巻末の論考「高屋窓秋に関する三つのこと」から「窓秋は俳句をどのように考えていたか」について抜粋する。
さて、窓秋は「俳句」をどのように考えていたか。
ひとことで言うなら、それは「最短詩」であると考えていた。「〝たとえば「短歌」これは、ぼくにとっては、「長すぎる」〟長ければ、なんでも詠える、というものでもあるまい。これは、ぼくの精神および肉体の生理上の問題であるかも知れない。そして、俳句という手頃な形式があったから、という理由ではさらさらない。ながすぎるのが困るのだ」(「自註」)と述べる。そして「俳句という短小詩形の領域をどう考えているか、といえば、これも、ぼくの経験では、「十七音前後」が適当な言語量であって、それより長ければ「短歌」の領域、短かすぎれば十分な詩的機能を果しえない、ということになる」と書き、「〝人類の、最短詩への表現欲求は、永久になくならない〟」と述べている。
そのことについて鴇田智哉さんの俳句鑑賞から読み込んでみた。
頭の中で白い夏野となつてゐる
白い夏野、になっているという。風景のこんな変容は、おそらく多くの人が経験している。だがそれを、「頭の中で」とそのまんまに言ってしまった。身も蓋もない。この惜辞はこののち、誰も使うことはできない。
虻とんで海のひかりにまぎれざる
まぎれたる、ではなくて、まぎれざる、である。つまり虻は、一つの濃い影のかたまりとしてある。海に出たときに、そのかたまりとしての存在を現したのだ。
ちるさくら海あをければ海へちる
ちるさくら、ちる、というリフレーンにより、花びらが細かい点描画の一つ一つの点のようになって吹き流れていくさまが見えてくる。海のきらめき、その青さもまた細かな一つ一つの粒となって、この明るいひろがりの中で、花びらの粒とともに生きてうごいている。
ひかりさえ氷晶となり草絶えたり
目を凝らしてよく見れば、既にその一粒一粒のさえざえと輝き出しているのがわかる。さらに大きく見渡してゆけば、あたり全体が、きわめて冷たい光となって、明るんでいるのが感じられるではないか。
季節による空気の変化、が抽出されたような、澄んだ骨組みをもつ句である。
森すべて息する深さ緑星
窓秋の作品における「緑星」という言葉は、俳句の上五か下五に置かれる。同じ五音の熟語を置いた句を並べたり、ちりばめたりするのは、「鳥世界」以降の窓秋の一つの手法である。
緑星世に金の霊したゝりぬ
ゆきゆきて独りの古武士緑星
緑星純白の夜は氷るらし
写生とは違って、心にうつる景を、イメージを多層的に描くことで連作をなしているといえよう。
十字路のいづこにも冬兵士をり
ひろびろと、起伏のない枯れた地に十字路が一つ。一人、また、一人と、灰色の兵士たちが立つ。帽子を目深にしたその顔の、表情はよくわからないのだが、たたずまいはどこか墓標のようで、あたりには、諦めのようなしずけさが漂っている。
鴇田智哉さんの言葉への瑞々しい感性と丁寧な読み解きが、読み尽くされた高屋窓秋の百句をあらためて輝かせている。戦前を想起させる現代に若い世代による高屋窓秋俳句の継承がなされることは、俳句にとってもとても明るいことだ。