2026年6月26日金曜日

【連載通信】ほたる通信Ⅲ (71) ふけとしこ

 むかしをとこ

むかしをとこありけり梅雨の月仰ぎしか

むかしをとこありけり卯の花の日もありし

むかしをとこありけりかきつばた実ともなり

むかしおとこありけり細竹へ夏の雨

むかしをとこありけりその墓も梅雨滂沱


・・・


 「業平の墓がこの先に」

 ペンションの主が車を出して下さった。

 ところがその年は大雪。普段なら草を降りて細い道を少し歩くだけだというが、何しろ雪が深い。少し歩いてみた主が「やっぱり無理だな」と引き返して来た。

 諦めて、そして積雪の凄さをただただ眺めてきた。


  昔男ありけり雪の墓なりし  大石悦子


 悦子先生も雪の頃にここへ来られたのかしら……と、その様子を想像したりしながら車へ戻り、宿へ戻った。

 もう一度訪ねたいと思いながら年を取ってしまった。もう機会は無いかも知れない。


 雪玉を作ったり、小流れへ雪を蹴り落としたりしながら遊んだことも楽しい思い出になった。大阪に住む身ではなかなか雪で遊ぶということもできないから。


近くの松の枝に白鷺が一羽止まっていた。枝に積む雪の様にも見えて面白いものだった。

 

 鷺と松といえは、時々訪ねる吟行地に数本の松がかたまっている場所があり、白鷺が小さなコロニーを作っていた。

 巣をかけ、卵を抱き、雛を育てる様子がつぶさに見られて、私にとってはとてもいい所だった。

 今年行ってみたら、数本の松の枝が切り詰められていた。声の騒がしさや糞のことなと、近隣からの苦情でもあったのだろうか。20年以上見てきた景色だったから、寂しい気分になった。


 前述の雪の墓のことだが、というか悦子先生の句のことだが、私は在原業平しか思い浮かばなかった。でも「元カレのことでしょ」とあっさり言ってのけた人がいて驚いたことがある。そういう読み方もあるのだな…と逆に感心もした。

 悦子先生ともっとお話ししたかったな、

 滋賀県高島市も今となっては遠い。

(2026.6)