2020年1月24日金曜日

【緊急発言】切れ論補足(6)動態的切字論4――現代俳句の文体――切字の彼方へ 筑紫磐井

※1月24日追加

●明治・大正・昭和初期の切字論
 浅野信は、芭蕉直前までの切字の歴史を緻密に掲げ、その上で一応芭蕉を以て新しい切字の歴史が生まれたことを以てその特色を示し、切字の歴史をここで閉じている。従って、芭蕉以後の切字の歴史を浅野の本からすべて探ることはできない(一部は分かるが)。
 本論では、すでに『俳諧歳時記栞草』の切字の項目を、芭蕉以降の切字の歴史の一例として示した。全く無価値ではないと考えられたからである。
 特に問題は明治以降になり、連句というジャンルが存在しなくなってから、切字は一体どのように変化して行くかの基礎資料は存在していないことになる。連句存在時代の(つまり俳諧時代の)切字と、連句消滅時代の(俳句時代の)切字が異なるかどうかを調べるすべがないのである。芭蕉の切字論を以て、近代の切字論に替えることは必ずしもできないと考えられる。
 そこで明治以降の切字の資料を列記してみることとする。浅野信が登場する以前の切字論でよいと考えた。従って、明治初年から昭和10年頃(改造社の本格的俳句講座が刊行されるまで。因みに、浅野の初論文は昭和7年(1932年))までで、ある程度の切字に関するまとまった記述のある文献である。かなりの見落としはあるかも知れないが、近代の切字論の鳥瞰的な見通しはできるだろうと思う。なお、俳句作法書はしばしば書名や出版社を替えて重版されている(高浜虚子の著書ですらそうだ)のでそうしたものは初版だけに留め、類似のものは極力排除した。

【俳句切字文献一覧】
『俳諧切字鑑』小山清六編[他] (彫雲堂, 1883)
『意匠自在発句独案内』楠蔭波鴎(中西善助)編 (米田ヒナ, 1892)明治25年
『俳諧秘伝抄 : 附・俳諧の栞』芭蕉口訣[他] (尾関則光, 1892)
『発句作法指』南田辺機一編 (頴才新誌社, 1892)
『発句独稽古』一事庵史栞編[他] (弘文堂, 1892)
『俳諧独案内 (寸珍百種 ; 第12編) 』/ 田中犢二郎著(博文館, 1892)
『俳諧発句早学 : 季寄部類』 中巻秋月亭寛逸 (沢田寛一) 編[他](弘業館, 1892)
『俳諧秘書 : 正風蕉門』幽明一場人編 (頴才新誌社, 1893)
『物識天狗』 僧正坊閲[他](藍外堂, 1893)
『絵入俳諧季寄手引草』一事庵史琴編[他] (弘文館, 1893)【手書き】
『俳諧秘事大全 : 鼇頭插画図書』松井鶴羨(紋之丞)著 (其中堂, 1893)
『俳諧発句初まなび』柳庵一青 (吉本重七)編 (三叢館, 1894)
『蕉翁俳談秘録』虚幻堂主人編 (頴才新誌社, 1894)
『俳諧独学全書』柳庵一青 (吉本重七)編 (鍾美館, 1894)
『発句学の近道』大館金城 (泊槎庵)編 (忠雅堂, 1895)
『俳諧独学(日用百科全書 ; 第11編) 』大橋又太郎編 (博文館, 1896)
『発句の栞』楓陰散士 (秋の舎)著(鹿田書店, 1896)明治29年
『発句作法案内 : 俳諧詞寄(日本諸芸大全 ; 第2編) 』梧窓庵主人著 (積善館, 1896)
『俳諧道しるべ 』無適庵編 (東京図書出版合資会社, 1897)
『発句俳諧作法自在』津田房之助編 (東崖堂, 1897)
『俳句入門』高浜虚子著(少年園, 1898)
『俳句初歩』河東碧梧洞 1902年
『俳諧百話』吉木文(青蓮庵)著(金桜堂, 1902)
『水の音 : 俳家須知』南条淇水(昌輔)著(石川景蔵, 1903)
『俳諧手提燈 : 頭書明治五百題集』伊藤新策編(求古堂, 1903)
『俳諧提要』五乳人鈎雪編[他](博文館, 1903)
『初学自修俳句案内(俳句入門叢書 ; 第8編)』寒川鼠骨編 (大学館, 1905)
『俳句作法指南(文芸叢書) 』小林鶯里(豊次郎)著(盛林堂, 1906)
『俳偕名句選』錦花園玄生編(松陽堂, 1908)
『発句手ほどき : 季寄註解』故山亭寒英編[他](岡村書店, 1908)
『少年少女俳句作法』河崎酔雨著 (建文館, 1908)
『俳諧独学(新撰百科全書 ; 第81編) 』 高橋毅堂著 (修学堂, 1909)
『俳諧新派と旧派』武田桜桃著(公文書院, 1909)
『簡辞篇』蒔田桂眉著(久須美祐利, 1909)
『俳句作法(通俗作文全書 ; 第23編) 』内藤鳴雪著(博文館, 1909)
『俳句の作り方』沼波瓊音著(文成社, 1909)
『俳諧辞典』武田桜桃編(公文書院, 1909)
『俳句の作り方』沼波瓊音著(文成社, 1909)
『和歌俳句小品文少年作法』蘆谷蘆村(重常)著(以文館[ほか], 1911)
『俳句初歩(通俗ポケット叢書 ; 第16編)』峯島和夫著(岡村盛花堂, 1913)
『俳句とはどんなものか』高浜虚子著 (実業之日本社, 1914)
『俳句自由自在』武田鶯塘, 田沢騎士共著 (いろは書房, 1916)
『俳句の作り方』越生夏川著 (東洋書院, 1916)
『俳句は如何して作るか』小林鶯里著(富田文陽堂, 1917)
『俳句十講』飯田秋羅著(久保田書店, 1918)
『俳句の作りやう』永井湘南著(芳文堂書店, 1918)
『俳句とその作り方』長谷川零余子著(春水社, 1919)
『四季類題俳句の作り方』木村萩村著(名倉昭文館, 1921)
『誰れでも作れる俳句』田北功著(日本青年通信社, 1922)
『俳句と連句の作り方』小泉迂外著(八千代堂書店, 1926)
『短歌と俳句の作り方』西村渚山, 山中静也合著 (大興社, 1926)
『俳句の考へ方と作り方』伊東月草著(考へ方研究社, 1927)
『俳句の手ほどき : 味ひ方作り方』武田鶯塘著(創文館, 1927)
『俳諧読本』青蓮庵主人 述[他](布袋屋書店, 1927)
『日本詩歌形式論』渡辺吉治著(神保書店, 1928)
『小学校に於ける俳句の作らせ方味はせ方』馬淵冷佑, 矢田枯柏著(郁文書院, 1930)
『俳句入門の枝折 (浦垣叢書 ; 第1編) 』横山蜃楼著(浦垣発行所, 1930)
『最新研究俳句の作り方講義』伊東月草著(山海堂出版部, 1931)
『音韻上より見たる俳諧文法論』浅野信著[他](中文館書店, 1932)
『俳句講座 第3卷(切字論 松下大三郎)』改造社編(改造社, 1933)
『俳句文法』服部畊石著(宝文館, 1933)
『俳句初学』松永青坡著(砧社, 1933)
『俳句入門 : 上達自在』下坂乾堂著(洛東書院, 1934)
『野梅俳談』加納野梅著(素人社書屋, 1934)
『俳句作法講座 第2巻(伊東月草)』(改造社, 1935)

