2025年12月26日金曜日

【新連載】新現代評論研究:天狼つれづれ(6)「実作者の言葉」…「遠星」  米田恵子

  『天狼』昭和23年1月号の「実作者の言葉」に「遠星」「遠星 ふたたび」という項目が2つ出て来る。「遠星」は、昭和22年6月に出版された句集の題名である。誓子は「星の遠いことは、もとより云ふまでもないことである。その中、とりわけ光微かなる星を、私は遠星と呼んだ。眼を凝らせば、いよいよ遠く見えるといふような星である」と述べる。

 句集『遠星』の出版について、その後記に「遠星の名は」野尻抱影との「訂交を記念する為のものである」と誓子は書いている。「訂交」は中国語で「交流」という意味であり、それは『星戀』の出版を意味する。句集『遠星』出版の前に、昭和21年6月に『星戀』が出版されているからだ。これは、戦前から誓子の星の俳句に興味をもっていた野尻抱影が、誓子に誓子の俳句に自分の随筆を載せた本を出版しないかと持ちかけたことから実現した。野尻抱影は、英文学者であるが、星に興味を持ち、星の異名を集めたりといった民俗学的な研究をしている学者でもある。今、戦争で人々の心は疲弊している。だからこそ、誓子の星の句と自分の随筆で人心を慰めたいと考えたのである。もちろん誓子は拒否する理由はなく、出版の運びとなる。意外と知られていない誓子と野尻抱影の『星戀』である。

 さらに「遠星」については、『天狼』昭和23年3月号に「遠星 みたび」として登場するが、1月号で「遠星」という語は自分の造語と断言していたが、『佩文韻府』と『啄木歌集』に「遠星」という語が出ているため、自分が作った言葉でないことを暗に伝えている。

 句集『遠星』は誓子が付けた題名であるが、では、結社「天狼」の命名は誰なのか。それが野尻抱影である。誓子は、句集を出したいが、どういう名にしたらいいかを野尻抱影に相談した。野尻抱影は「天狼」を提案した。しかし、妻の波津女が、「狼」という漢字から「こはい名前」と言ったため、句集名としては「天狼」ではなく、誓子は「遠星」を使った。しかし、「天狼」は昭和23年1月に創刊した俳句誌名つまり結社名とした。これには、波津女も賛成した。英語名はシリウスであるが、中国名の「天狼」、やはり、怖そうな名前である。私も波津女の気持ちはよくわかるが、「天狼」は誓子を象徴する結社名にはふさわしいかもしれない。冬に燦然と輝く一等星、シリウス、天狼である。

 ところで、話は変わるが、神戸大学にスターバックスができた。山口誓子記念館の隣の建物の2階に2024年10月に開店した。私のような世代の人間には、大学にカフェ?流行るの?採算が合うと見込んだから、出店したんだろうけれども、本当、大丈夫?職員には給湯設備があるし、先生たちもそれぞれの研究室にはコーヒーやお茶を入れられるようになっている。学生は?自販機なら100円少しで飲めるコーヒーに1000円近くもお金を使うだろうか、なんて勝手に考えていた。お客さんが入らなかったどうするんだろう、なんて心配もし、そこで、私にひらめいたことは、誓子の『星戀』である。10月と言えば、神戸大のスターバックスからの眺めは最高になる。夜景が本当にきれいで、神戸の夜景は100万ドルなんて言うが、それ以上の価値があると私は思っている。その夜景を背景に誓子の『星戀』の俳句とその自解を朗読するのはどうであろうか。集客にはならないかもしれないが、朗読後のコーヒーは格別だし、売り上げにも貢献できるというものだ。

 しかし、豈はからんや。スターバックスは流行っているようだ。いいことである。でも、「誓子俳句朗読の夕べ」はどうであろうか。