2026年3月27日金曜日

【連載通信】ほたる通信 Ⅲ(68)  ふけとしこ

   LAのロゴ

LAのロゴが駆け出す雲雀の野

巻貝の尻の擦傷春の月

公魚の湖や草嗅ぐ犬も来て

交番の南隣にいい蓬

針穴を針が嫌がる桜東風

     ・・・

 大阪の住吉大社のことをぼんやりと考えていた。長らく行っていないが、今年あたり御田植祭りに行ってみようかな、などと。

 それで思い出したのが卯の花苑のことである。築山(多分)に多様な卯の花(ウツギ)が集められていた。

 住吉大社では兎が使いを務め、その縁なのか卯の花も大切にされて、卯の花神事なども執り行われる。

 コロナの騒動で出かけることは長く控えていたが収まった頃に卯の花苑を訪ねてみた。荒れていて見る影もなかった。コロナの影響もあったのだろうが、手入れがされていなくて、アベリア(花衝羽根空木)が茂っているばかりだった。

 ネットで探してみたら昨年撮影された卯の花苑の写真が出てきた。整えられているようだし、箱根空木などは随分木が大きくなっているようでもある。

 そんな折『豈』を開いたら高山れおな氏の俳句とエッセイが載っていた。そのエッセイの題が「卯の花の記」とある。

 これは、許六の百花譜(風俗文選・三之巻)では?

と思った。

 「百花譜」は許六の美意識なのか思い入れなのか……よく知られた花を次々に書き連ねて自分の思いを述べてゆく一文である。流石に百種は無いが、梅・紅梅・桃・藤・長春・牡丹・杜若等々が挙げられている。   

 花の様子を女人に例えているのも興味深い。源氏物語の「雨夜の品定め」の花版とも読めてくる。それはさておくとして、江戸の世の風俗の端っこを齧らせて貰える一文ではある。  

 しかし、である。平たく言ってしまえば花の咲き方の悪口ではないか、ということになる。

 面白いと言えば面白いが「もし、ちょっと許六さん、あなたお好きな花は無いのですか?」と訊きたくもなる。長春(薔薇)も百合も紫陽花も鳳仙花もまあ気の毒というかボロクソという書かれ方である。

 探してゆけば、誉められている花もあるにはある。姫百合・桔梗・萩などには非常に好意的であるから。

 そんな中で卯の花は特にお気に入りの様である。

 そこで、高山氏の「卯の花の記」へ戻ると、そのエッセイは季語の消長から書き起し、卯の花へ至る。しかも、卯の花のことがかなり気がかりな様子。

 卯の花垣を探して大阪府高槻市の玉川へ行き当たったとのことで、昨年の初夏に実際に高槻へ卯の花を訪ねていらしたようだ。

 高槻というのは「摂津国三島の玉川」のことで、土手に植えられた卯の花が、その昔有名だったという。治水工事の影響などで、現在は玉川という名の川は無くなっているというが、玉川の里として整備され、卯の花も保存されているという。

芭蕉も

  卯の花や暗き柳のおよびごし

との句を残し、句碑もあるそうだ。

 歌枕の六玉川(山城井出の玉川・近江野路の玉川・摂津三島の玉川・武蔵調布の玉川・陸奥野田の玉川・紀伊高野の玉川)のことは知っていたが、高槻市の玉川が卯の花の名所であったとは知らなかった。

高槻市は近い。五月になれば……行ってみよう。

 今や思い出の中のことになったが、井出の玉川の山吹の花は見事だった。もう一度見たい。

  待ちぼうけなら山吹の土手がいい  としこ

(2026・3)