「俳句四季」では1月号・2月号で40周年記念号特集を組んでいる。総合誌も栄枯盛衰があり、「俳句四季」はいまや角川の「俳句」に次ぐ老舗となっている。「俳句」は昭和27年創刊であり、戦後の新しい俳句秩序に向けて発信した雑誌とみてよいであろう。「俳句四季」は昭和59年創刊であるが、この時期何があったのかは必ずしも定かではないようだ。
そこでこの「俳句四季」創刊当時の風景を眺めてみることとしたい。実はこの時期の風景を語るのに欠かすことのできない新興出版社があった。四季出版でないのは残念だが、この出版社があったからこそその後の俳句ブームが生まれ、その出版社・牧羊社が出版業界から姿を消した後、「俳句四季」等がそのブームを引き継いだともいえるのである。
牧羊社の画期的であったのは、「処女句集シリーズ」と銘打った廉価版(ペーパーバックスで70頁200句程度、定価一〇〇〇円)で若い作家に焦点を置いたマーケットを開いたことだった。当時若い作者が句集を出すことについては結社内では否定的な意見が強く、かつ句集出版の資金も莫大にかかったから、牧羊社の企画は若い作家にとって願ってもないことだった。また、この企画は結社単位で行われていたから、結社にとっても他結社と競うためには若い作家をこの企画に参加させざるを得ず、相対的に若手作家の結社の中での地位が高まっていった。これは印象であるが、「処女句集シリーズ」が生まれてから、各結社の新人賞の創設が増え始めたように思う。
魁に当たる「処女句集シリーズⅠ」は59年から開始した全56巻の叢書で、当時このシリーズで第一句集を刊行した作家は現在の60~70代作家のかなりを占めていると言ってよいだろう。代表的作家と句集名をあげてみる。
➀『明日』赤松湘子④『早婚』石毛喜裕⑥『風の扉』稲田眸子⑦『北限』今井聖⑧『坐』岩月通子⑫『満月の蟹』金子青銅⑬『全身』金田咲子⑭『雨の歌』片山由美子⑮『潤』鎌倉佐弓⑱『海月の海』久鬼あきゑ㉒『海図』佐野典子㉗『月明の樫』鈴木貞雄㉙『冬椿』谷中隆子㉜『桃』辻桃子㉞『父子』富田正吉㊹『破魔矢』星野高士㊽『平均台』松永浮堂㊾『十一月』松本康男 (51)『火事物語』皆吉司 (55)『深秋』吉田成子
勿論結社の事情で若手以外の中堅作家も交じっているが、新鮮な顔ぶれであることは間違いない。のみならず、第一句集が総覧できることもありがたい。もちろんここから脱落した作家名もあるが、昭和50年代末をスタートラインに、若手作家が競争淘汰されていった過程まで目に浮かぶ。
「処女句集シリーズ」は以後平成5年ごろまでⅡ~Ⅷと出され、収録作家だけで二百名近く、中にはⅠに劣らぬ多くの作家を輩出している。主な作家と句集を掲げて見よう。
Ⅱ⑤『砧』小澤實⑧『鶏頭』岸本尚毅 Ⅲ③『さくら』いさ桜子⑤『神話』遠藤若狭男⑩『髪』佐怒賀直美⑭『愛国』対馬康子 Ⅳ➀『海彦』赤塚五行⑥『岳』石島岳⑨『日差集』上田日差子⑯『海市』小林貴子㉖『浮巣』中岡毅雄㉗『蛍の木』名取里美㉚『檸檬の街で』松本恭子 Ⅴ➁『鶴の邑』藺草慶子⑧『気流』大竹多可志⑳『虎刈』寺沢一雄㉓『陽炎の家』高野ムツオ㊼『一葉』山本一歩㊾『雪意』若井新一 Ⅵ➀『祭酒』山口剛⑦『水を聴く』高浦銘子
いかに爆発的に若手が俳壇に投入されたかがよくわかるであろう。
実はこの「処女句集シリーズ」に前後し、牧羊社は「精鋭句集シリーズ」という企画も刊行している。
➀『火のいろに』大木あまり➁『氷室』大庭紫逢③『絢鸞』大屋達治④『鵬程』島谷征良⑤『花間一壷』田中裕明⑥『メトロポリティック』夏石番矢⑦『窓』西村和子⑧『海神』能村研三⑨『古志』長谷川櫂⑩『銅の時代』林桂⑪『芽山椒』保坂敏子⑫『午餐』和田耕三郎(これらは必ずしも第一句集ではない)
牧羊社が売り出したい新人だったことは予想がついたが、その物量から言っても「処女句集シリーズ」が驚異的であったことは否めない。「精鋭句集シリーズ」が戦後俳句世代(飯田龍太や金子兜太ら)やそれに次ぐ準世代(鷹羽狩行や安倍完市ら)の後継を発掘育成しようとしていたのに対し、「処女句集シリーズ」は結社の時代を予見するかのようにあらゆる結社の内部にくさびを打ち込み若手を無秩序に発掘しようとしていたのだ。その意味では、本誌1月号の「特集・俳句の未来予測」で、私は「巨人の時代は終わった」と述べたのだが、巨人の時代から、巨人のいない時代に向かっての潮流を作ったということが出来るかもしれない。
(以下略)
※詳しくは俳句四季2月号をご覧下さい
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