2026年5月29日金曜日

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(70)  ふけとしこ

    破れ傘

落椿むかし私に図案帖

破れ傘破れながらに開きけり

天気図に赤き指示棒若葉寒

ポプラ社の一冊を買ふ若葉照る

今年竹新陰流は人を斬る

・・・

 「これは何?」

 そう訊く人があった。眺めながらしばらく考えた。蝙蝠傘を乱雑に畳んだような形。……思い出した。

 「ヤブレガサかもね」と答えた。


 昔々のことだが、燐寸箱を集めていたことがあった。きっかけは安藤広重の東海道五十三次の図である。この有名な浮世絵をラベルに使った燐寸箱を見たことがから始まったのだった。近所の小父さんが使っていた燐寸である。

 「空になったら頂戴……」とお願いした。当時は男の人達は殆どが喫煙者だったし、多くの人が燐寸で火を付けていたから、煙草と燐寸をセットにして持っている人も多かった。

 わがコレクションは、初めは東海道五十三次の物だけだったが、その内に飲食店などの宣伝用の物にも手を出した。私が集めていることを知った人達から回ってきた物もあった。

 しかし箱のままというのは次第に嵩高くなってくる。もう止めたら? と家族にも迷惑がられる始末である。この子は何が面白いんだか、こんなものを集めてなあ、と笑われたり。

 見ているのは楽しいのではあったが、嵩張ってくるのは困りもの。そこで、ラベルを剥がしてノートに貼ってゆく、ということにした。水に浸けておくと糊が溶け出してすーっと剝れるのである。昔の澱粉糊なればこその話であるが。それを新聞紙に広げて乾かす。乾いたらノートに貼り付けていくとコンパクトに納めることができる。

 東海道五十三次シリーズは四十五、六ぐらいまでは何とか集まったが、あと一息というところで頓挫してしまった。どんなことでもそうだけれど、重複する物があり、自分の所へは回ってこない、手に入らない物もあるということだ。

 飲食店に関わるものは、意匠の面白いものもあったが、もういらないというような物も多かった。

 その中に「破れ傘」というラベルがあった。どこかの鮨屋の宣伝用の物だった。黒々と文字のみで絵は描かれてなかった。私はてっきりボロ傘のことだと思い、カラカサオバケなどを想像して、変な屋号だなあ、と思っただけだったが、達筆の崩し字が妙に印象深かった。

 今も忘れないでいる破れ傘という店名は何だったのだろう? 冗談めかして付けただけだったのかも知れない。店を知らず、行ったこともなかったし、誰に貰った物だったのかも定かではないが。

 もしかして、

化けさうな傘かす寺のしぐれかな 蕪村

などを知っている人だったのか……。


 最初のヤブレガサへ戻すと、ずっと後になって、そんな名前の草があることを知ったのだった。

 生家の庭にもある。私が家を出てから父が植えたものだろう。珍しい草木を何でも植えたがる人だったから。

 確かに芽生えてから、葉を広げるまでの姿は破れ傘というに相応しい名前であるが、その傘を開く前なら山菜として味わえるということである。

 夏には茎を伸ばして白い小花を咲かせることだろう。キク科ヤブレガサ属の多年草である。


 あの時、これは何? と訊いてくれた人があっていろいろと思い出したのであった。

 煙草や燐寸を持ち歩いていた人たちも何時の間にやら鬼籍に入ってしまった。

 それにしても、彼の鮨屋の店名はボロ傘だったのか、植物名だったのか……。

                                 (2026・5)