ひんやりと
無花果の箱ひんやりと受け取りぬ
猿茸日照り続きを鬱々と
澄む秋の枝に嘴拭うては
秋深し石鹸白きまま細り
秋の日の笹舟岸を離れけり
笹舟が岸を離れる秋がゆく
・・・
ある人から句集を頂いた。蜘蛛の句があった。字が蛛蜘となっていた。間違いだろう。それより前に『寺田京子全句集』を頂いていた。帯に書かれていた「鷹の巣や東西南北さびしきか」を見て、あれ? と思った。私は「鷺の巣や東西南北さびしきか 京子」と憶えていたからだ。この句に憧れて鷺の巣の句を自分なりに幾つか試みたこともあったし。収録の俳句はちゃんと「鷺の巣や……」と印刷されていてほっとしたものだった。ただ、この全句集が結社誌に紹介されることがあればどうなるかという心配はあった。謹呈句集の場合は帯の一句を引いて礼状を書くという人がいるのを知っていたからだったが、案の定それは起きた。某俳誌に「鷹の巣や……」として鑑賞されているのを見たのである。心配した通りのことが起きたのだった。
変換ミスも誤植も起きる。校正は必ずやるけれど、数人でやっても全員が同じ箇所を見落としてしまうこともままある。
自作の例でいうと碁石が墓石に、蚯蚓が蜥蜴に、底が庭に、鯉が鮭になっていた等々である。夜が世になっていたこともあった。悲しかったのは文章の末尾の3行が消されていたこと。俳句では「馬の眼に映つた順に寒くなる」のはずが「馬に映った順に寒くなる」と印刷されていたこと。この時は少し悲しかった。もっとも、これらは笑い話ですむ程度のことだと言われればそれまでのことだけれど。
今、小さな句会の作品集の編集にかかっていて、それでこんなことを思い出している。
(2021・10)
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