2026年2月1日日曜日

第261号

  次回更新 2/13


【速報】高山れおな句集『百題稽古』読売文学賞受賞 》読む

*俳句新空間 告知* 》読む

■新現代評論研究

[新春論考]1954年の寺山修司 佐藤りえ
    (前編) (後編)

新現代評論研究:『天狼』つれづれ 第7回:「実作者の言葉」…「頭燈」について/米田恵子 》読む

新現代評論研究(第18回)各論:後藤よしみ 》読む

現代評論研究:第22回総論・「遷子を通して戦後俳句史を読む」座談会 》読む

現代評論研究:第22回各論―テーマ:「幼」を読む・その他― 藤田踏青、土肥あき子、飯田冬眞、堺谷真人、しなだしん、筑紫磐井、北川美美、深谷義紀 》読む

【特別稿】口語俳句の可能性・余滴  筑紫磐井 》読む

新現代評論研究:音楽的俳句論 図像編 川崎果連 》読む

新現代評論研究:音楽的俳句論 解説編(第1回)川崎果連 》読む


■令和俳句帖(毎金曜日更新) 》読む

令和七年夏興帖
第一(10/10)杉山久子・辻村麻乃
第二(10/24)仙田洋子・豊里友行・山本敏倖・水岩瞳
第三(10/31)仲寒蟬・ふけとしこ・浅沼 璞
第四(11/21)岸本尚毅・小野裕三・瀬戸優理子
第五(12/12)冨岡和秀・堀本吟・木村オサム
第六(12/26)神谷波・川崎果連・加藤知子・曾根毅・松下カロ
第七(1/9)渡邉美保・小林かんな・田中葉月
第八(1/16)眞矢ひろみ・小沢麻結・花尻万博・林雅樹
第九(1/30)下坂速穂・岬光世・依光正樹・依光陽子

令和七年秋興帖
第一(10/31)杉山久子・辻村麻乃・仙田洋子
第二(11/21)豊里友行・山本敏倖・仲寒蟬
第三(12/12)ふけとしこ・岸本尚毅・瀬戸優理子
第四(12/26)冨岡和秀・堀本吟・木村オサム
第五(1/9)神谷波・川崎果連・曾根毅
第六(1/16)渡邉美保・小林かんな・田中葉月・小野裕三
第七(1/30)眞矢ひろみ・小沢麻結・花尻万博・林雅樹

■大井恒行の日々彼是 随時更新中!※URL変更 》読む

 俳句新空間第21号 発行※NEW!

■連載

【新連載】俳壇観測277 ユネスコ登録の進め方2――ユネスコ登録への3つの態度  筑紫磐井 》読む

【鑑賞】豊里友行の俳句集の花めぐり43 竹岡一郎『蜂の巣マシンガン』 》読む

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(66) ふけとしこ 》読む

【新連載】名俳句鑑賞へのラブレター『岡田史乃の百句』(辻村麻乃) 豊里友行 》読む

英国Haiku便り[in Japan](58) 小野裕三 》読む

【豊里友行句集『地球のリレー』を読みたい】9 「希望」のバトン  宮崎斗士 》読む

【新連載】口語俳句の可能性について・6 金光 舞  》読む

【加藤知子句集『情死一擲』を読みたい】④ 破局有情――加藤知子句集『情死一擲』について 関悦史 》読む

句集歌集逍遙 董振華『語りたい龍太 伝えたい龍太—20人の証言』/佐藤りえ 》読む

現代俳句協会評論教室・フォローアップ研究会 7 筑紫磐井 》読む

【連載】伝統の風景――林翔を通してみる戦後伝統俳句

 7.梅若忌 筑紫磐井 》読む

【豊里友行句集『母よ』を読みたい】③ 豊里友行句集『母よ』より 小松風写 選句 》読む

【渡部有紀子句集『山羊の乳』を読みたい】⑯ 生き物への眼差し 笠原小百合 》読む

インデックス

北川美美俳句全集32 》読む

澤田和弥論集成(第16回) 》読む

およそ日刊俳句新空間 》読む

1月の執筆者(渡邉美保)…(今までの執筆者)竹岡一郎・青山茂根・今泉礼奈・佐藤りえ・依光陽子・黒岩徳将・仮屋賢一・北川美美・大塚凱・宮﨑莉々香・柳本々々・渡邉美保 …




