2023年4月21日金曜日

救仁郷由美子追悼⑥  筑紫磐井

  1998年10月13日攝津幸彦が亡くなる。「豈」28号は攝津幸彦追悼特集号。その次の号から、救仁郷由美子は「豈」に参加する。

 永田耕衣が亡くなり大井ゆみこを廃することとし、救仁郷由美子として作品を書きたいという。


●豈29号(1998.1.20)

   青き船

悲しみが日常越して端境期

まどろみの朝に飛ぶ街地図になく

酒ぴんとひとと当分に狂いがたし

子殺しは母殺しへ向う青き病棟

夕ぐれて茫洋茫洋砂地消ゆ

ひっそりとボケが咲きます道は消ゆ

浄土へと片腕昇るせみしぐれ

母と子と刺し違えて腹にからすうり

眼耳鼻口苦しき日々と共犯す

暴爆にただ聞こえずして皮膚とろけ

白波の泡に溶けゆく白き足

最低ね貴方と私の着地点

晩春や嫌悪の情に流さるる

愛印レースペーパーへ焼菓子を

満月より真っすぐ風が降りてくる

三日月に天の十字か細き雲

まなざしへ硬き背中の彼岸花

涙落つ落椿とも競いし日

空を裂く黒き羽音や鴉群れ

南国へ届け灯ともす石灯篭

六甲よ白光砕き白法被

闇薄きシグナル赤き南風

桃の香にハッピーエンドが燃えつきる

海越えて風生まれ来るルサンチマン

朝焼けの河口漂う青き船


●豈30号(1998.7.20)

  青の街

大いなる誤解の露地裏ぼたん雪

幸せは我の身の内鬼は外

不可思議に余白が積る雪木立

今宵また夢魔よ(やしろ)へ広がれり

無月待ち凍った瞳納めゆく

血族の冷えた歳月曼珠沙華

悲鳴聞く赤子の指は砂遊び

泣きじゃくる児を抱きとめた雪野原

桜満開さげすむ眼球埋めに来る

黒雲に満月吊す赤き丘

緑青の街のポストは血の便り

背後ではそろり淋しき二月の夜

呼び笛は青白き街の爆音か

眠る龍天地翔けぬけ春告げよ

天心に千の傷うけ龍となる

ぼんやりと空に絵地図は深き青

都市は雪無音一刻降り続け

あなたはとなり熱き紅茶に陽は沈む

交差点横向き合っても銀婚歌

東にお日様生きて人生奇妙かな


●豈31号(1999.4.20)

  青き湖

婆は朝文字忘れゆくとも雪月花

千億の時刻(とき)朝もやとなるブナ林

山に月瑠璃紺色を流す(うみ)

絵空事話す君を抱き雪景色

夢に立つ君は南の空の下

雪野原裸足のままに眠りたし

シーツへと沈みゆく月冬の室

通夜待ちて泣きたき事を添寝する

南方へ降りくる風と遊びし日

夕暮を抱きとめました空腕に

さみしさはゆすってあげる春の空

口移す君の言葉はさくらんぼ

南風三ツ編刻ざむ少女居て

血の温み夕立赤く鬼やんま

腐りかけた足切ります貴方笑う日

友の死を懐紙に包み半世紀

友残す薔薇の記憶が友となり

行き違う影の近さか鈴の音か

湧き水や僕から俺へひしやく投げ

口径へ甘えび運こぶ日本海


●豈32号(2000.5.20)

  日常の「非」

  安井浩司『四大にあらず』讃三句

震撼す我の夜は眠りは()の言葉

言の葉は北の天空広がれり

北方より耳にしたのか()の声を

  森山光章『勝鬘空位抄』贈

貴腐なりし棄てさられる地に芽ばえける

願いは奇妙に紡ぎ出す夢コミュミカシオン

瑠璃紺の海に凍死す花消ゆる

天心の記憶と行為にこのあやふやな空

片寄って揺れて真すぐまなざしは

出生の記憶の時間軸消せますか

つながるのつながることなく春の空

我の手に折られし山萩友遠し

空しくも漂よう春は今年です

これからは向うこちらと麦を刈る

さびしくて野分きと交わす叫び声

なにぞ悪格子の向うはオミナエシ

咲かぬ芽も咲く芽も見えぬ庭師の逆立ち

松明に守られし裸身想起せよ

背後では来る者と来ぬ者消した昼

十字架の影黒き角沈丁花

おやすみなさい言葉は闇に返えらぬ日

また明日(あした)思える不可思議雨上がり

日は昇るそこにあるのに視えない陽光()

意味なくも裏切りとする失語せり

マァマパパ元気宛先不明捨子のお盆

送り火や縁を切る里継ぐ里

ややもせば端し葉をちぎり黙しけり

桃節句母と夜叉との二心

母呼びてアァー泣きつつ老母横臥する

陰陽の暗きを(かぶ)く言葉かな

姥捨ての命託す山花芽は固し

道祖神地獄かすめて夕ぐれり

頭上にて病に生きる梅の枝

想う戦争八月の雨は終り往く

空に月捨てるの顔は拾うわ子宮

買物する母から逃がれヒストリー

星夜満月迷路通底散歩道

空の青白雲遠き木々と風

空中ヘグッバイ夏祭紙ふうせん

空昇る風船赤き広場あり

空想癖に切り傷幾つ猫と街

夢の跡傷跡残す僕の英雄(ヒーロー)

プライドを異臭の衣込め宿なき人

問題は逝けるか雪夜の銀狐

まなざしを見届けてゆく雑居孤独

夜も明ける生きながらえた寝台に

天地水生きるが為に眠る子等

山に降る海落つ雪よ白重ね

米を研ぐ白き滴くか婆の甲

婆と(じい)瓜ふたつ成り石の上


●豈33号(2000.10.20)

  日常の「非」

親蛇を逃がれる草丈ゆらり首

かの頭上届かぬ枝先青帽子

青薔薇よ留保の昼を咲きゆけり

さかしまさかさま昼満月は本を読む

昨日(きのう)見た夢昔の昨日(きのう)のコルトレーン

髪を洗いてニーチェへ向えシユポポシユツシユツ

わが夏の悲しみ流す中也の(ことば)

記憶燃え狂った春を待つ私

天地水肩の位置より冬木立`

行きつ戻りつ三日山越え月(あか)

昨日(きのう)今日(きょう)狂気の明日(あす)を記すうさぎ

今年(こぞ)花見地獄へ向わぬ我が意気地

十月の殺す感触ぬめる悪寒

住み家なき冬歩く男よすすけ顔

食卓は地べたに置かれ夕餉かな

一畳の畳を恋いて枯草踏む

品性なきさげすむ目の窪み冬

神はただ万物を愛せしと虐殺の街

隣村の板壁の外青き朝

母抱く児の地獄極楽蓮の花

泥に寝る「あたしおぼえてあたしみて」

孤独は冷たき此処このところ水死体

神話史記穢れし百年『死霊』生む

存在と無卵子精子よ春の波

   ―大橋くるみ街に立つー

ドタパタド天使降りくる夢千夜

やぁだ母さん彼岸のむこう微笑む()