開口一番、「なんやその腹」と笑いながら、僕の腹を触った。僕は初心な少女が初めて手を握られ、咄嗟に手を引くように身を引いた。代表は奥様の容体が急変したこと、末期の癌で治療する術がないこと、病棟の看護師からは連れて帰るのは難しいと言われていることなど、ぽつりぽつりと話を始めた。

 奥さんが悪くなって、もう1年経つとおっしゃる。その間も、代表は句会を引っ張り、句会報を落とすことなく出し続け、そして僕を飲みに連れて行って下さっていた。どんな精神力をしているのだろう、本当は辛いのかな、いろんな事を思いながら代表の話に頷いていた。

 「家に連れて帰るのどう思う?」

 「連れて帰ってあげるべきです」

 奥様にお会いしたことないけれど、絶対に家で看取るべきだと思った。

 代表の車に担架を積む。代表は僕が車を止めている駐車場まで送って下さり、僕が車に乗り込むまで待っておられた。そんな丁寧に見送られると、なんだかお尻がくすぐったい。

 「じゃあ、今日はありがとうございました」

 代表は敬語でそういうと、車から離れて行った。僕は失礼しますと言い、パワーウィンドウを閉めた。二、三歩歩き出した代表は、振り返ると、深々と頭を下げられた。その凛とした佇まいに僕は圧倒されてしまい、発車することができなかった。


この空の蒼さはどうだ原爆忌

 

 代表は踵を返すと、片手を挙げ、病棟の方へ歩いて行かれた。暗闇に消えていく代表の背中はどこか寂しげだった。最初に句会亜流里に誘われた時に、この背中に惚れたことを思い出した。

 見えなくなるまで、代表の背中を眺めていた。その時、代表が目頭を押さえられた様に見えた。


羅の中より乳房取り出しぬ

秋晴れて支出の旅路を寄り道す


 その後、奥様をご自宅に連れて帰られ、その次の朝、奥様が亡くなられたとご報告を頂いた。

 この度、句会亜流里の中村代表が「紅の挽歌」という句集を出された。読みながら、胸が詰まった。担架を持って行ったあの夜の代表の背中が忘れられない。

 句会亜流里に属して9年目に入るのだけれど、この素敵な…いや、愉快な句会に属していることに誇りを持っている。

 猛虎代表のことを「もうこはん」なんて呼ぶ人はいなくなった。多分、句集の出版で、お名前が浸透したのだと思う。僕の方はと言うと、相変わらず、鳴かず飛ばずの駄句を連発しているのだけれど、いつまでも俳句の赤子の気持ちでいる。僕の尻には亜流里の「もうこはん」がついている、そんな気持ちだ。代表、そして句会亜流里に出会えて本当に良かったと思う・・・


枯野人明日履くための靴磨く


 ん? え? あああああああ~っ、まだ代表から本物の俳句を教わっていなかった~。猛虎代表、いつになったら、本物の俳句を教えてくれるんですか?


へその緒とつながっている春の夢

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