①短歌との関係

 短歌における切字の意味は俳諧の切字とは全く異なるはずであるが、この重宝な用語を利用しているものが多い。有賀長伯『和歌八重垣』の影響を受けているものと思われ、であるとすれば切字の用語は句切れのため(彼らは「切れ処」等と呼んでいる)に用いられると考えられ、よほど現代の「切れ」論の参考になるはずである。一部その参考資料を挙げておく。珍しいところでは、都都逸の切字論もある。

【短歌切字文献一覧】
『組立自在歌学作法新書』平野長興, 伊東洋二郎著(大成堂, 1894)
『歌まなび』大和田建樹編(博文館, 1901)
『和歌自由自在』歌学研究会編(松岡明文堂, 1913)
『作歌法講義』三浦直正編(不二之舎歌会, 1917)
『和歌の作り方』樋口紋太著(岡本増進堂, 1917)
『短歌は如何にして作るか』小林鶯里著(文芸社, 1922)
『東都都逸風流花圃』蜃気楼主人著(和田篤太郎, 1889)

②子規一門・日本派の切字論
 切字に拘泥したのは、旧派ばかりではなく、子規一門・日本派の俳人にも多い。本来彼らの著書から切字の近代的な意味が生まれたかも知れないので一応注意しておきたい。重複するが掲げておく。

【子規一門・日本派切字文献一覧】
『俳句入門』高浜虚子著 (少年園, 1898)
『俳句初歩』河東碧梧洞 1902年
『初学自修俳句案内(俳句入門叢書 ; 第8編)』/寒川鼠骨編 (大学館, 1905)
『俳句作法(通俗作文全書 ; 第23編)』内藤鳴雪著(博文館, 1909)
『俳句とはどんなものか』高浜虚子著(実業之日本社, 1914)
『俳句とその作り方』長谷川零余子著(春水社, 1919)

