2014年4月18日金曜日

上田五千石の句【テーマ:「も」】/しなだしん


春日照る厠一戸も能登瓦    上田五千石

第二句集『森林』所収。昭和四十九年作。

前回の〈さびしさやはりまも奥の花の月〉で、この句の型、リズム、中七に使われている「も」が、個人的にどうも癖になることに触れた。これに引き続いて、中七に「も」の用いられた句。

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掲出句と前回の「さびしさや」の句の型が大きく異なる点は、「さびしさや」の句が感傷的な上五で大きく切れているのに対し、掲出句は切れがなく一章仕立てであること。上五の「春日照る」で軽く切れるようにも感じられるが、意味としては「春日照る厠一戸」はひとつのフレーズになっている。
掲出句は、「さびしさや」の句のように、「も」を中七の半ばに使って「の」で中七を納める型ではなく、中七の終りに「も」を置いた造り。だがどこかリズムが似ている。そのリズムを呼んでいるのは、やはり中七の「も」ではないだろうか。

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さて掲出句の内容を見てみよう。

「能登瓦」は石川県能登半島で多量に生産されていた耐寒釉薬瓦。北陸特有の気候風土に根づいた大判の瓦で、黒い釉薬が特徴。

能登を訪れると目につくのが、民家の黒いこの能登瓦。日の光りを浴びると、瓦の表面が濡れたように艶やかな光りを返す。能登瓦がなぜ黒いのかには諸説あるようだが、屋根の上に積もった雪が解け易い、というのが有力なようだ。また釉薬によって雪が滑り落ちやすいという利点もあるようだ。

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掲出句は、まず上五の「春日照る」が目を引く。敢えて「照る」という言葉を使うことで、黒い「能登瓦」が日をはね返し、したたっているような様を言い表している。

次に「厠一戸」。「厠」が母屋から離れた場所に建てられている造りが、この頃の能登には残っていたのだろう。能登瓦の集落を訪ね、五千石はその造りをとどめている家を実際に目にしたのかもしれない。「一戸」という、厠の棟も一つの家として扱っているところに、その家、その厠の造りの立派さが表れており、厠の屋根にも能登瓦を使っているという、強い風土性が見える。

そして、この「厠一戸」に付けられた「も」である。この「も」は、厠の屋根瓦も、母屋の屋根瓦も、そして集落の他の家の屋根瓦も、という能登の町の景観を言い表している。

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掲出句には前書き等ないため、吟行句なのかどうかは分からない。句会の兼題や席題での作かもしれない。だがこの具体さは、過去実際に目にした能登の、黒く輝く瓦の街並の光景を思って作ったものだろう。

やや俯瞰した視線の先には、春の能登の海も見えてくる。


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