2026年5月1日金曜日

【連載】攝津幸彦記念賞応募作品(全国学生俳句会合宿2025評論)6「虚構の奥に立ち上がるもの―寺山修司、黒岩徳将の句におけるリアリティとは」 冨嶋桂晃

 はじめに

 好きな俳人をきかれて寺山修司の名前を挙げるとき、いまでも一抹の恥ずかしさがともなう。寺山は劇作家として有名だが、彼が短歌を詠んだことを知っている人は多くても、俳句はそれほど広くは知られていない。少なくとも、仮にも俳句を書いていますと名乗った後に好きな俳人として名を挙げるには、寺山は傍流の作家でありすぎる。

 かといって、黒岩徳将と答えるのも相当に恥ずかしい。もちろん黒岩は、若手のメインストリームといってよい俳人だが、中高を過ごした洛南俳句創作部のコーチであり、私に俳句について最も多くのことを教えてくれた人であるだけに、俳人として彼に言及するとき、どうしても気恥ずかしさ、身内びいきのようなくすぐったさがぬぐい切れない。

 それゆえ、私が彼ら二人を並べて批評しようなどということは、無意味、あるいは不適切とのそしりを免れないだろう。前者についてはごく個人的な好みでありすぎ、後者についてはあまりにも作品を離れた現実の「黒岩さん」を知りすぎている。だから、厳密にいえばこの文章は批評ではない。私は、彼らを自分から切り離し、対象化し、理知的に語るだけの語彙を持ち合わせていない。この文章は、私の信仰告白のようなものである。

 本論では、彼らの句の共通の特徴として、虚構(劇的「私」性、物語やドラマ)の奥に、その破綻としての迫真性(自意識、身体感覚)が立ち上がる、ということを述べる。このことの論証は、一般に言われるリアリティというものよりはもう少し曲折した議論を要する。虚実が対立するのではなく、虚が実を孕んで命を与えられると言い換えてもいい。


寺山修司の句について

 寺山の俳句をいくつか挙げ、簡単な口語訳をつける。各句にはのちの便利のために番号を付しておく。また、句の収集は清水哲男「増殖する俳句歳時記」から行った。


目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹  (1)


 目をつぶっていてもなお、私を圧倒し支配する、五月の空を舞う鷹よ。


かくれんぼ三つかぞえて冬となる   (2)


 かくれんぼをしている。三つかぞえると、もう真後ろに冬が来た気配が分かる。


葱坊主どこをふり向きても故郷    (3)


 葱の花が咲いている。どちらを振り返ってみても、ここは私の故郷である。


胸痛きまで鉄棒に凭り鰯雲      (4)


 胸が痛い。それほどまでに鉄棒にもたれかかる。空には鰯雲が広がっている。

 (1)(2)に共通するのは、作者の構成力の高さである。(1)は、五月の若々しいイメージのある空を舞う純粋に端麗で勇壮な鷹に、自分自身が完全に虜にされている様子を詠む。自他の構図がはっきりしている句であるが、鷹に統べられることで、「吾」自身も鷹と一体となるようなイメージがわき上がる。一句全体がそのまま空を舞う鷹のような美麗な姿をたたえている。(2)は、子供の遊びの中に季節感を巧みに織り込んでいる。かくれんぼでは鬼が十まで数えるのが普通だろうが、そのうちの三つを数えたときに、にわかに「冬となった」と感じたというのである。この手品のような詠みぶりは舞台でいえば暗転のようなもので、相当によく練られた俳句の「舞台構成」がこの句を貫いている。

 対して、(3)では、句全体は先の二句ほど完全な舞台設定で統一されていない。もちろん故郷への親しみ、懐かしさ、(帰郷の場面を詠んだものと考えれば安堵感だろうか)が一句の主題であろうが、上五の季語「葱坊主」には、坊主という語感やいびつに丸いそのかたちも相まって、どことなく親しみ、あるいは格好悪さや非洗練のような印象が伴う。(1)(2)のように一句全体を貫く主題を設定して、「近代的な望郷の感慨」を表そうとするならば、この句にはもう少し洗練された、いわば都会的なイメージをもつ季語をあてがうこともできただろう。

 同様に(4)の句も、構成力以外の要素を含んだ句である。鉄棒と鰯雲の二つを主軸に構成力だけで仕上げることも寺山にはできただろうが、句中には「胸痛きまで」というどこか粗削りな身体感覚の表現、「鉄棒に凭り(よれり)」という中七字余り(もっとも敬遠される字余りの種類であることは周知の通り)など、言ってしまえば「ノイズ」が多い。「鉄棒(に象徴される青春性)と鰯雲(爽快さ、天空の雲の聖性)」を主題と考えるなら、前半は無駄になってしまう。

