2026年2月27日金曜日

【新連載】新現代評論研究(第20回)各論:後藤よしみ、村山恭子

 ★ー3「高柳重信における皇国史観と象徴主義の精神史」―戦前の影響と戦後の変容をめぐって―後藤よしみ


第七章 戦後の出立 ―「敗北の詩」からの跳躍―

 敗戦後の日本社会は、価値観の逆転と思想の混乱に包まれていた。戦前の皇国史観やファシズムは否定され、占領下の新たな秩序が急速に浸透していく。高柳重信もまた、この激動の中で精神的な崩壊を経験する。戦中派としての自己確立は、敗戦によって深い傷痕となり、虚脱と虚無の状態に陥った。彼はこの時期を「魂も身体も根こそぎ病んでいた」と回想している¹。

 しかし、この挫折は重信にとって再出発の契機でもあった。1946年には俳誌「群」を復刊し、創作活動を再開。病床での闘病生活は、自己省察を促し、内面の追及を深める時間となった。翌1947年、重信は「敗北の詩」を発表する。これは、戦前の思想との訣別を示すと同時に、俳句形式への新たな思想的接近を意味するものであった²。

 「敗北の詩」は、重信にとって思想の再構築の宣言であり、俳句という形式に対する批評的眼差しを明確にした論である。彼は「俳句文学そのもの、いわば反社会性、ならびに敢えてそのジャンルを選択した俳句作家の反社会性を、如何に明確に、正直に自覚するかにかかっている」と述べている³。これは、俳句を単なる形式ではなく、思想の器として捉える姿勢の表れである。

 重信は、評論活動を通じて自己の思想を鍛え、論争を通じて新たな表現を模索していく。石原八束は、重信を「人斬り以蔵」と呼び、同人誌「薔薇」を擁して論戦を挑んだ姿勢を評している⁴。塚本邦雄も「刺し違えて死ぬべき敵を求め」と述べ、重信の批評精神を高く評価している。これらの論争は、重信にとって思想的鍛錬の場であり、創作の原動力となった。

 「敗北の詩」によって、重信は俳句形式を「危険な形式」として認識し、敢えてその不毛な形式に向き合うことで、思想的な跳躍を果たす。坪内稔典は「瀕死の俳句形式と瀕死の高柳が出会って生まれた」と評し、重信の孤独な内面から生まれた勝利の詩と位置づけている⁵。

 この選択は、皇国史観とは異なる権力に最も遠い詩型としての俳句を選んだことを意味する。重信のエリート意識は、あえて不毛な形式に挑むことで、思想的な純粋性を保とうとしたのである。とはいえ、戦前期に培われた皇国精神は、完全に精算されたわけではなく、日本的なるものとして彼の深層に残り続けた。

 「敗北の詩」の誕生は、第一次世界大戦後のシュルレアリスムの出現と同様、灰燼の中から生まれた創造性の表れである。思想の崩壊を経て、そこから脱出した表現の獲得は、重信にとって生きる姿勢の再構築であり、俳句詩論の根幹を形成するものとなった。


脚注

¹ 高柳重信「略年譜」『高柳重信全句集』沖積社、2002年。

² 高柳重信「敗北の詩」『高柳重信全集Ⅲ』立風書房、1985年。

³ 同上。

⁴ 石原八束・高柳重信「現代俳句協会の来し方行くえ」『現代俳句1970』、『座談会集第四冊』夢幻航海社、2004年。

⁵ 坪内稔典、同上の論評より。


★―7:藤木清子を読む10 / 村山 恭子

10 昭和11年 ⑤


 手記

不楽(さぶ)し妻春荒びたる部屋がある    京大俳句5月    

さびしい妻。春になりましたが、荒れている部屋があると言っています。荒れている部屋とは、自分自身の心の内でもあります。上五で心情「不楽し」と中七下五具体的な物「荒びたる部屋」で、さびしさを畳み掛けています。

季語=春(春)


ひしがれし涙が針にきらめくよ    同

深い悲しみで流した涙が、針にきらめいています。針から夜なべ仕事を想起します。暗い夜の部屋で針仕事に勤しみながら、悲しみの涙をぽとりと針に落としています。その針の金属のきらめきに、涙のきらめきが重ね合わされています。

季語=無季


わが墓標無明の行路(みち)のいや果に    同・旗艦18号・6月

 私の墓標は、灯りのない行路の一番最後にあります。まだ生きていますが、「墓標」で寂しく悲しい心情を打ち出しています。現実の生活を憂い、死を見据えながら、「無明」「行路」「いや果て」と詩的な言葉を用いて詠いあげます。

季語=無季


飢えつゝも知識の都市を弟離(か)れず    京大俳句5

 弟を思う句。都市生活で飢えている弟も、以前は作者と一緒に田舎で暮らしていた。知識は無いけれど、温かな人情がある暮らし。都市を離れられない弟を嘆きながら、田舎へ帰って来ないのか、いや田舎で暮らしても幸せではないかもと反芻しているようです。

季語=無季


 しひたげられたる妻の手記         

さびし春機械の如く生くる妻    旗艦18号・6月

 機械のように生きている妻。感情を抑え、人間としての喜びも感じられない生活をしています。上五「さびし春」で詠嘆し、中七下五のやや常套的な表現を補填しています。

季語=春(春)


春日落つ白妙の雲しき展ぶる      同

春日の落つる悩みのまたゝきを     京大俳句6月

春日の落つまなかひの街幸福に     同


一句目は、枕詞「白妙」により雲の美しく広がる様を詠んでいます。

二句目は、「春日の落つる」の七音と、「悩みのまたたき」と残り九音を組み立ています。春日が落ち暗くなった夜空に、悩みが瞬いている詩情。字足らずが、落ち着かない心情を表しています。

三句目は、春日が落ちた目の前の街は幸福だと言っています。逆説的に今の暮らしが不幸せとも感じます。

季語=春日(春)


春日没るひかりにくろく人うごめく    同

春日没り黒塊人にかへりけり       同


 いずれも黒を取り入れています。

一句目は、春日がしずんだ光の中で、黒く影のような人がうごめいています。下六の字余りが不穏さを増しています。

二句目は、春日がしずんだ後の黒塊が人にかえったと言い、静けさ、恐ろしさを語っています。

季語=春日(春)