2014年8月8日金曜日

 【朝日俳壇鑑賞】 時壇  ~登頂回望その二十七~ 網野月を

(朝日俳壇平成26年8月4日から)

◆初蝉の声にためらひ無かりけり (東かがわ市)桑島正樹

大串章の選である。上五の季題「初蝉」を愛でつつ、且「ためらひ無かりけり」を言って声の様子を修飾するように叙しながら、実は「ためらひ無かりけり」に聴いている作者の心の在り方を詠っているのだ。座五の切れ字「けり」が有効に機能していると思われる。

切れ字「けり」は『広辞苑』(第三版)の中では「ある事実が真実であったことを新たに認識し、はっきり心に刻みつけるのが本意。」と説明されている。用法としては①ある事実に初めて気づいた感動を表をす。②事実の確認を表わす。③過去の事実を他から伝聞・伝承して述べる。の三点が挙げられている。掲句の場合、①もしくは②の用法であろうか。読者がどちらとも読めるところに掲句の詩性が発揮されていると言って良いだろう。

◆ひきがへる来世は捕手かキーパーか (東大和市)板坂壽一

金子兜太の選である。選者の評には「十句目板坂氏。発想自由の楽しさ。この喩えではまだ中の上だが。しかし。」と記されている。来世に捕手かキーパーになりたがっているのは、作者ご本人であろう。上五の季題「ひきがへる」の様子は将に前方に身構えている格好をしているので、絶妙な斡旋である。「ひきがへる」に見入るうちに作者はスポーツマンになった来世の自分自身を想像しているのである。・・ということは「ひきがへる」に作者自身を擬えているのでもある。ちょっと卑下していらっしゃのかも知れない。・・とここまで読み込んでハタと気が付いた。「ひきがへる」にしたところで来世は転生して人間に生まれ変わるかも知れない。とすれば「ひきがへる」自身が捕手かキーパーになりたがっている様に見えたのであろうか、と。




【執筆者紹介】

  • 網野月を(あみの・つきを)
1960年与野市生まれ。

1983年学習院俳句会入会・同年「水明」入会・1997年「水明」同人・1998年現代俳句協会会員(現在研修部会委員)。

成瀬正俊、京極高忠、山本紫黄各氏に師事。

2009年季音賞(所属結社「水明」の賞)受賞。

現在「水明」「面」「鳥羽谷」所属。「Haiquology」代表。




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