 ③明治期の切字論の標準構成
 江戸初期以来の切字論は、『誹諧大成新式』(1698)『をだまき綱目』(1703)等でほぼ完成した次のようなカリキュラムで構成される。すなわち、
(1)切字一覧=18種を中心とした切字の列挙(特に、や・かな・し・ぬ等は細かく分別する)、
(2)切字口伝=[浅野信は「準切字」という。むしろ「切字関連の口伝」と言うべきである。]切字に関連する俳句構造(切字を使うものも、使わぬものもある。二字切れ、三字切れ、二段切れ、三段切れ、大廻し、を廻し、玄妙切れ、切字なし等)
である。
 これに対し、明治時代の入門書における切字説は、①俳句に切字があるが大したものではないこと(これは明治になって連句というジャンルが消滅してしまったためであると思われる)、②四十八字皆切字と唱えた芭蕉説の紹介、③江戸初期以来の「切字一覧」と「切字口伝」、からおおむね構成されているようである。このうち、②と③は矛盾しているようであるが、特に旧派ではこの問題は止揚できなかったようである。
 ところで上にあげた子規一門・日本派の文献では、①を強く主張し(つまり伝承的な切字説より自分たちの解釈が優先する立場を取る)、②には言及がなく(子規一派は芭蕉を否定していたから)、③は筆者ごとに相違が見られるが、虚子は代表的切字(や・かな)の解釈のみ、碧梧桐は全切字・構造説の列挙、鼠骨・鳴雪・零余子はその中間型といったところである。特に切字を重視しているのは碧梧桐で、頁数の過半を切字論に割いているが理由は後述する。

●ユニークな近代切字論
 明治期の切字論の標準的内容を述べたので、ユニークな近代切字論を示している著書をいくつか紹介しよう。

①『意匠自在発句独案内』楠蔭波鴎(中西善助)編(米田ヒナ, 1892)
 江戸時代における国学の文法研究の成果(特に本居宣長の係結び研究の成果)が俳諧に適用されたのが橿之本北本『古学截断字論』である。さらにこれに先立ち、「切字」は不適当で「テニハ(助詞)」で考察すべきとしたのが、元木阿弥『俳諧饒舌禄』である。二人とも、芭蕉や蕉風に対して批判的であり(芭蕉に対する批判は何も明治の正岡子規に限られるものではない)、特に元木阿弥は『芭蕉七部集』の各句に添削さえ施している。
 こうした成果は明治になってから楠蔭波鴎(中西善助)『意匠自在発句独案内』に引き継がれ、係り結びの法則を本格的に俳諧、切字に取り入れている。本書では、俳句理論を「切字」と「四季(季語)」に限定・体系化し、切字に係詞と結詞がありこれを組み合わせた係り結びの関係を切字に見てこれを俳句の中心に置く入門書である。ここまで徹底しているのは本書をもって始めてとするといってよいであろう。これはその後楓陰散士(秋の舎)『発句の栞』 (1896)に引き継がれている。これらは川本皓嗣氏の「切字論」の先駆けに当たるものといえるかも知れない。

②河東碧梧桐の切字論の実践

 碧梧桐が『俳句初歩』1902年における膨大な切字論を執筆した理由は、本書のその後の章の配合論・音調論の前提となるものだからである(実は子規没年に、子規一門の中では子規・碧梧桐の配合説と虚子の音調説が激しく対立し、それが虚子没後の碧梧桐・虚子の対立に引き継がれた)。このため、碧梧桐の(虚子とは異なる)音調の美を根拠付ける前提として切字を論じたものであろう。
 やがて碧梧桐は、理論を検証しつつ自ら実践することとし、句集『八年間』にその実験の跡を残した。碧梧桐のこうした試行の道筋を明らかにしたのは俳句関係者ではなく書家の石川九楊であり、近著『河東碧梧桐――表現の永続革命』で、次々と新しい切字(「かな」から「けり」「たり」)に挑戦し、切字なしの句に挑戦し、文語自由律、口語詩にまでいたる経緯を明らかにしている。これほど意図的な切字の改廃は俳句史上初めてであろう。表現の永続革命に切字研究は不可欠だったのである。

③『日本詩歌形式論』渡辺吉治著(神保書店, 1928) 

 切字に関する最初のアカデミックな学術書といえる。ただこの著者は国文学者ではなく、美学・修辞学の著書を多く著わした東京帝国大学美学科副手の渡辺吉治であった。渡辺は36歳で夭折したが、その晩年近くに著したのがこの『日本詩歌形式論』であった。日本の詩歌のあらゆる形式を体系化し、短歌、俳句、長詩、散文詩について考察したものであり、特に俳句では切字について言及している。浅野信、松下大三郎、福井久蔵に先立つ著書となっている。新味は必ずしも多くないが、全ジャンルからの鳥瞰をしているために広い視野を示しており、その結論において自著を評価して「わが詩歌の形式が形式として如何にして、如何なる美的効果を与へるかの説明であつて、その内容論に亘るものではない。従つて、上述の如き形式をとりさえすれば、詩歌として価値があるなどといふものではない。むしろ、事実として、反つて、かかる形式を破壊せるものに多くの佳作と称されてゐるものがある」と述べているのである。形式に固執した現代俳人に是非聞かせたい言葉である。

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