2026年1月30日金曜日

【新連載】俳壇観測277 ユネスコ登録の進め方2ーーユネスコ登録への3つの態度  筑紫磐井

  前回述べた理論闘争するためには、それぞれの論者の立場をはっきりさせておくことが必要である。現在までのところ、ユネスコ登録に対する俳壇における態度は3つに分けられる。


➀ユネスコ登録賛成論(ユネスコ登録を進めたい)

 ここには無季自由律容認派(現代俳句協会)と有季定型限定派(少し前の俳人協会の本音)が混在して、各々勝手なことを言っているのでその理由が分かりにくい。

➁ユネスコ登録反対論(ユネスコ登録を進めたくない)

 これには当面、「鬣」のような脱退派(協議会から脱退することが目的)と坪内稔典のような反登録派(日本政府が登録すること自身に反対する)がいる。

この2つの立場から、主要な俳句雑誌におけるユネスコ登録論が掲載されて来た【注】。


 しかし令和7年夏から新しい立場が提案された。


➂ユネスコ登録戦略論(ユネスコ登録自身に関心がなく、無季自由律容認が目的であり、この目的のためだけに当面ユネスコ登録の議論に参加する必要があると考えている)

     *

 第3の立場である➂ユネスコ登録戦略論は以前からあるものではなく、令和7年に突然登場した主張である。なぜならユネスコ登録の発端は国際俳句交流協会会長である有馬朗人の提案であり、その理由も有馬氏が発起人会で発言した言葉が唯一の根拠となっている。ところが有馬氏がユネスコ登録しようとした動機は文書化されてはおらず、登録という総会の決議だけが独り歩きすることとなった。それでも有馬氏の生前には問題が少なかった(有馬氏はユネスコ登録協議会の初代会長に就任した)が、有馬氏がなくなり、後任が就任するとともに「俳句は有季定型である」という合意で協議会は発足したという発言が相次いだ。協議会のHPにもそうした記事がしばしば掲載されたと聞いている。無季自由律容認派を擁する現代俳句協会は毎年総会で会員からこのような協議会に参加した責任をとれという抗議を受け、担当者はかなり難渋していたようである(私は未だ現代俳句協会に入会していなかったのでよく知らなかったが)。

 あまりにも不毛な論争が続いているようなので、私は令和7年になってから平成27年の俳句ユネスコ協議会の公開記者会見の記録を確認してみると、有馬氏は俳句に無季・自由律が含まれることを明言しており、これに他の3協会の会長である稲畑汀子、鷹羽狩行、宮坂静生氏も異論を唱えなかった。現代俳句協会が協議会に参加したことは問題なかった。しかしこれだけではこの合意が現在も有効であるかは確信できなかったので、令和7年8月に協議会及び3協会の現会長である、能村研三、片山由美子、星野高士、高野ムツオの4氏に有馬発言の有効性を確認したところ、この通りであると確認された。この趣旨は、現代俳句協会の機関誌「現代俳句」10月号、国際俳句協会(ユネスコ登録の実質的事務局。保持団体と想定されている)の機関誌「HI」11月号に掲載されており初めて文書化されることとなった。

 したがって令和7年をもって俳句の定義問題は解決することとなった。これに伴いユネスコ登録問題は新しいステージに入ることとなったのである。ユネスコ登録戦略論はこうした中で登場したものであり、「豈」68号の特集が「特集・ユネスコ登録戦略の最前線」となったのはこのような理由である。その意味で本論は、ユネスコ登録戦略論の立場で書かれていることをご承知戴きたい。

 こうした立場からすると、➂のユネスコ登録戦略論は特別な意味を持つことになる。➀と➁はユネスコ登録が登録の是か非かを主張しているものだが、➂はユネスコ登録を契機として俳句は有季定型だけではなく無季・自由律であることが明らかなって以降の俳句の新展開を進めようという行動だからである。

