2025年10月24日金曜日

【新連載】新現代評論研究(第14回)各論:後藤よしみ

★ー3「高柳重信における皇国史観と象徴主義の精神史」―戦前の影響と戦後の変容をめぐって―後藤よしみ


第一章 はじめに

 ある俳句大会後の懇親会でのことである。隣席に座ったある俳句結社の主宰者が、開口一番、「私は高柳重信の句会に出ていたのです」と語り出した。彼が二十歳過ぎの頃の話であり、今から六十年近く前の記憶である。その顔は懐かしさと誇らしさに紅潮していた。高柳重信という存在が、当時の若者たちを強く惹きつけたことを物語る一瞬であった。

 高柳重信は、戦後俳句の革新者として知られるが、その思想形成の根底には、戦前期の皇国史観やフランス象徴主義など、複雑な精神的影響が交錯している。本稿では、俳人としての作品分析に焦点を当てるのではなく、「人間 高柳重信」の精神史に光を当てる。とりわけ、戦前期に受けた皇国史観の影響と、敗戦を契機とした思想的転回、さらには象徴主義との融合による詩的昇華の過程を検討する。

 重信の人生において、思想的・精神的な影響を与えた要素は多岐にわたるが、戦前期に限定すれば、以下の五つが挙げられる。すなわち、①始祖「大宮某」と明治気質の祖父母、②関東大震災と富士山、③宿痾の肺結核、④十五年戦争、⑤フランス象徴主義と皇国史観である。これらのうち、本稿では⑤フランス象徴主義と皇国史観に焦点を絞り、重信がいかにして時代思想の影響を受け、またそれをいかにして乗り越え、自己の思想と表現を形成していったかを追っていく。

 思想や精神は、時代の空気に左右される一方で、個人が自ら掴み取ることもできる。重信は、戦前の皇国史観に深く感化されながらも、戦後においてそれを封印し、新たな詩的世界を構築した。その過程は、単なる思想的変化ではなく、病と死、孤独と闘争を伴う精神の変容であった。本稿は、その遍歴を辿る試みである。