写真、俳句という二つの表現方法によって沖縄の過去、現在、未来を問い続ける作者。
今回の句集では赤ん坊という人の出発点とも言える存在を前面に、命に向き合う姿勢が更に強固になっていく感覚がある。
天体が弾む赤ん坊オーケストラ
「友人の赤ん坊の感触は、やわらかな血潮がこの世界と繋がり合って生きていけるような希望に満ちた感覚を覚えた。」と、あとがきにあるが、自身の体を通してダイレクトに感じた今生きている血の躍動が、赤ん坊とそれをとりまく世界全体の躍動と共振共鳴していくように思える。
小さな命を包む大きな命をまた小さな命が包んで…。
「琉球弧の波紋」という章では、そんな作者の正月の日常風景(日常の中の正月風景とも言えるか)を垣間見ることができる。
ドミノ倒しの埴輪ういるす籠り
一気に折り重なる埴輪の様態は、次々に罹患してゆく人間たちなのだろうか。緊張感と脱力感に滑稽味もある。
こんな日は写真事務所の海鼠なり
思うように取材には出られず籠っている身を自嘲気味に詠んだものか。
これからも独自の表現方法をもって真摯に命という大きなテーマに向き合っていかれるであろう豊里さんには、たまには事務所で海鼠になる「こんな日」を適度に入れていただきたいとも思うのだった。