霜の夜
湯豆腐や門前町に落ち合うて
京も北時雨湿りの草を踏み
重さうな鞄が置かれ虎落笛
霜の夜を鷗外の頬こけゆくも
白足袋のすつと離れしだけのこと
・・・
『虫こぶ入門』という本がある(薄葉 重著 八坂書房)。入門とあるが、かなり専門的。1995年発行で翌年に第2刷が出ている。いつ買ったものか憶えていないのだが、付箋を貼ったり鉛筆書きが残ったりしているから、一応読んだらしい。
最近繙いたのはヒョンノミ(瓢の実)を調べたかったからだったが。
虫瘤は虫癭(ちゅうえい)が正式名称。この頃では英語のゴール(goll)で呼ばれることの方が多いらしい。残念ながら私の身近にはそんな話をしてくれる人はいないのだが。
虫瘤とは小さな虫(コバチ・タマバチ・アブラムシ・ゾウムシ等の仲間)が草木の葉や茎に卵を産み付け、その卵が孵り、育ってゆく過程で、植物組織が変化をきたして瘤状になった物の総称である。
昔から草木の茎や葉に妙な物ができるのは知っていた。メカニズムが解る由もなかったが、茎が異常に膨れたり、色が変わったりしているのはよく見かけていた。
丸くて愛らしい物や色の綺麗な物、赤黒く縮れて気味の悪い物まで様々である。子供の頃は「葉っぱの病気」とか「病気の葉っぱ」などと言っていたような気もする。
俳句仲間で一番有名な虫瘤は先述の「ひょんの実」「ひょんの笛」ではないかと思う。秋の季語にもなっている。
次いでフシ(五倍子)だろうか。五倍子はヌルデ(白膠木)の葉に生じる虫瘤で、秋に紅葉する時には同様に赤くなり、茶色になりやがて落ちるが、採り集めて乾燥させ輸出までしていたそうだ。これも秋の季語の筈だが、最近の歳時記には載っていないこともある。
山の日は五倍子の蓆に慌し 阿波野青畝
などは歳時記で覚えたのに……。
載せていない歳時記があるということに、驚いたり、同情したりしたものだから、ちょっと丁寧に読んでみた。五倍子はタンニンを多く含み、昔の女性の鉄漿(おはぐろ)とか、インクや染料にも使われたという。そういえば時代劇で歯の黒い女性を見たことは何度もある。子供の頃は黒い歯で笑う顔が大写しなったりすると恐ろしかった。
嫁入りが決まると知り合いや親戚にお歯黒を分けて貰うといった話があったり、お歯黒どぶと呼ばれる長屋が出てくる小説もあった。既婚女性はこれを塗ることになっていたというから、今なら問題になることだろう。江戸時代を扱ったドラマなどでも見かけることが無くなって久しい。
食用にされる虫瘤といえば、一番有名なのはマコモダケ(真菰竹)だろう。真菰の茎にできる細長い物でデパートやスーパーの食品売り場に並ぶこともある。私も買って食べてみたことがあるが、それほど美味しいとも思えなかった。料理が下手だっただけかも知れないが。
今見たいと思っているのはササウオ(笹魚)という虫瘤。名前の通り、笹類の枝にできる魚状の物で、江戸中期の文献に「水に落ちるとイワナ(岩魚)になる」と書かれているものがあるという。
(2025・1)