この句は海辺の句ではない。だが「苔くさい雨」に場末の雰囲気を感じ取ったので本稿で論じることとした。
この頃の兜子の俳句の作り方は意味よりもイメージを重ねて行って、そこに何らかの世界を描き出そうとするものであった。例えば28-3で論じた「ささくれだつ消しゴムの夜で死にゆく鳥」について彼自身が語った言葉が残っている。少し長いが引用しよう。
そのころひどく私は疲れていた。それはからだの疲れというより、青年期の心のいらだち、あたりをとりまく既成の馴れ合い的な秩序に対する無性な腹だち、酒をあおるぐらいではとても解けない滓(おり)のような不機嫌、そうしたなかで生まれた、というより吐き出した作といった方がよかろう。
夜、それが深沈とするころ、私の使う消しゴムはしだいにささくれだち、朦朧たる私の眼をその白く柔かい肌がかすめる。たしかにいま、どこかで知られぬまま絶命する鳥がいる。私は寂しく直感した。
たまたまパウル・クレーの絵を身辺においていたように思う。
俳句の日常次元を凡庸に表現するだらしなさを極度に私は嫌っていたようである。
だから「写生」という旧来の方法にも言葉にも嫌悪を抱いていたようだ。兜子の描く風景はどんなに細かくても従来の「写生」と同列に論じてはならないのだ。
まず「苔くさい雨」が出てくる。如何にも場末である。唇が泳ぐとは雨の中で唇を動かしている様であろう。普通に考えれば唇を動かして喋っているのであろうが、その後に「挽肉器」があるので物を食っているのかもしれない。最近では家庭用の挽肉器も売っているが、この当時では当然業務用の器械と見てよい。入口から原料の肉を入れると出口からミンチが押し出されてくる器械である。
それを腸に詰めていけばソーセージが出来上がる。場末の肉屋の店先の光景でもあろうか。さらにこの場合動いている唇とソーセージとがイメージとして重なり合う。
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