『くれなゐ』は夕紀さんの第四句集である。夕紀さんとは「鷹」でご一緒した時期もあり、第一句集の「都市」から句を読ませていただいている。第一句集から貫らぬかれている夕紀俳句の魅力は、真っすぐでくっきりとした立ち姿であろう。
青嵐鯉一刀に切られけり
刃となりて月へ飛ぶ波沖ノ島
山襞を白狼走る吹雪かな
日の入りし後のくれなゐ冬の山
見たもの感じたものが言葉と同化して、際やかな姿となって迫ってくる。
『くれないゐ』には、上記のような形の句ばかりでない。
あとがきにも「句材をひろげ、色々な読み方を試みました」とあるように多彩である。
その土地への思いを込めた旅吟。
百物語唇舐める舌みえて
旅にゐて塩辛き肌終戦日
言葉の面白さとリズムを楽しめる句もある。
高枝の小綬鶏来いよ恋
さみだれのあまだれのいま主旋律
師への思い、畏友への鎮魂。
かきつばた一重瞼の師をふたり
白鷺やいつよりありし死の覚悟
小さなものたちへの愛おしさ。
皺くちやな紙幣に兎買はれけり
兄弟を踏みつけてゆく雀の子
そして日常詠からは、人生を俯瞰した胸中の思いが伝わってくるのである。
梅雨深し赤き肉より赤き汁
叔母も吾も子のなき同士青ふくべ
かなぶんのまこと愛車にしたき色
今もふたり窓に守宮の登りゆく
「くれなゐ」には、テーマを決めた章立てにも表れているように様々な傾向の句がある。旅をし、吟行を重ね、題詠をして、句材をひろげ色々な詠い方を試みた成果であろう。それに加え、見逃してはならないのは宮坂静生のもとで俳句をはじめ、傾向の違う藤田湘子、宇佐美魚目に師事したことである。俳句に対する姿勢も詠み方も違う師につくのは大変であり、戸惑いも多かったに違いない。けれど、大変だからこそ夕紀俳句を豊かにしている。二つの土壌はこれからも深くたがやされ、芳醇な実りをもたらすことだろう。
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