黒田杏子句集『八月』(2023年刊、角川書店)のページをやっと捲ることができた。
記憶がさだかでないが月刊誌「太陽」(既に休刊している)で布の特集でエスコート役をされていたのを私の記憶のページめくりながら「生涯のもんぺスーツに芭蕉布も」のように芭蕉布についても紹介されていたと思う。
ちゃんとお会いしたのは、NHK「俳句王国」(後継番組に『俳句王国がゆく』がある。)の句会で2010年1月の放送用の時だった。兼題「寒月・自由題」で黒田杏子先生の句は、「棲み古りて寒三日月のふたりかな」で本句集『八月』でもたびたび登場する「写真家と俳人の窓流れ星」「ゆつくりといそぐ雑煮椀二つ」のこの黒田勝雄・杏子夫妻である。
あさがほや六十年をふたり棲み
NHKのテレビ番組の句会で垣間見た二人の句は、黒田杏子先生にとって大切な俳句テーマでもあったようだ。朝顔の蔓は時を巻き上げながらふたりでひとつの人生の六十年を棲みついている擬人化された開花だったのだろう。
私の写真集の献本のたびに電話越しの返礼でぐいぐい黒田勝雄先生も電話口に押し出されてひと言三言、会話をかわしたことがある。ふたりでひとつの朝顔は鮮やかだった。
花巡るいつぽんの杖ある限り
黒田杏子先生の代表作「白葱のひかりの棒をいま刻む」を念頭におきながらも、生涯俳人としての鬼気迫る覚悟と達観した花のある俳人だった。
花を巡るように花のある人生を駆け抜けたのだろう。一本の杖がある限り俳句を作り続けるという意思を意志を遺志を持って俳句を残す。そこに集い豊かな俳句人生を成しているのは、「選句して選句して夏送りけり」、「稲光よき師よき友よき手紙」などに結実していたのだろう。俳句によってより良く生きるその生涯俳人の覚悟は、今もなおその出会いの財産たちに末席に座っていた私も含めて脈々と受け継がれている。
金輪際一歩も引かぬ稲光
小春日と書きて句帳をよろこばす
柚子湯してあしたのことは考へず
もう何も欲しくはなくて花を待つ
花を待つどこへも行かぬ日々重ね
蜆汁ゆつくり老いてゆく愉快
情感が溢れる詩情のある「金輪際一歩も引かぬ」「句帳をよろこばす」「あしたのことは考へず」「もう何も欲しくはなくて花を待つ」「花を待つどこへも行かぬ日々重ね」「ゆつくり老いてゆく愉快」の素朴ではあるが丁寧に生きる人生の交差点で私も何本もお電話をいただいて交流をさせていただいた同時代でこのような俳人と出会えたことをたいへん光栄に思っています。
どの俳句にも物の本質を鷲掴みする黒田杏子先生の力量が鮮やかな影像を湧きたたす。
黒田杏子俳句のすごさは、此処にあると私はひしひしと感じる。
金子兜太先生亡き後に藍生俳句会に私は身を寄せている際に「金子兜太は、沢山の凡作もあるのよ。(凡句も)沢山あって名句もある。」「あんた、金子兜太に期待されていたのよ。沖縄に骨のある若者が居るって。」。その言葉ひとつひとつにパンチがあるというか。背中を押してくださるように嬉々と叱咤激励の御言葉を惜しげもなくいただきながら電話越しに私は頭を下げていたものだ。
なつかしき十一月の旅鞄
『証言・昭和の俳句 聞き手・編集=黒田杏子 増補新装版』(2021年刊、コールサック社)、『語る 兜太 わが俳句人生 金子兜太 聞き手=黒田杏子』(2014年刊、岩波書店)など多くの俳句史にのこる貴重な俳人の証言を結実している。それは、十一月の旅鞄に詰め込まれた俳句世界の多くの俳人たちの宝物となっている。
乱れなき光体の列鶴帰る
一糸乱れない光体としての生命体の列は、もう俳句という詩的言語だ。それは「鶴帰る」という日本の季節の折々の詩的表現が定着した季語だ。
雪雲を潜る大白鳥の列
雪雲が重奏に唸るように大地に貌を近付けている。その雪雲の風貌に潜り込む大白鳥の列がうっすらと見え隠れしている。鮮明に視覚化されやすい表現力に脱帽です。
東京にゆつくり睡れ都鳥
東京でゆっくりと睡りなさい。その祈りは、都鳥をも抱擁するようにつつみこむ大都市にもわずかかもしれないが残る生命の森だ。
ふるさとはいまもふるさと曼珠沙華
何処かで臍の緒の続きのように故郷はいつまでも繋がっている。そこに曼珠沙華の弦がアンテナのように在るようだ。
本郷の坂玉蟲にぶつかりぬ
「坂玉蟲」は、幕末の会津藩士で開国論者・外交官として活躍した玉蟲左太夫(たまむし さだゆう)を指す言葉ですが、この句でぶつかったのは、玉蟲であるが其処を玉蟲左太夫に出会うとするところに詩情が溢れている。
日の出待つ墨田朝顔愛好会
「一般社団法人 墨田区観光協会」のホームページによると「向島百花園 大輪朝顔市」があるので其処を俳句的に具体的な「墨田朝顔愛好会」が朝顔市の出番を待ちながら日の出を待つという大変風情ある光景が鮮明に浮き上がってくる。本当にあるんですね。
那珂川に降る春星のかぎりなし
黒田杏子先生は、東京の本郷で生まれ。父は開業医。1944年栃木県に疎開、高校卒業まで栃木県内で過ごしていたようだ。那珂川(なかがわ)は、栃木県と茨城県を流れる河川で関東地方大3の河川である。この川を前にして春星が限りなく降り注いでいる。見事な情景だ。
全山の葉櫻を打つ雨の音
すべての山々にある葉櫻を鍵盤のように奏でているのは、雨の音だ。
その他、共鳴句のいち部もいただきます。
ありがとうございました。
ゆく年のどの星となく慕はしく
柚子湯して来る年の夢ふたつみつ
語る兜太歌ふ兜太山紅葉
わが道をゆくあらたまの杖いつぽん
日光月光花巡れ花浴びよ
金色の那須野の柚子を湯に放ち
八十の花の記憶の無盡蔵
脊梁山脈みちのくの花の闇
浜木綿の香に鳴りいづる星の数
蕗の薹俳句修行の七十年
原発の國のさみしき夏の果
邯鄲の熄む一瞬の間なりけり
母の日を父とならざる汝と祝ぐ
父の日を母とならざる我と祝ぐ
「語り継ぐ」「こりや楽ぢやねえ」雲の峰
流離(さすら)へとなほ呻吟(さまよ)へ