わたしは、「宣言」として自由律俳句の「自由」を規定しようとか、どのやり方が一番良いのか、どうやれば自由律俳句はウマくなるのか、ということにはあまり興味がありません。ですので、この文章も「宣言」らしくないように、できるだけ柔らかく書こうと思います。
さて、既存の俳句から脱却した「新しい自由な俳句を作る」というのには、半分賛成半分反対といった感じです。本当のfree-verseを求めるならば、過去や現在、未来といった時間軸さえ必要ないのではないかと思うからです。この場合の自由には、「新しい」という形容詞すら必要ありません。
そもそもわたしは、自由律俳句に「型」を求めません。「優劣」すら求めないと言ってもいいかもしれません。詩的に優れていても、いなくても、各々、好きなものを作って句会というカタチで見せあったり、見せあわなかったり、そもそも頭の中の自分の世界で自由に考えているだけで、形にしなくてもいいものだと思います。自分を「俳人」と思わない人が、自由律俳句のような一行詩を生み出すこともあるでしょう。芸術を、芸術そのものとして作れなかった時代を乗り越えた、今ここにある自由律俳句においては、それこそが最も格式高い姿勢だと思うのです。
自由律俳句の自由という言葉は、たぶん皆さんが思うより、重いです。先程自由律俳句を「free-verse」と呼びましたが、わたしはこの「自由」を「liberty」と訳しても良いと思います。俳句の歴史を紐解いていくと、プロレタリア俳句の分野に当たるでしょう。栗林一石路や、橋本夢道など、自由律で詠まれたものが代表的です。わたし自身はプロレタリア俳句を進んでやっている、というわけではありませんが、
**大戦起るこの日のために獄をたまわる (橋本夢道)**
という句を知った時は、身をつまされる思いでした。俳句の歴史には、大きな黒点があります。時代に潰されざるを得なかった人たち。もちろん、これは定型の人にも当てはまります。異口同音しなければ、生きていけなかったのですから。でも、律に自由を求めた人たちに吹く風はもっと酷い逆風だったのではないでしょうか。「伝統」という言葉にいまさら頼ることも出来ず、発言の場は無くなっていく。家族とも離れ離れになる。雑誌が無くなる。そして、最後には人が居なくなる。
今、俳句という文脈の一番端に、ぽっと現れただけのわたしがいます。そんなわたしも、大学で自由律俳句の研究をし、句会に参加するうちに、結婚式のヴェールのように長く重いその歴史を、背負ったまま先に進みたいと思ってしまいました。
しかし、わたしは彼らのために何ができるのでしょう。
わたしは、この先どんな事があっても、「自由」を守り通していくための、指標が欲しいと思いました。自由律俳句というものを、形式や優劣で語るのではなく、いついつまでも、文化として守り抜く為の指標が欲しいと思いました。
わたしは、それを内側ではなく、外側に求めました。俳句をよく知る人が作ったものは、詩の作り方にこだわります。「これが自由律俳句だ」というために、区別したがります。しかし、本当の自由には、そんなものがそもそも必要なんでしょうか。ただ自分の律を信じる気持ちとその環境さえあれば、他には何もいらないのではないでしょうか。定型の人でも、自由律の人でも、きっとそれは変わりません。
私は、「図書館の自由に関する宣言」がとても好きです。以下、特に知っておいて欲しいところを抜粋します。
1. 4.わが国においては、図書館が国民の知る自由を保障するのではなく、国民に対する「思想善導」の機関として、国民の知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実があることを忘れてはならない。図書館は、この反省の上に、国民の知る自由を守り、ひろげていく責任を果たすことが必要である。
2. 5.すべての国民は、図書館利用に公平な権利をもっており、人種、信条、性別、年齢やそのおかれている条件等によっていかなる差別もあってはならない。
わたしは、自由律俳句を未来に繋ぐ宣言には、この精神を含めてくださるとうれしいと思っています。いつか、本当の意味でわたしたちが自由になれる時代がきたら、その時が自由律俳句の黄金期なのかもしれませんね。