2020年11月27日金曜日

【篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい】3 恋と血と 吉田林檎

  集名を知った時、作者は「未来図」の系譜をただ継ぐのではなく全身全霊で背負っていく覚悟があるのではないかと感じた。中村草田男の「炎熱」、そして何より前年に刊行された鍵和田秞子の遺句集『火は禱り』の連想を免れることはできない。 “央子さんは、中村草田男、鍵和田秞子のいのちを詠み、俳句の可能性を探るという志をしっかりと継いでいよう”という角谷昌子氏の帯文(跋文抜粋)がその印象を決定的なものにしている。

 この句集は「恋」と「血」という二つの要素が随所に配されており、読み終えてやはり師系を形だけではなく魂からも継ぎつつあると確信した。「恋」や「血」といったパワーワードは安易に使うと作家の品位に関わることもあるが、一貫したテーマとして提示されるとむしろ説得力となるのも発見であった。なお、「あとがき」などには年代順に編んだとの明記がないが内容から推測して年代順であろうという前提のもとに記している。

 第一章のタイトルは「血族の村」。筆者が感じた「背負っていく覚悟」を持った生き方はこの村で形成されたものである。良くも悪くも「血族」「血統」が作者を支配していたことが窺える。

 血族の村しづかなり花胡瓜
 開墾の民の血を引く鶏頭花
 血統の細くなりゆく手鞠唄
 血の足らぬ日なり椿を見に行かむ


 「幼い頃より動植物が好きだった」(あとがきより)という作者が一族に流れる血を思う時、そこには草木がある。大地がある。「しづか」さを「花胡瓜」に感じ取り、「開墾」の遺伝子的記憶は「鶏頭花」に託されている。そして草木がないところに血統は「細くなりゆ」き、血が足りなければ椿で補充する(椿の句のみ第二章)。植物の赤い成分を吸い取って血に変えているようにも思える把握だが、そこに虚構的破綻がないのは全て確かな季語に裏打ちされているからだ。季語の中でも確実に映像を結ぶ植物である点に実感があり、説得力がある。

 熱い血の流れる作者は恋への傾倒も尋常ではなかったことが現れている。

 逃水や恋の悩みを聞くラジオ

 法師蟬恋のまじなひ唱へをり

 ばい独楽の弾けて恋の始まりぬ

 緋鯉ゆく恋の勝者とならむため

 職業は主婦なり猫の恋はばむ

 恋に恋する少女が恋の勝者となり結婚、主婦として猫の恋をはばむまでの道のりが綴られていることがわかるが、この合間にも〈猫じやらし振りて男をはぐらかす〉〈注連綯ひて男の愚痴を聞き流す〉〈違ふ神信ずる夫婦蚊遣焚く〉と、妻としての余裕が垣間見える。〈よそ者として草むらに花火待つ〉のように結婚の小さな屈託も感じられないわけではないが、血族から受け付いた血は強く生きる知恵に満ちている。

 筆者の主観ではあるが「恋」や「愛」にまつわる句と「血」や「血族」にまつわる句を抜き出してみたところ、いずれも34句だった。第一章はいずれも12句。第二章は恋の句が13句、血の句が7句。「未婚」から「恋の勝者」となり、恐らくは結婚するまでの時期のようである。作句の数からも血族より恋を優先する時期であったことが浮かび上がる。多くの人が通る道筋で、心の動きを素直に句にしてきた結果といえよう。
 第三章は恋の句が6句、血の句が4句。〈無花果を夫に食はせて深眠り〉があり、新婚生活の幸せを享受しながらも忙しい日々を過ごしていることが窺える。そして第四章は恋の句が3句、血の句が11句。全体の構成の中では第四章が118句と最も多くの句が収録されていてこの比率である。それは介護が必要な義理のご両親をお迎えした時期とも重なる。恋する娘が結婚を経て義理のご両親との暮らしを営んでいくなかで「血縁」への視点が増えたゆえであろう。

 以上家族と作者との関わりにおける句を綴ったが、作者自身の内面が浮かび上がる句にも触れておきたい。

 筆箱に人のペンあり夏の風邪
 なびくこといつしか忘れ枯尾花
 竜となるまで素麺をすすりけり
 化粧して人形となる月夜かな


 各章から1句ずつ挙げた。自分の筆箱に「人のペン」があることに違和感を持った作者。強い自我を感じさせる。その違和感が彼女を文学の道に導いたのであろう。文学に勤しんでいるある日、「なびくこと」を忘れた枯尾花に出会う。枯尾花ですらなびくことを忘れるのだ。ましてや人間だって、というメッセージを受け取ったに違いない。ありのままの自分で思い切り生きることにした作者は素麺をすするにも「竜となるまで」思い切りやってのける。自分らしく生きることで身につけた強さだ。その強さがあるからこそ化粧する違和感を「人形となる」ことで自分の中の辻褄を合わせる技を身につけることができた。読めば読むほど作者の強さを感じさせる。

 篠崎央子さんとは銀漢亭の句会で出会った。その頃は同じ時期に句集を出版することが予定されており、「同期だね」などと話していたが、その後進捗がなかったのでどうなったのだろう?と思っていたら鍵和田秞子さんの訃報が飛び込んできた。それが全ての事情を語っていた。一度話しただけなのにこの親近感はどこから来るのか少々不思議だったが、彼女の熱き血潮が私にまで伝わってきたためなのだとこの句集を読んで納得した。大学では『万葉集』を研究されていたとのことだが、彼女の句風には知識を駆使して表面をなぞるようなところがなく、魂の発露として俳句を必要としていることが感じられる。全身俳人ともいうべき央子さんの生き方を私は応援したい。

 炎熱や勝利の如き地の明るさ    草田男
 火は禱り阿蘇の末黒野はるけしや   秞子
 火の貌のにはとりの鳴く淑気かな   央子



吉田林檎(よしだりんご)1971年東京都出身。『知音』同人。
第3回星野立子新人賞/第5回青炎賞(知音新人賞)/
第16回日本詩歌句随筆評論大賞 俳句部門 奨励賞
俳人協会会員/句集『スカラ座』

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