 それでも、(3)(4)句は決して駄句ではない。(3)では、「葱坊主」の持つ田舎らしさが、句の主人公にどこかくたびれた印象を与え、(4)では、消えようのない胸の痛みが過剰に描かれることで、主人公の若い身体性が鮮明な記憶として読者に残る。これらは、構成の観点からすれば明らかにノイズではあるが、それでも明確に両句の最大の魅力である。望郷の思いは格好悪さの中にこそ輝き、若者のエネルギーと憧れを担うのは他でもなく彼の胸なのである。


黒岩徳将の句について

 黒岩の俳句を挙げる。例によって簡単な口語訳と番号を付ける。なお、句はすべて、昨年港の人出版社から刊行された第一句集『渦』からとった。興味のある方はぜひ手に取ってみていただきたい。


肩とんと叩き焚火の番替はる    (1)


 キャンプでの出来事だろうか。焚火の番をしている友人の肩をとんと叩いて、番を替わってやる。


ドアノブを夜食の盆で押して入る  (2)


 全員分の夜食をのせた盆でドアノブを押して、扉をあけて友人たちの待つ部屋に入る。


永き日の化石に屈む膝の張り    (3)


 春の日永に、掘り出した化石を見ようと屈むと、膝が張り詰めたように感じる。


藤棚を過ぐる一人は潜らずに    (4)


 友人たちと藤棚を通り過ぎたとき、みんなまるで花の下を潜るように身をかがめた。ところが、一人だけは、かがまずにそのまま通り抜けた。

 週刊俳句の「俳句の中で『自由』」で上田信治は、「私見だけれど、俳句に物語を接続することが、黒岩さんの所属する『街』と今井聖主宰の方法だと思っていて、この句集の主軸もそこにあるように見える。」と、黒岩句の物語性を指摘する。実際、「焚火の番」「夜食の盆」「化石に屈む」「一人は」という言葉は、それぞれの場面を(説明的になることなく)喚起し、そこに物語を感じさせる。例えば(2)では、夜食の盆といったことで複数人の存在がしめされ、部屋に夜食を運ぶ行為から友人たちと泊まりがけで遊んでいるというストーリーが読者にもありありとわかる。

 もちろん物語性は、寺山の構成力と同様に黒岩の主たる持ち味の一つである。しかし、黒岩句は単なるドラマ俳句とは一線を画す。『渦』あとがきで黒岩は、「とにかく体温が感じられるものを書きたい」と、句中にほかならぬ自分自身を投影することに意欲を見せる。そしてその投影の方法こそが、「身体性」なのである。例えば(1)では、「肩とんと」という過剰なまでの身体性の表現が、(2)では「盆で押して」という具体的行為とそこから想起される反動の感覚が、(3)では「膝の張り」の身体性が、(4)では藤棚に「潜る」という比喩とそこから喚起される花の触感のイメージが、それぞれこれらの物語にとってなくてはならない部分をなしている。

 さきの寺山句の分析にならえば、黒岩句の主眼を「物語」と考えたとき、「身体感覚」はノイズである。しかしながら、黒岩句における身体性の表現は、物語と分かちがたく結びついている。例えば、(1)においてK音とT音のリズムよい繰り返しは句に独特のなじみの良さをあたえる。(4)において前述の花の触感は小旅行の楽しさと相まって一句全体に多幸感をもたらす。このように身体性表現は黒岩句において、単に物語にリアリティをあたえるだけでなく、物語と相互作用する句の中心的な魅力として存在するのである。


結論

 本論では、寺山と黒岩の句について分析を行い、それらが共通して、句を貫く魅力(寺山では構成力、黒岩では物語)とは別に、一見ノイズにのようだが実際には句の魅力である特質(寺山では構図の乱れ、黒岩では句に挿入される身体感覚表現)があると結論付けた。そしてそれらが単に句の付加的な魅力というだけではなく、特に寺山の(4)でみたように句の主題を根底から支え、黒岩の(4)でみたように句の本質的魅力と絡み合うものだということも述べた。

 劇的な構成も、物語もともに虚構であることには間違いないが、それらが作家の持つノイズと絡みつき、溶け合い、混じりあうことで、虚構に、単にリアリティがある(現実にありそうな虚構である)という以上の「命」とでもいうべき迫真性や強みが宿るのである。


参考文献

上田信治.俳句の中で「自由」.週刊俳句 Haiku Weekly 2025-06-15.

https://weekly-haiku.blogspot.com/2025/06/blog-post_15.html (閲覧日:2025年7月29日)

黒岩徳将.『渦』.港の人.2024,185p.