 実は戦後俳句とは俳句が有季定型か無季容認かをめぐる血みどろの戦いであった。マーチン氏の卓抜な論を読ませていただきながらも、日本における一種の文化的弾圧にあたる無季俳句排除の切実さはなかなか分かっていただけないのではないかと危惧した。それは戦前の新興俳句弾圧に匹敵する作者生命にかかわる問題である。繰り返しになるが、昭和36年に俳人協会分裂以後、俳人協会は無季自由律を排除する諸活動を行って来た。当時俳人協会の立場に立つ角川書店は昭和俳句の集成として『現代俳句大系』を刊行するに当たって無季俳句集を削除した(当初俳人協会事務局は角川書店内に設置されていた)。さらにその後平成11年に俳人協会は「教科書に掲載する俳句は有季定型を厳守せよ」という「教科書出版会社への要請」を会長名で送付している。平成22年に岡田日郎副会長が俳人協会において「学校教育においては「俳句」(有季・定型・文語)と「俳句に似たもの」(無季・自由律俳句など)と区別する必要がある」と講演していることなどからも基本的イデオロギーは変わらないと考えられる。

 有季定型を主義とする俳人協会と無季を容認する現代俳句協会の規模比較すると15,000対4,000、すべての協会が会員減少に悩んでいるのだが、協会の存亡はしばらく措く、問題なのは無季俳句・自由律俳句を詠み、是認する俳人の割合が落ちていることだ。こうした中で、現代俳句協会における最大かつ緊急の問題は、有季定型を死守する勢力に対して無季・自由律を認知させることである。有馬氏が、ユネスコ登録に当たり有季定型だけでなく無季・自由律を容認したことは戦後俳句史において千載一遇の好機である(逆にこれを受け入れたことは俳人協会にとって致命的失敗であった)。これを逃してはならない。これを逃すことは、俳句有季定型論に塩を送ることになる。その意味では、無季・自由律が容認されればユネスコ登録などどうでもよいことなのである。

 ただ令和7年にユネスコ登録の中で無季自由律は文書化されたものの、見えないかたちで無季自由律を排除しようとする底流が常に流れている。これを少しでも顕在化させる必要がある。ユネスコ登録を使って、俳句は無季自由律が含まれるのだという認識を進めることが大事だ。これが➂ユネスコ登録戦略論の趣旨なのである。


【注目!】「豈」68号の特集についてYOUTUBEで反応が寄せられています。

秘密の俳句ちゃんねる(田島健一)

https://www.youtube.com/watch?v=A2kgNFImj2A


【注】主要な俳句雑誌におけるユネスコ登録論(2025年11月まで)

●「鬣」64号・2017年8月

特集「俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進を巡って」11編 林桂、川名大、岸本尚毅、木村聡雄、坪内稔典、野村喜和夫、平敷武蕉、外山一機、中里夏彦、西躰かずよし、堀込学

●「俳壇」2024年「俳壇時評」

大井恒行「建前に雪崩れる4協会」(5月)、

大井恒行「現代俳句協会は、俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会から離脱せよ」(11月)

●「鬣」93号(2024年11月)

特集「「俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進」の現在」3編 林桂、大井恒行、堀田季何

●「俳句四季」2025年1月号「俳壇観測264」

筑紫磐井「ユネスコ無形文化遺産登録問題――大井恒行対現代俳句協会か?」

●「現代俳句」2025年1月号

後藤章専務理事「俳句のユネスコ登録の現状と現代俳句協会の立場」

●「俳句四季」2025年2月号「俳壇観測265」

筑紫磐井「有馬朗人氏の遺志――国際俳句の創始」

●「鬣」94号(2025年2月)

林「提言しなおします」

特集「「俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進の現在」を読んで」2編 福田若之、堀込学

●「現代俳句」2025年3月号

筑紫磐井「有馬朗人氏の言いたかったこと」

●「毎日新聞」2025年4月30日

オピニオン論点「俳句の「文化遺産」登録」(能村研三vs大井恒行)

●「鬣」95号(2025年5月)

特集「「俳句ユネスコ無形文化遺産登録」推進の現在を読んで」2編 九里順子、外山一機

●「俳句四季」2025年6月号「俳壇観測269」

筑紫磐井「俳句4協会の近況――特に、ユネスコ登録の大論争始まる」

●「俳句四季」2025年7月号「俳壇観測270」(6月刊行予定)

筑紫磐井「毎日新聞のユネスコ登録論争――ユネスコ登録と無季俳句の問題」

●「鬣」96号(2025年8月)

特集「「俳句ユネスコ無形文化遺産登録」推進の現在を読んで」2編 西躰かずよし、林桂

●「俳壇」2025年「俳壇時評」

鴇田智哉「ユネスコ登録のこと」(9月)

● 「豈」68号(2025年11月)

特集「ユネスコ登録戦略の最前線」6編 筑紫磐井、堺谷真人、大井恒行、トマス・マーティン、中島進、干場達矢