2021年11月26日金曜日

英国Haiku便り[in Japan](26) 小野裕三



社会性に向き合う美術賞

 ターナー賞は、世界的にも注目度の高い、英国の現代美術の賞だ。先日発表された2021年の候補者はグループ(collectiveと英語では呼ばれる)ばかりで、個人のアーティストが一人もいなかったことがBBCニュースなどでも話題となった。背景には、コロナ禍で美術館・ギャラリーなどが長く閉鎖され、多くのアーティストに作品発表の機会がほとんどなかったこともある。

 そのためか、今回候補のグループも、「アート作品」の通念からは少しかけ離れ、「アートを通じて社会変化を促す(inspire)」と審査員が評したように、社会性・行為性が強いのも特徴だ。絵画や彫刻だけでなく、映像やパフォーマンス、社会的テーマへの抗議やデモ、市民対象のイベントやワークショップの開催など、活動手段も多岐にわたる。

 この傾向は、実は以前から見られた。2018年のターナー賞は、僕もロンドンでその展示を見に行った。その年の候補の「フォレンジック・アーキテクチャー」という団体は、世の中に散在する断片データを集めて解析することで、社会的事件や犯罪の真相を追究して弱者を救うという活動を行っていた。美術賞よりも社会貢献を対象とする賞の方がむしろ相応しい内容とも感じた。

 その後のターナー賞は、ややイレギュラーな展開が続いた。2019年は、四人の候補者から「四人の共同受賞にすべき」という提案が行われ、その主張を審査員が受け入れた。彼らの提案の理由は、「分断と孤立に満ちた今の世界」だからこそ、アートこそが率先して連帯を示すべき、というものだった。2020年は、コロナ禍で賞自体が中止されたが、その賞金はコロナ禍で活動を制限された多くのアーティストの支援に分配された。両年とも、社会の大きな視点からアートを捉える姿勢が窺えるのが興味深い。

 2021年の候補も、食をテーマとしたアート作品で今の世界の仕組みを批判的に描き出すグループ(写真)や、北アイルランド地方の難しい政治状況に深く関与するグループ、社会募金活動を音楽イベントの形で行ったグループ、など多彩な活動が並ぶ。

 英国で出会ったアーティストたちが、自身の制作活動に「プロジェクト」という言葉を多用することが以前から気になっていた。「今、作っている作品は」ではなく「今、取り組んでいるプロジェクトは」と言う。社会の多様な人を巻き込んで作り上げる共同作業として、社会課題が持つ困難なテーマに対する挑戦として、アート活動はある、という思いがそこには感じられる。そんな彼らの話を聞きながら、果たして俳句は社会変化を促す「プロジェクト」と呼ぶに足りえているか、とも自問した。「第二芸術論」にもつながる、古くて新しい問題でもある。

※写真はBBCニュースより引用。

(『海原』2021年7-8月号より転載)

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