■Recent entries

中村猛虎第一句集『紅の挽歌』を読みたい インデックス

篠崎央子第一句集『火の貌』を読みたい インデックス

中西夕紀第四句集『くれなゐ』を読みたい インデックス

渡邊美保第一句集『櫛買ひに』を読みたい インデックス

なつはづき第一句集『ぴったりの箱』を読みたい インデックス

ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい インデックス

加藤知子第三句集『たかざれき』を読みたい

眞矢ひろみ第一句集『箱庭の夜』を読みたい インデックス

葉月第一句集『子音』を読みたい インデックス

佐藤りえ句集『景色』を読みたい インデックス

眠兎第1句集『御意』を読みたい インデックス

麒麟第2句集『鴨』を読みたい インデックス

麻乃第二句集『るん』を読みたい インデックス

前衛から見た子規の覚書/筑紫磐井 インデックス

寒極光・虜囚の詠~シベリア抑留体験者の俳句を読む~㉜ のどか 》読む

俳句新空間を読む 》読む
…(主な執筆者)小野裕三・もてきまり・大塚凱・網野月を・前北かおる・東影喜子


筑紫磐井著『女帝たちの万葉集』(角川学芸出版)

新元号「令和」の典拠となった『萬葉集』。その成立に貢献した斉明・持統・元明・元正の4人の女帝、「春山の〈萬〉花の艶と秋山の千〈葉〉の彩を競へ」の天智天皇の詔を受けた額田王等の秘話を満載する、俳人初めての万葉集研究。平成22年刊/2,190円。お求めの際は、筆者までご連絡ください。 

【速報】高山れおな氏、『百題稽古』で読売文学賞を受賞!

第77回読売文学賞…受賞6氏と作品(読売オンライン)


 『百題稽古』

「高山れおなは、言葉に対する超絶技巧の持ち主である。技量を十全に駆使して、俳句という詩形に真向かっている。その稽古を見られることは短歌、俳句にたずさわる者としては、きわめて興味深く得難い体験だ」(藤原龍一郎)

「この試みは、ルール不在のなんでもありに堕している歌人にはそもそも挑むことさえできないものだ。はじめて俳人を羨ましいと感じたかもしれない。どうしようもない酔狂に挑んでこその詩歌であると思うからだ」(瀬戸夏子)


堀河百首をはじめ和歌にその題をもとめ、題詠300句に挑んだ異色の第五句集。


命とは白シャツに透く君なりき

金地戦闘美少女図襖とはこれか

茉莉花を嗅いで死ぬまで人の妻

海女の笛感幻楽にありやなし

我が孤火も霜夜は遊べ狐火と


定価:3300円(税込)判型:A5判変形ハードカバー頁数:182頁

ISBN:978-4-86534-489-9

初版:2025年4月24日

発行:現代短歌社

発売:三本木書院(gift10叢書第60篇)

Amazon 現代短歌社オンライン

※「俳句四季」令和7年10月号「座談会・最近の名句集を探る98」(筑紫磐井・大西朋・後藤章・野崎海芋)

※「豈」68号「高山れおな句集『百題稽古』評 王朝和歌と現代俳句の二物衝撃」 小池正博


【連載】名俳句鑑賞へのラブレター3『岡田史乃の百句』(辻村麻乃・著、2024年刊、ふらんす堂) 豊里友行

  先ずは、本書の帯文を記しておく。

岡田史乃は華やかな存在感のある女(ひと)だった。

 その華やかさを満たしていたのが大きな悲しみであったことがくきやかに見えてくる、娘辻村麻乃さんの百句読解。生きることは悲しく、そのゆえにこそ美しい、と改めて教えられる史乃さんの句である、麻乃さんの読みだ。(高橋睦郎)

 あと母・岡田史乃を見る娘の後書きも記しておきたい。 

こうして、四冊を改めて紐解いてみると(母娘癒着型であったので)母の句を読むことは自分を読み解くことにも繋がるとわかった。これからはここから飛翔して、この想像力を様々な方の句の鑑賞に生かして行きたいと思う。

   かなしみの芯とり出して浮いてこい

この句は岡田史乃の代表句といっても過言ではない。(抜粋と省略)対面的には女一人で私を育てていたため、その悲しみは「芯」となって終生残ってしまったのだ。「浮いてこい」に動詞としての意味ももたせた句となっている。


