2015年5月29日金曜日

上田五千石の句【緑雨】/しなだしん



蓼科や緑雨の中を霧ながれ  上田五千石

第三句集『風景』所収。昭和五十四年作。
「北八ヶ岳・蓼科 四句」の前書のあるうちの一句目。他の三句は以下の通り。
滴りや岩に屈して径削り
山居さびしことにも苔の花ざかり
筒鳥や山姥に置く湖鏡
第二句集『森林』以降、前書が多くなり、『風景』も同様である。

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前書の「北八ヶ岳」は、八ヶ岳連峰の北部。八ヶ岳は本州中央を縦断するフォッサマグナに沿って噴出した火山群で、赤岳を主峰に、南端を編笠山、北端を蓼科山として、二十以上の頂を擁する。北八ヶ岳は「きたやつ」と略され、全域が長野県に属する。
「蓼科」は、蓼科山もしくは蓼科高原を指すのだろう。山に登っていた五千石からすると、蓼科山と見るべきだろうか。

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上五の「蓼科や」は、地名を置くことで、その場所を端的に想像させる。地名のイメージからは涼やかな高原が思い浮かぶ。

「緑雨」は新緑の頃に降る雨のこと。この句が詠まれたのは、句集前後の配置から見て、七月頃と思われる。七月というと新緑から万緑へ森の緑も深みを増す頃。だが蓼科は高原地帯で標高約千五百m。高地では七月でも木々の緑もまだ幼いのかもしれない。山の朝は七月でも肌寒さを感じるとも聞く。

この句では森に霧が流れる光景が詠われている。山間の森では夏霧が発生しやすい。雨が降り、霧が発生しても、夏の霧の粒は日光を反射して、森を明るくする。その風景は幻想的でもあるだろう。

五千石は敢えて「緑雨」を使い、蓼科の森の明るさを詠ったのだろう。いや、森に降る雨を直感的に「緑雨」と感じ、句にした五千石だろう。




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