2026年5月15日金曜日

【短期連載】山根もなか宛私信より(抜粋・編集) 樫村晴香(哲学者)

 例えばドビュッシーは音と色彩を短絡させようとしていますし、ウラジーミル・ナボコフは全てのアルファベットを色彩に短絡しています。なぜこのような短絡が求められるかというと、それはそもそも意識というものが権力に奉仕しているからで、線形文法を経由しないミニマルな感覚短絡路はそれに抵抗するからだと思います。


 「多重露光的」な日本文化に、真に関心を持ち研究していたのは、ラカン、レヴィ=ストロース、バルトなど非哲学界の人々でした。


 和歌と俳句は分離不能な一実体です。和歌は視聴覚と下意識で多層化されていますが、「隠された意図」は完全に計算されつくしています。一方、俳諧は自然との出会い、偶然性の受容があります。