誓子の探索好き、考証好きは終わらない。『天狼』昭和23年7月号の誓子の「実作者の言葉」に「病雁」が出て来る。芭蕉の俳句「病雁の夜寒に落て旅寝かな」の「病雁」の読み方である。「ビョウガン」と読むか「ヤムカリ」と読むかである。「病雁」は、昭和23年7月号、8・9月号、10月号2回、11月号2回、昭和24年2・3月号2回、4月号2回の合計10回も出て来る。
まず、初出の7月号では、斎藤茂吉が漢詩から繙き「ビョウガン」と読むという茂吉の結論を得た。また、「ビョウガン」と読むべしという数人の研究者もあげる。一方、もちろん「ヤムカリ」と読ませる学者もいることにふれる。しかし、誓子はどれも鑑賞的立場からの考察と述べ、決着をつけるには、文献的立場からの調べが必要だと説く。
そこで、誓子は『猿蓑』『泊舟集』『去来抄』『芭蕉翁略傳』を見ていくが、読み方には触れていないと言う。読み方の手がかりはなかったようである。さらに『日本俳書体系』所載の『風俗文選』には、「ビョウガン」と読ませるように仕向けているかのようだとも書く。ただ、其角の『枯尾華』(芭蕉翁終焉記)に「病ム雁」とあり、これを踏まえて頴原退蔵は『枯尾花』に「病ム雁」と載っているから「ヤムカリ」と読むのが妥当としていると紹介する。
そのほか、『天狼』の読者である若い理学士のI氏からの手紙には、学者のうちに「ヤムカリ」と読ませる学者もいるが、「ヤムガン」とも読めるという学者もいるという指摘があった。そこで、11月号からは、「雁」を「カリ」と読むか「ガン」と読むかの問題に及ぶ。俳人で薬学者の内藤吐天が江戸時代の俗語では「ガン」と読んでいたから「ヤムガン」が正しいというのを聞き、誓子は内藤吐天に手紙を書いて実際に確かめたことも書かれている。誓子の探求心に感服である。
「病雁」の読み方は、さらに読者からも手紙をもらい、広がっていく。「病気の雁」が「ヤミカリ」、「病める雁」が「ヤムカリ」と誓子なりに考えたことを確かめるため、国文学者の鈴木太吉に聞き、「ヤミカリ」という読みも可能だという結論を得た。これではますます闇は深くなる。
最後の昭和24年4月号では、「ヤム」か「ヤミ」か両方とも可能である例を、「刈」の読み方の「カリ」か「カル」をあげ紹介する。「カリ」は「刈上(カリアゲ)」「刈株(カリカブ)」「刈込(カリコミ)」である。「カル」は「刈萱(カルカヤ)」「苅人(カルヒト)」「刈藻(カルモ)」である。誓子は、言語学者のように実例を『古今集』(これは古写活字本で小林一三氏より贈答されたもの・現在も所蔵)を調べ用例を集めている。
さらに、結論に行く前に、「病雁の夜寒に落て旅寝かな」の「夜寒」と「旅寝」の読みを問題とする。「夜寒」は「よさむ」、「旅寝」は「たびね」が正しいであろうが、その訓読みから「病雁」も「ヤムカリ」と読むわけではないことを言うために、誓子は『日本俳書体系』の「芭蕉全集索引」から、芭蕉は漢語の読み方を一句の中で訓読みか音読みかを揃えることはないということを突きとめ、最後に次のように言う。
芭蕉は必ずしも訓を揃へたりはしなかつた。訓を揃へむとして「病雁」を訓読するのは個人的嗜欲に過ぎない。(誤解があつては困る。私は当初から「やむかり」説であつて、「びょうがん」説を援護するのではない。たゞ、嗜欲的方法によつて「やむかり」説を固めることを欲しないのである)
結局、読み方の決め手になるようなことは出なかったのである。ただ、誓子は「ヤムカリ」派であるが、決して好みや思い付きではなく、言語学者顔負けの探求心で文献を調べた上での言であると言いたかったようだ。ちなみに、私は何も考えることなく「ビョウガン」と読んでいた。