 他にもオンリーワンな母娘の俳句問答が俳句によってなされていく。


がんばつて霞草今日贈つたわ

 岡田史乃には口語句が垣間見られ、それが割と人気のある句となっている。(抜粋と省略)嫌々贈ったが、それを出来たことで自身の中のピリオドが打たれる。頑張った自分を褒めたい。それを女の話し言葉で「贈つたわ」と来ると、まるで友人か誰かに自分の今日の出来事を報告しているかのような親近感が湧く。


宍道湖へ向つて笑ふ裸かな

 これは本人から亡くなる前に聞いた話だが、この時の岡田隆彦と夫婦として大岡信氏達詩人の皆さんと旅行に行ったらしい。宍道湖が目の前に見える旅館で、大岡氏が半裸で湖に向かって本当に笑っていたそうな。実家の片付けをしていた時にこの頃の詩人の集まりに於ける岡田史乃の写真を見たことがある。当時はまだ若くて(しかも派手で)美しかった母はその場の静謐な雰囲気を一人で違うものにしていた。


病んでなほ母は母なり酉の市

  『ピカソの壺』にも「やがて死す母の巨大へ秋日差し」「母死せば荒神(あらがみ)悴むごとくなり」という作者の母親を詠んだ句があるのは記憶に新しい。俳人であった作者の母親、笹尾操は身長百七十センチ、大正生まれとしては大柄で恰幅の良い女性であった。秋葉原で夫から任された会社社長でもあり、性格も積極的な人であった。リーダーシップもありぐいぐい人を引っ張る。(抜粋と省略)祖父は広告写真の会社代表であり、酉の市には大きな熊手を買って食堂に飾っていた。そんな環境を思い出しながら病床でも弱気とならず、常に会社のことを思う母親を詠んだものと思われる。


謝つてよと泣く女童に濃山吹

 この句は以前「篠」でも触れたが、まさに幼女時代の私のことを詠んだ句である。私はかんが強く、いつもキイキイ言って大人たちを困らせる我が儘な子どもであった。(抜粋と省略)相当怖い母親であったのに反抗して、自分の正しさを認めてもらえるまで泣き叫んだ。それを傍観しながらこの句を詠んでいたとは流石俳人だと感銘を受ける。


嬰児にもあるためいきや花エリカ

 この句が詠まれた頃に私は女の子を授かった。母にとっても初めての孫娘で、長い期間里帰りして面倒をみてもらった。あくびやくしゃみひとつひとつに反応をしていたが、そのためいきにぴったりな季語を合わせて句を詠んでいる。


昨日会ひ今日も会ひたし娘のショール

 (抜粋)会いたいのは娘たちの方で、私とは思わなかったからだ。あとで本人にこの句のことを聞くと「麻乃のことだよ」と。読むと今でも涙を禁じ得ない。


 其の他にも秀句は溢れ出るように選びあぐねるくらいで「煮崩れし魚の半眼無月なり」「家中を散らかして出る四温かな」「風船のかげを持たずに売られけり」「花に寝て花にたづねたきことのあり」「髪の毛を長く流して泳ぎくる」「かなかなとそんなに近くで鳴くなかれ」「ぼつぺんをわが名のごとく吹きにけり」「獅子頭脱ぎ田遊びの列となり」「クリオネの赤い内臓春いよよ」「つぶれないシャボン玉でも作ろうか」「びつしりと桜の空の桜かな」「引鶴は一糸の赤い糸なりや」「蟬時雨私のために泣かないで」「言いわけは私にもある大夕焼」「人間の子供のやうな芋の露」など。

 俳句鑑賞を身近にできる方がいることの幸福よ。松尾芭蕉の俳句を後世に残したお弟子さんたちの俳句鑑賞があるように俳句の世界は、俳句鑑賞で一対で完成する器だ。

 名俳句鑑賞へのラブレターの定義は、もちろん私、豊里友行が良いと感じる俳句鑑賞を採り上げているのだが、複眼的で多面的である方がいい反面、私たちは、誰に向けて俳句を詠むか。私たちは、誰に向けて俳句を鑑賞するか。その対象を意識することが、私にとっての名俳句観賞ではとても大切なことだ。この身近な母の俳句を娘によって俳句鑑賞することでオンリーワンな名句鑑賞になり、そして娘である辻村麻乃さん独自の開眼への気付きを見出しているようで感慨深い。