2023年2月3日金曜日

救仁郷由美子追悼④  筑紫磐井

   大井ゆみこの作品は手元にある「琴座」バックナンバーでも数が少ない。欠詠が多く、「琴座」全体を再確認する必要がありそうだが、今後紹介する「未定」「豈」でも多くはないし、「俳句新空間」第17号の拙文「資料・救仁郷里由美子」に示したように、評論の人であったようである。その中で493号は特別作品として対策を発表している。


7年5・6月号(493号)

 地球儀

           大井ゆみこ

いも虫が垣根と唄を通り越す

晩秋の夜ふけふざけるすすきたち

母ヘビノ不孝トグロ石トナル

夜明持つゼンマイ時計に巾なる耳

台所出で月夜のアザミさがしゆく

うそっぽさ故少女のまま囚われくる

今夜にも熱帯魚となる妻がいて

風だって「感じ取るものよ」神無月

群れて明日愛を過剰に発行せり

右の手を人魚の洵に沈めた日

幸せのブヨブヨ気分まるめる昼

薄青きティカップに注ぐなごみの香

月夜には平たく丸く彼がいる

静謐が私消しそう春の雨

生まれいで失いし春はじまりに

「あたしねえ」赤毛の女自我紡ぐ

ひとりただ菜の花の黄の無言へと

裏山の洞穴にて吐く言葉の音

地球儀からさみしさ滲むクリスマス

記憶する道跡形なく野草花

病める肩隣りの肩となごむ春日

さみしさに賽の河原の石持てり

生と死と近づきすぎた老桜

微笑んで戦う為に生まれ来ず

花畑つぼみに時刻飾りける

春誘い伶ぶきはじめた老枯れよ

忘れたし約束燃やす冬花火

なたね梅雨今日の片悩は椀の中

時計針春のこよみを巻きゆきて

散る桜墨すりこむ夜白かりし

固きエゴ山海深く芽ぶかりし

真夜中に記憶を吊す物干竿

地鳴り呼び虚空空洞連音す


【注】本作は特別作品であり、新進女性5人と句集(他に稲葉早恵子、皆川燈、花森こま、藤原千恵)で、40句を応募し、金子晋と五十嵐進が選び、短評を下している。


7年11・12月号(496号

               大 井 ゆみこ                       

先触れの台風崩す豆腐かな   

南島の流木行き着き戸口あり         一

生死今草葉の下よだんご虫      

風雨にも家なき人の靴の穴      

山影も秋へと沈む日ぐれ哉   


【注】「琴座」ではこの作品が最後のようである。ちなみに「琴座」は平成9年1・2月号(通巻503号)で終刊している。