2026年1月30日金曜日

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(66)  ふけとしこ

  水仙

水仙や雨の汚れの残る壁

水仙や門前町を外れ来て

雪が打つ安藤忠雄の壁を打つ

マカロンの五色並べてみても冬

崖氷柱覗けば大き土蜂の巣

・・・

 糸というもの、どうしても残る。

 白や黒といった出番の多い縫糸はともかく、穴かがり糸などは必ず残る。生地や釦に合わせるから色糸が要ることになるが、太いから普段の縫物に使うことは先ずない。綴じ糸に使ってみたりもするが、結局一巻を使い切ることはない。 

 針箱には覚えのない糸まで入ったままだったりする。

 刺繍糸も沢山ある。自分の使い残しがあることに加えて「もう止めたから、何かに使って」という知り合いからのプレゼント(!)まであるのだ。私も今では刺繍針を動かす根気を無くしてしまっているというのに。

 そこで、何か用途は~と考えて、目下のところ、刺繍糸は栞の紐用として使っている。単色のこともあれば、配色を考えて数本を纏めて紐状にしたりもする。これを気に入りの紙片に穴を開けて通したり、或いは貼り付けたりして一人で悦に入っている。

 菓子や茶に入っている和紙の由緒書きなどは、綺麗な物が多いし、美術展のチラシなども面白いものが多くて何かと使えるのである。

 とはいえ、これがまた溜まってしまうのである。 

 栞に仕立てて人に差し上げると喜んで貰えた頃もあったけれど、今はそうでもない。ポストイットを使う人の方が断然多いのである。貼って剥がしという作業が自在だし、挟んでおいたのに滑り落ちてしまったということが無くて本当に便利な物であるから、この付箋は私も愛用している。

 でも、ちょこっと布を触ったり、紙細工を作ったりするのが好きなものだから、空き箱にしまっている紙を取り出して適当に折ったり切ったり、絵や字を描いてみたり穴を開けたり、こういうことがとても楽しい。勿論、下手の横好きではある。

 困ったことに、何故か、締め切り前になるとこういうことをやりたくなる。

 昔々、さあ、勉強しましょ! と気合を入れて机に座り、その途端に抽斗の中が気になって片付けてみたりしていた、あの頃と何ら変っていないのであるから、つくづく自分に呆れるしかない。

 今も使い古しのタオルを切って用途の無さそうな色糸で縁をかがっている。雑巾にするつもりではあるが、ちっとも急ぐことではないのに……。チクチクと針を進めるのは無心になれて、私にとってはとてもいい時間なのである。

 明日は句会がある。兼題は壁。糸や雑巾のことはさておき、壁を考えることの方が大事なのに……。

(2026・1)