★ー3「高柳重信における皇国史観と象徴主義の精神史」―戦前の影響と戦後の変容をめぐって―後藤よしみ
第九章 おわりに ―思想と詩型の相対死、そののちに残るもの
高柳重信は晩年、「俳句形式は器ではなく思想である」と語った。それは単なる言い回しではない。彼の生涯を貫く確信であった。
俳句という極小の形式のなかに、時代の精神と個人の遍歴を刻むこと。歴史の深層と霊的な古層を、十七音の言葉の奥に沈めること。その試みを、重信は戦前・戦中・戦後という時代の断層を越えてつづけたのである。彼の精神史は俳句の形式とともに変化し、同時に俳句形式そのものを変質させていった。
少年期に内面へ刻まれた皇国史観は、敗戦によって一度その支柱を失った。しかし、それは消えたのではない。象徴主義との出会い、病と孤独の経験を経て、より深い層へと沈潜してゆく。そこでは国家への忠義が、やがて詩への忠誠へと言い換えられる。精神は制度から離れ、言葉の内部へ移っていくのである。
戦後短詩型文学が新しい道を模索するなかで、重信はその先端に立っていた。形式の革新、思想の刷新、批評の闘争。そのすべての場に身を置きながら、彼は俳句という小さな器のなかに思想の極限を求めつづけた。俳句を「危険な形式」と呼んだのは、その可能性と不毛とを同時に知っていたからであろう。
やがて晩年の重信は、自然の気配のなかへと歩み入ってゆく。飛騨の山河に耳を澄まし、古い言葉の響きを探り、死の影を抱えながら句を書く。そのとき俳句は、思想の器であることを越えて、言葉そのものの震えへと近づいていく。晩年の句に漂う静かな透明感は、そこから生まれたものである。
重信は俳句に生涯を費やし、最後には俳句との「相対死」を遂げた。それは終焉ではない。思想と形式とがともに死を引き受けることで、詩の言葉がなお生き残る瞬間であった。
その境地を象徴する一句がある。
おーいおーい命惜しめという山彦 (『全集Ⅰ』所収)
山に向かって呼びかける声。そして山の奥から返ってくる声。
その往復の響きのなかに、重信の詩はある。呼びかける者と応えるもの、生と死、個人と自然――それらが一瞬、同じ空気のなかに溶け合う。
高柳重信の精神史は、皇国史観と象徴主義、忠義と霊性、批評と詩型が交差する長い遍歴であった。しかし、そのすべては俳句という小さな形式のなかに結晶し、言葉の奥で静かに息づいている。
俳句とは何か。言葉とは何か。
その問いは、まだ終わっていない。どこかの山の奥で、山彦は今もかすかに響いている。
★―7:藤木清子を読む12 / 村山 恭子
12 昭和11年 ⑦
ある頽廃主義者の手記
骰子振れる酒にふやけてたるむ瞼 旗艦20号・8月
骰子を振って酒を呑む戯れ。その瞼はふやけてたるみ、醜い姿をさらしています。
衰退や堕落、死など背徳的な美を愛する者は、賭場で己の時間を費やして自己満足に浸り、頽廃的な刹那を過ごしています。
季語=無季
妻ありとひもじさゆゑにおもへるよ 同
京大俳句7月に〈妻ありとひもじさゆゑにおもふとき〉があります。下五の「おもふとき」はその瞬間による留めを感じますが、「おもへるよ」では、時間のやわらかな流れが生まれています。
季語=無季
麻雀に過去も未来もなきおのれ 同
麻雀に戯れるものには過去も未来もなく、刹那的な快楽に身をついやしてします。
「おのれ」は自身の反射代名詞と二人称の人代名詞などがありますが、ここでは自身を卑下する言葉と考えます。
季語=無季
蚊火燃えてひとりの刻が詩となりぬ 京大俳句8月
蚊遣火の煙に取り囲まれ、ひとりの時間を過ごしています。「蚊火」「刻」「詩」が情緒的な情景を打ち出し、下五の「なりぬ」で手堅くまとめています。
季語=蚊火(夏)
墜ちし蚊のむくろの中に詩書とねる 同
墜ちている蚊の死骸があちこちいる中で、詩書と共に寝ます。死の象徴の「蚊のむくろ」、心象の象徴の「詩書」、生命維持行為としての「ねる」と言葉の展開が巧みです。
季語=蚊(夏)
月いでて五位のねむりのやすからぬ 天の川8月
「五位」は位階の5番目。昇殿を許される最下位として捉えるのがよいでしょう。
月が出て、その安らかな光と静寂の中、最下位の者の眠りは安らかではないと卑下しています。「月」「五位」のみ漢字表記を用いて、関連性を強調しています。
季語=月(秋)
残光の條刷く空を燕来ぬ 同
日没後にすじ状の光が空に残っています。その空を燕が飛んで来ました。
燕は朝や昼の情景に詠まれることが多いため、日没後一瞬の空の様子は新鮮です。
季語=燕(春)