清水哲男.増殖する俳句歳時記 寺山修司の句.

https://www.longtail.co.jp/~fmmitaka/cgi-bin/g_disp.cgi?ids=19960716,19960903,19961107,19970510,19970619,19971002,19980528,19990523,19990911,20000304,20010504,20030310,20030501,20050301,20060917,20070502,20070622,20080127,20080404,20090701,20091204,20100704,20111109,20120222,20130512,20150621,20151021,20160527&tit=%8E%9B%8ER%8FC%8Ei&tit2=%8E%9B%8ER%8FC%8Ei%82%CC


【大学俳句会アンケート回答】➀俳句とは何なのか➁俳句で何をしたいか➂俳句に関して何を書きたいか、

冨嶋桂晃:➀今のところ僕にとって一番大事な表現方法です。➁俳句は続けるか=続けるかどうかはわかりません。➂俳句における感覚表現について。


【筑紫磐井感想】

 永遠の青年俳人であった寺山を現代の若い世代作家と比較するのは興味深い。ただし、寺山修司の青春性は最近の調査により一種の疑似青春と考えられており、この点の突っ込んだ比較が望ましい。

   *

 冨嶋は寺山修司を論実に当たって、清水哲夫『増殖する俳句歳時記』から例句を掲げている。


目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹  (1)

かくれんぼ三つかぞえて冬となる   (2)

葱坊主どこをふり向きても故郷    (3)

胸痛きまで鉄棒に凭り鰯雲      (4)


 これらの句の出典を見るために寺山が出した句集を眺めてみよう。


➀作品集『われに5月を』32年5月刊行[22歳]

➁句集『わが金枝篇』48年[38歳]

➂句集『花粉航海』50年[40歳]

④「我が高校時代の犯罪」55年[45歳]


 これらは寺山自ら中学、高校時代とそれに続く青春時代の作品と語っている。裏返せば、中年以降の寺山の俳句はほとんどないことになる。だから我々は多くの作品を青春時代の俳句として語っている。冨嶋もそうした前提で語っている。

 さて昭和58年[48歳]に亡くなった寺山の全俳句作品は寺山修司青春作品集別館➀『寺山修司俳句全集』(新書館 昭和61年刊)にまとめられている。これは俳人・評論家・出版社編集人である宗田安正が中心となってまとめた力作で、公表された全俳句俳句を収録しているが、貴重なのはその全句に初出を始めすべての掲載の出典が下段注記されていることだ。『われに5月を』は比較的はっきりと初出が確認できるが、以後、もはや青春とは言えない時期の3句集、特に『花粉航海』や「我が高校時代の犯罪」に初出を確認できない作品が増えてゆくことが分かる。宗田は「寺山修司句集の構造――なぜ〈青春俳句〉でなくてはならなかったのか」(「俳句空間」no.6/63年9月)でこれらのほとんどが後年の作であったろうと推測している。「寺山の俳句作品、少なくとも彼が後世に残そうとした句集は、単に〈青春俳句〉〈作者が青春時代に作った作品〉と割りきってすませるわけにはいかなくなる。」と述べている。つまり寺山修司の俳句には、寺山の基層をなすものとして15歳から19歳にかけて作られた作品があり、それとは別に題材は青春であっても青春俳句とは言いにくい屈折と情念化が進んだ中年の作品群があった、と推測している。そして寺山は、後年このような異質な新作を青春時代の作品に編入して、いわゆる〈青春俳句〉を作っていたと述べるのである。

 そこで、冨嶋が取り上げた句の出典句集・雑誌名を眺めてみる。


目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹(1)『われに5月を』(「暖鳥」29年6月)

かくれんぼ三つかぞえて冬となる (2)『花粉航海』及び「我が高校時代の犯罪」(出典不明)

葱坊主どこをふり向きても故郷  (3)『われに5月を』(「やまびこ俳句会」28年2月)

胸痛きまで鉄棒に凭り鰯雲    (4)『わが金枝篇』(「七曜」28年10月)


 冨嶋があげた句の中の「かくれんぼ三つかぞえて冬となる」は宗田があげた、混入した中年の句となる可能性が高い。この句が広く知られるようになるのは、『鑑賞現代俳句全集 第11巻』(飯田龍太 [ほか]編集立風書房56年刊)で歌人の高野公彦が取り上げた時期あたりからであろう。冨嶋はこの句を相当に良く練られた俳句としている。

 私は冨嶋のこの句の解釈を非難しているわけではない。率直に感想を述べて見ることはあらゆる評論の基本であるから非難されるいわれはない。ただ危惧されるのは「寺山修司の青春俳句」と一括してしまうことが、宗田の論を読んで以降、怖くてならないのである。寺山が15歳から19歳にかけて詠んだ「青春俳句」と、中年以降詠んだ「青春俳句」、両方を公約数とする第三の「青春俳句」、それを青春俳句と呼ばなくてはならないのだろうかということである。

 黒岩徳将の青春俳句の鑑賞に異議を唱えるつもりはない。しかし、黒岩の青春は寺山の3つの青春俳句のどれと同期(シンクロ)するのだろうか。冨嶋のいう物語性は(句集全体の構成からしても)寺山にこそふさわしいように思える。