2020年1月10日金曜日

【新連載】ふけとしこ第5句集『眠たい羊』を読みたい1 ~多くの虫・動物が登場~ 内田 茂

雪の日を眠たい羊眠い山羊

『眠たい羊』変わったタイトルの句集だが、二年くらい前にこの句が出来たときから、次の句集のタイトルにしようと決めていたそうだ。<雪の日>のような寒いときに、羊や山羊は眠たくなるのだろうか、という疑問が湧いたが、「毛虫のふけ」(坪内稔典氏によって付けられたふけさんのあだ名)と言われるだけに、ふけさんは、動物や昆虫に対して人一倍、ぴんと来る感覚を持ち合わせているのだろう。眠たいも眠いも「眠ってしまいそう」という意味で、まだ寝ている訳ではなく、「微睡む」の前のステージだろうが、どこを見ているのか分からないような彼らの目を見ていると、そう思えたのかも知れない。<眠たい>、<眠い>というリフレインが良く効いているし、何よりもメルヘンチックで、読者を俳句や詩の世界へ誘う。

幻住庵の初蚊といふに刺されけり
蝶ひとつ埴輪の列を統べにけり
父とゐし時間の中に鴉の巣
蟻地獄暴いてよりを気の合うて
水光る腹を細めてくる蛭に
脚を病む蟻かも知れず日の落つる
ごきぶりの髭振る夜も明けにけり
ありんこと砂を払うて坐る椅子
ががんぼに三面鏡を貸したまま
刑死とや蜻蛉ひとつが沼を飛び
梟を泊めて樹影の重くなる
綿虫や地図を読み間違へたかも


 選句していくうちにはっきりと見えてきたものがある。ふけさんの句の中には、季語分類上の「動物」が実に多いということだ。興味を引いたので調べてみると、季語として動物が読み込まれている句は、実に78句に及んだ。虫37、鳥29、魚7、その他5という内訳だ。また、タイトルの<眠たい羊眠い山羊>のように、季語として使われていない動物が詠まれている句が別途45句あり、トータルで123句、句集全体328句の4割近くが動物ということになる。(独自の調査なので、誤りがあるかも知れません)一般的には時候・天文や植物の句が多く詠まれる中、この動物の割合は突出しており、正に「毛虫のふけ」の面目躍如だ。

宿り木も宿したる木も芽を立てて

 宿り木が芽吹いていることは詠めたとしても、宿り木が寄生している木のことを<宿したる木>と修辞し、その木も芽吹いているという、一見しただけではどちらか一方の芽吹きと見落としがちな景を鋭く観察して詠み込んでいる。さすがに「草を知る会」代表を務めているだけはある。一緒に歩いていると、知らない植物を次々教えてくれるし、その大半が初めて聞く植物で、単に名前を知っているだけでなく、その植生、種子から花、葉、実に至るまで、植物学者のように博識だ。

猫の目草杉の暗さに目を開き
畦道の昔へ続く仏の座
蘖を打つて白杖止まりけり
ジャガランダ濡れれば梅雨のむらさきに
スズメノチャヒキウシノシッペイ芒種なる
萍の陣背鰭に割り込まれ
切り口が乳噴く秋の野芥子かな
ハンカチの木の実こんなに硬いのか
穂草満つ待兼鰐のゐたところ


 ふけさんとは、ふけさんが講師をしていた夜間の俳句講座に生徒として受講させていただいて以来のお付き合いになるので、すでに16年にもなる。これほど長い間句座を共にさせていただいていると、一読して、ふけさんの句らしいというのが、なんとなくわかるようになってきた。

風鈴や酢へ放つべく魚を切り
新藁の強き匂ひを跨ぎけり
買ふ気になつてもう一度柿の前
連結の強き一揺れ冬紅葉
雪達磨だつたかもこの塊は
冬深し生きる限りを皿汚し

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